2013年6月16日日曜日

嘘つき経済学者スティグリッツ「インフレ率は40%以下だったら何の問題もない」Part1

Threshold Effects in the Relationship Between Inflation and Growth

by MOHSIN S. KHAN ABDELHAK S. SENHADJI

インフレと成長率の関係が非線形であるかに関しての問題が検証されてきた。つまりある基準を境にインフレ率と成長率の関係に変化が見られるのかだ。そうであるならばその境界線または閾値を推計しなければならない。非線形の関係の可能性を最初に述べたのはFischer (1993)だ。Sarel (1996)は8%のインフレ率で有意に構造変化が見られることを発見した。8%以下ではインフレは成長率に対して影響を与えないかまたはわずかにプラスであるかもしれない。8%以上では強いマイナスの効果が表れたという。閾値の存在を無視すれば結果に大きなバイアスが加わるだろう。Ghosh and Phillips(1998)はSarelよりも大きなサンプルを用いて大幅に低い2.5%という閾値を発見した。さらに彼らはインフレが成長率の最も重要な決定要因の一つであることも発見した。Christoffersen and Doyle(1998)は移行経済に関して閾値を13%と推計した。Bruno and Easterly (1998)はインフレと成長率の負の関係は例えば年次ではなく月次のしかも極端に高いインフレ率のみにおいて見られるという。彼らは全サンプルに関しては相関を発見できなかったが40%以上のインフレ率に関してはマイナスの効果を検出できたという。

この研究では以下の点を重視してインフレと成長率の関係を再調査する。
・統計的に有意な閾値は存在するのか?
・閾値の効果は途上国と先進国で同一なのか?
・上記に挙げた研究が異なる閾値を推計したことを鑑みてこれら閾値の値は統計的に異なるものなのか?
・Bruno-Easterlyの結果はロバストなのか?

I. Data Issues

データは140の国(工業国と途上国を含む)を含み期間は1960-98だ。データはWorld Economic Outlookからで以下の変数を含む。現地通貨建てのGDP成長率、CPIベースのインフレ率、初期の所得水準、GDPに占める投資の割合、人口成長、貿易収支の変化率、貿易収支の標準偏差だ。

図1に実質GDP成長率とインフレ率の対数値との関係を示す。データは全サンプルを5つに分割することで平準化してある。図の下部は5つのサブサンプルの算術平均だ。


図1から低いインフレ率に対して関係がわずかにプラスでインフレ率が上昇していくとマイナスになるのが見て取れる。さらにマイナスの効果は高いインフレ率で幾らか弱まっていてFischer (1993)と整合的だ。

成長率と関連があるのはインフレの水準なのかまたはその対数値なのか?図2の1番目のパネルに全サンプルにおけるインフレ率の分布を示す。分布がかなり歪んでいるのが分かる。回帰分析は極値に強く影響を受ける。Sarel (1996)が示したように対数化により部分的には極値の影響を取り除くことが出来る。非線形モデルに対してGhosh and Phillips (1998)は対数化の当てはまりが最も良いことを示した。さらに対数化から得られる結果は線形モデルのものよりも尤もらしい。線形モデルは加法的インフレショックが低率のインフレ、高率のインフレの経済に同一の影響を与えるのに対して対数モデルは乗法的インフレショックが低率のインフレ、高率のインフレに対して同一の影響を与える。例えば線形モデルではインフレ率の10%の上昇は初期値のインフレ率が10%の経済と100%の経済に同じ影響を与えるが対数モデルではインフレ率の2倍が同じ影響を与える。

II. Model Specification and Estimation

閾値の存在を確かめるため以下のモデルを推計する。

dlog(Yit)=μi+μt+γ1(1-ditπ*){(πit-1)I(πit<1)+[log(πit)-log(π*)]I(πit>1)}+γ2ditπ*{(πit-1)I(πit<1)+[log(πit)-log(π*)]I(πit>1)}+θ'Xit+eit (1)

       {1 if πit>π*
ditπ*={0 if πit<π* i=1,...,N; t=1,...,T

dlog(Yit)は実質GDPの成長率でμiは固定効果、μtは時間効果、πitはCPIベースのインフレ率、π*はインフレ率の閾値、ditπitはダミー変数だ。I(πit≤1)とI(πit >1)は指示関数を表す。Xitは制御変数のベクトルで投資率、人口成長率、初期の1人あたり所得水準、貿易収支の変化率、貿易収支の標準偏差の5年平均を示す。

上記で述べた理由によりインフレ率の対数値が説明変数として適している。しかし負のインフレ率に対しては対数関数は存在しない。さらに対数関数はインフレ率がゼロに近づくとマイナス無限大になってしまう。従ってここではインフレ率が1以下では線形のモデル、1以上では対数値を取る関数を推計する。

f (πit ) = (πit −1)I(πit ≤ 1)+ log(π )I(πit >1) (2)

初項は単にインフレ率の水準に1以上のインフレ率ではゼロになる指示関数を掛けたものだ。第2項はインフレ率の対数値に1未満のインフレ率ではゼロになる指示関数を掛けたものだ。1で関数が連続となるように初項から1を引く。f(πit)は連続して微分が可能だ。結果として関数は負のインフレ率も取り扱うことが出来る。最後にlog(πit)からlog(π*)を引くことにより関数は閾値で連続となる。

Estimation Method

閾値が最初から分かっていればOLSにより推計できる。今回は閾値が不明なため他のパラメータと併せて推計しなければならない。このケースで適した方法はNLLSだろう。π*が非線形かつ非連続の形で回帰式の中に含まれているのでNLLSを推計する通常の方法は適していない。代わりに条件付き最小二乗法と呼ばれる方法で推計を行う。任意のπ*に対してモデルをOLSで推計しπ*の関数としての残差二乗和を作成する。この残差二乗和を最小化するπ*の値がπ*の推計値となる。ベクトルに値を収納することにより式(1)を以下のように簡略化することが可能だ。

dlog(Y) = Xβ + e π = π π (3)

βπ = (μi μt γ1 γ2 θ′)はパラメータベクトルでXは説明変数の行列だ。係数行列βは閾値の影響を示すためにπで指数化してある。S1(π)は閾値をπで固定した残差二乗和を示すものとする。π*の推計値はS1(π)を最小化するものとして選択される。

π*=argmin{S1(π),π=π_,...,π-} (4)

Inference

閾値の効果が統計的に有意なのかどうかを判定することは重要だ。式(1)の中で閾値の効果がないという仮説を検証するためには単に以下の帰無仮説H0: γ1 = γ2を検証するだけでよい。帰無仮説の下では閾値π*は識別されない。よってt検定のような古典的な検定は標準的な分布を持たない。Hansen (1996, 1999)は以下の仮説を検証するためにブートストラップ法を用いることを提案している。

LR0=(S0-S1)/σ^2 (5)

S0はH0: γ1 = γ2の下での残差二乗和でS1はH1: γ1 ≠ γ2の下での残差二乗和、σˆ2は対立仮説の下での残差の分散だ。つまりSとS1は閾値の効果がない場合とある場合の式(1)の残差二乗和だ。LR0の漸近分布は非標準的でサンプルのモーメントに依存する。よって棄却値は集計できない。Hansen (1999)はLR0の分布をブートストラップする方法を示した。

関心のある問題として例えばインフレ率10%の閾値は8%や15%の閾値と有意に異なるのか否かだ。つまり信頼区間の概念を閾値の推計にも一般化できるのか?Chan and Tsay (1998)はここで扱っているようなモデルに関して閾値を含むパラメータの漸近分布は正規分布に従うことを示した。簡潔に言うとΦ = (μi μt γ1 γ2 θ′,π*)を閾値を含むパラメータの集合とする。Chan and Tsay (1998)はΦの推定量Φ^は漸近的に正規分布に近づくことを示した。

Φˆ~N(Φ,U–1VU–1) (6)

U = E(HitH'it)、V = E(e2itHitH'it )、Hit = (–X~it, γ1(1 – ditπ*) + γ2ditπ*)で、X~itは式(1)の右辺のすべての変数のベクトル、NTは観測値の総数だ。UとVの推計は以下で与えられる。

U^=ΣΣH^itH^'it/(NT) and V^=ΣΣe2^itH^itH^'it/(NT) with H^it=(-X~it,γ1^(1-ditπ*)+γ2^ditπ*)

III. Estimation and Inference Results

Test for Existence of Threshold Effects

最初の段階は尤度比LR0を用いて閾値が存在するのかを確認することにある。これは式(1)の推計とπ–からπ–の範囲の残差二乗和を計算する必要がある。残差二乗和を最小化する閾値を選択する。テストは全サンプルと2つの部分サンプル(工業国と途上国)に分割して行う。結果は表1にまとめる。


第2列は閾値を探索した範囲を示す。全サンプルに関してπ– =1%、π–=100%として100の回帰分析を行う。100の残差二乗和の最小値はインフレ率11%で得られる。同じ手順をサブサンプルに対して行うことにより途上国では11%、工業国では1%の閾値が得られた。工業国の閾値は途上国のものよりもずっと低い。表1のLR0の行は尤度比を示している。有意水準はLR0の分布を用いて計算される。閾値がないという帰無仮説は1%有意水準で棄却される。従ってデータは閾値の存在を強く示唆している。

Estimation Results

表2は3つのサンプルに対する式(1)の推計結果を示す。全サンプルに対してすべての係数は予想された符号で1%水準で有意だ。閾値の存在は単にγ1とγ2が等しいとする古典的な検定からは推測できない。閾値がないとの帰無仮説の下ではこの変数に関するt値の分布は非正規だからだ。これが帰無仮説を尤度比LR0(π)の分布を用いて検定する理由だ。だが対立仮説の下では説明変数のt値の分布は通常の形状を保持している。さらにChan and Tsay (1998)はすべての係数の漸近分布は分散共分散行列が式(6)で与えられる多変量正規分布であることを示した。

前回の部分節で我々は閾値の存在を示した。次の疑問はそれらの推計がどれぐらい正確なのかだ。これには閾値近辺での信頼領域の計算を必要とする。閾値の存在は広く受け入れられているがその正確な値に関してはまだ議論の余地がある。以前議論したように既存の研究では幅は2.5%から40%まである。仮に信頼領域が極めて広いものならば閾値の水準に大きな不確実性が存在することになる。興味深いことに信頼区間は極めて狭く閾値が正確に推計されたことを示している。実際3つのサンプル(全サンプル、工業国、途上国)に対する95%信頼区間は[10.66, 11.34]、[0.89, 1.11]、[10.62, 11.38]だ。

なぜ途上国の閾値は工業国のものよりも高いのか疑問に思うかもしれない。それにはすくなくとも2つの理由が考えられる。第一に途上国の多くは長くインフレに苦しめられてきたのでその影響を部分的にでも緩和するシステムを受け入れてきたのかもしれない。そのメカニズムが高いインフレ率を許容することを可能にしているのかもしれない(相対価格がそれほど変化しないから)。第二に通常の課税手段を欠く政府はインフレ税を課しているのかもしれない。途上国と工業国の閾値の違いは課税手段の違いの反映である可能性がある。従って工業国では僅かなインフレ率の上昇が投資、生産性、成長率にマイナスの影響を与えるのに対して通常の課税手段が限られている途上国はインフレに耐性があるのかもしれない。

閾値以下のインフレ率では特に影響が見られない一方で閾値以上のインフレ率では大きなマイナスの影響が見られる。サンプルを工業国と途上国に分割してみると興味深い特徴が表れる。第一に両方のグループで閾値以下ではプラスの影響が見られる。そして閾値以上では(全サンプルと比較して)より強力な負の関係が見られる。予想されたように投資率と人口成長率は成長率に対して正で有意の相関がある。平均でGDP対比5%ポイントの投資率の上昇は実質GDP成長を途上国で0.80%ポイント、工業国で0.53%ポイント上昇させる。成長理論の分野では1人あたりGDPの初期値(ly0)は条件付き収束(所得の低い国と所得の高い国との所得が条件付きで収束していくという理論)のテストとして分析に含められる。すべてのサンプルで収束が見られる。工業国間での収束率は途上国間よりも高い。工業国間での収束がより速いという前回の研究とも整合的だ。

表3の最初の3つのパネルは全サンプル、工業国、途上国に関する回帰分析の結果を示す。3つのパネルはインフレ率の初期値が3%である仮想的な経済でインフレ率が徐々に上昇した場合に成長率への影響がどうなるかを示している。途上国はインフレ率が3%から11%に上昇することにより成長率を0.14%高めることが出来る。この値は過大推計である可能性が非常に高い。インフレ率が3%から11%に上昇する一方で投資率は一定に固定されているためだ。Fischer (1993)が示したようにインフレは投資に対する影響を通して間接的に負で有意の影響を与える。ここではこの間接的な影響が考慮されていない。(間接的な影響を考慮していない)我々の結果でもプラスの影響は急速にマイナスの影響に変化する。例えば3%から40%へのインフレ率の上昇は途上国で1.01%ポイント、工業国で1.66%ポイント成長率を低下させるだろう。

IV. Robustness

(大部分省略)

Sensitivity to High-Inflation Observations

Bruno and Easterly (1998)とEasterly (1996)はインフレと成長率の負の関係は40%以上の高いインフレ率でのみ見られるとした。彼らは40%以上のインフレ率を除けば負の関係は弱まると主張した。彼らの手法は我々のものとは異なる。彼らの分析は回帰分析に基づいておらずインフレ危機の以前、最中、以後の成長率の平均値を比較している(40%以上を危機と定義している)。彼らの仮説を我々の分析の枠組み内で検証するため式(1)を5年平均インフレ率40%以上のデータを除いて再推計してみる。結果を表5に示す。

結果は表2で示した我々の全サンプルのものに非常に近い。実際、インフレ率40%以上を除いた途上国の閾値の推計はそうでないものとほとんど同一だ。

V. Conclusions

(省略)

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