資産分布の変動に関する理論で有名なものにクズネッツの仮説がある。だがその理論が妥当かどうか評価するための長期のデータが不足していた。この研究の貢献は1873-2006のスウェーデンの資産格差の変化を示すことにある。財産税や資産税に関するデータをともに用いることによりこれまでの研究よりも頑健であると信じる。
農業から工業へと経済が変化したことに加えてスウェーデンの事例を調べることには他にも幾つかの興味深い点がある。第一に20世紀の間にスウェーデンは福祉国家になった。第二にスウェーデンの資産格差の変化をフランス(Piketty et al., 2006)、スイス(Dell et al., 2007)、アメリカ(Kopczuk and Saez, 2004)と比較することは重要だ。これらの国が経験した資産格差の大幅な減少を起こしたとされる主要な要因をスウェーデンは経験していないからだ。
分析から幾つかの点が浮かび上がる。まず1873-2006の期間は3つに分類することが出来る。第一に農業経済の中でも資産格差は大きくそれは工業化の初期段階に於いてもあまり変化がなかった。資産上位1%の資産は僅かに増加したものの工業化の初期段階に於いて資産格差が拡大するとの主張に対する根拠は得られなかった。第二に1910から1980年代の初期まで資産格差は縮小した。この期間の始め頃に幾つかの制度上の変化が見られた。1907にすべての男性に選挙権が与えられ1921に全員に拡大された。1903に所得に累進課税が導入され1911に資産に拡大された。だがこれらの変化は初期の資産格差の縮小に貢献していないように思われる。この時の資産格差の縮小は資産上位1%からそれを除く資産上位10%に対して資産が拡散した時期として特徴づけられる。それに対して1950までの展開は相対的に高所得ではあるものの以前は資産を持っていなかった集団による資産の蓄積による。所得税と資産税が申告されているので所得の異なる集団の資産シェアを計算することが出来る。それにより所得上位というわけではないものの高所得集団の資産シェアが20世紀前半に上昇していることを発見した。1950以降の資産格差の縮小は異なる形態を見せ始める。より広範な人口で主に住宅を中心として資産が増加したからだ。1950から1980には資産上位の資産シェアは一定の割合を保つようになる。全体としてこの変化はクズネッツの仮説と整合的だ。
最後に、1980年代の初期に資産シェアの水平化は終わりを迎えた。だが資産税に基づく政府の公式の推計によると資産格差は歴史的に見て低い水準にあり過去数十年で僅かに上昇しただけということになっている。と同時にそれらの推計が近年の資産格差の上昇を過小評価していると信じる理由がある。1985以降資本に対する制限が取り除かれた。株式の形態で保有されている金融資産の価値が実質で年率20%で上昇した。多くのスウェーデン人が高率の資産税、相続税を避けるために外国に移住したり外国に資産を移したという夥しい証拠がある。政府の国際収支と投資収支の統計を用いて未説明の家計の金融資産の規模を推計しそれを資産格差の推計に与える影響を把握するのに用いる。推計に関しての不確実性を考慮するためその他の情報源も用いさらに外国資産の規模と分布、収益率に関して異なる仮定の下での推計を試みる。我々の主要な発見は政府の公式統計は近年の資産格差の拡大を極めて大幅に過小評価しており我々は資本が国際化したために測定がより困難になった資産格差の拡大の新たな局面に突入したのかもしれない。
注6 居住地や市民権まで国際化した国の資産(または所得)格差を計測するのに多くの概念的問題があることを我々の分析は示している。
II. Measurement Issues and Data
Measurement Issues
我々が用いる資産の概念は純資産または純市場資産で実物資産、金融資産の市場価値の合計から債務を引いて人的資産を除いたものだ。この定義はこの分野の研究で標準として用いられている。スウェーデンの場合では純資産は財産税と資産税の対象となるものを考慮している。純資産に含められていないものに年金資産がある。年金は過去に存在しない状態から個人の資産の一部を占めるようになった。この理由により拡張した資産格差のトレンドを新たに推計する。
資産格差の定義は人口のある一定割合によって保有される資産のシェアだ。つまり資産上位5%または資産上位1%が保有する資産が総資産に占める割合を意味する。過去のデータを用いるにあたって全人口の総資産をどのように測るかという問題に直面する。資産税のデータは通常資産税の対象となる資産上位5%の世帯しか含んでいない。よって資産格差を推計するに際して全人口の総資産の推計が行われた年に分析を限定しなければならない。この調査は過去の国勢調査と数種の公式調査で行われた。だが資産上位の情報はあるが総資産に関する情報に欠ける年度が多く残った。
The Data
資産税と財産税のデータは幾つも問題があるがこれらしか長期の資産格差の研究をするに際して利用可能なものがない。資産税と財産税のデータをお互いに比較すること自体もトレンドをより深く理解する上で興味深い。これらに加えて家計が保有する外国資産の推計も用いる。スウェーデンの高率の資産税と資本移動の自由化の結果として外国に保有する資産の残高は膨大なものになった。さらにスウェーデンの超富裕層の資産に関して調べた雑誌の推計を用いて同族経営企業(納税申告のデータに現れない)の潜在的影響を評価した。
遺産に関するデータ。遺産のデータは資産分布を調べる標準的な情報源だ。死亡時が遺産の分割と課税のために個人の資産と債務が公になる唯一の場合であることがしばしばある。任意の年度に死亡する個人は同姓、同年齢の生存者の集団からランダムに選ばれると仮定することにより、異なる年齢層に属する個々の資産を年齢層別の死亡率で重み付けした死亡乗数(性別や社会的地位を制御することもある)を掛けて死亡者間の資産の分布を生存者の資産の分布に変換することが出来る。
スウェーデンのデータは有病者の集団分布の形で得られる。1873-1877から開始されていて計130年分の記録がある。1908の記録に関してだけ死亡乗数で調整した遺産の分布のデータを持っている。各遺産に有病者の年齢に基いて年齢調整した死亡率の逆数を掛けたデータが記載されている年度だ。これにより有病者の資産シェアに加えて生存者の資産シェアを計算することが可能になる。これら2つの分布が大きく異なるのかはオープン・クエスチョンだ。期間の重複する資産税に基づく分布と比較した結果から判断すれば長期の資産格差のトレンドに関してその効果は僅かなように思われる。その他の問題は外れ値の影響を受けやすいことだ。連続年のデータを用いることが出来るので外れ値に影響を受けるリスクは小さくなる。
資産税に関するデータ。先程と比べて資産税のデータはより直接的だ。資産税の納税申告のデータはその扱いやすさからスウェーデンの資産格差の研究で頻繁に用いられる。だがこのデータには幾つもの問題がある。第一に全人口のうちで僅かしか資産税を払っていない。だから総資産を推計する際に問題がある。第二に耐久消費財が極めて不完全にしか記録されていない。よって総資産を大きく過小評価する。第三に年金資産が含まれていない。これは家計が年金を自由に扱えるのではなく将来のキャッシュ・フローに対する請求権だからだ。これが一番の問題かもしれない。第四に税で評価した個人資産の価値と市場価値との歪みは時間とともに変化する。1980年代以前には規制で縛られていたスウェーデンの経済の市場価値は税評価とあまり変わらなかった。だが1980以降は市場価値は劇的に上昇した。
1975以降のデータが相対的に最も信頼出来るとはいえ問題がないわけではない。第一に持ち家の市場価値は評価するのが非常に困難だ。第二に同族企業のデータは完全に除外されている。第三にHINK/HEKデータベースは所得分布を分析するために構築されたもので資産分布を分析するためではない。考えられる結果としてキャピタル・ゲインを資産の代理として用いることにより高所得者を過剰にサンプリングする恐れがある。これが問題なのかどうかは定かではない。
1975以前のデータに関して1920、1930、1935、1945、1951のセンサスのものと1966から1970に特別に調査されたものを用いる。
家計が外国に保有している資産に関するデータ。1989にスウェーデンは資本制限を排除し資本移動を自由化したが資産と相続に関する税は高率に据え置いた。これにより富裕層が課税回避のために資産を海外に移すこと、国内の資産格差が大幅に過小評価されること、が容易に発生する状況になった。この研究では国内の資産と海外に保有する資産とを合わせた分析方法を導入する。家計が海外に保有する資産には超富裕層のスウェーデン人で資産だけでなく自身も海外に居住している事例も含めなければならない。だが彼らはスウェーデンで生活も居住もしていないので国内の課税の対象にはならないという問題が残る。
ここでの海外に保有する資産の計算方法はリクスバンクとスウェーデン統計局のものと同じだ。基本的にはバランスシートの項目の残差から推計する。国際収支の場合では貯蓄部門(経常収支と資本収支の内部の)は各年度の資金の動き(投資収支の内部の)と等しくなければならない。これは1980年代の後半ぐらいまでは成り立っていた。それ以降は誤差脱漏と呼ばれる残差は年とともにマイナス幅を拡大し未説明の資本の流出が拡大していることの証左となっている。その流出の3分の1ぐらいは実際の流出ではなく会計や評価に伴う誤差と思われる。よって誤差脱漏の65%を家計が海外に保有する資産の推計として用いる。投資収支の場合では残差は国民勘定の貯蓄(可処分所得と民間消費と民間投資の和との差)と投資収支の貯蓄(銀行預金の総額、証券投資、現金など)とを比較することにより求める。
次にスウェーデン人の誰が海外に資産を保有しているのかを判断しなくてはならない。この集団は非常に裕福であるはずだ。租税回避地にある外国銀行とのコネクションを確立する費用は無視出来る額ではないし資産税率も累進的であるためだ。分析を通して外国資産の推計値を資産最上位世帯(4万から5万世帯)に割り当てる。この数字はこれらを専門に扱うスウェーデン統計局とリスクバンクの職員と議論して求めたものだ。仮に問題があるとすれば資産上位は1980年代と1990年代初期(インターネット出現前)で僅かに過大かもしれずそれ以降は逆に僅かに過小であるかもしれない。さらに家計が保有する外国資産を分母の総資産にも加える。
雑誌による超富裕層の資産の推計。課税当局は同族経営の企業を所有する個人の資産を評価するのに大きな問題を抱えている。よってこれらの家計は極めて僅かかまたは資産税をまったく払っていない。これら資産に関する客観的情報が存在していなかったので数ヶ国のジャーナリストで主観的評価法による超富裕層の資産の推計が試みられた。そのリストの例はアメリカのForbes 400やイギリスのSunday Times Rich Listに見られる。主観的な評価に基づくのでそれらの数字を扱うには注意を要する。注意を持って扱えばこれらのリストから他にはない情報を得ることが出来る。実際これらは以前の研究でも用いられている。
我々はスウェーデンのビジネス誌(*誌名は省略)に掲載されている1983から2006までのリストのデータを用いる。これらを取り扱うに際して情報を2つの集団に分割した。スウェーデンに居住していて同族企業に関係しているスウェーデンの世帯(政府の統計には含まれていない)と海外に住んでいるスウェーデンの世帯だ。
引退世帯の資産に関するデータ。年金資産と社会保障資産は引退時の重要な所得源となる。このため研究者は時々引退時の資産の推計を試みてきた。概念的には引退資産を個人資産に含めることには問題がないわけではない。一方では個人の貯蓄行動に大きな影響を与えるがもう一方で個人は年金資産を自由に扱うことは出来ない。これは財産権の基本的側面の一つを侵害する。よって分析は別個に行う。
引退資産とその分布を計測する際に幾つもの問題がある。第一にこの資産の一部は集計的な形式でしか把握することが出来ない。第二に将来の年金に対する現在の請求権の計算には平均寿命、市場リターンなどに関して幾つもの過程をしなければならない。第三に公的年金、民間年金に積立部分と未積立部分がある。そのうちの一部は他と比べて容易に観察、測定が可能なので系統誤差を生み出す恐れがある。第四に年金の分布特性は一様でなくさらに測定するのが困難だ。
III. Wealth Concentration, 1873–2006
Long-run Trends
図1に1873-2006の資産最上位の資産シェアの展開を示す。この図によると資産格差は1945まで高い水準で安定していて1930年代にほんの僅かだけ低下している。この時期が左翼の支配の始まりであったことを考慮するとこの展開はそれと一致する。
だがよく指摘されているように資産上位の展開を見ているだけでは重要な側面を幾つか見落としてしまう。図2に資産上位1%、資産上位10%-1%、残りの人口を示したものだ。1870年代と1900年代の間では資産上位1%のシェアは僅かに拡大していてその他の人口は縮小している。1910年代以降から1980まで資産上位1%の資産シェアは3%のペースで低下している。1950まではこの水平化は資産上位内で起こっていて図1を見ているだけでは大きな変化が起こっていないという印象を持ってしまう。1910から1950の期間ではP90-99の資産シェアは1.5%のペースで上昇しているが資産上位1%の資産シェアは同率で低下している。下位9分位が保有する資産のほとんどは持ち家で増加は第二次世界大戦後に主に上昇し1950以降は資産上位のシェアを奪うような形で推移している。1980あたりから水平化は停止し資産上位のシェアは僅かに上昇したように思われる。
1870–1910: Wealth Concentration during the Industrial Take-off
(省略)
1910–1980: Wealth Equalization and the Rise of “Popular Wealth”
(省略)
1980–2006: Globalization and Higher Concentration
1980あたりから長年続いた資産格差の縮小は停止する。スウェーデンの資産格差を研究した多くが1980年代の初期が最も資産格差が小さくその後は穏やかに上昇したと報告している。1980以降の資産シェアの変動は資産価格の動きと一致しているように思われる。多くのスウェーデン人は家を持つので住宅価値の上昇は資産格差を低下させる。一方で株式価格の上昇は株式を保有しているのが資産上位に集中しているので資産上位の資産シェアを上昇させる。しかも政府の資産上位の資産シェアの推計は1980から2000の期間の年率20%以上にも及ぶストックホルム株式市場の劇的な上昇を捉えているとは思われない。
スウェーデンの資産分布に起こった潜在的に最も重要な変化の幾つかが税の統計(または調査)で捉えられていないのには主に2つの理由が考えられる。第一に過去数十年で海外に保有する資産が急激に増加した。第二にこの期間に非公開同族経営の企業の価値が上昇した(税の統計では把握されない)。これらの要因が潜在的に与える影響を我々は調べた。表2にその結果を示す。1989以前は誤差脱漏は基本的にゼロだった。その後増加を始めて2006にはその当時のドル価値(*を1ドル=100円として計算)で6兆6000億円になっている。投資収支の未説明の貯蓄も大幅な流出を示している。だがそれは1980年代初期から起こっていてこれは国内の観測できない資産の増加を反映しているのかもしれない。
図4に政府の推計に家計が外国に保有する資産と同族経営の超富裕層が保有する資産を加えた場合の影響を示す。この調整により1980頃を境として大きなトレンドの変化が発生する。資産上位の資産シェアは20%ぐらいから2000年代の初期には30%にまで上昇する。この増加はスウェーデンの1989の自由化と一致しその後も表2に示した数字と一致して増加している。さらにこれらのデータは外国に保有する資産に発生する利子を含めていないことに注意する必要がある。つまり解釈に注意が必要な推計であることを意味する。さらにこの推計と基本的にトレンドに変化が見られない政府の納税申告に基づく推計との間の歪みが大きく鳴り続けていることも記す必要がある。
外国に保有する資産が資産格差の推計に与える影響の大きさは必ずしも限定されているというわけではないにしてもスウェーデン(そして潜在的にその他の北欧諸国)で特に大きくなる現象だと思われる。資産に対する高い税率、1980年代初期に始まった金融資産(*株式価格の上昇)の大幅な増加、海外に資産を移して課税を回避するのに掛かる費用の低さの組み合わせで観察されるパターンを説明するのに十分だと思われる。同様のことをアメリカのデータに行った場合では(つまり外国に保有する資産を加える、同族経営企業の超富裕層の資産を加える)資産格差の推計にほとんど影響を与えなかった。
注47 これらの項目を追加すると2004のアメリカの資産上位の資産シェアは33.4%から34.6%に上昇してその上昇率は3%だ。スウェーデンの場合は50%上昇する。計算はSurvey of Consumer Financesに基いている。誤差脱漏の累積の80%を加えてさらに利子率はゼロと仮定している。次にForbes 400の上位400人の国内資産とさらに海外に保有していると思われる彼らの資産の1.2%を加えて計算した。
基本となる分析では家計が海外に保有している資産と同族経営企業の資産が大きな影響を与えることを示した。だが既に述べたようにこれまでの分析は利用可能な推計の一部を利用しただけでさらに海外に保有する資産の利子率に関して極端な仮定をしている。この章ではこれらの制約を外してみる。
図7にその結果を示す。結果は1980以降のスウェーデンの資産格差に与える影響の大きさを再確認している。だがその影響の度合いは大きく異なる。例えば未調整の資産シェアは2002で18.4%だがスウェーデンに居住している同族経営企業の超富裕層の資産を加えると23.9になる。全体として海外に保有する資産と同族企業の資産が与える影響は大きく海外に住んでいる市民をどのように見るかが資産格差の計測に非常に大きな影響を持つことを示している。
(一番下の線が今までの推計でW=国内純資産、BP=国際収支、FA=投資収支、I=利子率5%、DSR=国内の超富裕層、SR=国内、海外居住を含めた超富裕層の略。一番上の2つの線は国際収支と投資収支に計上されている家計が海外に保有する資産に5%の利子が付く場合でそこにさらに国内、海外に住む超富裕層の資産を加えた場合の資産上位の資産シェアを示している)
V. International Comparison
(省略)
VI. Concluding Remarks
(省略)