by Valerie A. Ramey
1 Introduction
短期の経済活性化の目的のために政策当局者が政府支出を用いるかどうかを決定する際には次の2つのことが考慮されなければならない。(1)政府支出の増加は民間支出を押し上げる方向に作用するか?(2)政府支出の増加は雇用を増やし失業を減少させるか?第一の点に関して、仮に政府支出の増加が民間部門の支出を押し上げないなら民間の厚生が向上している保証はない。第二の点に関して、政策当局者は雇用の創出も重要だと述べるだろう。理論的にはオークンの法則を用いてGDP乗数を失業の乗数に変換することができる。だがこの法則のパラメータの時間に対する変動の大きさにより産出乗数から雇用または失業の乗数への変換は難しい。よって政府支出が産出に与える影響とともに雇用に与える影響に注意を向けることは意味がある。
ここでは政府支出が民間の消費と失業と雇用に与える影響を調べる。民間支出を(GDP-政府支出)と定義する。structural vector autoregressions(SVARs)を用いてもexpectational vector autoregressions (EVARS)を用いても、サンプルに第二次世界大戦時のデータを加えても朝鮮戦争時のデータを加えても、または除いても、政府支出の増加は民間支出の有意な増加にはつながらないことを示す。実際、大半のケースで有意に下落している。この結果は政府支出乗数が1を大きく下回っていることを示唆する。
最後の部分で政府支出の失業と雇用に与える影響を調べる。第二次世界大戦時の事例を調べることから始め、次にその他の事例にVARを用いる。政府支出の増加は失業を低下させていたが、その雇用の増加のほとんどすべては政府雇用の増大で民間雇用の増大ではないという驚くべき結果が得られた。
2 Background
2.1 Output Multipliers
支出乗数の研究には大きく分けて2種類ある。第一の種類はGDPの成長率を当期と一期のラグをとった防衛支出(または防衛支出を操作変数に用いた政府支出)で回帰分析するものだ。これらの研究は乗数が1を下回る傾向がある。
第二の種類は月次のデータを用いて推計されたVARだ。これらにはRamey and
Shapiro (1998), Blanchard and Perotti (2002), Mountford and Uhlig (2009), Fisher
and Peters (2010), Auerbach and Gorodnichenko (2011), and Ramey (2011a)が含まれる。
これらの研究のいくつかは政府支出の反応の山をGDPの反応の山と比較することにより乗数を求めている。その他のものは2つのインパルスレスポンスのエリアを比較して求めている。以前の記事で述べたように乗数の推計値の幅はしばしば同一の研究内でも異種の研究間でも広い。あまり述べられていないが興味深い特徴としてこの推計の幅にはあるパターンがある。特にBlanchard-Perotti型のSVARはexpectational VARs (EVARS)よりも低い乗数が求められる傾向にある。この結果は興味深い。なぜならSVARは消費の上昇を示す傾向があるのに対して、EVARは政府支出の上昇に対して消費の下落を示す傾向があるからだ。全体としてほとんどの乗数の推計値は0.5から1.5の間にある。
最近増えてきた研究には政府支出の労働市場に与える効果に関するものがある。それらの研究の大半は州間の支出の変動、または地域の支出の変動が雇用や所得に与える影響に焦点をあてている。
Ramey (2011b)でまとめたようにそれらの研究は平均で見て一単位の雇用を生み出すのに350万円(1ドル=100円)の政府支出を必要とする。だがその雇用の増加の効果はすぐに消えてなくなることも報告されている。
最近発表された研究は、経済全体でみた政府支出ショックの労働市場変数に与える影響が分析されている。
その推計によると政府支出の増加は失業率と離職率を下げ、欠員率と就職率を上昇させる。だがそれらの推計は不完全でその推計値のほとんどは標準的な有意水準のもとでゼロと差がなかった。
2.3 The Distinction between Government Purchases and Government Value Added
なぜ産出の乗数と雇用の乗数の間に一対一の対応がないのかを理解するためには民間財に対する政府支出と政府の産出との違いを考慮することが役立つ。
Finn (1998)は動学的な新古典派モデルを用いてこの問題を調べた。彼女は政府雇用の増加としてのGの増加と民間部門からの財の購入としてのGの増加は民間部門の産出、雇用、投資に対してそれぞれ逆の効果があることを示した。
(1) YPriv = F(NPriv , KPriv)
YPrivは民間の付加価値、NPrivは民間の雇用、KPrivは民間の資本ストックだ。民間部門が利用可能な労働者の人数は以下の労働資源制約により決定される。
Tは賦存された時間、NGovは政府雇用、Lは余暇だ。1つ目の方法として政府は労働資源制約に従って民間部門から資源を引き出す。2つ目の方法として政府は自身が民間財を購入することにより民間部門から資源を引き出す。この場合では資源制約は民間の産出そのものだ(注 政府は民間が生産する以上のものを購入できない)。
(3) YPriv = C + I + NX +GPriv
GPrivは民間部門からの政府購入だ。NIPAの各分類からのGの総和は次のようになる。
(4) G = GPriv +YGov
YGovは政府の付加価値で政府の資本と政府の雇用を以下のように組み合わせることにより生み出される(注 例えば教師(政府雇用)と学校(政府の資本)が組み合わさって政府の付加価値が生み出されるみたいな)。
(5) YGov = H(NGov , KGov)
労働市場と生産関数に関する妥当な仮定の下で民間と政府の産出の相対価格は同一になり、よってGDPの合計は以下で与えられる。
(6) Y = YPriv +YGov
この種類のモデルの文脈では政府支出の増加は総雇用を増加させる(注 明らかに民間から雇用を奪うケースがあるというのに)。だがその増加の程度はGの増加自体が民間財の購入によって生じた増加がより大きいのか政府の産出と雇用によって生じた増加がより大きいのかに依存している。我々は政府による民間財の購入の場合では民間部門の雇用が増加する(可能性がある)が政府の産出と雇用の場合では民間部門の雇用は減少すると予想する。従って全体の雇用が増加したからといって必ずしも民間部門の雇用が増加したことを意味するのではない。だから民間と政府の雇用を区別することが重要だ。
3 The Effects on Private Spending
大部分の研究では政府支出乗数は産出の山と政府支出の山を比較することにより求められる。またはインパルスレスポンス関数を特定の区間に渡って積分することにより求められる。普通は標準誤差は示されない。だが産出と政府支出の部分に関して誤差範囲が大きいので乗数の誤差範囲も大きいと考えられる。非耐久財消費や固定資本投資などの民間支出の構成部分に関する研究は誤差範囲に関して混み合った結果を示す。これから示すように単純なVAR変数の置換によってより正確に以下の疑問に答えることができる。平均で見て、政府支出の増加は民間の支出を増加させるのか?この疑問に答えるため変数に一つの修正を施した(ただしその他は多くの研究で用いられているものと変わりがない)。ここではGDPではなく民間支出(Y - G)を用いる。
3.1 Econometric Framework
民間支出に政府支出ショックが与える影響を調べるために以下のVARを推計する。
(7) Xt = A(L)Xt-1 + Ut ,
Xtは1人あたり実質政府支出の対数値G、1人あたり民間支出の対数値(Y-G)、平均限界税率、3ヶ月物T-billsの利子率、さらには以下で手短に説明する識別のための鍵となる変数を含むベクトルだ。利子率と税率変数は金融政策と税政策の影響を制御するために用いている。A(L)はラグ演算子の中の多項式だ。ここではすべての変数の4期ラグと2次の時間トレンド項を含む。
2.Blanchard-Perotti SVAR:Blanchard and Perotti (2002)は政府支出へのショックを総政府支出を先頭に配置した標準的なコレスキー分解によって識別した。VARの中にニュース系列は含まれていない。
図3に私のニュース変数を用いたEVARの結果を示す。初めのうちの2つの例では政府支出は大幅に増加し6期頃に山となる。ニュース変数に対する「実際の」政府支出の遅延反応は、政府支出の変化は実際にそれが変化する少なくとも数期前には予想されているという私の仮説と整合的だ。1939-2008のサンプルでは民間支出は最初にわずかに増加するがその後ゼロをわずかに下回るまで減少しGDPの0.5%ぐらいで谷となる。1947-2008のサンプルでは民間支出は最初にGDPの0.5%ぐらいまで増加した後、ほんの数期のうちにゼロまで減少する。この結果はRamey (2009b)で述べた予想の効果と整合的だ。その研究で示したようにシンプルな新古典派モデルでは将来の政府支出の増加に関するニュースは政府支出が数期は増加しなくても即時の産出の増加につながる。従って理論的には民間支出は最初に増加しその後減少することが予想される。加えてRamey (2011a)で述べたように朝鮮戦争の影響が第二次世界大戦後のサンプルの中で大きい。耐久消費支出のデータやその当時の報道で騒がれていたように、朝鮮戦争の開始は耐久財の買占めなどの混乱につながった。多くの人が第二次世界大戦時のような配給制が差し迫っていると恐れていたからだ。これは初期の効果が正になるもう一つの経路になりうる。朝鮮戦争後のサンプルでは私のニュース変数のF統計量が低いのでこの期間のサンプルの結果には疑問がつく。それでも念のため結果を示しておく。この期間の誤差範囲はずっと大きい。民間支出は大きく減少するが統計的に有意ではない。
図4にBlanchard-Perotti SVARの結果を示す。EVARとは違い、この場合では政府支出は3つのサンプルすべてで即時に増加する。初めの2つのサンプルで民間支出は政府支出の増加に対して大幅に減少する。この減少は乗数が1を大きく下回ることを意味する。朝鮮戦争後のサンプルでは民間支出はゼロをわずかに下回るがこれも統計的に有意ではない。Appendix Figure A1にPerotti (2011)によって提唱されたSVARの結果がほぼ同一であることを示す。
図5にFisher-Peters type SVARの結果を示す。ここでは政府支出ショックは防衛企業の株式の超過リターンへのショックとして識別されていることを思い出して欲しい。前回までとは違い(前回までは6期で山となり12期から14期の間に元に戻る)今回はより長期間に渡って政府支出が増加する。政府支出は20期たってもわずかしか減少しない。民間支出はゼロ近辺で振動する。だが統計的に有意になるのは負の値が相対的に長期間続いた時だけだった。
従ってSVARの結果とEVARの結果はほぼ同一の回答を示す。政府支出の増加は民間支出を刺激しない。実際、多くの場合でむしろ減少させている。
3.3 The Effects of Taxes and Implications for Multipliers
上記の結果はGDPに関する乗数が1以下であることを暗示している。すべての場合で政府支出が民間支出をクラウドアウトしている。だが、政府支出の増加は部分的に税によってファイナンスされている。表6にBarro and Redlick (2011)の平均限界税率のインパルスレスポンスを示す。6つのうち5つの場合で税率は顕著に増加している。税率はRamey News EVARでより増加している。
税の増加が乗数をどれだけ減少させるのかを調べるために2種類の実験を行った。1番目は架空の分析を行うために推計されたVARを用いる。2番目は操作変数を用いる。1番目では、実際に推計されたインパルスレスポンスを、税率が変化しなかったという仮定のもとで得られたものと比較する。つまり税率式の中のすべての係数をゼロとする。それから残りの式から実際に推計された係数と税率式からのゼロの係数を用いて動学的シュミレーションによるインパルスレスポンスを求める。
図7に政府支出と民間の産出を示す。Ramey News EVAR、Blanchard-Perotti SVARともに政府支出、民間の産出でほとんど変化がない。結果がほとんど変化しなかったことは税率の係数はゼロとほとんど変わらなかったことを意味する。
VARは基本的に誘導型の関係式なので結果に対する経済学的な解釈を加えることは難しい。なので2番目の実験では政府支出と税が民間の産出に与える影響を操作変数を用いて個別に推計する。以下の基本となる4半期モデル(年間データを用いたBarro and Redlick (2011)のと構造的に同種の)を特定化する。
SPrivは実質民間支出(Y - G)、Yは実質GDP、Gは実質政府支出、taxは税率、NewsはRamey (2011a)から、そしてこの変数は軍事衝突によって引き起こされた政府購入の期待割引現在価値の変化に等しい。残りは誤差項だ。税率の4期変化が用いてあるのはBarro-Redlickの同様の変数が一年に一回しか変化しないからだ。ニュース変数の当期の値を操作変数として加えることが重要だ。私の以前の研究によれば民間主体は実際に支出が起こる前に将来の政府支出に関するニュースに反応を示す。以前の研究では負の資産効果の重要性とその他の潜在的な要因(投資の調整費用と将来の配給制の懸念による消費財の買占め)が投資の前倒しを促す可能性があることを指摘した。
政府支出も税率も経済の状態に影響を受けるのでこれらの財政変数と税率が誤差項と相関すると予想する。従って推計には操作変数法が必要になる。税率に関する自然な方法はRomer and Romer (2010)の外生的な税の変化を記したナラティブアプローチによって構築された変数の系列だ。この変数は年間納税額の変化が財政赤字の懸念によって制定された法律によるのか長期の経済成長を促すために制定された法律によるのかを区別して求められている。従って税制の変化が税率の変化を通してのみ経済に影響を与えているのかが識別のための鍵になる。Romer-Romerの結果は1945-2007までしか利用可能できないので推計には第二次世界大戦のサンプルを除かなければならない。政府支出に対してはニュース変数のラグ値を操作変数として用いる。識別のための仮定は当期のニュース変数の値は独立に民間支出に影響を与える一方で、ニュース変数のラグは当期の政府支出の変化を通してしか経済に影響を与えないというものだ。この仮定は他にも効果を与えるラグ変数がある時には疑問符がつくようになる。よって支出成長率のラグ、政府支出のラグ、税のラグを加えて頑健性を評価する。1947-2007の期間のサンプルを用いて、操作変数のラグを12期まで調べる。Cragg and Donald (1993)の統計量を最大化したのでそれぞれの操作変数に対して4期のラグを用いる。
表1に推計結果を示す。上段は税率がBarro-Redlickの平均限界税率として定義されたケースで下段は税率が当期の税収がGDPに占める割合として定義されたケースだ。1列目は式から税率の変化が除かれた場合の結果を示す。政府支出の変化が民間の産出に与える効果は-0.7で標準誤差は0.26だ。この推計はGDPに対する乗数がわずか0.3であることを意味する。逆に将来の政府支出に関するニュースは当期の民間支出を増加させる。将来の政府支出の期待割引現在価値の1ドルの増加が当期の民間支出を5セント増加させる。この効果は正確に推計されている。高いCragg and Donald (1993)の統計量はweak instrumentsであるという帰無仮説を棄却できることを意味している。
2列目は税率が含められた場合の基本モデルの結果を示している。どちらの税率の特定化に対しても政府支出の係数は、政府支出の1ドルの増加が民間支出を55セント減少させることを示している。ニュース変数は正で有意である一方、税変数は負で有意ではなかった。Cragg and Donald (1993)の統計量は7-8の間で、Stock and Yogo (2005)の操作変数の関連性(適切性)の棄却限界値である15%の水準でweak instrumentsであるという帰無仮説を棄却できることを意味している。よって税の影響を制御することにより政府支出が民間支出に対して与える負の影響は-0.7から-0.55へと0.15減少する。誤差の大きさから考えてこの変化(0.15)はおそらく統計的に有意ではないだろう。
さらに当期のニュース変数の値を説明変数から取り除き代わりにそれを政府支出に対する操作変数として含めた場合の効果についても調べてみた(結果は表に示していない)。Barro-Redlickの税率が用いられた場合、政府支出の係数は-0.64で標準誤差は0.29だった。よって政府支出の負の効果はニュース変数が除外された時にさらに大きくなる。税変数の係数はわずかに正ではあるがゼロと変わりなかった。
表1の3列目に民間支出の伸びのラグを制御した場合の効果を示してある。この変数は統計的に有意ではあるものの政府支出の係数をほんのわずかだけ減少させるにすぎなかった。最後の列に政府支出と税のラグを加えてある。この結果はいくつかの係数に対して不正確な推計となり低いCragg-Donaldの統計量となった。その他の説明は表から外してある。年一回の税率の変化を四半期に置き換えたもの、政府支出の変化を年一回から四半期に置き換えたもの、Barro-Redlickの税率をGDPのラグに占める税収の割合で置き換えたものなど。結果はほとんど変わらなかった。
Ramey (2011b)では債務でファイナンスされた場合の政府支出の増加に対する乗数はおそらく0.8-1.5だろうと述べた。この時に私が下限を0.8に置いたのはRomer and Romer (2010)の結果から、税がGDPに与える影響は大きい、という考えにもとづいていた。ここでの結果はそれと食い違う。VARの推計から反実仮想的に構築された結果は当期の税率は政府支出乗数に対して何の影響も与えていないことを意味している。税率の変化を制御した操作変数による推計は乗数をわずかに0.15から0.2に増加させただけだった。操作変数による推計はGDPに対する政府支出の乗数が0.5であることを意味する。この結果はBarro and Redlick (2011)の結果と非常に近い。
4 The Effects of Government Spending on Unemployment
and Employment
(思いのほか長くなってきたので省略)
一言で言えばすでに述べてある通り、公務員を増やしただけで民間の雇用は増えなかった。
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