by Brian S. Ferguson
EXECUTIVE SUMMARY
なぜカナダの医療システムは世界最高と謂われていたかつての姿ではないのか?なぜシステムは慢性的に資金不足で債務を抱えているのか?かつてシステムが機能していたのならばなぜ現在の我々はその負担に耐えられないのか?メディケアの黄金期から何が変わったのか?
過去の政策担当者は支払いをしなくてもいいと考えていたようだ。だから我々は借りた。支払いをクレジットカードで済ませた。最初からメディケア(カナダの医療システム)の支払いを全額負担させられていたら現在我々が直面している負担の苦しみも感じることはなかっただろう(最初から苦しんでいただろうからという意味と負担を先送りしなければ現在の苦しみはもう少し軽減されていただろうにという2つの意味が込められている)。そしてシステムを持続可能な形に設計することも出来ただろう。
政府は最早借金をする余裕がない。医療費は歳入から支払われなければならなくなった。選択肢は増税か支出の削減か民間の関与に絞られる。90年代を通して政府はサービスを制限することにより支出を削減しようとした。その結果アクセスは制限されるか不可能となり待ち時間は長くなり医療従事者は群れを成してアメリカへ向かった。
メディケアの利点とされていることにメディケアはアメリカに対して費用の面で優位に立っていると主張されることがある。この主張の問題点はそれが事実ではないということだ。メディケアが費用逓減に成功してきたという錯覚が生まれた理由は両国の経済成長率の違いを考慮し忘れたことにある。データの取り扱いが適正であればメディケアの導入が費用の逓減に貢献していないことが分かる。
我々の所得をどの程度医療に支出しているかという質問に対してはカナダは特にうまくやっていない。単に運が良かっただけだ。
増税が選択肢になくメディケアの費用抑制効果が錯覚だったのなら我々に残された選択肢は民間の関与だ。現在の政策は経済が良い時に支出を増加して経済が悪い時に支出を減少させているように思われる。
SECTION 1 INTRODUCTION
医療費全体に占める民間部門の割合は1975の23%から1998の30%以上へと上昇してきた。民間部門の割合はメディケアが導入される以前よりも現在の方が高いぐらいだ。この状況はメディケアに対する民間部門の成長からの脅威として受け取られてきた。だがこの民間部門の成長が人々がより高価な眼鏡を購入するためであったりマッサージ治療を受けるためであったり歯科の治療やサプリメントの購入などに関連するようなものであれば然したる問題ではないはずだ。
(省略)
(カナダの医療費全体に占める公的部門の割合)
(アメリカの医療費全体に占める公的部門の割合)
SECTION 2 RATES OF GROWTH OF EXPENDITURE
我々が真に関心があるのが医療費の増加率であるならばそれを直接見たほうが良い。図8に3つの系列の年間成長率を示す。カナダの1961-98の期間の名目医療費、実質医療費、1人あたり実質医療費だ。図から明らかなようにインフレーションの影響は大きい。
図8が示すようにこの期間の医療費の成長率は継続してプラスだ。しかしその増加率は減少傾向にある。実質と1人あたり実質の系列は全体の系列と同様のパターンを示している。それら2つの系列は1995と1996にマイナスの年間成長率を示している。そして1人あたり実質の系列も1993にわずかにマイナスになっている。
カナダでの医療費に関する議論はカナダとアメリカとの支出の比較になる。それらの議論の大半は図11、図12、図13で示すようなグラフで始まる。
図11は1960-98の期間の医療費/GDP比を示している。両国は医療費に関して同様の定義と計算方法を用いているので最も直接的に比較可能だ。
図11は両国の支出の比較に関してよく聞かれる特徴を示している。1970まではカナダの医療費/GDP比はアメリカの数字とほとんど同一でそして同率で増加していた。
だが1970以降カナダの比率は増加しなくなる一方、アメリカの比率は増加を続けた。アメリカが増加を続ける一方70年代を通してカナダは7%のままだった。
両国の医療費/GDP比が乖離し始めた現象に対する最もよく為される説明はメディケアの導入だ。
この議論は図12を見た時に説得力を増すように思われる。この図は1948-98年間の両国の診療サービスがGDPに占める割合を示している。
50年代と60年代を通してアメリカのMDの割合はカナダのMDの割合よりも一貫して高かった。両者は1968まではほぼ同率で増加していた。1968-72の期間にカナダはメディケアを導入した。カナダの割合はアメリカの割合を上回って増加した。
1972にカナダのGDP比はわずかに減少しそれから80年代初めまで横ばいで推移した。そこから再び上昇を開始し90年代初めにもう一度横ばいになる。カナダのGDP比は最初に増加した後下落する。90年代後半を通してほぼ横ばいで推移した。アメリカのGDP比は70年代以降増加を続けた。アメリカのGDP比は90年代初めに落ち着きを見せ始めるがそれはカナダのGDP比とほぼ同一の時期だった。
議論はしばしばGDP比の乖離のタイミングについて為される。図12と図13が示すのはメディケアの導入の直接的な効果だと説明される。カナダで導入されたメディケアが医療費の抑制に成功した一方でアメリカは医療費の抑制に積極的ではなかったとされる。
ここまでの所、メディケアの導入が医療費の抑制にある程度の成果を挙げてきたという見方に支持を与えるように見える。
だがその見方は極めて明快な疑問へと結び付く。メディケアが70年代と80年代に費用の抑制に成功してきたのならばなぜ我々は現在費用の急騰に苦しめられているのか?なぜ90年代に医療へのアクセスを制限することなしに支出を抑えることが出来なかったのか?なぜ70年代と80年代にしたことを今してしまわないのか?
現在起こっていることをより理解するために過去のGDP比の変化に何が起こったかを調べる必要がある。
図14にカナダの1961-99年間の1人あたり実質GDPと1人あたり実質医療費の年間成長率を示す。
図15に2つの系列を示す(グラフの形がほとんど同じなので一つのように見えるがよく見れば2つあるのが分かると思う)。四角の印があるものは図11から計算したカナダの医療費/GDP比の変化率だ。砂時計の(ような)印があるものは図14で示した2つの系列の差から求めたカナダの医療費/GDP比の変化率の推計値だ(つまり毎年の医療費の変化率からその年のGDPの変化率を引いたもの)。近似は非常に近い。1961-98年間で2つの系列が正確に一致しないのはわずか3年しかない。
図16にカナダとアメリカの1人あたり実質GDPを対数表示したものを示す。
(グラフが不鮮明なので分かりにくいが下側から急速に伸びて上側の線を一時上回っているのがカナダのものだ。ただ下の文章で書いてあるようにこれはカナダの1人あたりGDPがアメリカの1人あたりGDPを上回ったことを意味するのではない)
ここでの対数表示の利点は任意の2地点間のグラフの傾きはその2地点間の増加率を示す。両国のグラフの傾きが等しい場合は1人あたり実質GDPの成長率が等しいことを意味する。
両国の系列は自国の通貨建てで表示してある。後で比率を取る時に通貨単位の変換は打ち消しあうからだ。従ってカナダの系列がアメリカの系列よりも高くなることがあるのは(共通の通貨単位で見た場合に)カナダの1人あたり実質GDPがアメリカの1人あたり実質GDPよりも高いからではなくて(どの期間でもそのようなことは起こっていない)、カナダドルで見たカナダのGDPがアメリカドルで見たアメリカのGDPよりも高いからだ。傾きの比較によれば1948-98年間にカナダの1人あたり実質GDPがアメリカの1人あたり実質GDPよりも速く成長した期間が確かにある。
このグラフで我々にとって興味深いのは70年代初めのリセッションだ。アメリカのGDPでは減少がはっきりと表われているのに対してカナダのGDPでは成長率の減少は見られるものの横ばいの期間があるだけで実際のGDPの減少は見られない。この期間に対して医療費/GDP比を計算した場合(カナダの州がメディケアを導入した初めての年と一致する)アメリカの医療費/GDP比がカナダの医療費/GDP比よりも速く増加する傾向があったことを意味する。
もちろんこれはGDPの側を見ただけに過ぎない。図17に両国の自国通貨建ての1人あたり実質診療サービス支出を対数表示したものを示す。ここでもグラフの傾きは両国の成長率の違いを示す。
前回示した診療サービス/GDP比の図とは違い両国の診療サービスは60年代を通してほぼ同率で成長している。つまり2つのグラフの傾きはほぼ平行だ。
60年代後半と70年代前半にカナダの支出は加速する。そしてその後元に戻る。これは以前に述べたメディケア導入の効果で(注 省略している)アクセスが容易になったことによる。
メディケア導入の効果が剥落した後、カナダの支出はメディケア導入以前よりも低い率で成長を再び始める。1960-1968年間の年間平均成長率を見るとカナダは5.5%、アメリカは5.2%だ。1968-1972年間ではカナダが8.8%、アメリカが4.7%だ。1972-1975年間ではカナダは-0.81%、アメリカは2.9%だ。1975-1987年間ではカナダは4.2%、アメリカは4.8%だ。成長率に違いはあるが大きなものではない。
図18と図19に今度は各年の成長率を直接比較したものを示す。
図18に両国の1人あたり実質GDPの年間成長率を示す。そして図19に1人あたり実質診療サービス支出の年間成長率を示す。
目を引くのは図19だろう。ここでもメディケアの導入による支出の増加とその効果が剥落したことによる支出の一時的減少がある。
70年代後半まで両国の支出の成長率はほぼ同調していた。実際他のどの期間よりもこの期間の関係が似通っている。2つの系列が再び乖離を始めるのは80年代の中頃から後半のことでカナダ政府が支出の削減を真剣に考えるようになってからだ。
このグラフの中に、メディケア導入による過渡的な効果を見ることが出来る。だがそれは診療サービスに対して永続した効果を与えていない。基本的に支出の成長率に対して何の効果も与えていない。カナダの診療サービス/GDP比がアメリカの診療サービス/GDP比よりも低いのは支出の成長率とは関係がない。カナダはメディケアの導入時期にカナダの成長率がアメリカの成長率を上回るという幸運に恵まれた。
その幸運の効果がどのぐらいの規模かを知るために図20に3つの系列を示す。1つは実際のカナダの診療サービス/GDP比で、1つはアメリカの診療サービス/GDP比で、最後がカナダの1人あたり実質GDP成長率がアメリカの1人あたり実質GDP成長率と同じだったと仮定した場合の仮想的なカナダの診療サービス/GDP比だ。
(本文中では診療サービス/GDP比とあるがおそらく誤植でグラフでは医療費/GDP比となっている。1990あたりからそれまでは一致していたアメリカの比率と仮想的なカナダの比率が乖離し始めるのは本文中でもあるようにカナダ政府が行った医療費抑制方針が仮想的なカナダの比率にも影響を与えているからだと思われる)
SECTION 5 CONCLUSIONS
不幸なことに、現在または当時の社会支出に関する意思決定を行った人々は自分達自身の財布から支払わなくてもよいという考えを持っていたように思われる。だから借金をした。
図27にカナダの統合政府の1人あたり実質純借入額(基本的に統合政府の赤字額の合計に等しい)を示す。
図28と図29は1人あたり実質で見た連邦政府と統合政府の純債務水準を示す。図30に再度、統合政府の純債務とGDPを示す。
図31に1人あたり実質医療支出と統合政府の1人あたり実質赤字額を1970-1997年間に渡って示す。ほとんどの年で赤字額は医療支出とよく一致する。
(ただこの後筆者は債務は極めて流動的なものなので医療費と他の支出によって引き起こされたであろう赤字とを区別することにそれほど意味はないと述べている)
(追記1)ここでの議論は日本に対しての方がより大きな効果として成立すると思われる。
(追記2)以前から論文筆者と同じ疑問を持っていたがこんな単純なことを誰も指摘しないのは何か理由があるのかと思っていたが別にそういうわけでもなかったようだ(笑)。ただ医療水準の低い国は医療に多額の投資を行う必要があるので医療費の伸び率は高くなる傾向があっても不思議ではないように思われる。ここでの議論は両国の医療水準が同一でない場合には少し修正が迫られる気がする。出発時点の両国の医療費/GDP比が同じで1人あたりGDPがアメリカ>カナダならば1人あたり医療費もアメリカ>カナダとなるのでアメリカの方が医療水準が高いと仮定しても差し支えないと思われる。そうだとすると素直に考えれば医療費の伸び率はカナダ>アメリカとなりそうな気がするが本文中でもあったように医療費の伸び率は大体アメリカ=カナダだったのでそういう意味ではカナダに医療費抑制効果が働いていた気もする。しかしそういうことがあったとしてもそれがメディケアと関係があるのかははっきりしない。導入以前以後でほとんど変化がないとあったのでやっぱり関係がないのだろう。
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