Are We All Unconscious Racists?
Heather Mac Donald
「インプリシット・バイアス(暗黙のバイアス)」ほど大衆に素早く受け入れられていった概念はないだろう。大統領や政府関係者たちによって持ち上げられたこともあり、暗黙のバイアスの馬鹿騒ぎはそれを人々の心から取り除くという運動とコンサルティング会社への巨額の利益を生み出した。暗黙のバイアスという主張を支えていた統計学上の根拠はとっくの昔に揺らいでいるが、その影響がすぐにでも消え去るなどとは期待しない方がいい。
暗黙のバイアスは以下の疑問に答えることを目的として生み出された(捏造された)。すべての点から見て人種差別は過去50年間の間にほとんど消滅したというのに、どうして世帯所得や雇用、犯罪率などに人種間の差異は残ったままなのか?その理由は(暗黙のバイアスを調べている人たちによると)意識の範囲外の私たちの心の奥深くに根ざしているからだという。私たちは表向きには人種間の平等を標榜しているかもしれない。だが私たちのほとんど全員が無意識のうちに黒人よりも白人を優遇している、と彼らは主張する。そしてそれらの無意識のバイアスが差別的な振る舞いを生み出し、結果として人種間の不平等が生まれるという。
暗黙のバイアスという概念が必要とされた(捏造された)理由は明らかだ。大学やメディアにとって、集団間の興味や価値観、家族構成の違いなどが社会経済的乖離を生み出すかもしれないと認めることはタブーだからだ。
暗黙のバイアスは、インプリシット・アソシエーション・テスト(IAT)と呼ばれる心理学上の手法が誕生した1998年から大学に急速に浸透していった。社会心理学者のAnthony Greenwald and Mahzarin Banajiによって開発されたこのIATは差別研究に新しい風を吹き起こしたと宣伝された。「90%から95%の人々に差別の心が見られることが、人々の無意識に根ざす偏見を浮き彫りにする新しい手法を開発した心理学者たちによって今日明らかにされた」と伝えられた。
人種に関連するIAT(人種に関連しないものもある)では、黒人の顔と白人の顔が画面上に映される。そのテストを受けた人はキーボード上の「i」と「e」のキーで示される2つのカテゴリー(現段階ではこのカテゴリー自体に意味はまったくない。例えばまったく同じ被験者が白人の顔にiをあてがうこともあれば他の白人の顔にはeをあてがうこともある)にそれらを素早く分類しなければならない。次に、被験者は「嬉しい」のような肯定的を表す単語と「殺人」のような否定的を表す単語とを良い、悪いのカテゴリーに先程のキーを使って分類することが求められる。その作業は段々と複雑になっていく。顔と単語がスクリーン上にランダムに現れ、被験者は先程のボタンを使ってそれを分類しなければならない。次に、被験者はその作業を逆にすることが求められる。もし以前に黒人の顔が否定的を表す単語を分類する際に押されたキーと同じキーで分類されていれば、今度は黒人の顔は肯定的を表す単語を分類する際に押されたキーで分類されなければならない。そして白人の顔は逆のキーで分類される。もし肯定的を表す際に用いたキーで黒人の顔を分類するのが同じキーで白人の顔を分類するのよりも遅ければ、IATはそれを暗黙のバイアスのせいだと見做す。IATでは被験者が分類に掛かったミリ秒の違いでバイアスの度合いを判断する。テストの最後に、被験者は黒人、もしくは白人に対して強い、適度な、弱い「好感度」を抱いているのかが判断される。被験者の大半(多くの黒人を含む)は白人の顔を好んでいると判断された。IATでは社会的弱者と云われている他の集団、例えば女性や老人、病人の写真などが用いられた。
応答時間で判断するというのは彼らが始めたことではない。心理学者は概念と記憶の関連の密接度などを測るのに応答時間をすでに用いていた。そして瞬間的な認知プロセスとその関連性が私たちの日常生活を助けているという考えは心理学の世界では広く受け入れられていた。だが彼らは応答時間という手法と暗黙の認知という概念を政治の領域に適用した。彼らは、応答時間にわずかでも違いがあればそれは黒人に対する無意識下の偏見によるものだと自信満々に断言するばかりか、そのような無意識下での偏見が実際に差別的行動を予想すると主張している。IATを広く知らしめることになった「Blind Spot」という本の中で「暗黙のバイアスが差別的行動を予測することがはっきりと示された」と彼らは2013年に記している。そしてこの暗黙のバイアスから差別へと至る一連の流れが人種間の差異の原因だと彼らは主張した。「暗黙のバイアスは黒人の社会的不利の原因であるばかりか、差別を説明する上で表立ったバイアスよりも大きな役割を果たしていると結論するのが妥当だ」と主張した。
暗黙のバイアス狂騒曲は森林火災のように広がっていった。バラク・オバマはマイノリティや女性に対する「無意識の」バイアスを避難し始めた。NBCのLester Holtはヒラリー・クリントンに対して「警察は黒人に対して無意識的に差別を行っていると思うか」と尋ねるに至った。尋ねられた彼女は「暗黙のバイアスは警察官だけではなく私たち皆の問題なのです」と暗黙のバイアスがまるで事実であるかのように返答している。FBIのジェームズ・コミー長官は2015年に、「多くの研究」が「無意識のバイアスが私たちの心の中に広く存在している」ことを示していると公演で語った。「白人がマジョリティを占める私たちの社会では」と彼は語り「人々は黒人の顔と白人の顔に対して異なる反応を示す」と語った。バラク・オバマの管理下にあった司法省は、すべての法執行機関職員に対して暗黙のバイアスに対処するための講習を受けさせることを強要し始めた。ヒラリー・クリントンは、その多くはとっくの昔に講習を始めていたというのに、地方の警察署に対して講習のための資金を援助すると約束した。
数え切れないほどのジャーナリストたちが、自分たちは暗黙のバイアスに無意識のうちに冒されていたと(頼まれもしてないのに)告白を始めた。会社の多様性担当課は、新しく「明らかにされたバイアス」への対処法を模索し始めた。法律の世界では、インテンショナリィの概念が時代遅れだとして攻撃に晒された。その運動を先導したのがUCLAの法律学の教授で公平性、多様性、インクルージョンを標榜して副学長に就任した高給取りのJerry Kangだ(初年度の給料は3549万円で、現在では4440万円にまで増加している)。「法律は心理学の知識の変化に対応する義務があります」と彼は2015年に語っている。「反差別法は表面的な意識の問題ばかりに囚われていました」。だがこの新しい「認知行動学的な現実主義」が示すように、私たちは「差別を意識することなくそして差別の自覚なく差別を行っているのです」。表面的な意識だけを見ているのでは、「差別がもたらす多くの実害に対して必然的に目が曇らされることになるでしょう」と結んだ。彼は認知行動学的な現実主義を弁護士事務所や判事、政府機関などに説いて回っている。
先程も触れたように、司法省は法務執行機関職員に対して暗黙のバイアスの講習を受けさせている。雇用差別訴訟の世界ではIATが法的証拠能力を持つのかを巡る戦いがすでに始まっている。原告側の代表はAnthony Greenwaldを鑑定人として幾度も法廷に立たせている。被告側は彼が適格ではないと裁判官に訴えている。彼はその中の幾つかの訴えは退けることができたものの、その他では敗れている。そのことについてJerry Kangは動じていないようだ。「トニーの証言が今は退けられたとしても問題はない」と彼は2015年に語っている。10年後には、私たちの頭脳は隠されたバイアスに目を曇らされているのだと誰もが知っていることだろう、そしてその知識が法廷の場で裁判に利用できるようになった時にはすべての個人の判断と行動が暗黙のバイアスの産物だとして疑惑の対象となるだろう、機会の平等を確保する唯一の道は結果の平等をすべてにおいて義務付ける(強制する)ことになるだろう、とペンシルバニア大学のPhilip Tetlock(IATに対する痛烈な批判者)は冷めた目でそれを眺めている。
認知行動学的な現実主義運動(ジョージ・ソロスのオープン・ソサエティ・ファウンデーションが援助している)が及びうる範囲は雇用差別に対する訴えなどよりもはるかに広い。幾人かの雇用主たちはすでにIATを使った労働者のスクリーニングを始めていると多様性コンサルタントのHoward Rossは語っている。より多くの大学が、マイノリティや女性に対する隠されたバイアスに立ち向かうためと称してIATを採用するようになっている。多くの企業では昇進の決定にIATが用いられるようになっている。UCLAのロー・スクールでは新入生たちに対して彼らの隠された偏見に立ち向かうようにとIATを受けることを強く奨励している。ヴァージニア大学はIATをカリキュラムに組み込むことを検討中だ。Kangはマイノリティの取扱いに関するメディアの姿勢に対してFCCによる規制が必要だと主張している。Kang and Banajiが主張するように(公平な取扱に対する)脅威が「皆の心の中にある」のであれば、それらの脅威を克服するために必要とされる政府の介入の範囲はほとんど際限がなくなる。
暗黙のバイアスの提唱者たちはIATを天からの啓司かのように語っているが、その社会的意義に関する彼らの主張は証明されたというにはかけ離れている。むしろIATの主張で、攻撃に晒されていないものは今現在存在していないと言ってもいいぐらいだ。
どのような社会-心理学的手法であっても、正確であると見做されるためには信頼性と妥当性という2つのテストにクリアしなければならない。心理学的手法が信頼できると見做されるには、同じテストを何回も別の時間で試してその度に似たような結果を示すのでなければならない。だがIATで示されたというバイアスは一貫しているというには程遠い。前回のテストでは高いバイアスを示した被験者が今回のテストでは低いバイアスを示すといった具合に。最近の推計では人種に関連するIATの信頼性は実社会に適用できるという水準の半分ぐらいに置かれている。言い換えると、IATの結果が安定していることを示した証拠は存在しない。
だがIATの妥当性、そちらの方がより強烈な攻撃に晒されている。心理学的手法は、それが計測していると主張しているものを正確に計測している時に「妥当」であると見做される。この場合では、暗黙のバイアスと差別的な行動だ。もしIATが妥当であるというのであれば高いスコアは差別的行動を予測しなければならない(Greenwald and Banajiが初めに主張していたように)。だがIATのスコアは、そもそもIATが馬鹿馬鹿しくも「差別的行動」と定義していたものに対してすら、ほとんど何らの予測力も示していない。例えばモック・インタビューの間の些細なボディ・ランゲージ(仕草)から南アフリカのスラムではなくコロンビアのスラムに寄付をしますかという質問など。ほとんどの論文はIATのスコアと(お金を支払って参加してもらった)学生たちの実験室的な環境に置ける「差別的行動」との間の相関の強さに関して議論が割かれている。実際の「差別的行動」が言及されていることはほとんどない。そしてそれらの「差別的行動」が私たちが懸念するべき差別と如何にかけ離れているかに言及している人は誰もいない。
インタビューの間の椅子の位置や囚人のジレンマ的な状況に置ける判断を「差別的行動」と受け入れたとしても、IATが示すスコアとそれらの行動とにはほとんど相関が見られない。IATに関する122の論文をメタ分析した結果によると、IATのスコアは「差別的行動」の5.5%しか説明していなかった(このメタ分析はGreenwald, Banajiら自身が取り仕切っていた)。IATのレビューを行っているJesse Singalによると、その結果でさえも疑わしい方法で得られたものだ。IATに批判的な心理学者のグループ、ライス大学のFred Oswald、ヴァージニア大学のGregory Mitchell、コネチカット大学のHart Blanton、ニューヨーク大学のJames Jaccard、そしてPhilip Tetlockは、Greenwald, Banajiたちは差別とは逆の行動を差別としてカウントしていると指摘している。被験者が高いバイアスを見せたのに、自分と同じグループ(例えば白人)よりも自分とは異なるグループ(例えば黒人)に対して友好的な行動を示した場合、それはIATを裏付けるものとして扱われる。被験者は暗黙のバイアスを償おうとして過剰に反応しているとIATでは見做されるためだ。だが高いバイアスを示し自分とは異なるグループに対して差別的な行動を見せた場合にもIATが裏付けられたものとして扱われる。ようするに、どのように回答しても差別をしていると見做される。
今ではGreenwald and BanajiもIATは差別的行動を予測しないと認めている。IATにまつわる心理学的計測の問題は、「この人は差別的行動をする、この人は差別的行動をしないといったように人々を分類するために用いるのには問題がある」と彼らは2015年に記している。彼らが自信満々に断言してから丁度2年目のことだ。IATは、例えばバイアスのない裁判官を選ぶため、などに用いるべきではないとGreenwaldは主張している。「私たちはIATを差別や偏見的行動につながる何かを診断するための道具だとは見做していない」と彼は1月に語っている。その代わりに、彼らは主張をこう変更した。IATは個人のレベルでは差別的行動を予測しないかもしれないが、社会全体で見れば差別や抑圧を予測すると。「統計上は小さな効果」が「社会的には大きな効果」を持ちうる、と彼らは主張している。Hart Blantonはこの主張を批判する。個人のレベルでさえ何を測っているのか(もしくは何を意味しているのか)分からないのであれば、社会全体で見ても分かるはずがないと彼は語っている。
初めのうちは、心理学者たちは(実生活における)暗黙のバイアスは写真の分類に掛かったわずかの時間の遅れによって明らかにされたという主張を受け入れていた。だがIATが云うところの「白人に友好的」を巡っての別の解釈が現れるようになった。高齢の被験者は認知的問題を抱えているのかもしれない。または自分と同じグループのことは他のグループよりもよく知っているという理由でテストに対する反応が遅れるのかもしれない。これらの可能性は、新しいテストによって社会に偏見が蔓延していることが明らかにされたと断言される前に排除されているべきだった。
最近行われたメタ分析もIATに強烈なダメージを与えている。まだ正式には公開されていないが、この分析はIATで測られているという暗黙のバイアスのその変化が「差別的行動」の変化に実際につながるかを調べたものだ。IATのスコアを変動させることは心理学の手法を用いれば可能だが、それが行動の変化を生み出すことはなかったと分析では結論している。この分析の7人の筆者たちは、暗黙のバイアスにとどめを刺しかねない過激な主張を行った。「恐らく瞬間的に読み出された関連性(想起)には人々の行動を変えさせるような力はないのだろう」と。ようするに、現実の世界の人々の行動には何の影響も与えない。人間は、「無意識下のバイアスに従って忠実に行動するような認知の怪物などではなく、瞬時的な想起には(ある特定の集団に対する)残余的な「傷跡」のようなものが反映されているだけなのかもしれない」。これが事実であれば、「暗黙のバイアスの中心を担っている幾つかの仮定に対する再考」が必要だろうと彼らは記している。それでは表現がまったく不足しているだろう。
筆者たちの中にはヴァージニア大学のBrian Nosekとワシントン大学のCalvin Laiが含まれていた。彼らはGreenwald and Banajiらと一緒にIATの普及活動を行っていた。NosekはBanajiの生徒でIATをウェブで紹介するなどの活動を行っていた。その後、彼らはGreenwald and Banajiと袂を分かった。
IATにまつわる机上の空論はその後も続いているが、彼らは現実世界での2つの特徴には無視を決め込んでいた。
政府や大企業など、可能な限り多くの黒人とヒスパニックを雇うようにと圧力を掛けられていない組織や機関を知っているという人は最早いないだろう。Fortune 500の実に90%もの企業が多様性担当課を設置しているとHoward Rossは語っている。連邦政府のEqual Employment Opportunity Commissionは従業員100人以上のすべての企業に対して職場の人種構成を報告するように求めている。黒人や他の「差別的待遇を受けているマイノリティ」が十分に雇われていなければ、連邦政府による捜査の対象となるということを雇用主は十分に知っている。Roger Cleggが2006年にU.S. Civil Rights Commissionで証言しているように、幾つかの会社では経営者の報酬が「多様性」の目標を満たしたかどうかに連結されている。その後も、多様性を求める圧力は強まるばかりだった。グーグルの経営陣の「目標と主な結果」には多様性を増加させることがターゲットに含まれている。ウォルマートや他の大企業は自分たちの弁護団にマイノリティの弁護士を含めるよう法律事務所に求めている。メディアは特定の企業や職業に対してマイノリティの雇用を増大させるよう総力を挙げて圧力を掛け続けている。シリコンバレーやハリウッド、エンターテイメント業界などが好まれるターゲットだ。企業や団体は、それこそ総力を挙げてそのような悪評が書かれることを避けようとするだろう。
大学では、ほとんどすべての学部でマイノリティを増加させることが義務付けられている。学部長は、入学を認められた生徒が十分に「多様」でなければキャンセルさせる権限を持っている。高校の上級生であれば全員が知っているように、黒人やヒスパニックは白人や中国人などの一部のアジア系より遥かに学力が劣る生徒であってもすべての大学で入学が認められている。例えばミシガン大学では、GPAやSATのスコアが黒人の中央値であるような一部のアジア系が入学を認められる可能性はゼロだ。同じスコアの白人が入学を認められる可能性は1%だ。アリゾナ州立大学では、黒人の平均スコアと同じ白人の生徒が入学を認められる可能性は2%だった。その平均的な黒人の生徒には96%で入学が認められる。このような優遇が大学院や特殊専門学校でも続けられる。UCLAやカリフォルニア大学バークレー校の法科大学院では、実際よりも400%以上の黒人の入学を認めている。カリフォルニアでは人種によって採用を決めることが法律で禁じられているというのに。2013年から2016年の間にメディカルスクールではスコアが低い黒人であっても57%が入学を認められている。だが同じぐらいスコアが低い白人が入学を認められたのは8%、中国人などの一部のアジア系は6%だった、とニューヨーク・タイムズのFrederick Lynchはレポートしている。このような優遇が存在する理由は、キャンパスを黒人やヒスパニックで埋め尽くしたいという欲望に他ならない。
同様の圧力が政府や非営利団体の中にも存在する。ニューヨーク警察では、昇進が裁量で決められるすべての役職では白人よりも黒人やヒスパニックが優先的に昇進される。例えば1990年代だと、黒人やヒスパニックは白人よりも5年早く刑事に昇進している。そして黒人やヒスパニックはチーフに昇進するのに白人の半分の時間で済んでいる。
それにも関わらず(これほどあからさまなアファーマティブ・アクションよりも、黒人とネガティブなワードとのほんのミリセカンドの遅れの方が)入学、雇用、昇進などに関してより強力で支配的な決定要因なのだと信じるようにと私たちは云われている。コンピューター・エンジニアリングのPhDを持つ黒人の女性が、例えばグーグルに面接に行ったとしよう。面接官は彼女よりも劣った白人の男性を採用するために彼女を雇わない理由を無意識のうちに探している、そのような馬鹿げた話を信じるように聞かされている。彼女のような人間は実際にはIT企業の間で奪い合いになるだろう。同じことが黒人の弁護士や会計士、ポートフォリオ・マネージャーなどにも言える。
先程も述べたように、大学ではほぼすべての学部でより多くのマイノリティを入学させることが義務付けられている。
差別がそれほど蔓延しているというのであれば、暗黙のバイアスの提唱者たちが簡単に指摘できるような被害者が大量にいるはずだ。彼らは誰一人それを指摘することができない。
肌の色が理由で入学を見送られた、もしくは断られた生徒を誰か知っているのかとAnthony Greenwaldに2度ほど尋ねたことがある。彼はその質問を無視した。Jerry Kangのアシスタントにも、同様の質問を2度投げ掛けた(もちろんKangに尋ねるようにだが)。アシスタントもその質問を無視した。Howard Rossは数百という大企業や大学で30年以上も多様性の指導を行っているスペシャリストだ。私は彼に、バイアスのせいで入学を認められなかったり昇進を認められなかった人を知っているかと電話で尋ねた。彼も1つの例も挙げることができず、「それを示す研究が山のようにある」と話をはぐらかしただけだった。
PricewaterhouseCoopersはCEO Action for Diversity & Inclusionと称するイニシアチブを先導している。これに署名した200人近いCEOが暗黙のバイアスの講習を従業員に対して受けさせると誓約している。実際にPricewaterhouseCoopersは5万人の従業員に対してこの講習を受けさせている。これほどの費用を掛けているのであればその行動は確かな根拠に則ってのものであるはずだ、そう考えた私はCEO Action for Diversity & InclusionのスポークスマンでありPricewaterhouseCoopersの人材活用課のメンバーでもあるMegan DiSciulloを尋ねていった。私は彼女に、PwCに雇われるべきであったが暗黙のバイアスのせいで雇われなかったという人を知っているかと尋ねてみた。
DiSciullo:バイアスが原因で雇われなかったという人は知りません。
Me:でもあなたの会社の人事課はバイアスが原因で誤った判断をしたのでは?
DiSciullo:私たちは、誰もが暗黙のバイアスを持っていると認識しています。私たちの会社では問題に対処するためのトレーニングを行っております。
Me:あなたの会社の人事課はバイアスのせいで正しい判断が行えなかったのでは?
DiSciullo:誰もが暗黙のバイアスを持っています。私は、雇われなかった人がいるとか昇進できなかった人がいるとは言っていません。ですが、それは職場の問題の一部でしかないのです。
Me:どういう風にですか?職場の人々は異なる扱いを受けているということですか?
DiSciullo:人々は暗黙のバイアスを持っていますが、その表れ方は人それぞれです。あなたは特定の「アジェンダ」を持っているように思われます。人々はバイアスを持っており、それを職場に持ち込む恐れがあるというのは事実として明らかです。会社はその事実を認識しよりインクルーシブな職場を形成したいと願っております。
Me:誰もがバイアスを持っているとは、一体何を根拠に言っているのですか?
DiSciullo:ハーバード・ビジネス・レビューを根拠にです。
CEO Action for Diversity & InclusionにはCisco、Qualcomm、KPMG、Accenture、HP、Procter & Gamble、New York Lifeなども賛同していた。これらの会社もインタビューの要請を断るか、(暗黙のバイアスが判断に影響を与えたか尋ねられた時には)沈黙しているかのどちらかだった。もちろん、訴訟を恐れているから沈黙している可能性はあった。だが彼らは暗黙のバイアスの被害者を誰も知らないという可能性の方がもっと高い。
暗黙のバイアスのせいで高学歴のマイノリティが採用や昇進を頻繁に断られているという非現実的な主張は、採用や昇進に関して人種を考慮に入れるようにとの凄まじいまでの圧力の存在と明らかに食い違う。暗黙のバイアスはこれらの圧力を上回って上書きするのかと、私はGreenwaldに尋ねた。彼はその質問に答えるのを避けた。「上書き」というのは間違った言葉です、と彼は返答した。「暗黙のバイアスは認識や判断の上からフィルターとして機能します。意識の外側で機能し、認識や判断を曇らせます」と回答した。さらに質問を投げ掛けると、制度や機関に対する圧力はそんなに強くない、アファーマティブ・アクションの多くは「有益な効果を生み出してはいない」と研究で示されているように、と彼は返答した。だが、職場で黒人などのマイノリティの割合が低い理由は採用条件を満たすマイノリティの割合がそもそも低いからとも考えられるだろう。
多様性の講習を行っている講師たちは、行動経済学を理由にどうしてアファーマティブ・アクションが暗黙のバイアスを上書きしないのかを説明している。人々は情報を合理的に使うことにしばしば失敗することを行動経済学が示したと云われている。「多くの判断は直感や感情に基づいてのものだということを私たちは今では知っています」というのが、優秀な黒人を大学が見逃すはずがないという質問に対するRossからの回答だった。シリコンバレーで多様性の講習を行っているNoelle Emersonは、会社は「完全には合理的に行動している訳では」ないので集団として差別を行いうると主張している。
だが、行動経済学で示されたという合理性分析の欠陥とやらはインセンティブによって十分に克服することが可能だ。マイノリティを雇い入れるようにとのあまりにも強い圧力の存在を考えると、暗黙のバイアスがそれを上書きすると主張している側に証明の義務があるように思われる。彼らの主張とは異なり、黒人は大学や企業などで巨大なアドバンテージを満喫しているというのが事実だ。
「多様性」を促進させるという試みが何十年も続けられたにも関わらず、企業などで黒人の割合は低いままだ。暗黙のバイアスの論文は数多くあるが、その理由に答えてくれるものは1つもない。その答えの1つが学力の格差だ。学力に格差がある時に採用される人種の割合を同じにするには、マイノリティを圧倒的に優遇する以外にはないだろう。
黒人の数学のSATの平均スコアと白人の平均スコアの違いは標準偏差で0.92離れていた。2015年の黒人の数学のSATの平均スコアは428で白人は534だった。
いつも決まったように繰り返される、所得の低さが原因だという主張もとっくの昔に否定されている。1997年でも、所得が100万円を下回っている世帯の白人の生徒が所得が800万円から1000万円の世帯の黒人の生徒をスコアで上回っている。
アファーマティブ・アクションの支持者たちは、SATは文化的に偏っており実際のスキルを測るものではないとずっと主張している。それが事実であれば、黒人はSATのスコアが示すよりも大学で良い成績を示すはずだ。実際には大学での成績の方が悪い。そもそも、数学のテストは批判者たちの主張とは異なり「文化的に偏って」などいない。例えば、カリフォルニアの黒人の生徒の54%は州が求める数学の基準に達していない(白人は21%で中国人などの一部のアジア系は11%だ)。カリフォルニアのコミュニティ・カレッジの代表は代数を卒業の要件から除外することを提案した。黒人とヒスパニックが授業についていけないためだ。カリフォルニアでは白人が54%、中国人などの一部のアジア系が65%卒業するのに対して、数学が原因で黒人の35%しか卒業できない。
読解力のSATのスコアでも数学と同じく黒人と白人とでは100ポイントの開きがある。批判者の主張とは異なり、これは文化的なバイアスによるものではない。平均的な黒人の12学年の生徒は平均的な白人の8学年の生徒の読解力しかない。カリフォルニアでは白人が16%、中国人などの一部のアジア系が11%なのに対して黒人の44%が州が求める基準に達していない。
SATと同様に、LSATでも読解力や論理能力が求められる。そしてLSATの方がSATよりも黒人と白人とのギャップが大きい(標準偏差で1.06)。これが文化的バイアスによるものだとすれば、LSATと黒人のロー・スクールでの成績には関係が見られないはずだろう。ところが、黒人の生徒の大半はそれぞれのクラスの下から10分の1に位置している(アファーマティ・アクションのおかげで)。黒人の生徒のGPAのスコアの中央値は白人の中央値の6%タイルに相当する。言い換えると、白人の生徒の94%は平均的な黒人よりも成績が良いことを意味する。このギャップもロー・スクールで教える教授の暗黙のバイアスのせいにすることはできない。ロー・スクールのテストのほとんどは今でも匿名で行われている。これは、テストを受けた人の属性が採点者から秘匿されていることを意味する。進級テストも同じくプライバシーが保護された上で行われている。もし黒人がロー・スクールの教授によって差別されているのであれば、彼らは進級テストではGPAが示すよりも良い成績を示すはずだ。Law School Admissions Councilが調べた結果によると白人が3%であるのに対して、黒人の22%は5回受けても進級テストをパスすることができない。それにも関わらず、法律事務所は黒人を相対的に多く雇い入れている。黒人に対する選好はあまりにも強力なので(白人の生徒よりGPAが少なくとも1標準偏差下回る生徒であっても)、企業は積極的に黒人を雇おうとしているというのが実態だ。
暗黙のバイアスの扇動者たちは、これらのことに関して沈黙を貫いている。これらの要因が社会経済的なギャップに関連していると思うかどうかを私はGreenwaldに尋ねてみた。バイアスは他にもあると、話をはぐらかされただけだった。「暗黙のバイアス以外にも、意図せざるギャップを生み出すバイアスがあります。例えば制度的な差別や自分たちの集団とは異なる人に対する疎外などです」。だがこの説明は、シカゴ連銀のエコノミストBhashkar Mazumderによってすでに疑問符が投げ掛けられている。彼はArmed Forces Qualification Testで示される認知スキルのギャップで黒人と白人の世代間流動性のギャップのほとんどが説明できることを示している。AFQTで同じぐらいのスコアであれば、黒人も白人も同じぐらいの世代間流動性を示す。黒人が差別されているのであれば、(同じぐらいのスコアの白人に対しては)より低い流動性を示すはずだ。ところがそうはなっていない。
(省略)
だが暗黙のバイアスの扇動者たちが最も迷惑を掛けているのは警察官に対してだろう。警察官は銃の使用をなるべく避けるために最初から様々な訓練を受けている。警察官は凶悪な犯罪者に対しても冷静でなければならない。犯人を落ち着かせ自首させるように訓練されている。警察官の中には自費でその訓練を受けている人もいるぐらいだ。だがこれからは暗黙のバイアス産業へと貴重なリソースを割かなければならないため、必要な訓練に割かれる時間も予算も削減されるだろう。暗黙のバイアスへの対処という無駄な訓練は、バイアスのせいで黒人の男が警官に射殺されているという存在しもしない問題に対処するためと称して行われている。
暗黙のバイアスに触発された講習などでは、人種間の犯罪率の違いなど変えることはできない。それこそが暗黙のバイアスのトレーナーたちがほとんど語らないことであると、ミズーリ州のChesterfieldで行われた3日間のトレーニング・キャンプに参加して私が感じたことだ。
36人ぐらいの警察官が、遠く離れたモンタナ州やヴァージニア州、ノースカロライナ州、ミシガン州、ケンタッキー州などからセントルイスの郊外まで講習を受けるために足を運ばなければならなかった。Lori Fridellは「暗黙のバイアスに似た」概念が現れた1990年代からバイアスの講習を行っている。暗黙のバイアスが大いに宣伝されるようになってからは、彼女のビジネスは一気に盛況になった。
3日間の講習の間に、参加者たちは18歳の巨漢の黒人少年ブラウンの射殺事件は暗黙のバイアスのせいだったと聞かされ続ける(彼は何度も警告した警察官に対して暴行を加え、銃を奪い取る寸前だった)。そして刑務所が黒人で一杯なのは、同じ犯罪であっても白人よりも黒人の方が長い刑期が言い渡されるからだと聞かされ続ける(犯罪歴を考慮すれば刑期は同じだと言うのに)。参加者たちはIATについても学ばされる。彼らはイギリスのテレビ番組に出演した歌手のスーザン・ボイルのビデオを見せられる。モーター・バイクに搭乗した若い女性の写真とスーツケースを持った女性役員の写真も見せられる。それから「アンハウスド」のステレオタイプ(直接には活動に関係しない、例えば逮捕令状に大人しく従ったなど)について書き出すように云われる。この一連の演習の狙いは誰もがステレオタイプに沿って行動するということ、人間であるということはバイアスを持っていることだということを身を持って学ばせることにある。講師たちは、これらのバイアスが彼らの命すら脅かすかもしれないと脅しを掛ける。写真の女性が暗殺者だったとすれば?
講師の1人、Sandra Brownはスタンフォード大学の心理学者、Jennifer Eberhardtの論文を彼らに教えている。内容はこうだ。スタンフォード大学の学生はパソコンに写し出された鈍器上の物体を見せられる。生徒たちは(その直前に黒人の顔を見ていれば)それを銃だと素早く正確に識別することが求められる。これを根拠に、警察官は黒人に対してバイアスを持っていると彼は説明する。警察官は武装した白人より武装した黒人の方を遥かに優遇していることがすでに明かされているというのに。どうしてそのようなバイアスが発生するのか?Eberhardtたちは、もちろん非合理的なステレオタイプのせいだと説明する。だが他の説明が頭をよぎる。客観的に言って、黒人はより犯罪を犯している。講習ではこの話が徹底的に避けられている。
それは「部分的には正しいです」とBrownは語る。「有色人種」はより犯罪に関わっていると。実際には、それが事実のすべてだ。犯罪は、ほとんどすべてが「有色人種」によるものだ。例えばNYCでは、発砲事件の98%は黒人とヒスパニックによるものだ。人口の34%を占める白人は2%以下でしかない。それらの数字は、事件の被害者や目撃者によるものだ。人口の23%を占める黒人はニューヨークの銃犯罪の71%を犯している。黒人と白人がそれぞれ人口の3分の1ずつを占めるシカゴでは、黒人が発砲事件の80%を犯しているのに対して白人は1%ぐらいでしかない。このパターンは、アメリカのすべての場所で共通している。もし発砲事件があったとしたら、その犯人は黒人もしくはヒスパニックである可能性が非常に高い。そして犯罪の被害者も黒人もしくはヒスパニックであることが多いので、その被害者も恐らくは黒人もしくはヒスパニックだろう。もし大衆が黒人から暴力犯罪を連想させているというのであれば、その連想を呼び起こさせているのはこの事実だろう。
講習の2日目に、参加者たちは質問を投げ掛けることが許可された。「黒人の警察官が黒人に対して発砲をした場合についての論文はありますか?」と黒人の警察官が尋ねた。「もし私が黒人に対して発砲したとしても誰も怒らないでしょう。でももし白人の警察官が発砲したとすれば、パンデモニウムが誕生するでしょう」。
地元から参加した警察官は、BLMが幅を利かせる現在の最大の懸念である警察の無力化という現象に言及した。発覚した窃盗犯の75%は黒人(この地域の黒人の人口は2.6%)だと彼は語る。「私たちは警察の無力化に直面しています。暗黙のバイアスを騒ぎ立てる人たちがいるのに、警察官に窃盗犯を逮捕しろとは言いにくいです」。それが現在の警察官が抱えるジレンマだ。法律を守ろうとすれば、暗黙のバイアスを騒ぎ立てる人たちの格好の餌食となる人種的に圧倒的に偏った逮捕歴がどうしても生まれてしまう。だがその偏りを生み出しているのは犯罪自体の方であって、バイアスではない。
講習では、このジレンマを解消する方法は一切提示されない。「そのような質問に回答することは難しいことです」とBrownは言う。もう一人の講師であるScott Wongは一般論に逃げ込んで回答をはぐらかした。「警察官であればこの問題に対処しなければなりません。(人種的に偏った)暗黙のバイアスがあることを認め、それが自分たちにどのような影響を及ぼしているのかを考えるべきです」。だが、ほとんどの警察官はステレオタイプに基づいて行動などしていない。Joshua Correllは、黒人の犯罪者と対峙している時に警察官の緊張度がより高まっていることを示している。それは、過去10年間の警官殺しの42%が人口の6%を占めるに過ぎない黒人男性によるものだからだろうか?それとも発砲事件のほとんどが黒人によるものだからだろうか?このような犯罪率の偏りが解消されない限り、大衆が抱いていると云われる黒人と犯罪との「ステレオタイプ的な」連想は正当化されるし心理的にも避けられないだろう。
暗黙のバイアスの扇動者たちは自分たちを十字軍と見做しているが、実際はアジェンダに突き動かされているに過ぎない。Banajiは本当に自らを正義の使徒だと考えている。Jesse Singalに宛てたメールで、彼女はIATを厳密に検証しようとした心理学者たちの信頼性と動機の両方を攻撃した。「専門家ではない人々からのコメントを読むつもりはありません」と彼女は記している(ほとんどが彼女と同じ心理学者だというのに)。「心理を学ぶことによって自分たちの行動が正しい方向へと導かれるのではないか?それを恐れる人々がいるということでしょう。幸いなことに、無視できるほどにわずかな人々ですが」。批判者たちはIATに対する攻撃を止めて、自らの内側に存在する「内なるセラピスト、もしくは内なる牧師」と向き合うべきなのですと彼女は提案した。Kangは批判者たちを「白人がすべてを支配する社会を良しとする」ビジョンの持ち主だと非難し、金銭的動機が(IATに対する批判の)背後にあると糾弾した(彼ら自身が「高給」で講師として雇われているということ、Greenwaldは裁判で専門家として給料をもらいながら証言していること、などは彼らの頭の中からは都合よく忘れ去られるのだった)。
黒人が、アメリカで暮らす中国人のように振る舞いだしたと仮定しよう。彼らが(中国人と同じ程度には)学校をサボらなかったとしたら、授業に集中したとしたら、宿題やテスト勉強をしたとしたら、犯罪に手を染めなかったとしたら、仕事をすぐに辞めなかったとしたら、結婚もせずに子供を生んだりしなかったとしたら、そしてそれでもなお社会的、経済的格差が残ったままだとしたら、その時になってようやく暗黙のバイアスに原因を求めることが正当化されるだろう。だが行動面でのギャップがこれほどまでに大きい現状では、ミリ・セカンドの反応の遅れは単なる脇役でしかない。