2012年12月23日日曜日

Measuring the Impact of Health Insurance on Levels and Trends in Inequality and How
Health Reform Could Affect Them

by Richard V. Burkhauser Kosali Simon

Introduction

アメリカの所得とその分布の水準とトレンドを調査するのに最もよく用いられるのはCPSだ。統計局は前年の中央世帯の課税前現金所得(政府と民間からの所得源)とこの所得がどのように分布しているのかを毎年報告している。CPSを用いる統計局外の多くの研究者はこの現金所得に注目している。数少ない例外を除いてこれらの研究は非賃金報酬の重要性を考慮していない。(所得の研究と)類似の賃金の研究でもCPSを賃金とその分布の水準とトレンドを計測するのに用いている。賃金格差の研究では単に個人の賃金の違いを比較するだけでその個人の世帯に他の稼ぎ手がいるかどうかは考慮しない(市場での様々な種類の労働者への報酬に主に焦点を絞っているため)。だが所得格差の研究と違い、数少ないけれども重要な研究が賃金格差の研究では行われてきた。賃金報酬にのみ焦点を絞ることは個人に支払われる報酬を過小評価するのみでなくその水準と分布にも影響を与えることを認識した研究だ(Pierce 2001, 2007)。

ここでは賃金格差の研究から得られた考察を非賃金報酬の最も重要な部分を占める医療保険の雇用主負担分(無償の非賃金報酬の32%を占め、非賃金報酬全体の22%を占める)に焦点を絞ることにより所得格差の研究に適用する。家計が利用できる資源としての医療保険の重要性を整合的に示すために雇用主の提供する保険と政府が提供する保険が家計の所得とその分布に与える影響をともに考慮する。

以下の手順が用いられる。

1.医療保険の雇用主負担を従来の課税前移転後所得に加えたより広い範囲の所得を推計する。重要なのは雇用主が負担する保険の事前の費用を家計が受け取った価値として用いることであって家計が医療サービスに用いた事後の医療費支払いではないことだ。

2.所得の水準と分布を示す従来の方法が非賃金報酬の等価所得価値の付加に対してどのように影響を受けるかを示す。我々が注目しているのは世帯人数調整後の個人所得だ。人口全体を調べるとともに各年齢ごとの集団も調べる。全体の人口を4つの年齢に分類する。0歳から17歳(子供)、18歳から24歳(青年)、25歳から61歳(労働人口)、62歳以上(引退人口)だ。

3.従来の方法が公的保険の等価所得価値の付加に対してどのように影響を受けるかを示す。

4.課税前移転後世帯人数調整後の所得格差が1995-2008の期間にどのように変化したかをこの広い範囲の所得の定義を用いて調べる。

5.この方法を用いて現在議論されている医療保険改革が所得の水準と分布に与える影響を示す。

Related Studies

いくつかの研究が労働報酬の測定に付加給付を含めることの重要性を認識していた。Pierce (2001, 2007)はEmployment Cost Index (ECI)を用いて付加給付に対する雇用主負担が含められた場合に労働報酬の水準とトレンドがどのように変化するかを考察した。Chung (2003)はこの考察をECIからのデータをCPSのデータに統合することにより拡張した。Levy (2006)は性別と人種による賃金格差が医療保険の付加によりどのように影響を受けるかを調べ、性別の賃金格差は縮小する一方、人種間の賃金格差は大きくは変化しなかったことを示した。これらの研究はいずれも従業員に対する雇用主負担に焦点を絞っており報酬の付加が所得分布全体に与える影響を示していない。労働者は家族や世帯員と住み賃金を彼等と共に使うので非賃金報酬の付加が全体の所得分布に与える影響を示すためには世帯人数の組み合わせを考慮し医療保険が与える影響を把握する必要がある。

医療保険の雇用主負担かメディケア、メディケイドを所得の測定に含める研究がわずかしかなかった一方で統計局は独自にこれらの値を推計して1995以降公表を行っている。統計局は民間の医療保険の事前の保険価額を推計し、さらにメディケアやメディケイドの保険価額を推計している。民間の医療保険の場合と違い統計局はメディケア、メディケイドの低所得層に対する事前の保険価額部分しか勘定に入れていない。

我々は民間の医療保険の雇用主に掛かる費用をメディケア、メディケイドに掛かる費用と同様の方法で推計することを試みる。この推計が保険の概念になるべく沿うように行う必要がある。我々はこの事前価額を加入者全員に割り当てるので、保険料を支払ったものの事後に医療を受けなかった場合にゼロを割り当てるという計算は行わない。ただしメディケア、メディケイドを通して医療保険を提供された低所得世帯に対してはゼロを割り当てる。

Method and Data

外部の情報源から医療保険に対する雇用主負担分と政府の医療保険の事前価額を帰属させなければならない。その後にこれらの値を両方のデータに含まれる属性を用いてCPSのデータと照合させる。雇用主負担に関するデータはMedical Expenditure Panel Survey Insurance Component (MEPSIC)を用いる。この調査は統計局により実施されAgency for Healthcare Research and Quality (AHRQ)から資金が提供されている。これは1996以降毎年実施されていて最も新しいデータは2008のものを含む。

Results

統計局は世帯所得の中央値を毎年公表している。図1に1995-2008の期間に関して再現したものを示す。所得中央値は1990年代に増加し2000にピークをつけた後2004まで下落しその後は2007まで上昇している。だが2007まで課税前移転後所得中央値は2000のピークまで戻っていない。推計した医療保険の価額を含めて再計算した場合には驚くべきことではないが所得中央値はすべての年度で高くなる。注目に値するのはこの期間に渡って雇用主負担は増加しているので賃金の下落をある程度相殺していることだ。図1とAppendixの表1に示すように所得中央値は増加していて2008の所得中央値は2000のそれを上回っている。


図1に医療保険の付加が平均的な世帯にどのような影響を与えるかを示す。次の表で医療保険が世帯人数調整後の所得の分布に与える影響を示す。表1に2008時点での所得の分布を示す。最後の列に総価値を示す。行1にあるように平均所得は最上位層の1361万円から最下層の56万円まで分布している(1ドル=100円で計算)。全体の平均所得は446万円だ。次の4つの行に民間の医療保険とメディケイド、メディケア、そしてその和の平均値を階層毎に示す。最後の2つの行に所得と医療保険の和の中央値、さらに医療保険が全体に占める割合を示す。医療保険が(世帯人数調整後)全世帯所得に占める割合はわずか9.93%しかないが低所得層の所得に占める割合はこれより大きい。

所得分布の変化と医療保険の与える影響を把握するために表2aに1995(列1)の所得分布と2008(列2)の所得分布を示す。表1と同様にこの計算はそれらに課税前移転後世帯所得を割り当てることによりなされる。最後の行に全世帯の平均を示す。列3に階層毎の平均所得の変化を示す。一番下の階層を除いたすべての階層の平均所得はほぼ同率で増加したことを示す。次の3つの列では同様の計算を今度は所得に医療保険の価額を加えて行っている。結果は大幅に変化した。この所得の定義では下から3つの階層の所得が他の階層の所得よりも明らかに速く増加した。最後の2つの列に民間と政府の医療保険の価額の増加を示す。医療保険は低所得層の所得のポートフォリオの一部分として急激に増加している。表2aに医療保険の価額の増加が低所得層の相対的な所得の増加の理由であることを示す。表2bに表2aで示したパーセンタイル比の変化を示す。


(%Change in Incomeと%Change in Total Incomeに注目して欲しい。左側では第一階層を除いてほぼ同率の増加率なのに対して右側では低所得層の方が増加率が高い。)

前の4つの表は所得の水準とその14年間の変化を所得格差とその変化を計測する手段として用いた。表5では所得格差の研究で最もよく用いられるジニ係数に焦点をあてる。さらに4つの年齢階層毎のジニ係数も調べる。

賃金格差の研究ではよくp90/p10が用いられるがBurkhauser, Feng, and Jenkins (2009)で論じたようにトップコードの問題が取り除かれればジニ係数や他の指数を所得格差の研究に用いることができる。(注 ここでは示していない)表にp90/p10、p90/p50、p50/p10、p75/p25も示してある。

表5の列1に1995-2008の期間の全世帯の課税前移転後所得のジニ係数を示す。この期間に所得格差はゆっくりと増加し2006にピークをつけた後、2007に減少し2008に再び増加している。列2に民間の医療保険の付加がすべての年度の所得格差を減少させることを示す。この結果は表1の列2で示した結果と一致する。民間の医療保険の付加が所得格差のトレンドに与えた影響を識別することは困難だ。列3に民間の医療保険を加えずメディケイドのみを加えた場合にもすべての年度で所得格差が減少することを示す。この減少の大きさは民間の医療保険の場合と大体等しい。列4に同様にメディケアの付加がすべての年度で所得格差を減少させることを示す。減少の大きさはメディケイド、民間の医療保険の場合よりも大きい。最後の列にすべての医療保険を加えた場合の所得格差に与える影響を示す。


(ここではTotal Incomeに注目して欲しい。1995と2008でほとんど変化がない。さらに水準自体もIncomeに比べて低い。)

Discussion and Conclusion

我々は民間の医療保険の付加が所得中央値の水準を増加させるだけでなく2000のピークを超えていることをまず示した。所得の改善と所得格差の減少は階層平均やジニ係数でも見られた。民間の医療保険の付加は所得格差を減少させるとともに計測された所得格差の増加自体も減少させた。メディケア、メディケイドが加えられた場合には効果はより大きくなる。表6で示したようにすべての医療保険が加えられた場合に所得格差は大きく減少し1995-2008の期間に増加した所得格差の増加のすべてを打ち消している。

2012年12月14日金曜日

アメリカで盲腸の手術費が200万円するというのは嘘だった?

この表は比較的最近になってOECDによって立ち上げられたタスクフォースの資料を参考にしている。


上から、急性心筋梗塞、狭心症、胆石症、心不全、乳房の悪性新生物、気管、気管支及び肺の悪性新生物、正常分娩、肺炎、虫垂切除、帝王切開、胆嚢切除、大腸切除、冠状動脈バイパス術、除細動器挿入(修復、交換、除去)、椎間板切除、血管内膜切除、股関節置換、子宮摘出、膝関節置換、乳腺切除(4分の1切除)、乳房切除、前立腺切除、ペースメーカー挿入(修復、交換、除去)、経皮的冠動脈形成術、末梢血管バイパス術、肺切除、鼠径ヘルニア修復術、甲状腺切除、経尿道的前立腺切除を意味する。比較対象とするのはオーストラリア、カナダ、フィンランド、フランス、イタリア、ポルトガル、スウェーデン、ノルウェー。その他の国は所得水準が大きく違うのでここでは比較の対象にしない。それと質の違いは考慮されていない。

個別に見ていくと200万円すると言われていた盲腸が80万円(他の国は50万円~60万円)、300万円すると言われていた出産が40万円(他の国は30万円)となる。他国と比較して価格があまり変わらないケースとして狭心症(30万円)、心不全(50万円)、肺炎(50万円)、帝王切開(70万円)、大腸切除(160万円)、椎間板切除(80万円)、血管内膜切除(80万円)、子宮摘出(70万円)、末梢血管バイパス術(160万円)、甲状腺切除(70万円)、経尿道的前立腺切除(60万円)がある。興味深いのは空欄が多いものの大体のケースでノルウェーの方が価格が同じか高いことだ。

Comparing Price Levels of Hospital Services Across Countries

by Francette Koechlin Luca Lorenzoni Paul Schreyer

アブストラクト:医療サービスはGDPのかなりの部分を占めしかも増加している。その支出も国によってかなりの違いがある。その違いが消費量の違いによるのか価格の違いによるのかは政策に大きく関わってくる。医療サービスの価格の国際比較が行われることはほとんどなくしかも測定の問題を抱えている。この研究ではOECD加盟国の医療サービスの国際比較を行う。データは病院サービスの産出の準価格を反映しているという点で特徴がある。従来では産出価格は投入の価格(医療従事者の賃金率)を比較することにより算出されていた。新しい方法は投入ではなく産出へと焦点を切り替えている。この方法だと国による生産性の違いを捉えることが可能になり(注 ここではそれは行われていない)より意味のある比較への第一歩となる。

BACKGROUND

医療支出はGDPのかなりの割合を占めしかも増加している。支出が増加した時、政策当局者や市民はその増加が消費量の増加によるのか価格の増加によるのかに興味を持つと思われる。同様の疑問が国際比較においても持ち上がる。Bに対してAの支出が多い時、それはAの消費量がBに対して多いからなのかそれとも価格が高いからなのか?この質問に答えるためには医療サービスの相対価格に関する情報が必要になる。国際比較では特定の財、特定のグループの相対価格はPPPと呼ばれる。この研究の主目的は医療サービスの大きな部分を占める病院サービスのPPPの測定方法を示すことにある。

INTRODUCTION

財やサービスが政府などによって供給される場合、消費者に課される価格は市場価格を大きく下回ることがある。いくつかの場合では価格はゼロかもしれない。そのような価格を比較することには何の意味もない。それ故、市場によって供給されていない財やサービスの費用の比較を(一般の)PPPで行うことが慣例になっていた。

費用を比較するには主に2通りの方法がある。投入によるものと産出によるものだ。投入ベースの方法は例えば外科医の賃金率を比較する。言い換えると、価格の比較は投入1単位あたりの賃金や価値の比較を通して代替される。国際間で賃金を比較するのは非常に難しい(経験や年功賃金の影響を制御するのは難しい)という点の他にこの方法の主要な欠点は生産性の違いを無視するということにある。つまりある国で医療サービスが効率的に供給されているとしても投入価格にもとづくPPPでの比較では区別がつかない。

費用を比較する2番目の方法は産出にもとづくものだ。ここではPPPは産出1単位あたりの費用を比較することにより計測される。医療サービスの場合ではこれは治療1単位あたりの費用になる。医療では産出1単位あたりの費用は簡単には観測できない。だが産出の価値を示す替わりとなる情報源がある。多くのOECD加盟国では医療サービスは医療費償還制度を通じて管理される。治療1単位あたりの償還価額は価格が他の財やサービスに対して行っているのと同様の役割を果たす。我々は交渉価格、管理価格を準価格(必ずしも市場取引の結果でない、または生産者と消費者の間の取引に適用される価格ではない)と呼ぶ。治療1単位あたりの準価格の比較は産出ベースのアプローチで基本的に各国の生産性の違いを反映することが可能だ。従って、投入ベースのアプローチより概念的には好ましい。この研究では医療サービスの主要な部分の一つである病院サービスのPPPの結果を示す。

方法論に移る前に新たに内外価格差の概念を導入する必要がある。内外価格差は普段人々が特定の財の価格を国際間で比較する時に自然に行っているものだ。A国通貨で表示されたA国のある財を市場為替レートを用いてB国の通貨に変換する。その結果の価格(現在はB国通貨で表示されている)はB国の実際の同一の財の価格と比較される。変換されたA国の財の価格がB国の財の価格を上回ればA国の財の価格はB国よりもより高いということになる。内外価格差はこの計算をPPPレート(A国で観察される価格とB国で観察される価格の比)を市場為替レートで割ることにより代行する。その比が1を超えたらA国の物価水準はB国の物価水準よりも高いということになる。内外価格差のもう一つの表示方法は同量の財を購入するのに要した共通通貨の量を示すものだ。注意しなければならないのは内外価格差は市場為替レートに依存していることでこのレートは短期間に変動しまたその変動幅も大きい。内外価格差は注意を持って見る必要があり特定の基準年への参照を必要とする。

内外価格差の概念はhospital PPPを対応する為替レートで割った比較の結果に適用される。結果は二国間ではなく多国間のものとして得られる。計算は複雑になるが基本的な内外価格差の概念は不変のままだ。

METHODOLOGY

The products: case types

産出ベースのhospital PPPの推計方法は2つの特徴を持つ。(1)産出は症例に関して計測される。(2)準価格はこの産出を評価するのに用いられる。この2つの特徴を順番に見ていく。

以下の基準が代表的な症例を決定したり症例の比較を行うのに用いられる。

・一般的(稀なものではない)な医療行為、または診断を表す

・病院の支出のある程度の割合を占める

・一回の入院期間に行われるであろう主な医療行為を表す

・分類可能な状態を表す

財はさらに内科的と外科的に分類される。臨床上での行為は各国によって異なる可能性がありある国で内科的と分類される行為が他の国では外科的と分類されるかもしれない。

The valuation: quasi-prices

管理データは準価格を作成するための情報を提供してくれる。準価格には交渉価格と管理価格がある。前者は個々の交渉を通じて決定される。そして必ずしも直接的に費用を反映しているとは限らない。この研究に参加している国の中で、7ヶ国は交渉価格を使用していると報告しており7ヶ国が管理価格を使用していると報告している。これが結果にどのようなバイアスを生んでいるのか評価するのは難しい。

例えば、交渉価格は利潤を含む可能性がある(サービスが他からの補助金によって賄われている場合には損失も含む)。一方で管理準価格は平均費用を反映している可能性がある。交渉価格、管理価格は医療行為に対する評価のもとを形成する。サービスの平均費用を反映している管理準価格の場合は管理価格の費用の範囲が各国で共通なことが重要だ。一般的な原則として、各国はすべての費用が反映されているか確認を求められる。これには従業員の報酬、資本の減耗、中間財投入、生産に対する課税等が含まれる。どちらの費用も直接費、間接費が反映されなければならない。費用の要素の全リストはAnnex 1 Table A.1.3に示してある。

Linking quasi-prices to case types

価格、準価格の比較は医療サービスの質の違いが考慮されなければならない。そこには2つの側面がある。医療サービス自体の質の違いと補助サービスの質の違いだ。この研究では価格の比較を行う際に質の違いを考慮に入れていない。これはそのような調整を行うのが単に難しいからだ。さらに治療の適切さも考慮に入れていない。これは患者と支払い側の観点からは重要な問題だ。だがこの研究の範囲から外れている。

PILOT STUDIES

OECDはthe Australian Institute of Health and Welfare, the Australian Government Department of Health and Ageing, the Canadian Institute for Health Information, the National Institute for Health and Welfare (Finland), the Agence Technique de l’Information sur l’Hospitalisation and the Institut National de la Statistique et des Études Économiques (France), the German Federal Statistical Office, the Ministry of Health (Israel), the Ministry of Health (Italy), the Yonsei University and the Health Insurance Review and Assessment Services (Korea), Statistics Netherlands, the Norwegian Directorate of Health and Statistics Norway, the Instituto Nacional de Estatistica (Portugal), Statistics Slovenia, Statistics Sweden and the National Board of Health and Welfare (Sweden), the Office of National Statistics (United Kingdom), and the Agency for Healthcare Research and Quality (United States)と共同でこの研究を行った。

Box 1. A note regarding the United States

病院費用:試験研究ではNationwide Inpatient Sample (NIS)からの推計を用いた。これはアメリカの地域病院のおよそ20%に相当する1000の病院の500-800万の入院日数のデータを含んでいる。この記録は総請求額の情報を示している。それからCenters for Medicare and Medicaid servicesから利用可能な病院全体とすべての支払い側の入院費/請求率の記録が費用の推計に用いられる。

RESULTS OF THE PILOT STUDY FOR THE YEAR 2007

How results were compiled and how they should be interpreted

結果を見る前に、イントロダクションで説明したが医療PPPを一般のPPPにリンクさせるのが役に立つ。治療は生産物の役割を果たし準価格は市場価格の役割を果たす。2種類の生産物(内科的治療、外科的治療)が病院サービスを構成する。

結果は12の国について編集してある。参加国の平均を100とした指数の形式で表示している。PPPは基準国の選択に対して不変となるように計算している。計算はアメリカを基準国として開始し、それからPPPを市場為替レートで割ることにより内外価格差が求められる。そしてグループ平均は各国の内外価格差の幾何平均として求められる。この平均は100に設定され各国の内外価格差はこれとの対比で表示される。内外価格差は価格水準の違い(同量の財を購入するのに必要な共通通貨の量)を示す。我々の例では、共通通貨は存在しないので価格水準の絶対水準を参照しているのではなく相対水準を参照していると見る必要がある。例えば、表1の数字は以下のように読む。2007のアメリカの入院患者の病院サービスの価格水準はグループ平均を100とした場合の163で44%(163と113)カナダより高い。


注10 ノルウェーとドイツは準価格の推計に固定資本の消費が含まれていないことから除いてある。オランダの結果も示されていない。対応するオランダのデータが埋められていないからだ。しかしグループ平均の計算にはオランダは含まれている。

Significant spread of quasi-prices across countries and correlation with income levels

内外価格差は為替レートに依存していて為替レート変動の影響を大きく受けるかもしれない。病院サービスの内外価格差と全体の内外価格差の比較により為替レートとは独立したその他の財と病院サービスの相対価格の示唆を得ることができる。グラフ2にその比較とさらに各国の1人あたりGDPで定義された1人あたり実質所得を補完する情報として示してある。

表1とグラフ2にあるように病院サービスの価格水準には57(韓国)から164(アメリカ)と大きな幅がある。イタリア、オーストラリア、フランス、スウェーデン、フィンランドの価格水準は高い。価格水準が低い国はポルトガル、スロベニア、韓国のように所得と全体の価格水準も低い。


(注 このグラフは左のバーが病院サービスの価格水準、右のバーが一般の物価水準、折れ線が1人あたりの所得水準を示している。アメリカの例だと一般の物価水準が低くそれと比較して病院サービスの価格水準が高いが所得水準も高い、イタリアの例だと一般の物価水準と病院サービスの価格水準が高いが所得水準は大幅に低く結果として所得と病院サービスの価格水準との差は最大になっている)

Similar results for medical and surgical inpatient services

外科的治療と内科的治療で価格水準はかなり似通っている。2つのカテゴリーで韓国の例外を除いて並びは同一だ。韓国の場合には、例外的に長い外科的治療の入院日数がこの違いを説明している。外科的治療の内外価格差は似通っているが内科的治療のデータにはある程度ばらつきがある。外科的治療が内科的治療よりも大きな割合を占めることは記しておく必要がある。そして総病院サービスの内外価格差の違いの大部分を説明する。大抵の場合で、外科的治療は総病院サービスの費用の70%以上を占める。

Consistency of results within categories

Large variations in costs per hospital day and average length of stay

平均入院日数(ALOS)はノルディック諸国、アメリカ、オーストラリアで短く、韓国で長い。平均入院日数はイタリア、ポルトガルで非常に長い。平均的に、外科的治療で内科的治療よりも大きな違いがある。


各国によって報告された入院日数の違いは生産物レベルでも見られる。これは全体の入院日数の違いは各国の制度や慣行上のものが重要な要因であるかもしれないことを意味する。

表3に入院一日あたりの価格水準を示す。従って、各国の入院日数の違いを制御してある。いくつかの国では一日あたりの準価格は総合の価格水準とは大幅に異なっている。オーストラリア、カナダ、フィンランド、スウェーデンでは外科的治療の価格水準は大幅に上昇(150くらい)する。OECDの2009の報告では入院日数について以下のようにコメントしている。「入院日数は効率性を表す指標と見做される。その他の条件を一定にして入院日数の短さは費用を抑え一般急性期の施設への移行を可能にするだろう。しかし入院日数の短縮化により一日あたりの費用は高くなる。入院日数があまりに短すぎると健康に対して副作用をもたらす可能性があり患者の回復を遅らせる可能性がある。これが患者の再入院率の増加につながれば費用は下落しないかもしれない」。ここで与えられた2つの説明は価格の比較に対してまったく異なる意味を持つ。入院日数の短さが集中的な治療によってもたらされたものであれば価格の比較は入院日数の違いを考慮しないで行われるべきだ。入院日数の短さは効率性の高さの指標となるからだ。逆に、追加の入院が治療の結果を高めるのなら、またはより多くの治療へとつながるのなら入院日数の違いを考慮することが正当化されるかもしれない。各国が異なる治療の組み合わせを行っている場合には一般的な命題は引き出せないかもしれない。この問題を取り扱うためには、治療全体に関する膨大な情報が必要になるだろう。この研究ではこの問題を代表的な症例にのみ焦点を絞ることにより取り扱おうとしている。まとめると、入院日数の違いを考慮していない表1を見出しの数字として用いることが妥当だと判断した。

Results by case type

各国の価格の違いをよりよく理解するために詳細な結果を見る必要がある。表4に例として2つの生産物の平均価格を示す。正常分娩と膝関節置換の事例だ。


Annex 3に内外価格差を計算するのに用いた基本表を示す。表A3.1に各国の症例数を示す。表A3.2と表A3.3に平均入院日数とその変動係数を示す。表A3.4に各国通貨で表示した症例の平均準価格を示す。表A3.5にドルで表示した症例の平均準価格を示す。これは参照表となる。カナダは部分的にしか準価格が推計されていない。表A3.4と表A3.5のいくつかのセルが空白な一方、表A3.1-A3.3の対応するセルが空白でないのはこれが理由だ。表A3.6に症例の比重を示す。表A3.7に症例の内外価格差を示す。さらに平均と変動係数も示す。


結果が通常の枠に収まらないいくつかの事情がある。情報の不足であったり各国の事情であったりを反映しているかもしれない。これらの背景を特定するためにより調査が必要になるだろう。

CONCLUSIONS AND NEXT STEPS

いくつかの情報が研究に参加した各国から引き出された。

hospital-PPPの試験研究は質の違いをサービスを区別することにより行った。つまり、質の違う生産物は別の生産物として取り扱った。この仮定に関して再検討が行われるかもしれない。十分に同質と思われるサービスに関する情報がすべての国で利用可能でない場合には特にそうだ。さらに異なる技術が利用可能で医療の提供に用いられている場合にも検討が必要になる。

最後に、この研究はまだ試験段階であることを述べておく必要がある。他の国が参加したり、参加国が利用可能なデータを向上させたら、結果は改定され改善されるだろう。よって、ここでの結果は注意を持って見る必要がある。だがこの初期段階のものでさえ分析者や政策当局者は関心を持つだろう。

(追記)入院日数を考慮するかしないかについて他の可能性も考えられる。ある国では考慮した方がよく、ある国では考慮しない方がよいという選択的な場合だ。本文中ではさらりとしか触れられていなかったが基準は必要と思われる治療が施されたか否かになる。こちらで触れた点が関係してくるかもしれない。

2012年12月7日金曜日

アメリカの健康格差は縮小?

An alternative perspective on health inequality

by Benjamin Ho Sita N. Slavov

1. Introduction

所得格差の研究はメディアの注目を集めている(e.g., Picketty and Saez 2003; Autor, Katz, and Kearney 2008; Heathcote, Perri, and Violante 2009; CBO 2011)。

注1 これらの研究に対して論争がある。例えば、Burkhouser, Larrimore, and Simon (2011)は他の見方を示している。

しかし所得は幸福度の一要素にしか過ぎない。そして幸福度の格差はほとんど上昇していない、または下落しているかもしれないことを示す研究がいくつかある。

例えば、Aguiar and Hurst (2008)は低所得層の余暇の時間が他の集団に比べて大幅に増加していることを発見した。さらに、Stevenson and Wolfers (2008)は主観的な幸福度の格差は減少していることを示した。

最後に、消費の格差は所得の格差ほど増加していないことを示す研究がある(e.g., Krueger and Perri 2006; Hassett and Mathur 2012)。

注2 またもや、これらの研究に対して論争がある。例えば、(e.g., Aguiar and Bils 2011)だ。

幸福度のその他の重要な側面は健康だ。多くの健康格差の研究は人種や所得によって定義される社会経済的な集団間の格差に焦点を絞っている。

だが集団間の格差に焦点を絞ることは主要な健康格差の源泉を無視することになる。健康格差の大部分は集団間ではなく集団内で発生するからだ。つまり集団内の最高の健康状態と最悪の健康状態の差は集団間の平均的な健康状態の差よりもはるかに大きい。ここではその他の研究とは対照的に集団間、集団内の健康格差について調べる。言い換えれば、最も健康状態が悪い人が最も健康状態が良い人に比べて利益を得たかどうかを調べる。そしてこのトレンドを集団内と集団間の健康格差に分解する。

ここでは健康状態を、実現した寿命によって計測する。この方法によれば、早い年齢で死亡した個人は貧しいと定義され80歳を超えて生存している個人は豊かと定義される。我々は、過去100年間に渡って寿命の分布のほとんどで健康格差は劇的に減少していることを発見した。所得格差が上昇したといわれる過去40年間に渡っても健康格差は減少していることがわかった。quality-adjusted life year (QALY)を用いると、最も健康状態の悪い人は最も健康状態の良い人の8倍の利益を得ていることがわかった。金額に換算すると相対的利益は4000万円(1ドル=100円で計算)になる。個人の生涯所得に対してかなりの額だ。この健康格差の減少は集団内での健康格差の減少からもたらされている。この結果は主観的な幸福度格差の減少を示した研究とも整合的だ。

2. Literature and Conceptual Framework

寿命格差が劇的に減少していることを示す研究は他にもいくつかある(e.g., Wilmoth and Horiuchi 1999; Edwards and Tuljapurkar 2005; Smits and Monden 2009; Edwards 2010; Shkolnikov, Andreev, and Begun 2003; Fuchs and Ersner-Hershfield 2008)。だがこれらの研究はその結果が示す社会的意味までは考慮していない。

その一方で、Gakidou, Murray, and Frenk (1999)は正しい健康格差の計測方法は実際の健康格差ではなく健康リスクの分布にもとづくべきだと議論した。つまり、健康リスクが全員にとって同じである限り実現した健康格差に焦点を絞るべきではないと議論した。そのような健康格差は個人の属性に対して無関係という意味で純粋にランダムなものだ。この議論を受け入れるならば、我々の研究は所得格差に関する伝統的な分析への挑戦と見做されるかもしれない。寿命格差の純粋にランダムな部分が重要でないのならば、実現した所得格差の純粋にランダムな部分がどうして重要なのかはっきりとしなくなるからだ。しかも所得格差の研究は実現した所得格差と所得形成過程内にある格差との区別をほとんど行っていない。

我々の研究にはいくつかの制約がある。第一に寿命と健康との相関は集団間で異なるかもしれない。そしてその違いは我々が行った分解に対して特に意味を持つかもしれない。第二に寿命には他の指標と異なり生物学的上限があるかもしれない。これらの制約はあるがそれでもなおこの研究は価値があると思われる。

3. Data and Methodology

寿命格差の傾向を調べるためにここではSSAのコーホート生命表を用いる。この表は性別や誕生年によって分割される。コーホート死亡表は特定の誕生年のコーホートの年齢に関連した死亡率を生涯に渡って示す。例えば、1900に誕生したコーホート表は1900の0歳の死亡率、1901の1歳の死亡率、1920の20歳の死亡率を含む。まだ生存しているコーホートには将来の死亡率に関する見通しが必要になる。ここではSSAの生命表を用いて1900から2012までのコーホートの0歳と25歳の全体の寿命の分布の変化を調べる。寿命の確率分布は個人が各年齢で死亡する確率の男性と女性の平均を取ることにより決定される。ここでは分布のnパーセンタイルを累積死亡確率がnを超える最少年齢と定義する。寿命の平均値は死亡がその死亡年のちょうど中間地点で起こったという仮定で計算する。例えば、25歳で死亡した個人(つまり25回目の誕生日と26回目の誕生日の間)は25.5歳まで生存したとして記録される。

寿命格差は2つの部分に分割できる。集団間の寿命格差と集団内の寿命格差だ。

Var(L)=E(Var(L|G)+var(E(L|G),

Gは社会経済的集団を示す。Lは寿命を示す。Eは期待値演算子で、varは分散を示す。つまり全体の寿命の分散は集団内特定の分散の平均と集団間の分散の和に等しい。寿命格差の減少は集団間の寿命格差の減少からかもしれないし集団内の寿命格差の減少からかもしれない。

4. Results

表1に0歳時(表の上段)と25歳時(表の下段)の寿命の分布の1、10、50、90、99パーセンタイル値の変化を示す。それぞれのパネルはいくつかの主要な数字を含んでいる - 99と90パーセンタイル値と50パーセンタイル値の比率(分布の上段の寿命格差を示す)、50パーセンタイル値と10、1パーセンタイル値の比率(分布の下段の寿命格差を示す)、90パーセンタイル値と10パーセンタイル値の比率(上段と下段の間の寿命格差を示す)。0歳時での寿命格差は1900以来劇的に減少している。1900生まれのコーホートでは分布の10パーセンタイルは1年間でさえ生存していなかった。2012になると10パーセンタイルは64歳まで生存する。そして1パーセンタイルは18歳まで生存する。対照的に分布の上段での伸びはより穏やかだ。従ってp90-p10比率は1900から1950の間に劇的に減少した。そしてその後穏やかになった。0歳時での減少の多くは乳幼児死亡率の減少からもたらされている。だが25歳時(表の下段)での死亡率を見ても寿命格差は1900以降一貫して減少し続けている。分布の10パーセンタイルで寿命が22年伸びた一方で90パーセンタイルでは8年しか伸びていないからだ。


表2に性別にもとづく集団間、集団内の寿命格差がどのように変化したのかを示す。今度も上段は0歳時の結果で下段は25歳時の結果だ。この表から寿命格差の大部分は集団内の寿命格差からもたらされていることがわかる。集団内、集団間の寿命格差はともに減少している。0歳時ではどちらも同じ割合で減少している。25歳時では集団間の分散の方が大きく減少している。従って、性別間の寿命格差が減少しただけでなく(男性の方がより寿命が伸びている)それぞれの性別内での寿命格差も劇的に減少している。


表5に人種毎の結果を示す。分解を男性と女性別々に行う。0歳時では人種内、人種間の寿命格差は男性、女性ともに減少した。集団間の寿命格差の減少は人種間の寿命格差の減少によってもたらされている。25歳時では集団内、集団間の寿命格差の減少は男性に関しては停滞している。女性に関しては両方とも減少している。今度も寿命格差の大部分は集団間ではなく集団内の寿命格差によってもたらされている。


5. Discussion

ここでの結果はアメリカで健康に関する格差が劇的に減少したことを示す。この結果を用いてこの利益がどの程度であったかを簡単に試算する。最近の研究はQALYに対して2000万円(1ドル=100円で計算)が妥当な値だと示している。この値は多くの連邦機関で用いられるValue of Statistical Life (VSL)と整合的だ。我々の計算では寿命の増加とQALYの増加は一対一に対応する。もちろんQALYは寿命と同義ではない。だが簡単な試算のためにはそれほど非現実的な想定ではないと思われる。

表1によると1975から2012の間に10パーセンタイルは56年から64年へと8年間寿命を延ばした。誕生時からの実質割引率を2%として10パーセンタイルの寿命の延びは現在価値で4833万円になる。年間所得に換算すると64年間に渡って130万円になる。対照的に90パーセンタイルは97年から99年へと2年間寿命を伸ばした。現在価値では568万円に相当し年間所得に換算すると12万円にしかならない。

我々の結果は社会経済的集団間で健康格差が拡大したと報告した過去の研究と矛盾するものではない。つまり集団間での分散が大きくなったとしても集団内や全体の分散が小さくなることは十二分にあり得ることだからだ。さらに我々の結果は集団内の分散が集団間の分散をはるかに凌駕するので集団間の分散にのみ研究の焦点を絞ることは重要な側面を見落とさせることを示唆している。

健康のその他の指標がここでの結果と違うトレンドを示す可能性があるかもしれない。ここでの結果は健康の指標として寿命を選んだことによる産物である可能性もあり得る。過去には乳幼児の死亡と集団間の寿命格差に政策の焦点が絞られてきた。

(省略)

6. Conclusions

(省略)

2012年12月1日土曜日

Recent Trends in Top Income Shares in the USA

by Richard V. Burkhauser Shuaizhang Feng  Stephen P. Jenkins Jeff Larrimore

アブストラクト:所得格差研究の大部分は民間に公表される統計局のデータを元に行われるが、最近流行の内国歳入庁の納税申告データを元にした研究はそれと比較して高い水準の所得格差と上昇トレンドを示している。この二つのデータの不整合は統計局の内部データを用いることにより、さらに所得分布を同様の方法で定義すれば大部分解消されることを示す。1967-2006の統計局の内部データを用いることにより、Piketty and Saez (2003)により示された歳入庁データに基づく所得上位層の所得シェアの推計と一致させられることを示す。

Introduction

・民間に公表されるThe March Current Population Survey (CPS)データは所得格差のトレンドを研究する主要なデータとして用いられてきた
・これらのデータを元にした研究は所得格差は70年代と80年代に大幅上昇したが、90年代にはその速度はゆっくりとなっているというのがコンセンサスだった
・所得格差を研究するもうひとつのデータは納税申告から得られる
・Piketty and Saez (2003)は歳入庁のデータを用いた
・彼等の研究は納税データを用いた最初の研究となった
・彼等の主要な貢献は以前の研究と比べてずっと昔からの所得格差のトレンドを観察することができるというものだ
・納税データは他の統計よりもずっと昔にさかのぼって利用できる
・しかし彼等の研究は論争を巻き起こした
・Reynolds (2007)はPiketty and Saezの研究がこれまでの見方をいかに変えたかを議論し、そして彼等の結果を批判した
・統計局のデータとは対照的にPiketty and Saez (2003, 2008)は、上位所得層の所得シェアが90年代に上昇し、2000-2002年間の例外を除いて、その後も上昇していることを示した
・どうして二つのデータは違うのか?
・まず考えられる理由として、どちらかまたは両方のデータに欠点がある可能性が挙げられる
・統計局のデータにはトップコーディングと過少申告の問題があるという批判がある
・このデータを用いた場合、所得格差を誤計測する恐れがある
・IRSのデータも欠点がある
・納税申告は納税が最少になるよう申告する金銭的動機があり、申告行動は個人所得税率の変化に敏感だという批判がある
・最高税率の変化と所得申告ルールの変化に敏感ないくつもの所得操作戦略がある
・これらには所得を労働賃金か法人所得のどちらか税率が低いほうに付け替える戦略も含まれる
・または賃金報酬の替わりとして非課税の給付として受け取る可能性が考えられる
・報酬の繰り延べが行われる可能性も考えられる
・上位所得層は受取所得や申告所得を最も調整できる層なので、納税データは上位所得層の所得変動をつかめていないかもしれない
・Slemrod (1995) and Reynolds (2006)は1970年代からの税制の変化は上位所得層にSubchapter-C corporation profits(個人所得という形態では申告されていない)から、S-corporation profits and personal wage income(個人所得という形態で申告)へと申告所得を移し変える動機を与えたと指摘する
・納税データの使用は上位所得層の所得の上昇を過大評価させると指摘する
・Feenberg and Poterba (1993)はこの問題に関する初期の議論をしており、納税データで上位所得層の所得を計る難しさをまとめてある
・Piketty and Saez (2003)はこの問題を認識してはいるが、その効果は短期の問題であって彼等が焦点をあてているのは長期の傾向だという
・しかし短期の傾向に関心がある研究者にとっても、所得の時間シフトは報酬の繰延計画の時間枠に関連して問題となるかもしれない
・さらに、所得の時間シフトは短期にしか効果がないかもしれない一方で、労働賃金以外の方法で受け取った所得(非課税の給付、または前年には企業利益と申告されていた所得が労働賃金として申告)は個人所得税という形態で申告されることはなく、長期のトレンドに影響を与えるかもしれない
・他の問題点はそれぞれのデータの所得の定義の違いと所得の分布がどのように形成されるかにある
・CPSとIRSでは所得の定義に違いがある(前者は政府の移転と非課税の所得を含み、後者は含まない)
・単位の違い(納税者 vs 世帯とその中の個人)
・所得格差の定義の違い(上位所得層に限定するか vs ジニ係数のようなより広範な方法か)
・CPSとIRSのデータの橋渡しをした研究は今まで存在しなかったのでここではそれを試みる
・1967年からの所得格差のトレンドをPiketty and Saez(2003)の方法と所得分布の定義を用いてCPSの内部データに適用して調べてみた
・そうすることによって彼等の結果をほぼ再現できた
・結果は上位1%層を除いて、上位10%層で同一だった
・トレンドもわずかな違いしかなかった
・その上位1%層に関してもトレンドは大まかに捉えることができた
・1990年代の間の6年間に関してだけはデータの違いで説明できない乖離が生じた

Data

・我々は統計局の研究者が用いているCPSの内部データを用いて分析している
・これらのデータは一般に公開されるCPSのデータよりも上位所得層の所得をよく補足している
・回答者の匿名性を保持する為、統計局は個々の収入源を検閲している
・内部CPSを用いる利点はトップコーディングの適用率が極めて低いことだ
・例えば、内部データでは0.5%の所得源がトップコードされていたが、公表CPSデータでは4.6%だった
・このわずかな検閲でもバイアスを生むかもしれない
・この問題を修正するために多重代入法を用いる

(省略)

Methods: Three Definitions of the Income Distribution

・CPSに基づく研究とIRSに基づく研究では3つの違いがある
・第一に所得格差の計測方法だ
・その他の違いは所得分布の定義の違いだ
・CPSに基づく研究は所得をキャピタルゲインを除いた課税前移転後の所得と定義している
・この所得は世帯レベルで集計され等価尺度で割り引かれる
・世帯人数を調整した所得を個人に割り当てることにより個人間の所得分布を調査している
・IRSに基づく研究は納税申告された所得はすべて所得として定義している
・これは、給料、賃金、中小企業、事業所所得、組合、信託所得、配当、利子、賃料、ロイヤリティ等を含む
・最も大きな違いは納税データは移転所得を含まないことだ(課税所得に含まれず、納税申告もされない)
・それゆえにIRSのデータは個人の市場所得に近い(研究者にはなじみの深い課税前移転前所得)
・Piketty and Saez (2003)は世帯レベルではなく課税単位のレベルで所得を集計しており、課税単位のサイズの違いを調整しておらず、個人間というよりも課税単位間の分布を調査している
・この中で重要なのは、米国のすべての個人が納税しているわけではなく特に納税していない人たちは一般的に低所得層であることだ
・それゆえ上位10%の納税者の所得シェアの推計は非納税者が含まれる場合に比べて納税者の数を過少評価することになる
・全体の所得格差を計測するために、この潜在的納税申告者が含まれなければならない
・この問題を修正するため、Piketty and Saez (2003)は潜在的課税単位の数を推計している
・彼等は既婚の夫婦や、離婚、死別した個人、20歳以上のシングルを潜在的課税単位と定義している
・所得の定義や単位の分析は重要だ
・例えば、移転所得を所得に含めることは格差を縮小すると予想する
・さらに、費用を分担して生活費を下げる必要のある低所得者は大世帯で暮らす傾向がある
・それゆえ、世帯レベルで所得を集計することと、等価尺度で規模の経済を調整することは推計値を縮小させると予想する
・伝統的なCPSのデータは”CPS-Post-HH"とここでは仮に命名する
・IRSのデータは”CPS-Pre-TU”と命名する
・課税単位の識別子はCPSのデータに含まれていないので、ここではPiketty and Saezの手続きに従う
・CPS-Post-HHとCPS-Pre-TUの比較は上位所得層の所得シェアの違いがどのぐらい所得の定義の違いによるのか知るのに役立つ
・CPS-Pre-TUとPiketty-Saez(2003, 2008)の比較はその違いがどの程度データそのものの違いによるのか知るのに役立つ
・3つの系列の違いを強調するため、上位10%を3つのグループに分類した
・p90-p95グループ、p95-p99グループ、1%グループだ

Top Income Shares: IRS- and CPS-based Series Compared

・図1から図3に結果を掲載する(図1はp90-p95、図2はp95-p99、図3は1%グループ)
・3つの系列の中でCPS-Post-HHは最も低い
・ここで定義の違いを調整したらCPSとIRSからの推計値の違いは大幅に小さくなる
・p90-p95とp95-p99のグループの推計値はCPS Pre-TU seriesとPiketty-Saezのものでほとんど似通っている
・所得シェアの比較に加えて所得源の違いも調べてみる
・CPS Pre-TUではp90-p95グループの所得の85.1から89.3%は労働賃金から来ている
・IRSでは86.9から91.6%となっている
・p95-p99については、CPSでは74.8から85.7%の所得が労働賃金で、IRSでは73.3から84.4%となっている
・上位1%はどうか?
・これまでのグループと違い、定義の違いを調整した後でもまだギャップが残っている
・ギャップが他のグループに比べ大きくてもCPS Pre-TUとIRSの絶対値の差は相対的に見て小さいことは強調しておく必要がある(特に過去においては)
・1986年以前ではこの差は1、2%だった(後年に拡大するが)
・研究者にとってより関心があるのは水準よりもトレンドのほうだ
・CPS Pre-TUとPiketty-Saezもp90-p95とp95-p99グループに関しては1980年代より1990年代になってからペースが縮小している
・簡潔にいって上位1%の所得シェアに何が起こったのか?
・1986年以前では3つの系列とも驚くほど同一のトレンドを示していた
・表1に7つの期間に分割した上位1%の所得シェアの平均年間成長率を示す
・1970年代は低成長が続いていた
・系列に違いが現われだしたのは1986年の後だけだ
・初めの違いは1986-1988年に現れた
・Piketty-Saezでは22.1%もの上昇を示した一方で、CPS-Pre-TUでは穏やかな2.0%の上昇だった
・1988-1992年の間、Piketty-Saezでは0.6%の成長だったのに対してCPS-Post-HHではほぼ0だった
・CPS-Pre-TUでは0.2%だった
・1986-1988の例外を除いて、1967-1992間のトレンドは定義が統一されればほとんど同一だった
・1992-1993の間にトレンドはまた乖離した
・CPSは40%上昇したがIRSは4.9%下がった
・だがIRSのデータが下がったのはこの期間だけだ
・1993-2000の間、IRSは4.1%のペースで上昇した(1980年代の2倍)
・CPS-Pre-TUは1980年代より低い1.5%のペースだった
・2000-2006の間は再びトレンドは収束した
・過去40年の大部分に関して、トレンドは同一だった
・例外は1986-1988、1992-1993、1993-2000の間だけだった

Explaining the differences in trends in the share of the top 1 percent

・この3つの期間に何が起こったのか?
・最初の2つに関してはよく知られたIRSのデータの制約とCPSのデータの制約に関するものだと考えている
・1986-1988に関して、所得の実質的な変化ではなく税制の変化の反映を示していると思う
・1986年の税制の改定は申告所得をSubchapter-C corporationsからSubchapter-S income and wage incomeへと切り替える多大な動機を与えた
・税制の変更は所得の申告のされ方に影響を与え、観測された所得シェアの上昇をもたらした
・Slemrod(1996) and Reynolds (2006)がこの件に関して詳細に報告している
・Feenberg and Poterba (1993)は税制データを用いることの問題点をより一般的に議論している
・Piketty and Saez (2003)はこの可能性を認識していたが、所得シェアの長期のトレンドに関心があるとして詳細に踏み込まなかった(というか無視した)
・1992-1993の変化はCPSのデザインの根本的変化を反映している
・三年間で、統計局は紙ベースのデータ収集からコンピューターによる収集を含む多くの変更を行った
・この変更により特に上位所得層の所得を記録する能力が高まった
・CPSに関して、この変更でこの間の上位1%の40%の所得シェアの上昇を説明できると思う
・IRSではこの期間の上昇ははるかに穏やかだった
・1993–2000はどうか?
・この間に税制の変更があった
・ストックオプションが課税所得として申告が求められるようになった
・この考えによると、上位1%の所得シェアは観察されていたよりも以前から高かったことになる(Piketty-Saez and CPS-Pre-TU seriesで大きな乖離があったことを暗示する)
・さらに、この二つの系列に基づくトレンドは元から同様で、90年代の納税データの急激な上昇は税制の変更の反映ということになる
・その他の説明として、税金を繰り延べできる貯蓄勘定(401k plans, Keogh plans and IRA tax shelters)の使用の急激な増加がある
・分母の所得を小さく見せるので、上位1%の所得シェアの上昇の部分的説明になるかもしれない
・この説は我々が示したp90–p95 and p95–p99の所得シェアの動きとも整合的だ

Income inequality trends using Gini coefficients

・表4にCPS Post-HHに基づくジニ指数とCPS Pre-TUに基づくジニ指数を示す
・所得の定義と所得単位が無関係なら、両者の系列でジニ指数は同様の水準とトレンドを示すはずだ
・実際には、移転前-課税単位のデータを用いるとジニ指数はかなり高くなる
・移転後-世帯所得を用いた場合、ジニ指数の推計は1968の0.35から2006の0.46となる
・移転前-課税所得に切り替えると、1968の0.47から2006の0.59と30~40%高くなる
・結果が変わるのには二つの理由がある
・第一に、課税単位では両親と暮らす成人した子供や家族から支援を受けているが所得を持たない個人を独立していると数える
・その結果、所得を持たない人口の割合が課税単位を用いた場合、世帯を考慮する場合に比べてはるかに高くなる
・計測される所得格差も大きくなる
・第二に、移転所得は低所得層が大部分受け取る
・移転所得を無視すると低所得層の所得を小さく見積もることになる
・これらは上位1%の所得シェアの計測に影響を与える
・世帯所得と課税単位所得の所得格差の違いはジニ指数を用いた方が大きい
・ジニ指数は所得分布全体の所得格差の情報を反映するからだ
・移転所得はジニ指数のような指標に大きな影響がある

Comparing income inequality trends using Gini coefficients and top income shares

・最後に、指数の選択が所得格差の計測に影響を与えるのかどうか調べる
・表2に3つの指数を用いた所得格差の平均年間上昇率を1967年から現在までを7つの期間に区切ったものと、全40年間のものとにわけて掲載する
・2つの所得系列を見ると、40年間で区切ったものは、上位1%の所得シェアはジニ指数よりも速い上昇を見せる
・だが、この上昇は1992年と1993年の集計方法の変更が大きな要因となっている
・7つの期間に分割すると、結果はばらばらになる
・CPS Post-HHを用いた場合、上位1%の所得シェアの上昇率は平均1.6%で、ジニ指数は0.2%となる
・CPS Pre-TUを用い場合はそれぞれ、平均1.5%と0%となる
・この結果はなぜIRSを用いた研究は90年代にも所得格差の上昇を報告し、CPSを用いた研究はそうでなかったのかの説明になる
・所得分布全体の所得格差に関心がある研究者にとって、90年代の所得格差の上昇は80年代に比べて劇的に減少した
・上位所得層の所得シェアに関心がある研究者にとって、上昇が減少したとは言えなかった

Summary and Conclusions

(省略)




一番下の線が単位が世帯で所得の移転を考慮した(ジニ係数などによく用いられる)場合の所得シェア。1992-1993の上昇はデータ収集の方法の変更を反映していると思われる。ここで最も重要なのはPiketty and Saezでは見られる1986から1988の上位1%の所得シェアの大幅な上昇がCPSの内部データではまったくといっていいほど見られないということだ。これはPiketty and Saezにとっては完全に致命的だ。


同様に1992-1993の上昇はデータ収集の変更の反映と思われる。