DAVID PLOTNIKOFF
彼は20冊以上の本を書いているが、その中でも最も売れたのは1980年出版の「A People's History of the United States」だろう。その初版は4000冊しか売れていなかったが、2003年までには合計で100万冊を売り上げた。2010年現在ではその本の売上は200万冊になろうとしている。売上のほとんどを支えているのが、全米中の高校と大学でこの本が指定図書に指定されているという事実だろう。その結果として、彼は大学関係者で最も有名な人間となり最も公演を依頼される人間の一人となった。彼の同僚で同好の士のNoam Chomskyが先週語ったように、「彼にとって幸運だったのは彼の本が有名になり多くの人に読まれるようになったことだろう。彼は公演の依頼をたくさん抱えていた」。それに付け加えて、「彼の本は数百万人の人々が過去を見るその見方を変えた」と語った。
その点においてだけは彼は正しい。その根本思想において「A People's History」はマルクス主義者の狂った歴史観を背景としていて,
アメリカが国内だけに留まらず地球上のすべての人々に性差別主義、レイシズム、帝国主義などを拡散させているすべての悪の根源として描かれている。
この本は、資本主義の荒波によって貧困と抑圧に飲み込まれていった人々の目を通してアメリカの歴史を描いたものだと主張している。インディアン、黒人、女性、搾取された「労働者」などだ。彼は自身の著作や授業が政治活動であると1995年にはっきりと宣言している。
その3年後のインタビューで、彼はこの本を書いた目的が客観的な歴史や歴史の全体像を伝えることそのどちらでもないとはっきりと記している。
「客観的な歴史や全体像というものは存在しない。すべての説明は不十分だ。伝統的な歴史はもう数千回と繰り返し教えられたのでもう必要ないというのが私の考えだ」。
彼の本は「デタラメだらけだ」と主張する批判者に対しては、彼は次のようにやり返す。
「だから何だ?抑圧された人々の観点から見れば、そんなことはどうでもいい!」。
そのような考えと整合的になるように、彼はアメリカの歴史を継続した堕落と記している。彼が言うところでは、アメリカは生まれながらにして原罪を背負っているので、指導者たちがマルクス主義の素晴らしさに目覚めるまでは永久に倫理を欠くだろうと主張している(つい最近、これに似た主張を何処かで見たばかりのような…)。
彼が語るところでは、アメリカの建国の父は「国民をコントロールする最も効率的なシステムを作り上げた。そして将来の指導者たちにパターナリズムと命令の組み合わせの優位さを示したという」。独立宣言は神から与えられた権利についてやそこから論理的に導かれる制限された政府の基本原則に関する革命的な声明ではなく、すでに裕福なほんの一握りの「白人男性」をさらに豊かにするためだけの目的で、イギリス国王に刃向かうように人々を操作した皮相的な試みだという。そして「イギリスの北米侵略」をすべては「私有財産権に基づいた文明が生み出した強力なエネルギーによって突き動かされた」結果だとし、「競争によって支配」された「暴力的な歴史の一時代」だったと記している。
彼の説明からは、インディアンの歴史が部族間の凄まじい暴力による戦争の歴史だったことや奴隷制が多くのインディアンの部族で極めて大きな役割を果たしていたことを少しも学ぶことはないだろう。実際、ヨーロッパ人が初めて訪れる遥か前から、奴隷制はアメリカ北東部でもすでに発達していて、幾つかの部族では人口の10%から15%を構成するほどだった。だが彼の歴史では、唯一重要なのは白人と黒人間の奴隷だけとされる。白人以外の悪徳は彼の興味から外れ存在しなかったものとされる。善と悪との境界は大胆にはっきりと引かれる。曖昧なものは一切ない。白人だけが悪いことをし、白人以外は良いことをしていたという世界観だ。
彼の非難は過去だけに留まらない。彼は現代のアメリカを「空気、海、河川を汚染し」(環境汚染が劇的に改善している)、「あまりにも多くのお金を軍事費に支出し」(GDP比で見て3%以下)、「その逆に福祉には少ししか費やしていない」(GDP比で見て北欧と大して変わらない)と主張している。これらはすべて自由市場のせいだと彼は訴える。
それに対して共産主義の独裁国家に対する彼の評価はアメリカとは際立った好対象を見せる。例えば毛沢東の中国は(彼の見るところでは)、「長い歴史の中で、人民の政府に最も近い時代」だったと評価する。同様にカストロのキューバも、(彼によると)「血塗られた抑圧の時代は存在しなかった」。そして1980年代のニカラグアのマルクス主義ゲリラのサンディニスタ政権はニカラグア国民に「歓迎」されていたと記している一方で、自由選挙で大統領選に勝利した敵対勢力のコントラ(アメリカによって支援されていた)は「ニカラグア国民からはまったく支持されていない」「テロリストグループ」として記されている。
冷戦時に彼はソビエトを支持していた。そして「Terrorism and War」という記事で彼はアメリカをテロリスト国家として非難し、ジハーディストたちはアメリカの帝国主義から身を守っている勇敢な自由の闘士と評価していた。
その「世界」とは1億人以上を殺害したマルクス派のユートピアのことだろう。そしてアメリカの歴史家の1人はそのユートピアをどのような手段を用いてでも地上に実現させよと生徒と読者に働き掛けている。
John Perazzo
Howard Zinnの「A People's History of the United States」は最初に出版されたのが1980年になるが現在ではアメリカ人が歴史を学ぶスタンダードな情報源となっている。スタンフォード大学の教育学教授のSam Wineburgはその本が正すと主張していた歴史の教科書の誤りを自らが犯していると指摘した。
『この本が最初に出版されて以来、「A People's History」はこれまで語られてきた歴史に対して懐疑的な見方を提示するという立場から、多くの人にとって歴史の教科書そのものと変貌しましたとWineburgは最新版のAmerican Educatorの記事で記している。「多くの生徒にとってこの本は彼らが最初に読む歴史の教科書であり、そして人によっては唯一読む歴史の教科書でしょう」と彼は語っている』。
彼の批判は1930年代から冷戦時に関する記述を特に扱っている。彼がまず批判するのはアフリカ系アメリカ人は第2次世界大戦の勝敗にほとんど無関心だったという主張だ。その主張は3つの個人的な主観的事例に基づいていると彼は語る。黒人のジャーナリストからの引用と黒人の生徒からの引用、黒人向け雑誌に掲載されていたポエムだ。そしてそれに反するすべての証拠は排除している。
彼はその個人的事例を二次的なソースであるLawrence Wittnerの1969年の本「Rebels Against War」から引っ張ってきているが、その本の内部で彼の主張とは反する部分は無視している。彼が無視している部分で目を引くのは徴兵制の対象者のうちアフリカ系アメリカ人の24%は戦える能力があるとされていたのに対して徴兵を逃れようとした黒人は全体の4.4%を占めるに過ぎなかったという事実だ。同様のことが他の事例にも当てはまる。「驚くほどわずかの黒人しかC.O.とならなかった」とWittnerは付け加える。
同様に、彼はアメリカが日本に原子爆弾を投下する前に降伏の準備を進めていたという自らの主張の根拠を日本からロシアに宛てられたたった一通の電報に求めている。彼はその電報に対する反応を無視しているばかりか、日本は最後の最後まで戦うつもりだったという主張を支持する大量の証拠が彼の本が出版されて以降に現れていることも完全に無視しているとWineburgは記している。
Wineburgは、最初に出版された時には彼の本にも価値はあっただろうということを認める。当時の歴史の教科書は確かに一面的な見方で書かれていたことは否めない。ジンは当時は見逃されがちだった異なる視点からの見方を前面に推し進めた。
だが、彼の本があまりにも多くのアメリカ人にとって唯一の歴史の教科書となってしまった現在では問題が発生しているとWineburgは語る。
0 件のコメント:
コメントを投稿