歳出と歳入の議論が過熱する中で、増税を支持する人達は1950年代をよく黄金時代のように語る。そして富裕層はもっと多くの税金を払っていたし税制はもっと公平だったと主張する。だが、事実をよく見てみるとその主張は支持されていないことが分かる。
実際、
・1950年代には、ほんの僅かの人しか極めて高い税率を課せられていなかった(*たった3人との説)。
・富裕層が税を多く支払っていたという主張は、実際の観測事実ではなく、富裕層が法人税をほぼ完全に負担していたという仮定により成り立っている。その仮定を疑う正当な理由が幾つかある。
・それらの仮定の存在を置いておいたとしても、1950年代の経済は現在とは異なるので当時の税制を現代に再現することは出来ない。
現在の議論の中で、よく言われるのが増税をしても経済成長を阻害することはないという主張だ。この主張の絶対的根拠として1950年代は最高税率が高かったにも関わらずアメリカの成長率が堅調だったと頻繁に持ちだされる。
1950年代を高い税率の時代と捉えているうちの1人がコラムニストのPaul Krugmanで、以下のように発言している(*以下略)。
1950年代が高い税率と堅調な経済成長の時代だったという概念を示すものとしてThomas Piketty and Emmanuel Saezが挙げられる。増税を支持する者達から頻繁に取り上げられる彼らの仕事だがその詳細を見てみると、それが増税を支持するものでないことが明確にわかる。
第一に、彼らはその時代の高いとされる税負担が限界税率の高さによるものであるということを示していない。高い税率を課せられたのはほんの僅かの人だけだった。彼らから引用した以下のグラフに各所得階層が課せられたであろう平均税率とその税の種類の内訳を示す。
(*クリックすると拡大。右側のグラフは実際の税率ではなくあくまで推計によるもの。ここで注目するポイントはグラフの緑の部分が2つのグラフで大体同じ水準にあること。この緑は所得税の税率を示す。ようするに2つの時期の税率が異なるのは富裕層に掛かる所得税の税率が変化したからではなく青の法人税の税率と灰色の相続税の税率が変化したからだということを示している。ただしそれもあくまで推計によって求められた税率なので以下でその部分が批判されている)。
これらのチャートは平均所得税率が1950年代から2004まで(ブッシュ大統領の減税の後でさえ)極めて安定していたことを明確に示している。その時期の税率は、税制が累進的であるようにと設定されていた。1964にケネディ大統領が税率の引き下げを行うまでは高額所得者の限界税率は91%だった。だが、実際にその税率を課せられていた人は既に述べたように少ない。その税率が課せられた人達でさえ、実際の平均税率は今日の税率とさほど変わらない。彼らが述べているように、
「興味深いことに、1960年代の税率の累進性は所得税によるものではない。1960の個人所得税率は最高でも31%で、2004の25%より少し高いだけだ。1960年代の所得税の特徴はキャピタル・ゲイン税率が低かったり各種の控除が豊富に用いられていたことで、これにより最高税率91%に代表されるように一見したところ極めて累進的に見えた各種税率が劇的に低下することが見て取れる」。
その答えは、法人税と相続税にあると彼らは主張している。所得税以外の間接的な要因が富裕層の税負担が多かったという主張の根拠に挙げられている。
彼らはそれら非所得税の負担が富裕層に集中していると主張しているので、1950年代の平均税率が特に富裕層で現在よりもはるかに高かったと結論してしまったようだ。
彼らはこれに正面から向き合うのではなく2つの方法で回避した。第一に、資本に法人税の全負担が掛かると仮定した。第二に、個人所得がキャピタル・ゲインの実現益で近似できるとも仮定した。
ここで注意しておきたいのは、1950年代と1960年代の税率が高かったという主張は実際の納税額を直接調べることによって言われているのではないということだ。そうではなく、株主が法人税を全額負担するという仮定などから計算された推計に基いている。
その仮定も完全におかしなものというわけではないにしても、彼らの仕事をより注意深く分析してみると4つの重大な問題点が出てくる。
もちろん、そのような主張は労働に掛かる税率とキャピタル・ゲインに掛かる税率との差から生じている。投資家が負担する法人税を考慮に入れていない。だが、その影響こそがPiketty and Saezの分析において決定的に重要なものだ。彼らの主張の元になっているのは資本の保有者(Warren Buffettのような)が法人税をすべて負担するという仮定だ。
だから、この主張を増税の根拠に用いるのは整合性を欠いている。1950年代は無害な高い税率の時代だった(裕福な株主が法人税を全額負担するという仮定に依存しているのに)としながら現代は低い税率の時代(法人税の影響は無視してキャピタル・ゲイン税率だけを見ることによって)だと言っていることになる。
2.Piketty and Saezの仮定は現実からはほど遠い。
先程も述べたように、法人税は賃金の低下という形で労働者が負担するという経路がある。実際、多くの経済学者は労働者が法人税のかなりの部分を負担するということに同意している。これを簡単に言い表すと、政府が税として集めたものは労働者への賃金としては利用することが出来ないということだ。このことは労働組合の活動が活発だった1950年代には特に重要だったかもしれない。
3.彼らの用いた仮定の問題点を置いておいたとしても、さらに第三の問題点がある。彼らの結果は大部分が1950年代の特殊性がもたらした錯覚だ。
第二次世界大戦後の世界経済の崩壊と戦後の工業資本主義の特殊性がアメリカに異様に高い企業利益をもたらした。アメリカの企業は他のどの国の企業とも競う必要がなかった。当時の法律も社会の慣習も、巨大独占企業の存在を支持していた。資本の流動性は相対的に低く企業利益は高かったので労働組合の活動(賃金と給付の増加として)と法人税を通した形での再分配は活発だった。
50年以上たった現在では、世界経済の性質は劇的に変化している。アメリカの法人税率は未だ高いままのものの、その税収はGDPに占める割合としては劇的に低下している。様々な要因により資本や企業利益は現在では簡単に課税できるものではなくなった。加えて、資本の保有者も大きく様変わりしている。資本の保有者は現在では年金ファンド、普通投資家などが含まれる。それ故、資本課税は最早富裕層のみが負担するものではなくなっている。
だが、2004にはこれが6.6%に上昇している。この基準によると、累進度が高いとされているフランスの税制は同年度で1.8%変化させているだけではるかに低い。もちろん、税制の累進性を判断する方法は他にもある。だがこの方法は課税が所得に与えている直接的な影響に焦点を当てているので説得力が高い。この基準によると、現在の税制がアメリカの歴史上でまたは他国との比較で例外的に累進度が低いという主張は支持されない。実際、この基準によるとアメリカの累進性はむしろ上昇している。
増税の支持者たちはヨーロッパを税制の公平性のモデルとして挙げることが多いものの、事実として多くのヨーロッパの国々の税制は特に累進的ということはない。ヨーロッパの各国はむしろ累進性を低下させる方向にシフトしている。例えば、付加価値税はヨーロッパで一般的だ。付加価値税は消費に課税するので富裕層よりもむしろ低所得層に負担が集中する。
Conclusion
以上、4つの問題点を見てきたがいずれも同様の結論を示している。1950年代の税制を2013のモデルとすることはミスリーディングということだ。所得税の実効税率は何十年間も安定している。法人税には富裕層の税率を高める効果があったかもしれない。だが、それは主張されているようには明確でもなんでもない。そして過去に法人税率が富裕層の税負担を高めていたとしても、現在においてその当時の経験を再現することは容易ではない。一方で、ヨーロッパの例は高い税率が経済成長に影響を与えないなどということを示していない。現在において税を最も集めやすい方法は累進制とは逆の方向ということだけだ。歳入の議論の答えは過去に見出すことは出来ない。
0 件のコメント:
コメントを投稿