2017年5月9日火曜日

経済学者の質が急速に低下している?(もしくは最初から高くなかった?)Part1

VOX.EUでおかしな論文を幾つも見掛けたのでそれらをこれから記事の題材にしてみようと思う。VOX.EUとは経済学に関心がある人の間では結構知られているサイトみたいで、経済学者たちが自分たちが書いた論文の内容をお互いに対して簡潔に紹介する活動を行っている。ヨーロッパの経済学者の割合が高く、話題もヨーロッパのことである場合が多いような気がする。今回はたまたま見掛けたtax reform and top incomeという題の論文を紹介(批判)したいと思う。ちなみにこれ以降も原論文はまったく読んでいないので(ないとは思うが)的はずれな批判をしている部分があるかもしれない。だがそれでも主旨が間違っているということに変わりはないように思われる。

Understanding the relationship between tax progressivity changes and pre-tax income inequality has become important following the recent reductions in income tax progressivity carried out in most developed countries.

一行目から、税の累進性と(課税前の)所得格差との関係を調べると宣言している。筆者たちは税率の引き下げ(特に高額所得者に対する)が所得格差を拡大させたと主張しているが、税率が影響するのは(高額所得者の労働時間を急激に増加させるというのでなければ)課税後の所得なのは言うまでもない。

Because of the complex interdependence between income taxation and income inequality, however, the relationship is still not clear.

未だに関係性は分からないと言っているがとっくに分かっている。


(最高税率の引き下げは見掛けの所得格差を拡大させただけというレイノルズの主張をそれと気が付かずにIMFが自らの手で証明してしまうの図)

Analysing the effect of single events puts specific requirements on the statistical methods used. We tackle this challenge by estimating synthetic control groups (Abadie et al. 2010) and complemented it with standard difference-in-difference estimation.

Synthetic control groupsとは経済学の実証で比較的最近用いられるようになった手法で、(誤解を恐れずに言うと)調べたいと思っている対象とよく似た特徴を示すサンプルを幾つか集めてそれをグループにし、例えば今回の場合であれば減税が行われる前と後とで対象とそれらのグループの間に変化が現れるかどうかを調べる。その結果がグラフに示されている。


オーストラリアとニュージーランド、ノルウェーと3ヶ国しか調べられていないのに、(自分が知っている限りでは)オーストラリアと似た特徴を示す国といえば(カナダを除けば)まさにそのニュージーランドぐらいでニュージーランドと似た特徴を示す国といえば今度は逆にオーストラリアぐらいだから本当にまともなsynthetic control groupsを構築できているのか疑問が残る。それ以前に、国レベルでこの手法を適用するのはかなり限られた条件でしか成立しないと思う。実際、筆者たちの紹介している(Abadie et al. 2010)は、カリフォルニア州が実施したタバコ規制に効果があったのかどうかを他の州をsynthetic control groupsとして調べたものだったと思う。

それよりも問題なのはこのグラフの結果自体で、オーストラリアはともかくとしてもニュージーランドのcontrol群もノルウェーのcontrol群もそれぞれの国が税率を引き下げたのとほとんど同時期に所得上位1%のシェアが上昇し始めている。最終的にノルウェーはcontrol群とほとんどシェアが同じニュージーランドに至ってはcontrol群の方がシェアが高くなっている。それ自体はそこまでは問題ないのかもしれないが(コントのようにしか思われないが)、IMFのグラフ(ちなみにIMFでは労組の組織率が所得上位1%の所得シェアと強く相関しているということを示しているワーキング・ペーパーも存在していたと思うが、単なる偽相関だと思われる)と合わせると筆者たちが他の国でも減税が行われたことを見落としたのではないかという考えにくい疑惑が浮上する(もしくはやはりcontrol群の選択に失敗しているのか)。

そして税率の引き下げと成長率には関連があるようには思われないといういつものお決まりのパターンで締めくくっている。


所得上位1%のシェアが拡大した国の方が成長率が高くなっていることを示した論文(実際、オーストラリアはともかくニュージーランドやノルウェーはそうなっている)や最高税率と起業率との間に関係があることを示した論文などは一切無視するのだった。

徹頭徹尾結論ありきのこのような論文を1万2000人もの人が読んでいるというのに未だに無批判に放置されている。

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