2017年5月9日火曜日

経済学者の質が急速に低下している?(もしくは最初から高くなかった?)Part2

前回VOX.EUで読まれていた論文を紹介(批判)したが、今回紹介するのは前回紹介したものよりもはるかにひどい。緊縮が経済にダメージを与えたと主張する内容だが、あまりにもひどすぎるので緊縮反対派への自爆テロなのではないかと疑ってしまうほどだ。今度の論文は3万人近い人に読まれているらしい。それだけ影響力が大きいのに出鱈目ということだ。では見ていこう。

The financial press and many economists have pointed to austerity policies that cut government expenditures and increased tax rates as an explanation for the slow recovery in several European countries (e.g. Blanchard and Leigh 2013, Krugman 2015). Our analysis finds that variation in austerity policies can in fact account for the differences in economic performance, and that these policies are sufficiently contractionary to contribute to increases in debt-to-GDP ratios in high-debt economies (House et al. 2017).

クルーグマンの嘘に騙された被害者たちであることが冒頭から判明する。

緊縮の影響を調べる際には、そもそも緊縮をどのように定義するのかという問題が発生する。筆者たちは政府購入の予測値と実際の値との差を緊縮として定義すると宣言している。これは例えば政府購入が100兆円だとして大不況前にそれが2%のトレンドで増加していたとすると、大不況後もその2%のトレンドが続くと仮定してそれを政府購入の予測値とし実際の値と比較する…というのではなく過去不況が起こった時に財政政策がどのように反応したかをベンチマークとしそれと実際の値との差を緊縮と定義するとしている。政府支出が通常は不況の時に増加しているのに、2008年の大不況の後では増加していないのであれば緊縮と定義するとしている。

そして緊縮とGDPとの関係をこのようなグラフにしている。


このグラフは先程定義された緊縮が行われなかったとした場合のGDPの予測値と実際の値との差の関係を示している(面倒なので過去のベンチマークとの比較であるということはこれからは省略する)。ようするに右端のギリシャは2010年から2014年の間に累積でGDP比9%ほどの緊縮を行いGDPが累積で20%近く減少しているということを示している。赤い丸はユーロを使用しているか為替レートをユーロにペッグしている国で黒い丸はそうではない国だ。

詳細を見てみよう(個別に見ていくやり方は好きではないけど)。(ベンチマークと比較して)ブルガリアはたった4%の緊縮で(馬鹿馬鹿しいことに)GDPが14%も減少している(恐らくは大恐慌並みでは?)。イタリアはたった3%の緊縮でGDPが8%も、スロベニアはたった2%の緊縮でGDPが12%も縮小している(乗数に換算すると6)。ポーランドはたった1%の緊縮でGDPが6%も減少しているし(同じく乗数6)、ベルギーも1%以下の緊縮(ベンチマークと比較するという手続き上の不透明さから考えると誤差の範囲内なのでは?)なのにGDPは4%も減少している。筆者たちは本気でこの結果を信じているんだろうか?逆にアメリカは2%近い緊縮でGDPの縮小は皆無(乗数ゼロ)、ルクセンブルグに至っては1%近い緊縮でむしろGDPが増加している(乗数はむしろマイナス)。他の要因(増税されたかどうか、生産性へのショック、各国の債務比率の増加幅の違い、リスクプレミアムの違い)はすべて調整したので、この結果は緊縮だけによってもたらされたものだと筆者たちは主張している(ちなみに全体で見ると乗数は2だと彼らは言っている)。過去にこれ以上の規模の緊縮は幾度も行われているというのにこれほどの規模で不況になった国が(自分の知る限り)1つもないことを考えると筆者たちの主張は極めて疑わしいと言える。

グラフから分かるようにこの相関関係はユーロを使用しているか自国の通貨を使用しているかどうかにあまり影響を受けていない(これが本当だったら変動相場制の国は為替レートを減価させることによって速やかに不況から脱出することが出来る、自国の通貨を使用していればギリシャみたいにはならない、などと大騒ぎしていた人たちは何だったのか?)。

次に先程までの統計的手法とは異なりどの経路によって経済が影響を受けたのかを具体的に調べるために、筆者たちは国の規模、各国間の貿易のつながり、為替レートレジームなどを組み入れたニューケインジアンDSGEモデルに緊縮ショック、cost of firm creditショック、金融政策ショックを与えてみると現実のデータを非常によく再現できたと主張している。

Overall, the model generates predictions that are very close to those found in the data.

その関係というのが以下のグラフに示されている。


驚くことに見ての通り、データをまったく再現できていない。上段の左端を見ると、点線はベンチマーク(現実の緊縮、借入金利の上昇、各国間の金融政策の違いなどが組み込まれたもの)+ZLB(非負制約、筆者たちは結果にほとんど影響を与えていないと言っているのでおまけのようなもの)だがデータを再現するどころか2008年の金融危機ではむしろ大好況だったと言っている。現実のデータは当然大不況だったことを示している。ベンチマークが現実のデータを再現できていないというのでは話になるはずもなく以降の分析(緊縮さえしていなければ債務GDP比率が上昇することもなかった)もすべて間違いだと言っていいと思われる。実際、下段左端のGIIPS(ギリシャ、アイルランド、イタリア、ポルトガル、スペインを表す造語、PIIGSと呼ばれることに抗議が入ったため姑息に並び方を変えたと思われる)では2008年の金融危機には奇妙な動き方をしているが、それ以降はモデルがデータをある程度再現している。このケースでは緊縮がなかったら(現実のデータとは異なり)GDPがほとんど減少しなかっただろうということが示されているが、この結果もはっきり言って疑わしい。筆者たちは企業の借入金利を調整したと言っているが、GIIPSがドイツやECB、IMFなどに救済されたことは多くの人が知っておりそれがなければ借入金利は遥かに高騰したことが容易に予想できる。ようするに救済後もしくは救済が予想される状況でのデータでは正しい結果が得られることはない。ケインズ派の主張がまともな経済学者からは相手にされることはなくなった現在、「ケインズ派の主張が実際のデータから確認されたことは一度もない」と自らもケインズ派であるにも関わらずそのことを誠実?にも唯一人認めているロジャー・ファーマーの発言の正しさが改めて確認されたようだ。

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