2013年3月31日日曜日

母子家庭の家庭環境がアメリカとスウェーデンで変わらない?Part1

ちなみに筆者はスウェーデン出身。

Krugman fundamentally misunderstands Sweden

by Tino Sanandaji

Paul Krugmanはスウェーデンに感銘を受けたようだ。彼の夢見た理想の社会は1980頃のスウェーデンだという。彼はアメリカを空想の社会へと変貌させようと努力しているみたいなので彼の理想郷を理解する手助けをしたいと思う。不幸にも彼の望んだ結果にはならないだろうが。

Ross Douthatsのコラムに対する応答として彼は「スウェーデンでは半数以上の子供は未婚の両親から生まれてくる。だが彼等はその境遇を苦にしていないように見える。それは福祉が充実しているからだ。我々も同じことが出来るはずだ。だろう?」と述べている。

これはとてもミスリーディングだ。スウェーデンでは家族の伝統がアメリカとは大きく異なる。同棲は社会的に認知され法により婚姻とほぼ同等として扱われている。標準的なスウェーデンのカップル同士は同棲をして子供を作りその後になって初めて結婚する。スウェーデン統計局は以下のように説明している。

「結婚をせずに共に生活することは一般的だった。そしてスウェーデンの子供の大多数は同棲している未婚の両親から生まれてきた。同棲はほとんど結婚と変わらず未婚のまま子供を持つことが受け入れられていた。このような状況にも関わらず多くのカップルは最終的には結婚を選んだ。このレポートで調査した2010の終りまでに共に生活しているカップルのうち73%が結婚を選択し残りの27%が同棲を選択していた。カップルの10%は子供が誕生した時に一緒に生活していなかった。だが大多数のカップルは子供が生まれる前と後でも一緒に生活していた。カップルのうち3%が一度も一緒に生活をすることなく子供を設けた。

だからわずか10%の子供が誕生時に結婚していないまたは同棲していないカップルから生まれたことになる。これでもまだ誇張がある。なぜなら子供が誕生してから同棲を始めるカップルも多いからだ。関心があるのは明らかに2人の親から生まれた子供で伝統的(キリスト教的)な結婚をしているまたは同棲をしているカップルの子供ではない。スウェーデンの子供のわずか3%!しか片親から生まれていない。スウェーデン人は普段の行動が恐ろしく社会保守的なために政治的にリベラルなイデオロギーを保持し続けているのだ。

公平を期すとヒスパニックの子供の半数以上が未婚の両親から生まれてくるといったときそこにも同棲が含まれている。離別や離婚を考慮するとスウェーデンで片親しか子供のいない世帯が全体に占める割合は18.7%だ。アメリカのヒスパニックでは対照的に37%だ。

New York Times自体がこのことを記事にしている。「片親しかいない家族のもとで暮らしているラテン系の子供の割合は2000から6%上昇し38%になった。黒人や白人よりも増加率が高い」と。Krugmanはスウェーデンの片親世帯で育つ子供(私のような)は「その境遇を苦にしていないように見える。福祉が充実しているからだろう」と考えているようだ。これもまた正しくない。アメリカと同様にスウェーデンの片親家族の子供も両親のいる家族の子供と比べて社会的問題を抱える確率がはるかに高い。

「貧困に陥るリスクは片親しかいない子供の方が両親のいる子供よりも3倍以上高い。2009で28.2%、9.1%だ」

中道左派の経済学者Anders Björklundとその共著者はアメリカとスウェーデンの子供を直接比較している。

「我々は家族構成と子供の教育達成度、所得との関係をスウェーデンとアメリカのデータを用いて調査した。アメリカとスウェーデンの比較は両国の家族構成や政策の違いが大きいので興味深いものになる。両国の福祉の違いを要因としてスウェーデンにおいて家族構成は子供に負の影響を少ししか与えない可能性が考えられる。。だが我々は両国の政策や社会的環境の違いにも関わらず家族構成と子供との関連は驚くほど似通っていることを発見した。つまり家族構成は子供に対して負の影響を与えていた」

スウェーデンでもアメリカでも母子家庭の子供の所得は低く大学への進学率も低かった。この結果がどの程度家庭環境自体からよるのか交絡要因によるのかはわからない。両国で片親環境は低い社会資本へとつながり他の社会問題とも関連していた。結局片親しかいない子供の家庭環境は悪かった。

Krugmanは福祉国家では家族が崩壊していても大した問題ではないと考えていたようだ。上で示したようにこれは正しくない。Krugmanは実際の分析ではなく自身の頭の中にある空想のお花畑に依拠しているようだ。

真の問題はKrugmanのようなリベラル派がスウェーデンについての子供じみたファンタジーを信じていることではない。問題なのは彼等がスウェーデンについての表面的な理解にもとづいて急進的な提言をしていることだ。KrugmanのRoss Douthatsに対する返答は従って「多分、我々も同じことが出来るはずだ。だろう?」という(要領を得ない)ものになる。

私にRoss Douthatが何を伝えようとしていたのか言わせて欲しい。彼は何十年に渡る戦いの末、リベラル派は保守派との戦いに勝利したかのように見える(注 大統領選挙が終わった直後のこと)、だがリベラル派はその勝利を一般のアメリカ人に福祉国家を受け入れるように説得する形で手に入れたのではない、仮に選挙民の人種構成が十数年前のままだったとしたらRomneyは地滑り的な勝利を収めていただろう、リベラル派は人口構造と社会的分断という2つの力学により勝利を得たに過ぎないのだと(注 おそらく何のことかわかりにくいと思われるので補足する。ヒスパニック層は民主党に投票する傾向があるといわれている。そのヒスパニック層の総人口に占める割合が上昇したので選挙に対して一定の影響を与えるようになったといわれている。日本の例に例えるなら日本に住む韓国人の人数が増える→(仮に本当に日本の民主党が韓国びいきだとすれば)日本の民主党の支持率が高まる→支持基盤に有利な政策を行う→さらに支持を確保するというまさに普段ネトウヨが妄想している自体が現実にアメリカで起こっていることになる。ネトウヨの妄想が実現した非常に珍しい例といえる。ただしこの結果は非常に流動的なものなので本当に民主党に有利に働くかは定かではない)。

1980のスウェーデンを特徴付けるものは高い最高税率ではなく両親の揃った家族構成をもとにした極めて同質的な社会の方だ。リベラル派の勝利したというやり方では妄想の中のスウェーデンを再現するよりむしろ事態を悪化させるだけに終わるだろう。

UPDATE

Reihan Salamはこの記事に対してコメントしている。

「(*前後の文脈がはっきりしないので意味が取れないが)スウェーデンの社会政策が家族の分離の悪影響を緩和している可能性がある。そして外部の観察者はスウェーデンの福祉国家それ自体が家族を一つにしていると結論を下すだろう」

この点に関してスウェーデン人を祖先に持つアメリカ人を対照群として何らかの結論を出したいと思う。2006-2010の American Community Surveyを用いてこの群の子供を持つ未婚世帯の割合を計算してみた。

スウェーデン人を祖先に持つアメリカ人でこの割合は18.1%だった。これはスウェーデンでの数字と大体同じでアメリカの平均値より下だった。彼等はアメリカで生まれたスウェーデン人を祖先に持つアメリカ人だということを強調したい。よってスウェーデンの福祉国家に影響を受けていない。スウェーデン系アメリカ人がスウェーデンの家族と似たような結果だったことは文化や社会資本が経済政策よりもより重要な要因であることを示唆している。

アメリカ政府の保有資産は1京2800兆円?

Selling Federal Assets

by Alex Tabarrok

Institute for Energy Researchによると連邦政府が保有する石油とガスは1京2800兆円以上に相当するという。私はその数字は楽観的であるのではないかと思っているがそれでも資産の売却を検討してもいいのではないかと思う。

連邦政府の資産は主に石油、天然ガス、石炭などの鉱物、エネルギー資源だ。例えばアメリカは何百万エーカーの土地、何百億バレルの石油を保有している。現在、連邦政府は石油と天然ガスの開発に対して沖合海域のわずか2%、陸上の6%以下を貸し出しているに過ぎない。連邦政府が石油とガスの開発のために開放できる地域は以下になる。

・Arctic National Wildlife Refugeに1兆400億バレルの石油と8兆6000億立方フィートの天然ガス

・外洋大陸棚に8兆6000億バレルの石油と420兆立方フィートの天然ガス

・Naval Petroleum Reserve-Alaskaに896億バレルの石油と53兆立方フィートの天然ガス

・アラスカの外洋大陸棚に2兆5000億バレルの石油

・北極圏の北側の地質区に9兆バレルの石油と1京669兆立方フィートの天然ガス

・コロラド、ユタ、ワイオミング州を流れるGreen Riverに98兆2000億バレルのシェールオイル

これら119兆4000億バレルの石油と2京1500億立方フィートの天然ガスは納税者の所有物だ。石油を1バレルあたり100ドル、天然ガスを千立方フィートあたり4ドルで計算すると石油資源は1京1940兆円、天然ガス資源は860兆円となり合計は1京2800兆円になる。またはアメリカの債務の8倍に相当する。

2013年3月23日土曜日

債務比率が90%を超えても成長率が1%低下しない?

1 Introduction

高い水準の公的債務は成長率を低下させるのか?拡張的な財政政策が例え短期において有効であったとしても長期では成長率を低下させるかもしれない。そして財政政策の効果を部分的、または完全に打ち消してしまうだろう。

公的債務と成長率の関係は低成長率が高い水準の債務を生み出しているのかもしれない(それはやっぱり拡張的財政政策の失敗なのでは)。債務と成長率の間の相関はこれら2つの変数に影響を与える第三の要因によって引き起こされている可能性もある。債務から成長率への因果関係を確立するためには債務に直接の効果を持ち成長率には直接の(または間接的に、ただし債務を経由してのものは除く)効果を持たない操作変数を見つける必要がある。

我々の方針は外国通貨建ての債務の存在を前提にして、為替レートの変動は直接的、自動的な影響を債務/GDP比にもたらすというものだ。従って公的債務の通貨構成に関する詳細なデータを集めそれを2国間の為替レートと照合し為替レートの変動によってもたらされた変動効果を変数として構築する必要がある。

第一に必要とされるのは操作変数の関連性だ。操作変数は内生変数と関連を持つ必要がある。弱操作変数検定の結果、操作変数の関連性が確認された。我々は変動効果が操作変数の外生性を満たしていないことを認識している。変動効果は自動的に為替レートと相関するが為替レートは成長率に影響を与えるかもしれない。変動効果はさらに外国通貨建ての債務の比率と相関しボラティリィティの増加を通して成長率に影響を与えるかもしれない。

だが債務の構成や実効為替レートの変動を制御してしまえば変動効果(変数)が成長率に直接的な影響を持つと考える理由は特になくなる。

我々の用いた除外制約は妥当であると思われるがモデルが丁度識別であるためそれを確かめることが出来ない。そして除外制約は過剰識別モデルでのみ検定できる。そのためKraay (2012)によって開発されたベイジアンアプローチを用いる。

既存の研究は債務が100%を超えた場合に債務と成長率の間の負の相関が強まることを発見している。我々のデータの中でもそのような閾値を調べてみたが構造変化を示唆する強い根拠は得られなかった。我々の結果は他の研究者が用いたより長期で大規模なデータでの閾値の存在を否定するものではない。補足として高債務、低債務でサンプルを分割して操作変数法を用いて回帰分析を行った。低債務の国で変動効果変数を操作変数として回帰分析を行ったところ債務と成長率の負の相関は消滅した。しかし我々の分析は高債務国に対してうまく適合しなかった。そこでFisher’s (1966)のcovariance restrictionsを用いて識別を行ったところ債務と成長率の間に負の相関を見出すことは出来なかった。

2 Addressing Endogeneity

内生性の問題を最も簡単に記す方法は以下になる。成長率は債務の関数だ。

G=a+bD+u (1)

債務は成長率の関数だ。

D=m+kG+v (2)

bは以下のように求められる。

^b=(bρ2v+kρ2u)/(ρ2v+k2ρ2u)

OLS推定量のバイアスは以下になる。

E(^b)-b=k(1-bk)/ρ2v/ρ2u+k2 (3)

kがゼロならばまたはなんらかの偶然によりbk = 1ならば式(3)は不偏推定量だ。kが負かつbk < 1ならばOLS推定量は負のバイアスを持つ。

もちろん内生性を認識しているのは我々が初めてではない。既存の研究は内生性を債務/GDP比のラグ値を用いたり(Cecchetti, Mohanty and Zampolli, 2011)、GMMを用いたり(Kumar and Woo, 2010; Presbitero, 2012)、債務/GDP比を近隣国の平均債務を操作変数とする(Checherita and Rother, 2010)ことで解決しようとしてきた。

これらは有益な第一歩であったが内生性を取り扱うには十分でないと考える。まずラグ変数の使用には問題がある。債務と成長率には持続性(慣性)があるからだ。債務比率の持続性はGMMの有効性を制限する。さらにこれらの階差GMMやシステムGMMは横断面でのサンプルが相対的に少ない場合の扱いに適していない。公的債務を近隣国のもので操作変数とするのには問題がある。大域的なショックと金融面、実物面でのスピルオーバーが存在するからだ。仮にi国の成長率がj国の成長率に影響を持つならばi国の公的債務はj国の公的債務に対する操作変数として用いる事は出来ない。

我々は内生性の問題を外国通貨建ての債務と為替レートの変動との相互作用によってもたらされる変動効果(以下VE)を操作変数とすることによって解消する。

公的債務がN種類の通貨(このNには国内通貨も含む)で発行されている国を考える。さらにDijをi国の発行するj国通貨建ての債務残高とする。eijをi国とj国の通貨の交換レートの対数とする。それからt+1期のi国の公的債務残高の操作変数を以下のものとする。

VEi,t=ΣDij,t(eij,t+1-eij,t)/ΣDij,t  (4)

VEは関連性と外生性を満たす必要がある。まず関連性から議論を始め外生性に戻る。

関連性はVEと債務/GDP比率に自動的な関係があることから保障されているように思われるかもしれない。しかしVEは外国通貨建ての債務が存在しない国かまたは非常に安定した為替レートを持つ国があれば話はややこしくなってくる。対象が新興国だけだったらこれは問題にならなかっただろう。OECD加盟国では関連性が問題になるかもしれない。

表1に各国のVEを示す。VEはフランス、ドイツ、日本、オランダ、アメリカでほぼゼロに近い。残りの12国ではVEの分散は0.15%から1.89%の間にある。全体の分散はほぼ1%だ。各国間の分散は0.26%で国内での分散は0.94%だ。

この値がVEが公的債務に対する操作変数として妥当かどうかは適切なテストを通して判断されることになる。それは次の章に持ち越すとしてここではVEのラグ値と公的債務残高に相関があることを示す。

VEのラグ値の1%ポイントの増加は債務/GDP比率の1.5%ポイントの増加につながること示す(図1)。結果は日本をサンプルから除いた場合でもほとんど変わらず(図2)、外国通貨建ての債務が非常に少ない5つの国をサンプルから除いた場合に少し強くなる(図3)。すべてのケースで係数は正で1%の水準で有意だ。

次に外生性に移る。我々のモデルは丁度識別なので除外制約の妥当性をテストすることが出来ない。よって妥当性を論理的に示す必要がある。VEが成長率に影響を与える2つの潜在的な経路があると考えている。第一にVEは外国通貨建ての債務と相関している。その外国通貨建ての債務が今度は景気反循環的な政策実行能力を低下させるかもしれない。そしてボラティリティの増加が成長率を低下させる可能性がある。

第二にVEは債務比率で加重平均した(貿易比率ではなく)実効為替レートだということと関係している。比率が違うといってもVEが貿易比率で加重平均した実効為替レートと相関する可能性がありうる。それが今度は成長率に影響を与えるかもしれない。

仮にVEが成長率に影響を与える経路がこの2つしかないのであれば外国通貨建ての債務の比率と実質為替レートの水準を制御すれば直接的、間接的(公的債務を経由するものを除いて)な影響を取り除くことが出来る。言い換えれば我々の除外制約は債務構成と実質為替レートの水準を制御する限り妥当であることが示される。

その他にVEが成長率に影響を与える経路を我々は認識しないが除外制約の妥当性に異議を唱える人もいるかもしれない。それ故、ベイズ流に操作変数に対する信頼区間を構築する。

目標はCecchetti et al. (2011)の結果を出来る限り忠実に再現することにある。これは1980-2005の18のOECD加盟国を調査したものだ。数ヶ月に及ぶ探索の結果18のうち17の国のデータを入手することに成功した。次の章で彼等の結果をすべて再現できたことを示す。

3 Debt and Economic Growth: Causation versus Correlation

公的債務が成長率に与える影響を調べるためにCecchetti et al. (2011)の研究をなるべく忠実に再現する。以下の回帰式を推計するため5年間の重複期間成長率を用いる。

GROWTHi,t+1,t+6=αYi,t+β(Debt/GDP)i,t+γ'Xi,t+μi+τt+εi,t (5)

Yは1人あたり実質GDPの対数値でμiとτtは国と年度の固定効果を示す。Xitは制御変数の行列でGROWTHは%表示での1人あたり実質GDP成長率の平均値だ(i.e., GROWTHi,t+1,t+6=(Yi,t+6-Yi,t+1)×100/5)。

この分野で重複した期間を用いるのは標準的ではないのは認識している。しかし17ヶ国のサンプルで重複しない期間を用いるのは効率性の面で大きなコストとなる。重複期間を用い誤差項に組み込まれた移動平均構造を修正することに最善を尽くす。さらに重複しない期間を用いても同様の結果が得られることも(ただしかなり弱くなる)示す。

3.1 Baseline estimations

まずGDP成長率を公的債務比率のラグ値、1人あたり初期GDPの対数値、貯蓄率、人口成長率、平均就学年数、貿易依存度、インフレ率、従属人口比率、銀行危機ダミー、流動負債/GDP比率に回帰する。これがベースラインとなる。

表2の列1に示すように債務比率の10%ポイントの上昇は0.18%ポイントの成長率の低下につながる。これはCecchetti et al. (2011)が示した0.17%ポイントに非常に近い値だ。公的債務の係数は1%水準で有意だ。サンプルにわずかに違いがあるとはいっても基本となるモデルの結果は彼等のものとほぼ同一だ。

債務比率をL.VEで操作変数とした場合に第一段階の回帰式で操作変数と公的債務に強い正の相関があるのを確認した(表2の列2に示す)。興味深いことに列3の第二段階の回帰式では債務は有意ではなくなり係数の符号も負から正となった。

有意性が消滅したのは操作変数法が有効でなかった可能性もあるが符号の変化は大きな負のバイアスがOLS推定量にあったことが明白だ。これは成長率から公的債務に負の関係がある場合にまさに我々が予想した結果に他ならない(前章でのk<0のケース)。

表2の下段に過小識別検定と弱操作変数検定の結果を示す。Kleibergen-Paap LM統計量とWald統計量は過小識別の帰無仮説を棄却する。よって我々の操作変数は階数条件を満たす。Kleibergen-Paap F testは9.2となる。これはStaiger and Stock (1997)の経験則である10に近い値だ。そしてStock and Yogo (2005)の5%と15%の最大バイアスの間にある。弱い操作変数の存在に関する最大バイアスは10%より大きく15%より小さいと思われる。Angrist and Pischke (2009)は弱い操作変数に伴うバイアスは我々のもののように丁度識別のモデルでは小さい傾向があることを示している。そしてバイアスは操作変数と内生変数の相関が0.1よりも大きい場合に消えることを示した。

さらにMoreira’s (2003)の条件付尤度比検定(CLRT)を用いて弱い操作変数の存在下で有効な信頼区間を構築した。操作変数法での信頼区間とCLRTの信頼区間を比較して後者がより広く(-6.8、7.4に対して-5.31、19.39)、右にシフトしていることが分かった。弱い操作変数の存在により操作変数法の推定量はOLS推定量の側へバイアスが掛かるかもしれないのでこれは驚きではない。これも我々の推定結果(債務が成長率に影響を与えるという根拠がない)により自信を深める理由だ。

ここまでは通貨構成と為替レートを制御していなかった。表3に基本となるモデルに外国通貨の構成と(貿易比率で加重平均した)実質実効為替レートを加える。さらに通貨構成のラグ値と実質為替レートのラグ値を加える。

まずOLS推定の結果は債務と成長率に関して負で有意の相関を示す。債務比率の10%ポイントの増加は0.15%ポイントの成長率の低下につながる。係数は1%水準で有意だ。予想したように外国通貨建て債務と為替レートの増加は成長率と負の相関を示している。

列2の第一段階の回帰式はL.VEと債務比率との間に強い正の相関があることを示している。Kleibergen-Paap LM統計量とWald統計量は表2よりも大きく過小識別を5%水準で棄却している。Kleibergen-Paap first stage F testは16になった。Staiger and Stock (1997)の経験則を大きく上回り、Stock and Yogo (2005)の最大10%バイアスの閾値にほぼ等しい。第二段階では公的債務の係数の符号は変化しさらに有意ではなくなった(表3の列3)。前回同様内生性を制御すると債務と成長率の負の相関は消滅した。点推定の結果(2.05)は有り得ないほど大きいように思われる。だがt値は0.5で係数は有意からはほど遠い。今度もCLRT信頼区間は右にシフトし操作変数法での信頼区間よりも広くなった。

OECD加盟国において債務から成長率への関係は示唆されなかったことが表2と表3で示されたと強く信じる。既に述べたようにこの結果は弱い操作変数の存在により引き起こされたのではない。残った問題を以下で取り上げる。

3.2 Weak Exclusion Restrictions

L.VEは成長率に影響を与えないというのが推定の鍵になっている。モデルは丁度識別なのでこの制約の妥当性を検定することが出来ない。代わりにKraay’s (2012)のベイズアプローチを用いてこの除外制約を緩めた場合にどうなるかをテストする。

彼の方法論を示すために式(1)に戻る。(G)は(D)の関数だ。(D)は内生性を持つのでE(D,u)≠0となりOLS推定量はバイアスを持つ。(D)と相関し(u)と相関しない変数(Z)を見つけることが出来れば対象とする構造パラメータを得ることが出来る。しかしE(Z,u)=0は満たされるとは限らない。

E(Z,u)=0の仮定を緩めE(Z,u)の分布にゼロが含まれるようにする。精度を犠牲にする代わりに構造パラメータの識別を可能にする。彼の方法は除外制約の妥当性に関する不確実性を構造パラメータの推定の精度に関する不確実性へと移し替えて定量化する。

彼は誘導型の誤差項と操作変数間の相関についての事前分布を除外制約の妥当性についての事前の不確実性を近似するものとして用いる。特にφを(-1,1)の範囲にある一様分布のランダム変数として、1/ηを除外制約の妥当性についての不確実性の度合いとする。事前分布は以下で求められる。

g(φ )=(1-φ 2)η (6)

事前の不確実性はη=0の場合に最大になる。ηの値が増加すれば不確実性は減少する。η=5の場合にg(φ)が(-0.46,0.46)の範囲にある事前確率が90%になる。η=100でg(φ)が(-0.12,0.12)の範囲にある確率が90%になりη=500でg(φ)が(-0.05,0.05)の範囲にある確率が90%になる(η=1000の場合に90%信頼区間は-0.04-0.04になる)。

彼はサンプリングによって事前の不確実性を構造パラメータの事後の周辺分布へと移し替えることが可能なことを示した。彼のシミュレーションによると中程度の事前の不確実性でさえパラメータの精度に大きな影響を及ぼすことが分かった。驚くべきことに精度の低下は操作変数の関連性が高いかつサンプルが大きい場合に大きくなることを彼は示した。言い換えると操作変数の関連性が高いほどモデルの特定化の誤りが大きくなることを示した。

除外制約に関する仮定を大幅に緩めた場合、信頼区間は非常に広くなることが分かった(表4)。特にη≦10の場合(90%の確率でg(φ)が(-0.34.0.34)の範囲にある)で、信頼区間は操作変数法の場合(g(φ))と比べて5倍大きくなる。η=100の場合、信頼区間は操作変数法の場合よりわずかに大きい範囲に留まる。

3.3 Other Robustness Checks

(省略)

4 Looking for thresholds

今度は公的債務と成長率の関係に閾値があるかを確認する。Reinhart and Rogoff (2010a,b)は公的債務がGDPの90%を超えた場合に成長率の中央値が1%低いことを示した。さらに平均値が4%低いことも示した。Cecchetti et al. (2011)は債務の水準と背成長率の間に明確な関係を見出せなかったと報告しているがそれはサンプルが小さかったからだろうと示唆している。

彼等はDΨを債務比率がΨを下回った場合に1を取るダミー変数と定義しΨの範囲(50,120)に対して以下の回帰式を提示した。

GROWTHi,t+1,t+6=αyi,t+γXi,t+φDΨi,t+β1{(Debti,t/GDPi,t)×DΨi,t}+β2{(Debti,t/GDPi,t)×(1-DΨi,t)}+μi+ τ t+εi,t  (7)

次に彼等は尤度比検定を用いて式(7)に最もよく適合する閾値を探し出し閾値周辺の信頼区間を求めた。その結果閾値は96%と推定された。

(途中省略)

ここで行える方法として閾値の値を様々に変化させてβ1とβ2を比較することが出来る。図11の上段の実線は50-120の範囲の閾値に対するβ1の点推定の結果を描写している。実線は非常に安定していて大抵の範囲で有意だ。下段はβ2の点推定の結果を描写している。これも安定していて全範囲で有意だ。

β2の方がβ1より正確に推定されているが2つの係数に大きな差がないことが図11から確認できる。実際、債務比率が50%を下回る場合(図10の上段の最初)と債務比率が120%を上回る場合(図11の下段の最後)で点推定の結果は同じだ。

2つの係数が互いに有意に異なるのかテストしてみた。図12の実線は債務比率が80%を下回る場合にβ1はβ2より大きい傾向があることを示している。80%を超えると関係は逆になる。点線は係数の有意差に関するp値を描写している。点線は差がほとんど有意にならないことを示している。この結果は真のテストとはいえないものの閾値が存在しないかもしれないことを図12は示唆している。

Reinhart and Rogoff (2010a)は閾値の存在に関する操作変数を見つけることは困難だと述べている。我々もそれに同意するがそれでもなお行ってみる。1つの閾値に対して2つの内生変数があるので2つの操作変数を必要とする。原則としてL.VEが債務に強く相関するならばL.VE×DΨはDEBT×DΨに対する操作変数になり得る。そしてL.VE×(1-DΨ)はDEBT×(1-DΨ)に対する操作変数になり得るだろう。問題はこれらの操作変数は債務の成長率に与える効果を識別出来るほど強力ではないかもしれないことだ。

表12の第一段階の回帰式は低水準の債務に対して操作変数がうまく機能していることを示している。よってサンプルを分割する。まずOLSから始める。低債務のサンプルでは係数は負であるものの有意ではなかった(表13の列1)。列2の第一段階の回帰式では操作変数法は期待された符号を示したが有意ではなかった。過小識別検定の結果により操作変数は階数条件を満たしているがF検定の結果から操作変数の関連性は低いかもしれないことが判明した(しかし丁度識別のモデルでは弱い操作変数の存在は大きな問題にならないかもしれないことに留意する必要がある)。列3の操作変数による回帰式では係数は正で有意でなかった。列4-6で操作変数なしで推定してみた。結果は列1-3と同一だった。

表14では表13の実験を債務がGDPの90%を超えた事例に絞って繰り返してみた。予想したように操作変数が弱く結果は無意味だった。

表14で注目なのはOLSでさえも係数が有意でなくなったことだ(列1)。これは自由度が十分でなかったからかもしれない。またはサンプルがプール可能でなかったからかもしれない。列4に制御変数を減らして自由度を増加させた場合の結果を示す。係数は表2と表3のものに近くなり10%水準で有意になった。

5 An alternative identification strategy

操作変数法が高債務国に対してうまく機能しなかったので他の方法を用いる。式(1)と式(2)の単純なモデルに戻って操作変数を加える。

G = a + bD + γTPGROWTH + u (8)

D = m + kG + v (9)

TPGROWTH(注 trading partner growthのことと思われる)は債務式の中に含まれていないので成長率が債務に与える影響は識別することが出来る。しかしさらなる仮定なしには我々の知りたいbは推定することが出来ない。

だがFisher (1966)が示したようにuとvが真の構造ショックであれば(つまりE(u,v)=0)、式(8)や式(9)のようなモデルはkとbともに識別することが出来る。彼はこれを共分散制約と呼んだ。Hausman and Taylor (1983)は共分散制約が操作変数型の表現型を持つことを示した。Hausman, Newey and Taylor (1987)はaugmented三段階最小自乗法(a3SLS)を提案した。

この方法は滅多に用いられない。実装が面倒だからだ。だがShapiro (1987)は丁度識別の2つの方程式体系ではa3SLSの実装は4つの単純な過程として構成できることを示した。第一段階はGをTPGROWTHに回帰することから始まる。そして^Gを得る。第二段階ではDを^Gに回帰して^kを求める。そして^vを求める。今までの構成から^vはDと相関し仮定からGと無相関となる。従って^vをDの操作変数として用いることが出来る。第三段階ではDを^vに回帰して^Dを得る。第四段階でGを^Dに回帰してbを推定する。

よってuとvを真の構造ショックと仮定して成長率の操作変数を見つけることが出来れば債務が成長率に与える影響を識別することが出来る。Panizza and Jaimovich (2007)は貿易相手国の加重平均されたGDP成長率から構成される外生的ショックは成長率の良い操作変数となることを示した。彼等は外生的ショックを以下のように定義した。

JPi,t = EXPi/GDPiΣφ ij,t-1GDPGROWTHj,t (10)

GDPGROWTHj,tはj国のt期の実質成長率を示す。φij,tはi国からj国への輸出の割合を示す。EXPi/GDPiはi国の平均輸出比率を示す。

操作変数JPが年率の単位ではうまく機能することが判明しているもののより長い期間では機能する保証がない。よってJP(t+6,t+1)と等しくなるように変数TPGROWTHを作成しTPGROWTHが5年の成長率に対して良い操作変数となるのか回帰分析を行う。分割しないサンプルに対して結果は芳しくなかった(表15の上段の列1)。TPGROWTHは有意ではなく表14の最初の列のテストにすべて不合格だった。

債務比率が90%を下回ったサンプルに対してTPGROWTHの係数は10%で有意で過小識別の帰無仮説を棄却した。だがその符号は予想していたものと逆だった。点推定の結果は貿易相手国の高い成長率はi国の成長率を減少させていると示唆しているように見える。これは正しくないだろう。

高債務国では結果が改善する(表15の上段の列3と列4)。90%以上の債務比率では係数は正で有意となり許容可能なF検定の結果を得た(とはいえまだ低いが)。

サンプルを90%以上の債務比率に限定することの問題点はわずか90の観測値しかなくなることだ。そこで閾値を80%にしてみたが(119の観測値になる)操作変数の係数は未だ正で有意だった(列4)。過小識別検定と弱操作変数の問題は行3のものよりも悪くなったがAngrist and Pischke (2009)の基準によればまだ許容可能だ。閾値をさらに下げた場合では操作変数は最早機能しなかった。

表15の上段の結果にもとづいてHausman, Newey and Taylor’s (1987)の三段階最小二乗法を適用してみた。表15の下段の列1には債務比率90%以上のOLSの推定結果を示す。表14と同様に係数は負でしかし有意ではなかった。三段階最小二乗法では正で有意であることが分かった。(このケースでは)係数が有意であったことにそれほど大きな意義を持たせたいのではない。しかしこの結果は表2と表3での結果と完全に整合的であることを強調したいと思う。OLSでは債務と成長率に負の相関があったが操作変数法では逆だった。

表15の下段の最後の2列にサンプルを債務比率80%に拡大した場合での結果を示す。OLSでは係数は負で有意で(列3)、三段階最小二乗法では有意ではないものの正だった。

適切な操作変数を発見することは困難で特に閾値の存在に対する操作変数を見つけることは難しい。だが我々は閾値の効果が以前考えられていたほど強くはないという根拠を発見した。さらに債務水準が低いサンプルに対する適切な操作変数と高債務のサンプルに対してうまく機能する戦略を求めた。そしてどちらも債務が成長率に影響を与えるという根拠を示さなかった。

6 Conclusions

ここでの結果は現在の論争に対して重要な意味を持つと信じている。不況期であっても緊縮を行う多くの良い(または悪い)理由があるだろう。ここでその議論に立ち入りたくはない。しかし先進国で高債務が成長率に影響を与えるという根拠を得ることは出来なかった。よって現在の我々の知識では債務と成長率の関係は財政再建の議論への支持として用いるべきではないと考える。

債務と成長率に負の相関を発見することが出来なかったからといってこれはどんな水準の債務でも維持できることを意味しない。持続不可能となる債務の水準が間違いなくある(例えば利払いがGDPより大きくなった場合など)。またはデット・オーバーハングが効果を発揮する債務比率に達した場合など。ここでの結果が示したものは先進国は債務が成長率に対して負の効果を持ち始める閾値をまだ下回っていることを示唆しているように思われるということだ。

2013年3月16日土曜日

債務比率が90%を超えると成長率が1%低下する?

要点だけ箇条書きしました。後で追加します。

I. Introduction

・26のケースで成長率は平均1.2%下落した
・それぞれの成長率は2.3%対3.5%
・高債務期の平均期間は23年
・累積損失は膨大
・産出水準は四分の一低い
・長期の関係なので高債務→低成長が一時的な現象ではないことを示唆する
・今回の方法では戦間期と平常時または金融危機とを区別する
・高債務期と実質利子率との関係も示す
・26のうち11のケースで実質利子率は低いか変わらなかった
・高債務の弊害が利子率上昇を通して伝わるのには時間がかかるのかもしれない

II. Preamble: Varieties of Debt Overhangs
・政府債務に焦点を充てているとはいえ民間債務を無視するのは問題
・暗黙の債務もある
・これらすべて低成長をもたらす可能性がある
・高債務は例えば課税の歪みや政府投資の減少を通じて低成長につながる
・高債務→デフォルトの危険が高まることにより問題は複雑になる
・不確実性は利子率を引き上げ(課税の歪みと加えて)投資活動を不活発にする
・債務に直面した家計は支出を切り下げ総需要を通して成長を低下させるだろう
・金融抑圧により政府の借り入れコストを低下させるなら、結局は同様に成長を阻害するだろう
・外部からの借り入れは問題を急激にする
・債務を減少させるのに用いる手段が限られているからだ
・インフレーションや金融抑圧が実行できない
・債務の種類の違いによる相互作用は複雑であまり理解されていない
・例えば民間債務はしばしば政府のバランスシートに吸収される
・最近アイルランドで起こった例だ

2.1. Public debt
・表1に1900-2011の先進国、発展途上国合わせた70の国の平均債務/GDP比を掲載する
・低成長と関連する閾値は先進国、発展途上国ともに依然述べたように90%
・22の先進国の2011年平均はすでに90%を超えている
・これらの国はデット・オーバーハングに陥っている

2.2. External debts: Public and Private

・表2に政府と民間のグロスの債務を示す
・相互作用は外部債務の方が急激だ
・以前示したように民間の債務は危機時に政府債務に取り込まれている
・ヨーロッパ諸国の先導により2000以降の外部債務は先例のないほど急激に上昇した
・以前の研究では新興諸国の外部債務の閾値は60%
・だが先進国では同様のデータはない
・以前の研究で先進国の外部債務の閾値も政府債務と同じ90%であることを示した
・ヨーロッパ全体で民間と政府の外部債務は既に90%の閾値を二倍超えて不確実性の源となっている
・これはユーロ間の債務も外部債務と見做したからだ。一次の近似としては正しいが債務を少し過大視している可能性がある

2. 3. Private Domestic Debt

・表3に民間の国内信用を示す
・主として銀行融資
・簡単に比較するにはわかりやすいが不完全な方法であるのに留意が必要
・表4に民間レバレッジの測定方法を示す
・危機前の国内信用の上昇は外部債務のパターンと酷似している
・これは国内信用の上昇と資本流入が結びついているので驚きではない

2. 4. Summary

・現在先進国が直面している政府、民間、国内、海外債務の範囲と規模は先例のないものに達している
・なので過去から得られた高債務と低成長の関係は現在にあてはめた場合に危機を過小評価している可能性がある

IV. Features of Episodes of High Debt

・民間債務を組み込んだより広い概念のデット・オーバーハングと国内、海外債務の区別する
・まず政府債務に焦点を絞る
・政府債務のデット・オーバーハングをGDP比90%以上を5年間越えた場合と定義する
・1800から22の先進国の26回の事例を調べる
・これには現在展開中の危機の事例は含めない
・しかしギリシャ、イタリア、日本は含める
・危機の開始が1993、1988、1995だから

1. The episodes

・表1と2にデット・オーバーハングの基準を満たした事例を掲載する
・表2に高債務ではあるが短期間で済んだ1930年代の事例を載せる
・22の先進国のうちデット・オーバーハングに陥らなかったのは9カ国だった
・残りの13カ国は一度以上経験している
・1列目はサンプル国
・次の6列は実質成長率平均、実質短期利子率、実質長期利子率
・それぞれに対して債務/GDP比が90%以下と以上の平均を示してある
・列9に90%を超えた年数の割合を載せる
・例えば1848から現在までのうち56%でギリシャの債務は90%を超えている

・表1は10年以上続いた例に充てられる
・個々の国に関してその国に別の危機があったかどうか表2と照らし合わせる
・その次から最後の行までに個々の事例の期間を載せる
・コメント欄にその債務がどのように発生したと思われるのか(銀行、インフレーション、為替変動、債務)述べる
・可能であれば債務と利子率のピーク水準とその他の関連する出来事があったか示す(デット・コンバージェンス、金融抑圧)

2. Causes and duration

・多くのケースで戦争が原因になっている
・WW2とWW1で集団を形成している
・歴史的高債務国のギリシャとイタリアは第一集団を形成(56%と48%)
・少し驚きなことにオランダとイギリスはほとんどない(3%と2%)
・これはナポレオン戦争が原因
・兌換制の前にはインフレーションや金融抑圧はWW2後ほど頻繫ではなかった
・金本位制の時代には負の実質利子率を通した政府債務の清算は簡単には実行できなかった。
・19世紀には債務を削減するには長い時間が掛かったことを意味する
・19世紀にはその他の方法が用いられた
・債務の支払と削減を容易にする移転があった
・オランダはインドネシアから債務削減のための収入を得ていた
・さらには金融抑圧を伴った利子率制限があった
・平和時の高債務集団はベルギー、カナダ、ギリシャ、アイルランド、イタリア、日本がある
・短いのはカナダ、アイルランドで8-11年
・日本の巨額の債務は1991年の銀行危機を起源にもつ

3. Public debt overhang and slow growth, with and without interest rate drama

・課税の歪み以外で、教科書では公的債務と成長の関係についてリスクプレミアム経路を強調している
・高債務によりリスクプレミアムが増加し長期実質利子率が増加する
・最近の研究が示すように債務と成長率の関係は非線形で同様に債務とリスクの関係も非線形だ
・急激な実質利子率の上昇は投資や非耐久財の消費、住宅投資にとって悪い影響をもたらす
・公的債務が90%を一度でも超えた国であっても90%を下回った期間の実質成長率の平均は3.5%だった(つまり回復した?)
・高債務期は2.3%
・中央値は2.1%
・しかし例外が3つあった

・表1と表2に国ごとの成長率と利子率の違いをまとめる
・図表1と図4に期間ごとの詳細を示す
・図表1は2行2列
・上段は高債務期でも成長率が高かった国
・下段は低かった国
・右の列は低利子率
・左の列は高利子率
・真ん中は高債務と低債務の間で利子率に変化がなかった
・教科書のリスクプレミアム経路で予想されているように高い実質利子率は高債務期で一般的だ
・だが図表1が示すように無視できない期間で低成長と低利子率期が並存している
・教科書ではこれは説明されていない
・さらに高債務期において平均利子率が最も上昇した事例と成長率が最も下落した事例には関連がほとんどない
・(ようするに利子率と成長率にあまり関連が見られない)
・図4にこれを示す
・左のパネルは成長率の差分を示す
・図4の上部においてベルギーのWW1後6年間の高債務期は再建期のブームもあって3.7%とそれまでの平均を上回っていた
・戦後のインフレが大幅な実質利子率の低下をもたらした(-8%)
・WW2後6年間の高債務期の成長率は軍の展開があったので低かった(さらに都市全体を再建する必要がなかった)
・現在の状況と関わって来るのは平時の高債務が密接に低成長と結びついていて実質利子率と関連がないことだ

4. The cumulative effects of debt overhangs

・低成長の累積的影響を簡単な数値例で示す
・ベースラインシナリオでは実質成長率を3.5%とした
・23年後には100から221になる
・もう一つのシナリオでは2.3%とした
・23年後に100から169になる
・ベースラインに比べて24%低い

V. Conclusions

・省略

2013年3月7日木曜日

構造改革は(やっぱり)インフレ対策ではなかった?

Globalization and Global Disinflation

by Kenneth Rogoff

過去10年、世界のインフレ率は30%から4%に低下した。中央銀行の努力によるところが大きいだろう-中央銀行の独立性の強化、保守的な中央銀行、コミュニケーションの向上など-。さらに高いインフレを構造問題、財政問題に対処する手段として用いることは間違っているという認識が政治家や民衆の間に広まったことも大きいだろう。中央銀行はインフレ率の低下に貢献しているだろうがしかし本当にすべて彼等の力だろうか?ディスインフレの環境に恵まれたのではないのだろうか?この好環境は将来にわたってこのまま保持されるのだろうか?財政規律の強化や生産性の向上はそのような環境要因(として挙げられるもの)の一例だ。ロゴフはそれらの代わりにここでは財市場、労働市場における競争の激化、規制緩和、政府の役割の縮小に焦点をあてたいと思う。

競争により価格は低下する傾向があるのでグローバル化、規制緩和、政府の役割の縮小等が織り成す相互作用はインフレ率に直接的な影響をもたらすはずである。だがここでは競争の影響は政治経済学的過程を通して長期のインフレ率のトレンドに影響を及ぼすことを述べたいと思う。競争は物価水準を低下させるのみでなく価格(と賃金)をより流動的にする。結果として予想されない金融政策の効果は小さくなりさらに一時的なものになる。よって中央銀行にとってインフレを起こす動機は小さくなり政治家にとって彼等に圧力を掛ける意義も小さくなる。同様に重要なこととして産出と雇用は競争の厳しいところでより高くなる。これもまたインフレを起こそうとする動機を小さくする。これら圧力の低下により中央銀行への信頼性は高まりインフレ率は低下する傾向を見せるだろう。

先進国でのインフレ率の低下はよく知られている。1980年代の前半以降にインフレ率は9%から2%にまで低下した。これに比べてはるかに知られていないのは途上国でのインフレ率の低下で1980-84の31%から2000-03には6%以下まで低下した。90年代の前半にラテンアメリカのインフレ率は230%、移行経済のインフレ率は360%、アフリカのインフレ率は40%だった。これら3つの地域の平均インフレ率は2003に一桁になると予想されている。

平均インフレ率の低下だけでなく例外的に高いインフレ率も同様に消滅した。アルゼンチンの物価水準は1970年代から100兆倍になりブラジルは1000兆倍、コンゴ共和国は1京倍になった。現在では184のIMF加盟国のうちわずか3ヶ国-ミャンマー(40%)、アンゴラ(75%)、ジンバブエ(400%)-が40%の閾値(多くの研究者が実際にインフレの損害を確認できた閾値)を超えたに過ぎない。20%を超えたのは11ヶ国で30%を超えたのは6ヶ国だ。この水準のインフレ率は未だ問題ではあるものの10年前と比較してはるかによくなっている。

インフレ率低下の要因としてまず財政規律から順に焦点をあてていく。貨幣の発明以来、直接的間接的を問わず政府債務のファイナンスに対する圧力はインフレの最大の動力だった。しかしだからといって財政規律の改善が近年のインフレ率の低下をもたらした最大の要因かどうかはまったくといっていいほどはっきりとしていない。ラテンアメリカとアフリカでプライマリーバランスが改善したことは事実だ。しかしその他の地域では傾向ははっきりとしない。先進国ではプライマリーバランスは最近また悪化するまでは改善したが高齢化の影響による長期の財政の見通しまで考慮すれば全体像はよくてまちまちだ。他の多くの新興国や発展途上国では政府債務は過去15年で所得比に対して大幅に増加した。

次の章ではディスインフレに貢献したとよく引き合いに出される世界的な生産性の動向について述べる。結論を言えば生産性に関する話はアメリカの90年代後半からの話には適合するものの他の地域への一般化(例えばヨーロッパへの)は明白からは程遠い。

I. THE NEAR UNIVERSAL FALL IN INFLATION

A. Global inflation trends

一つか二つでも高いインフレまたはハイパーインフレの国があればその地域の平均を歪めてしまうのでここでは国毎にデータを分解する。分解は二通りの方法で行う。表2に1992のインフレ率がゼロを下回ったか10%を超えた国すべてを掲載する(または2003に予想されている国)。この表からはインフレ率がゼロから10%の間の国は除かれてある(ただし1970-2003期間のすべての国のインフレ率をAppendix table A1に掲載してある)。1992には44の国のインフレ率が40%を超えていた。その半分以上は移行経済が占めていたもののその他はすべての地域から満遍なく構成されていた。2003には先程述べたように3つの国だけが40%のインフレ率を超えている。


どちらかといえば現在では高いインフレ(40%超)よりもデフレーションの方が直面する事態となっている。CPIのよく知られた上方バイアスを考慮すれば(新製品バイアス、アウトレットバイアス等)、さらにバイアスを考慮してデフレーションを0.5%か1%で定義すればデフレは大きなカテゴリーを占める(図1に示す)。


図2a-2bにより長い時間軸での各国のインフレ率を示す。黒い太線はインフレ率がゼロから10%の間の国の割合を示す。ラテンアメリカでは1980の10%以下から2003にはほぼ80%にまで上昇している。中東では1980には33%だったが2003にはやはり80%に達している。アジアでは20%から70%に上昇している。高率のインフレ率はこの逆パターンだ。

B. Persistence

もちろん比較的限られた期間のデータから多くを語ることは出来ない。例え十年の期間であってもだ。歴史の語るところによるとインフレのサイクルは非常に長期にわたることが知られている(図3に示す)。


II. FACTORS UNDERPINNING THE GLOBAL REDUCTION IN INFLATION

60年代や70年代の中央銀行は悪いケインズ理論に支配されていた。70年代や80年代の大インフレはマクロ経済学教育の失敗の副産物だ。インフレは中央銀行のコミュニケーションと技術の問題だというのが80年代には意識されるようになってきた。しかしおそらくこの見方は過去(60年代、70年代)の政策当局者の能力を過小評価しすぎで現代の政策当局者の能力を過大評価しすぎだろう。

私は中央銀行制度や政策当局者の能力が改善したという意見にほぼ賛成するがインフレが世界のいたるところで低下したこと(弱い制度、不安定な政治情勢、人材不足の中央銀行等の国でも)を顧みればその他の要素も大きな働きをしたと考えられる。中央銀行の独立性が世界的に上昇したことは事実なので通説的見方にきちんとしたコアがあることも事実だろう。

A. Greater Central Bank Independence

世界的なディスインフレと金融政策体制との関係を描写するには為替相場制度とインフレのパフォーマンスとの関係を見るのが分かりやすい。

図4に“Natural Classification Scheme” of Reinhart and Rogoff (2004)にもとづいて為替相場制度を5つに分類する。おおまかにいうとこの分類法は為替制度を政府が公表している形でではなく実際の為替相場の変動にもとづいて分類している。図は為替制度をペッグ、制限された変動相場制、管理フロート制、完全変動相場制、通貨危機と分類している。制限された変動相場制と完全変動相場制がインフレに関して最も成績がよい。ただ通貨危機を除いてその差は比較的小さい。


図5に示すように主要な経済圏や地域でグループ分けを行っても同じ結論が得られる。完全変動相場制と管理フロート制のほとんどの国のパフォーマンスは似通っているのでインフレ安定化の万能道具のようなものはないという見方に支持を与える。

注16 ペッグ制度が途上国で相対的によい結果を示しているのは驚きではない。特に図5にあるようにペッグ制度崩壊の後の高インフレ率はペッグ制度以外に振り当てられるからだ。

B. Tighter Fiscal Policy

90年代以降多くの国の財政状況は改善してきた。表5にあるように先進国の平均プライマリーバランスは1990-2002に2.8%となり1970-1989の-0.1%から改善していることがわかる。この図は過去2、3年を除けばさらに改善する。新興国と途上国も同様の改善を見せる。ラテンアメリカの各国は平均-0.1%から1.3%に改善した。アフリカの各国は1990-2003も-1.6%の赤字だ。だが90年代以前の-3.4%から見れば改善している。

もちろん財政赤字または債務の増加にも関わらずインフレ率が低下している例が豊富にある。インドは継続的にGDPの10%の財政赤字を示しているがそれでもインフレ率は低下している。日本は継続的にGDPの6-7%の赤字を示し債務/GDP比率は150%を超えているがデフレを経験している。もっと一般的にReinhart, Rogoff, and Savastano (2003)は過去15年に多くの新興国と途上国は債務を大幅に積み増していることを示した。金融抑圧からの解放、関税収入の低下、高い財政赤字がこのトレンドの背景にある。それでもこれらの国のインフレ率は低下している。

C. Productivity Growth and the Technological Revolution

ディスインフレーションに対するその他の説明として生産性の向上が挙げられる。予期されない生産性の上昇は少なくとも一時的にはインフレ圧力を和らげる。成長により財政状況が改善する効果と金融引き締めの必要性が低下するからだ。生産性向上のストーリーはアメリカではよく適合する。が、単純化した形での生産性仮説は世界的なディスインフレに対する説明としてはうまく適合しない。実際ヨーロッパのケースでは単純に逆相関している。つまりインフレ率はこの期間低下しているが生産性成長率もまた同様に低下している(順相関じゃないかというつっこみはやめてください。気分の問題です)。図6に示すようにヨーロッパでは90年代後半に生産性成長率は大幅に低下してそのトレンドは継続している。途上国では生産性-特に貿易財の-はおそらくインフレ率低下の要因となっているかもしれない。その影響をグローバル化の効果から分離するのはとても難しいことだろう。そしてこの点を次の章で見る。


D. Globalization, Deregulation and Declining Monopoly Power

はっきりとした根拠はまだ限られているもののグローバル化、規制緩和、政府の役割の縮小等の相乗作用が競争を激化させ独占的企業の準レントを減少させたことは確かなように思われる。70年代以降OECDE加盟国で準レントが減少したことを示した研究もある。ヨーロッパでの財市場と資本市場の統合が最初の重要な一歩をもたらした。EUに加盟した中央ヨーロッパへ向けて生産がシフトしている現在のように生産はその後コストの低い国にシフトしていった。

80年代の間に規制緩和の速度はイギリス、ニュージーランド、オーストラリア、カナダで大幅に加速した。実際これらの国は10年前に規制緩和を始めたアメリカの水準とほぼ等しくなった。ヨーロッパはこれら英語圏の先頭集団に遅れたものの90年代に大幅な進歩を見せた。だがこの地域はまだ高い障壁を残している。限界費用に対する価格マークアップはイギリス、アメリカと比べてまだかなり高い(IMFの2003のWEOによると0.40と0.15)。途上国では貿易の解放は国内企業の独占的レントの大幅な低下につながった。常にそうだったわけではないものの民営化も競争の強化につながった。

独占的価格交渉力の低下は金融政策の影響を一定とすれば実質価格の低下へとつながる。金融政策当局者はもちろんその名目物価水準効果を打ち消すように金融政策を調整することが出来る。だが彼等は実際にはその効果をインフレ率の低下に用いるだろう。

グローバル化は間接的な効果だけでなく直接的な効果も持つ。アジアの新興国との貿易は財の実質費用に低下圧力を掛けるだろう。労働者の実質購買力はグローバル化以前と比べて増加する。中国だけだと世界の貿易の5%を占めるに過ぎないがアジアの新興国の合計ではほぼ20%を占める。直接効果と間接効果が同時に働いているのでアジアの新興国が世界のインフレに与えている影響を評価することは難しい。例えば貿易(可能)財が最大でアメリカのGDPの20-25%を占めるに過ぎないと仮定しても他の部門へのスピルオーバー効果がある。貿易財は中間財(例えばコンピューター等)も多く含みこれは非貿易財をある程度代替することが出来る(注 IT化によりコールセンターの仕事が海外に移転するような事例を指していると思われる)。

注19 資源価格にも90年代以降低下圧力が掛かっている。これも資源輸入国のインフレ率低下に対して好環境を作り出している。この要因はここで私が挙げた要因よりもより重要かもしれない。そして更なる考慮を必要とする。

E. Increased competition and anti-inflation credibility

最近になってニューケインジアンモデルやニューオープンエコノミーマクロモデルの研究者から独占的競争がキドランド-プレスコット-バロー-ゴードンモデル(以下KPBG)のミクロ基礎となるとの指摘を受けることが多くなった。この新しい枠組みでは財市場、労働市場での独占は独占下での雇用水準と競争均衡下での雇用水準との間に歪み(ウェッジ)を作り出す。この歪みは中央銀行にインフレを引き起こして自然水準以上へ雇用水準を引き上げようとする動機を生み出す。この歪みが小さくなれば予期されないインフレからのゲインは少なくなる。中央銀行のインフレタカ派としての信頼性は何の制度の変更がなかったとしても高まることになる。結果として均衡インフレ率は低下する。よってグローバル化によるものであろうと規制緩和によるものであろうと競争の激化は実質価格を低下させるのみでなく低インフレ均衡へと向かわせることになる。

第二のメカニズムは価格の流動性の増加だ。多くの理論的、実証的研究によれば農業や半導体のように非常に競争の厳しい部門では高い労働組合組織率を持つ部門に比べて価格はより流動的であることが知られている。価格がより流動的である部門では金融政策が実質経済に与える影響はより小さくなる。予期されないインフレからのゲインがより小さくなれば金融政策当局者の低インフレに対するコミットメントはよりクレディブルになる。

F. A Simple Mathematical Formalization of the Effects of Increased Competition on
Equilibrium Trend Inflation

まずグローバル化と規制緩和が経済をより競争的にし歪み(ここではkとする)を減少させ期待インフレ率を低下させた。この一連の流れは独占価格の低下によるインフレ率の低下といったことが原因で引き起こされているのではない。中央銀行が選択しない限り相対価格効果はインフレに対して影響を持たない。むしろ歪みが小さくなったことにより中央銀行のインフレへの誘惑を抑え低いπの値を選択させる。歪みkに影響を与えるのでない限り正の生産性ショックは一時的な効果しか持たず長期において効果はなくなる。

最近のミクロ基礎を持つモデルによれば独占の低下はさらなる効果を持つ。競争の激化が価格をより流動的にするのならば中央銀行の目的関数は以下のように書き換えることが出来る。

[μ(π - πe) – k – z]2 + χ(π – π*)2

μは価格の流動性の逆数だ。均衡期待インフレ率、現実のインフレ率は以下になる。

πe = π* + μ k/ χ and π = π* + μ (k - z)/ χ

μが高ければ価格の流動性が低いことを意味する。そしてインフレへの誘惑が大きい。この設定のもとで競争の激化はkに加えてμも低下させる。インフレタカ派的政策への信認をより強化する。

(1)トレンドインフレ率に関して真に重要なのは中央銀行のインフレへの誘惑だ。よくインフレと混同される相対価格へのショックの重要性は2次的なものでしかない。

(2)予期されない生産性へのショックはインフレ率を低下させる可能性がある。しかしそれは一時的なものだ。インフレ率のトレンドに対する説明としては競争や価格の流動性の増加のようなどこか他の要因に求めなければならない。

G. Reduced conflict

近代に平和時でのインフレーションを何度か目撃したことはあったにせよ歴史の中で高率のインフレを引き起こしたのは戦争であったり市民の衝突だった。これは図3の中で既に見た。第2次大戦やその後のインフレーション、70年代のインフレーションだ。データを第一次大戦前まで遡ればその効果はより劇的なものになるだろう。今日のわずかに残った数少ない高インフレ国も過去の衝突の産物だ。仮に高いインフレがこれから起こるとしたら衝突がその最大の要因の一つになるだろう。90年代に多くの悲惨な戦争を目撃したが全体的な状況は過去よりも穏やかになっている。テロ事件以降の世界には幾分かの揺り戻しがあるかもしれない。

III. WILL INFLATION COME BACK??

多くの国で退職給付がインフレ率に連動されているといっても予期されないインフレや非インデックス化を組み合わせて債務削減を試みようとする国がまだあるかもしれない。

今日の低インフレへの最大の脅威はもちろん中央銀行の独立性に対する揺り戻しになるだろう。特に成長率のトレンドが低下した場合には(その原因はグローバル化や自由化からの逃避であるとなるだろうが)。中央銀行の独立性が強いままである限り今日の実質ゼロインフレーションは長期間に渡って維持されるだろう。

2013年2月28日木曜日

賃金に下方硬直性があっても失業率が上昇するわけではない?

Downward Nominal Wage Rigidity:Evidence from the Employment Cost Index

by David E. Lebow, Raven E. Saks, and Beth Anne Wilson

1. Introduction

この研究では新規に利用可能となったデータ-労働局のemployment cost index (ECI)にもとづくミクロデータ-を用いて賃金の下方硬直性に関するまだ答えられていない2つの疑問に焦点を当てる。第一に最近の数多くの研究にも関わらず賃金硬直性の程度に関するコンセンサスは形成されていない。特定の労働者や企業に対する回答では賃金カットを不当と感じ企業がそれを提示したがらないと示唆するものはある。だがより広範な国民を対象とした調査ではわずかな名目賃金の下方硬直性しか見つかっていない。その原因としてよく引き合いに出される理由はそれらのデータは測定誤差により硬直性の程度が覆い隠されているというものだ。その代わりとしてWilson (1999)は2つの大企業からの給与記録-測定誤差の心配がない-を用いてある程度の名目賃金硬直性(注 以下では特に名目とつけません)を発見している。Altonji and Devereux (1998)も同じく大企業のデータを用いて賃金硬直性を発見している。しかしこの企業が労働市場全体の代表であるかは定かでない。

ECIデータはこれら2つの方法の長所を併せ持つ。データは雇用主の記録から成るので家計データよりも測定誤差の恐れが小さい。そしてサンプルサイズは大きい。1四半期あたり5000の民間企業をカバーしている。よってこれらのデータは賃金硬直性を調べるのに適している。これは以下で述べるように測定単位が個人ではなく特定の職業の時間あたり平均報酬費用であるという短所を持つにも関わらずだ。

第二に少なくともいくらかの名目賃金硬直性があるというミクロでの証拠にも関わらず、この硬直性がマクロ経済に害を為したという証拠がほとんどまったくといっていいほど存在しないことだ。賃金下方硬直性の理論による予測によればインフレ率と均衡失業率との間には負の相関が表われる。だがGordon’s (1998)によればNAIRUはインフレ率と正の相関を示している。彼の推計によると60年代の初期から80年代の初期に掛けてNAIRUは上昇しそれから下落している。我々も5章で同様の発見をしている。同様にAkerlof, Dickens, and Perry (1996)が賃金下方硬直性をフィリップスカーブに組み込んだ場合に関連するパラメータのいずれも有意ではなかったと報告している(ただ30年代の賃金の振る舞いを説明する手助けになったと主張している)。

このミクロとマクロのパズルを解く鍵の一つとして雇用主は給付-労働者が価値を知ることも比較することもより難しい-を賃金調整の手段として利用しているのかもしれない。ECIデータは賃金費用同様に給付費用の情報も含むのでこの仮説を検証することが出来る。つまり総報酬(賃金+給付)の硬直性は賃金だけの硬直性と違いがあるのかどうかを調べることが出来る。

先に結論を述べると実際のデータでは賃金硬直性がない場合に比べて約半分の賃金カットがあることが判明した-PSIDデータで報告されたものよりもいくらか強い賃金硬直性だ-。これには職業単位での硬直性の程度は個人単位での硬直性未満になることも加味する必要がある。さらに給付を加えれば硬直性の程度が弱まることも判明した。総報酬もいくらか下方硬直性を示すが賃金のみの場合よりも小さい。給付はミクロとマクロのパズルのおよそ3分の1を説明するように思われる。

2. Measuring the Extent of Downward Nominal Wage Rigidity

下方硬直性の程度を知るために賃金変化(または報酬)の分布を調べる。下方硬直性がないならばゼロ点を通して賃金変化の分布は基本的に滑らかであることが予想される--だが下方硬直性がなかったとしても長期契約の存在等によりゼロでの観測値の偏りが見られる可能性もあることに留意する必要がある(注 長期契約では賃金変化はゼロだから)。対照的に下方硬直性があれば賃金カットの(賃金上昇に対する)相対的不足とゼロ点での偏りが見られるだろう。

これは非対称な分布、または右側への歪みとして表われる。しかし単に分布が右側へ歪んでいることを示すことだけでは十分ではない。下方硬直性が無くても分布が歪む可能性があるからだ。より適切な方法はインフレ率が減少した場合にこの非対称性が増加するかを調べることにあるだろう。

少なくとも5つのテストが提案されている。そしてそれらの長所と短所が表1にまとめてある。第一の最も直接的なテストはインフレ率(または賃金変化分布の中央値)が低下した場合に歪度が増加するかどうか調べるものだ。このテストの問題点は歪度が分布の裾での観察値に対して極めて敏感であることでそして賃金変化の分布もばらつきが大きいことが知られている。この問題に対処するためにMcLaughlin (1998)は歪度を賃金変化の分布の平均値と中央値の差で置き換えることを提案している。極端な値は平均値に影響を与えるのでこの方法で外れ値から受ける影響を小さく出来る。しかしそれでも外れ値に対して十分にロバストではない。第三のテストはカーネル法(Card and Hyslop, 1997)で賃金変化の右側の分布を下方硬直性がないと仮定した場合の左側の分布の形状を決定するのに用いるものだ。この方法はもととなる分布が対称的な場合のみに有効だ。これら3つのテストは下方硬直性に特定のものではなくいかなる種類の非対称性も拾い上げてしまう短所がある。

対照的に第四のテストは下方硬直性に固有の非対称性を用いる。これを我々はLSW統計量と呼んでいる。これは中央値の2倍以上での累積頻度(分布のゼロ以下の累積頻度)として定義している。

LSW / [1 - F(2*median)] - F(0)

図1でこのテストを説明する。中央値の2倍とゼロは中央値から等距離なので分布が対称ならば右側と左側で等量となりLSW統計量はゼロとなる。しかし下方硬直性が存在すれば賃金カットが少なくなりLSW統計量は正となるだろう。このケースでLSW統計量はインフレ率(または分布の中央値)が低下した場合に上昇するだろう。前回のテストとは違いLSW統計量は正確に下方硬直性によって発生した非対称性を測る。そして純粋な順序統計量であるのでLSW統計量は極端な観測値の影響を受けない。だがLSW統計量は分布にもとづく非対称性に対してロバストではないという短所がある。つまり分布が下方硬直性とは独立に右側に歪んでいると仮定する。するとインフレ率が低下し分布が左にシフトした場合に分布の形状が変化していないにも関わらずLSW統計量は変化するだろう(figure 1, lower panel)。


最後のテスト(我々が最も重視するもの)はKahn (1997)によって提案された。このテストは中央値から(特定の)任意の距離にあるヒストグラムバーの高さをバーがゼロを下回った年とバーがゼロを上回った年とで比べる。まず各年のヒストグラムを作成し(バーの幅は1%ポイントに相当する)、以下の方程式体系を推定する。

PROP2t=p2+np2DNEG2t+[z-nΣpj]DZERO2t

PROP3t=p3+np3DNEG3t+[z-nΣpj]DZERO3t
.
.
.
PROPmt=pm+npmDNEGmt+[z]DZEROmt

PROPrtはt年に中央値からr%ポイント下回る観測値の割合を示す。DNEGrtはPROPrtが完全にゼロを下回った場合に1を取るダミー変数を示す。DZEROrtはPROPrtがゼロを含む場合に1を取るダミー変数を示す。

これらの式を図2を用いて説明する。中央値を3%ポイント下回るバーの高さPROP3tを考える。中央値が3以上の年度ではこのバーのすべての観測値は正でDNEG3tとDZERO3tはともにゼロだ。そしてこのバーの高さをp3と推計する(上段)。しかし中央値が3以下の年度ではこのバーのすべての観察値はゼロ以下になる(下段)。よってDNEG3tは1になりバーの高さを(1+n)p3と推定する。パラメータnはゼロを下回った場合にバーが変化する割合を捉える。n=0ならばバーの高さは両方のケースで同じだ。そして下方硬直性は存在しないことを示す。n=-1ならば負の賃金変化は存在しない(下方硬直性の最極端なケース)。中間のケースのn=-1/2を図2に示す。nを各式において同一であるように制限していることに注意する必要がある。カーンテストはある年度にゼロを上回り違う年度にゼロを下回る各バー(bars in the dotted box in figure 2)に対して一つの式を持つ。そしてこれらのバーはnを識別するのに役立つ。


賃金変化の中央値が3%の年度ではDNEG3tはゼロだがDZERO3tは1になる。そしてバーはp3よりも大きい(中段)。nΣpの項は下方硬直性により負の賃金変化として表われなかった観測値が代わりに賃金変化がゼロとして表われると仮定していることを反映している。ゼロのバーはインフレ率が低下した場合に大きくなると仮定している。(今までよりも)分布の多くがゼロ以下になれば今までよりも多くの部分に影響するようになるからだ。さらにゼロを含むバーが定数zによって押し上げられることも可能にしている。このzは長期契約または下方硬直性以外の他の理由によるゼロでの観察値の偏りを説明している。

カーンテストは多くの長所を持つ。それは下方硬直性を正確に計測し、外れ値に対してロバストで、もととなる分布が対称であることを仮定していない。分布に対する唯一の仮定は中央値から任意の距離のバーは下方硬直性がなければすべての年で同じ高さを持つということだ。

カーンテストの問題の一つはゼロ変化周辺のノイズに対してロバストではないことだ。カーンテストは下方硬直性が原因で分布の左側から取り除かれた観測値は代わりにゼロのバーに表われると仮定している。バーは1%ポイントの幅を持つのでゼロ変化を含むバーはゼロに近いが正確にはゼロではない観測値も含むことになる(これがカーンテストはゼロ変化周辺のノイズにロバストでないと述べたことの意味だ)。だが下方硬直性がない場合の架空の分布の左側の観測値がゼロ近傍(例えば-1から1のバー)であって正確にはゼロのバーにはないとすればカーンテストは下方硬直性の程度を過小評価するだろう。

この問題を扱うために修正カーンテストの結果も提示する。そこでは下方硬直性により分布の左側から取り除かれた観測値はすべてゼロのバーに集められるという仮定を緩める。この形式ではそれらの観測値のうちθ<1の割合はゼロのバーに集められる。δは負の変化を含むバーに集められ残りの(1-θ-δ)は正の変化を含むバーに集められる。

PROP2t=p2+np2DNEG2t+[z-θnΣpj]DZERO2t-δnΣpjDNEG12t-(1-θ-δ)nΣpjDPOS12t

PROP3t=p3+np3DNEG3t+[z-θnΣpj]DZERO3t-δnΣpjDNEG13t-(1-θ-δ)nΣpjDPOS13t
.
.
.
PROPmt=pm+nPmDNEGmt+[z]DZEROmt-δnΣpjDNEG1mt

DNEG1rはPROPrtが負の変化を含む場合に1を取るダミー変数でDPOS1rtはPROPrtが正の変化を含む場合に1を取るダミー変数だ。明らかに=1かつ=0の場合に式(2)は式(1)になる。この修正カーンテストを四章二編で扱う。

3. The ECI data

チャート1にサンプルから得た(ECIデータの)総報酬の平均変化を示す。一目見て分かるように我々の作成したミクロデータの集計量は公表ECIデータと大部分の年度において極めて良く一致している。これらの平均値を計算するために各職業の賃金変化をその職業(に就いている人数)が全体の就労人口に占める割合で加重している。

3.1 Jobs versus individuals

ECIでの測定単位は特定の分類された職種、それに対する報酬の1時間あたり平均費用だ。例として公認会計士、電気技師、秘書などだ。100人以上の従業員を抱える企業の職種1単位あたりの従業員の中央値は7人だ。小さい企業では2人になる。

ECIは費用を同一の職種に就く個人間の平均として計測するのでECIデータは職種内での労働者の構成変化を反映した平均賃金変化と各従業員の実際の賃金変化とを区別することが出来ない。例えばある職種で最も任期が長く最も高給な従業員が退職すればその職種の平均賃金は低下しデータの中では賃金カットとして記録される。実際には誰も賃金をカットされていないのにだ。そのような事例は下方硬直性の程度をある程度覆い隠すだろう。

個々の賃金の平均化により職種データの場合で賃金カットが少なくなるような事例を挙げることが出来る。過去に行われた研究の中には下方硬直性は個人レベルよりも職種レベルでより小さいことを示したものがある。サービス部門の大企業を追跡したデータを用いてWilson (1999)は個人レベルのデータから職種平均賃金を算出した。チャート2の上段はその企業の1982-1994期間のおよそ6000人の賃金変化の分布を示したものだ。このデータは下方硬直性の存在を示す。チャートの下段は同一の職種内での平均給与を用いて賃金変化の分布を算出したものだ。ここでは下方硬直性はより見えにくくなっている。より多くの負の賃金変化が含まれておりLSW統計量ははっきりと減少する。


4. Results

この章では最初の2つの疑問に答える。下方硬直性は存在するのか?存在するならば企業は給付を用いて賃金カットを行うのか?以前の章で説明したように下方硬直性は賃金変化の分布を見るのが適切な方法だと思われる。労働者が賃金カットに抵抗しさらに賃金が硬直的ならば賃金変化の分布は正に非対称でゼロでの偏りがあることが予想される。より重要なのは非対称性とゼロでの偏りが低インフレ期によりはっきりと表われるかどうかだ。

4.1 What is the extent of downward nominal wage rigidity?

チャート3と表2に結果を示す。データは1981-1998期間の対数化した賃金と給与の年率変化だ。チャート3の上段はすべての年度の賃金変化の分布を示す。分布は下方硬直性を示す。


(一番下は下方硬直性が最も小さいがその理由はこの下に書いてある)

表2の行1は調査期間中の全体の賃金変化のうち14.5%が負で18%がゼロであったことを示す。LSW統計量によると賃金変化の分布は正に有意に非対称で分布の右側の観察値が左側の観測値よりも13%多い。PSIDと比べてECIデータはゼロ以下の観測値が少なくゼロでより大きな偏りが見られる。

上記の結果は下方硬直性を示唆するものであっても真のテストは分布がインフレとともにどのように変化するかを見ることだ。表2の行2と行3に高インフレ期と低インフレ期での結果を示す。低インフレ期にゼロでの偏りとゼロ以下の観測値の増加が見られる。低インフレ期での賃金変化がちょうどゼロであった割合は22%で高インフレ期では11%だった。LSW統計量は低インフレ期から高インフレ期へ移行した場合に15%から4%へ低下する。チャート4により詳細に各年の賃金と給与の変化の分布を示す。1981と1982に分布の左側で観測値が多いことが見てとれる。


表3にインフレ率とLSW統計量との相関、カーンテストの結果を示す。最初の2行は回帰分析の結果だ(インフレ率、失業率が説明変数)。失業率はビジネスサイクルが分布に及ぼす影響を制御するために含めてある。インフレ率としてCPIの対数値とECIの賃金変化の中央値を用いている。分布の非対称性が下方硬直性によるものであればLSW統計量はインフレ率が上昇した場合に低下し分布はゼロからさらにシフトすることが予想される。これは回帰分析においてインフレ率の係数が負として表われる。表3では実際にインフレ率の係数は負で有意であることが示される。例えば分布の中央値の1%ポイントの増加は非対称性の1.6%ポイントの減少を意味する。

以前述べたように下方硬直性以外の理由で分布に歪みがある場合にも係数は負となって表われる。このためカーンテストの結果に焦点を絞る。

以前述べたようにカーンテストは分布の形状に対してロバストである特性を持つ。このテストの仮定は下方硬直性がなければ分布の形状はインフレ率とともに変化しないというものだ。この仮定が成立するならばヒストグラムのバーに関して、中央値から特定の任意の距離にあるバーはどの年度においてもほぼ同量の観測値を含まなければならない。だが企業が賃金カットが難しいと判断すればゼロ以下の値を含むバーに対してその観測値の数は減少しなければならない。パラメータnはバーがゼロ以下になった場合にそのバーに含まれる観測値の数が減少する割合を示す。下方硬直性はゼロでの偏りも意味するのでカーンテストはゼロ以下のバーから除かれた観測値の数はゼロのバーに反映されるだろうという制約も課す。だが他の理由も考えられる(丸め誤差、長期契約等)。よってカーンテストは下方硬直性以外の理由でゼロになる程度を表すパラメータzも推計しなければならない。

表3の下部に標準的なカーンテストの結果を示す。パラメータnは有意に負でその値は-0.5だ。これはバーがゼロ以下に移動した場合に半分になることを意味する。このnの値は下方硬直性が存在することを示唆し、賃金が完全に流動的ならばゼロ以下の観測値の割合は2倍になるだろうことを示唆している。PSIDデータを用いたカーンテストの結果と比較してより大きな下方硬直性が存在することが分かった。興味深い事にここでの結果は時間給労働者のみに対するカーンテストの結果と同じだ。

4.2 Do firms use benefits to achieve greater flexibility?

賃金と給与のデータに下方硬直性の存在が示唆された一方で企業が給付を変動させている可能性も考えられる。詳細な給付に関する情報によりこの仮説をテストすることが出来る。

総報酬を3つのカテゴリーに分解する。賃金と給与、法律で義務付けられた給付を除いた総報酬、総報酬の3つだ。チャート3と表4にそれらのデータを示す。チャートに見られるように賃金と給与の場合同様、負の報酬の変化に不足がある。だがこの不足は給付を加えた時に減少する。より範囲の広い報酬を用いた場合にゼロでの偏りが減少するのもはっきりと分かる。意外にもこの分布の変化は企業の制御下にある給付(ボーナス、保障等)と法律上の給付とでちょうど半分ずつから構成されている。

これは表4からも確認できる。法律上の給付を除いた報酬は負の観測値の割合を5%ポイント増加させLSW統計量を4%ポイント減少させる。法律上の給付を加えた場合は上記の割合を3%ポイント増加させLSW統計量を3-4%ポイント減少させる。変化がゼロの観測値の割合も大幅に減少する。

表5に3つの報酬の分類に対するカーンテストの結果を示す。表の上段に標準的なカーンテストの結果を示す。列1には賃金と給与に対する先程の結果を掲載している。列2には企業の制御下にある報酬に対する結果を示す。係数は未だ有意に負であるもののnの値は大幅に下落する。結果を文字通り解釈すれば列1では賃金カットが47%潜在的に抑制されていて列2では34%抑制されていることを示唆している。総報酬の結果はさらに劇的だ。潜在的に抑制された賃金カットの割合は17%にまで減少する。

しかしこの結果はミスリーディングだ。表4の給付が追加された場合にゼロ変化の割合が大きく減少し一方でゼロ近傍(-1から1)の割合が増加したことを想起する必要がある。つまり追加の負の観測値は絶対値が小さいもので流動性に対する貢献としては小さい可能性がある。2章で述べたようにカーンテストはこのような状況での下方硬直性を過小評価するかもしれない。抑制された賃金カットはゼロのバーに集められると仮定されているからだ。よって式(2)で示した修正カーンテストを用いることにする。ゼロ以下のバーから除かれた観察値を次の3つのうちの1つに追加することを許容する(ゼロより一つ上のバーと一つ下のバー、そしてゼロを含むバーのいずれか)。もし除かれた観測値がゼロのバーに加えられればこの修正によってもnの値はあまり変化しないだろう。だがゼロ近傍のバーに加えられればnはより負になるだろう。

表5の後半部分にその結果を示す。3つのうち2つに関しては除かれた観測値はゼロを含むバーに加えられる。仮定を緩めてもnの値をわずかしか変化させない。総報酬に関しては結果が大きく変化する。除外された観測値の大部分は-1と1のバーに加えられる。そしてnは-0.17から-0.30へ絶対値で増加する。ゼロ近傍での小さな変化しか与えず流動性をそれほど増加させていないことを示唆する。

この結果は直感的にも理解できる。下方硬直性に直面した企業が給付を変化させることは合理的に思われる。しかし法律上の給付に企業が同程度頼ると考えることは難しい。第一にこれらの給付は企業の制御外にある。第二に企業が賃金カットを行う場合には個々の従業員や特定の集団をターゲットにするだろうが法律上の給付への変更は常に全体的な規模になる。

表5の結果は下方硬直性を完全には取り除かないものの給付を加えることでそれが緩和されることを示す。パラメータは0.47から0.30へと3分の1以上減少する。この結果をもとに給付のうちどの部分が重要なのかを調べる。表6に結果を示す。最上段の列は賃金と給与だけのベンチマークで、以降の列はそれに特定の給付を付加したものだ。興味深い事に給付なしのケース自体も結果に影響を与える。給付の組み合わせを調べることの重要性を示唆する。その中でも2,3の給付の影響が大きいことが分かる(ただ修正カーンテストには大きく影響しない)。一つはボーナスで全体の報酬の1.6%を占めるに過ぎないにも関わらず下方硬直性を緩和するのに貢献している。残りの医療保険、有給休暇、年金と貯蓄勘定に対する雇用主負担は(合計で全体の報酬の10%以上を占める)少しずつ貢献している。

5. Potential Effects of Downward Nominal Wage Rigidity and the Micro-Macro Puzzle

4章では下方硬直性の存在を示唆しその硬直性がマクロ変数に与える影響に対する疑問を取り上げた。少なくとも理論上では賃金カットへの抵抗に直面した企業は雇用水準を引き下げることが予想される。推計した硬直性の度合いが均衡失業率にどう影響するのかを簡単なモデルを用いて示す。

まず下方硬直性が存在しないと仮定した場合の賃金変化の分布を生成する。これは表5の修正カーンテストを用いて簡単に出来る。そこでは47%の観測値が除かれゼロかゼロ近傍のバーに集められた。架空のデータを生成するために除かれた観測値を元に戻す。ここでは下方硬直性は賃金変化の分布に何の影響も与えていないと仮定されている。

この分布の平均賃金変化はnが負であるならば実際の分布でのものよりも小さい。この2つの分布の間の平均賃金変化もインフレ率に依存している。任意のnに対してインフレ率が高く下方硬直性がわずかな割合にしか影響しない場合、架空の平均賃金変化は実際のよりもわずかに小さいだけだ。しかしインフレ率が低く下方硬直性が広範に及ぶ場合、架空の分布に大きな影響を与えるだろう。

カーンテストではすべてのバーは硬直性の影響を等しく受けると仮定している。nの推計では10%の賃金カットまでのみを用いている。架空の分布を構築するにあたって10%以上の賃金カットを扱うべきかという問題が浮上してくる。極端に大きな賃金カットが労働者の抵抗によりゼロに集まってくるというのは考え難い。そしてこの扱いは分布のはるか左側は硬直性の影響を受けないと扱うことになる。ここではnは-10%、-25%、-50%までを用いて推計されるとしそれより大きい値ではnはゼロとする。

この演算の結果はチャート5に示す。チャートは各年の賃金変化の中央値を硬直性の費用(実際と架空の間の平均賃金変化の差、以下ではα=α(n,p')と呼ぶ)とを関連付ける。この仮定では賃金費用はインフレ率が低い場合に大きい。予想されるように分布の傾きは平坦ではなく非線形だ。2次の回帰曲線を引いてみた。総報酬の曲線と賃金、給与の曲線を比較して前者がより下方硬直性の影響が小さいことが分かる。これはnの推定値が小さいことを反映している(前者が-0.30、後者が-0.47)。-25%を賃金カットの最小値として曲線を求めている。しかし絶対値でより大きな値が仮定されれば実際と架空の分布の平均値の差は大きくなるだろう。


この演算のロジックをさらに進めて賃金費用がNAIRUに与える潜在的な効果を計算することが出来る。下方硬直性がない場合ではインフレ率と失業率に関して短期の関係しかないと仮定されている。この関係はフィリップスカーブを用いて定式化される。報酬の伸び率w、期待インフレ率p(通常インフレ率のラグで代用)、トレンド生産性成長率π、失業率U、その他の変数Zが関連付けられる。

w'=α+p'+π'+βU+γZ+ε

価格インフレ率と賃金変化率、トレンド生産性成長率を関連付ける(p'=w'-π')。αとβとγはNAIRUの計算に用いられる(期待過誤がなく(p'e=p')ショックが存在しない(Z=ε=0)状態と整合的な失業率として)。

NAIRU=α/β

このモデルではNAIRUは定数だ。だが下方硬直性が賃金費用に対して影響を持つのであれば(チャート5のようにインフレ率が低下した場合に増加する)この費用を打ち消しインフレ率を一定に保つためには失業率が上昇しなければならない。このケースではインフレ率と失業率は長期で負の相関を示しNAIRUは定数ではなくなるだろう。

より具体的には実際の賃金変化は下方硬直性がない場合の架空の賃金変化+正の賃金費用の項に等しい。このケースでは実際の賃金変化を用いた式(3)は好ましくない。そこで用いた賃金のデータは下方硬直性に影響を受けているが推定式では硬直性がないと仮定されているからだ。よってフィリップスカーブを硬直性と整合的な形に書き直す。

w'=a+α+p'+π'+βU+γZ+ε

時変NAIRUは式(5)から得られる。

NAIRU=(a+α)/β

式(6)からNAIRUに関して2つのことが分かる。第一に極端に高いインフレ率を除いて硬直性のもとでのNAIRUはそうでないものよりも常に高い。第二に式(6)のNAIRUはインフレ率が減少した場合に増加し下方硬直性の費用は増加する。インフレ率の減少に対してNAIRUがどの程度変動するか求めるため(例えば10%のインフレ率から0%へ)以下の関係を求める。

NAIRU(p'=0)-NAIRU(p'=10)=[α(n,0)-α(n,10)]/β

式(5)からαt(チャート5の総報酬に対応する)を用いてフィリップスカーブを求める。表7の行1に示すようにαtの係数を1に制限してフィリップスカーブに組み込んだ場合、-0.37が得られる。

この推計値を式(7)に代入してインフレ率が10%から0%に減少した場合のNAIRUに与える影響を調べる。結果は表8に示す。25%の賃金カットを上限値として賃金と給与に関する結果について述べると10%から2%へのインフレ率の減少は1.4%ポイントのNAIRUの増加につながりゼロへの減少はさらに0.6%ポイントの増加につながるとこのモデルでは予想される。総報酬では10%から0%へのインフレ率の減少は1.4%ポイントのNAIRUの増加につながると予想される。これらの数字は50%を上限にした場合には少し大きく10%を上限にした場合には少し小さくなる。

5.1 The Micro-Macro Puzzle

表8に下方硬直性がNAIRUに与える潜在的影響の推計値を示す。最後の行は他の条件を同一にして1980-1999期間にインフレ率が10%から1%に減少した場合にNAIRUは3/4から2-1/4の間で増加しただろうことを示している。予想された硬直性の効果は実際のデータと食い違う。実際には増加ではなくNAIRUの推計値は低下している。Gordon (1998)の推計ではNAIRUはインフレ率とともに低下している。

注25 この結果は Akerlof, Dickens, and Perry (1998)らの議論と矛盾する。戦後のインフレ率は賃金カットの必要性を避けるのに十分な程高かったので下方硬直性の影響は戦後のデータを見てはわからないというものだ。しかし我々が推計した下方硬直性によると4%へのインフレ率の低下、そして特に2%へのインフレ率の低下は確実に均衡失業率に顕著な影響を与えると予想される。

ミクロレベルでの下方硬直性はなぜインフレ率や失業率のような集計量に影響を与えるように見えないのか?前のモデルで仮定されていた硬直性の賃金費用αtは賃金インフレ率に一対一に影響するという仮説をテストする必要がある。表7の列2に示すように賃金硬直性αtの係数はゼロと有意差がない。実際、αtの係数が1という制約がない場合にフィリップスカーブを推計すると正確には推計されていないが係数は負になる。この結果を硬直性が失業率を低下させると解釈するのではなくインフレ率と均衡失業率の関係は前に用いたモデルが示すよりもより入り組んでいると解釈することにする。

ミクロとマクロのパズルを解くことはこの研究の範囲外なのでここではいくつかの説明に留める。もちろん前で述べたように企業が下方硬直性に対処する方法の一つは給付の調整で3分の1のパズルが解消する。給付以外では2つのリンクが考えられる。硬直性と報酬費用のリンク、報酬費用と雇用水準のリンクだ。

第一に調査期間に対して硬直性が一定と仮定している(例えばnを定数と置くことにより)。硬直性は低インフレ期では時間と共に減少しているかもしれない。ボーナス等の使用が増加するか賃金カットへの抵抗自体が低下しているかもしれない。

さらに硬直性と報酬費用のリンクに関して硬直性はゼロより左側の分布にしか影響を与えないと仮定して推計されている。だが硬直性に直面した企業が分布の右側でも増加を抑えることにより対応することが予想される。それにより下方硬直性に対して全体の労働費用を不変に出来る。分布の右側もインフレ率に対して感応的であることを示唆する。そのような賃金抑制は雇用に影響を与えるだろうがその経路ははっきりとしない。

注27 簡単にテストしてみると分布の右側はインフレ率に対して反応的ではない。分布の中央値と75、90、95、99%タイル値との差がインフレ率に対して反応的かをテストしたがそのような結果は得られなかった。

企業は下方硬直性の影響を避ける方法を他にも持っているかもしれない。企業は昇進と退職を労働費用の調整に用いている可能性もある。さらに企業は硬直性の存在を最初から把握して賃金の決定をしているかもしれない。企業は初期時点での賃金を低めて将来の賃金カットの必要性を避けているかもしれない。

第二に企業は利益を調整することにより対応することが可能だ。仮に報酬に対する制約が一時的なものならば企業は労働時間または利益を取り崩すことにより雇用を減少させることなく調整するかもしれない。制約が一時的と見られない場合でも生産性の上昇を促すことによる調整が可能かもしれない。

もちろん下方硬直性はNAIRUに上向きの圧力を加えているがその影響は他の要因により打ち消されている可能性もある。Katz and Krueger (1999)はNAIRUの低下を説明するいくつかの仮説を調べている。そして最大の要因は人口構成だろうと述べている。しかしこの効果は我々の計算では人口調整済みの失業率の中に既に含められている。彼等の推計によるとその他の要因(マッチング率の上昇、収監率の上昇、労働者の交渉力の低下等)は下方硬直性の効果を打ち消すのに十分な大きさを持っていない。おそらく他の要因がある程度の影響を与えているとは思われる。最後の可能性としては低インフレ率自体が労働や財市場の機能を向上させ下方硬直性の影響を打ち消した可能性が考えられる。

6. Conclusions

(省略)

2013年2月16日土曜日

生涯所得の格差はアメリカとヨーロッパで変わりがない?

An International Comparison of Lifetime Labor Income Values and Inequality: A Bounds Approach

by Audra J. Bowlus Jean-Marc Robin

1 Introduction

個人は所得分布内での位置の変化を伴う様々なイベントに遭遇するのでクロスセクションのデータは賃金格差に関して不十分な情報しか与えない。失業や賃金の流動性の影響を考慮するために長期の賃金格差を調べることが重要だ。

長期の賃金格差に関する研究は少なくとも5年かそれよりも長い賃金のデータを平均した恒常所得(の代理)にもとづいて行われる。しかしこのようなパネルデータを収集している国は限られるので長期の賃金格差に関する研究はクロスセクションの研究に比べて数が限られる。

パネルデータを必要とすることに加えて5年以上の賃金を平均することにより構造的流動性(定常状態での均衡賃金分布の変化)と賃金流動性(ある特定の定常状態均衡内での賃金の変化)を混同する恐れがある(経済自体の流動性と個人の流動性)。従って賃金流動性のモデル化にはマクロ経済のトレンドを取り除き生涯所得をシュミレーションする必要がある。

この研究での目的は幅広い応用が可能な信頼できる長期のシミュレーションを構築することにある。初めに賃金のデータから構造的流動性を取り除く。賃金は性別、教育、技能などの観察可能な特性に関する関数と仮定する。分析は男性と女性で分割して行い、共変量は賃金と教育、技能の時間変化に関する従属関係と仮定する。分析では観察できない異質性も取り扱う。固定効果と残差項の分布の推定をノンパラメトリックで行う。次に周辺分布内での残差項の個々の順位の変動をモデル化するためにコピュラ法を用いる。それからこれら2つの部分をまとめ実現値を計算する。最後に生涯所得格差と基準年の所得格差の比から所得の平等化効果を求める。

ここでは残差項の順位の変動を賃金階級間の移動と雇用形態の変化を組み合わせることによりフレキシブルな形でモデル化した。過去の研究同様に相対的流動性を対象とし順位の同時分布をモデル化した。モデル化に際してなんらの対称性も課さなかった。

加えて過去の研究で指摘された賃金の変動に関するいくつかの特徴もモデルに組み込んである。モデルは恒常的部分と一時的部分を持つ。恒常的部分は固定効果を持ち一時的部分は単に一階のマルコフ過程に従う。前者の部分はAlvarez et al. (2007), Altonji et al. (2007) and Pavan (2008)らと比較して我々のモデルはわずかな非観測の異質性しか組み込んでいない。後者の部分は例えばMeghir and Pistaferri (2004)と比較してはるかにシンプルだ。

ここでは個人に特有の非観測の要因を固定効果として扱い測定誤差を扱わない。この扱いによりモデルはとてもシンプルになる。しかしパネルデータの短さが原因で一致性を満たさない恐れがある。異質性を無視すれば賃金流動性は過大になる。固定効果モデルは賃金流動性を過小にする傾向があるがその代わりに賃金の順位相関のパターンをよく再構成する。固定効果があるモデルと固定効果がないモデルは賃金の平等化効果の上限と下限を示す。ランダム効果モデルは推定が難しいが我々の方法は標準的な計量ソフトウェアしか必要としない。

対象国はアメリカ、イギリス、カナダ、フランス、ドイツだ。1998を基準年として90年代後半の3-7年間のパネルデータを用いる。大部分の過去の研究は80年代から90年代初期のデータを用いているが、90年代後半のデータを用いることでより最近の傾向を知ることができる。

主要な結論は以下になる。第一にモデルはデータに極めて良く適合する。モデルは分布の裾の形状もよく捉えている。第二にアメリカが最も賃金流動性が高く、次にイギリス、カナダ、ドイツ、フランスと続く。第三にアメリカが最も雇用流動性が高く、次にイギリス、カナダが続く。フランスとドイツは他の国に比べてはるかに雇用流動性が低い。第四に賃金流動性だけを組み込んだ生涯賃金格差の各国の順位はクロスカントリーの賃金格差の順位と基本的に変わらない。第五に雇用流動性を含めると各国の差はかなり小さくなる。雇用流動性はアメリカ、イギリス、カナダに平等化効果をもたらすがフランス、ドイツにはないからだ。従って現在時点間で賃金に大きな違いがあっても生涯賃金格差ははるかに小さい。そしてその程度は異質性を含めるか含めないかに依存している。

注7 1996のOECD Employment Outlookには1986-1991期間のアメリカ、フランス、ドイツを含むOECD加盟国に関して以下のような結論を引き出している。「各国の賃金流動性は似通っていてこれは階級間の移動を調査対象にしても同様の結論が引き出される。デンマーク、イギリス、アメリカ、(そしておそらくフィンランド)はフランス、ドイツ、イタリア、スウェーデンよりも幾分か流動性が高いことを示している。しかしそれでも全体像としては似通っている」。Contini (2002)はOECD(1996)のデータを用いてEmployment Outlookの内容を再調査し以下のような結論を引き出している。「賃金流動性により暮らし向きがよくなる労働者の割合はアメリカの方がヨーロッパよりも高い」。従って、この研究で我々が見出した各国間の賃金流動性の違いは90年代に増幅された比較的最近の現象だろうと思われる。

この研究で得られた結果から賃金流動性は賃金格差をアメリカ、カナダ、イギリスで20-30%減少させ、フランス、ドイツでわずかに減少させると我々は推計している。我々が調べた対象の国では相対的に高い賃金格差のある国は同時に流動性の高い国でもあることが示される。従って、流動性を考察に加えることにより長期の賃金格差に関して北米型の労働市場と欧州型の労働市場ではより似通っていることが示される。

この研究で我々が用いた方法はFlinn (2002)、Bowlus and Robin (2004)、Cohen (1999)、Cohen and Dupas (2000)らの方法と密接に関連している。これらの研究はサーチモデルを用いて個々人の厚生の現在価値を求めている。これらの研究はすべて賃金流動性がアメリカにおいて大きな賃金平等化効果を持っていることを示した。賃金平等化効果により長期の賃金格差がアメリカとイタリアで等しくなり(Flinn, 2002)、アメリカとフランスで等しくなる(Cohen, 1999)ことを示した(奇妙なことに、アメリカとイタリアの生涯(長期)賃金格差は同じ、だから実はイタリアの賃金格差はあまり知られていないがアメリカ並みに大きいんだ!とでも言いたげだった馬鹿な経済学者をツイッターで見掛けたことがあった。言うまでもなく解釈を真逆に間違えている)。結果において同様であるものの我々のモデルは異質性を含める点、サーチモデルに制約されない点においてよりフレキシブルなものになっている。

2 The Model

2.1 Model Specification

上記の必要事項を満たすために(注 省略している)以下のモデルを構築する。第一に賃金の対数値を時間ダミーに対して回帰することによって賃金からトレンド成分を取り除く。Whtは時間tにおける労働者hの非トレンド化した賃金を示す。次に以下の回帰式を仮定する(興味がない人は飛ばして構わない)。

lnWht = Xht + fh + eht, (1)

Xhtは教育ダミーを含む回帰変数のベクトル。fhは固定効果(または比較のために含めない)を示す。パラメータβの一部分はwithin-group推定によって推計される。パラメータβの残りの部分と固定効果fhはwithin-group回帰の残差項にOLSを適用することにより推定される。

さらに以下の条件付不均一分散を仮定する。

Var (eht|xht) = xhtγ, (2)

パラメータγは^e2htをXhtに対して回帰することにより推定される。効率性を高めるためにβとfhを重み付き最小二乗法により再推定する。

Gを残差項μht = eht/√Xhtの累積分布関数とする。Gを実際の^μht = ^eht/√Xht^γの累積分布関数を用いて推定する。rht = G(μht)は分布Gの中での残差項μhtの順位を示す。rhtを^rht = ^G(^μht)を用いて推定する。最後にQhtはrhtの離散型を示す。

qht = max{[Nrht] + 1/N, 1} , (3)

[·]はinteger part functionを示す。QhtはWhtが最低所得だとしてもゼロにはならない。Qht = 0は個人hが時間tにおいて失業している場合に用いる。状態を{0, 1/N , 2/N , ..., 1}の範囲のQhtの値で表す。分析においてNは10とする。

就業と失業の間の状態の遷移を分析に組み込むことはこの分野の研究においてはあまり前例がない。分析期間中の全年度において賃金が正である個人の記録が必要とされることがあるからだ。しかし失業のリスクは単年度の賃金の変動だけでなく生涯賃金格差においても重要な影響を与えることが示されている(Bowlus and Robin (2004)、Altonji et al. (2007)、Pavan (2007))。加えて失業のリスクには各国間で違いがありこれを分析に加えることは各国間の比較をする際に意義があると思われる。従って分析では失業を遷移行列の中の状態の一つに加える。失業期間中の賃金の水準を決定することはアドホックな作業になるので感度分析を行いこの選択が適切かどうか判断する。

標準的なARIMAモデルは平均と分散はよく捉えられるが裾依存性を記述するのには向いていない。これが理由でこの分野では階級間、十分位数間の遷移確率行列を調べることが慣例になっている。この研究でもその慣例に従う。

P(i,j|Xht)は時間tでの状態Qht = iから時間t+1での状態Qh,t+1へ遷移する確率を示す。遷移確率P(i,j|Xht)を各状態iに対して多項ロジットモデルを用いて求める。

P (i, j|Xht) = exp[Xhtκ (i, j)]/NΣm=0exp[Xhtκ (i,m)]. (4)

これら多項ロジットモデルの共変量の組は技能の2次の項や教育ダミーの集合を含む。ここでのケースでは(特定の教育*技能の属性を持つ集団に関する)一部のサンプルサイズが小さいので教育*技能の交差項は含めない。

与えられたXhtのもとでの時間tと時間t+1における順位の同時分布の近似を求め、最近隣法を用いて順位の近似を求める。与えられたRhtとXhtのもとで多項ロジットモデルにより時間t+1における階級Qh,t+1を予想する。それに最も一致するRhtとQh,t+1を得られるようなRh,t+1を予想する。

この研究では賃金データの測定誤差はモデルに組み込んでいない。賃金と収入データの妥当性を検証した研究では測定誤差は非古典的で平均回帰の傾向があると報告している。古典的な測定誤差は収入格差を過大評価する一方、非古典的な測定誤差は収入格差を過小評価する傾向がある。賃金流動性に関して言えば非古典的な測定誤差の影響ははっきりとしない。U.S. Survey of Income and Program Participation (SIPP)のデータをU.S. tax recordsに照合させたGottschalk and Huynhの研究では非古典的な測定誤差の影響は賃金流動性を調べる場合には大部分打ち消されることが示された。従ってSIPPのデータに測定誤差があったとしてもこのデータを用いて推計を行った場合とtax recordsのデータを用いて推計を行った場合で同様の結果が得られる。各国のデータの妥当性に加えて測定誤差の範囲や誤差が古典的か非古典的かまでを知ることは困難なので測定誤差は考慮に含めない。申告バイアスは各国で同様であろうと予想しGottschalk and Huynhの結果がここでの研究においても当てはまると期待する。

2.2 Simulation of the Value Functions

各個人に対してある時間tからそれ以降の賃金の経路をシミュレートするにあたって現在の就業状態と賃金をスタート時の状態とする。次に時間tから退職年までの期間に対して状態の列をランダムに選ぶ。その状態は(年齢に従って上昇する)技能水準と個人の特性(周辺分布Gと遷移確率行列Pによって表される)にもとづいて変化する。年齢の変化をモデルに組み込み、さらにマクロ経済環境を時間tでの状態に固定して賃金変動がマクロ経済の変動から影響を受けないようにする。

就業していれば個人は年率換算した賃金を受け取る。失業中の所得は各国固有の失業保険の所得代替率×(前期就業していれば)前期の年間所得、(前期就業していなければ)最小所得水準wに等しい。最後に年齢aでの退職以降の所得はゼロとする。

Eat(w)を時間tにおいて賃金がwであった個人の退職時年齢a時点での将来の予想賃金流列の和の割引値とする。同一のコーホート内だけでなくすべての個人間での比較を可能にするためにstock valueではなくannuity valueを求める。stock values Ea(w)をannuity valuesに変換するために利子率rで以下の公式を用いる。

Aat(w) = Eat(w)/a−a+1Σt=11/(1+r)t = rEat(w)(1 + r)a−a+1/(1 + r)a−a+1 − 1. (5)

分析では利子率rは年利5%とする。

3 Data Description

1998-1999のデータを用いるのみでは遷移確率の正確な全体像を得るのにサンプルサイズが十分ではない国がある。従って多項ロジットモデルを推定するためにサンプル期間中に観測された遷移をすべて用いる。アメリカだけが十分なサンプルサイズと11×11の遷移行列を得られるだけの賃金流動性の水準を持つ。他の国に関しては(セルに関して)サンプルサイズの問題に直面する(特定の遷移に関してはゼロの場合さえある)。この問題は最も高い賃金から失業へと遷移する場合(またはその逆)に特に顕著だ。この問題を元の階級が[i−1/10 , i/10]で|j − i| > kとなるようなすべての遷移先の階級[j−1/10 , j/10]を一纏めにすることによって解消する。カナダ、イギリス、ドイツに対してはkは3としフランスにはより制約の少ない4とする。

表1に我々が予想した遷移確率から得られる定常均衡分布を示す。就業状態に関する流動性のみを取り出せたならば各列内の要素は等しくなければならず1から均衡失業率を10で割った値を引いたものに等しい。ほとんどの国においてそして男性と女性において(固定効果を含めない)モデルから得られた均衡分布は階級間で幾分か偏っている。アメリカの場合は中央付近の階級にわずかな偏りがあるに過ぎない。しかしイギリス、カナダの場合は上位階級にはっきりとした偏りが見られる。フランスでは下位階級に、ドイツでは分布の両裾に偏りが見られる。固定効果を含める場合にはイギリス、カナダ、ドイツでは結果が大きく改善する。フランスの場合は今度は中央付近に偏りが発生する。これは固定効果を含めたモデルを推定するに際してサンプル期間が3年では不十分であることを示唆する。より長期のパネルデータ(フランス以外)に関しては我々が行ったデータの非トレンド化は成功していることを示唆している。さらにサンプル期間中の失業率を適合させることに関してもこの方法でうまくいっているようだ。

4 Data Analysis and Model Fit

4.1 Cross-Section and First-Order Markov Dependence

適合度に関して、モデルは賃金データの特徴を原系列でも対数値でもよく捉えている。表2と表3に対数化した賃金の平均値と分布を実際の値、モデルによる予測値に対して示す。対数化した賃金の平均値と標準偏差は実際のデータとほとんど正確に一致する。原系列の賃金分布の平均値と標準偏差も実際のデータとよく一致する。歪度と尖度は完全には一致しないが大半の場合で妥当な水準にある。どちらのモデルも平均と分散は良く一致するが固定効果モデルの方が歪度と尖度に関してより一致する。



多項ロジットモデルにより得られた相対的賃金流動性がどれだけ実際のデータと一致しているかを調べるためにスピアマンの順位相関係数を用いる。その準備として隣接する期の実際の賃金の対数値に対する順位相関と、初年度の実際の賃金の対数値とモデルから得られた次年度の賃金の対数値の予想値との順位相関を計算する。モデルでは残差項を用いて推定しているが、このテストでは残差項の順位相関ではなく賃金データの順位相関を調べる。従ってこのテストはモデルが観測された賃金流動性をどれだけ再現できているかを効果的に捉える。(所得の)水準ではなく順位相関を調べるのは我々が関心があるのが分布内での順位の変動であって水準の変動ではないからだ。さらにシミュレーションにおいては周辺分布は固定しているので賃金流動性は完全に順位の変動から来ている。表4に結果を示す。適合度は全体として非常に良いが分布の中央付近で分布の裾よりもわずかに良い。(固定効果ありなしの)どちらのモデルも分布の中央付近でデータに良く一致するが固定効果モデルが分布の裾でわずかに良く一致する。


この表からいくつかの特徴が浮かび上がる。1)アメリカの順位相関が他の国より大幅に低い。2)順位相関は分布の中央付近よりも分布の裾で高い。3)最も賃金が高い階級が最も賃金が低い階級よりも順位相関が高い。4)各国内での男性と女性の順位相関の水準は極めて似通っている。2番目と3番目の結果が我々の手法の妥当性を判断する上で特に重要だ。つまり、単一の相関係数では分布全体を通しての特徴を捉えることはできない。

4.2 Long Run Dynamics

最初の方に述べたようにモデルの定式化はフレキシブルな形で行われたのでこの結果が得られたことは驚きではない。生涯賃金に関して真のテストは長期の変動だ。モデルの長期のパフォーマンスを測るために(パネルの長さが許す限りで)すべての組み合わせに対してスピアマンの順位相関係数を求める。つまり2年、3年、4年などの組に対して実際の賃金水準間の順位相関と、初年度の実際の賃金と2年、3年、4年後の賃金水準との予測値との順位相関を求める。表5にこの方法でのスピアマンの順位相関係数を示す。


注22 例としてアメリカの場合は4つの観測値(1996、1997、1998、1999)がある。従って各回答者に対して最大で2つ(1996-1998 & 1997-1999)、それと1つ(1996-1999)の観測値がある。実際の数字に関して両方の期間に就業している回答者だけを計算に含め、予測値に関して初年度に就業していて後期に就業していると予測される回答者だけを計算に含めている。

固定効果のないモデルでは長期の変動を捉えるのがうまくいっていない。特に時間の経過に対して賃金流動性を高く予想する傾向があり実際のデータよりも相関が速く減少する結果となっている。例えばアメリカの場合は実際のデータでの1年後の相関が0.76だったものが3年後には0.66にまで減少する。しかしモデルは3年後の相関を0.49と予測している。この傾向はすべての国で男性、女性ともに見られる。比較して固定効果のあるモデルは実際のデータよりも高い相関を予測する傾向がある。実際、固定効果モデルは時間の経過に対して非常にわずかしか相関が減少しない。固定効果モデルは分布内の個人の順位をほとんど維持していることが示唆される。これら2つのモデルは実際の順位相関を挟み込むような結果を示し、各国の賃金流動性に関して有益なベンチマークを提示してくれる。

前回の結論同様に今回も、アメリカの賃金流動性が最も高く他国を大きく引き離している。イギリスは2番目に高い流動性を示すがカナダとドイツは驚くことに非常に似通っている。最後にフランスは最も流動性が低く1年後との相関が最も高くさらに2年後にも相関が減少していない。興味深いことに所得分布自体に違いがあるにも関わらず男性と女性で同じ傾向を示す。

表5の全サンプルに関する相関は表4の相関よりもずっと高い。これは全体の相関の大部分は階級間で発生していて残りが階級内で発生していることを示唆する。これはアメリカに特に当てはまる。

相関の傾向が教育、または技能によって変化するのかを調べる。表6に男性の教育に関する結果を、表7に技能に関する結果を示す。一般的に若く教育水準の高くない個人は高い流動性を示し賃金の経路も大きく変動する。これは多項ロジットモデルの教育と技能に対する係数がすべての国で負の傾向であることから確認できる。この効果はアメリカ、イギリス、ドイツで強くカナダ、フランスで弱い。技能に関する効果は教育に関する効果よりは各国で似通っているがそれでもフランス、カナダで弱い。最後に1年後の相関に関してモデルは人口全体の時と同様にデータによく一致する。時間の経過とともに固定効果のないモデルは相関が低めに固定効果のあるモデルは相関が高めになる。

5 Lifetime Inequality

5.1 Education and Experience Earnings Differentials

賃金とannuity valuesにどの程度違いがあるかを把握するために表8に性別毎の教育、技能間での賃金差を示す。すべての国で男女間に賃金差があることがまず確認できる。この差は当期の賃金とannuity valuesでほぼ同一だ。よって賃金流動性は男女間の賃金差を変化させない。この研究での男女間の賃金差は他の研究で報告させるものよりも大きい。女性労働者の割合が多いパートタイム労働者を含んでいるからだ。女性のパートタイム労働の割合が特に高いイギリス、ドイツでは男女間の賃金差は顕著に大きい。

教育と技能について、すべての場合で教育プレミアムはannuity valueの方が高い。逆に技能プレミアムは低くなる。よって賃金流動性は教育水準の違いを強化し技能水準の違いを低下させる。後者に関してそのようになる理由は初期時点の技能水準の低さはannuity valueで見た場合の将来の賃金の成長を意味し逆に技能水準の高さは将来の所得の減少を意味することになるからだ。教育水準の差は長期での賃金格差を拡大する傾向があり技能水準の差は縮小させる傾向がある。

以上の傾向は固定効果のないモデル、固定効果のあるモデル両方で成り立つ。よって固定効果モデルを採用したとしてもこれらの比較に影響を与えない。

5.2 Earnings and Lifetime Income Inequality

ここで賃金と生涯賃金格差の比較に戻る。表9に賃金とannuity valuesの固定効果のないモデルでの格差の水準についてp90/p10比とジニ係数を男性と女性別々に示す。表10に同様の結果を固定効果のあるモデルに関して示す。この表は長期の賃金格差に対する賃金流動性と失業リスクが与える影響を示す。

Bowlus and Robin (2004)同様に、annuity valueの格差の水準は一般的に賃金格差の水準よりも低い。この発見の例外はフランスだ。予想されることだがアメリカが賃金とannuity valueの格差の水準に関して最も大きな差を示す。次にカナダ、イギリス、ドイツと続いてフランスが最も小さい賃金平等化効果を示す。

女性は男性よりも高い賃金格差を示す。前回説明したようにこれはパートタイム労働者の割合の高さに起因している。そしてイギリス、ドイツでその割合が高い。さらに女性は男性よりも高い生涯賃金格差を示す。しかし男女間のギャップはすべての国で縮小する。フルタイムとパートタイム間の流動性が男女間のギャップを縮小させるのに寄与したと思われる。

流動性の種類の相対的重要性を理解するために様々なシナリオでシミュレーションした。上方への賃金流動性のみ、下方への賃金流動性のみ、そして両方の場合で行った。結果は上方への流動性、下方への流動性ともに等しい大きさの賃金平等化効果を持つことが示された。そして両方の場合ではさらに賃金格差が縮小することが示された。

失業リスクの効果は別の傾向を示す。就業と失業の間の流動性のみを考慮する場合には賃金平等化効果は小さくある国では長期において格差を拡大させることが分かった。これはフランス、ドイツのような失業からの退出率が非常に低い国で表われる。よって長期では賃金流動性ははっきりと平等化効果を持つが失業リスクではそうではない。このことはフランス、ドイツの長期の格差縮小効果がどうして小さいのかを説明する。失業リスクの効果を含めなければフランス、ドイツが他の3ヶ国と同様の平等化効果を持つと間違った結論を導いてしまうだろう。

注30 例えば失業からの退出率はフランスが0.27、アメリカが0.75だ。

フランス、ドイツの失業リスクの効果の確認は表11と表12でできる(それぞれ固定効果がない、固定効果があるに対応する)。この表では失業期間の所得水準がゼロと仮定してある。失業リスクが最小のアメリカ、イギリス、カナダでは結果は基本的に変化しない。しかしフランス、ドイツでは長期の格差の水準は上昇しさらにはクロスセクションでの水準を超えてしまう。

失業リスクが生涯賃金格差の重要な位置を占めるということはAltonji et al. (2007)、Pavan (2008)でも確認されている。この研究の結果はFlinn (2002)、Cohen (2000)のように賃金流動性と失業リスクとをサーチ理論の枠組みを用いて組み込んだ研究の結果とも整合する。特に固定効果のないモデルはクロスセクションでの賃金格差の水準に違いがあるにも関わらず生涯賃金格差の水準は各国で驚くほど似通っていることを示している。結果の類似性は異質性を組み込んでいないが失業リスクは組み込んであることに一因がある。

これまでの結果から我々は賃金流動性は賃金格差をアメリカ、カナダ、イギリスで20-30%減少させ、フランス、ドイツで少し減少させると推測する。相対的に賃金格差の大きい国は相対的に流動性の高い国でもある。従って北米型の労働市場は欧州型の労働市場と長期の賃金格差に関して短期の賃金格差を見る場合よりもはるかに似ていることが示される。

6 Conclusions

(省略)