by Kenneth Rogoff
過去10年、世界のインフレ率は30%から4%に低下した。中央銀行の努力によるところが大きいだろう-中央銀行の独立性の強化、保守的な中央銀行、コミュニケーションの向上など-。さらに高いインフレを構造問題、財政問題に対処する手段として用いることは間違っているという認識が政治家や民衆の間に広まったことも大きいだろう。中央銀行はインフレ率の低下に貢献しているだろうがしかし本当にすべて彼等の力だろうか?ディスインフレの環境に恵まれたのではないのだろうか?この好環境は将来にわたってこのまま保持されるのだろうか?財政規律の強化や生産性の向上はそのような環境要因(として挙げられるもの)の一例だ。ロゴフはそれらの代わりにここでは財市場、労働市場における競争の激化、規制緩和、政府の役割の縮小に焦点をあてたいと思う。
平均インフレ率の低下だけでなく例外的に高いインフレ率も同様に消滅した。アルゼンチンの物価水準は1970年代から100兆倍になりブラジルは1000兆倍、コンゴ共和国は1京倍になった。現在では184のIMF加盟国のうちわずか3ヶ国-ミャンマー(40%)、アンゴラ(75%)、ジンバブエ(400%)-が40%の閾値(多くの研究者が実際にインフレの損害を確認できた閾値)を超えたに過ぎない。20%を超えたのは11ヶ国で30%を超えたのは6ヶ国だ。この水準のインフレ率は未だ問題ではあるものの10年前と比較してはるかによくなっている。
次の章ではディスインフレに貢献したとよく引き合いに出される世界的な生産性の動向について述べる。結論を言えば生産性に関する話はアメリカの90年代後半からの話には適合するものの他の地域への一般化(例えばヨーロッパへの)は明白からは程遠い。
A. Global inflation trends
一つか二つでも高いインフレまたはハイパーインフレの国があればその地域の平均を歪めてしまうのでここでは国毎にデータを分解する。分解は二通りの方法で行う。表2に1992のインフレ率がゼロを下回ったか10%を超えた国すべてを掲載する(または2003に予想されている国)。この表からはインフレ率がゼロから10%の間の国は除かれてある(ただし1970-2003期間のすべての国のインフレ率をAppendix table A1に掲載してある)。1992には44の国のインフレ率が40%を超えていた。その半分以上は移行経済が占めていたもののその他はすべての地域から満遍なく構成されていた。2003には先程述べたように3つの国だけが40%のインフレ率を超えている。
どちらかといえば現在では高いインフレ(40%超)よりもデフレーションの方が直面する事態となっている。CPIのよく知られた上方バイアスを考慮すれば(新製品バイアス、アウトレットバイアス等)、さらにバイアスを考慮してデフレーションを0.5%か1%で定義すればデフレは大きなカテゴリーを占める(図1に示す)。
図2a-2bにより長い時間軸での各国のインフレ率を示す。黒い太線はインフレ率がゼロから10%の間の国の割合を示す。ラテンアメリカでは1980の10%以下から2003にはほぼ80%にまで上昇している。中東では1980には33%だったが2003にはやはり80%に達している。アジアでは20%から70%に上昇している。高率のインフレ率はこの逆パターンだ。
B. Persistence
もちろん比較的限られた期間のデータから多くを語ることは出来ない。例え十年の期間であってもだ。歴史の語るところによるとインフレのサイクルは非常に長期にわたることが知られている(図3に示す)。
II. FACTORS UNDERPINNING THE GLOBAL REDUCTION IN INFLATION
60年代や70年代の中央銀行は悪いケインズ理論に支配されていた。70年代や80年代の大インフレはマクロ経済学教育の失敗の副産物だ。インフレは中央銀行のコミュニケーションと技術の問題だというのが80年代には意識されるようになってきた。しかしおそらくこの見方は過去(60年代、70年代)の政策当局者の能力を過小評価しすぎで現代の政策当局者の能力を過大評価しすぎだろう。
私は中央銀行制度や政策当局者の能力が改善したという意見にほぼ賛成するがインフレが世界のいたるところで低下したこと(弱い制度、不安定な政治情勢、人材不足の中央銀行等の国でも)を顧みればその他の要素も大きな働きをしたと考えられる。中央銀行の独立性が世界的に上昇したことは事実なので通説的見方にきちんとしたコアがあることも事実だろう。
A. Greater Central Bank Independence
世界的なディスインフレと金融政策体制との関係を描写するには為替相場制度とインフレのパフォーマンスとの関係を見るのが分かりやすい。
図5に示すように主要な経済圏や地域でグループ分けを行っても同じ結論が得られる。完全変動相場制と管理フロート制のほとんどの国のパフォーマンスは似通っているのでインフレ安定化の万能道具のようなものはないという見方に支持を与える。
B. Tighter Fiscal Policy
90年代以降多くの国の財政状況は改善してきた。表5にあるように先進国の平均プライマリーバランスは1990-2002に2.8%となり1970-1989の-0.1%から改善していることがわかる。この図は過去2、3年を除けばさらに改善する。新興国と途上国も同様の改善を見せる。ラテンアメリカの各国は平均-0.1%から1.3%に改善した。アフリカの各国は1990-2003も-1.6%の赤字だ。だが90年代以前の-3.4%から見れば改善している。
もちろん財政赤字または債務の増加にも関わらずインフレ率が低下している例が豊富にある。インドは継続的にGDPの10%の財政赤字を示しているがそれでもインフレ率は低下している。日本は継続的にGDPの6-7%の赤字を示し債務/GDP比率は150%を超えているがデフレを経験している。もっと一般的にReinhart, Rogoff, and Savastano (2003)は過去15年に多くの新興国と途上国は債務を大幅に積み増していることを示した。金融抑圧からの解放、関税収入の低下、高い財政赤字がこのトレンドの背景にある。それでもこれらの国のインフレ率は低下している。
C. Productivity Growth and the Technological Revolution
ディスインフレーションに対するその他の説明として生産性の向上が挙げられる。予期されない生産性の上昇は少なくとも一時的にはインフレ圧力を和らげる。成長により財政状況が改善する効果と金融引き締めの必要性が低下するからだ。生産性向上のストーリーはアメリカではよく適合する。が、単純化した形での生産性仮説は世界的なディスインフレに対する説明としてはうまく適合しない。実際ヨーロッパのケースでは単純に逆相関している。つまりインフレ率はこの期間低下しているが生産性成長率もまた同様に低下している(順相関じゃないかというつっこみはやめてください。気分の問題です)。図6に示すようにヨーロッパでは90年代後半に生産性成長率は大幅に低下してそのトレンドは継続している。途上国では生産性-特に貿易財の-はおそらくインフレ率低下の要因となっているかもしれない。その影響をグローバル化の効果から分離するのはとても難しいことだろう。そしてこの点を次の章で見る。
D. Globalization, Deregulation and Declining Monopoly Power
はっきりとした根拠はまだ限られているもののグローバル化、規制緩和、政府の役割の縮小等の相乗作用が競争を激化させ独占的企業の準レントを減少させたことは確かなように思われる。70年代以降OECDE加盟国で準レントが減少したことを示した研究もある。ヨーロッパでの財市場と資本市場の統合が最初の重要な一歩をもたらした。EUに加盟した中央ヨーロッパへ向けて生産がシフトしている現在のように生産はその後コストの低い国にシフトしていった。
80年代の間に規制緩和の速度はイギリス、ニュージーランド、オーストラリア、カナダで大幅に加速した。実際これらの国は10年前に規制緩和を始めたアメリカの水準とほぼ等しくなった。ヨーロッパはこれら英語圏の先頭集団に遅れたものの90年代に大幅な進歩を見せた。だがこの地域はまだ高い障壁を残している。限界費用に対する価格マークアップはイギリス、アメリカと比べてまだかなり高い(IMFの2003のWEOによると0.40と0.15)。途上国では貿易の解放は国内企業の独占的レントの大幅な低下につながった。常にそうだったわけではないものの民営化も競争の強化につながった。
グローバル化は間接的な効果だけでなく直接的な効果も持つ。アジアの新興国との貿易は財の実質費用に低下圧力を掛けるだろう。労働者の実質購買力はグローバル化以前と比べて増加する。中国だけだと世界の貿易の5%を占めるに過ぎないがアジアの新興国の合計ではほぼ20%を占める。直接効果と間接効果が同時に働いているのでアジアの新興国が世界のインフレに与えている影響を評価することは難しい。例えば貿易(可能)財が最大でアメリカのGDPの20-25%を占めるに過ぎないと仮定しても他の部門へのスピルオーバー効果がある。貿易財は中間財(例えばコンピューター等)も多く含みこれは非貿易財をある程度代替することが出来る(注 IT化によりコールセンターの仕事が海外に移転するような事例を指していると思われる)。
注19 資源価格にも90年代以降低下圧力が掛かっている。これも資源輸入国のインフレ率低下に対して好環境を作り出している。この要因はここで私が挙げた要因よりもより重要かもしれない。そして更なる考慮を必要とする。
E. Increased competition and anti-inflation credibility
最近になってニューケインジアンモデルやニューオープンエコノミーマクロモデルの研究者から独占的競争がキドランド-プレスコット-バロー-ゴードンモデル(以下KPBG)のミクロ基礎となるとの指摘を受けることが多くなった。この新しい枠組みでは財市場、労働市場での独占は独占下での雇用水準と競争均衡下での雇用水準との間に歪み(ウェッジ)を作り出す。この歪みは中央銀行にインフレを引き起こして自然水準以上へ雇用水準を引き上げようとする動機を生み出す。この歪みが小さくなれば予期されないインフレからのゲインは少なくなる。中央銀行のインフレタカ派としての信頼性は何の制度の変更がなかったとしても高まることになる。結果として均衡インフレ率は低下する。よってグローバル化によるものであろうと規制緩和によるものであろうと競争の激化は実質価格を低下させるのみでなく低インフレ均衡へと向かわせることになる。
第二のメカニズムは価格の流動性の増加だ。多くの理論的、実証的研究によれば農業や半導体のように非常に競争の厳しい部門では高い労働組合組織率を持つ部門に比べて価格はより流動的であることが知られている。価格がより流動的である部門では金融政策が実質経済に与える影響はより小さくなる。予期されないインフレからのゲインがより小さくなれば金融政策当局者の低インフレに対するコミットメントはよりクレディブルになる。
Equilibrium Trend Inflation
まずグローバル化と規制緩和が経済をより競争的にし歪み(ここではkとする)を減少させ期待インフレ率を低下させた。この一連の流れは独占価格の低下によるインフレ率の低下といったことが原因で引き起こされているのではない。中央銀行が選択しない限り相対価格効果はインフレに対して影響を持たない。むしろ歪みが小さくなったことにより中央銀行のインフレへの誘惑を抑え低いπの値を選択させる。歪みkに影響を与えるのでない限り正の生産性ショックは一時的な効果しか持たず長期において効果はなくなる。
最近のミクロ基礎を持つモデルによれば独占の低下はさらなる効果を持つ。競争の激化が価格をより流動的にするのならば中央銀行の目的関数は以下のように書き換えることが出来る。
[μ(π - πe) – k – z]2 + χ(π – π*)2
μは価格の流動性の逆数だ。均衡期待インフレ率、現実のインフレ率は以下になる。
πe = π* + μ k/ χ and π = π* + μ (k - z)/ χ
μが高ければ価格の流動性が低いことを意味する。そしてインフレへの誘惑が大きい。この設定のもとで競争の激化はkに加えてμも低下させる。インフレタカ派的政策への信認をより強化する。
(1)トレンドインフレ率に関して真に重要なのは中央銀行のインフレへの誘惑だ。よくインフレと混同される相対価格へのショックの重要性は2次的なものでしかない。
(2)予期されない生産性へのショックはインフレ率を低下させる可能性がある。しかしそれは一時的なものだ。インフレ率のトレンドに対する説明としては競争や価格の流動性の増加のようなどこか他の要因に求めなければならない。
近代に平和時でのインフレーションを何度か目撃したことはあったにせよ歴史の中で高率のインフレを引き起こしたのは戦争であったり市民の衝突だった。これは図3の中で既に見た。第2次大戦やその後のインフレーション、70年代のインフレーションだ。データを第一次大戦前まで遡ればその効果はより劇的なものになるだろう。今日のわずかに残った数少ない高インフレ国も過去の衝突の産物だ。仮に高いインフレがこれから起こるとしたら衝突がその最大の要因の一つになるだろう。90年代に多くの悲惨な戦争を目撃したが全体的な状況は過去よりも穏やかになっている。テロ事件以降の世界には幾分かの揺り戻しがあるかもしれない。
III. WILL INFLATION COME BACK??
多くの国で退職給付がインフレ率に連動されているといっても予期されないインフレや非インデックス化を組み合わせて債務削減を試みようとする国がまだあるかもしれない。
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