2013年3月23日土曜日

債務比率が90%を超えても成長率が1%低下しない?

1 Introduction

高い水準の公的債務は成長率を低下させるのか?拡張的な財政政策が例え短期において有効であったとしても長期では成長率を低下させるかもしれない。そして財政政策の効果を部分的、または完全に打ち消してしまうだろう。

公的債務と成長率の関係は低成長率が高い水準の債務を生み出しているのかもしれない(それはやっぱり拡張的財政政策の失敗なのでは)。債務と成長率の間の相関はこれら2つの変数に影響を与える第三の要因によって引き起こされている可能性もある。債務から成長率への因果関係を確立するためには債務に直接の効果を持ち成長率には直接の(または間接的に、ただし債務を経由してのものは除く)効果を持たない操作変数を見つける必要がある。

我々の方針は外国通貨建ての債務の存在を前提にして、為替レートの変動は直接的、自動的な影響を債務/GDP比にもたらすというものだ。従って公的債務の通貨構成に関する詳細なデータを集めそれを2国間の為替レートと照合し為替レートの変動によってもたらされた変動効果を変数として構築する必要がある。

第一に必要とされるのは操作変数の関連性だ。操作変数は内生変数と関連を持つ必要がある。弱操作変数検定の結果、操作変数の関連性が確認された。我々は変動効果が操作変数の外生性を満たしていないことを認識している。変動効果は自動的に為替レートと相関するが為替レートは成長率に影響を与えるかもしれない。変動効果はさらに外国通貨建ての債務の比率と相関しボラティリィティの増加を通して成長率に影響を与えるかもしれない。

だが債務の構成や実効為替レートの変動を制御してしまえば変動効果(変数)が成長率に直接的な影響を持つと考える理由は特になくなる。

我々の用いた除外制約は妥当であると思われるがモデルが丁度識別であるためそれを確かめることが出来ない。そして除外制約は過剰識別モデルでのみ検定できる。そのためKraay (2012)によって開発されたベイジアンアプローチを用いる。

既存の研究は債務が100%を超えた場合に債務と成長率の間の負の相関が強まることを発見している。我々のデータの中でもそのような閾値を調べてみたが構造変化を示唆する強い根拠は得られなかった。我々の結果は他の研究者が用いたより長期で大規模なデータでの閾値の存在を否定するものではない。補足として高債務、低債務でサンプルを分割して操作変数法を用いて回帰分析を行った。低債務の国で変動効果変数を操作変数として回帰分析を行ったところ債務と成長率の負の相関は消滅した。しかし我々の分析は高債務国に対してうまく適合しなかった。そこでFisher’s (1966)のcovariance restrictionsを用いて識別を行ったところ債務と成長率の間に負の相関を見出すことは出来なかった。

2 Addressing Endogeneity

内生性の問題を最も簡単に記す方法は以下になる。成長率は債務の関数だ。

G=a+bD+u (1)

債務は成長率の関数だ。

D=m+kG+v (2)

bは以下のように求められる。

^b=(bρ2v+kρ2u)/(ρ2v+k2ρ2u)

OLS推定量のバイアスは以下になる。

E(^b)-b=k(1-bk)/ρ2v/ρ2u+k2 (3)

kがゼロならばまたはなんらかの偶然によりbk = 1ならば式(3)は不偏推定量だ。kが負かつbk < 1ならばOLS推定量は負のバイアスを持つ。

もちろん内生性を認識しているのは我々が初めてではない。既存の研究は内生性を債務/GDP比のラグ値を用いたり(Cecchetti, Mohanty and Zampolli, 2011)、GMMを用いたり(Kumar and Woo, 2010; Presbitero, 2012)、債務/GDP比を近隣国の平均債務を操作変数とする(Checherita and Rother, 2010)ことで解決しようとしてきた。

これらは有益な第一歩であったが内生性を取り扱うには十分でないと考える。まずラグ変数の使用には問題がある。債務と成長率には持続性(慣性)があるからだ。債務比率の持続性はGMMの有効性を制限する。さらにこれらの階差GMMやシステムGMMは横断面でのサンプルが相対的に少ない場合の扱いに適していない。公的債務を近隣国のもので操作変数とするのには問題がある。大域的なショックと金融面、実物面でのスピルオーバーが存在するからだ。仮にi国の成長率がj国の成長率に影響を持つならばi国の公的債務はj国の公的債務に対する操作変数として用いる事は出来ない。

我々は内生性の問題を外国通貨建ての債務と為替レートの変動との相互作用によってもたらされる変動効果(以下VE)を操作変数とすることによって解消する。

公的債務がN種類の通貨(このNには国内通貨も含む)で発行されている国を考える。さらにDijをi国の発行するj国通貨建ての債務残高とする。eijをi国とj国の通貨の交換レートの対数とする。それからt+1期のi国の公的債務残高の操作変数を以下のものとする。

VEi,t=ΣDij,t(eij,t+1-eij,t)/ΣDij,t  (4)

VEは関連性と外生性を満たす必要がある。まず関連性から議論を始め外生性に戻る。

関連性はVEと債務/GDP比率に自動的な関係があることから保障されているように思われるかもしれない。しかしVEは外国通貨建ての債務が存在しない国かまたは非常に安定した為替レートを持つ国があれば話はややこしくなってくる。対象が新興国だけだったらこれは問題にならなかっただろう。OECD加盟国では関連性が問題になるかもしれない。

表1に各国のVEを示す。VEはフランス、ドイツ、日本、オランダ、アメリカでほぼゼロに近い。残りの12国ではVEの分散は0.15%から1.89%の間にある。全体の分散はほぼ1%だ。各国間の分散は0.26%で国内での分散は0.94%だ。

この値がVEが公的債務に対する操作変数として妥当かどうかは適切なテストを通して判断されることになる。それは次の章に持ち越すとしてここではVEのラグ値と公的債務残高に相関があることを示す。

VEのラグ値の1%ポイントの増加は債務/GDP比率の1.5%ポイントの増加につながること示す(図1)。結果は日本をサンプルから除いた場合でもほとんど変わらず(図2)、外国通貨建ての債務が非常に少ない5つの国をサンプルから除いた場合に少し強くなる(図3)。すべてのケースで係数は正で1%の水準で有意だ。

次に外生性に移る。我々のモデルは丁度識別なので除外制約の妥当性をテストすることが出来ない。よって妥当性を論理的に示す必要がある。VEが成長率に影響を与える2つの潜在的な経路があると考えている。第一にVEは外国通貨建ての債務と相関している。その外国通貨建ての債務が今度は景気反循環的な政策実行能力を低下させるかもしれない。そしてボラティリティの増加が成長率を低下させる可能性がある。

第二にVEは債務比率で加重平均した(貿易比率ではなく)実効為替レートだということと関係している。比率が違うといってもVEが貿易比率で加重平均した実効為替レートと相関する可能性がありうる。それが今度は成長率に影響を与えるかもしれない。

仮にVEが成長率に影響を与える経路がこの2つしかないのであれば外国通貨建ての債務の比率と実質為替レートの水準を制御すれば直接的、間接的(公的債務を経由するものを除いて)な影響を取り除くことが出来る。言い換えれば我々の除外制約は債務構成と実質為替レートの水準を制御する限り妥当であることが示される。

その他にVEが成長率に影響を与える経路を我々は認識しないが除外制約の妥当性に異議を唱える人もいるかもしれない。それ故、ベイズ流に操作変数に対する信頼区間を構築する。

目標はCecchetti et al. (2011)の結果を出来る限り忠実に再現することにある。これは1980-2005の18のOECD加盟国を調査したものだ。数ヶ月に及ぶ探索の結果18のうち17の国のデータを入手することに成功した。次の章で彼等の結果をすべて再現できたことを示す。

3 Debt and Economic Growth: Causation versus Correlation

公的債務が成長率に与える影響を調べるためにCecchetti et al. (2011)の研究をなるべく忠実に再現する。以下の回帰式を推計するため5年間の重複期間成長率を用いる。

GROWTHi,t+1,t+6=αYi,t+β(Debt/GDP)i,t+γ'Xi,t+μi+τt+εi,t (5)

Yは1人あたり実質GDPの対数値でμiとτtは国と年度の固定効果を示す。Xitは制御変数の行列でGROWTHは%表示での1人あたり実質GDP成長率の平均値だ(i.e., GROWTHi,t+1,t+6=(Yi,t+6-Yi,t+1)×100/5)。

この分野で重複した期間を用いるのは標準的ではないのは認識している。しかし17ヶ国のサンプルで重複しない期間を用いるのは効率性の面で大きなコストとなる。重複期間を用い誤差項に組み込まれた移動平均構造を修正することに最善を尽くす。さらに重複しない期間を用いても同様の結果が得られることも(ただしかなり弱くなる)示す。

3.1 Baseline estimations

まずGDP成長率を公的債務比率のラグ値、1人あたり初期GDPの対数値、貯蓄率、人口成長率、平均就学年数、貿易依存度、インフレ率、従属人口比率、銀行危機ダミー、流動負債/GDP比率に回帰する。これがベースラインとなる。

表2の列1に示すように債務比率の10%ポイントの上昇は0.18%ポイントの成長率の低下につながる。これはCecchetti et al. (2011)が示した0.17%ポイントに非常に近い値だ。公的債務の係数は1%水準で有意だ。サンプルにわずかに違いがあるとはいっても基本となるモデルの結果は彼等のものとほぼ同一だ。

債務比率をL.VEで操作変数とした場合に第一段階の回帰式で操作変数と公的債務に強い正の相関があるのを確認した(表2の列2に示す)。興味深いことに列3の第二段階の回帰式では債務は有意ではなくなり係数の符号も負から正となった。

有意性が消滅したのは操作変数法が有効でなかった可能性もあるが符号の変化は大きな負のバイアスがOLS推定量にあったことが明白だ。これは成長率から公的債務に負の関係がある場合にまさに我々が予想した結果に他ならない(前章でのk<0のケース)。

表2の下段に過小識別検定と弱操作変数検定の結果を示す。Kleibergen-Paap LM統計量とWald統計量は過小識別の帰無仮説を棄却する。よって我々の操作変数は階数条件を満たす。Kleibergen-Paap F testは9.2となる。これはStaiger and Stock (1997)の経験則である10に近い値だ。そしてStock and Yogo (2005)の5%と15%の最大バイアスの間にある。弱い操作変数の存在に関する最大バイアスは10%より大きく15%より小さいと思われる。Angrist and Pischke (2009)は弱い操作変数に伴うバイアスは我々のもののように丁度識別のモデルでは小さい傾向があることを示している。そしてバイアスは操作変数と内生変数の相関が0.1よりも大きい場合に消えることを示した。

さらにMoreira’s (2003)の条件付尤度比検定(CLRT)を用いて弱い操作変数の存在下で有効な信頼区間を構築した。操作変数法での信頼区間とCLRTの信頼区間を比較して後者がより広く(-6.8、7.4に対して-5.31、19.39)、右にシフトしていることが分かった。弱い操作変数の存在により操作変数法の推定量はOLS推定量の側へバイアスが掛かるかもしれないのでこれは驚きではない。これも我々の推定結果(債務が成長率に影響を与えるという根拠がない)により自信を深める理由だ。

ここまでは通貨構成と為替レートを制御していなかった。表3に基本となるモデルに外国通貨の構成と(貿易比率で加重平均した)実質実効為替レートを加える。さらに通貨構成のラグ値と実質為替レートのラグ値を加える。

まずOLS推定の結果は債務と成長率に関して負で有意の相関を示す。債務比率の10%ポイントの増加は0.15%ポイントの成長率の低下につながる。係数は1%水準で有意だ。予想したように外国通貨建て債務と為替レートの増加は成長率と負の相関を示している。

列2の第一段階の回帰式はL.VEと債務比率との間に強い正の相関があることを示している。Kleibergen-Paap LM統計量とWald統計量は表2よりも大きく過小識別を5%水準で棄却している。Kleibergen-Paap first stage F testは16になった。Staiger and Stock (1997)の経験則を大きく上回り、Stock and Yogo (2005)の最大10%バイアスの閾値にほぼ等しい。第二段階では公的債務の係数の符号は変化しさらに有意ではなくなった(表3の列3)。前回同様内生性を制御すると債務と成長率の負の相関は消滅した。点推定の結果(2.05)は有り得ないほど大きいように思われる。だがt値は0.5で係数は有意からはほど遠い。今度もCLRT信頼区間は右にシフトし操作変数法での信頼区間よりも広くなった。

OECD加盟国において債務から成長率への関係は示唆されなかったことが表2と表3で示されたと強く信じる。既に述べたようにこの結果は弱い操作変数の存在により引き起こされたのではない。残った問題を以下で取り上げる。

3.2 Weak Exclusion Restrictions

L.VEは成長率に影響を与えないというのが推定の鍵になっている。モデルは丁度識別なのでこの制約の妥当性を検定することが出来ない。代わりにKraay’s (2012)のベイズアプローチを用いてこの除外制約を緩めた場合にどうなるかをテストする。

彼の方法論を示すために式(1)に戻る。(G)は(D)の関数だ。(D)は内生性を持つのでE(D,u)≠0となりOLS推定量はバイアスを持つ。(D)と相関し(u)と相関しない変数(Z)を見つけることが出来れば対象とする構造パラメータを得ることが出来る。しかしE(Z,u)=0は満たされるとは限らない。

E(Z,u)=0の仮定を緩めE(Z,u)の分布にゼロが含まれるようにする。精度を犠牲にする代わりに構造パラメータの識別を可能にする。彼の方法は除外制約の妥当性に関する不確実性を構造パラメータの推定の精度に関する不確実性へと移し替えて定量化する。

彼は誘導型の誤差項と操作変数間の相関についての事前分布を除外制約の妥当性についての事前の不確実性を近似するものとして用いる。特にφを(-1,1)の範囲にある一様分布のランダム変数として、1/ηを除外制約の妥当性についての不確実性の度合いとする。事前分布は以下で求められる。

g(φ )=(1-φ 2)η (6)

事前の不確実性はη=0の場合に最大になる。ηの値が増加すれば不確実性は減少する。η=5の場合にg(φ)が(-0.46,0.46)の範囲にある事前確率が90%になる。η=100でg(φ)が(-0.12,0.12)の範囲にある確率が90%になりη=500でg(φ)が(-0.05,0.05)の範囲にある確率が90%になる(η=1000の場合に90%信頼区間は-0.04-0.04になる)。

彼はサンプリングによって事前の不確実性を構造パラメータの事後の周辺分布へと移し替えることが可能なことを示した。彼のシミュレーションによると中程度の事前の不確実性でさえパラメータの精度に大きな影響を及ぼすことが分かった。驚くべきことに精度の低下は操作変数の関連性が高いかつサンプルが大きい場合に大きくなることを彼は示した。言い換えると操作変数の関連性が高いほどモデルの特定化の誤りが大きくなることを示した。

除外制約に関する仮定を大幅に緩めた場合、信頼区間は非常に広くなることが分かった(表4)。特にη≦10の場合(90%の確率でg(φ)が(-0.34.0.34)の範囲にある)で、信頼区間は操作変数法の場合(g(φ))と比べて5倍大きくなる。η=100の場合、信頼区間は操作変数法の場合よりわずかに大きい範囲に留まる。

3.3 Other Robustness Checks

(省略)

4 Looking for thresholds

今度は公的債務と成長率の関係に閾値があるかを確認する。Reinhart and Rogoff (2010a,b)は公的債務がGDPの90%を超えた場合に成長率の中央値が1%低いことを示した。さらに平均値が4%低いことも示した。Cecchetti et al. (2011)は債務の水準と背成長率の間に明確な関係を見出せなかったと報告しているがそれはサンプルが小さかったからだろうと示唆している。

彼等はDΨを債務比率がΨを下回った場合に1を取るダミー変数と定義しΨの範囲(50,120)に対して以下の回帰式を提示した。

GROWTHi,t+1,t+6=αyi,t+γXi,t+φDΨi,t+β1{(Debti,t/GDPi,t)×DΨi,t}+β2{(Debti,t/GDPi,t)×(1-DΨi,t)}+μi+ τ t+εi,t  (7)

次に彼等は尤度比検定を用いて式(7)に最もよく適合する閾値を探し出し閾値周辺の信頼区間を求めた。その結果閾値は96%と推定された。

(途中省略)

ここで行える方法として閾値の値を様々に変化させてβ1とβ2を比較することが出来る。図11の上段の実線は50-120の範囲の閾値に対するβ1の点推定の結果を描写している。実線は非常に安定していて大抵の範囲で有意だ。下段はβ2の点推定の結果を描写している。これも安定していて全範囲で有意だ。

β2の方がβ1より正確に推定されているが2つの係数に大きな差がないことが図11から確認できる。実際、債務比率が50%を下回る場合(図10の上段の最初)と債務比率が120%を上回る場合(図11の下段の最後)で点推定の結果は同じだ。

2つの係数が互いに有意に異なるのかテストしてみた。図12の実線は債務比率が80%を下回る場合にβ1はβ2より大きい傾向があることを示している。80%を超えると関係は逆になる。点線は係数の有意差に関するp値を描写している。点線は差がほとんど有意にならないことを示している。この結果は真のテストとはいえないものの閾値が存在しないかもしれないことを図12は示唆している。

Reinhart and Rogoff (2010a)は閾値の存在に関する操作変数を見つけることは困難だと述べている。我々もそれに同意するがそれでもなお行ってみる。1つの閾値に対して2つの内生変数があるので2つの操作変数を必要とする。原則としてL.VEが債務に強く相関するならばL.VE×DΨはDEBT×DΨに対する操作変数になり得る。そしてL.VE×(1-DΨ)はDEBT×(1-DΨ)に対する操作変数になり得るだろう。問題はこれらの操作変数は債務の成長率に与える効果を識別出来るほど強力ではないかもしれないことだ。

表12の第一段階の回帰式は低水準の債務に対して操作変数がうまく機能していることを示している。よってサンプルを分割する。まずOLSから始める。低債務のサンプルでは係数は負であるものの有意ではなかった(表13の列1)。列2の第一段階の回帰式では操作変数法は期待された符号を示したが有意ではなかった。過小識別検定の結果により操作変数は階数条件を満たしているがF検定の結果から操作変数の関連性は低いかもしれないことが判明した(しかし丁度識別のモデルでは弱い操作変数の存在は大きな問題にならないかもしれないことに留意する必要がある)。列3の操作変数による回帰式では係数は正で有意でなかった。列4-6で操作変数なしで推定してみた。結果は列1-3と同一だった。

表14では表13の実験を債務がGDPの90%を超えた事例に絞って繰り返してみた。予想したように操作変数が弱く結果は無意味だった。

表14で注目なのはOLSでさえも係数が有意でなくなったことだ(列1)。これは自由度が十分でなかったからかもしれない。またはサンプルがプール可能でなかったからかもしれない。列4に制御変数を減らして自由度を増加させた場合の結果を示す。係数は表2と表3のものに近くなり10%水準で有意になった。

5 An alternative identification strategy

操作変数法が高債務国に対してうまく機能しなかったので他の方法を用いる。式(1)と式(2)の単純なモデルに戻って操作変数を加える。

G = a + bD + γTPGROWTH + u (8)

D = m + kG + v (9)

TPGROWTH(注 trading partner growthのことと思われる)は債務式の中に含まれていないので成長率が債務に与える影響は識別することが出来る。しかしさらなる仮定なしには我々の知りたいbは推定することが出来ない。

だがFisher (1966)が示したようにuとvが真の構造ショックであれば(つまりE(u,v)=0)、式(8)や式(9)のようなモデルはkとbともに識別することが出来る。彼はこれを共分散制約と呼んだ。Hausman and Taylor (1983)は共分散制約が操作変数型の表現型を持つことを示した。Hausman, Newey and Taylor (1987)はaugmented三段階最小自乗法(a3SLS)を提案した。

この方法は滅多に用いられない。実装が面倒だからだ。だがShapiro (1987)は丁度識別の2つの方程式体系ではa3SLSの実装は4つの単純な過程として構成できることを示した。第一段階はGをTPGROWTHに回帰することから始まる。そして^Gを得る。第二段階ではDを^Gに回帰して^kを求める。そして^vを求める。今までの構成から^vはDと相関し仮定からGと無相関となる。従って^vをDの操作変数として用いることが出来る。第三段階ではDを^vに回帰して^Dを得る。第四段階でGを^Dに回帰してbを推定する。

よってuとvを真の構造ショックと仮定して成長率の操作変数を見つけることが出来れば債務が成長率に与える影響を識別することが出来る。Panizza and Jaimovich (2007)は貿易相手国の加重平均されたGDP成長率から構成される外生的ショックは成長率の良い操作変数となることを示した。彼等は外生的ショックを以下のように定義した。

JPi,t = EXPi/GDPiΣφ ij,t-1GDPGROWTHj,t (10)

GDPGROWTHj,tはj国のt期の実質成長率を示す。φij,tはi国からj国への輸出の割合を示す。EXPi/GDPiはi国の平均輸出比率を示す。

操作変数JPが年率の単位ではうまく機能することが判明しているもののより長い期間では機能する保証がない。よってJP(t+6,t+1)と等しくなるように変数TPGROWTHを作成しTPGROWTHが5年の成長率に対して良い操作変数となるのか回帰分析を行う。分割しないサンプルに対して結果は芳しくなかった(表15の上段の列1)。TPGROWTHは有意ではなく表14の最初の列のテストにすべて不合格だった。

債務比率が90%を下回ったサンプルに対してTPGROWTHの係数は10%で有意で過小識別の帰無仮説を棄却した。だがその符号は予想していたものと逆だった。点推定の結果は貿易相手国の高い成長率はi国の成長率を減少させていると示唆しているように見える。これは正しくないだろう。

高債務国では結果が改善する(表15の上段の列3と列4)。90%以上の債務比率では係数は正で有意となり許容可能なF検定の結果を得た(とはいえまだ低いが)。

サンプルを90%以上の債務比率に限定することの問題点はわずか90の観測値しかなくなることだ。そこで閾値を80%にしてみたが(119の観測値になる)操作変数の係数は未だ正で有意だった(列4)。過小識別検定と弱操作変数の問題は行3のものよりも悪くなったがAngrist and Pischke (2009)の基準によればまだ許容可能だ。閾値をさらに下げた場合では操作変数は最早機能しなかった。

表15の上段の結果にもとづいてHausman, Newey and Taylor’s (1987)の三段階最小二乗法を適用してみた。表15の下段の列1には債務比率90%以上のOLSの推定結果を示す。表14と同様に係数は負でしかし有意ではなかった。三段階最小二乗法では正で有意であることが分かった。(このケースでは)係数が有意であったことにそれほど大きな意義を持たせたいのではない。しかしこの結果は表2と表3での結果と完全に整合的であることを強調したいと思う。OLSでは債務と成長率に負の相関があったが操作変数法では逆だった。

表15の下段の最後の2列にサンプルを債務比率80%に拡大した場合での結果を示す。OLSでは係数は負で有意で(列3)、三段階最小二乗法では有意ではないものの正だった。

適切な操作変数を発見することは困難で特に閾値の存在に対する操作変数を見つけることは難しい。だが我々は閾値の効果が以前考えられていたほど強くはないという根拠を発見した。さらに債務水準が低いサンプルに対する適切な操作変数と高債務のサンプルに対してうまく機能する戦略を求めた。そしてどちらも債務が成長率に影響を与えるという根拠を示さなかった。

6 Conclusions

ここでの結果は現在の論争に対して重要な意味を持つと信じている。不況期であっても緊縮を行う多くの良い(または悪い)理由があるだろう。ここでその議論に立ち入りたくはない。しかし先進国で高債務が成長率に影響を与えるという根拠を得ることは出来なかった。よって現在の我々の知識では債務と成長率の関係は財政再建の議論への支持として用いるべきではないと考える。

債務と成長率に負の相関を発見することが出来なかったからといってこれはどんな水準の債務でも維持できることを意味しない。持続不可能となる債務の水準が間違いなくある(例えば利払いがGDPより大きくなった場合など)。またはデット・オーバーハングが効果を発揮する債務比率に達した場合など。ここでの結果が示したものは先進国は債務が成長率に対して負の効果を持ち始める閾値をまだ下回っていることを示唆しているように思われるということだ。

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