2015年1月13日火曜日

「大きな政府(増税)が経済成長にとって有害ではないというのは経済学者の間でコンセンサスになっている」というのは一体何だったのか?Part2

Tax Increases and Behavioral Responses

by Arpit Gupta

昨日、上院の共和党は迫る減税の期限切れへの対応と債務上限引き上げの承認に関する論争に決着がつくまではあらゆる審議に応じないと表明した。幾人かはこれを議事妨害と見做す可能性はあるが、これら2つの議案が持つ重要性は決して見過ごすことが出来ない。それに議論の時間がわずか数週間では短すぎる。減税の期限切れの議論だけを考えてみても、提案されている増税がもたらすすべての影響を(特に経済に与える影響を)考慮することが重要だ。

ブッシュ減税の期限切れに関して、オバマ政権の提案しているほとんど大部分の減税の延長案に注目が集まっている。この案では、所得が(*1ドル=100円として計算)2000万円以上の個人(夫婦で2500万円以上)の限界税率は高くなる。納税上位1%が連邦政府の個人所得税収の3分の1以上を負担しているのでこのグループの増税に対する反応を理解することは特に重要だ。

このグループに対する減税の延長に反対する理由として、オバマ政権は「富裕層」に高価な「贈り物」をしている余裕などないとしている。すべての減税の延長を支持する共和党は、富裕層のものとされている所得は実際には中小企業の事業所得で不況期での増税は回復を遅らせると主張している。

だが、どちらの側も所得の高い世帯が増税にどのように反応するのかという議論を避けている。税と行動の間に強い関連があるならば、高額所得者への減税の失効は高い代償を伴うだろう。数多くの学術的研究がそれが実際に起こることだと示唆している。

Elasticity of Taxable Income

増税は様々な行動的反応を引き起こす。人々は労働時間を減少させたり、給料の低い仕事に就いたり、または労働市場から完全に退出するかもしれない。長期では、人々は(さらなる教育を求めるなどの)将来の所得を増加させる為の投資を避けるかもしれない。この投資に対する報酬を税が低下させるからだ(税引き後の所得の低下という形で)。これらの反応はすべて経済効率を低下させる。他にも、人々は納税負担を少なくさせるために所得の申告方法を変更するかもしれない。例えば、より控除を受けられるような経済活動を積極的に行うことなどにより。それらの活動は必ずしも経済産出を低下させるとは限らないかもしれないが、政府が受け取る税収を低下させる。

経済学者は増税が経済効率と申告所得の両方に影響を与えることに同意しているものの、その定量的影響を完全に把握することは難しい。この効果を計算するに際して、経済学者はあるパラメータの重要性を強調する。それが課税所得の弾力性(ETI)だ。このパラメータは限界税率の上昇に対して人々の課税所得がどのように変化したかを示している。課税が個人の行動に影響を与えるその特定の経路を特定する必要なく(課税の影響を)分析することを可能にするので魅力的だ。

例えば、納税者達が10兆円の所得を稼いだと仮定する。この所得には35%の税率が掛かったとする。人々が増税に対してまったく反応を見せなければ増税の影響を分析することはシンプルなものになるだろう。40%への限界税率の引き上げにより税収は機械的に5000億円増える。人々が増税に対してその申告所得を変化させれば増税を行っても税収の増分は小さくなる。ETIを0.40だとすると、税収の増分は最初の例の3分の2の3300億円になる。ETIを0.80だとすると、増分はわずか1500億円になる。

ETIにはその他の計算にも有用だ。例えばETIを0.40だとすると、税収を最大化する税率(ラッファーカーブの頂点に対応する)は61%になる。ETIを0.80だとすると、44%になる。これらの値よりも高い税率では税率を引き下げることでしか税収を上げることは出来なくなる。

その他の有益な使用方法は、課税の限界超過負担を調べる時だ。それは課税の追加の費用と考えることが出来るだろう。そして(支出の)便益に対してバランスしなければならない。あるプログラムの支払いのために増税を行うのであれば、そのプログラムの便益が増税の費用を上回っていると主張しなければならない。ETIが0.40だとすると、高額所得者への1万円の増税は5300円の限界負担に対応する。ETIが0.80だとすると、限界負担は2万2200円になる。

課税の影響は政府の支出プログラムに大きく関連する。法定税率が税収最大化税率を超えていれば、政府は税率を引き下げることでしか税収を集めることが出来なくなる。だが仮に税率が税収最大化税率を下回っていたとしても、増税を避けるべき良い理由がある。例えば、(課税の限界費用が大きい)ETIが0.80の時の税収最大化税率44%は現在の連邦政府の所得税の最高限界税率35%と比べてそれほど高い訳ではない。税率をラッファーカーブの頂点に設定することにより税収は最大化されるが、限界税率をその水準以下に設定するほうが望ましい。税率が税収最大化税率に近づくに連れて、課税の限界費用は際限なく大きくなる。

Responsiveness of High Income Individuals

限界税率の引き上げの影響は行動的反応の大きさに依存する。増税に対して人々が行動をより大きく変化させるほど、経済全体の損失は大きくなる。反応性が高いほど、増税は経済成長に悪影響を与え政府が受け取る税収も少なくなる。

だが、その反応性は個々人で一定なのではない。特に、富裕層は様々な理由により増税に強く反応する。項目別控除などの各種の非課税措置を利用しやすいのがその理由の一つだ。富裕層はそもそも元から高い限界税率に直面しているので、さらなる増税は彼らに集中的に損害を与える。Alan Viardが説明しているように、

「納税者は課税所得を変更することが出来るという事実は所得課税が非効率であるということを示している。課税が経済的負担を課していることを意味している。その非効率性は限界税率に依存する。さらにその非効率性は限界税率に対して級数的に増加し、大まかに言って限界税率が2倍になると4倍になる」。

数多くの研究が富裕層の課税所得がより強く反応していることを文書に残しているし、その大きさを定量的に分析している。

Emmanuel Saez and Jonathan Gruberはその内の一つだ。彼らは全体のETIは0.40だが、所得が1000万円以上(*1992の1ドルを100円として)の個人は0.57だと報告している。項目別控除を申請している個人にいたっては0.66とさらに高い。

その他の推計値も以下の表にまとめてある。

推計値は研究毎に異なるものの、高額所得者への課税が経済に対して大きな損失を与えるという点ではすべての研究が一致している。高額所得者の弾力性は(その弾力性がはるかに大きいであろう)超富裕層を除くと平均して0.50から0.60の間にある傾向がある。それらの値は課税への反応により、期待させる税収の増分の半分以上が失われることを意味する。また、メディケア、法人税、州税と地方税も考慮すれば現在の税率が税収を最大化する税率からそれほど離れていないということも意味する。

これらの研究は現在参照可能なものとしては優良だが、(両方の方向に)潜在的なバイアスを抱えているという点で問題がある。

上方バイアス:前述の研究はすべて、個人所得の申告所得を課税所得として用いている。だが、高額所得者は所得の申告方法を変える選択肢を持っている。例えば、医者は増税に対して法人の形で仕事を行うことにより対応するかもしれない。結果として個人所得としての課税所得は減少するが、法人所得は増加しそして法人所得税として支払う。それ故個人の課税所得だけを見ているのでは、(課税所得の形態の変更であった場合)実際の行動的反応を過大に見積もってしまう。この問題を修正するために、上述の表にある別の列では申告所得の変化の半分は税の申告方法の変更であると仮定してさらにこの所得に30%の税率が掛かるとして結果を計算している。

下方バイアス:前述の推計で把握されていない行動の変化は他にも数多くある。

例えば、個人が仕事、余暇、消費の形態を変えるだけの時間がある長期では課税に対する反応ははるかに大きくなるかもしれない。事業家は増税に対してすぐには事業を止めないかもしれないが早めに引退することを選ぶかもしれない。これまでに紹介した研究は短期や長くても中期のみを対象としたものだった。それ故、長期の影響を把握できていない。

これまでよりわずかに長めの期間の効果を推計しようと試みた研究の一つがAuten, Carroll, and Geeだ。ブッシュ減税への反応を対象として2000から2005のデータに基いて全体のETIを0.67と彼らは推計している。この値は過去の推計よりも大きく、そして高額所得者の反応はさらに大きいだろう。この反応は所得の全般的な増加からも生じる可能性が(*少し)あるので、すべてをブッシュ減税の影響と見做すことは出来ない。だが、この研究は課税の長期の影響が大きなものであるかもしれないことを示している。

反応が大きなものであることを示す他の例として、高額所得者が納める税金の劇的なまでの増加が挙げられる。James Poterba and Daniel Feenbergが指摘しているように、申告所得の急増は80年代に始まった最高限界税率の大幅な引き下げと一致している。


(*もちろん偶然という可能性は完全には排除しきれないにしても、この見事なまでのタイミングの一致に対して、格差が拡大していると主張している経済学者がまともな反論を行ったことは一度もない)

「この高額所得者の申告所得の急増には複数の要因があると思われる。だが、申告所得と最高限界税率との強い結びつきは税制の変化がこの結果の大部分を生み出していることを示唆している。これらの結果は高額所得者が税率の変化に対して極めて敏感であることを示したこれまでに引用した研究と整合的だ」。

Institutional Factors

税の影響は課税の対象となる個人に限定されるのではない。課税は労働と余暇のトレードオフに関するもっと広い社会的選択にも影響を与える。これらの社会全体のマクロ経済学的効果を評価するため、ある研究者はアメリカとヨーロッパの差を指摘している。アメリカの税率はヨーロッパより低く、そしてその所得水準はヨーロッパよりはるかに高い。この所得水準の差に基いてETIを推計すればその値は極めて高くなり、課税に対する反応は極めて大きくそして現在の経済学の研究では把握できていない経路を通してであることが指摘できる。

アメリカとヨーロッパの所得格差がすべて税によるものかどうかは分からない。他にも幾つかの要因がある。だが、アメリカとヨーロッパの所得水準の差は課税に対する反応が極めて大きいことを示唆している。

課税に対する反応をもっと柔軟に把握しようとした研究者の1人がRaj Chettyだ。デンマークの納税記録から得た証拠を調べた論文の中でChettyらは、ここで紹介した過去の論文は職についてからの個人の反応しか取り扱っていなかったことを強調する。だが長期では、増税は企業が提示して従業員が受け入れる職の種類にも影響を与える。政府の政策は個人の選択だけでなく社会的な規範や制度にも影響を与える。

サーチ費用の存在は短期ではこれらの効果を弱めるかもしれない。だが時間が経つに連れ、課税に対する反応は大きくなっていくだろう。それにより、初めは少ない人数だけに影響していた課税が最終的には大多数の労働者に影響を与える経路も生まれる。

別の論文の中で、Chettyは短期の反応に影響する可能性のある摩擦に関して考察している。新しい税制に対応するための費用が存在する他、個人が税の変化を完全に理解できていない可能性もある。彼は摩擦を組み込んだ新しい方法で課税に対する反応を推計した。その結果、国民全体のETIは0.50となりこれまでの推計よりも高い値となった。高額所得者の税に対する反応はさらに大きいだろう。

Conclusion

(省略)

2015年1月7日水曜日

「大きな政府(増税)が経済成長にとって有害ではないというのは経済学者の間でコンセンサスになっている」というのは一体何だったのか?Part1

Guest Post by Arpit Gupta: Labor Supply and Taxes

by Arpit Gupta

税制に関する現在の議論の多くは経済刺激策や所得格差の関連で語られているが、本当に重要なのは税が労働供給に与える長期的な影響である。税は人々に労働時間を削減させ(経済学者がintensive marginと呼ぶもの)、同様に労働市場から完全に退出させる(経済学者がthe extensive marginと呼ぶもの)。その効果がどれぐらい大きいのかを調べることは経済研究の主要な分野で、政府の政策に与える影響も大きい。

例えばEdward Prescottは、労働供給の弾力性の高さ(税に対する家計の労働供給の高い反応性)でアメリカとヨーロッパの間の所得格差を説明できると議論している。アメリカの労働供給はドイツやフランスなどのヨーロッパ諸国に比べて50%以上多い(興味深いことに一般的なステレオタイプとは異なり、ヨーロッパの人々はこの時間を余暇に費やしているのではなく家事など(*外食ではなく自分で食事を作ったりなどいわゆるDo It Yourself)の非市場性の財の生産に費やしている)。結論は、アメリカの方が税率が低いので労働供給が多く生活水準もはるかに高い。

弾力性が低いと考えている経済学者もいる。Peter Diamond and Emmanuel Saezは最近の76%の最高税率を議論した論文の中で暗示的に低い弾力性を用いている。

大まかに分類すると、Ed Prescottのようなマクロ経済学者(経済の振る舞いを全体で考える)は高い弾力性を支持する傾向があり、Saez and Diamondのようなミクロ経済学者(個人個人の集団を考える)は引受弾力性を支持する傾向がある。この論争は政府の政策に対して極めて重要な意味を持つ。仮にDiamond and Saezが正しいならば、大幅な増税を行ったとしても(とはいえ、税引き後の所得には影響を与えるが)労働供給やGDPには影響を与えないだろう。Prescottらが正しいならば、限界税率の引き上げは労働供給を直撃しGDPを低下させアメリカ経済の主要な競争的優位の源に打撃を与えるだろう。

このパズルを和解させる方法の一つをRichard Rogersonが提案した。彼はintensive marginを計測することとextensive marginを計測することとの間にある違いを強調した。彼の議論をまとめるとこうなる。弾力性が低いと推計している人達は、すでに労働市場に参加している個人の反応だけを見ている。だが、それらの人々が労働時間を変更することにはある程度制約があるかもしれない(少なくとも、数年の間は)。一方で、人々は労働市場に参加するかどうかには大きな裁量を持つ傾向がある。例えば、主婦などは労働市場に参加するかどうかの選択を迫られる傾向がある。年配の人々も同様だ。このextensive marginを正しく考慮することに失敗すると税が労働供給に与える影響は小さいと誤って判断してしまう。実際には労働市場への参入と退出の経路を通して税が大きな影響を与えているにも関わらずだ。

Raj Chettyとその共著者は新しい論文で、このextensive marginを推計した。

「マクロ経済学の推計はミクロ経済学のものよりもはるかに高い弾力性を示す。この違いに対する最もよく知られた説明は、非分割的な労働がミクロの研究では捉えられていないextensive marginの反応を生み出すというものだ。我々はミクロの推計値がマクロの研究でこれまでに求められている(国際比較をする上で重要な)定常状態の弾力性(ヒックス弾力性)と整合的であることを発見した。だが、extensive margin弾力性のミクロの推計値は景気循環での総労働時間の変動を説明するのに必要とされる値よりは小さい。よって、非分割的な労働供給では異時点間代替弾力性(フリッシュ弾力性)のミクロとマクロの推計値の大きな差を説明することが出来ない。我々の推計ではintensive marginのヒックス弾力性は0.3、extensive marginのヒックス弾力性は0.25で、intensive marginのフリッシュ弾力性は0.5、extensive marginのフリッシュ弾力性は0.25であることを示している」。

Chettyらは、extensive marginの弾力性がRogersonらの考えていたほどは大きくないかもしれないもののそれでも相当な大きさであるということを示している。税が1%増加すると労働時間が0.55%減少する。それが意味する所は以下のようになる。労働市場への参入と退出は税に極めて敏感に反応する。筆者らは以下のように結論している。

「これらの発見は、労働供給の税に対する反応が国際間の労働時間の違いの大部分を実際に説明することが出来ることを示唆している」。

この論文の筆者らはこのことが国際間の所得の差がすべて税の違いだけで発生しているということを必ずしも意味するのではないとも注意深く記している。だが合理的な説明だ。

この研究はこれまた最近発表されたMichael Keaneの論文を補強している。彼は以下のように述べている。

「男性と女性の労働供給について書かれた過去の論文を改めて調べ直した。税や賃金の変化に対する労働供給の反応に関して過去の文献では論争が見られる。少なくとも男性に関しては弾力性が小さいと考えている経済学者は多いようだ。だが私が調査した論文の中でかなりの数のものが大きな値を報告している。よって、この点に関してはっきりとした意見の一致はない。実際、私が調査したすべての研究のヒックス弾力性の平均値は0.30だった。多くのシミュレーション研究がそのぐらいの値でさえも大きな厚生損失を生み出すのに十分だということを示している」。

「男性に関して、2つの要因がこれらの大きな違いを生み出していると結論している。第一の要因は、賃金のデータとして生のものを用いるか比率のものを用いるかの違いだ。前者のものを用いた研究は大きな弾力性を示す傾向にある。第二の要因は、ほとんどすべての研究が人的資本への報酬を考慮することに失敗していることだ。これが弾力性の推計に関して下方バイアスを生み出すことを議論している。人的資本を加えたモデルの中で、小さな弾力性でさえも巨大な厚生損失を生み出すことを私は示した」。

「女性に関して、特にextensive marginに関して多くの研究は高い弾力性の値を示している。特に、「長期の」労働供給の弾力性(ここでは、賃金が出産、結婚、職務経験に与える動学的な効果を考慮したという意味で)が極めて高いということを発見した」。

要するに、Keaneは他の研究者が推計した労働供給の弾力性を検討し直した。女性に関して、税に対する弾力性は極めて高いというのが結論のようだ。これは結婚による労働供給へのペナルティを取り除く極めて重要な理由となる。論争を呼ぶだろうが、女性に対しては男性のものとはまったく異なる税率を課したほうが経済的には理想的かもしれない。

Keaneはintensive marginに関して弾力性が小さいとする研究が多かったとしながらも、平均をしてみれば労働供給に対して税が大きな影響を与えているということを発見した。このことは、教育への投資、家族形成、起業などその他様々な要因を考慮する時には極めて重要となる。かなりの数の研究が、起業家になる意欲やさらなる教育投資を求める判断が金銭的報酬に強く影響を受けるということを示している。そしてその金銭的報酬は課税によって大きく影響される。これらの動学的反応を考慮にいれることは難しい。だがそのことは課税による各種の長期の厚生損失が高いことを示唆している。

不況から回復中の現在では、富裕層以外から税を集めようとする意欲は小さいだろう。だが、いずれは政策当局者は困難な選択に直面することになる。増税により、社会保障費をカットするという選択を避ける事が出来るかもしれない。だが、課税の長期的な影響が長期的な経済の成功に対して悪影響を与えるということを示す研究が数多くある。そしてその悪影響により債務/GDP比をバランスさせることはさらに困難となるだろう。それでもまだそれは一考の価値のある選択かもしれない。だが、増税がもたらすトレードオフを常に念頭に置くことは重要だ。少なくとも、それが課税ベースを拡大することにより限界税率を引き下げる(相対的に少ないコストで効率を向上させる)税制改革を求める理由となる。

2015年1月6日火曜日

クルーグマンとスティグリッツの言うことは1から10まで全部嘘だった?

Executive Summary

歳出と歳入の議論が過熱する中で、増税を支持する人達は1950年代をよく黄金時代のように語る。そして富裕層はもっと多くの税金を払っていたし税制はもっと公平だったと主張する。だが、事実をよく見てみるとその主張は支持されていないことが分かる。

実際、

・1950年代には、ほんの僅かの人しか極めて高い税率を課せられていなかった(*たった3人との説)。

・富裕層が税を多く支払っていたという主張は、実際の観測事実ではなく、富裕層が法人税をほぼ完全に負担していたという仮定により成り立っている。その仮定を疑う正当な理由が幾つかある。

・それらの仮定の存在を置いておいたとしても、1950年代の経済は現在とは異なるので当時の税制を現代に再現することは出来ない。

・現在の経済で税率を引き上げたとしても、税制はより公平になるどころか不公平になる可能性のほうが高いだろう。

現在の議論の中で、よく言われるのが増税をしても経済成長を阻害することはないという主張だ。この主張の絶対的根拠として1950年代は最高税率が高かったにも関わらずアメリカの成長率が堅調だったと頻繁に持ちだされる。

1950年代を高い税率の時代と捉えているうちの1人がコラムニストのPaul Krugmanで、以下のように発言している(*以下略)。

1950年代が高い税率と堅調な経済成長の時代だったという概念を示すものとしてThomas Piketty and Emmanuel Saezが挙げられる。増税を支持する者達から頻繁に取り上げられる彼らの仕事だがその詳細を見てみると、それが増税を支持するものでないことが明確にわかる。

第一に、彼らはその時代の高いとされる税負担が限界税率の高さによるものであるということを示していない。高い税率を課せられたのはほんの僅かの人だけだった。彼らから引用した以下のグラフに各所得階層が課せられたであろう平均税率とその税の種類の内訳を示す。


(*クリックすると拡大。右側のグラフは実際の税率ではなくあくまで推計によるもの。ここで注目するポイントはグラフの緑の部分が2つのグラフで大体同じ水準にあること。この緑は所得税の税率を示す。ようするに2つの時期の税率が異なるのは富裕層に掛かる所得税の税率が変化したからではなく青の法人税の税率と灰色の相続税の税率が変化したからだということを示している。ただしそれもあくまで推計によって求められた税率なので以下でその部分が批判されている)。

これらのチャートは平均所得税率が1950年代から2004まで(ブッシュ大統領の減税の後でさえ)極めて安定していたことを明確に示している。その時期の税率は、税制が累進的であるようにと設定されていた。1964にケネディ大統領が税率の引き下げを行うまでは高額所得者の限界税率は91%だった。だが、実際にその税率を課せられていた人は既に述べたように少ない。その税率が課せられた人達でさえ、実際の平均税率は今日の税率とさほど変わらない。彼らが述べているように、

「興味深いことに、1960年代の税率の累進性は所得税によるものではない。1960の個人所得税率は最高でも31%で、2004の25%より少し高いだけだ。1960年代の所得税の特徴はキャピタル・ゲイン税率が低かったり各種の控除が豊富に用いられていたことで、これにより最高税率91%に代表されるように一見したところ極めて累進的に見えた各種税率が劇的に低下することが見て取れる」。

言い換えると、抜け穴や控除が原因で1950年代の税率は現代の税率とあまり変わらなかった。それならば、どうして彼らは当時の富裕層はもっと多く税を払っていたと主張しているのか?

その答えは、法人税と相続税にあると彼らは主張している。所得税以外の間接的な要因が富裕層の税負担が多かったという主張の根拠に挙げられている。

「1960の累進度が高かったのは法人税と相続税が原因だ。法人税が個人所得全体に占める割合は1960に6.5%だったが、現在では2.5%に過ぎない。資本所得の分布は偏っていたので、法人税は富裕層にとって大きな負担となった。相続税も0.8%から0.35%へと低下した。その結果として、相対的な相続税の負担は1960から低下した」。

「個人所得税の限界税率の低下は累進制の低下とほとんど関係がなかった。各種の所得控除や人的控除、キャピタルゲインに対する優遇措置などが要因で、限界税率の変化に比べて平均税率の変化ははるかに小さかった」。

彼らはそれら非所得税の負担が富裕層に集中していると主張しているので、1950年代の平均税率が特に富裕層で現在よりもはるかに高かったと結論してしまったようだ。

相続税の影響を計算するのは相対的に簡単だが、法人税の負担を計算するのははるかに難しい。理論上では、課税された会社は資本へのリターンを低下させるので株主は所得を失う。そして会社という人間は存在しないから支払うことが出来ないので代わりに労働者の賃金が低下する。だが実践上では、会社の税負担を誰が支払うのかを正確にモデル化すること(*株主と労働者のどちらがどれぐらいの割合で負担するのか)は現在でも困難となっている。

彼らはこれに正面から向き合うのではなく2つの方法で回避した。第一に、資本に法人税の全負担が掛かると仮定した。第二に、個人所得がキャピタル・ゲインの実現益で近似できるとも仮定した。

1950年代にも存在していたGeneral Motorsの例で考えてみよう。他の大企業同様に、GMの課税所得も1950年代と1960年代には膨大なものだった(1960年代の課税所得は平均でGDPの9%を占めていた)。それ故、政府にとって法人税は重要な歳入の源となっていた。

この経済学的帰結を説明するために、彼らは株主が法人税をすべて負担すると仮定した。この時代の実効税率を計算するために、彼らは法人税全額を計算し株主が株を売ることにより得た所得(キャピタル・ゲインの実現益)の合計で割った。彼らは富裕層が株式の大部分を保有していると仮定しているので、そこから富裕層の税負担が高いと推計した。これら彼らが70%という数字を算出した方法だ。

ここで注意しておきたいのは、1950年代と1960年代の税率が高かったという主張は実際の納税額を直接調べることによって言われているのではないということだ。そうではなく、株主が法人税を全額負担するという仮定などから計算された推計に基いている。

その仮定も完全におかしなものというわけではないにしても、彼らの仕事をより注意深く分析してみると4つの重大な問題点が出てくる。

1.法人税の影響をモデル化するに際して、彼らは法人税が実態のない法人という存在によって負担されるのではなく実在の人間が負担するという一見したところ当たり前の事を分析に組み込んでいる。この点はとても重要だ。それというのも、増税の支持者たちは投資家は低い税率でしか負担していないと頻繁に主張しているがその主張の矛盾が浮き彫りになるからだ(秘書よりも税率が低いと主張したWarren Buffettが有名)。

もちろん、そのような主張は労働に掛かる税率とキャピタル・ゲインに掛かる税率との差から生じている。投資家が負担する法人税を考慮に入れていない。だが、その影響こそがPiketty and Saezの分析において決定的に重要なものだ。彼らの主張の元になっているのは資本の保有者(Warren Buffettのような)が法人税をすべて負担するという仮定だ。

だから、この主張を増税の根拠に用いるのは整合性を欠いている。1950年代は無害な高い税率の時代だった(裕福な株主が法人税を全額負担するという仮定に依存しているのに)としながら現代は低い税率の時代(法人税の影響は無視してキャピタル・ゲイン税率だけを見ることによって)だと言っていることになる。

2.Piketty and Saezの仮定は現実からはほど遠い。

先程も述べたように、法人税は賃金の低下という形で労働者が負担するという経路がある。実際、多くの経済学者は労働者が法人税のかなりの部分を負担するということに同意している。これを簡単に言い表すと、政府が税として集めたものは労働者への賃金としては利用することが出来ないということだ。このことは労働組合の活動が活発だった1950年代には特に重要だったかもしれない。

さらに、キャピタル・ゲインの実現益だけを見るのでは法人所得の全体像を見落とすことに繋がる。一般的に、株価の上昇は資産価格全体の上昇を表している。だがその上昇のすべてを株式投資家が得るのではない。保有資産の価値が増加しても株式を売却しない投資家の例を考えてみよう。Piketty and Saezの仮定では、この個人は法人税を負担していると見做される。だが、この人物は実際には税を支払っていない。

1950年代の法人税の負担を知る完璧な方法はない。だから仮定と単純化がどのモデルにおいても必要になる。このことをもってモデルを全否定するべきではない。Piketty and Saezの分析の場合には、彼らの用いた2つの仮定を疑う余地が大きすぎたというだけの話だ。問題点は明らかだ。それらの仮定により(特に2つの仮定が組み合わさった時に)彼らは1950年代の税率が実際のものよりも高いと誤って推計してしまった。

3.彼らの用いた仮定の問題点を置いておいたとしても、さらに第三の問題点がある。彼らの結果は大部分が1950年代の特殊性がもたらした錯覚だ。

第二次世界大戦後の世界経済の崩壊と戦後の工業資本主義の特殊性がアメリカに異様に高い企業利益をもたらした。アメリカの企業は他のどの国の企業とも競う必要がなかった。当時の法律も社会の慣習も、巨大独占企業の存在を支持していた。資本の流動性は相対的に低く企業利益は高かったので労働組合の活動(賃金と給付の増加として)と法人税を通した形での再分配は活発だった。

50年以上たった現在では、世界経済の性質は劇的に変化している。アメリカの法人税率は未だ高いままのものの、その税収はGDPに占める割合としては劇的に低下している。様々な要因により資本や企業利益は現在では簡単に課税できるものではなくなった。加えて、資本の保有者も大きく様変わりしている。資本の保有者は現在では年金ファンド、普通投資家などが含まれる。それ故、資本課税は最早富裕層のみが負担するものではなくなっている。

言い換えると、増税の支持者達の主張の問題点は1950年代が彼らが主張するような超高率の税率の時代でも何でもなかったというだけでなく、その時代の経済状況に戻る簡単な方法がないということにある。

では現代において、よいと仮定されている高い税率を課す方法はあるのか?所得税の税率の引き上げが挙げられるかもしれない。だが過去のデータを遡ってみれば、限界税率の変化に対して実際に集められた所得税の額は驚くほどに安定していることが分かる(人々は税率の変化に対して自分たちの資産を守るために最大限の反応をするので)。それ故、所得税に焦点を絞った戦略がうまくいくのかどうかはまったくもって明らかでない。

4.Piketty and Saezの分析は、1950年代の超富裕層の税率が高かったと述べているだけだ。これは、その時代の税制が全体としてより累進的であったかどうかの証拠からは程遠い。

税制の累進性を測る重要な手法の一つは、所得分布全体のうちの90%(*所得上位10%までを除いた全体)の所得シェアが課税前と課税後でどのぐらい変化したかを調べることだ。彼らは1970のその集団の所得シェアが課税前と課税後で4.3%変化したと推計している。言い換えると、課税が所得分布に与えた影響は4.3%だ。

だが、2004にはこれが6.6%に上昇している。この基準によると、累進度が高いとされているフランスの税制は同年度で1.8%変化させているだけではるかに低い。もちろん、税制の累進性を判断する方法は他にもある。だがこの方法は課税が所得に与えている直接的な影響に焦点を当てているので説得力が高い。この基準によると、現在の税制がアメリカの歴史上でまたは他国との比較で例外的に累進度が低いという主張は支持されない。実際、この基準によるとアメリカの累進性はむしろ上昇している。

増税の支持者たちはヨーロッパを税制の公平性のモデルとして挙げることが多いものの、事実として多くのヨーロッパの国々の税制は特に累進的ということはない。ヨーロッパの各国はむしろ累進性を低下させる方向にシフトしている。例えば、付加価値税はヨーロッパで一般的だ。付加価値税は消費に課税するので富裕層よりもむしろ低所得層に負担が集中する。

Conclusion

以上、4つの問題点を見てきたがいずれも同様の結論を示している。1950年代の税制を2013のモデルとすることはミスリーディングということだ。所得税の実効税率は何十年間も安定している。法人税には富裕層の税率を高める効果があったかもしれない。だが、それは主張されているようには明確でもなんでもない。そして過去に法人税率が富裕層の税負担を高めていたとしても、現在においてその当時の経験を再現することは容易ではない。一方で、ヨーロッパの例は高い税率が経済成長に影響を与えないなどということを示していない。現在において税を最も集めやすい方法は累進制とは逆の方向ということだけだ。歳入の議論の答えは過去に見出すことは出来ない。

2015年1月5日月曜日

アメリカの最高税率が91%だったというのは馬鹿な経済学者たちが流したプロパガンダだった?Part2

本日のウォールストリート・ジャーナル紙でPeter Diamond and Emmanuel Saezが所得税率の引き上げを議論している。給与税と州税、地方税を考慮に入れた後で、彼らは「所得税の最高税率を第一次レーガン政権時代の50%まで引き上げても税収が増加する可能性が高く、1970年代の70%でも税収が増加するかもしれない」と議論している。

彼らは高い税率と「高めの成長率が伴う」傾向にあるという。その証拠として、彼らは最高税率が相対的に低かった1980から2010の一人あたりGDP成長率が1.68%で、最高税率が70%以上であった1950から1980の一人あたりGDP成長率が2.23%であったと述べる。加えて、彼らは「1970年代以降のOECD加盟国の経済成長率と最高税率の間にはっきりとした相関を見つけることが出来なかった」と述べる。

彼らの分析には深刻な欠点が幾つもある。

1.1950年代と1960年代の高い成長率は第二次世界大戦で破壊されたその他の国に対してアメリカが圧倒的な優位性を持っていた時代のものだった。

NBERはその状況を以下のように記述している。「第二次世界大戦の終了時点で、アメリカはほぼ唯一の工業生産国だった。1950の工業品の産出量の約60%を占め、そのGNPは現在のOECD加盟国の合計の61%を占めていた。これは一時的な現象だった。ヨーロッパは回復し、工業品の競争相手となった」。

2.実効税率は法定税率よりもはるかに低かった。

1950年代の法定税率が91%だった時に、実効税率は恐らく50%ぐらいだっただろう。彼らが求めていることはもちろん税率を歴史的水準にまで引き上げながら、当時用いられていた合法的な課税回避の手段をすべてなくしてしまうことだ。よって、実効税率はアメリカの歴史で前例のない水準に達するだろう。アメリカの経済は未知の領域に突入するだろう。

これに加えて、1950年代や1960年代の税率はレーガン時代の低い税率に比べて税収を多く生み出していたわけではない。1951から1963の所得税収がGDPに占める割合は7.7%で、1982から1992よりも低い。

3.経済成長率は1973以降、ほとんどすべての国で低下している。

よって、Scott Sumnerが指摘しているように、規制緩和、民営化、最高税率の引き下げなどの改革の効果を見るためには相対的な経済のパフォーマンスを見る必要がある。サムナーは市場よりの政策をとった国の方が成長率の低下がより小さく、市場よりの政策をとらなかった国を上回っていることを指摘している。彼がインタビューで述べているように、「イタリアやギリシャなどの改革をあまり行わなかった国は、その成長率が7%から2%以下に低下している。アメリカとイギリスはそれらの国よりも低下幅がはるかに小さかった。アメリカで成長率はほんの少し下がった、でも劇的にではない」。

4.最近イギリスで起こったことを見てみよう。

イギリスの独立機関であるFiscal Oversight Commissionは最高税率を50%から45%に引き下げても税収に中立だと議論している。税収を最大化させる税率はその範囲内であることを示唆している。イギリスには州の所得税がないので、税収を最大化させる税率はアメリカでそれよりも低いことが予想させる。

5.クリントン時代の増税を思い出せ。

クリントン時代の増税で、最高税率は39.6%になった。オバマ大統領もこの水準に引き上げることを望んでいる。だが1995に、クリントン大統領は税率を上げすぎたことを認めている。実際、それらの増税により集められた税収は財務省の予想した額の3分の1以下だった。

6.投資税率を引き上げることは間違った方法だ。

Diamond and Saezは「租税回避の機会をなくす」ために、譲渡所得に掛かる税率と配当に掛かる税率を労働所得に掛かる税率と同じ水準まで引き上げることを議論している。これは、公平性の名の元に成長を阻害する方向へと税制を変えてしまうだろう。

現実には、資本に対して課税するべきではない。AEIの消費税に関する研究は、「所得税は貯蓄に対してべナルティを与える。所得税はアメリカの資本の蓄積に対して有害な影響を及ぼしている。資本の蓄積の低下は労働生産性と実質賃金を低下させ、将来の世代の生活水準に悪影響を与える。ある研究は、消費税への以降によりアメリカの経済規模は長期的に9%拡大すると示唆している。他の研究はそれよりも小さな値を推計しているが」と議論している。

そして、Colgate大学の研究は、「金融所得への税率が低下すると、長期においてイノベーションが促進され労働生産性が上昇する」ことを発見した。ケネディ大統領が指摘していたように「キャピタル・ゲインへの課税は投資に直接的に影響を与える。(税率の低下は)リスク資本を静的なものから動的なものへと変え、ベンチャー企業の資金集めを容易にし、それ故経済を強化し潜在成長率を高める」。

7.Diamond and Saezは学問的誠実さを欠いている。

2012の論文で、Saezとその共著者は「税率の長期的な影響に関する真に説得的な推計はない」と議論している。だから彼らは各種の推計の平均を取ってそれを今回の税率を計算する上で用いた。そうやって出来上がったものが今回の70%の限界税率(そして記録的に高い実効税率)だ。

まとめ

私は税収を最大化する税率ではなく成長率を最大化する税率が望ましいと思っている。そのための税率は50%ではない。実際、もっと低い税率だ。

アメリカの最高税率が91%だったというのは馬鹿な経済学者たちが流したプロパガンダだった?Part1

The Obsession with Nominal Tax Rates or the Twinkie Romanticism

by Christopher Balding

ある経済学者にとって、過去の税制を理想化することはドン・キホーテの挑戦のようになっている。例えばKrugmanは以下のように書いている。

現在の推計では、1960頃のアメリカの所得上位0.01%の実効税率は70%以上で、現在の税率の倍以上となっている。

1960から1963の最高税率は91%でその後60年代の終りまでは70%から77%だったので、この主張は奇妙だ。言い換えれば、Krugmanはこのグループがある年度では名目税率以上の実効税率を課せられていたと主張している。

所得上位1%の平均の実効税率を以下に示しておく。


このデータはよく理想化される91%の税率とはまったく異なる姿を示している。グラフで示してあるように、内国歳入庁のデータによると1966から1970の所得上位1%の実効税率は30.85%だ。問題にされている期間を通して、所得上位1%の実効税率が35%を超えたことは一度もない。

意見があるのであれば言ってほしい。

以下、コメント欄から

msmith on December 1, 2012 at 1:11 am said:

Balding教授、Krugmanの主張に対して真っ向から反論することは出来ないのですか?所得上位0.01%(所得上位1%ではなく)の実効税率はいくらですか?1960の実効税率(1966ではなく)はいくらですか?

The Man on December 1, 2012 at 4:54 am said:

それは2つの非常に単純な理由により出来ません。第一に、ここではIRSのPublic Use Fileというデータを用いています。これには1966以前のデータはありません。ですからそれ以前の税率を計算することが出来ません。やりたくないとかそういう理由ではなく単にデータがないからです。第二に、データの技術的詳細に立ち入ることなく簡単に説明すると、所得上位0.01%ではサンプルサイズが小さすぎて有用な数字が得られないと思ったからです。言い換えると、1%の1%の税率を計算するのに十分なデータが得られなかったということです。ようするに、あなた同様興味はあるのですが残念なことに直接的な比較はできなかったのです。

以下、marginal revolutionのコメント欄から

tt31 November 30, 2012 at 11:55 am

これを読んでいて少し混乱したんだけど、1)彼はKrugmanが0.01%と言っているのを1%と勘違いしたんじゃないのか?2)彼はKrugmanの元の引用にリンクしていないんじゃないか?彼はデータの用い方がおかしいと主張しているのかそれとも解釈がおかしいと主張しているのか?

Mark A. Sadowski December 1, 2012 at 1:48 pm

Krugmanは明らかにこの論文からデータを持ちだしている。

Piketty and Saezの推計では1960から1977の所得上位0.01%の実効税率は67.7%から75.0%となっている。同じ期間の所得上位1%の実効税率は43.4%から47.2%だ。

彼らの推計とIRSの推計でどうして違いが生じるのか?彼らの推計には個人税、法人税、給与税、遺産税が含まれている。だから主な違いは法人税だ。彼らはすべて譲渡所得に掛かると仮定している。法人税を除くとこの期間の所得上位1%の実効税率の平均は31.0%で1970に最も高く34.1%になっている。同様にこの期間の所得上位0.01%の実効税率の平均は48.0%で1970が最も高く55.3%になっている。

Christopher BaldingにしてもTyler Cowenにしてもどうしてこれをやらなかったのか?彼らがこの分野に詳しくなかったからか、それともKrugmanをからかうことの方により関心があったからか?

(補足)tt31氏のコメントは単に誤解で、Mark A. Sadowskiの挙げているPiketty and Saezは強く批判されている
Ex-CIA Directors: Interrogations Saved Lives

by former CIA Directors George J. Tenet, Porter J. Goss and Michael V. Hayden (a retired Air Force general), and former CIA Deputy Directors John E. McLaughlin, Albert M. Calland (a retired Navy vice admiral) and Stephen R. Kappes 

(*当時の)民主党上院多数派のみによって作成された上院諜報活動特別委員会のCIAのテロリストに対する拘留と尋問に関する報告書はバランスを欠いている上に不誠実なものだ。委員会は誤りの散りばめられた一方的な報告書を作成しCIAに対して党派的な攻撃を仕掛けている。

CIAがこれらの事件にどのように対処してきたのかを調査することは重要な意義を持つ。我々がすべてを完璧に対処してきたと言うつもりはない。我々が直面した緊急かつ危機的だった状況を考慮すればなおさらだ。我々のプログラムの中でも、起こってはならないことが起きてしまった事例はあった。しかしそれを認識した時には、我々はそのような事例をCIAの監察官または司法省へと報告し修正するよう行動に務めた。

国家とCIAはよりバランスのとれた報告書からは利益を得ることが出来るだろう。この委員会の報告書はその基準を満たしたものではない。そこからは何も得ることが出来ない。

我々の見解はCIAと上院諜報活動特別委員会の共和党員によって支持されている。両者とも民主党多数派の報告書に強く反論している。どちらの批判も明瞭で事実に基づいており報告書の主張に疑問を投げ掛けている。

委員会の報告書はどこが間違っているのか?

第一に、CIAのプログラムが有効でなかったという主張だ。尋問は取り敢えず以下の3つの点で極めて重要だった。プログラムは、

・アルカイダ幹部の捕縛につながった。それにより彼らを戦場から退かせることが出来た。

・多くのテロ計画を中断させテロ攻撃を未然に防いだ。そして多くのアメリカ人とその同盟国の生命を救った。

・我々にアルカイダに関する膨大な知識を与えてくれた。そしてアルカイダを攻撃し、活動を阻害し、組織を解体させる最適な方法を教えてくれた。

この尋問の重要性を示す有力な例がアルカイダ幹部のAbu Zubaydahと、KSMとして知られる9/11の首謀者の一人であるKhalid Sheikh Muhammedから得られた情報だ。我々はこのプログラムが無ければこの二人から情報を得ることが出来なかっただろうと確信している。

まずZubaydahから得られた情報によりKSMの仲間と9/11後のテロ計画者Ramzi Bin al-Shibhの捕縛につながった。そしてZubaydahとal-Shibhから得られら情報からKSMへとつながる有力な手がかりを得られた。さらにKSMから、2002に200人以上が殺害されたインドネシアのバリ爆破事件の犯人でアルカイダの東アジア支部のリーダーであるRiduan Isamuddinをたどることが出来た。

これらのアルカイダ幹部の排除は多くの人命を救った。何故なら彼らのテロ計画を終わらせたからだ。KSMだけでも、彼を捕獲した時には、複数のテロ計画を実行中だった。

ここにプログラムがテロ計画をどのように阻止したかの好例がある。我々はKSMに誰がHambaliの計画を引き継ぐかを尋ねた。KSMはHambaliの兄弟Rusman Gunawanだと答えた。それから我々はGunawanを発見し、彼から得た情報から、航空機を再び使ってビルを爆破する9/11型のテロ攻撃をアメリカの西海岸に仕掛けるために彼が集めていた南アジア支部の17人のメンバーの捕獲につながった。もしその攻撃が行われていたならば、9/11の悪夢が再び繰り返されていただろう。

従順になってからは、Abu ZubaydahとKSMはアルカイダに関しての貴重な情報源となった。我々は情報を得るために何度も彼らと接触した。2004の9/11 Commission Reportの1700の注釈の4分の1以上と、2007のNational Intelligence Estimate on al Qaedaの多くの部分はテロ容疑者、特にZubaydahとKSMからもたらされている。

上院諜報活動特別委員会の民主党多数派はさらにbin Ladenの捕獲がプログラムからもたらされた情報によるのではないと主張している。間違いだ。尋問の対象であった者であれそうでなかった者であれ、拘留の対象となった者から得られた情報がbin Ladenの捕獲に決定的な役割を果たしたことに疑いはない。プログラムが無ければ、CIAはbin Ladenへとつながる人物を絞ることは出来なかっただろう。

特に、尋問の最中に得られたある情報がその人物に関しての我々の興味を引いた。尋問の対象だったある拘留者がその人物に関して最も詳細な情報を与えてくれたからだ。それにKSMとAbu Faraj al-Libiはその人物に関しては嘘を言っていた。両者がその他の重要な質問に関しては正直に答えていた時にもだ。他の拘留者はその人物をKSMとAbu Farajに結びつけていただけに、彼らの偽りは重大な意味を持っていた。

重要なのはこういうことだ。プログラムはCIAと軍がbin Ladenを捕獲するのに決定的な役割を果たしたということだ。

レポートの第二の重大な問題点は尋問の方法が司法省に認められた範囲を頻繁に逸脱していたという主張だ。その主張も間違っている。

2009にEric Holder司法長官はJohn Durham検察官に尋問プログラムの調査を命じている。彼は許可されていない尋問がCIAによって如何なる形でも行われていないかどうか、行われているとすればその方法が刑法の規定に抵触するのかどうかを調査した。Eric Holder司法長官はDurham検察官がCIAが関わった101人の尋問と拘留の事例すべてを調査したと報告している。調査は2012の夏に終了した。その調査は専門的かつ網羅的なもので、起訴が可能な行為は行われていなかったと結論した。

第三に、CIAが司法省、ホワイトハウス、議会、そして国民を欺いたという報告書の主張も完全に誤りだ。その主張の論理の元となっている考えは尋問が有効であったといわれてはならないというもので、その考えは事実と異なっている。

第四に、委員会多数派はプログラムを理解するのに重要なものを置き去りにしている。そのプログラムが実行されるに至った背景だ。

プログラムは3000人が殺害された後に作成されたものだ。その時の状況とはCIAが

・アルカイダがアメリカに第二のテロ攻撃を仕掛けるつもりだという証拠を掴んでいた時で、

・bin Ladenがパキスタンの核兵器専門家と密かに接触を持ち核兵器を保有しようとしていたという一定の情報を掴んでいた時で、

・核兵器がニューヨーク市へ密かに持ち込まれているという報告書を受け取っていた時で、

・アルカイダがアンスラックスを製造しようとしていたという確固とした証拠を掴んでいた時だ

この状況の中で、時間は決定的に重要だった。そしてCIAは9/11のような攻撃を決して起こさせてはならないという強い責任感を感じていた。我々は無実の市民を殺害するのにまったく躊躇を覚えないような残虐な殺人者たちに対して"relationship building"が機能しないと感じていた。拘留者たちはアルカイダの訓練場にいた時に高度な反尋問トレーニングを受けていた。さらに、攻撃を妨害し市民の命を救うことが出来る情報を彼らが持っていたことも明白だった。

上院諜報活動特別委員会の報告書はこの背景を無視している。

委員会は、CIAがプログラムの実行に際して単独で動いたのではないということも隠そうとしている。プログラムの過程すべてにおいて、CIAは国家安全保障担当大統領補佐官、その副官、大統領顧問、そして司法省と緊密な連絡を取り合っている。

大統領はプログラムを承認した。司法長官は合法と認めた。

CIAは調整のために司法長官に4度会いに行き、彼はプログラムが政策、法律、国際法と整合的であることを確認するために2度差止めた。CIAは上級政策策定者に少なくとも4回、プログラムの指導と再確認を求めた。

我々は彼らの政策、司法判断に従った。我々は誰一人として欺いていない。

CIAは権力の乱用の訴えがあれば、上院の任命した監察官と司法省に必ず報告している。CIAは約20の事例を司法省に報告し、そして司法省はそのうちのわずか1件を(この1件は正規の尋問とは関係がない)起訴に値すると判断した。そしてその人物は懲役を受けた。

CIAは30回ほど議会に説明を行った。初期には説明会は少数の人数に制限されていた。説明会では詳細にグラフ付きで説明を行い、承認から反対なしまでの反応を得た。説明会では何一つ隠すことなくすべてを報告した。

その時の議会の考えは現在とはまったく異なっているようだ。2003のKSMの捕獲後の説明会では、新たなテロ計画に関してKSMが知っていることを聞き出すためにCIAが極めて積極的になることを委員会のメンバーは求めた。ある議員は「あなた方は自分たちがしなければならないことに関して、すべての権限を持っているのか?」と強い調子で尋ねた。

2006の9月にCIAからの強い要請を受けて、政府は委員会と役員全員に説明会を行うことを決定した。この一環として、CIAは委員会の多数派と少数派、議会と行政府との間で一致した見解を作成することが出来るとの期待を持って、監視委員会とともに詳細な記録の作成に入った。だが委員会はこの機会を逃した。彼らは見解の一致に至ることが出来なかった。行政府は一人残され委員会はただ報告を受けるだけとなった。

委員会はどうしてここまで誤りだらけの報告書を作成するに至ったのか?驚くべきことにこの報告書を作成した職員はプログラムの作成と実行に関わった我々のうち誰一人にもインタビューしていない。このような報告書が作成される際には極めて異例のことだ。

このことに関する主張が、CIAの職員が司法庁の調査の下にありそれ故インタビューを行えなかったとのことだが馬鹿げている。そこで挙げられている調査とは2011と2012には既に終了しているもので、さらにその調査も数人の職員に限定して行われたものだ。その調査は決して我々6人の元CIA長官や責任者に行われたものではないし、ここにいる全員がその報告書に一次情報の真実を付け加えることが出来る。しかも説明が示唆するところでは委員会の職員は少なくとも一人のGuantanamo Bayのテロリストの代理人の話を真に受けたようだ。

我々は委員会のメンバーや職員が自分たちの意見と整合的でない情報を扱うリスクを取りたくなかったのだと結論せざるを得ない。それがこの報告書がこれだけ出鱈目になってしまった理由の一つだ。報告書が作成される過程で何が行われていたのかは明白だ。職員は初めからこの報告書が予め決められた結論に達するように情報を選んでいた。プログラムがテロリストを妨害するのに役だったかどうかの問題に関しては特にだ。それから職員のメンバーは自身にとって都合のいい情報だけを選び自分たちだけの意見を全面的に押し出した報告書を作成したのだ。

諜報活動の専門家からはこれは諜報活動の政治化と呼ばれる。

委員会多数派の報告書の不正確さ、それにプログラムに対する市民が持った誤った理解と同じくらい嘆かわしいことに、以下が考えられる(*省略)。

CIAが当時直面したジレンマを理解することは重要だ。CIAは後になってから判断に疑問を付ける人が出てくるだろうことは当然分かっていた。だが我々は第二のテロ攻撃を阻止することが出来る情報を得ることの方がより重要であると考えていた。

1998から2001の間に、アルカイダは東アフリカのアメリカ大使館を2度にわたって爆破した。イエメンに駐留していたアメリカの軍艦を爆破した。そしてアメリカ本土をも攻撃した。それ以降、13年に渡ってアメリカ本土への攻撃は行われていない。CIAのカウンターテロリズム政策とプログラムがその成功に貢献している。

以下アメリカ人の怒りの声

JAMES SMITH 43

民主党はCIAとアメリカを破壊するためにこの機会を利用しようとしている。そしてアメリカだけでなく文明の敵を支援している。オバマ政権の下で、民主党は非憲法的で極悪非道で不愉快な社会の寄生虫から国内に寄生する国家の敵にまで進化?した(断っておくが、私は共和党員ではない)。もし私に権力があれば民主党員全員を逮捕し、彼らの電話記録、電子メール、パソコンファイル、紙のファイルなどをすべて調べ、彼らがIRSを政治的武器に用いていた証拠を発見し、反逆罪に問い、イスラム原理主義者とIRSの被害者で構成された陪審員による裁判にかけ、全員に有罪判決を下すだろう。

JAMES SMITH 54

人類はイスラムカルトとの戦いの最中にある。イスラムカルトが毎日行っていることといえば…:あらゆる種類の思考と言論の弾圧、身体を破壊する拷問、誘拐、身代金要求、集団レイプ、首切り、女性の奴隷売買、殺人、無差別爆破テロだ。この集団は国連も、国際条約も、戦争や捕虜や人権などの扱いに関する規約なども完全に無視している。

2014年12月13日土曜日

ヨーロッパの方が銃乱射事件が多かった?

Gun Control and Mass Murder

by John R. Lott Jr.

銃規制の非常に厳しいイギリスでは、それは起こっていないということにされている。だが先週、イギリス北西部のカンブリア州でDerrick Birdという容疑者が12人を殺害しさらに11人に重症を負わせるという事件が起こった。ある地方新聞の見出しは「世界一厳しい銃規制、カンブリア州の悲劇を防げず」だった。

だがこれは例外に違いない。何故ならアメリカは最も多くの銃を保有しているのだから、銃の乱射による事件はアメリカ特有のものに違いない、だろう?いいや、全然違う。人々が思っているのとは逆に、銃規制の厳しい西ヨーロッパで最悪の銃乱射事件のほとんどが起こっている。

最近の歴史を紐解いてみよう。最悪の学校での銃乱射事件が起こったのはどこか?ほとんど全部がヨーロッパだ。一番悪い事件は2002にドイツのErfurtの高校で発生したもので18人が殺された。二番目に悪い事件は1996のスコットランドのDunblaneで発生したもので16人の園児とその教師が殺された。三番目に悪い事件はドイツのWinnendenで15人が殺された。五番目に悪い事件はドイツのEmsdettenで9人が殺された。

銃規制を信じている人たちにとってはドイツで5つのうち3つの事件が発生していることは驚きかもしれない。イギリスほどではないにしてもドイツの銃規制はヨーロッパの中で最も厳しいものの一つだ。免許の有効期限はわずか3年で、取得するためには厳しい身分証明を経なければならず、さらに当局に銃を保有する必要性を説得しなければならない。さらに精神障害者、薬物またはアルコール依存症、暴力的または攻撃的傾向のある者、重罪の有罪判決を受けた者の銃の保有は禁止されている。

この現象は何も学校に限定されたものではない。以下はヨーロッパで起こった2001以降の銃乱射事件の一部だ。

・2001年9月27日、スイスのZug:男がスイスの州議会のメンバー14人を殺害した。

・2001年10月29日、フランスのTours:フランス人の鉄道員が銃を乱射し4人が殺害され10人が負傷した。

・2002年3月27日、フランスのNanterre:男が市議会のメンバー8人を殺害した。

・2002年4月26日、ドイツのErfurt:元生徒が学校で18人を殺害した。

・2002年2月19日、ドイツのFreising:3人が殺害され1人が重傷を負った。

・2002年10月15日、イタリアのTurin:市を見渡せる山腹で7人が殺害された。

・2006年10月1日、スペインのMadrid:男が彼が解雇された会社で2人の従業員を殺害し1人に重傷を負わせた。

・2006年11月20日、ドイツのEmsdetten:元生徒が高校で9人を殺害した。

・2007年11月7日、フィンランドのTuusula:7人の生徒と校長が高校で殺害された。

・2008年9月18日、イタリアのNaples:公衆会議場で7人が殺害され2人が重傷を負った(この事件はマフィアを含んでいたかもしれないので後の計算では除外している)。

・2008年9月23日、フィンランドのKauhajoki:10人の学生が大学で撃たれ殺害された。

・2009年3月11日、ドイツのWinnenden:17歳の元生徒が9人の生徒と3人の教師を含む15人を殺害した。

・2009年3月19日、フランスのLyon:男が看護学校で発砲し10人が重傷を負った。

・2009年4月10日、ギリシャのAthens:生徒によって専門学校で3人が殺害され2人が重傷を負った。

・2009年4月11日、オランダのRotterdam:カフェで3人が殺害され1人が重傷を負った。

・2009年5月24日、オーストリアのVienna:寺院で1人が殺害され15人が重傷を負った。

・2009年12月31日、フィンランドのEspoo:モールで4人が殺害された。

・2010年6月2日、イギリスのCumbria:イギリス人のタクシードライバーに12人が殺害された。

では、これをアメリカとどのように比べたらいいか?シカゴ大学のBill Landesと私は1977年から1999年のすべての銃乱射事件のデータを集めた。4人以上が殺害された事件では、平均で年間10.6人が殺害されていた。

ヨーロッパに関して完全に対応するデータを集めることはできなかったが、2001年から9年と半年間のデータによるとヨーロッパでは平均で年間12.5人が殺害されていた(ノルウェーで77人が殺害された銃乱射事件は含まれていない)。過去10年間の西ヨーロッパの人口の方が1977年から1999年のアメリカの人口よりも多いので(3億8700万人と2億6200万人)一人当たりで見れば西ヨーロッパの方が少ないかもしれない(同時期にアメリカの人口は不法移民を除いても3億を超えていてこの期間に事件は減少している)。それでもこの事実は通説を大きく覆す。

このような銃乱射事件は非常に稀な現象だが、これらはマスメディアの注目を非常に集めるのでその報道が生み出した間違った印象は打ち消すのが難しい。私が外国のジャーナリストにインタビューを受けた時にも(ドイツのジャーナリストでさえ)彼らは何故アメリカでだけ起こるのかと毎回のように尋ねてくる。そして彼らは、私があなたたちの国でも起こっています、アメリカ特有の事件ではありません、普遍的な現象なのですと指摘すると衝撃を受けて帰っていくのだった。