2013年11月27日水曜日

経済学者は馬鹿の集まりなのか?

The Misuse of Top 1 Percent Income Shares as a Measure of Inequality

by Alan Reynolds

この論文はアメリカで過去20年間所得格差が僅かまたはほとんど拡大していなかったことを発見した最近の研究を確認するものだ。

所得上位1%のシェアを所得格差の指標とすることがよく用いられるようになってきた。この論文ではその方法が適切ではない理由を示す。

・総所得から過去急速に増加してきた移転支払いと給付を除くことにより所得上位1%のシェアの上昇を23%過大評価している。所得の多くがカウントされていないからだ。

・所得上位1%のシェアの推計(Piketty and Saez 2003)を用いて所得税の最高税率の引き上げや再分配の拡大について議論するのは非論理的で矛盾している。何故なら彼らのデータからは税と所得移転のデータが最初から除かれているからだ。

・極めて景気循環的な所得上位1%のシェアを所得格差の指標とすることにより不況期を所得格差が縮小した時期として歓迎することになる。何故なら貧困率と失業率は所得上位1%のシェアが上昇した場合に低下し上昇した場合に低下するからだ。

・所得上位1%のシェアは税率の変化に極めて敏感(弾力的)だ。所得上位1%の通常所得の弾力性の推定値は0.62(Saez 2004)から1.99(Moffitt and Wilhelm)と幅があるもののそれらの推定値はキャピタル・ゲインや配当に掛かる税率の変化に対する劇的な反応の変化を捉えることに失敗している。

私は1983年-2000年のシェアの上昇の半分以上と2000年以降のシェアの上昇を税率が引き下げられたことに対する行動の変化によると推定した。その他多くのデータを検証したが所得格差が急激に一貫して拡大し続けたとする根拠を見つけることはできなかった。

以前の研究で私は「1988年以降、可処分所得、消費、賃金、資産の分布にはっきりとした拡大トレンドが見られない」と報告した(Reynolds 2006a)。

同様に最近の幾つもの研究も1988年または1993年以降格差を示す指標が水平化したと報告している。

注1 Goldin and Katz (2008: 45)は「所得、賃金、消費、資産に関する経済格差が1970年代後半から1990年代中頃まで急速に拡大した」と議論している。だがそれが指すのは明らかに1993年以前のことで私がここで議論しているのは1988年以降に起こったことだ。Consumer Expenditure Surveyの所得のデータを例外として多くの指標は1970年代後半頃に経済格差が大きく縮小し(1980年-82年の不況を含む)1983年から1988年の期間に経済が急回復したので経済格差が拡大したことを示唆している。

・Gordon (2009:1)は「アメリカの格差の拡大は規模と期間の両面で誇張されてきた。ある指標は2000年以降格差の拡大を示していないしその他の指標も1993年以降格差の拡大を示していない。この格差の拡大の停止は所得の平均値/中央値からも所得上位1%の所得シェアからも見て取れる」と報告している。

・Burkhauser, Larrimore and Simon (2010:34)は税引き後の所得に現金移転のみを加えて景気循環の山での格差を比較しジニ係数が1989年に0.394、2000年に0.390、2007年に0.396であることを見出し1989年以降の税引き後の貨幣所得にほとんど所得格差の変化が見られないと報告した。そこからさらに民間と公的な医療保険の保険価値を加えて(これにより可処分所得に近づく)ジニ係数が1989年の0.372、2000年の0.364、2007年の0.362へと低下していることを明らかにしている。

・Meyer and Sullivan (2010:15, 30)は「所得と消費の格差ともに1980年代初期に拡大し1990年代に幾らか水平化した。2000年代に消費の格差は僅かな変化しか示さなかった一方で所得の格差は幾らか拡大した。1993年頃に一時的に小さな拡大があったものの税引き後の貨幣所得の格差は1980年代初期から1990年代を通してほんの僅かな変化しかなかった」と結論している。

注3 Gordonは格差のピークが私の示唆した1988年ではなく1993年だと主張している。だがBurkhauserが指摘するように「1992年と1993年の間に所得上位1%の所得を把握する方法に変更が行われた。だから1993年の変更を知らない人はこの期間に所得格差が拡大したと誤って認識するだろう」(Pethokoukis)。

・Antonczyk, DeLeire and Fitzenberger (2010:24, 29)は「分布の上側(80パーセンタイル)と下側(20パーセンタイル)とで賃金の増加が速かった。(中略)1980年代後半頃からの賃金の2極化はAutorによっても論じられている。(中略)賃金分布の左側での賃金格差は1980年代中頃から驚くべきほどの縮小を見せた。さらに賃金分布の右側での賃金格差は1980年代から1990年代後半まで非常に安定していた(それ以降賃金分布の右側での格差は縮小した)」と報告している。

・Kaplan (2012: 6)はインフレ調整後のS&P 500のCEOの平均報酬が2000年から2010年に46%以上減少していると報告している(簡単だから嘘だと思うのであれば自分で調べてみるといい)。

・Congressional Budget Office (2012: Table 5)はインフレと世帯人数を調整した税引き後の中央所得が1983年から2000年に32.8%、2000から2009に12%増加していたと報告している。

・Kennickell (2012:16)は「資産上位1%の資産シェアは1995年以降目立った変化を示していない」と報告している(1995年に34.6%、2010年に34.5%)。

これらの結果とは対照的にメディアはPiketty and Saez (2003)を引用して近年所得格差が急激に拡大していると狂ったように伝えている。

例えばStiglitzは「富裕層はどんどん豊かになる一方(中略)低所得層はどんどん貧しくなりその数を増やし(中略)中間層の所得は停滞しているか下落している」と論じている。その反対にこの論文では(1)富裕層は2008年-2010年の間に所得を大きく減らし(2)低所得層の数は所得上位1%のシェアが増加した場合に減少し(3)中間所得世帯の税引き後の中央所得は1980年から2009年の間に48.8%増加した(CBO)ことを示す。有名な?経済学者の間にさえある認識と現実との大きなギャップを埋めるにはより注意深い調査が必要になる。

大衆の認識と最近の研究との間にズレがあるとすればそれは取り扱っている対象が様々な側面を持つことを反映しているからかもしれない。仮に「所得格差の拡大」が所得上位の景気循環的な拡大として捉えられているならば1998年-2000年の株式ブームがそれに該当するだろう。他にも2005年-2007年の住宅価格の上昇が挙げられるだろう。その一方「所得格差の拡大」がそのような周期的な変動に伴って(または引き起こされて)貧困率が上昇したり中間所得層の所得が低迷することと捉えられているならばそれは(1)所得上位のシェアだけからは推測することはできないし(2)先程紹介した研究やその他の研究が示す証拠と致命的に食い違う。

この問題の複雑性を示すため、可処分所得に対するセンサスとCBOそれぞれによるジニ係数の推計値とHasset and Mathurの消費に対するジニ係数の推計値を表1の初めの3列に示しておいた。最後の2つの列にはCBOによる所得上位1%の「可処分所得」に占めるシェアとPiketty and Saezの所得上位1%の「市場所得」に占めるシェアを示しておいた。消費に対するジニ係数を除いてこれらすべてはキャピタル・ゲインを含んでいる。これを含めることにより所得の値は極めて景気循環的であることが明らかとなり、後に論じるように1987年、1997年、2003年のキャピタル・ゲイン税率の変化に極めて敏感であることも明らかになる。


1993年にセンサスは鉛筆からコンピュータに調査方法を置き換え、それまで個々の所得源に対して設定されていた記載できる上限額を大きく増加させた。所得上位5%の貨幣所得に占めるシェアは1987年から1992年の間にほとんど変化がなかったのが1992年の18.6%から1993年の21%に突然変化している。だがそれはジニ係数のその年度の大きな変化と合わせて統計の錯覚だ。調査方法の変更によりデータに構造変化が発生したことにより1993年の前後で数字を比較することができなくなっている。

Appendix Aで「トップコーディング」に関して今でも根強く存在する誤解について議論しAtkinson, Piketty and SaezとBurkhauser, Feng, Jenkins and Larrimoreとの間でどうして意見が一致しないのかを明らかにしている。

1993年-1994年のデータの構造変化を取り除くと表1の第1列に1988年以降所得格差に上昇トレンドは見られない。可処分所得のジニ係数は1988年から1992年の間0.385で一定だった。1997年-2000年の株式市場のブームを除いてジニ係数は1993年から2009年の間0.40の近辺を変動していた。第2列に所得上位の所得とキャピタル・ゲインと定義を広く取った世帯所得(移転支払いと従業員給付を含め相続税以外のすべての税を引いた)とを融合して推計したジニ係数を示す。これによりCBOの推計値はセンサスの推計値よりも高くなるがこれはCBOのデータが一度限りのストック・オプションの行使(1999-2001にとても多かった)を含めるのに対してセンサスのデータは含めないからだ。CBOとセンサスのジニ係数の推計が2000年や2007年に何故最も高くなっているのかはキャピタル・ゲインによって大部分説明できる。だがCBOのジニ係数でさえ1999年-2000年の株式市場ブームや2005年-07年の住宅ブームを除いて1988年、1997年、2003年、2009年でほぼ一定だ。

3つのジニ係数は1994年-96年から2009年の間ほとんど変化していないが最後の列では所得上位1%の税引き前移転前所得のシェアが1994年から2000年と2002年から2007年の間に上昇し2001年-2002年と2008年-2009年に大きく低下している。所得上位1%のシェアを用いて1990年から2000年に所得格差が一貫して大きく拡大したと主張する人たちは大半が全世帯の可処分所得と消費の分布(ほとんど変化していない)を見ることはなく所得上位1%の所得を全体の所得(年々範囲が狭まっている)で割ったものを見ている。

すべての集団の可処分所得の変化を示す指標(ジニ係数)は所得格差が一貫して大きく拡大したとの主張を支持していない。1988年以降はっきりしたトレンドが見られないことは他の指標でも確認できる。

Appendix BでPiketty and Saezの結果と同様の傾向が見られたというその他のデータ源に関して批評を行っている。それらにはSocial Securityの労働賃金に関するデータ、CBOの所得上位の課税前シェア、Panel Study on Income Dynamics (PSID)がある。Appendix BでConsumer Expenditure (CE)とPSIDを所得格差の指標として用いたAttanasio, Hurst and Pistaferriの結果を批判している。さらに彼らのCEへの批判についても疑問を呈している。

それらの統計とは違って連邦準備のSurvey of Consumer Finances (SCF)は資産と課税前所得に関して広範囲で極めて詳細なデータを提供している。

表2にSCFのデータを4分割と10分割してそれぞれの集団に対する課税前実質中央所得の変化を示す。中央所得を用いる理由はCanberra Group Handbook on Household Income Statistics (2011: 74-75)が説明している。それによると「平均値と比較して中央値は安定したロバストな手法で極端な値やサンプルの変動の影響を受けにくい。所得が低いとか高いとかを区分けする閾値が求められる場合には中央値の使用が好ましい。(中略)中央値は特に分布の両端に於いての使用が好ましい」。例えば所得上位のみシーリングによる制約がないので外れ値の影響を直接受けることになる(Reynolds 2006b: 52-55)。


SCFのデータは上位10%と下位40%の所得の成長率に僅かな違いしかなかったことを示している。1989年から2007年の間に下位の所得は上位と同じく22-23%成長した。2007年から2010年の不況期では下位の集団の所得のみが増加したがその他の集団の所得は低下した。少なくとも60%以上の世帯が標準世帯の中央値よりも高い成長率を見せていることから中央値を標準的世帯の所得の代理として用いることに疑問が投げ掛けられている。

このSCFの数字は税引き前のもので問題のあるconsumer price index (CPI)を用いてインフレ調整をしておりさらに世帯人数の調整を行っていないことを記しておく必要がある。Congressional Budget Office (2012)はpersonal consumption expenditure (PCE)を用いてインフレ調整し世帯人数を調整して世帯所得の中央値が1989年から2007年の間に税引き後で34%、税引き前で28%増加していることを明らかにした。減税と税額控除がこの違いを生んでいる。SCFの同期間の推計値は僅か14.7%だったので明らかに中央所得の実際の増加を過小評価している。他の要因でもSCFの推計値は上位10%と下位40%の所得の増加を過小評価している。上位から税を引き下位に税額控除を加えることにより下位の所得がより増加するのは明白だろう。

まとめると一貫して大きく経済格差が拡大してきたという主張はほとんどすべて納税申告のデータに基づいていてそして(Appendixesでさらに議論する)その他のデータ源からは確認されていない。

Three Difficulties with Using Tax Returns to Measure Inequality

この研究で私は納税申告のデータを用いることに対する3つの反対理由を述べる。まず第一にPiketty and Saezのいうところの市場所得とは所得上位1%以外の実際の所得を大きくしかも年々拡大する形で過小評価していることを議論する。第二に所得上位1%のシェアは景気循環的な要因が大きすぎて有用な指標とはなりえないことを議論する。第三にそして最も重要なことだが所得上位1%のシェアは給与、事業所得、配当、キャピタル・ゲインに掛かる限界税率の変化に極めて敏感に反応することを議論する。結果として高い税率、低い税率に対する行動変化が実際の所得上位の所得の変化として誤って解釈されてきた。

第一の点に関して、彼らの定義するところの所得上位1%のシェアの推計はその他の層の所得から政府からの移転、従業員給付、投資所得、大学や退職などの費用に備えた貯蓄口座に生じるキャピタル・ゲインなどがすべて除外されている(Appendix Bに中間所得層の投資所得が記録から除外されている証拠を示す)。これら除外されている所得が近年急速に増加していることから彼らのデータの質は時間とともに急激に劣化している。公的、民間の医療保険の価値だけでも所得の大幅な過小評価になる。上で記したようにBurkhauser, Larrimore and Simonはこれらを加えるとジニ係数が1989年の0.372から2007年の0.362へと低下すると報告している。

(以前は私の主張を批判していた)Burtlessも指摘しているようにPiketty and Saezの所得(キャピタル・ゲインを除く)の推計からは先程示した所得源が除外されている。政府からの移転は2007年の14.4%から2011年の17.9%へと上昇している。従業員給付は(この期間大幅な雇用の減少があったにも関わらず)12.1%から12.6%へ上昇している。図1に示すように彼らの移転前所得の推計は2010年の(GDP統計の)総個人所得の62.1%に過ぎず2000年の66.7%、1990年の68.7%、1980年の70.9%、1970年の76.5%から低下している。


仮に彼らの定義する総所得が1979年の水準である個人所得の71.7%のままだったとしたら2010年の総所得は768.8兆円ではなく883.5兆円になっていただろう。そして所得上位1%のシェアは17.4%ではなく15.2%になっていたはずだ。よって所得上位1%のシェアを2.2%ポイント過大評価していることになり上昇の23%を説明できることになる。

このことは表1のCBO(移転と給付を含む)とPiketty and Saezの推計を比較することで分かる。彼らの所得上位1%のシェアの推計は1988年から2010年の間に2.6%ポイント上昇しているがCBOは低下していること、そしてそのシェアが1988年-90年、1996年-97年、2001年-03年の水準と同じ(11-12%ポイント)であることを報告している。

仮にPiketty and Saezの所得上位1%の総所得を個人所得で割ったとしたら1986年の所得上位1%のシェアは6.1%となり彼らの推計したシェアよりも(個人納税申告に記載されたグロスの所得-移転)3%ポイント低い。このギャップは1991年に4%ポイントに拡大し1997年に5%ポイント、2005年に6.2%ポイント、2010年に6.6%ポイントに拡大している。問題は所得上位1%のシェアの水準の違いだけでなくこの2つの指標の差が拡大し続けていることだ。

一つ議論しておかなければならないことは彼らが私に対して以前反論した時のように、個人所得は用いるには定義が広すぎること(実際、CBOの定義する所得も個人所得ほど広くない)、それとは異なるが個人所得の伸びが大きく過大評価されているかどうかだ。仮にそれが事実だとすればアメリカのGDPの伸びが大きく誇張されていることになる。何故なら個人所得はGDPの大きな部分を占めるからだ。

分母に計上されるはずの所得が年々過小評価されているので所得上位1%のシェアは1986年から2010年の間に3.6%ポイント(個人所得と彼らの定義する所得を用いることから発生する2010年の6.6%ポイントの差と1986年の3.0%ポイントの差との差)上昇が過大評価されていることになる。Tatomが結論しているように「Piketty and Saez (2007)はReynoldsに対して反論しているが彼の指摘する問題に誠実に答えようとせずはぐらかしてばかりいる」。

この問題を避けるためフランス、カナダ、日本など他の多くの国に関しては納税申告のデータに基づく研究は個人所得の一定割合を分母として用いている。Atkinson, Piketty and Saezとその追随者はアメリカとその他の国の所得上位のシェアの比較を行っているがそのような比較はアメリカの総所得がその他の国と同じように個人所得の一定割合として定義されているのではなく割合が低下し続けているので無効だ。1944年以前の推計は総所得を個人所得の80%と定義し政府からの移転を除いている(1928年では規模が小さかったため移転を加えても意味がないというのは確かだ。だが近年は移転が増加している)。2007年のシェアと1928年のシェアを比較するものが後を絶たないがそもそも方法が異なるので比較することはできない。

現物移転とEITCを除くだけで中間所得層の所得の成長率は大きな影響を受ける。Fitzgerald (2008: 26)はセンサスの貨幣所得の中央値が1976年から2006年の間に報告されている18%ではなく44%から62%上昇していると報告している。

私の反対に対してPiketty and Saez (2007)は「市場所得(税引き前で移転を含まない)か可処分所得(市場所得から税を引き移転を含む)のどちらか一方に焦点を絞ったほうが所得格差を計測する上でより意味がある」と主張した。その反対に税か移転のどちらかを無視することに意味がないしましてやその両方を無視することに意味があるとはまったく思われない。

所得の測定に関する国際的な専門家であるCanberra Groupの報告書によると「移転は(中略)所得を再分配する主要な方法である。従って移転の正確な分類は所得分布の研究に於いて特に重要だ」とある。アメリカで税額控除が1986年以降急速に拡大してきたので税制を通した移転は特に重要だ。

Piketty and Saez (2007)は「所得格差を議論する際に累進所得税が議論の中心になるのは明白だ。それに関してはAlan Reynoldsのような保守派の経済学者でさえも賛成するだろうしそれが彼らが所得格差の拡大という議論を避けて累進所得税の議論に向かおうとしない理由だ」と議論している。このコメントは的を外している。彼らのデータの使用に対する私の主な反対理由の一つは、彼らの推計が所得上位が支払う税を考慮していないこと低所得層の税額控除を考慮していないことにあるからだ。課税前移転前のデータを用いて税と移転に関して議論することに何の意味があるのだろう?

それに再分配の大部分はアメリカを除いては税ではなく移転を通して行われる。アメリカは未だに累進所得税を用いて可処分所得の分布に影響を与えようとするほんの僅かな国の一つだ。36ヶ国のうちでWang and Caminda (2011:14)は「平均で見て所得格差の低下のうち移転が占める割合は85%で税(累進性)が占める割合は15%だ。(中略)グアテマラを除いて税の割合が高い国はほんの僅かな国しかない。アメリカ、イスラエル、カナダだ。一般的に所得の再分配は大部分が移転を通して行われる(その財源はVATと社会保障税)」。

24ヶ国の所得税と社会保障税を比較したOECD (2008: 104-106)では「アメリカの税制が最も累進度が高い。(中略)そして最も累進度が低いのはノルディック諸国、フランス、スイスである」と報告している。OECDはアメリカが「税の多くを所得上位10%から徴収している」と報告している。OECDによると所得上位10%は現金所得の33.5%を受け取っているが所得税と社会保障税の45.1%を支払っている。この1.35という比率より高い国は他にない。Piketty and Saezは工業国で最も累進度が低い国の一つであるフランスの市民だ。

アメリカの累進度がOECDの中で最も高いという事実を抜きにしてさえ彼らの「(*税引き前移転前で見た)所得格差が拡大している」という主張は、そもそも彼らが税と移転、税額控除を無視しているという単純な理由から税の累進度とはまったく無関係だ。最高税率を2倍にしても移転額を3倍にしても彼らの定義する所得には直接的な影響を一切与えないだろう。Brewer, Saez and Shephardが指摘するようにそのような政策は課税前所得に対して巨大で間接的な負の影響を2つの理由から与えるだろう。「第一に所得税の引き上げは労働供給を弱め起業しようとするインセンティブを弱めるかもしれない。第二に所得移転プログラムは受給者の労働供給インセンティブを弱めるかもしれない」。Piketty and Saezは(Brewer, Saez and Shephardに)間違いなく同意するだろう。恐らくそれが彼らがアメリカの方がヨーロッパよりも税の累進度が高いということに目を瞑って高額所得者の労働供給や起業のインセンティブを弱めるリスクや移転による労働インセンティブを弱めるリスクについての議論に向かおうとしない理由だ。

この研究では事業、ストック・オプション、配当またはキャピタル・ゲインに掛かる税率の引き上げが所得上位1%の申告所得額を実際に減少させたことを示す。弾力性の高い所得上位の所得源に掛かる最高税率の引き上げ自体はその他の層のネットの所得に影響を与えない。さらに税収または税引き後の所得分布に与える影響も良くて不明瞭悪くするとほとんどないだろう。

連邦所得税(彼らのデータの焦点)は明白に累進度を増してきた。CBOは1979年から2007年の間に第4分位で110%、第3分位で56%、第2分位で39%、第1分位で8%所得税率が低下したことを示している(Reynolds 2011a: 12)。

Meyer and Sullivan (2010: 20)は「税を考慮すると過去45年間の所得格差の拡大が大きく縮小する」と報告している。Heathcote, Perri and Violante (2009: 25)は「移転は所得分布の下位での所得格差の縮小に大きな影響を与えている。(中略)税制も全体的に極めて累進的だ。可処分所得の所得格差は課税前所得の所得格差よりもはるかに小さい」と報告している。

Poverty Falls When the Top 1 Percent Share Rises

Piketty and Saezは2008年-09年の間に所得上位1%の所得が36.3%低下しその他の層の所得は11.6%低下したと推計している。所得上位1%のシェアが有意義な指標であると主張するものは2008年-09年に貧困率や失業率が上昇したにも関わらず所得格差が縮小したと結論しなければならなくなる。1980年-81年を例外として所得上位1%のシェアは1920年、1929年-31年、1937年-38年、1949年、1953年、1957年-58年、1960年、1970年、1976年、1991年、2001年-02年、2008年-09年と確実に低下している。

過去20年間で所得上位1%の所得の景気循環度はキャピタル・ゲインを無視してもさらに大きくなった。Guvenen, Ozkan, and Song (2012: 49-50)はパネルデータを用いて「直近2度の不況期に所得上位1%は巨額の所得の喪失を経験した。所得上位1%より僅かに所得が少ない集団の所得の喪失が僅かに思えるほどのものだ。所得上位0.1%で過去3度の不況を経験したものは5年たっても不況前より少なくとも50対数値(*何が基準かは書いていない)所得が低い」と報告している。さらに「男性失業率の1%ポイントの上昇は所得上位0.1%の6.87%の所得の低下を伴う。同様に1人あたりGDP成長率の1%の低下は4.55%の所得の低下を伴う」ことを示している。

2008年の不況期の消費支出のデータからHeathcote, J., Violante, G., and Perri (2010)は「分布の上位で大きく支出が低下した一方で分布の下位では支出が増加した」と報告している。そして「分布の上位は住宅価格と株価の下落の直撃を受けたが分布の下位は相対的に傷が小さかった」と結論している。

2008年-2010年の所得上位5%と所得下位20%を比較してPerri and Steinbergは「この時期の所得の再分配は過去の歴史の中で最も高くなった。(中略)この時期の不況期に可処分所得の所得格差は拡大していない。失業給付などが可処分所得の下支えになったからだ」と報告している。

これらの報告はStiglitz (2012: 2)のコメントと大きく食い違う。彼は「富裕層はますます豊かになる一方で他の人々は困難に直面している。これはアメリカン・ドリームと整合的ではないように思われる」と書いている。その主張は現実と整合的とは思われない。

上記の関係は逆の状況にも当てはまる。経済が成長していて失業率と貧困率が低下している場合だ。Roine, Vlachos and Waldenströmは所得上位1%のシェアは急速に経済が成長していて失業率と貧困率が低下している時期に上昇していると報告している。

1960年以降の多くの国を対象とした研究でAndrews, Jenks and Leigh (2009: 1,32)は「所得上位の1%のシェアの拡大は以降の成長率に0.12%の影響を有意に与える」と報告している。さらに「10%のシェアの拡大が10年間持続されればGDPは12.2%高い」と付け加えている。

Hines, Hoynes and Kruegerは「好況期が低所得層に対して与えた恩恵は少なくともそれ以外の層と同じ位大きい」と報告している(トリクルダウンは嘘というのは何だったのか…)。

Piketty and Saezは所得上位とその他の層の所得との疑わしい比較をした。しかも彼らのデータは明らかに下位90%の所得の水準と伸びを過小評価している(Burtless 2011, Reynolds 2006a)。Atkinson, Piketty and Saez (2011:4)は「この指標は所得上位のシェアだけを計測しているので分布の他の部分で所得格差がどうなったかについては何も語っていない」と言い訳をしている。だがこのデータを引用するものは違う。税率に敏感で景気循環的な所得上位1%の推計をその他の層の所得格差の指標の代理として誤用することが特にメディアの間では当然のようになっている。そのように指標を誤用するものは所得を天から降ってきたもののように捉えインセンティブの影響を無視している。「富裕層が豊かになればその他の層の所得が少なくなる」とKrugman (2002)は語っている。そのようなゼロサム的な考えはパレート最適を最初から排除している。アップル、グーグル、マイクロソフトの創業者が誰も貧しくすることなく豊かになった可能性をだ。

Piketty, Saez and Stantcheva (2012:4 &32)は所得上位のシェアの拡大を「所得上位、特にCEOの交渉力が増したことにより(中略)所得上位の利益がその他の層を圧迫するようになった」ことに帰している。当然これは正しくない。CEOの人数はそれほど多くない(所得上位1%の所得の僅かな部分を占めるに過ぎない)。そして労働所得は所得上位1%の所得の割合の半分以下だ。Bakija, Cole and Heimは企業経営陣の報酬の総額は所得上位0.1%(所得上位1%のシェアよりはるかに小さい)の15%を占めるに過ぎないと報告している。さらにその源泉は制限株やストック・オプションであるので、その他の従業員の費用ではなくその他の株主の費用だ。

Tax Rates Affect Reported Income: The Elasticity of Taxable Income (ETI)

第三のそして最も重要な反対は、所得上位1%のシェアの推計が限界税率の変化に極めて敏感なことにある。近年の所得上位1%のシェアの上昇は多くがまたはほとんどが1983年-84年、1988年、2003年に実行された税率の引き下げ、1983年-86年、1997年、2003年に実行されたキャピタル・ゲインに掛かる税率の引き下げに対する行動的反応の結果であることを議論する。

Feldsteinが説明するように「限界所得税率の変化は幾つもの経路から課税所得の変化を引き起こす。それには労働供給の変化、従業員報酬の形態の変化、投資ポートフォリオの変化、控除項目の変化、(課税所得を減少させる)支出の変化、納税意識の変化などが含まれる」。

Atkinson, Piketty and Saezから頻繁に引用されるグラフは1913年から2007年の間の所得上位1%の市場所得(キャピタル・ゲインを含む)のシェアを表示している。そのグラフは「所得格差」がWW1後と1920年代後半の税率の引き下げ後に上昇し1932年の税率の引き上げ、1970年代のインフレによるバスケットクリーピングの時代(ケネディ大統領による1964年と1969年の税率の引き下げを除く)に低下しそれから好況不況の波を伴った上昇トレンドを表示している。だがPiketty and Saezより前のGruber and Saezの課税所得の弾力性に関する研究は最高税率が引き下げられた場合に所得上位1%のシェアが何故上昇するのかを説明する第一歩となっている。

注12 Gruber and Saez (2002:3, 29)は高額所得者の弾力性の高さに関する彼らの発見に関して「広い課税ベースに低い税率を課すことの意義を強調している」とし「我々の推計は最適なシステムが高額所得者に対する低い限界税率との組み合わせであることを示唆している」と結論している。

Piketty, Saez and Stantcheva (2011: 26)が説明するように「所得上位1%のシェアと最高限界税率との間には明白な負の相関があり(a)所得上位1%のシェアは最高税率が低かった大恐慌以前に高かった(b)所得上位1%のシェアは最高税率が一貫して高かった1932年から1980年の間に低かった(c)所得上位1%のシェアは最高税率が大きく引き下げられた1980以降に上昇した。この視覚的にはっきりとした相関は申告所得の弾力性が高いことを示唆する。現在の議論に関係する直近の時期に所得上位1%のシェアは1970年代後半の8%ぐらいから18%となり、一方net-of-tax rateも30%(最高税率が70%だった時期)から65%(最高税率が35%だった時期)とどちらも2倍以上になっている。所得上位1%のシェアの上昇を限界税率の引き下げによるとするならばnet-of-tax rateの最高所得の弾力性は1ぐらいになる」。

最後の段落は逆にすることが可能だ。最高所得の弾力性が「1ぐらい」ならば1980年以降の最高所得のシェアの(見掛けの)上昇のほとんどが最高税率の引き下げによると言うことができる。

弾力性が高ければ高いほど納税者の限界税率に対する反応も大きくなる。弾力性が1に近い値であれば限界税率が引き下げられた時期(1983年から1989年と2003年から2007年)の最高所得のシェアの上昇は行動的反応と解釈すべきだ。キャピタル・ゲインもこの論文が示すように極めて税率に敏感であるが異なる税率が適用されていてETIの推計から除かれている。

注13 課税所得またはグロスの所得の弾力性の推計はキャピタル・ゲインや配当に掛かる税率の変化を考慮しておらずそれ故税率の変化に対する行動的効果を過小評価している。

「The Elasticity of Taxable Income with Respect to Marginal Tax Rates: A Critical Review,」という調査記事の中でSaez, Slemrod and Giertz (2012:19)は「所得上位1%のシェアが限界税率が低下を始めた1981年以降に上昇を始めたことは特筆に値する。さらに最高所得のシェアが飛び跳ねた1986年から1988年の時期は加重平均した限界税率が45%から29%に急激に低下した時期とタイミングが完全に一致する。これらのタイミングの一致は(中略)状況的ではあるものの高額所得者の申告所得が限界税率に敏感であることの極めて説得力のある証拠を提示している。1986年から1988年の所得上位1%の弾力性は1.36というとても大きなものになる」と自分でも書いている。

だがその記事の最後の方になってSaez, Slemrod and Giertz (2010:42)は、それまでの議論をすべてかなぐり捨てて突然判断評価として「現在提示されている証拠の中で最良の長期の弾力性の推計は0.12から0.40の間にある。この範囲の中間地点である0.25を機械的に当てはめると連邦所得税収1ドルあたりの限界的な超過負担は全体に一律の引き上げに対して0.195ドル、所得上位1%に限定するなら0.339ドルになる」。

弾力性0.12と0.40は2002年のGruber and Saezによる初期の研究のグロスと課税所得の弾力性に一致する。だがそれら初期の推計はすべての納税者を対象としたもので所得上位1%を対象としたものではなくそして0.12という推計値は最近の大部分の研究が示す値よりも大幅に小さい。30の研究を批評したCanadian Ministry of Finance (2010: 51)は「国際的実証研究のETIの推計の中央値は0.4ぐらいだ。ETIの0.4は10%(中略)課税所得の課税後のドル価値が低下すると4%(中略)納税者の申告する課税所得が低下することを意味する」と示している。その他すべての研究と同様に「(カナダの)ETIは高額所得者を対象とすると大幅に大きくなった」と報告している。

Giertz (2010: 410)はGruber and Saezの方法をアップデートし「(税率の変化に対して納税者の反応には時間的なズレが生じるのでそれを修正するために)観察期間を3年として彼らの方法を用いるとETIの推計値は0.54となる。(中略)リード、ラグを含めた代替的手法を用いると短期の弾力性の推計値は0.43となり長期の弾力性の推計値は0.78から1.46の範囲になる。(中略)遅延反応と予測反応を考慮に加えた場合には」と記している。彼の推計はGruber and Saezと同様にすべての納税者が対象で所得上位1%が対象ではない。

注14 Gruber and Saezは1000万円以上(1ドル=100円として計算)の所得に対して弾力性が0.57、3500万円以上の所得に対して弾力性が0.62であることを報告している。だが彼らはETIが最も高い1億円以上の所得を除外している。

推計の範囲が一つか二つの外れ値(例えばGruber and Saezの0.12のように)で構成されている場合にはその範囲の中間地点は代表的な値ではないし少なくとも30の推計は0.40からそれ以上に分布している。それだけではなく中間地点とされる0.25の値がDiamond and Saezの所得上位1%に対する限界税率73%の正当化に用いられている。彼らは0.25を「実証研究からの中間範囲だ」と主張しているがSaez, Slemrod and Giertzはその数字を所得上位1%のではなくすべての納税者を対象とした推計の「最良」の中間範囲だと主張しているだけだ。Chettyは「弾力性は所得上位に関して高い(0.5から1.5)ことが報告されている」と記している。実際、Saez, Slemrod and Giertzによる実証研究の調査では所得上位1%の弾力性が0.62(Saez 2004)から1.99(Moffitt and Wilhelm: 210)の範囲であることが報告されている。そしてそれらの推計はグロスの所得に対するものだ(彼らが用いた課税所得に対する推計はそれよりも高い傾向がある)。

Atkinson and Leigh (2010: 31)はアメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドの納税申告のデータを用いて長期の(1970年から2000年)推計を試みている。彼らは「所得上位のシェアは限界税率の変化に極めて敏感であるように見える。我々は税率の引き下げが所得上位のシェアの上昇の3分の1から2分の1を説明できると推計した」と記している。

彼らの結論は納税データに基づく推計の方法に確実に疑問を投げかける。さらにシェアの上昇の半分が税率の変化によるという推計もアメリカに関しては過小評価だ。アメリカをその他4つの国と一緒にまとめるのは唯一劇的に税率を引き下げた(配当に掛かる税率が1980年の70%から2003年の15%)その影響を過小評価する。1970年から2000年という期間も1983年から2003年の間のアメリカの税率の変化の影響を見えにくくする。1970年から1981年にアメリカの限界税率は低下しているのではなく上昇しているし(主にインフレが原因で)2003年の税率の引き下げが除外されているからだ。シェアの上昇の半分が税率の変化によるというのでさえアメリカの1983年-84年、1987年-88年、2003年の税率の引き下げの影響を過小評価している可能性が非常に高い。

課税所得またはグロスの所得の弾力性はこの研究の大部分を占める実証上の問題だ。簡単な方法は図3を見ることでこの図は所得上位1%の課税前の平均所得を示している。暗い棒線は所得上位1%の所得にキャピタル・ゲインが占める比率で明るい棒線は給与、事業所得、配当、利子、賃料などその他が占める比率だ。所得上位1%のシェアが一貫して上昇トレンドにあるという一般の印象とは異なり所得上位1%の労働所得は2010年の方が1998年より少ない。最高所得は最高税率が1986年の50%から1988年の28%に低下した後に急上昇しているが税率が28%のままであったキャピタル・ゲインは1987年から1996年の間あまり変化がない。最高所得は1997年-2000年の時期にキャピタル・ゲイン税率が20%に引き下げられたことそして通常所得として課税されるストック・オプションが浸透したこともあって上昇した。所得上位1%の申告所得はキャピタル・ゲイン税率と配当税率が15%に引き下げられた後の2004年-2007年に再び急増した。

図3はキャピタル・ゲインが所得上位1%の所得の周期的な山において支配的であったことを示す。この事実は一般に無視されている重要な点を映し出す。一般が関心があるのはキャピタル・ゲインを含む(例えばCBOの推計)最高所得であるのに課税所得の弾力性の推計はキャピタル・ゲインを除いてあるということだ。この研究の後半部分では一般とメディアの所得上位1%のシェアに関する印象は(ETIの推計を置いておいたとしても)資産をより頻繁に売買するインセンティブが税率の引き下げにより増加したこと(従ってよりキャピタル・ゲインが申告される)と実際の経常所得の増加との混同から生じていることを議論する。


話をETIに一旦移すが最高所得は限界税率が非常に高い時期と地域で見掛け上低く限界税率が低い時期と地域で見掛け上高いことがこの分野の研究からは予想される。この観点からはインフレが多くの納税者を上の税額区分に押し上げた1970年代に上位1%のシェアが非常に小さかったのも不思議ではなくなる。さらに最高税率を1980年代に大幅に引き下げた国(アメリカ、イギリス、カナダなど)の上位1%のシェアが上昇した一方で最高税率を50%以上に据え置いている国(日本、2006年以前のフランスなど)の上位1%のシェアがそれ程上昇していないのかも不思議ではなくなる。

限界税率が引き下げられた場合に納税者の行動に与える影響に関して多くの証拠が積み上げられていっている。この課税所得またはグロスの所得の弾力性は限界税率が変化する前と後の申告所得を調べることにより推計する。弾力性はnet-of-tax rateの1%の変化に対して申告所得が何%変化したかを計測する。net-of-tax rateが35%低下した場合(最高税率が70%から35%に低下したので)に申告所得が35%上昇したならば弾力性は1となる。

Saez (2004: 151)は所得上位1%のグロスの所得の弾力性を0.59から1.58と推計し0.62を推奨している。彼は「課税所得の弾力性はここで分析したグロスのものよりも大きいだろう」と記している。

Saez, Slemrod and Giertz (2012: 42)は0.5を基準として用いたが「高額所得者のETIは高いことを示唆する多くの研究がある」と深刻で重大な欠点を加えている。彼らは「限界税率の変化に対する反応は高額所得者で特に大きいことが実証研究によって示されている」と記している。高額所得者のETIが0.4よりはるかに大きいならば最高所得の増加の大部分は税率の変化に対する行動変化であることが示唆される。大幅に税率が引き下げられたことにより面倒な租税回避戦略は最小化されるだろうし労働意欲は最大化し課税所得として申告される所得も多くなる。

所得上位0.1%のグロスの所得を用いた他の研究ではBakija, Cole and Heim (2010: 34)は「net-of-tax shareの0.716の変化に対する長期の弾力性の推計は(中略)高額所得者のインセンティブに対する反応が大きいことと同時に累進税率により大きな死荷重が発生していることを示唆している。シミュレーションは(中略)最高限界税率(35%)から1ドルの追加の税収を得るのに発生する死荷重は2.03ドルから6.57の範囲であることを示唆している」。

Heim (2009:155)は1999年-2005年を期間とした研究で所得5000万円以上の課税所得の弾力性を1.25、グロスの所得の弾力性を0.67から0.90と推計した。だが彼はキャピタル・ゲインを除外しているのでこの推計は過小である可能性が高い。それでも彼が結論するように「この結果は最近の税率の変化が様々な行動変化を個人に引き起こさせたことを示唆する。政策当局者は税制を変更する場合にそのような反応を考慮することが重要だ」と記している。同様にAuten and Joulfaianは「所得5000万円から2億の納税者の長期の課税所得弾力性は1ぐらいだ」と記している。Atkinson and Leighは先程の研究の中でETIを1.2から1.6と推計している。

企業経営陣の勤労所得(W2)のみに焦点を絞った研究でEissa and Giertz (2006: 26, 34)は「1990年代初期の長期(永続的)の弾力性は0.8(中略)2000年から2004年の間で推計値ははるかに大きく(中略)全期間では所得6500万円以上の経営陣は1.35、所得1億以上の経営陣は1.71(すべて統計的に有意)で(中略)税率への反応は高額納税者ではるかに大きいように見える」と記している。

高い弾力性はアメリカに特有ではない。16ヶ国を20世紀全体に渡って調査した研究でRoine, Vlachos and Waldenström (2009: 974)は「最高限界税率は所得上位全体の申告所得に負の影響を与える。(中略)累進税性は所得上位の(見掛け上の)シェアを低下させそして動学的影響を考慮した場合にはその影響は長期に渡って重要になる」。

イギリスの税率の研究の中でBrewer, Saez and Shepard (2010: 107)は「所得上位1%のシェアは1978年まで低下を続けtop METR(*marginal effective tax rateの略)が引き下げられた1979年に急上昇を始める。(中略)所得上位1%のシェアは1978年の6%から2003年の12.6%に2倍になった。(中略)最高所得の上昇がすべてMETRの引き下げによるとすればこれは弾力性がほぼ1であることを意味する。(中略)さらに所得上位1%の次の4%の集団もまた税率の低下により昇進し所得上位1%になるためにより一層仕事に取り組むことは十分に考えられる。この場合では0.93という推計は過小評価となるだろう」と記している。

弾力性が0.93のように1を僅かでも下回る限り所得上位1%のシェアの上昇を限界税率の低下に100%割り当てることは厳密には正確ではないだろう。弾力性の推計が1を僅かでも下回っていればSaez, Slemrod and Giertzは「1960年代以降のアメリカの所得上位1%のシェアの上昇は恐らく完全には最高税率の変化によってもたらされているのではない」と言う。そしてSaezは「所得上位のシェアの尋常でないほどの上昇トレンドが(中略)限界税率の変化単独で説明できるということは考えにくい(*このコメントは2004年のもので先程のコメントは最近のもの)」と言う。だが所得上位1%のシェアをほとんど完全に信用できないものにするのに(*皮肉)最高所得の変化を限界税率の変化で「単独に」または「完全に」説明する必要があるのではない。

高額所得者のETIが特に高いことを報告した多くの研究は1983年、1988年、1997年、2003年の大幅な税率の引き下げ後にはPiketty and SaezやCBOの研究のように所得上位1%による課税前所得の大幅な増加が続くことを示唆している。1970年代のインフレと高い税率(1977年のキャピタル・ゲイン税率は39.9%)の組み合わせによりこの時期の所得上位1%の申告所得が通常より少ないことが予想される。

まとめると1970年代後半以降最高所得の増加として表面上見えたものはその大部分が限界税率の変化に対する(課税前所得の)高い弾力性の反映だ。1979年の最高税率70%と1987年の28%と2003年以降の35%または1977年のキャピタル・ゲイン税率ほぼ40%と2003年以降の15%を比較して最近のすべての長期のETIの推計は税率が低いままである限り所得上位1%のシェアは(好不況を除いて)高止まりすると予想している。

Creating Theories to Deny Facts

弾力性の高さで最高所得の見掛けの上昇の大部分が説明できるので、この結論を避けたいと熱望する人たちは3つの相矛盾した議論を考えだした。

1.所得上位1%のシェアは日本、スウェーデン、オランダのようにアメリカと同程度最高税率を引き下げた国ではそれほど大きく上昇していない。

2.税率の変化に対する反応は1987年のキャピタル・ゲイン税率の引き上げ前の株式の売却や1993年の所得税の税率の引き上げ前のストック・オプションの行使のように一時的なタイミングの問題だ。

3.税率の変化に対する反応はキャピタル・ゲインや事業収益に掛かる税率が低いなどアメリカで節税対策がはるかに容易で多くの抜け道があるというだけの問題だ。

「興味深いことに最高税率を大きく引き下げなかった国で最高所得のシェアが大きく上昇した国はない」とPiketty, Saez and Stantcheva (2011:13)は記している。だが彼らは「最高所得のシェアは最高税率を大きく引き下げ節税の動機がアメリカと比べてそれほど高くない日本で相対的に低いままに留まっている」とも議論している。この印象はMoriguchi and Saez (2007: 28)から生じているのだろう。彼らは「所得上位0.1%に掛かる限界税率は1980年から2005年の間に20%ポイント低下している。低下の大きさは同期間のアメリカとほぼ同じだ。だが少なくとも最近まではこの低下が日本でサプライサイドの効果を生み出すことに失敗している。この対照的な経験は賃金格差の決定要因が税のインセンティブである可能性を排除する」と記している。

だがアメリカと違って日本は急速なバスケットクリーピングの時代が続いたにも関わらずほとんど手遅れになってから嫌々に限界税率を引き下げた。さらにVATを導入しその税率を引き上げたり1989年に証券の売却に掛かる新しいキャピタル・ゲイン税を導入している。国レベルで最高限界税率が37%に引き下げられたのは1999年になってからで地方税を合わせると未だに50%近いままだ。

日本の最高所得のシェアが「最近まで」(1999年-2005年)上昇してなかったのはその分析を2005年で止めたからと最高税率が1999年まで大きく引き下げられていなかったからだ。

国レベルでアメリカの最高税率は1980年の70%から1988年-90年の28%に低下し2005年まで35%だった。1980年代の低下は42%でその後35%となった。日本は1999年まで最高税率は50%で2006年以降も40%で留まっている。明らかに10%の低下だ。彼らが日本がアメリカと同程度最高税率を引き下げたと矛盾した結論に辿り着いたのは(1)1980年から2005年の労働所得に掛かる最高税率だけを比較した(2)日本でより税率の高い地方の所得税を除外したことによる。彼らは「地方所得税を加えても(中略)ここでの分析には影響を与えないだろう」と主張している。だが地方税を加えると日本の最高限界税率は少なくとも10%ポイント高くなるがアメリカは4%ポイント以下だ(州税の控除を考慮に入れた場合)。

注17 累進的な限界税率では普通のことではあるがそこから生み出される税収は非常に少ない。2002年の個人所得税からの税収は国レベルでGDPの2.95%でしかない。このことから大規模な租税回避が示唆される。

国レベルではアメリカの最高税率は1980年に70%だったが労働所得に対しては50%に制限されていた。だから彼らは比較を「賃金労働者」に限定している。日本の法定税率から「雇用主所得控除」の5%を引くと最高限界賃金税率は1980年の50%から47.5%に1999年以降の37%から35.2%になる。これは12%の低下で20%ではないしそれでも所得上位1%の所得のシェア(賃金だけではない)は最高税率が引き下げられた場合に急激に上昇している。1998年から2005年の間に日本の所得上位1%のシェアは21.2%(7.59から9.2へ)、アメリカは15.6%(15.29から17.68)上昇している。

Piketty, Saez and Stantchevaの最高所得のシェアの水準に関するコメントは総所得がアメリカより日本でより広く定義されているので意味のない比較だ。Moriguchi and Saez (2007:8)は「所得上位の所得を総所得で割ることによりシェアを求める」としているがそれに持ち家の帰属家賃までをも含めている。アメリカの最高所得のシェアもそのように広い個人所得の定義を用いればはるかに低く平坦になるだろう。

日本の例が示すように所得上位1%のシェアの水準は総所得の定義が異なる場合に比較できない。それに%ポイントの比較も基準が低いところから開始した場合にはミスリーディングだ。例えばスウェーデンの所得上位1%のシェアは4.38から6.9へと57.5%上昇している。

弾力性の証拠を拒絶するもう一つの手口はアメリカやその他の国の行動的反応も一時的なものだと示唆することだ。Piketty and Saez (2007)は「短期には税率の引き上げに対してキャピタル・ゲインの実現のように大きな反応があるが長期の反応は小さいという合意が形成されつつある」と主張している。その反対にその「合意」はSaez (2004)、Heim、Auten and Joulfaian、Gruber and Saez、Atkinson and Leigh、Eissa and Giertz、Brewer, Saez and Shepard、その他短期の再調整の問題を考慮して長期に渡って弾力性を推計した多くの研究によって否定されている。

最高所得の1度か2度のスパイク的上昇は実際に一時的なものだっただろう。1度目は1987年のキャピタル・ゲイン税の引き上げを避けるため1986年にキャピタル・ゲインの実現益が増加した事例だ。2度めは1993年の増税の不確実性を避けるため1992年にストック・オプションの現金化が増加した事例だ。だがHall and Liebman (2000: 41-42)が記しているように受給権と満了に関するルールでは、いつ非適格ストック・オプションを行使するのかに関して大きな裁量を認めていない。そして株価は「オプションのゲインを強く予想する」一方「税のタイミングによる説明は1992年であっても失敗している」。これらの結果は「タイミングのシフトが一般的であるという結論に疑問を投げ掛け、これまで行われてきた課税所得の弾力性の推計により注意が必要になる」と記している。

その他すべての例は永続的なもので一時的なものではない。配当に掛かる税率が2003年に引き下げられたことにより企業に(可能な時は)赤字を計上するインセンティブを与え投資家には毎年より多くを配当として申告する永続的なインセンティブを与えた。1997年にキャピタル・ゲイン税率が20%に引き下げられたことによりさらに2003年に15%に引き下げられたことによりそれらの変化は資産をより頻繁に取引する永続的なインセンティブを与えた。Subchapter S corporationsの税率が法人税率と同率にまで引き下げられたことにより(1987年-1992年と2003年以降)新旧の企業に個人所得税が適用されるSubchapter S corporationsとして登録する永続的なインセンティブを与えた。そのような効果が一時的なものであるとする理論や事実はない。

この論文の最後の図でPiketty and Saezのデータを用いて限界税率の変化の影響の大部分が(その税率の変化が続いている限り)永続していることを示す。

弾力性の証拠を拒絶する第3の手口は観測された弾力性の大部分を簡単に閉じることが可能と仮定した「税の抜け道」と見做すことだ。Piketty, Saez and Stantchevaは「「税制に租税回避の機会がある場合に所得上位は税率に反応する」とほのめかし異なる税制の下ではそのような機会は提供されないだろうと示唆する。彼らはそのような機会としてキャピタル・ゲインや企業収益に掛かる低い税率を挙げる。だがアメリカの弾力性の高さを企業収益やキャピタル・ゲインに掛かる低い税率に求めるのは彼らの日本、イタリア、スウェーデン、ポルトガル、オランダが「最高税率の大きな引き下げを経験した」が「最高所得のシェアが穏やかに上昇しただけだ」という疑わしい主張と矛盾する。それらすべての国はアメリカよりも法人税率が低く(平均?25-28%)そしてオランダ、ポルトガルがゼロ、イタリアが12.5%、日本が10%とほとんどの国でキャピタル・ゲイン税率が低い(Carroll and Prante)。

注18 ポルトガルでは所得上位1%のシェアは1982年の3.97から1989年に6.84へ2005年に9.77へと上昇した。イタリアでは所得上位1%のシェアは1992年の7.81から2007年に9.86へと上昇した。オランダのWTIDのデータは2001年に最高税率が60%から52%に引き下げられる前の1999年で止まっている。フランスのデータはフランスが最高税率を引き下げた2006年で止まっている。日本とスウェーデンは既に議論した。

OECDの18ヶ国に対して彼らは所得上位1%の弾力性を「0.5ぐらい」と相対的に低く推計しさらにその40%ぐらいが現実の経済活動の変化(労働時間の変化として狭く定義されている)の反映で残りの60%(0.3)を租税回避と大まかに割り当てている。そして「政府が課税ベースを拡大し租税回避による弾力性を0.3から0.1にまで低下させることができれば」と議論し「そうなれば[弾力性は0.3に低下し]最適な最高税率は71%に上昇する」と記している。さらにPiketty, Saez and Stantchevaは租税回避は大部分が作り話だと示唆している。

この指標に対する批判に対して「左翼」と「右翼」と作為的な区別が為されるようにサプライサイドの分析に対しても「旧」とか「新」とか作為的な区別が為されている(Goolsbee 2008)。「租税回避の新しい研究」は租税回避に着目していて古いサプライサイドの理論では限界税率が労働供給に与える影響が大きいことが強調されていたというのだ。Goolsbeeは1999年に「労働経済学の研究は税率の変化が男性労働者の労働供給に与える影響は僅かであると示している。これはLaffer curveの主張が明らかに間違いであることを示しているように思われる」と議論している。

同様にSlemrod and Bakija (2000: 12)は「幾つかの例外を除いて適齢期の男性労働者の弾力性の値はゼロに近いということで意見の一致を見ている。とは言え既婚女性の労働参加率に対する反応は大きいように思われるが。全体として労働供給の弾力性は小さいように思われる。労働と余暇の選択だけのモデルでは所得課税の費用も低い値に留まることが示唆される」と書いている。12年後にSaez, Slemrod and Giertz (2012: 3)も彼らのセリフをほぼ繰り返している。

これらの主張の問題点は適齢期の男性(25歳から54歳)は2008年の労働人口の36.4%を占めるに過ぎないということだ。そして労働局はこの数字が2018年に34.3%に低下すると予想している(Tossi: 44)。女性と54歳以上の人口が労働人口の多数派を占めるようになっていてさらに彼らの労働市場に参入するか退出するかの判断は税率に大きく影響を受けることが知られている。既婚女性の弾力性は疑問の余地なく高いから「所得課税の費用も低い値に留まる」という主張は男性と女性で大きく税率が異なるというのでない限り真とはならないだろう。

Slemrod and Bakijaの適齢期の男性と女性の全体の補償弾力性は「極めて小さい」ように見えるという主張は2000年では尤もらしく思われたかもしれない。だが最近の2つの研究の結果とは一致しない。「Labor Supply and Taxes: A Survey」でKeaneは「男性に関するよく知られた22の研究のヒックス補償弾力性をシンプルに平均すると0.31という値が得られた。(中略)大きな損失を引き起こすのに十分な値だ」と記している。同様にChetty, Guren, Manoli and Weberは長期の労働弾力性を0.25から0.5と推計し0.3を優先的な値としている。

労働者への調査による過去の推計は「extensiveな」弾力性を捉えているようには思われない。潜在的な労働者は(労働時間よりも)求人市場へ参加するかまったく参加しないかの判断をより容易に行えるため幾つかの研究はextensiveな弾力性がintensiveな弾力性よりも数倍大きいことを示唆している。

多くの国を何年にも渡って調査した後でDavis and Henrekson (2005: 89)は「労働所得と消費支出に掛かる高い税率は市場部門での労働時間の減少、家庭部門での労働時間の増加、地下経済への拡大へとつながる」ことを報告している。そのようによく報告されている行動の変化は申告所得の額に明白に影響を与える。だがそのような行動は経済の表部門で既に働いている労働時間の変化を調べることではどれ一つとして把握することはできない。

Goolsbee (1999)の主張とは異なり、Lafferとサプライサイド理論家の第一世代は原始的な労働供給の指標を「中心教義」などとは一度も記述していない。税のインセンティブは生涯を通した労働強度、起業のリスクを取る意思、貯蓄と投資などに影響を与えると記述されている。さらに広い意味での租税回避(地下経済を含めた)は何故高い税率を引き下げることが税収の低下に直結しないのか(そして実際低下しなかった)サプライサイドの説明の主要な部分を常に占めていた(Kemp1978: 56-58)。

それを左翼または右翼と呼ぼうと旧または新と呼ぼうと課税所得の弾力性の高さはGordon and Slemrod (2000: 240)が指摘するように「高額所得者のその他の層に対する相対的な所得の伸びはフィクションかもしれない」ことを意味する。高額所得者の所得の伸びが広い意味での租税回避の反映である範囲でそれは主に統計の錯覚であることを意味する。高額所得者の所得の伸びが最高税率が引き下げられたことによる勤労意欲、起業、投資の増加の反映である範囲で(最近のインド、韓国、ブラジル、1920年代、1960年代、1980年代のアメリカ)それは豊かさが増加したことを意味する(サプライサイド理論の指摘する効果)。例えばPiketty, Saez and Stantchevaが彼らの推計した弾力性0.5のうち0.2を真のサプライサイドの効果に割り当てたように真のインセンティブと租税回避の両方が含まれている。

Capital Gains Realizations are not Income, and they are Voluntary

高い弾力性を軽視するまたは否定しようとする努力は最後には失敗に終わる。弾力性が継続的に高いのでなければ何故アメリカの個人所得税収のGDPに占める比率が最高税率が91%から28%に引き下げられた後でさえ低下していないのか何の説明も残されなくなってしまう。

1951年から1963年まで最高税率は91%だったが個人所得税の税収はGDPの7.7%に過ぎなかった。最高税率は1964年に70%に引き下げられ1969年に労働所得に掛かる税率は50%に制限されたが1964年から1981年の間に8%に上昇した。全体の税率は1982年-83年に再び引き下げられた最高税率は50%になったが個人所得税からの税収はさらに上昇し8.3%になった。最高税率は1988年から1990年に28%に引き下げられたが税収は8.1%のままだった。弾力性による説明を用いないのであればこの不連続性を説明するのは困難だ。

そして弾力性の研究ではキャピタル・ゲインという重要な問題が除外されている。図4にアメリカの所得税率と税収がGDPに占める比率を並べてある。不況期を除いて最高税率が91%であろうと28%であろうと所得税収はGDPの8%で安定している。これは弾力性の高さが一時的なアノマリーではないことを示す強力な証拠になる。ただし図には3つの例外的な時期が含まれているので以下で説明する。


第一の税収の例外的な上昇は1968年-70年の付加税が原因だ。これはすべての納税者に適用され経済が不況になるまではかなりの税収をもたらした。第二の上昇は1979年-81年でインフレにより多くの納税者がより高い税額区分に追い込まれたのが原因だ。この2つの事例は収縮的な「税ショック」の候補と考えられ不況(1970年-71年、1980年-82年)を深めたか引き起こした可能性が考えられる。

第三の1997年-2000年の税収の増加は技術ショック(インターネットと携帯電話の普及)とそれに関連する株式市場の上昇から発生している。この時期の政策もまた例外的で予想のされないものだった。普通所得に掛かる最高税率は1993年に31%から39.6%に上昇し社会保障給付の85%までが課税可能になった(1993年以前は50%までだった)。それでも個人所得税からの税収はGDPの8%で最高税率が28%で社会保障給付の半分が課税されていた時期よりも少ない。1993年の税制の改訂で大きな影響があったのが経営陣の給与に対する控除を1億円に制限したことで経営陣の報酬がストック・オプションのようなインセンティブ型の報酬体系へと変化する一因となった。

1970年代後半に通常所得に掛かる税率が大きく低下しキャピタル・ゲイン税率も低下した。キャピタル・ゲインの最高税率は35%(幾つかのケースでは39.9%)から1978年には28%に1982年には20%に引き下げられた。1987年に28%に一旦引き上げられたが1997年に再び20%にそして2003年に15%に引き下げられた。

キャピタル・ゲイン税率の引き下げによりより多くのキャピタル・ゲインが最高所得に加わる。キャピタル・ゲインを含むもの含まないもの両方で最高所得のシェアが上昇したことを(キャピタル・ゲインと通常所得に掛かる税率が高かった)1970年代に(Piketty, Saez and Stantchevaが示唆したように)租税回避が一般的でなかったことの証拠と考えることはできない。2つの税率を引き下げることは単に高額納税者がより多くの所得とキャピタル・ゲインを申告することを(1982年-82年、2003年がそうであったように)奨励するだけだ。

キャピタル・ゲインを除外した弾力性の推計の問題点は図3が示すようにキャピタル・ゲイン税率が引き下げられた場合にはいつでも所得上位1%の所得の大きな部分をキャピタル・ゲインが占めていることにある(2003年から2007年では28%以上)。

表3に政府と経済学会が推計した長期のキャピタル・ゲインの弾力性の代表例を示す。一般的に1.0かそれ以上だ。これは10%税率を引き下げるとキャピタル・ゲインの納税申告額が10%増加することを意味している。反対派は1980年-83年の景気循環期のBurman and Randolphの研究を引用するが説得的ではない。何故なら「長期の弾力性0.0と-1.0が両方95%信頼区間に含まれている」からだ。彼らはさらに1981年にキャピタル・ゲイン税率が引き下げられたのは70%の税額区分だけということを無視している。完全なキャピタル・ゲイン税率の引き下げは1983年まで実行されなかったのでキャピタル・ゲインの実現を遅らせるインセンティブを与えた。このことと一致してキャピタル・ゲインの実現益はU.S. Treasury Office of Tax Analysisによると1981年にGDPの2.7%から1982年に2.9%、1983年に3.6%、1984年に3.7%、1985年に4.2%に上昇した。

Auerbach and Siegelは後にBurman and Randolphのモデルをある年の実現益がその年度以降の税率の予想によって影響を受けるように修正しその結果長期の弾力性の推計値は-1.73に上昇した。

小さめの-1.0の弾力性でも10%の税率の引き下げに対して税収は変化しない。課税の対象となるキャピタル・ゲインの実現益が10%増加し税率の低下の効果を打ち消すからだ。弾力性の研究が示したことが意味するのは1983年、1997年、2003年の税率の引き下げにより(キャピタル・ゲインを含む)所得上位1%の申告所得が大きく継続的に増加すると予想されることだ(そして実際そうなった)。

表4の列3はキャピタル・ゲイン税率が28%だった1987年から1996年に所得上位1%の申告所得に占めるキャピタル・ゲインの実現益が17.7%だったことを示している。税率が20%だった1997年から2002年には実現益は26%を占める。税率が15%だった2003年から2007年には実現益が28.1%を占めている。

実現益の方が未実現益以上に価値があるということではない。誰かが家や株式を売却してもその個人が豊かになるわけではない。キャピタル・ゲイン税率が高いと人々は現在保有している資産を保持し続けることになる。だからキャピタル・ゲイン税率を引き下げることは未実現益が実現益になりそして課税される割合を高めることになる(そして未実現益と未課税の割合を低下させる)。

課税所得またはグロスの所得の弾力性の最も高い推計値でさえキャピタル・ゲインを除外しており(1)所得上位1%の申告所得がキャピタル・ゲイン税率が相対的に高かった1987年から1996年に比較的安定しているように見えたのか(2)1997年と2003年にキャピタル・ゲイン税率が引き下げられた数年後に所得上位1%の所得が上昇したのかこの2つの事例に対して与えた税率の変化の重要性を大きく過小評価している。

Switching Income from Corporate to Individual Taxes

Piketty, Saez and Stantcheva (2012:2)は「これらの反応のほとんどは実際の経済活動の変化ではなく主として租税回避の結果であることが元はSlemrod, 1996から始まりそれ以降も指摘され続けてきた。この議論は左翼側のサプライサイド理論の成功物語に対する批判として始まったが(*都合が変われば意見も変わる(笑))、今では右翼側の所得の集中を否定する議論として用いられるようになった(Reynolds, 2007)」。

その逆に左翼側の議論とされたGordon and Slemrod (2000: 240)は私と同様に「税率の引き下げ後の申告所得の急上昇が単なる報酬形態のシフトの反映だとしたら真の所得は実際にはほとんど変化していないかもしれない。1986年の個人所得税率の法人税率に対するさらなる引き下げは外部から観察することのできない報酬の形態から観察することのできる報酬の形態へとシフトするインセンティブをさらに強化した。従って高額所得者の相対的な観察上の所得の上昇は作り物かもしれない」と記している。

彼らが着目したのは相対的に小さな企業や専門の事業主は課税所得を法人として申告するかS-corporation、partnership、proprietorshipのようなパススルー事業体を用いて個人として申告するか簡単に選ぶことができることだ。limited liability companyは法人としても個人としても申告可能かもしれない。Piketty and Saezは個人として申告された所得だけを計測しているので法人としてではなく個人として所得を申告した企業の行動の変化により所得上位1%の所得がまるで以前よりも増加したかのように見えるだろう。だが本当に変化したのは所得ではなく所得の申告の形態の方だ。

Gordon and Slemrodは所得税の最高税率が法人税と同じかそれ以下に(1988年-92年、2003年から現在)引き下げられた場合にはいつでも事業所得が個人の納税申告へとシフトしていることを正しく観察している。だが「所得シフト」それ自体は「サプライサイド理論の成功物語に対する批判」とは有効にはなり得ない。何故なら1998年と2003年に所得税の最高税率が引き下げられた後に法人税収のGDPに占める割合が上昇しているからだ。最高税率の引き下げが個人所得税からの税収を減少させていないことは(図4に示してある)法人所得税からの税収の減少では説明できない。これは課税所得の弾力性が広い意味での租税回避とサプライサイドの反応との組み合わせにより実際に高いことを意味する。

Piketty and Saez (2007)とAtkinson, Piketty and Saez (2011: 29-30)は法人税から個人税への所得のシフトの後に同規模のキャピタル・ゲイン税収の減少が続かなければならないと主張する。何故ならば利益剰余金は会社や会社が保有する株式が売却されることによりすぐに払いだされるからだ。Atkinson, Piketty and Saezは「キャピタル・ゲインを含まない系列は1986年から1988年に4.0ポイントもの急上昇を見せている。よく知られているように(中略)この急上昇の半分は所得のシフトによる。だが会社の利益剰余金はキャピタル・ゲインへと変化する。よって中期では所得のシフトは同額のキャピタル・ゲインの減少と一致するだろう」。企業の経営者が繰延所得からの利益を得るために会社を清算しなければならないという主張は少しも自明ではない。だが仮に経営者たちがそうしたとしたらそこで生じるキャピタル・ゲインは「同額」ではなくその時点での市場との関係に依存するだろう。

注20 実際、多くの企業や事業主は個人所得税率が法人税率よりもはるかに高かった時期にC-corporationの形態を世代に渡って保持していて株式を公開したり会社を売却したりしていない。それは(1)税の繰延に期限がない(2)現金化しなくても生活の手段があるのが理由だろう。

利益剰余金の減少とキャピタル・ゲインの実現益の減少との空想上の等価性を確かめるためAtkinson, Piketty and Saezは所得上位1%によるキャピタル・ゲインの申告が1985年から1990年に減少したことを指摘する。だがその事例はキャピタル・ゲインの弾力性をゼロと仮定しているようなもので(キャピタル・ゲイン税率は1985年よりも1990年の方が高かったからだ)そして景気循環を無視している(1990年は不況の開始時期と記されている)。

現実には、このインセンティブは(法人税と所得税の差が狭まった場合に)通常所得の変化を過大評価するだけではなくキャピタル・ゲインからの最高所得の変化をも過大評価する。

個人所得税の場合と同様にキャピタル・ゲイン税率の引き下げにより、より多くのキャピタル・ゲインが個人の所得として申告され(15%で課税される)法人の所得として申告される額は少なくなる(35%で課税される)。

2007年の個人所得として申告されたネットのキャピタル・ゲインのうちWilson and Liddell (2010:76)は「キャピタル・ゲインのうち多くは(36兆6900億円)パススルー事業体のものでその次が企業による株式の売却(22兆7900億円)だ。ミューチュアル・ファンドは8兆6000億円でパートナーシップ事業体は4兆9100億円、居住用賃貸資産は3兆7300億円だ」と報告している。パススルー事業体の事業所得として申告される額が増えたからといってAtkinson, Piketty and Saezが憶測したのとは違い個人のキャピタル・ゲインとして申告される所得を減少させてはいない。そうではなく(はるかに低い税率と併せて)営業譲渡によるキャピタル・ゲインの大幅な増加に貢献している。

Piketty, Saez and Stantcheva (2012: 4, 27)は私が最初に図3で見たデータにも誤った解釈を加えている。彼らは「広義の所得の定義(租税回避の大きな部分を占めるキャピタル・ゲインの実現益を含む)に基づく最高所得のシェアが狭義の定義のものと同じ位上昇したのでアメリカの事例は租税回避反応によってシェアの上昇のかなりの部分を説明することができないことを示唆する」と議論する。さらに「回帰分析の結果もキャピタル・ゲインを除外したものとほぼ同じ結果を示している。これは所得シフトが最高所得の変動の多くを説明しないことを示唆する」と続ける。

この議論は2つの部分から構成されている。第一は「租税回避とは主に繰延とキャピタルゲインに対する優先的な扱いを利用している」という疑わしい主張だ。仮にそれが事実だとすれば最高所得の限界税率が50-70%だった時期に所得上位1%の所得に占めるキャピタル・ゲインの比率が高いと予想できるしよってキャピタル・ゲインを除外した系列のシェアの方が低くなるはずだ。限界税率が28-35%に引き下げられた後に例えば企業の経営陣は報酬を(通常所得の税率で課税される)現金や非適格ストック・オプションの形で受け取れるように交渉したかもしれない。

この問題で最も困難な部分は課税の対象となっている資産を売らないまたは利益を損失で穴埋めする(利益が出ている株はそのままに損失が出ている株を売却する)などしてキャピタル・ゲイン税自体を容易に回避できることだ。キャピタル・ゲインの実現は資産を保有している人による自発的な行動でそして少なくとも半分が実現しない。仮に資産を売却するまたは売却益を実現するインセンティブが実際に税率に敏感なのだとしたらキャピタル・ゲイン税率が引き下げられた少なくとも数年間は最高所得のシェアが上昇すると予想でき引き上げられた後には変化しなくなるか下落すると予想できる。だがその場合キャピタル・ゲインを含む系列含まない系列とが類似しているとの主張は(1)キャピタル・ゲイン税率が変化している期間には正しくない(2)通常所得に対する租税回避を測る手段としては無効だ。

図5は彼らの主張と対立する。棒線は長期のキャピタル・ゲインの最高税率を示している。折れ線はキャピタル・ゲインを含む場合と含まない場合との(所得上位1%のシェアの)差または乖離を示している。


この差はキャピタル・ゲイン税率が1960年代の25%から1970年代に35-39.9%に引き上げられた時期に劇的に縮小している。そして(1986年を除いて)1988年から1996年に20%から28%に引き上げられた時期に再び縮小している。折れ線はもちろん景気循環も反映しているがそれでもキャピタル・ゲインは税率が高い時期よりも低い時期において大きな比率を占めている。これはETIの推計に大きな欠点と限界があることを示す。何故ならそれらは課税対象となる口座で発生したキャピタル・ゲインの弾力性をすべて除外しているからだ。

Sources of Top 1 Percent Income Respond to Changing Tax Rates

図6に所得上位1%の所得源が経済や税率の変化に対してどのように反応したかを示す。表5に主な税制の変更と先程と同じデータを示す。黒字の数字は税制の変更に対する行動の変化を示している。


所得上位1%の4つの主な所得源を2010年のドルを基準として示してある。これは見掛けの所得の変動の大きさを強調するためだ。データは平均所得に対するそれぞれの所得源の貢献度として表示している。給与所得、事業所得、投資所得による分解はキャピタル・ゲインを除外したものにのみ利用可能だ。よってキャピタル・ゲインは別個の系列から編集してある。

1980年代を見ると1983年-84年の税率の引き下げの後に(高率の税率が課せられる閾値が大きく上昇した)給与所得の申告が大幅に増加した。さらに1988年に最高税率が28%に引き下げられた後にも給与所得の大幅な増加があった。この2回の上昇は後の課税所得の弾力性の研究に先立っていて研究の動機となっている。そしてそれらの研究の結果と完全に整合的だ。経済は1983年から1989年に4%以上の率で成長しているので景気循環も一部影響しているかもしれない。

図6の暗線は1986年の税に誘引されたキャピタル・ゲインの実現益の急上昇を示していて所得上位1%の労働所得を上回っている。より重要なことに棒線は1986年から1988年の2年間で非法人(パススルー事業体)により個人として申告された事業所得額が3倍になったことを示している。これはGordon and Slemrodが強調した「所得シフト」だが同時期の給与所得の上昇を明らかに説明できない。Atkinson, Piketty and Saezは1986年-88年の事業所得の増加はキャピタル・ゲインを含む系列には表れていないと主張しているがそれは単に1986年のキャピタル・ゲインの急増が1988年の事業所得の急増を打ち消したからだ。

Atkinson, Piketty and SaezはC-Corporationsからの変更はその後にキャピタル・ゲインの実現益の減少を伴うと仮説を立てている。何故なら1986年以前のC-corporationsはそうでなければ利益剰余金と等しい価格で売却されるだろうからだ。図6は1987年に税率が引き下げられ1997年と2003年に税率が引き上げられた時期に起こったことは彼らの仮説ではなくキャピタル・ゲインの弾力性の研究にはるかに整合的であることを示している。

1991年の税率の引き上げは項目別控除や個人控除の縮小によって主に行われた。GDPに占める所得税収と同様に最高所得は減少した。

Saez (2012)が頻繁に繰り返している議題は「1970年代以降に(中略)賃金と給与所得のシェアが急上昇した。よって1970年代以降の最高所得のシェアの上昇は賃金と給与の急上昇による」だ。図6の給与の系列は所得上位1%の労働所得が2000年まで大きく増加していることを示している。だがそれ以降は増加していない。所得上位1%の平均の実質労働所得は2000年から2007年に2.5%、2000年から2010年だと11.5%減少している。

所得上位1%の平均の給与は1993年に減少している。これは1993年の税率の引き上げを見越した1992年への所得のシフトによってある程度説明できる。だが所得上位1%の給与は1994年にも減少している。最高税率が28%だった1988年より実質で見て6.1%低い水準だ。1988年から1994年の給与の減少は1991年と1993年の税率の引き上げに対する行動の変化と整合的に見える。

所得上位1%の配当からの所得も1990年から1994年に24%低下している。利子所得も47%低下している。そして配当と利子も2003年の税率の引き下げ後までは1989年の水準で浮動している。これもETIと整合的だ。

対照的に1995年から2000年に労働所得に起こったことは表面的には国内と国際間の弾力性の証拠と整合的ではないように見える。所得上位1%の給与、ボーナス、ストック・オプションからの所得は1995年-96年に8%、1997年-1999年に10%、2000年に7%と年率で上昇している。これはNASDAQが2005年(*1995年の誤植だと思われる)の1000から2000年に5132になった時期と一致する。NASDAQと最高所得を結びつけるものはずばりストック・オプションだ。

税制は(1)1997年のキャピタル・ゲイン税率の20%への引き下げ(2)1993年の税制の改訂を除いてストック・オプションにあまり影響を与えていない。

Gordon (2009: 17-18)は「ストック・オプションは株式市場の影響を最高所得に伝えただけではなくストック・オプション自体が1990年代に経営陣の報酬源としてますます重要になっていった(1990年から2000年に40%から70%へ上昇した)。(中略)所得上位のシェアの上昇とストック・オプションの重要性が増した時期はタイミングが一致しているように思われる」と記している。Saez (2012)は「経営陣のストック・オプション」を2001年-2003年の最高所得の急減の主な理由と挙げている。だがそれらの説明が見落としているのは1990年代後半には既に非適格ストック・オプションが一般の従業員の水準にまで深く浸透していたことだ。労働局は1999年に「所得500万円から749万9900円の4.2%と所得750万円以上の12.9%がストック・オプションを保有している」と報告している(Shildkraut)。

以前記したように(Reynolds 2005: 267)、2000年には「フォード・モーターは従業員のほぼ10%にオプションを付与している。サウスウェスト航空は約3分の1、アマゾンはほぼすべての従業員に付与している。マイクロソフトもほぼすべての従業員に付与している。インテルとサン・マイクロシステムズも多数のオプションを一般の従業員に付与している。National Center for Employee Ownershipは2001年に7百万人から10百万人がストック・オプションを保有していると推計している。Execucomp databaseは上位5名の経営陣は2001年のストック・オプション全体の7.6%を占めるに過ぎないがその年に行使されたオプション全体の12.1%を占めていることを示した。

オプション全体の78%は「非適格ストック・オプション」で行使時には通常所得の税率で課税されることを意味する。非適格オプションは権利確定し行使した後になって初めて控除可能になる。その時点で売却益は従業員に対して課税可能に雇用主にとって控除可能となり個人の申告所得額を増加させ(例えばPiketty and Saezの例)法人税額を減少させる。ある意味で1997年-2000年のストック・オプションからの棚ぼたは法人申告から個人申告への別の形態の所得シフトだ。だが図6が示すように1997年-2000年に起こったことは一時のイベントで、メディアで言われているような上昇トレンドではない。NASDAQが5年以内に再び5倍以上になるといったことや多くの一般従業員までもストック・オプションから再び利益を得るといったことは考え難いだろう。

興味深い次の事例は2001年の6月から2003年の5月の減税と共に始まった。House and Shapiroと彼らを引用したMerten and Ravnは「減税の予想効果が2001年の不況からの穏やかな回復に貢献し実際の減税の実施が2002年以降の経済を刺激するのに役だった」と報告している。その分析によれば2003年の5月以降の所得上位1%の所得の変動自体が部分的に税制の変更の影響を受けていることになる。だが図6が示すように景気循環以外の要因すなわち配当とキャピタル・ゲインに掛かる新規の15%の税率がより大きな影響を与えている。

所得上位1%が申告した配当の額は(図6の点線)配当税率が31%に引き上げられた1990年から1992年に22.1%減少した。さらに配当税率が39.6%に引き上げられた1993年に9%減少した。景気循環の山であった2000年でさえも所得上位1%が申告した配当の額は1988年より少なかった。対照的に2003年に配当税率が15%に引き下げられると所得上位1%が申告した配当の実質平均額は1992年の318万円から2007年の838万円へと3倍近く増加し年率で21.6%増加した。これは明らかに税率の変化に対する行動変化だ(Chetty and Saez)。

1997年にキャピタル・ゲイン税率が8%ポイント引き下げられた後に所得上位1%の実現益は1997年だけで34.3%増加し1997年から2000年に年率23.1%増加した。2003年の5月にさらに5%ポイント引き下げられた後にも2004年だけで53.2%増加し2003年から2007年に年率で21.1%増加した。

税率が引き下げられた後の申告額の急増加は弾力性によるもので資産価格の変動によるものではない。所得上位1%のではなくキャピタル・ゲイン総額を見るとキャピタル・ゲインの実現益は1987年から1996年にGDPの2.23%だったのが(税率は28%)1998年から2000年には5.3%になり2005年から2007年には5.62%になっているとOffice of Tax Analysisは報告している。株、債券、民間企業、不動産の市場価値も1980年代後半と1990年代初期に上昇している。図6が示すように税率が28%と高かったため相対的に実現益が少なかった時期だ。

2003年の所得税の最高税率の35%への引き下げにより法人税と税率が等しくなった。それにより所得シフトが加速し事業所得(1998年から2002年まで変化がなかった)は2004年に13.2%、2005年に20.1%上昇した。

図6で以前議論したように1983年から1988年の申告所得の増加は部分的には景気循環によるものだ。ただ恐らく限界税率の引き下げがその時期の高い成長に貢献している。だが1980年代後半の急増加は税率の変化に対する行動の変化だ。税率の変化は(1)利益剰余金からパススルー事業体へと所得をシフトする(2)現金報酬を役員特典へと代替する(3)配当や課税対象となる債券からの申告を増やす(4)税率が引き上げられる前に1986年に売却益を実現するなどのインセンティブを与えた。

1997年にキャピタル・ゲイン税率が8%ポイント引き下げられた後に実現益が前例のない程の増加を見せた。これは税率の引き下げがどのように申告所得額を増加させるかを端的に示している。1993年に最高税率が引き上げられた4年後の1997年-2000年の最高所得の増加は課税所得の弾力性が低いことを示した証拠ではない。2001年までに11.4%の家計に非適格ストック・オプションが浸透していたことで十分説明可能だ。一度限りの棚ぼたではあるがこの時期の株式ブームはW2に記載される労働所得を大きくインフレさせた。

2003年-2007年の好況期の山でさえも(住宅価格の上昇とそれに関連するファイナンス)所得上位1%の労働所得は1999年-2000年の水準まで戻っていない。これは「所得格差の拡大」への説明として労働所得を強調してきた経済学会に対して疑問を投げ掛ける。2003年-2007年の時期に最も考えられることは最高所得の見掛けの増加の大半がキャピタル・ゲインと配当に掛かる税率の15%への引き下げと事業と利子に掛かる税率の(35%)への引き下げに対する納税者の反応の結果だ。キャピタル・ゲインは2002年から2007年の所得上位1%の所得の上昇の53.8%を占めていて配当と利子は15.3%を占める。だが給与、ボーナス、キャピタル・ゲイン(*キャピタルゲインと書いてあるのは誤植か書き間違いだと思う)は13.6%を占めるに過ぎない。

弾力性で完全には説明できていない部分は景気循環で説明できる。2010年の所得上位1%の給与は2001年の不況期のそれよりも少なかった。これはキャピタル・ゲインと利子も同様ではあるが配当とパススルー事業体の事業所得は2001年より明らかに多い。

所得上位1%の特定の所得源のデータを用いて図6と表5に(1)キャピタル・ゲインからの所得が税率が28%である間は低いままで税率が引き下げられた場合に上昇する(2)所得のシフトが所得税の最高税率が法人税率と同じぐらいかそれより低い間は継続している(3)配当所得と配当税率の変化が逆向きに変動していることを示す。

給与、パススルー事業体、キャピタル・ゲイン、配当に掛かる税率の引き上げは個人が申告する課税前所得を大きく減少させ課税前で見て所得上位1%が突然貧しくなったかのように見せることをはっきりと示している。だがその効果は高い税率の対象となる課税所得の申告額の減少であり所得上位1%の支払う税の額を長期で見て確実に減少させるだろう。

Conclusion

何人かの研究者がSocial Security data、CBO pretax estimates、Consumer Expenditures Survey、Panel Study on Income Dynamics、Survey of Consumer Financesから上昇トレンドを探そうとしている。

それらの研究を読んでまったく説得力を欠くという結論に到った。それをtextとappendixで説明している。

Appendix A

Comparing Census Bureau Survey Data with the Piketty and Saez Estimates

1993年-94年にCurrent Population Survey (CPS)は紙をコンピュータに置き換え(記録できる桁数を増やし)50以上の所得源の記載できる限度額を大幅に拡大させた。1993年以前のデータは高額所得のかなりの部分を除いていたため1993年前後でデータの断絶が発生した。

Polivka (2000: 4)は「1994年の1月以降質問者は額が大きくても回答者が回答した額を記載できるようになった。1994年の1月以前は質問者は週間の賃金が19万9900円を超えるものをすべて19万9900円と記載していた。さらにその賃金は一般に公表される前に19万2300円で「トップコード」されていた。1994年の1月以降には実際に稼いだ額が記載されていたが回答者の秘匿性を守るため一般に公表されるデータは「トップコード」されたままだった」と説明している。

広く見られる勘違いとは反対に「トップコーディング」は個人の所得に対していかなる最高限度額など定めていない。それを定めてあるのは特定の所得源のみに対してだ。Krugman (2006)は「センサスは(中略)回答者の賃金が9999万9900円を超えた場合には単に9999万9900円と記載している」と記している。それとは反対にWelniakは1993年以降、「4つの各所得源はそれぞれ9億9999万9900円まで記載することが許されている」と説明している。これら10億円を足し合わせればかなりの額になる。

「トップコーディング」とは一般に公開されるデータの一部が検閲されていることを指していてセンサスが作成している(表1の列1のような)所得シェアの推計とは一切関係がない。その推計は民間の研究者や米財務省(CBOのような)以外の政府機関は普段利用できない内部データに基いて行われている。トップコーディングされている一般公開のデータを日常的に取り扱っている研究者はパレート分布の変種を用いて内挿(外挿の誤植?)している。例えばHeathcote, Perri and Violante (2010:26)は「トップコードされたデータは各所得源がパレート分布しているものと仮定して取り扱う。(中略)トップコードされていない分布の右側に適合するパレート密度を外挿することによりトップコードされているデータの平均値を予測する(ようするにデータに空白が存在する部分はデータに空白が存在しない部分から適切な手法によって予想する)。これにより内部検閲の問題(トップコーディングとは異なる)が自動的に取り扱われる。内部データの閾値は一般に公開されるデータの閾値より常に大きいからだ。さらにトップコードの閾値の変化に適切に対応できるという利点がある」と説明している。

センサスの内部データにも自身が課した制約があり最高所得を少なく数える傾向がある(特に1993年以前は)。だがその程度は未調整のトップコードされた一般に公開されているデータほどではない。どちらにしても最高所得の慢性的な過小評価ではSaez, Slemrod and Giertzが記しているように「1986年から1988年の最高所得のシェアの急上昇は平均限界税率が45%から29%へと下落した時期と完全に一致する」のが何故なのかを説明できない。課税所得の弾力性のみが急変化を説明できる。

「第一にそして最も重要なことは」とPiketty and Saez (2007)は記し「Alan Reynoldsはセンサスの公式の数字は我々の結果とは対照的に所得上位5%のシェアが僅かしか上昇していないことを示していると指摘している。この乖離の理由はセンサスの推計がサンプルサイズが小さく(60000ぐらい)トップコーディングされたデータに基いていることによる」と記している。

彼らがStatistics of Income (SOI)から100000ぐらいのサンプルを用いているのは確かだがこのデータもトップコードされている。Saez, Giertz and Slemrod (2012: 47)が記すように「SOIはPublic Use File (PUF)と呼ばれる一般向けのものを毎年公表している。納税者の匿名性を守るため一般向けのものは所得上位でサンプル率が低く(1ではなく3分の1)所得源の幾つかをまとめることにより処理している。PUFには年あたり100000の申告が含まれている」。

だがセンサスの(トップコードされていない)内部データが所得上位1%の所得を測ることができないというのは誇張がすぎる。所得上位1%とは2010年では所得が3358万円以上のものを指し(キャピタル・ゲインは含まれない)そしてそのほとんどは内部データの上限の内部に収まる(各所得源の上限が9億9999万9900円だったように)。CPSが5億8400万円(所得上位0.01%)以上をすべて見落としていたとしても(途方もなく荒唐無稽な話だが)それでも所得上位5%のシェアにはほとんど影響を与えない。所得上位0.01%の2008年の課税前移転前のシェアは3.34%で所得上位5%の10分の1だからだ(33.37%)。

Reynolds (2007)の批判は最高所得の水準の比較にあるのではなく突然の変化にある。所得上位5%のシェアの上昇のタイミングはCPSのデータとPiketty and Saezのデータとで完全に異なる。そのようなタイミングのズレはCPSの過小申告では説明することが出来ない。例えばセンサスは所得上位5%のシェアが1986年に18%で1988年に18.3%だったと報告している。そしてこの数字は恐らく2-3%ポイント実際よりも低かっただろう。だがこの過小申告ではPiketty and Saezの推計した所得上位5%のシェアが1986年の22.6%から1988年に26.9%に急上昇したことを説明することができない。繰り返しになるが課税所得の弾力性のみがそのような変化を説明できる。

注23 Atkinson, Piketty and Saezは同様にCPSのデータと税のデータのタイミングを比較し「CPSの最高所得のシェアは1985年から1990年のキャピタル・ゲインを含む納税申告に基づく最高所得のシェアと同じ速度で上昇している」と記している。

センサスの推計は所得上位5%のシェアが2003年の22.2%から2007年の21.7%に低下したことを示している。一方でPiketty and Saezの推計は所得上位5%のシェアが2003年の29.9%から2007年の33.6%へと急上昇したことを示している。センサスの過小申告ではそのような短い期間でのトレンドの急変化を説明することができない。ここでも課税所得の弾力性のみがそれを説明できる。

(トップコードされていない)センサスの内部データを用いてBurkhauser, Feng, Jenkins and LarrimoreはCPSからの推計と納税申告からの推計との和解を試みた。だがそれを行うに際して彼らは移転と税をすべて除外しなければならずそして世帯ではなく「課税単位」で比較しなければならなくなった。パートの仕事をしている大学生や仕事をしている個人が2人またはそれ以上で一緒に生活している場合でも例え所得の高い世帯の一員であったとしてもPiketty and Saezのデータでは低所得の課税単位と見做される。

所得をどのように定義するかで結果が大きく変化する。だからこの論文では移転、税、給付、世帯人数の変化を考慮することの重要性を繰り返し強調している。BurkhauserはPiketty and Saezの推計では1979年から2007年に「課税単位」の実質中央所得は僅か3.2%しか上昇していないとされていたものが移転を含めると15.2%にさらに世帯人数を調整すると23.6%にそして税(と税額控除)を考慮すると29.3%になると報告している(Pethokoukis: 2)。

Piketty and Saezの欠陥のある定義を渋々採用することによりBurkhauser, Feng, Jenkins and LarrimoreはセンサスのデータでPiketty and Saezの推計を1967年から1985年の期間という限定付きで再現することに成功した。「1986年以前は所得上位1%のシェアのトレンドは驚くほど似通っている」と彼らは記している。Piketty and Saezの所得上位1%のシェアはCPSより1%ポイントから2%ポイント高いに過ぎない。例えば2つは所得上位1%のシェアが1980年から1989年に上昇していることを示している。Piketty and Saezの推計が軌道を大きく離れていくのは1986年の税制の改訂以降のことでしかない。

Piketty and Saezは1986年から1988年の間に所得上位1%の所得が22.1%という信じられない速度で増加したと説明した。対応するCPSの数字は2%だ。この期間の最高所得の急増加は明白に1986年の税制の改訂を反映している。1986年のTax Reform Actの前後の所得上位のシェアを比較するのは極めてミスリーディングだ。

Piketty and Saezはさらに1993年から2000年の間に所得上位1%の所得が4.1%で増加したと示した。Burkhauserの調整したCPSの数字では1.5%だ。

Cowen (2009)はBurkhauserたちの予備段階の原稿からの暫定的な結論部分である「仮に所得格差が1993年以降急激に拡大したのだとすればその拡大は所得上位1%に限られる」を引用している。それでもなお論文の筆者たちはPiketty and Saezのいう急激な「1993年-2000年、1986年-88年の所得の変化」を確認することができなかったと主張している。「私が読んでみたところでは」とCowenは言い「Piketty and Saezの結果は1993年-2000年に修正を加えて基本的に成り立つ」と記している。そうではなくその彼が引用した箇所は明白に「仮に」以降の内容に関して否定の意味を込めている。1993年以降の所得格差の拡大は1988年以降よりもはるかに小さく2003年の税率の引き下げ以降の「課税単位」を用いた所得上位1%のシェアが景気循環に沿って穏やかに回復しているのを確認したに過ぎないからだ。

Gordon (2009: 11)もBurkhauserたちの研究を「1993年以降の所得格差の拡大はすべて所得上位1%で起こりその他では所得格差が拡大していなかった」と解釈している。データが示したのはそういうことではない。

Piketty and Saezの推計とは異なりBurkhauser et. al. (2012: Figure 4)らの所得上位1%のシェアは1989年(13%以上)よりも2005年(12%ぐらい)の方が低い。そして最終年の14%近くへの上昇を除いて1989年から2006年の間に上方トレンドが確認できない。一年限りの上昇はトレンドではない。2006年を除いて所得上位1%のシェアは1988年以降基本的に変化していない。この結果は私が調べた他のデータ源からの証拠とも矛盾しない。だが調整後のCPSの所得上位1%のシェアの推計がPiketty and SaezやCBOの結果を確認したというCowenやGordonの解釈とは大きく異なる。

Burkhauser, Feng, Jenkins and Larrimore (2012: 378)は「2つのデータが大きく異なるトレンドを示したのは1986年-88年、1992年-93年、1993年-2000年だけで所得上位1%に関してだけだった」と記している。だが議論になっているのは所得上位1%に関してだ。そしてその13年間は税率の引き下げ(キャピタル・ゲインを除く)が行われた期間の62%に相当する。2006年で終了しているがPiketty and Saezの系列の2007の山を確認することができない。

1986年以降のトレンドの異なりは課税所得とキャピタル・ゲインの弾力性と完全に整合的に思われる。これはPiketty and Saezの推計には影響を与えるがCPSの推計には影響を与えない。論文の筆者たちが説明するように「1986年から1988年に関してPiketty-Saezの示した所得上位1%のシェアの上昇は実際の所得の変化ではなく税制の変更の反映だと考える。(中略)1993年から2000年のトレンドの乖離はどうか?(中略)考えられる可能性としてReynolds (2006b)が指摘するように非適格ストック・オプションを課税所得として申告するように義務付けたルールの変更が挙げられる。これがPiketty- Saezの系列で所得上位1%のシェアの上昇として表れた。(中略)その他の可能性として所得上位1%以外の高額所得者による税繰延貯蓄口座(401k plans、Keogh plans、IRA tax shelters)の急激な使用の増加が挙げられる。これも1990年代後半のPiketty-Saezの系列の所得上位1%のシェアの上昇を部分的に説明できる。

Burkhauser, Larrimore and Simonによるより最近の研究は世帯人数を調整し現金移転と医療保険を含めた税引き後の所得を調べている。Piketty and Saezの定義では僅か3.2%の増加だったがこの定義では中央所得の増加は36.7%だった。彼らは所得格差(ジニ係数で見た)が1979年から1989年までは拡大していたが1989年以降は拡大していないことを示した。

Burkhauser, Feng, Jenkins and Larrimoreの研究をAtkinson, Piketty and Saezは1976年から2006年に焦点を絞って議論している。Burkhauserらの調整後のCPSの数字では課税前移転前の所得上位1%のシェアは穏やかな4.1%ポイントの上昇だったがキャピタル・ゲインを含めたPiketty and Saezの数字では14%ポイントの上昇だった。Atkinson, Piketty and Saezは税率の変化に対する反応というよりも(トップコーディングをすべて解除した後であっても)CPSの問題であると主張している。「CPS版の所得上位1%のシェアは」と彼らは記し「キャピタル・ゲインの実現益を含めた所得税のデータと比べて所得上位1%のシェアの上昇を10.4%見逃している」と言う。

Piketty and Saezの推計がBurkhauserらの推計よりもはるかに大きなシェアの上昇を示したからといってCPSが何かを「見逃した」ことの証拠にはならない(キャピタル・ゲインを除いて)。この乖離はPiketty and Saezの推計が1986年から2003年の税率の大幅な引き下げに対する納税者の反応によって変動したことを同様に示唆する。

Atkinson and Leighは1970年から2000年の5つのアングロ・サクソン諸国を対象とした研究で「高額所得者の所得のシェアの3分の1から2分の1を税率の引き下げによって説明できる」と記している。その対象をアメリカの1986年から2010年に限定することにより(1)所得がAtkinson, Piketty and Saezが好むようにキャピタル・ゲインの実現益を含んでいたら(2)移転と給付を総所得の定義に含んでいたらこの研究は税率の引き下げの要因で恐らく高額所得者の所得のシェアの上昇のほぼすべてを説明できることを示した。仮に税率の引き下げの要因が所得上位1%のシェアの上昇の「3分の1から2分の1」だけを説明するのだとしても納税申告のデータから得られた推計の信頼性に重大な疑義を与えるのには充分過ぎるほどだ。

この研究では1988年以降の可処分所得の分布に何が起こったのかを再調査することを主な目的としているため1967年以降や1976年以降の推計は直接には関係がない。だがAtkinson and Leighの報告と同様にPiketty and Saezの推計とBurkhauser, Feng, Jenkins and Larrimoreの推計との違いはこの研究の主張である所得税のデータに基づく1986年から2003年の所得上位のシェアの急上昇は限界税率の変化に対する申告所得の弾力性を反映していると完全に整合的であるように思われる。

Appendix B:

Alternative Sources of Data:

Social Security, Congressional Budget Office,
And the Consumer Expenditure Survey

Piketty and Saezの推計を擁護するためOECD (2008: 32)は「これら所得税のデータは分布の右側を捉えるのに向いている。(中略)これらは税制の変更の影響を受ける(Reynolds 2007)。だがアメリカのケースでは所得上位1%のシェアの上昇はその他のデータ(例えばUS Social Security Administration of personal earnings)とCBOの個人税と法人税を考慮に入れた研究でも確認されている」と記している。

その主張は正しくなく、CBOとSSのデータはPiketty and Saezの推計から独立して確認されたものとはなっていない。何故ならこれらの数字はすべて同じIRSのStatistics of Income (SOI)から持ちだされているからだ。SSの所得上位1%のW2に記載される所得(Kopczuk, Saez and Song)はPiketty and SaezのW2に記載される所得と単位が個人か課税単位(1つの納税申告に対して2人の給与所得者が高額納税者で標準だ)かを除いてまったく同一だ。

CBOの推計もPiketty and Saezが用いたものと同じデータを持ちだしている。だが2つの点で違いがある。Piketty and Saezとは異なりCBOは従業員給付と政府の移転支払いを含めてある。この総所得の定義の違いによりCBOの推計では所得上位1%のシェアは1988年から2009年の間に変化していない。CBOの推計はPiketty and Saezの推計のシェアの上昇を確認していない。

2番めの大きな違いはCBOの推計が法人所得と給与税のシェアの上昇分を所得上位1%の所得とすることにより所得上位1%のシェアの上昇を過大評価していることにある。CBOはOECDが記したように「法人税の支払いを(中略)考慮するため」そうしているがそのために法人所得と給与税を個人所得に加えている。1982年から1986年では法人所得の39.3%だけを所得に加えているので帰属法人税は所得上位1%の課税前所得の6.8%だ。1997年から2000年では49.3%なので法人税は課税前所得の8.1%を占める。2003年から2007年では57.8%なので10.3%だ。このような操作はPiketty and Saezのデータには見られず実際彼らの推計の方が所得上位1%の所得のドル価値に関してははるかに小さい(政府の移転支払いと給付を除いているため所得上位のシェアがCBOのものよりも35%大きいとしてもだ)。

OECDの主張とは異なり事業税を個人所得に加えても法人から個人への所得シフトの影響を隔離することはできない。法人税の60%を所得上位の所得に加えて唯一達成できることといえばますます根拠のない所得上位1%のシェアの過大評価を生み出すことぐらいだ。その一方でCBOの課税前所得の推計からはEITCが除かれているためその他の層の所得は人工的に低く抑えられている。

CBOは所得上位1%の所得の内で資本(すなわち資産)から発生する所得の割合が1989の39.1%から2007の57%に上昇したと推計している。それがStiglitz (2012:8)が「資産の格差を考慮すれば資本から発生する所得の大部分が資本家の手に渡ったとしても驚きではない」と書いている理由だ。その反対に資本から発生する所得の割合が急増したことはまったくもって驚くべきことだ。何故なら資産上位1%のシェアは57%よりはるかに小さくそしてあまり変化していないからだ。Kennickellは「驚くべき発見の一つは各集団が保有する資産のシェアがあまり変化していないことだ。(中略)1989年-2007年では(中略)資産上位1%のシェアは3分の1ぐらい(*33%)だった」と記している。Kopczuk and Saezは資産上位1%のシェアは5分の1ぐらい(*20%)であると報告している。1989年から2007年に資産上位1%が資産の3分の1以上を保有していないのにどうして資本から発生する所得の割合が39%から57%に上昇するのか?それは起こりえないし起こってもいない。現実に起こったことは「その他99%」の資本所得のシェアの上昇分が税繰延または税控除貯蓄口座に退職や大学への進学のための資金として隔離されたことだ。高額所得者にはこれらの使用が制限されているため彼らの資本からの所得は納税申告のデータに未だに残っている。

注25 Kopczuk and Saezは相続税のデータを用いて資産上位1%のシェアが1989年に22%、2000年に20.8%だったと推計している。

下のデータは(Investment Company Instituteから得た)1980年代前半以降からのDCプラン(主にIRAsや401kなど)に積み立てられてきた資産がPiketty and Saez (2007)の主張とは異なり単なるDBプランの代替ではないことを示している。1980年の89%と比較して2011年では家計金融資産の73%だけしか納税申告の対象となる投資所得またはキャピタル・ゲインを生み出していない。これは1980年代以降家計金融資産の16%の投資所得が税に基づく所得の推計には表れなかったことを示している。さらに連邦、州、政府の従業員の税優遇退職プランを含めれば退職資産の総額が家計金融資産に占める割合は1980年の15%から2011年の35%にまで上昇し1980年以降家計金融資産の20%が税の網から消滅したことを意味する。これはCBOやPiketty and Saezのデータの中間所得課税単位のインカム・ゲインを人工的に低く抑えることになり所得上位のインカム・ゲインとCBOの推計した所得上位1%の投資所得のシェアを過大評価することになる。

注26 Piketty and Saez (2007)は「401(k)sに関する小さな点(Reynolds 2007)は概念的に誤解されている。年金所得は退職後の引き落とし時に納税申告されている。よって年金のリターンは暗黙的に我々の所得の推計に含まれている。さらに1980年代に401(k)sが導入される前には労働者はDB型の年金に加入していた。これも退職前には納税申告されない資本所得を生む」と記している。この議題は401(k)sだけに留まるのではなく529sやRoth IRAsにも関わってくる。これらは税の繰延ではなく控除だ。税繰延資産は70.5歳から次第に引き出される。だが多くの参加者は未だに若くそして現在と将来の高齢者の多くは退職資産の大部分を相続に回すだろう。

事業税が所得上位1%の所得に割り当てられる割合が増大するに従って所得上位1%の課税前所得の推計値は増大している。だがそれはCBOが投資所得(事業税だけでなく)の大部分をそして時間とともに増加している部分を所得上位1%に割り当て同時にその他の層に割り当てる部分を減少させていることを意味するに過ぎない。この手法はCBOの課税前、課税後所得の所得上位1%のシェアを過大評価しさらにPiketty and Saezの推計にも混入している。

2012年の前(CBOが法人税の25%を労働に割り当て始めた時期)はこのことを「法人所得税は利子、配当、賃料、キャピタル・ゲインなどの所得源泉に比例して資本の所有者が負担するとCBOは仮定している」と説明している。これはCBOは法人税を課税対象となる口座で従って税の統計に表れる配当、利子、賃料、キャピタル・ゲインだけに基いて割り当てていることを意味する。だがこの手法は中間所得貯蓄者が配当、利子所得、キャピタル・ゲインを税の掛からない口座に振り向ける割合が時間とともに増加するに従ってますます信頼できないものになる。

Krugman (2011)はCBOの推計を引用して「所得上位81-99%(多分、所得上位1%を除いた所得上位20%のことを言いたいのだと思われる)のシェアは上昇していない!所得上位1%だけだ」と記している。そして「所得上位1%の内部でさえ」と付け加え「所得上位0.1%で大きな上昇が起こっている」(CBOの推計では11000世帯)。だが所得上位0.1%のものとして引用した数字はCBOの課税前の推計値だ。これは課税前のデータに関する新たな2つの問題を浮き彫りにする。CBOの推計は(1)キャピタル・ゲイン税率の変化と(2)CBOが高額納税者に割り当てた法人税額の変化に極めて敏感なことだ。高額納税者の投資所得は税の掛からない貯蓄口座に隔離されていないからだ(例えば2007年の法人税収がGDPに占める割合は極めて大きかった)。

第一の点に関してCBO (2008)の所得上位0.1%の推計は明白にキャピタル・ゲインの実現益に影響を受けている。1979年から2005年のこの集団の所得の45.2%がキャピタル・ゲインで給与、ボーナス、ストック・オプションは14%だ。キャピタル・ゲイン税率が1987年から1996年に引き上げられた時期は所得上位0.1%の課税前所得のシェアは2.1%だった。キャピタル・ゲイン税率が1997年-2000年、2003年-2005年に引き下げられた後にはシェアは3.4%、3.5%に上昇した(課税後所得では3.0%)。

第二の点に関して課税前の系列は高額所得者の所得として割り当てられる法人税額に強く影響を受ける。この税額は1979年の所得上位0.1%の所得の21.7%を占めていたが給与は5.9%、事業所得は4.1%でしかなかった。この税額は1986年にはたったの6.7%でそれから1994年に16.5%に上昇し2000年に9.3%、2004年に14.9%だった。対照的に所得上位0.1%の課税後所得(この税額を除いている)のシェアは1979年から1985年に課税前所得のものより速く上昇したがその後は安定的だった(キャピタル・ゲイン税率が引き下げられた期間を除いて)。所得上位0.1%のシェアは1988年、1996年、2002年に2.1%で3%を超えたのはキャピタル・ゲイン税率が引き下げられた後の1999年-2000年、2003年-2005年の期間だけだった。

Hines and Summers (2009:128-129)もまた「CBOによって編集された課税前所得に(中略)所得上位1%が占めるシェア」を所得格差の拡大と結びつけている。帰属法人税額に強く依存したCBOの課税前所得のデータはこの目的に用いるには欠点が大きすぎる。例え(1)所得上位1%のみのデータを用いて全体の所得の分布の変化を推測することが可能であったとしても(2)最高税率の変化が課税前所得に与えると思われる影響を前もって知ることが可能であったとしてもだ。

OECDはさらに「所得上位1%のシェアの急上昇は(中略)SSのデータによって確認されている」と主張している。これはKopczuk, Saez and SongのForm W2からの納税申告の推計を指している。Piketty and SaezのIRSのW2の推計と同様にSSのW2の推計も1986年の9.22%から1988年の11.26%に所得上位1%のシェアは(最高税率の50%から28%への納税者の反応を反映して)急上昇している。だがOECDの主張とは反対にKopczuk, Saez and Songのデータは1988年以降は「所得上位1%のシェアの急上昇」を示していない。彼らの2007年のworking paperの表A1は所得上位1%のシェアが1988年-90年(11.12%)から2002年-2004年(12.38%)の期間に1%ポイントぐらいしか変化していないことを示している。所得上位1%の10分の1(0.10)を対象から外すと(その層の所得はストック・オプションや事業の失敗に強く影響を受ける)所得上位1%の残りの90%の1988年から2004年のシェアは平均して7.8%と驚くほど安定している。さらにその後更新されたSSのデータは所得上位1%のシェアが2007年から2010年に急低下したことを示している。Guvenen, Oskan and Song (2012: 4)の労働所得の研究によれば「所得上位1%の所得は所得上位90%の所得の減少よりも21%大きく減少した」と記している。

注27 1986年から1988年に2%ポイント上昇した後でPiketty and Saezの系列は1988年の9.39%から減税が実施された2003年に10.22%に上昇している。

さらにW2の労働所得だけで並べた場合の所得上位1%の集団は労働、事業、投資などの総所得で並べた場合の所得上位1%の集団とはまったく異なる集団である可能性が高い。ある年度に大きなキャピタル・ゲインを得た投資家、大きな利益を挙げた事業家などはボーナスやストック・オプションを計上した経営陣とは異なる。キャピタル・ゲインは1979年から2010年の所得上位1%の広義の所得の25.4%を占める。労働所得はキャピタル・ゲインを除いた狭義の所得の60.1%を占めるに過ぎない。それにも関わらず労働所得だけに注目して総所得に占める所得上位1%の所得のシェアを説明しようとするものに対してはKopczuk, Saez and Songの推計は1988年の11.26%から2003年の12.24%という穏やかな1%ポイントの上昇のすべてが所得上位1%の10分の1(140000人の納税者)で説明できることを示唆している。

所得上位1%の10分の1にあたる140000人または100分の1にあたる14000人の給与、ボーナス、ストック・オプションへの経済学会の関心が何であれ(Dew-Becker and Gordon)意味のある所得格差の指標となり得ない。例え「富裕層がますます豊かになった」というようなことが発生したとしてもそれはその他の層を犠牲にしたことを意味しない。さらに「低所得層がますます貧しくなった」かどうかに関して何ら語っていない。現実には所得上位1%のシェアが低下した場合にのみ低所得層は貧しくなっている。

The Consumer Expenditure Survey

Attanasio, Hurst and Pistaferri (2012: 2, 12)はConsumer Expenditure Survey (CE)を用いて1983年以降消費の格差がほとんど変化していなかったことを示した多くの研究を批判している。彼らはCEではなく替わりに2週間以上の個人の消費記録帳を用いて医療費、教育費、自動車を除いた非耐久消費財を除いた消費を定義としている。

議題を逸らすために彼らがした議論とは「CEは国民勘定の支出の水準を再現することができない。(中略)特に問題に思われるのがCEとPCEとに対応が見られないことだ。CEがPCEの消費の水準を大幅に下回っているCEとPCEの比率も時間とともに低下している」というものだ。現実にはPCEがCEよりも速く増加するのは心配することでも驚くことでもない。PCEはメディケア、メディケイドを政府の支出ではなく個人の支出として計上する。CEは医療費と保険料の自己負担費用だけを計上する。メディケア、メディケイドの増加によってPCEの方がCEより速く増加することになった。CEの医療費の定義の方がPCEの定義よりもこの問題に関してより関連があるように思われるし医療費を裁量で全額除くよりもよいと思われる。

さらにAttanasio, Hurst and PistaferriはCEの所得のデータをグラフに描いている。だが彼らが好む所得格差の指標はPanel Study on Income Dynamics (PSID)だ。彼らは課税前、世帯人数調整後の所得に問題のあるCPI-Uを用いて不十分なインフレ調整を行っている。彼らは所得格差を対数標準偏差として定義している。

そしてグラフは所得格差が1993年に山となり1997年-2000年の株式市場の急騰期に(驚くべきことに)急低下し2008年に上昇するものの1993年の山を大きく下回ったままであることを示している。これらの反直感的な上下変動は「よく知られるイベント」として記述されているがPSIDのデータは1993年から2007年に実際には所得格差の低下を示していてこれはGordonとは一致するが語られている通説とは大きく対立するし筆者たち自身の結果の口述とも大きく矛盾する。

筆者たちは「PSIDのトレンドとCEのトレンドには2、3の違いがある」とし「CEは1980年代初期に所得格差が急上昇したことを示唆しているがPSIDにはそれが表れていない」と記している。CEの課税前所得が所得格差の上昇を示しているのは1990年代だけで2010年に上昇するものの1999年から2007年には(*上下に変動するものの)上昇トレンドを示していない。だが最も注目に値するのはCEの所得のグラフが1984年から1989年に大幅な所得格差の下降を示していることだ。これは課税後所得のCEでさらに顕著だ。

注30 CEのグラフは所得格差は1980年代後期に大きく低下し1990年代に大きく上昇し1999年から2009年に平坦であることを示唆している。けれども筆者たちは所得格差が「80年代に上昇し1990年代に水平になった後2000年代に上昇した」と結論している。

CEによると最下層の課税後(名目)所得は1984年から1989年に73.1%増加したことを示している。最上層の34.2%の2倍以上だ。結果として80/20比率は15.9から11.8へと急低下した。これは語られている通説ともその他のデータとも矛盾する。対照的に1993年から1999年に80/20比率は12.0から14.0へと上昇した。

課税後の所得格差が1984年から1988年に急低下したとCEが示していることは興味深いことではある。だがCEの所得のデータに大きな信頼を置くことは困難だ。サンプルサイズが小さくトップコードされていて2003年以降部分的とはいえ欠損部分が補間されているからだ。CEのウェブページが説明しているように「所得の情報のみに関心がある使用者にとっては商務省のセンサスが公開しているデータの方がより有益かもしれない」からだ。さらに2004年にデータの構造変化があった。労働局が特に低所得層の所得の過小申告を考慮するため所得を補間(推計)し始めたからだ(Fisher)。2004年以降表面的には改善した推計であっても奇妙な変動を見せている。例えば最上層の(課税後)所得は2008年の不況でも変わらず2009年にまだ不況が続いていた時期に4.6%増加し経済が回復を見せた2010年に4.7%減少している。

先程も記したようにCEの所得のデータは80年代に急低下し1990年代に上昇した。さらに2004年のデータの構造変化により2000年から2008年の期間の比較を困難にしている。ここまでの結果を言い換えるとCEの所得のデータはAttanasio, Hurst and Pistaferriの「2つの指標(消費の格差と所得の格差)は80年代に上昇し1990年代に水平になった後2000年代にまた上昇した」という結論と完全に矛盾している。その結論は(1)PSIDの高額所得を除いていること(2)筆者たちが医療費、教育費、耐久消費財を消費のデータから除いていることに依存している。所得または消費をそのような選択的な方法で定義する理由はまったくない。