2012年8月30日木曜日

貧困率は正しいかのか?短縮版

長すぎて不評を買いそうだったので短縮版を作成。
これだけでは意味がわからないという人はこちらへ。

要約

・絶対的貧困率(以下貧困率)は60年代後半70年代前半以降はほとんど下落しなかった
・かつて経済学者は所得水準(一人あたりGDP)と貧困率の間に強い関係があると考えていた
・その関係性はある時点を境に完全に消滅した
・低所得層に分類される人々の所得はここ30年中央値100万のまま変化していない
・これが貧困率がほとんど低下していない理由だ
・所得が増えていないのだから貧困率は変化しない
・貧困率に関係すると思われる指標は大幅な改善を示しているにも関わらず
・一人あたりGDPが増えた
・政府の福祉給付が拡大した
・民間の寄付も増えた
・教育水準が向上した
・絶対的貧困率はその社会で最低限必要とされる消費水準を示している
・この指数の開発者は消費水準が重要であると語っていた
・所得はあくまで消費の代理指数だ
・この指数の開発時には所得と消費は等しい水準にあると考えられていた
・実際当時のデータは大体そうだった
・ところが60年代以降、所得と消費に乖離が見られるようになった
・2000年頃には、消費は所得の二倍以上になっている
・60年代には逆に消費は所得の70%でしかなかった
・消費は所得に対して200%以上伸びた
・しかもこの数字は過少評価かも知れない
・異なる統計(しかもそちらの方が消費の総額に関してより信憑性が高い)ではこの統計よりも300兆円も消費総額が上だ
・所得と消費が乖離した理由について考えてみると…
・第一に、消費が増えたからといって債務が増えているのではない
・純資産は大幅に増えている
・資産のない世帯の比率も大幅に減少した
・住宅の値上がりも小さな影響しか与えていない
・第二に、所得の変動は特に最近大きくなっている(ある年に500万の所得→次の年200万の所得→さらに次の年500万)
・これによると一時的に低所得になる世帯数が増えることになる
・48ヶ月間連続で貧困線(所得)を下回るのは低所得層のうちの2%だ
・物質面で見ても過去の低所得層と現在では大きな開きがある


貧困率は初期に大幅に低下した後ほとんど変化していない。


所得と貧困率の間に負の関係は見られない(1973年以降は見られなくなった)。それ以前は強い関係があったらしい。


一人あたり所得が増えても、教育水準が向上しても、政府のプログラムが拡大しても貧困率は一切変動しない。しかも奇妙なことにそのことに関して誰も疑問を呈さない。



(画像が収まらなかったので上下に分割)消費が所得を上回る世帯が占める割合。


(申告消費、申告所得の全世帯版。一番下が消費が所得に占める割合で現在でも80%。60年代と比較しても変化していない)


(こちらは低所得層のみを調査したデータ。1960年には消費と所得はほとんど同じだったが消費だけが伸び続け所得のほぼ2倍に)


(純資産の中央値。債務を増やして消費を増やしたのではないことが分かる)


(高齢世帯の資産、債務、純資産の平均値)


(労働年齢人口世帯の資産、債務、純資産の平均値)


(高齢層が保有する住宅の資産価値と資産の平均値。住宅価格の上昇が与えた影響は小さい)


(低年齢層)


(低所得層で資産を持たない世帯の割合。すべての世帯の割合にどんどんと近づいている)


(先ほどのグラフを年齢構成ごとに示したデータ)


(Chronic(48ヶ月連続して貧困線を下回った割合)とEpisodic(一ヶ月下回った割合))


(貧困線を下回った期間の分布)


(貧困線を下回った世帯がその後どのぐらいの期間貧困線以下にとどまったか示したデータ。48ヶ月連続で貧困線を下回った世帯は2%)


(所得の変動の推移)


(所得中央値世帯の年間所得の変動の絶対値)


(所得階層ごとの変動の違い)


(全世帯の消費支出の構成。その過去と現在の比較。食糧が大幅に減少する一方、住宅と交通が上昇。医療は減少。その他は大幅に上昇)


(低所得層版。食糧と医療が減少、住宅、交通、その他が上昇)


((上下に分割)低所得者の物質面を直接調査したデータ。N/Aは通常計測不能を意味するがここでは当時利用可能でなかったものを意味するので注意。貧困線は固定的な生活水準を意味するので1970年と現在の低所得層は物質面で同一でなければならない)


(車の保有状況)


(年齢調整した死亡率。1980年代以前が間隔が大きく開いているのは当時利用可能なデータがなかったため(おそらく調査が毎年行われていなかったため)。それでも男性の1950年の900人から2004年の450人までの低下傾向が見て取れる。女性は元々少ないが男性と比べて行動要因が大きく影響している。男性と比べて低下傾向が小さいのはその表れの可能性がある)


(乳幼児死亡率と貧困率に相関は見られない)


(乳幼児死亡率は劇的に低下。その一方で未成熟児の割合が増加)


(高齢者の無歯顎者の割合)


(18歳以下の児童で医療機関への訪問が前年一度もなかった児童の割合。その世帯所得別分布)

貧困率は正しいのか?

The Poverty of “The Poverty Rate”

By Nicholas Eberstadt

(2004年のドルを1ドル100円として計算)
(consumptionを消費、expendituresを支出、outlaysを出費と訳した)
(貧困率は絶対基準)

1 What Is the Official Poverty Rate, and What Does It Actually Measure?

(省略)

2 Poverty Trends in Modern America, According to the Official Poverty Rate

公式の貧困率調査は1959年から利用可能だ。調査期間はこの執筆時点で48年間に及ぶ。貧困率はこの期間に22.4%から12.3%と半分に減少した。世帯の貧困率も20.8%から9.8%に減少した。貧困の改善は高齢者層に特に顕著だが(35.2%から9.4%に減少)、18歳以下の子供に関しては限られている(27.3%から17.4%)。アフリカ系アメリカ人の貧困率は1959年から2006年の間に5分の3減少したが、まだ白人の2倍にとどまっている。

移民に目を移すと、外国生まれは自国生まれより高い傾向にある(15.2%と11.9%)。そして不法移民についてはより高いだろう。1965年の移民法の改正後の大規模な移民の流入はアメリカの低所得世帯の多くの割合が外国生まれであるという状況を生み出した。

2-1をみて気づくことは貧困率の減少が早期に起こっているということだ。貧困率は1959年から1968年の間に22.4%から12.8%に減少した。それが2006年には1968年よりは低いものの1969年よりはわずかに高い結果になっている。貧困率から判断すると貧困の削減は停滞している。2-2はこの状況を描いている。貧困率が一番低かったのは1973年で指数は11.1%で底打ちした。2006年には12.3%だった。



1973年から2006年の間、高齢者層の貧困率は下落し(16.3%から9.4%)、単身世帯と(25.6%から20.0%)、アフリカ系アメリカ人(31.4%から24.3%)で下落した。その他の集団に関しては、70年代より高かった。18歳以下の子供は(14.4から17.4%)、労働年齢人口(8.3%から10.8%)、世帯(8.8%から9.8%)だった。

地域別では、南部を例外として(15.3%から13.8%)、貧困率は全国で1973年より高かった。非ヒスパニック系白人も(7.5%から8.2%)高かった。ヒスパニック系はわずかに低かった(21.9%から20.6%)。このグラフからはマイノリティの貧困率はあまり改善していないことを示唆しているように思われる。

だが貧困率統計には致命的な欠点がある。困窮状態は貧困率の調査開始以来劇的に減少している。今日の低所得層の購買力は60年代や70年代の購買力と比較してはるかに高い。低所得層の生活水準は向上している。問題はこうした現実を捉えられない指標のほうにある。

3 The Official Poverty Rate versus Other Statistical Indicators Bearing on Material Deprivation in America: Growing Discrepancies and Contradictions

公式の貧困率が特別な地位を与えられているとはいえ、貧困を計測する上で公式の貧困率が唯一の計測手段というわけではない。その反対に様々な公式統計が今日では利用可能だ。最も重要なものはマクロ経済と人口統計に関するものだ。一人あたり所得水準、失業率、教育水準など。これらのデータは3つの性質を共有する。これらは貧困率より何十年も前から利用でき、その意味ははっきりとしていてわかりやすい。その正確性や信頼性は貧困率よりもはるかに高いだろう。

貧困率が広義にはこれらの指数のトレンドをなぞっていると思っている人もいるだろう。貧困率がその他の経済指標と連動すると思うのは自然なことだ。だが以下で見るようにその考えは根本的に誤っている。

貧困率とその他の指標を比べると、2つの事実が浮かび上がる。第一に公式の貧困率は他の経済指標や人口統計と関連を示さない。私たちの分析が示すように通常なら貧困の削減の要因となるはずの経済成長、雇用、教育、貧困世帯への支援プログラムと貧困率は関係性を持たない。

第二に貧困率と貧困に関連する他の指標との乖離は1973年以来広がっている-貧困率が停滞し始めた、あるいは増加し始めた年だ-。

専門家は貧困率がその時点での経済発展に強く影響されていると推定している。常識によるのみでなく、これは過去の実証研究によっても確認されている。80年代の中頃の影響力のある一連の調査の中でDavid EllwoodとLawrence Summersは貧困率の変化は経済発展に強く影響されていると論じた。「経済発展(ようするに一人あたり所得水準)が過去20年の貧困率の支配的な決定要因であるのは明白だ」と。貧困率の変化と世帯中央値の所得の変化を比較した説得的なグラフを提示して、「ほとんどすべての貧困率の変動を世帯所得の中央値の変動で近似できる」と述べた。

彼等の示したグラフはその執筆時点では正確だった。しかし彼らの研究は20年以上も前に発表されている。彼らの使ったデータは59年から83年までしかない。両者に対応があったという80年代でさえ、その時点ですでにわずかなトレンドからの逸脱が見られる。現在では、その逸脱は完全に無関係とさえなっている。

実際、貧困率と世帯所得中央値の間の対応は完全に消滅した。これは3-1で確認できる。ここではサマーズらが1959年から1983年の間に強い関連性があると主張したのとまったく同じ変数を用いた。1973年から2005年の間になると、2つの変数間に関連性は殆ど見当たらない。言い換えると世帯所得を用いて貧困率を予想することは出来ない。



本当に貧困の分布が経済発展に影響を受けるのだとすれば、両者が乖離している事実は貧困率の信頼性に重大な疑念を与える。さらにこれは問題の一部でしかない。さらっと見るだけでも貧困率と貧困に関連する他の経済指標との乖離が確認できるだろう。より問題なのは1973年以来この傾向が増大していることだ。

3-1にそれをまとめてある。ここでは1973年と2001年の貧困率と他の指標を比較している(この年を選んだのは恣意的だが、以下の議論を強調するためのものだ)。



1973年~2001年の間に統計局のCurrent Population Survey(CPS) の推計によると一人あたり実質所得は60%以上上昇した。National Income and Product Accounts from the Bureau of Economic Analysis (BEA)は同期間で67%と推定している。

16歳以上失業率は2001年(4.7%)、1973年(4.9%)、労働参加率は2001年(66.9%)、1973年(60.5%)、そして雇用/人口比率は2001年(63.7%)、73年(56.9%)。

教育水準は1973年には25歳以上成人の40%が高校卒業の学位を持っていなかった。2001年には16%まで下落している。14歳から17歳の高校純入学率は91%から94.8%に上昇している。

最後に政府支出について見てみる。1973年から2001年の間に政府プログラムの実質支出は3倍以上になった。2004年のドル換算で16兆3000億円から50兆700億円。医療関連の支出を除いても11兆6000億から24兆1000億。

これらの支出は政府の支援策だけを勘定している。2001年の民間の寄付金は実質値で23兆9000億円で1973年から156%上昇した。これらの寄付金がどれだけ貧困を軽減しているかはわからないが、政府と民間を合わせた支出が1973年から2001年にかけて大幅に増大したといっても間違いなさそうである。

貧困率が定義された時には、貧困率は課税前所得のみを含めるように設計された。食糧や住宅への支援等は定義により自動的に計算から除外された。一般に広がっている誤解から、現金給付は政府の支出のわずかな部分しか占めないと思っているかもしれない。また、1996年の福祉改革法で現金移転は削減されたとの誤解から、現金移転は貧困率に大きな影響を持たないと思っている人もいるかもしれない。現金移転は現在でもトリビアルではないし支出の上昇が見られないのでもない。2001年に現金移転は10兆円以上で73年から78%以上上昇している。民間部門の移転を含めればより多くなるだろう。

一人あたり所得、失業、教育水準、政府プログラムいずれも貧困を削減すると期待されている変数である。これら4つの変数が共通して改善に向かっているので、当然として貧困率が減少していると思うだろう。奇妙なことに、政府の公式の貧困率は1973年と比べ(11.1%)、2001年に(11.7%)上昇したと報告されている。

言うまでもなくそのような直感に反する結果は説明を要する。両者を3-1にまとめた。1973年以来貧困率は他の変数と対応を停止し、気まぐれで動いているように見える。

3-2に4つの変数で貧困率を回帰分析した結果を示す。

通常なら貧困率は失業と正の相関を、その他の変数は負の相関を示すと考えるのが普通だ。しかしそうなっていない。

(省略)

考慮中の4つの変数のいずれも期待される結果を生まなかった。この結果をどのように解釈したらよいだろうか?そのまま解釈することも可能だが、いずれかのデータに欠陥がありその候補が貧困率である。残りの4つのデータの正確性は比較的はっきりしているからだ。これら4つの変数にバイアスが掛かっているというのを示さないかぎり、貧困率が間違っていると考えるのが最も自然だ。

私たちが示した結果は独自のものではなくすでに多くの研究によって確認されている。しかし今述べた研究はいずれも貧困率に疑いを抱かず結果として両者の変化を何か実体あるものと見なしている。なぜ現在まで両者の乖離は貧困率自身に組み込まれた構造的な欠陥だという可能性が考慮されてこなかったのだろうか?

4 Systematic Differences between Income and Expenditures among Poorer Households in Modern America: A Blind Spot for the Official Poverty Rate

前章で貧困率と4つの変数の関係が乖離しているのを見てきた。すでに述べたように貧困率の信頼性に疑問が生じている。この疑問には実際の貧困率の設計を見ずに答えることはできない。

多くの技術的問題点が既に専門家により指摘されているが、以下で見るように貧困率という概念の中心部分に明白な問題点が存在している。しかも現行の方法では修正が不可能になっている。

簡単に言うと貧困率は低所得層の購買力が彼らの申告所得と正確に一致していると仮定している。その仮定は現実からは程遠い。実際、低所得層の申告年間支出は申告年間所得よりもはるかに多い。現在では支出が所得の2倍になっている。さらにその差は貧困率の登場以来、時が経つごとに大きく拡大している。

Unresolved Technical Criticisms of the Federal Poverty Measure

貧困測定は改善されつづけていると思うかもしれないがそうではない。逆にその登場以来、この指標は政府内外の経済学者や統計学者から批判され続けてきた。象徴的な論争が最初に現れたのは1965年のNew York Timesの新しい貧困基準に関する記事だった。Office of Equal Opportunityが「どの世帯が貧困層なのかを判定する新しい基準」を採用したと報じ、U.S. Chamber of Commerce’s Task Force on Economic Growth and Opportunityが自身の研究を元に「地域や個々の事情に即して相応の生活を送るために掛かる費用を計る」新しい基準を作成中だと続けた。

貧困率に寄せられた苦情は

・地域ごとの価格水準の違い
・(価格水準を調整するのに)不適切なデフレーターの使用
・税、キャピタルゲイン、税額控除等の現金収入の除外
・総資産、純資産の除外
・現物給付(政府プログラム、従業員医療保険)の除外
・帰属家賃収入の除外
・事業費、経費(交通費、デイケア)の除外(これらの要因が増しているにも関わらず)
・医療費の自己負担(医療支出、保険料)
・同居者の所得をカウントしていない
・問題のある等価尺度の使用

60年代以降指標の作成は統計局に委任されてきた。それ故統計局の作成方法を理解することは重要である。統計局が公表と維持に責任を持つ一方で指標の作成方法を変えたり調整する権限は与えられていない。それでも統計局は批判に答えようとしてきた。

問題を取り扱えるように代替的な貧困率の形式として計算を発表してきた。税、キャピタルゲイン、税額控除、現物給付、帰属収入これらすべて含めた所得概念を取り入れるなど。

統計局の代替的指標は貧困率を補間するのに役立った。税を含めると貧困率が上昇した。逆にキャピタルゲイン、税額控除、帰属収入、給付プログラムは貧困率を下げる傾向にあった。低めのデフレーターも同様だ。子供のいる同居中の成人の所得を合算するとはっきりと貧困率が下落した。だが我々は統計局がしていないことに目を向けないといけない。代替手法がある程度成果を挙げた一方で、多くの技術的問題点それ自体が解決したわけではない。既存の指標の欠点として挙げられた技術点が前章で見た我々が問題とする点を解決するかも定かではない。14個の代替手法にも関わらず貧困率とマクロ指標との間の乖離を説明するには至っていない。

Contrasting Measures of Material Standing: Income versus Consumption, Consumer Expenditures, and Consumer Outlays

貧困率に挙げられた苦情は広範な領域に及ぶけれども一つ共通していることがある。寄せられた苦情は、貧困率が貧困の発生率を推計しているという枠組みは受け入れているのだ。貧困線や所得の定義の調整は提案する一方で、貧困を補足する正しい方法は所得を計測することだとどの苦情も暗黙に仮定している。真に問題なのは貧困層の所得水準と消費水準が自動的に等しくなると暗黙に仮定していることだ。

オリジナルの方法では貧困線を貧困状態と一致する支出水準として指定して、申告現金収入と照らし合わせていた。しかし低所得層の実際の消費水準を決定する努力はしなかった。単に申告現金収入と支出が一致すると仮定しただけだ。

40年経た現在でも貧困率は所得と支出の恒等性を前提としたまま作成されている。これは理論上怪しいと言われているにも関わらず、さらに利用可能なすべてのデータで否定されているにも関わらずだ。

理論では、恒常所得仮説とライフサイクル仮説がそれにあたる。恒常所得が当期所得を上回ると予想する家計では消費は当期所得を上回る。年間支出が年間所得と一致するのはその所得水準が家計の予想する恒常所得と一致した場合のみだ。

データからも支出が所得を有意に上回っているのが確認できる。

調べる前に支出または出費と消費の違いを区別しなければいけない。支出を消費と同じと思っている人もいるかもしれない。分類の点から消費と支出は完全には一致せず、同様に支出も出費と一致しない。無用な混乱を避けるため以下で説明する。

経済的な意味での消費とは、一定期間中にある集団単位が獲得し使用した財サービス全体の流量だ。比較して、支出とは期間中の財サービスの購入のみを指す(使用されたとは限らない)。出費がすべての購入契約を含むのに対して、支出はそれらの契約に前もって支払われた部分を指す。

サービスや非耐久消費財は3つともに含められ同様に扱われる。だが耐久消費財では大きな違いがある。消費は耐久財からのサービスの流量を含む。支出には購入価格と分割支払い時の利子費用を計上し、出費には直接購入したのでない場合には元本と利子支払いを計上する。

支出と出費は経費を含むのに対し消費は含まない。同様に、生命保険料や年金は支出と出費に含まれるが、消費に含まれない。消費は物々交換や物品受取を含むが他の2つは含まない。この論文に関係するのは消費は現物移転を含む一方、支出と出費からは除かれる点だ。この点を注意して見てみよう。

Income versus Expenditures for Lower-Income Americans: Evidence from the Consumer Expenditure Survey

今日ではさまざまな支出行動に関するデータが利用できるが最も重要なのは労働局が発表しているConsumer Expenditure (CE) surveyだ。貧困率の計算に利用されている統計局の調査からは得られない視点を与えてくれる。

この2つはカバレッジと方法論に違いがある。統計局の調査は40年代から続いているのに対し、消費支出調査は断続的で連続して公表されるようになったのは1984年からだった。消費支出調査も基本的に税引き前所得を計測する。統計局調査では支出に関する情報は得られないが、消費支出調査では所得を詳細に支出に分解することが出来る。

消費支出調査を眺めることで低所得層の生活水準と貧困率に関していくつかのことがわかる。

第一に支出が所得を上回るのが常態化していることだ。4-1に示す。最近の未発表の消費支出調査のデータ分析によると、2001年において40%の世帯で支出が所得を上回っている。低所得世帯で特にこの傾向が顕著だ。第二に、低所得層の年間支出が税引き前年間現金収入に制約されているという仮定はデータにより否定されている。低所得層世帯の圧倒的大多数の世帯支出は世帯所得を上回っている。92年から02年の間、低所得層の70%以上がこの分類に入る。第三に、低所得層全体で見て平均所得は平均支出の代理になっていない。4-2と4-3に所得と支出のトレンドを示す。




(画像が収まらなかったので上下に分割している。本来は一枚の表)



重要な点として、低所得層とその他の世帯のトレンドが40年以上に渡ってほぼ一致している。高所得層と低所得層はともに購買力を増している。60年から2005年に掛けて、インフレ調整後の支出は一世帯あたり66%上昇している。この間世帯人数が3.2人から2.5人に減少したので一人あたり実質支出は110%上昇した。同様に低所得層の05年の実質支出は60年-61年の時の低所得層に比べて64%上昇した。世帯人数を調整すると一人あたり実質支出は112%上昇した。

もう一つ重要な点として60年代から2005年にかけて低所得層の支出パターンはその他世帯の支出パターンから大きく乖離した。60年代には、全世帯で見て、課税前所得対支出比は81%だった。この比率は05年でも一定で79%となっている。対照的に低所得層ではこの比率が上昇した。60年代には同比率は112%だったが、72-73年には140%に、それから05年にかけては198%に上昇した。

Do Reported Expenditures Understate Consumption Levels for Lower-Income Households?

4-3でこれまでの結果をまとめる。

さらに現在の低所得層の消費水準が過少評価されていると信じる理由がある。この数字には二つ問題がある。第一に消費支出調査ではトータルの支出が計上されていないので過少申告されている。このことは消費支出調査と、国民所得生産勘定のpersonal consumption expenditures(PCE)を比較することによって示すことができる。Kevin HassettとAparna Mathurが最近述べたように、

「05年において、消費支出調査による報告では総消費は600兆円であるのに、個人消費支出では900兆円に近かった。しかもこの差は時間が経つにつれ増大している。」

もちろん、この300兆円がすべて消費支出調査の過少申告につながると言っているのではない。300兆円のある程度は二つの調査のカバレッジの違いで説明できる。例えば消費支出調査は医療費の自己負担のみを計上している一方、個人消費支出はすべての医療サービスの消費を計上している。消費支出調査は団体以外の支出を調査する義務があり、非営利団体の出費は除かねばならない(その大部分は医療費)。

これらを標準化した後でも個人消費支出と消費支出調査の差は毎年拡大している。労働局の融和の試みにも関わらず、消費比率の差は86%から81%に拡大してしまった。部門別に見ると耐久財は88%から76%へと、非耐久財は69%から63%へとさらに大きく拡大している。サービス分野だけが比率が同じだった。

労働局の研究者による初期の調査によると二つの統計は80年代までは一致することが判明している。この調査が正しいとすると、この差はその後に大きく開いたことになる。

第二の問題点は消費支出調査は現物給付を除いている。どう見てもこれは無視できる額でない。
2004年の財政年度において、現物給付に対する公的支出は47兆円を超えている。73年から04年間に36兆8000億円増加した。仮に医療給付と食料支援を除いたとしても、12兆4000億円増加した。

消費支出調査ではこの給付が計上されない。この調査では2004年の低所得層の総支出は41兆4000億円になった。現物給付(医療費と食糧支援を除く)はその30%に相当する。

過少申告を直接測るデータは現在利用できないが同期間の現物給付の増加が受給者一人あたり32万円で、実質消費の増加が71万円なので消費の過少申告がどのぐらいの規模なのかおおよその推測ができると思う。

The Declining Reliability of Income as a Predictor of Household Budgets for Poverty-Level Families

貧困率によるとこの30年間貧困の削減に進歩がなかった。これはまず貧困率が所得をベースにしているからで、次に低所得層の申告所得が伸びていないからだ。

消費支出調査によると、低所得層の税引き前実質所得は30年前に比べ1%高くなっただけに過ぎない。所得が支出の制約になるのなら当然支出も同様の停滞を見せるだろう。これまで見てきたように購買力は上昇している。この調査が消費を過小評価しているのも前回確認した。

所得と消費の不一致は貧困率に対する信頼を失わさせる。このバイアスによる計測誤差は100万円以下の所得階層に焦点をあてることでより鮮明になる。調査によるとこの層は人口の9.3%を占める。この層は全員貧困層と分類される。しかし05年現在でこの層の平均支出水準は175万円を超えている。これは05年の二人家族に対する貧困線を40%以上上回っている。この層の世帯人数は1.6人にも関わらずだ。この世帯は全員が貧困線を下回っているのに、支出はそれを上回っている。

5 Accounting for the Widening Reported Gap between Income and Consumption for Lower-Income Americans

この展開は理論の観点から予想されていなかった。経済学者にとっては一時的にであればこのような現象が起こることは驚きではなかったかもしれないがそれが拡大しつづけることは想定できなかったに違いない。以下でこの展開を説明する仮説を考えてみようと思う。

Unsustainable “Overspending” by the Poor?

最初の仮説は家計が債務を負いながら過剰消費をしているかどうかだ。表面的にはこの仮説は尤もらしい。だが、低所得層の純資産に関するデータからこれは否定される。支出が資産の取り崩しや債務の増加によってファイナンスされているならば低所得層の純資産が時間とともに減少しているはずだ。SIPPとSCFの二種類の政府のデータからはそのようなトレンドは見られない。


SCFは純資産の平均値だけでなく資産と負債の平均値も提供している。89年から04年の間に、負債は一世帯あたり90万円上昇した。だが平均資産は同期間440万円上昇した。その結果低所得層の平均純資産は実質で見て2倍になった(360万円から710万円)。


低所得層の平均的な富や資産は持家保有率や住宅価格に影響されていると疑うかもしれない-この期間中に住宅価格が尋常でないほど上昇している-。さらに、持家保有率は世帯主の年齢が上昇するにつれて上がるので、前述の資産の上昇はこの階層にいる高齢者層の高い持家保有率からきていると推測するかもしれない。これらの疑問は考慮に値するが、データ上からはそのような疑問が該当することは確認できない。

世帯主の年齢が65歳以上の世帯の純資産が他の世帯より多いというのは事実だが、この傾向は他の所得階層にもあてはまる一般的なものだ。この階層内で、65歳以上世帯の平均純資産はそうでない世帯の2倍だ。しかし、両方の世帯ともこの期間中に資産と純資産が比例的に上昇している。若い世帯主の家計で平均資産は2倍に、平均純資産は75%上昇した。

住宅価格の上昇が資産の増加に重要な役割を果たしたが、唯一の要素だったわけでは決してない。高齢層で持家価値の上昇は資産増加の54%を占めた-残りの半分は貯蓄口座、債権、株式等が占めたことになる-。その他の家計では47%だった。

21世紀に入ってからは住宅価格はバブルによって高騰しているかもしれない(この論文が執筆されたのは2004年)。しかし、ここで重要なのは低所得層の資産の蓄積は住宅価格の高騰だけで説明できるのではないということだ。持家を完全に取り除いたとしても平均資産は高齢者層で63%、その他の層で50%上昇した。

資産のトレンドに関するもう一つの重要な側面がある。無資産世帯の減少だ。89年には低所得層の21%が資産を何も持っていないと答えた。04年にはこの率が8%以下に下落した。

FRBによると、低所得層の実質資産は15年間で99兆5000億円増加した。持家を除いても48兆7000億円増加している。純資産は78兆円増加した。

これは低所得層に過剰消費世帯がいなかったことを意味しないが、全体として(所得と消費の乖離が拡がっている時期に)資産を取り崩して消費にあてていたわけでも債務により消費を賄っていたのでもないことがわかる。低所得層は資産保有比率から見ても純資産から見ても豊かになっている。

最初の仮説が放棄されたのなら次はどんな仮説が考えられるだろうか?3つの部分的な仮説がある。消費支出調査の調査法の変更、所得の過少申告または誤申告、所得の変動の増大だ。順番に見ていこう。

Changes in CE Survey Methods and Practices

調査法の変更の第一はサンプルサイズが大幅に削減されたことだ。60~61年の調査では14000世帯にインタビューしていた。72~73年の調査では10000世帯に削減され、84~98年の間では5000世帯にまで削減された。99年には7500世帯に上昇し以来ずっとこのままだ。

第二に、60~61年では前年度の年間所得と支出パターンを一度に聞く形式を取っていた。72~73年調査ではパネル形式で四半期インタビューに変わった。-前三ヶ月間の所得と支出について質問される-

最後に、60~61年調査は長時間で詳細な質問形式を取っていた。ある当局者によると極めて長い時間が掛かった(典型的には6時間)。不整合な点、見落とし、記載漏れがないか調べるために。

その後の調査では手続きが大幅に緩和され時間も60分から90分になった。同時に10~15%の回答で不備が見つかるようになった(加えて、調査を依頼した世帯の15%から調査を断られている)。

これらの要因がどの程度影響しているのかはわかっていない。

Income Underreporting

今見たものと関連するが他の説明として誤申告の増大傾向があるかもしれない。労働局のエコノミストは調査は支出に関するものがメインであって、所得と支出ではないと注意を喚起している。所得情報のみに関心があるのなら統計局のデータを使ったほうがいいとアドバイスもしている。さらに労働局のスタッフは所得だけを知りたいのであれば統計局のデータのほうが適しているかもしれないと述べている。関わったスタッフはこの統計の使用者は支出の推計値だけを信頼すべきだとも述べている。局員は極端に低い、さらには負の所得すら申告するケースがかなりな数あることに懸念を抱いているように思われる。

所得調査の信頼性に疑問を抱いた局員が感度分析を試みるようになった。所得の過少申告を調査するため、世帯を所得ではなく出費により並べてみた。そうすることで出費/所得比が大幅に変化した。92年調査では比率が2.05(所得による配列)から0.67(出費による配列)に下落した。

この調査により低所得と分類されている世帯の多くが単に誤分類された過少申告者で正確な調査により所得消費ギャップが大きく縮まる可能性が示唆された。

この調査にも問題がある。一つには、低所得層の貯蓄性向が最大になり、高所得層の貯蓄性向が最小になるものだ。さらに過少申告仮説はそれが増えたという証拠が必要だ。消費支出調査と統計局による所得調査の乖離は縮小している。5-9で見たように84年には42%下回っていたが、05年には9%になった。CPSのデータに問題があるのでない限り両者が一致する傾向にあることはこの仮説に疑問を投げかける。

(省略)

ここで問題にしているのは不均衡の額だ(20兆1000億円に相当)。このギャップをどう埋めたら良いだろうか?所得から除かれている最大のものはEITCだ(総額3兆4700億円)。それなりの額だがギャップと比較すると小さい。

消費支出調査も現金支援を調査に含めているが範囲はとても狭い。例えば総移転の60%以下しか計上されていなかった。だが残りを付け加えたとしても3兆9000億円にしかならない。EITCと合わせてもギャップの36%にしかならない。前章で見たように消費支出調査では所得とともに消費も過少申告されている。過少申告仮説ではギャップを説明できない。

Increased Year-to-Year Income Variability

三番目の仮説は所得変動の増大だ。消費行動が恒常所得仮説に従うなら、さらに所得の変動が上昇しているなら、支出と所得の乖離は増加するだろう。

この仮説に従うなら比率は上昇すると予想される。多くの低所得でない家計が一時的に大きな所得の変動により低所得年度を経験するからだ。消費水準は恒常所得の期待値により決定されるので、一時的所得では低所得に分類される家計でも消費は以前の水準を維持しているからだ。一時的低所得層が占める割合が多くなるほど、所得と支出の乖離は大きくなる。

貧困は特定の所得閾値で定義されているが、貧困層に分類される大多数の家計は長期間そこに留まっているのではない(つまり一時的に貧困層にいる)。長期間貧困層にいる割合はかなり少ない。

これは5-10、5-11、5-12で確認できるかもしれない。Census Bureau’s longitudinal Survey on Income and Program Participationから作成した。99年には、人口の20%が2ヶ月かそれ以上貧困線以下の所得を経験していた。96~99年の4年間で一度でも2ヶ月以上貧困線の下にいた割合は34%だった。一方で、48ヶ月連続で貧困線の下にいた割合はたったの2%だった。

長期の貧困は99年に一時的に貧困線を下回った層の10分の1で、96~99年間に下回った層の6%以下だった。





予想されるように、長期の貧困の発生率は人種、年齢、世帯構成、地域によって変わる。それでも先ほどの傾向は変わらない。

一時的貧困が増大したのなら、申告支出が申告所得を上回ったとしても不思議はない。しかし、さきほどのグラフからは高い遷移率(貧困から非貧困またはその逆)は確認できても、所得の変動が増大しているのかは分からない。

より拡張された水平調査が必要だ。最も包括的な調査はPanel Study of Income Dynamics (PSID)だ。PSIDは60年代は利用できないが70年代から現在にかけて所得変動の増大が見て取れる。5-13から5-15に示しておく。




変動所得の概念は理論上は明快でも実際に計算するのは困難だ(外部の観察者が所得の恒常部分と変動部分をどう区別する?)。この両者を分解する手法が色々開発された。

Jacob S. Hackerの計算によると、73~98年間に税引き前所得の変動は2倍以上になった。一時的変動は70~80年代は穏やかに90年代初期に急に上昇した後少し下落した。それでも73~90年の平均値をかなり上回っている。

彼はさらに00年まで拡張した後、税引き前所得から税引き後かつ移転後の所得に変更して再計算してみた(より恒常所得に近い方法)。それでも長期的な所得変動の上昇は消えなかった。93年の急激な上昇は未だ説明できていないが、それを除いても、この期間中に所得の変動が上昇したのは確かなようだ。

最近出版した本の中で追加の資料を提供した。74~02年間に、25歳~61歳の世帯主家計の所得の変動は2倍になりこれは税引き前か税引き後かに無関係だった。所得の最大年と最小年の差は拡大し所得が来年度50%以上下落する確率は70年の7%から02年の16%に上昇した。

Robert A. Moffittが監修してロサンゼルスタイムズはこの問題に関する一連の特集記事を掲載した。Moffitt-Gottschalk両者の開発した手法を用いて、所得階層ごとの変動率の変化と世帯所得中央値の変動の絶対値を求めた。

この調査によると世帯所得中央値の変動の最大値は70年の63万円から00年の135万円に上昇した。この期間中にインフレ調整後の世帯所得が28%上昇しているので年間所得に対する最大変動率は16%から27%に上昇した。さらに5-15にあるように所得階層ごとに変動率に違いが見られた。彼は3つに分けた所得階層ごとの変動係数も計算してみた。

70年では高所得層の変動係数が最小で、低所得層の変動係数が最大だった。70~00年間に変動係数はすべての階層で上昇した。だが低所得層で顕著だった。高所得層で60%、中所得層で75%、低所得層と中所得層の境界線にいる世帯で100%だった。

おそらく所得の変動の増大と今では一般にも広く知られている世帯収入と世帯所得との乖離とは関連がある。この分析の範囲から外れるのでこれ以上は触れない。

(特に低所得層の)所得の変動が大きくなっているという命題は所得と消費の乖離だけでなく、俄には説明しにくい資産蓄積に関するデータとも整合的である。

Federal Reserve Survey of Consumer Financeによると(グラフ5-16)最下層とその次の階層の世帯の純資産の差は89~04年間に減少した。両者の資産比は36%から58%に上昇した。絶対値でも低所得層の上昇が上回った(350万円と210万円)。これもある程度所得変動の上昇で説明ができると思われる。


(省略)

Dirk KruegerとFabrizio Perriの調査によると、80~03年間の米国の世帯の消費の格差はわずかしか上昇していなかった。一人あたり消費水準が上昇して消費格差に変化がないとしても所得格差の増大が厚生に与える影響に疑問が生じる。

基本的な経済学の考えでは、所得の安定を好む家計がいれば所得の安定性と所得または消費を取引すると想定する。そういう訳で所得の変動の厚生判断は人口の多数が持つであろうリスク許容度およびリスク選好度の推定なしには十分に評価できない。

その問題はここでの調査の範囲を超えている。ここでは単に、所得と消費の乖離は同期間に起こった所得変動の増大によって説明ができると述べるだけに留める。

A Continuing Puzzle

これまでのまとめなので省略。

6 Trends in Living Standards for Low-Income Americans: Indications from Physical and Biometric Data

貧困率は絶対基準であり60年代から物価が調整されただけで基本的な変更はない。貧困率が70年代から変化していないので貧困の改善に進歩がなかったと専門家ですら考えている人たちがいる。

だが、貧困率が固定的で不変な生活水準を反映しているという概念は、物的指標と矛盾する。これらのデータは低所得層の生活水準が顕著に上昇したことを示している。

一章で見たように、Mollie Orshanskyの元々の基準は十分な所得がないために毎日の食事や必需品が買えない所得水準を特定し、これを下回った人を計測することにあった。次の著作で、彼女は貧困線を「貧困の厳格な定義」と述べ、「この線を下回ると困窮が避けられない」と述べた。オリジナルの貧困線は今日からするとかなり厳格に見える。繰り返しになるが、それとまったく同じ貧困線(インフレ調整しただけの)が今日でも使われている。

今日では貧困線が現実の生活水準に対応しているようには思われない。貧困線により絶対的な困窮の水準が固定できると期待されたが、今日貧困と定義されている人々の生活水準は着実に向上している。純粋に物的面で、今日の貧困層は65年よりよくなっているのだ。

The Principal Categories of Expenditures for Low-Income Consumers

60~05年まで、食事、住宅、交通、医療は中央世帯支出の70-75%を占めていた。低所得層ではこれが上昇して80%近くになる。個々の配分はこの期間中に変化したが、総支出に占める総量に変化はなかった。これらのカテゴリーを順に見ていく。

Food and Nutrition. 60年代の初期には栄養失調や餓えが明白にあった。消費支出調査によれば、食糧に対する限界消費性向は最下層から次の層にかけて上昇している。食糧に対する所得弾力性はこのグループでは1を超えている。この層では食糧が贅沢財だった。しかし、その後の調査では所得弾力性が1を超えたものはない。

栄養状態の評価が消費者調査の結果を補強する。NCHSの健康調査によると、60年代から前世紀の終わりにかけて、成人人口で痩せ過ぎと診断された人の割合は4.0%から1.9%と半分に下落した。むしろ肥満が問題として浮上した。

生物学の観点から栄養的に最も脆弱なのは乳幼児と子供だ。栄養面でのリスクは時間とともに低下している。低所得層の子供もまたリスクが低下している。CDCの調査によると、痩せ過ぎと診断された子供の割合は8%から5%に低下した。

同様に低所得層の子供で成長曲線の5パーセンタイルを下回った割合は9%から6%に低下した。
血液調査から、貧血のリスクの低下も示唆された。子供の貧困率が14.4%から17.6%に上昇している間に栄養状態の改善が見られた。

Housing and Home Appliances. 住宅に関する情報は3つの情報源から利用できる。基本的なトレンドはグラフ6-3に示す。家具や備品のトレンドもグラフ6-4に示す。


(画像が大きかったので上下に分割。N/Aは当時は存在しなかった、または利用できなかったもの。だからといって比較が出来ないという意味ではない。貧困線は固定した生活水準を示すはずなので70年代の低所得層も現在の低所得層も物質面では同一でなければならないはずがここでは明確にそれが成立していない)。

多くの品目において、-電話、テレビ、エアコン、電子調理器-01年の低所得層の保有比率は80年の平均世帯や70年の非低所得層を上回っている。

このデータからは居住空間や設備の質まではわからない。犯罪などの非物理的側面もわからないが、居住空間が全体だけでなく低所得層でも改善していることを示唆している。

Transportation. 自動車の保有率のトレンドを表6-5に示す。72~73年調査では低所得層の60%が車を持っていなかった。その時点では世帯貧困率が10%だったので実際の数字はこれより高かったかもしれない。03年には60%以上の世帯が一台以上の車を保有していた。75%が何からの乗り物を保有していた。低所得層の自動車保有率の上昇は全体の傾向と一致している。

Health and Medical Care. National Center for Health Statisticsからのデータを6-5から6-10に示す(省略)。

平均余命

乳幼児死亡率

歯科

医療機関への年間訪問率

Living Standards for America’s Poor: Constant Progress under a “Constant” Measure

貧困線が不変の尺度だという前提が成り立たないことをここまで見てきた。なぜ問題が発生したのか?その要点となるのは最初に困窮を示すとして選ばれた指標の欠点にあると思われる。所得を基準にしたので低所得層の生活水準の改善を見落としてしまった。

所得と生活水準に関して、いくつか尤もらしい説明はできる。例えば相対価格の変化によって低所得層の生活水準が向上したというものだ。他のコメンテーターが指摘しているように、食糧の相対価格は下落している。その他の物品に対する相対価格もまた下落している-電子機器、パソコン、携帯など-。しかし理論的見地から、全ての財とサービスの相対価格が同時に下落することは不可能だ。さらに算術的見地から、食糧、住宅、交通、医療が所得に占める割合が昔と変わらず80%なので、固定所得の元でこれらが同時に上昇することも不可能だ(何かが上がれば何かが下がらなければならない)。

政府の支援プログラムも部分的な説明でしかない。医療給付の拡大は確かに低所得層の健康状態の改善の説明になる。食糧支援プログラムは部分的に栄養状態の改善に役立ったかもしれない。だが、このプログラムへの実質支出は90年代からほとんど変化がなく、低所得層が所得を食糧に費やす割合が減少しているので全体の傾向の説明にはならない。乗用車の保有や耐久消費財に関して政府プログラムが存在しないのでそもそも直接の関係がない。さらに長期の現金出費の上昇トレンドを説明できない。

所得ベースの指標で貧困の実態が把握できないことを見てきた。所得は低所得層の生活水準を測るのに適していない可能性がある。消費ベースの指標がより情報を与えてくれると思われる。

Conclusion: Wanted—New Poverty Measure(s) for Modern America

(省略)

2012年8月28日火曜日

欧州の犯罪はどうして激増したか?

榊原氏によると小さな政府になると犯罪が激増するぞ!と絶叫していたのに(笑)

Crime in Europe and the US

Paolo Buonanno, Francesco Drago, Roberto Galbiati, and
Giulio Zanella

1. Introduction

米国外では犯罪に関する研究が少ない。欧州では特にそうだ。。我々の知っていることは米国のデータに基づいていて、Levitt (2004) and Levitt and Miles (2007)にまとめられている。ここでの目標はこのギャップを埋めることにある。欧州のデータを用いて国際比較を行う。ここでは欧州とは、オーストリア、フランス、ドイツ、イタリア、オランダ、スペイン、イギリスを指す。

1990年代に入って米国の犯罪率が低下したのはよく知られている。対照的に欧州では1970年代以降犯罪率が上昇し続けている。通説とは逆に今日では欧州の方が米国より犯罪が多い。図1に総犯罪率の変化を示す(以下aは米国と欧州全体をbは米国と欧州個別の国を示す)。

1970では欧州の総犯罪率は同年の米国の63%だった。2007になると欧州の犯罪率が85%高くなった。この逆転は40年間の欧州の犯罪率の上昇と米国の90年代からの下落の両方の要因が寄与している。財産犯罪と暴力犯罪でも同様の傾向を示す。図2は財産犯罪のトレンドを示す(*省略)。図3に暴力犯罪のトレンドを示す。

2.3.1 Demographics

犯罪学では若い男性がより犯罪を起こすことはよく知られている。18歳の男性は35歳の男性に比べて5倍財産犯罪を起こしやすい。暴力犯罪の比率は2:1だ。これらを元にするとベビーブーマーの高齢化がもたらす人口構成の変動は犯罪率の低下に影響を与えると思われる。Levitt (2004)によると65歳以上の個人の逮捕率は15-19歳の2%だ。だがこの要因で説明できる犯罪率の減少はわずかだ。図4aと4bに15-34歳の男性がサンプルに占めるシェアを示す。

2.3.2 Immigration

移民とネイティブの犯罪性向が違うのはいくつかの理由がある。途上国から先進国にやってくる移民は若く、教育水準が低く、そして男性だ。

移民と犯罪の関係を調査したものはそれほど多くない。個人データを用いたものでは米国の現在の移民はネイティブよりも収監率が低いことをButcher and Piehl (1998b, 2005)が示した。都市中心部の全体データを用いた調査では移民の流入が犯罪率に有意な影響を与えていないことをButcher and Piehl (1998a)が示した。Borjas, Grogger and Hanson (2010)は近年の移民はネイティブ黒人を労働市場から押しのけることにより犯罪活動を活発化させていると論じた。欧州のものとなるとわずかだ。Buonanno and Pinotti (2011)はイタリアのプロビンスについて調べた。その結果、移民がイタリアの犯罪率に影響を与えている推計は見つからなかった。

図5は米国と欧州の移民率の推移を示してある。

2.3.3 Abortion

中絶仮説に関する議論はここでの範囲を超えている。だが欧州のデータに分析を拡張することは有用と思われる。

欧州では中絶の合法化は時期的にまちまちだった。ある国は米国同様70年代に合法化したが他の国はもっと後だった。

図6と図7に米国と欧州の中絶率を示す。図7は生まれていたならば成人していたであろう子供の数が米国と欧州で90年代から上昇し始めている様子を示している。Donohue and Levitt (2001)と同様の手法を用いて中絶された成人の割合を推計した。彼らのものとここでの違いが一つあるとすればデータの制約によりコーホート内の逮捕率で中絶率を重み付けできなかったことだ。

5. Concluding remarks

残念なことに移民と失業率に関して信頼できる推計は行えなかった。OLSによる推計によれば移民と失業率は犯罪率を増加させている。しかしOLS内のバイアスを評価することは難しい。人口の構成と収監率が無視できない影響を犯罪率に与えていることがわかった。簡単な試算によると欧州と米国の収監率の差は総犯罪の逆転の17%、財産犯罪の33%、暴力犯罪の11%を説明する。中絶率が犯罪率を低下させるという関係を欧州で見出すことは困難だった。

我々の分析のインプリケーションは何か?第一の点は、犯罪率の逆転が存在することだ。欧州の当局者は犯罪(特に暴力犯罪)が非常に重大な問題になっていることを認識する必要がある。我々は米国との比較という考えに慣らされてきたために変化を捉えられないでいる。殺人率が米国の方が高いという事例があるため欧州が安全な場所だという間違った認識を生み出してしまっているように思われる。だが殺人は暴力犯罪のごくわずかな部分を占めるにすぎない。第二の点は、厳罰化は効果があるかもしれないということだ。ここには二つの問題がある。厳罰化がなぜ効くのかが分からないのでどのように厳罰化すればよいのかの基準がないことだ。収容期間が効果があるのであればこの点で厳罰化すればいい。抑止を通して効果があるのであれば罰を課して執行猶予を与えるのがより良い政策になるだろう。さらに厳罰化は費用対効果のある政策であるか不明であることだ。