2012年12月23日日曜日

Measuring the Impact of Health Insurance on Levels and Trends in Inequality and How
Health Reform Could Affect Them

by Richard V. Burkhauser Kosali Simon

Introduction

アメリカの所得とその分布の水準とトレンドを調査するのに最もよく用いられるのはCPSだ。統計局は前年の中央世帯の課税前現金所得(政府と民間からの所得源)とこの所得がどのように分布しているのかを毎年報告している。CPSを用いる統計局外の多くの研究者はこの現金所得に注目している。数少ない例外を除いてこれらの研究は非賃金報酬の重要性を考慮していない。(所得の研究と)類似の賃金の研究でもCPSを賃金とその分布の水準とトレンドを計測するのに用いている。賃金格差の研究では単に個人の賃金の違いを比較するだけでその個人の世帯に他の稼ぎ手がいるかどうかは考慮しない(市場での様々な種類の労働者への報酬に主に焦点を絞っているため)。だが所得格差の研究と違い、数少ないけれども重要な研究が賃金格差の研究では行われてきた。賃金報酬にのみ焦点を絞ることは個人に支払われる報酬を過小評価するのみでなくその水準と分布にも影響を与えることを認識した研究だ(Pierce 2001, 2007)。

ここでは賃金格差の研究から得られた考察を非賃金報酬の最も重要な部分を占める医療保険の雇用主負担分(無償の非賃金報酬の32%を占め、非賃金報酬全体の22%を占める)に焦点を絞ることにより所得格差の研究に適用する。家計が利用できる資源としての医療保険の重要性を整合的に示すために雇用主の提供する保険と政府が提供する保険が家計の所得とその分布に与える影響をともに考慮する。

以下の手順が用いられる。

1.医療保険の雇用主負担を従来の課税前移転後所得に加えたより広い範囲の所得を推計する。重要なのは雇用主が負担する保険の事前の費用を家計が受け取った価値として用いることであって家計が医療サービスに用いた事後の医療費支払いではないことだ。

2.所得の水準と分布を示す従来の方法が非賃金報酬の等価所得価値の付加に対してどのように影響を受けるかを示す。我々が注目しているのは世帯人数調整後の個人所得だ。人口全体を調べるとともに各年齢ごとの集団も調べる。全体の人口を4つの年齢に分類する。0歳から17歳(子供)、18歳から24歳(青年)、25歳から61歳(労働人口)、62歳以上(引退人口)だ。

3.従来の方法が公的保険の等価所得価値の付加に対してどのように影響を受けるかを示す。

4.課税前移転後世帯人数調整後の所得格差が1995-2008の期間にどのように変化したかをこの広い範囲の所得の定義を用いて調べる。

5.この方法を用いて現在議論されている医療保険改革が所得の水準と分布に与える影響を示す。

Related Studies

いくつかの研究が労働報酬の測定に付加給付を含めることの重要性を認識していた。Pierce (2001, 2007)はEmployment Cost Index (ECI)を用いて付加給付に対する雇用主負担が含められた場合に労働報酬の水準とトレンドがどのように変化するかを考察した。Chung (2003)はこの考察をECIからのデータをCPSのデータに統合することにより拡張した。Levy (2006)は性別と人種による賃金格差が医療保険の付加によりどのように影響を受けるかを調べ、性別の賃金格差は縮小する一方、人種間の賃金格差は大きくは変化しなかったことを示した。これらの研究はいずれも従業員に対する雇用主負担に焦点を絞っており報酬の付加が所得分布全体に与える影響を示していない。労働者は家族や世帯員と住み賃金を彼等と共に使うので非賃金報酬の付加が全体の所得分布に与える影響を示すためには世帯人数の組み合わせを考慮し医療保険が与える影響を把握する必要がある。

医療保険の雇用主負担かメディケア、メディケイドを所得の測定に含める研究がわずかしかなかった一方で統計局は独自にこれらの値を推計して1995以降公表を行っている。統計局は民間の医療保険の事前の保険価額を推計し、さらにメディケアやメディケイドの保険価額を推計している。民間の医療保険の場合と違い統計局はメディケア、メディケイドの低所得層に対する事前の保険価額部分しか勘定に入れていない。

我々は民間の医療保険の雇用主に掛かる費用をメディケア、メディケイドに掛かる費用と同様の方法で推計することを試みる。この推計が保険の概念になるべく沿うように行う必要がある。我々はこの事前価額を加入者全員に割り当てるので、保険料を支払ったものの事後に医療を受けなかった場合にゼロを割り当てるという計算は行わない。ただしメディケア、メディケイドを通して医療保険を提供された低所得世帯に対してはゼロを割り当てる。

Method and Data

外部の情報源から医療保険に対する雇用主負担分と政府の医療保険の事前価額を帰属させなければならない。その後にこれらの値を両方のデータに含まれる属性を用いてCPSのデータと照合させる。雇用主負担に関するデータはMedical Expenditure Panel Survey Insurance Component (MEPSIC)を用いる。この調査は統計局により実施されAgency for Healthcare Research and Quality (AHRQ)から資金が提供されている。これは1996以降毎年実施されていて最も新しいデータは2008のものを含む。

Results

統計局は世帯所得の中央値を毎年公表している。図1に1995-2008の期間に関して再現したものを示す。所得中央値は1990年代に増加し2000にピークをつけた後2004まで下落しその後は2007まで上昇している。だが2007まで課税前移転後所得中央値は2000のピークまで戻っていない。推計した医療保険の価額を含めて再計算した場合には驚くべきことではないが所得中央値はすべての年度で高くなる。注目に値するのはこの期間に渡って雇用主負担は増加しているので賃金の下落をある程度相殺していることだ。図1とAppendixの表1に示すように所得中央値は増加していて2008の所得中央値は2000のそれを上回っている。


図1に医療保険の付加が平均的な世帯にどのような影響を与えるかを示す。次の表で医療保険が世帯人数調整後の所得の分布に与える影響を示す。表1に2008時点での所得の分布を示す。最後の列に総価値を示す。行1にあるように平均所得は最上位層の1361万円から最下層の56万円まで分布している(1ドル=100円で計算)。全体の平均所得は446万円だ。次の4つの行に民間の医療保険とメディケイド、メディケア、そしてその和の平均値を階層毎に示す。最後の2つの行に所得と医療保険の和の中央値、さらに医療保険が全体に占める割合を示す。医療保険が(世帯人数調整後)全世帯所得に占める割合はわずか9.93%しかないが低所得層の所得に占める割合はこれより大きい。

所得分布の変化と医療保険の与える影響を把握するために表2aに1995(列1)の所得分布と2008(列2)の所得分布を示す。表1と同様にこの計算はそれらに課税前移転後世帯所得を割り当てることによりなされる。最後の行に全世帯の平均を示す。列3に階層毎の平均所得の変化を示す。一番下の階層を除いたすべての階層の平均所得はほぼ同率で増加したことを示す。次の3つの列では同様の計算を今度は所得に医療保険の価額を加えて行っている。結果は大幅に変化した。この所得の定義では下から3つの階層の所得が他の階層の所得よりも明らかに速く増加した。最後の2つの列に民間と政府の医療保険の価額の増加を示す。医療保険は低所得層の所得のポートフォリオの一部分として急激に増加している。表2aに医療保険の価額の増加が低所得層の相対的な所得の増加の理由であることを示す。表2bに表2aで示したパーセンタイル比の変化を示す。


(%Change in Incomeと%Change in Total Incomeに注目して欲しい。左側では第一階層を除いてほぼ同率の増加率なのに対して右側では低所得層の方が増加率が高い。)

前の4つの表は所得の水準とその14年間の変化を所得格差とその変化を計測する手段として用いた。表5では所得格差の研究で最もよく用いられるジニ係数に焦点をあてる。さらに4つの年齢階層毎のジニ係数も調べる。

賃金格差の研究ではよくp90/p10が用いられるがBurkhauser, Feng, and Jenkins (2009)で論じたようにトップコードの問題が取り除かれればジニ係数や他の指数を所得格差の研究に用いることができる。(注 ここでは示していない)表にp90/p10、p90/p50、p50/p10、p75/p25も示してある。

表5の列1に1995-2008の期間の全世帯の課税前移転後所得のジニ係数を示す。この期間に所得格差はゆっくりと増加し2006にピークをつけた後、2007に減少し2008に再び増加している。列2に民間の医療保険の付加がすべての年度の所得格差を減少させることを示す。この結果は表1の列2で示した結果と一致する。民間の医療保険の付加が所得格差のトレンドに与えた影響を識別することは困難だ。列3に民間の医療保険を加えずメディケイドのみを加えた場合にもすべての年度で所得格差が減少することを示す。この減少の大きさは民間の医療保険の場合と大体等しい。列4に同様にメディケアの付加がすべての年度で所得格差を減少させることを示す。減少の大きさはメディケイド、民間の医療保険の場合よりも大きい。最後の列にすべての医療保険を加えた場合の所得格差に与える影響を示す。


(ここではTotal Incomeに注目して欲しい。1995と2008でほとんど変化がない。さらに水準自体もIncomeに比べて低い。)

Discussion and Conclusion

我々は民間の医療保険の付加が所得中央値の水準を増加させるだけでなく2000のピークを超えていることをまず示した。所得の改善と所得格差の減少は階層平均やジニ係数でも見られた。民間の医療保険の付加は所得格差を減少させるとともに計測された所得格差の増加自体も減少させた。メディケア、メディケイドが加えられた場合には効果はより大きくなる。表6で示したようにすべての医療保険が加えられた場合に所得格差は大きく減少し1995-2008の期間に増加した所得格差の増加のすべてを打ち消している。

2012年12月14日金曜日

アメリカで盲腸の手術費が200万円するというのは嘘だった?

この表は比較的最近になってOECDによって立ち上げられたタスクフォースの資料を参考にしている。


上から、急性心筋梗塞、狭心症、胆石症、心不全、乳房の悪性新生物、気管、気管支及び肺の悪性新生物、正常分娩、肺炎、虫垂切除、帝王切開、胆嚢切除、大腸切除、冠状動脈バイパス術、除細動器挿入(修復、交換、除去)、椎間板切除、血管内膜切除、股関節置換、子宮摘出、膝関節置換、乳腺切除(4分の1切除)、乳房切除、前立腺切除、ペースメーカー挿入(修復、交換、除去)、経皮的冠動脈形成術、末梢血管バイパス術、肺切除、鼠径ヘルニア修復術、甲状腺切除、経尿道的前立腺切除を意味する。比較対象とするのはオーストラリア、カナダ、フィンランド、フランス、イタリア、ポルトガル、スウェーデン、ノルウェー。その他の国は所得水準が大きく違うのでここでは比較の対象にしない。それと質の違いは考慮されていない。

個別に見ていくと200万円すると言われていた盲腸が80万円(他の国は50万円~60万円)、300万円すると言われていた出産が40万円(他の国は30万円)となる。他国と比較して価格があまり変わらないケースとして狭心症(30万円)、心不全(50万円)、肺炎(50万円)、帝王切開(70万円)、大腸切除(160万円)、椎間板切除(80万円)、血管内膜切除(80万円)、子宮摘出(70万円)、末梢血管バイパス術(160万円)、甲状腺切除(70万円)、経尿道的前立腺切除(60万円)がある。興味深いのは空欄が多いものの大体のケースでノルウェーの方が価格が同じか高いことだ。

Comparing Price Levels of Hospital Services Across Countries

by Francette Koechlin Luca Lorenzoni Paul Schreyer

アブストラクト:医療サービスはGDPのかなりの部分を占めしかも増加している。その支出も国によってかなりの違いがある。その違いが消費量の違いによるのか価格の違いによるのかは政策に大きく関わってくる。医療サービスの価格の国際比較が行われることはほとんどなくしかも測定の問題を抱えている。この研究ではOECD加盟国の医療サービスの国際比較を行う。データは病院サービスの産出の準価格を反映しているという点で特徴がある。従来では産出価格は投入の価格(医療従事者の賃金率)を比較することにより算出されていた。新しい方法は投入ではなく産出へと焦点を切り替えている。この方法だと国による生産性の違いを捉えることが可能になり(注 ここではそれは行われていない)より意味のある比較への第一歩となる。

BACKGROUND

医療支出はGDPのかなりの割合を占めしかも増加している。支出が増加した時、政策当局者や市民はその増加が消費量の増加によるのか価格の増加によるのかに興味を持つと思われる。同様の疑問が国際比較においても持ち上がる。Bに対してAの支出が多い時、それはAの消費量がBに対して多いからなのかそれとも価格が高いからなのか?この質問に答えるためには医療サービスの相対価格に関する情報が必要になる。国際比較では特定の財、特定のグループの相対価格はPPPと呼ばれる。この研究の主目的は医療サービスの大きな部分を占める病院サービスのPPPの測定方法を示すことにある。

INTRODUCTION

財やサービスが政府などによって供給される場合、消費者に課される価格は市場価格を大きく下回ることがある。いくつかの場合では価格はゼロかもしれない。そのような価格を比較することには何の意味もない。それ故、市場によって供給されていない財やサービスの費用の比較を(一般の)PPPで行うことが慣例になっていた。

費用を比較するには主に2通りの方法がある。投入によるものと産出によるものだ。投入ベースの方法は例えば外科医の賃金率を比較する。言い換えると、価格の比較は投入1単位あたりの賃金や価値の比較を通して代替される。国際間で賃金を比較するのは非常に難しい(経験や年功賃金の影響を制御するのは難しい)という点の他にこの方法の主要な欠点は生産性の違いを無視するということにある。つまりある国で医療サービスが効率的に供給されているとしても投入価格にもとづくPPPでの比較では区別がつかない。

費用を比較する2番目の方法は産出にもとづくものだ。ここではPPPは産出1単位あたりの費用を比較することにより計測される。医療サービスの場合ではこれは治療1単位あたりの費用になる。医療では産出1単位あたりの費用は簡単には観測できない。だが産出の価値を示す替わりとなる情報源がある。多くのOECD加盟国では医療サービスは医療費償還制度を通じて管理される。治療1単位あたりの償還価額は価格が他の財やサービスに対して行っているのと同様の役割を果たす。我々は交渉価格、管理価格を準価格(必ずしも市場取引の結果でない、または生産者と消費者の間の取引に適用される価格ではない)と呼ぶ。治療1単位あたりの準価格の比較は産出ベースのアプローチで基本的に各国の生産性の違いを反映することが可能だ。従って、投入ベースのアプローチより概念的には好ましい。この研究では医療サービスの主要な部分の一つである病院サービスのPPPの結果を示す。

方法論に移る前に新たに内外価格差の概念を導入する必要がある。内外価格差は普段人々が特定の財の価格を国際間で比較する時に自然に行っているものだ。A国通貨で表示されたA国のある財を市場為替レートを用いてB国の通貨に変換する。その結果の価格(現在はB国通貨で表示されている)はB国の実際の同一の財の価格と比較される。変換されたA国の財の価格がB国の財の価格を上回ればA国の財の価格はB国よりもより高いということになる。内外価格差はこの計算をPPPレート(A国で観察される価格とB国で観察される価格の比)を市場為替レートで割ることにより代行する。その比が1を超えたらA国の物価水準はB国の物価水準よりも高いということになる。内外価格差のもう一つの表示方法は同量の財を購入するのに要した共通通貨の量を示すものだ。注意しなければならないのは内外価格差は市場為替レートに依存していることでこのレートは短期間に変動しまたその変動幅も大きい。内外価格差は注意を持って見る必要があり特定の基準年への参照を必要とする。

内外価格差の概念はhospital PPPを対応する為替レートで割った比較の結果に適用される。結果は二国間ではなく多国間のものとして得られる。計算は複雑になるが基本的な内外価格差の概念は不変のままだ。

METHODOLOGY

The products: case types

産出ベースのhospital PPPの推計方法は2つの特徴を持つ。(1)産出は症例に関して計測される。(2)準価格はこの産出を評価するのに用いられる。この2つの特徴を順番に見ていく。

以下の基準が代表的な症例を決定したり症例の比較を行うのに用いられる。

・一般的(稀なものではない)な医療行為、または診断を表す

・病院の支出のある程度の割合を占める

・一回の入院期間に行われるであろう主な医療行為を表す

・分類可能な状態を表す

財はさらに内科的と外科的に分類される。臨床上での行為は各国によって異なる可能性がありある国で内科的と分類される行為が他の国では外科的と分類されるかもしれない。

The valuation: quasi-prices

管理データは準価格を作成するための情報を提供してくれる。準価格には交渉価格と管理価格がある。前者は個々の交渉を通じて決定される。そして必ずしも直接的に費用を反映しているとは限らない。この研究に参加している国の中で、7ヶ国は交渉価格を使用していると報告しており7ヶ国が管理価格を使用していると報告している。これが結果にどのようなバイアスを生んでいるのか評価するのは難しい。

例えば、交渉価格は利潤を含む可能性がある(サービスが他からの補助金によって賄われている場合には損失も含む)。一方で管理準価格は平均費用を反映している可能性がある。交渉価格、管理価格は医療行為に対する評価のもとを形成する。サービスの平均費用を反映している管理準価格の場合は管理価格の費用の範囲が各国で共通なことが重要だ。一般的な原則として、各国はすべての費用が反映されているか確認を求められる。これには従業員の報酬、資本の減耗、中間財投入、生産に対する課税等が含まれる。どちらの費用も直接費、間接費が反映されなければならない。費用の要素の全リストはAnnex 1 Table A.1.3に示してある。

Linking quasi-prices to case types

価格、準価格の比較は医療サービスの質の違いが考慮されなければならない。そこには2つの側面がある。医療サービス自体の質の違いと補助サービスの質の違いだ。この研究では価格の比較を行う際に質の違いを考慮に入れていない。これはそのような調整を行うのが単に難しいからだ。さらに治療の適切さも考慮に入れていない。これは患者と支払い側の観点からは重要な問題だ。だがこの研究の範囲から外れている。

PILOT STUDIES

OECDはthe Australian Institute of Health and Welfare, the Australian Government Department of Health and Ageing, the Canadian Institute for Health Information, the National Institute for Health and Welfare (Finland), the Agence Technique de l’Information sur l’Hospitalisation and the Institut National de la Statistique et des Études Économiques (France), the German Federal Statistical Office, the Ministry of Health (Israel), the Ministry of Health (Italy), the Yonsei University and the Health Insurance Review and Assessment Services (Korea), Statistics Netherlands, the Norwegian Directorate of Health and Statistics Norway, the Instituto Nacional de Estatistica (Portugal), Statistics Slovenia, Statistics Sweden and the National Board of Health and Welfare (Sweden), the Office of National Statistics (United Kingdom), and the Agency for Healthcare Research and Quality (United States)と共同でこの研究を行った。

Box 1. A note regarding the United States

病院費用:試験研究ではNationwide Inpatient Sample (NIS)からの推計を用いた。これはアメリカの地域病院のおよそ20%に相当する1000の病院の500-800万の入院日数のデータを含んでいる。この記録は総請求額の情報を示している。それからCenters for Medicare and Medicaid servicesから利用可能な病院全体とすべての支払い側の入院費/請求率の記録が費用の推計に用いられる。

RESULTS OF THE PILOT STUDY FOR THE YEAR 2007

How results were compiled and how they should be interpreted

結果を見る前に、イントロダクションで説明したが医療PPPを一般のPPPにリンクさせるのが役に立つ。治療は生産物の役割を果たし準価格は市場価格の役割を果たす。2種類の生産物(内科的治療、外科的治療)が病院サービスを構成する。

結果は12の国について編集してある。参加国の平均を100とした指数の形式で表示している。PPPは基準国の選択に対して不変となるように計算している。計算はアメリカを基準国として開始し、それからPPPを市場為替レートで割ることにより内外価格差が求められる。そしてグループ平均は各国の内外価格差の幾何平均として求められる。この平均は100に設定され各国の内外価格差はこれとの対比で表示される。内外価格差は価格水準の違い(同量の財を購入するのに必要な共通通貨の量)を示す。我々の例では、共通通貨は存在しないので価格水準の絶対水準を参照しているのではなく相対水準を参照していると見る必要がある。例えば、表1の数字は以下のように読む。2007のアメリカの入院患者の病院サービスの価格水準はグループ平均を100とした場合の163で44%(163と113)カナダより高い。


注10 ノルウェーとドイツは準価格の推計に固定資本の消費が含まれていないことから除いてある。オランダの結果も示されていない。対応するオランダのデータが埋められていないからだ。しかしグループ平均の計算にはオランダは含まれている。

Significant spread of quasi-prices across countries and correlation with income levels

内外価格差は為替レートに依存していて為替レート変動の影響を大きく受けるかもしれない。病院サービスの内外価格差と全体の内外価格差の比較により為替レートとは独立したその他の財と病院サービスの相対価格の示唆を得ることができる。グラフ2にその比較とさらに各国の1人あたりGDPで定義された1人あたり実質所得を補完する情報として示してある。

表1とグラフ2にあるように病院サービスの価格水準には57(韓国)から164(アメリカ)と大きな幅がある。イタリア、オーストラリア、フランス、スウェーデン、フィンランドの価格水準は高い。価格水準が低い国はポルトガル、スロベニア、韓国のように所得と全体の価格水準も低い。


(注 このグラフは左のバーが病院サービスの価格水準、右のバーが一般の物価水準、折れ線が1人あたりの所得水準を示している。アメリカの例だと一般の物価水準が低くそれと比較して病院サービスの価格水準が高いが所得水準も高い、イタリアの例だと一般の物価水準と病院サービスの価格水準が高いが所得水準は大幅に低く結果として所得と病院サービスの価格水準との差は最大になっている)

Similar results for medical and surgical inpatient services

外科的治療と内科的治療で価格水準はかなり似通っている。2つのカテゴリーで韓国の例外を除いて並びは同一だ。韓国の場合には、例外的に長い外科的治療の入院日数がこの違いを説明している。外科的治療の内外価格差は似通っているが内科的治療のデータにはある程度ばらつきがある。外科的治療が内科的治療よりも大きな割合を占めることは記しておく必要がある。そして総病院サービスの内外価格差の違いの大部分を説明する。大抵の場合で、外科的治療は総病院サービスの費用の70%以上を占める。

Consistency of results within categories

Large variations in costs per hospital day and average length of stay

平均入院日数(ALOS)はノルディック諸国、アメリカ、オーストラリアで短く、韓国で長い。平均入院日数はイタリア、ポルトガルで非常に長い。平均的に、外科的治療で内科的治療よりも大きな違いがある。


各国によって報告された入院日数の違いは生産物レベルでも見られる。これは全体の入院日数の違いは各国の制度や慣行上のものが重要な要因であるかもしれないことを意味する。

表3に入院一日あたりの価格水準を示す。従って、各国の入院日数の違いを制御してある。いくつかの国では一日あたりの準価格は総合の価格水準とは大幅に異なっている。オーストラリア、カナダ、フィンランド、スウェーデンでは外科的治療の価格水準は大幅に上昇(150くらい)する。OECDの2009の報告では入院日数について以下のようにコメントしている。「入院日数は効率性を表す指標と見做される。その他の条件を一定にして入院日数の短さは費用を抑え一般急性期の施設への移行を可能にするだろう。しかし入院日数の短縮化により一日あたりの費用は高くなる。入院日数があまりに短すぎると健康に対して副作用をもたらす可能性があり患者の回復を遅らせる可能性がある。これが患者の再入院率の増加につながれば費用は下落しないかもしれない」。ここで与えられた2つの説明は価格の比較に対してまったく異なる意味を持つ。入院日数の短さが集中的な治療によってもたらされたものであれば価格の比較は入院日数の違いを考慮しないで行われるべきだ。入院日数の短さは効率性の高さの指標となるからだ。逆に、追加の入院が治療の結果を高めるのなら、またはより多くの治療へとつながるのなら入院日数の違いを考慮することが正当化されるかもしれない。各国が異なる治療の組み合わせを行っている場合には一般的な命題は引き出せないかもしれない。この問題を取り扱うためには、治療全体に関する膨大な情報が必要になるだろう。この研究ではこの問題を代表的な症例にのみ焦点を絞ることにより取り扱おうとしている。まとめると、入院日数の違いを考慮していない表1を見出しの数字として用いることが妥当だと判断した。

Results by case type

各国の価格の違いをよりよく理解するために詳細な結果を見る必要がある。表4に例として2つの生産物の平均価格を示す。正常分娩と膝関節置換の事例だ。


Annex 3に内外価格差を計算するのに用いた基本表を示す。表A3.1に各国の症例数を示す。表A3.2と表A3.3に平均入院日数とその変動係数を示す。表A3.4に各国通貨で表示した症例の平均準価格を示す。表A3.5にドルで表示した症例の平均準価格を示す。これは参照表となる。カナダは部分的にしか準価格が推計されていない。表A3.4と表A3.5のいくつかのセルが空白な一方、表A3.1-A3.3の対応するセルが空白でないのはこれが理由だ。表A3.6に症例の比重を示す。表A3.7に症例の内外価格差を示す。さらに平均と変動係数も示す。


結果が通常の枠に収まらないいくつかの事情がある。情報の不足であったり各国の事情であったりを反映しているかもしれない。これらの背景を特定するためにより調査が必要になるだろう。

CONCLUSIONS AND NEXT STEPS

いくつかの情報が研究に参加した各国から引き出された。

hospital-PPPの試験研究は質の違いをサービスを区別することにより行った。つまり、質の違う生産物は別の生産物として取り扱った。この仮定に関して再検討が行われるかもしれない。十分に同質と思われるサービスに関する情報がすべての国で利用可能でない場合には特にそうだ。さらに異なる技術が利用可能で医療の提供に用いられている場合にも検討が必要になる。

最後に、この研究はまだ試験段階であることを述べておく必要がある。他の国が参加したり、参加国が利用可能なデータを向上させたら、結果は改定され改善されるだろう。よって、ここでの結果は注意を持って見る必要がある。だがこの初期段階のものでさえ分析者や政策当局者は関心を持つだろう。

(追記)入院日数を考慮するかしないかについて他の可能性も考えられる。ある国では考慮した方がよく、ある国では考慮しない方がよいという選択的な場合だ。本文中ではさらりとしか触れられていなかったが基準は必要と思われる治療が施されたか否かになる。こちらで触れた点が関係してくるかもしれない。

2012年12月7日金曜日

アメリカの健康格差は縮小?

An alternative perspective on health inequality

by Benjamin Ho Sita N. Slavov

1. Introduction

所得格差の研究はメディアの注目を集めている(e.g., Picketty and Saez 2003; Autor, Katz, and Kearney 2008; Heathcote, Perri, and Violante 2009; CBO 2011)。

注1 これらの研究に対して論争がある。例えば、Burkhouser, Larrimore, and Simon (2011)は他の見方を示している。

しかし所得は幸福度の一要素にしか過ぎない。そして幸福度の格差はほとんど上昇していない、または下落しているかもしれないことを示す研究がいくつかある。

例えば、Aguiar and Hurst (2008)は低所得層の余暇の時間が他の集団に比べて大幅に増加していることを発見した。さらに、Stevenson and Wolfers (2008)は主観的な幸福度の格差は減少していることを示した。

最後に、消費の格差は所得の格差ほど増加していないことを示す研究がある(e.g., Krueger and Perri 2006; Hassett and Mathur 2012)。

注2 またもや、これらの研究に対して論争がある。例えば、(e.g., Aguiar and Bils 2011)だ。

幸福度のその他の重要な側面は健康だ。多くの健康格差の研究は人種や所得によって定義される社会経済的な集団間の格差に焦点を絞っている。

だが集団間の格差に焦点を絞ることは主要な健康格差の源泉を無視することになる。健康格差の大部分は集団間ではなく集団内で発生するからだ。つまり集団内の最高の健康状態と最悪の健康状態の差は集団間の平均的な健康状態の差よりもはるかに大きい。ここではその他の研究とは対照的に集団間、集団内の健康格差について調べる。言い換えれば、最も健康状態が悪い人が最も健康状態が良い人に比べて利益を得たかどうかを調べる。そしてこのトレンドを集団内と集団間の健康格差に分解する。

ここでは健康状態を、実現した寿命によって計測する。この方法によれば、早い年齢で死亡した個人は貧しいと定義され80歳を超えて生存している個人は豊かと定義される。我々は、過去100年間に渡って寿命の分布のほとんどで健康格差は劇的に減少していることを発見した。所得格差が上昇したといわれる過去40年間に渡っても健康格差は減少していることがわかった。quality-adjusted life year (QALY)を用いると、最も健康状態の悪い人は最も健康状態の良い人の8倍の利益を得ていることがわかった。金額に換算すると相対的利益は4000万円(1ドル=100円で計算)になる。個人の生涯所得に対してかなりの額だ。この健康格差の減少は集団内での健康格差の減少からもたらされている。この結果は主観的な幸福度格差の減少を示した研究とも整合的だ。

2. Literature and Conceptual Framework

寿命格差が劇的に減少していることを示す研究は他にもいくつかある(e.g., Wilmoth and Horiuchi 1999; Edwards and Tuljapurkar 2005; Smits and Monden 2009; Edwards 2010; Shkolnikov, Andreev, and Begun 2003; Fuchs and Ersner-Hershfield 2008)。だがこれらの研究はその結果が示す社会的意味までは考慮していない。

その一方で、Gakidou, Murray, and Frenk (1999)は正しい健康格差の計測方法は実際の健康格差ではなく健康リスクの分布にもとづくべきだと議論した。つまり、健康リスクが全員にとって同じである限り実現した健康格差に焦点を絞るべきではないと議論した。そのような健康格差は個人の属性に対して無関係という意味で純粋にランダムなものだ。この議論を受け入れるならば、我々の研究は所得格差に関する伝統的な分析への挑戦と見做されるかもしれない。寿命格差の純粋にランダムな部分が重要でないのならば、実現した所得格差の純粋にランダムな部分がどうして重要なのかはっきりとしなくなるからだ。しかも所得格差の研究は実現した所得格差と所得形成過程内にある格差との区別をほとんど行っていない。

我々の研究にはいくつかの制約がある。第一に寿命と健康との相関は集団間で異なるかもしれない。そしてその違いは我々が行った分解に対して特に意味を持つかもしれない。第二に寿命には他の指標と異なり生物学的上限があるかもしれない。これらの制約はあるがそれでもなおこの研究は価値があると思われる。

3. Data and Methodology

寿命格差の傾向を調べるためにここではSSAのコーホート生命表を用いる。この表は性別や誕生年によって分割される。コーホート死亡表は特定の誕生年のコーホートの年齢に関連した死亡率を生涯に渡って示す。例えば、1900に誕生したコーホート表は1900の0歳の死亡率、1901の1歳の死亡率、1920の20歳の死亡率を含む。まだ生存しているコーホートには将来の死亡率に関する見通しが必要になる。ここではSSAの生命表を用いて1900から2012までのコーホートの0歳と25歳の全体の寿命の分布の変化を調べる。寿命の確率分布は個人が各年齢で死亡する確率の男性と女性の平均を取ることにより決定される。ここでは分布のnパーセンタイルを累積死亡確率がnを超える最少年齢と定義する。寿命の平均値は死亡がその死亡年のちょうど中間地点で起こったという仮定で計算する。例えば、25歳で死亡した個人(つまり25回目の誕生日と26回目の誕生日の間)は25.5歳まで生存したとして記録される。

寿命格差は2つの部分に分割できる。集団間の寿命格差と集団内の寿命格差だ。

Var(L)=E(Var(L|G)+var(E(L|G),

Gは社会経済的集団を示す。Lは寿命を示す。Eは期待値演算子で、varは分散を示す。つまり全体の寿命の分散は集団内特定の分散の平均と集団間の分散の和に等しい。寿命格差の減少は集団間の寿命格差の減少からかもしれないし集団内の寿命格差の減少からかもしれない。

4. Results

表1に0歳時(表の上段)と25歳時(表の下段)の寿命の分布の1、10、50、90、99パーセンタイル値の変化を示す。それぞれのパネルはいくつかの主要な数字を含んでいる - 99と90パーセンタイル値と50パーセンタイル値の比率(分布の上段の寿命格差を示す)、50パーセンタイル値と10、1パーセンタイル値の比率(分布の下段の寿命格差を示す)、90パーセンタイル値と10パーセンタイル値の比率(上段と下段の間の寿命格差を示す)。0歳時での寿命格差は1900以来劇的に減少している。1900生まれのコーホートでは分布の10パーセンタイルは1年間でさえ生存していなかった。2012になると10パーセンタイルは64歳まで生存する。そして1パーセンタイルは18歳まで生存する。対照的に分布の上段での伸びはより穏やかだ。従ってp90-p10比率は1900から1950の間に劇的に減少した。そしてその後穏やかになった。0歳時での減少の多くは乳幼児死亡率の減少からもたらされている。だが25歳時(表の下段)での死亡率を見ても寿命格差は1900以降一貫して減少し続けている。分布の10パーセンタイルで寿命が22年伸びた一方で90パーセンタイルでは8年しか伸びていないからだ。


表2に性別にもとづく集団間、集団内の寿命格差がどのように変化したのかを示す。今度も上段は0歳時の結果で下段は25歳時の結果だ。この表から寿命格差の大部分は集団内の寿命格差からもたらされていることがわかる。集団内、集団間の寿命格差はともに減少している。0歳時ではどちらも同じ割合で減少している。25歳時では集団間の分散の方が大きく減少している。従って、性別間の寿命格差が減少しただけでなく(男性の方がより寿命が伸びている)それぞれの性別内での寿命格差も劇的に減少している。


表5に人種毎の結果を示す。分解を男性と女性別々に行う。0歳時では人種内、人種間の寿命格差は男性、女性ともに減少した。集団間の寿命格差の減少は人種間の寿命格差の減少によってもたらされている。25歳時では集団内、集団間の寿命格差の減少は男性に関しては停滞している。女性に関しては両方とも減少している。今度も寿命格差の大部分は集団間ではなく集団内の寿命格差によってもたらされている。


5. Discussion

ここでの結果はアメリカで健康に関する格差が劇的に減少したことを示す。この結果を用いてこの利益がどの程度であったかを簡単に試算する。最近の研究はQALYに対して2000万円(1ドル=100円で計算)が妥当な値だと示している。この値は多くの連邦機関で用いられるValue of Statistical Life (VSL)と整合的だ。我々の計算では寿命の増加とQALYの増加は一対一に対応する。もちろんQALYは寿命と同義ではない。だが簡単な試算のためにはそれほど非現実的な想定ではないと思われる。

表1によると1975から2012の間に10パーセンタイルは56年から64年へと8年間寿命を延ばした。誕生時からの実質割引率を2%として10パーセンタイルの寿命の延びは現在価値で4833万円になる。年間所得に換算すると64年間に渡って130万円になる。対照的に90パーセンタイルは97年から99年へと2年間寿命を伸ばした。現在価値では568万円に相当し年間所得に換算すると12万円にしかならない。

我々の結果は社会経済的集団間で健康格差が拡大したと報告した過去の研究と矛盾するものではない。つまり集団間での分散が大きくなったとしても集団内や全体の分散が小さくなることは十二分にあり得ることだからだ。さらに我々の結果は集団内の分散が集団間の分散をはるかに凌駕するので集団間の分散にのみ研究の焦点を絞ることは重要な側面を見落とさせることを示唆している。

健康のその他の指標がここでの結果と違うトレンドを示す可能性があるかもしれない。ここでの結果は健康の指標として寿命を選んだことによる産物である可能性もあり得る。過去には乳幼児の死亡と集団間の寿命格差に政策の焦点が絞られてきた。

(省略)

6. Conclusions

(省略)

2012年12月1日土曜日

Recent Trends in Top Income Shares in the USA

by Richard V. Burkhauser Shuaizhang Feng  Stephen P. Jenkins Jeff Larrimore

アブストラクト:所得格差研究の大部分は民間に公表される統計局のデータを元に行われるが、最近流行の内国歳入庁の納税申告データを元にした研究はそれと比較して高い水準の所得格差と上昇トレンドを示している。この二つのデータの不整合は統計局の内部データを用いることにより、さらに所得分布を同様の方法で定義すれば大部分解消されることを示す。1967-2006の統計局の内部データを用いることにより、Piketty and Saez (2003)により示された歳入庁データに基づく所得上位層の所得シェアの推計と一致させられることを示す。

Introduction

・民間に公表されるThe March Current Population Survey (CPS)データは所得格差のトレンドを研究する主要なデータとして用いられてきた
・これらのデータを元にした研究は所得格差は70年代と80年代に大幅上昇したが、90年代にはその速度はゆっくりとなっているというのがコンセンサスだった
・所得格差を研究するもうひとつのデータは納税申告から得られる
・Piketty and Saez (2003)は歳入庁のデータを用いた
・彼等の研究は納税データを用いた最初の研究となった
・彼等の主要な貢献は以前の研究と比べてずっと昔からの所得格差のトレンドを観察することができるというものだ
・納税データは他の統計よりもずっと昔にさかのぼって利用できる
・しかし彼等の研究は論争を巻き起こした
・Reynolds (2007)はPiketty and Saezの研究がこれまでの見方をいかに変えたかを議論し、そして彼等の結果を批判した
・統計局のデータとは対照的にPiketty and Saez (2003, 2008)は、上位所得層の所得シェアが90年代に上昇し、2000-2002年間の例外を除いて、その後も上昇していることを示した
・どうして二つのデータは違うのか?
・まず考えられる理由として、どちらかまたは両方のデータに欠点がある可能性が挙げられる
・統計局のデータにはトップコーディングと過少申告の問題があるという批判がある
・このデータを用いた場合、所得格差を誤計測する恐れがある
・IRSのデータも欠点がある
・納税申告は納税が最少になるよう申告する金銭的動機があり、申告行動は個人所得税率の変化に敏感だという批判がある
・最高税率の変化と所得申告ルールの変化に敏感ないくつもの所得操作戦略がある
・これらには所得を労働賃金か法人所得のどちらか税率が低いほうに付け替える戦略も含まれる
・または賃金報酬の替わりとして非課税の給付として受け取る可能性が考えられる
・報酬の繰り延べが行われる可能性も考えられる
・上位所得層は受取所得や申告所得を最も調整できる層なので、納税データは上位所得層の所得変動をつかめていないかもしれない
・Slemrod (1995) and Reynolds (2006)は1970年代からの税制の変化は上位所得層にSubchapter-C corporation profits(個人所得という形態では申告されていない)から、S-corporation profits and personal wage income(個人所得という形態で申告)へと申告所得を移し変える動機を与えたと指摘する
・納税データの使用は上位所得層の所得の上昇を過大評価させると指摘する
・Feenberg and Poterba (1993)はこの問題に関する初期の議論をしており、納税データで上位所得層の所得を計る難しさをまとめてある
・Piketty and Saez (2003)はこの問題を認識してはいるが、その効果は短期の問題であって彼等が焦点をあてているのは長期の傾向だという
・しかし短期の傾向に関心がある研究者にとっても、所得の時間シフトは報酬の繰延計画の時間枠に関連して問題となるかもしれない
・さらに、所得の時間シフトは短期にしか効果がないかもしれない一方で、労働賃金以外の方法で受け取った所得(非課税の給付、または前年には企業利益と申告されていた所得が労働賃金として申告)は個人所得税という形態で申告されることはなく、長期のトレンドに影響を与えるかもしれない
・他の問題点はそれぞれのデータの所得の定義の違いと所得の分布がどのように形成されるかにある
・CPSとIRSでは所得の定義に違いがある(前者は政府の移転と非課税の所得を含み、後者は含まない)
・単位の違い(納税者 vs 世帯とその中の個人)
・所得格差の定義の違い(上位所得層に限定するか vs ジニ係数のようなより広範な方法か)
・CPSとIRSのデータの橋渡しをした研究は今まで存在しなかったのでここではそれを試みる
・1967年からの所得格差のトレンドをPiketty and Saez(2003)の方法と所得分布の定義を用いてCPSの内部データに適用して調べてみた
・そうすることによって彼等の結果をほぼ再現できた
・結果は上位1%層を除いて、上位10%層で同一だった
・トレンドもわずかな違いしかなかった
・その上位1%層に関してもトレンドは大まかに捉えることができた
・1990年代の間の6年間に関してだけはデータの違いで説明できない乖離が生じた

Data

・我々は統計局の研究者が用いているCPSの内部データを用いて分析している
・これらのデータは一般に公開されるCPSのデータよりも上位所得層の所得をよく補足している
・回答者の匿名性を保持する為、統計局は個々の収入源を検閲している
・内部CPSを用いる利点はトップコーディングの適用率が極めて低いことだ
・例えば、内部データでは0.5%の所得源がトップコードされていたが、公表CPSデータでは4.6%だった
・このわずかな検閲でもバイアスを生むかもしれない
・この問題を修正するために多重代入法を用いる

(省略)

Methods: Three Definitions of the Income Distribution

・CPSに基づく研究とIRSに基づく研究では3つの違いがある
・第一に所得格差の計測方法だ
・その他の違いは所得分布の定義の違いだ
・CPSに基づく研究は所得をキャピタルゲインを除いた課税前移転後の所得と定義している
・この所得は世帯レベルで集計され等価尺度で割り引かれる
・世帯人数を調整した所得を個人に割り当てることにより個人間の所得分布を調査している
・IRSに基づく研究は納税申告された所得はすべて所得として定義している
・これは、給料、賃金、中小企業、事業所所得、組合、信託所得、配当、利子、賃料、ロイヤリティ等を含む
・最も大きな違いは納税データは移転所得を含まないことだ(課税所得に含まれず、納税申告もされない)
・それゆえにIRSのデータは個人の市場所得に近い(研究者にはなじみの深い課税前移転前所得)
・Piketty and Saez (2003)は世帯レベルではなく課税単位のレベルで所得を集計しており、課税単位のサイズの違いを調整しておらず、個人間というよりも課税単位間の分布を調査している
・この中で重要なのは、米国のすべての個人が納税しているわけではなく特に納税していない人たちは一般的に低所得層であることだ
・それゆえ上位10%の納税者の所得シェアの推計は非納税者が含まれる場合に比べて納税者の数を過少評価することになる
・全体の所得格差を計測するために、この潜在的納税申告者が含まれなければならない
・この問題を修正するため、Piketty and Saez (2003)は潜在的課税単位の数を推計している
・彼等は既婚の夫婦や、離婚、死別した個人、20歳以上のシングルを潜在的課税単位と定義している
・所得の定義や単位の分析は重要だ
・例えば、移転所得を所得に含めることは格差を縮小すると予想する
・さらに、費用を分担して生活費を下げる必要のある低所得者は大世帯で暮らす傾向がある
・それゆえ、世帯レベルで所得を集計することと、等価尺度で規模の経済を調整することは推計値を縮小させると予想する
・伝統的なCPSのデータは”CPS-Post-HH"とここでは仮に命名する
・IRSのデータは”CPS-Pre-TU”と命名する
・課税単位の識別子はCPSのデータに含まれていないので、ここではPiketty and Saezの手続きに従う
・CPS-Post-HHとCPS-Pre-TUの比較は上位所得層の所得シェアの違いがどのぐらい所得の定義の違いによるのか知るのに役立つ
・CPS-Pre-TUとPiketty-Saez(2003, 2008)の比較はその違いがどの程度データそのものの違いによるのか知るのに役立つ
・3つの系列の違いを強調するため、上位10%を3つのグループに分類した
・p90-p95グループ、p95-p99グループ、1%グループだ

Top Income Shares: IRS- and CPS-based Series Compared

・図1から図3に結果を掲載する(図1はp90-p95、図2はp95-p99、図3は1%グループ)
・3つの系列の中でCPS-Post-HHは最も低い
・ここで定義の違いを調整したらCPSとIRSからの推計値の違いは大幅に小さくなる
・p90-p95とp95-p99のグループの推計値はCPS Pre-TU seriesとPiketty-Saezのものでほとんど似通っている
・所得シェアの比較に加えて所得源の違いも調べてみる
・CPS Pre-TUではp90-p95グループの所得の85.1から89.3%は労働賃金から来ている
・IRSでは86.9から91.6%となっている
・p95-p99については、CPSでは74.8から85.7%の所得が労働賃金で、IRSでは73.3から84.4%となっている
・上位1%はどうか?
・これまでのグループと違い、定義の違いを調整した後でもまだギャップが残っている
・ギャップが他のグループに比べ大きくてもCPS Pre-TUとIRSの絶対値の差は相対的に見て小さいことは強調しておく必要がある(特に過去においては)
・1986年以前ではこの差は1、2%だった(後年に拡大するが)
・研究者にとってより関心があるのは水準よりもトレンドのほうだ
・CPS Pre-TUとPiketty-Saezもp90-p95とp95-p99グループに関しては1980年代より1990年代になってからペースが縮小している
・簡潔にいって上位1%の所得シェアに何が起こったのか?
・1986年以前では3つの系列とも驚くほど同一のトレンドを示していた
・表1に7つの期間に分割した上位1%の所得シェアの平均年間成長率を示す
・1970年代は低成長が続いていた
・系列に違いが現われだしたのは1986年の後だけだ
・初めの違いは1986-1988年に現れた
・Piketty-Saezでは22.1%もの上昇を示した一方で、CPS-Pre-TUでは穏やかな2.0%の上昇だった
・1988-1992年の間、Piketty-Saezでは0.6%の成長だったのに対してCPS-Post-HHではほぼ0だった
・CPS-Pre-TUでは0.2%だった
・1986-1988の例外を除いて、1967-1992間のトレンドは定義が統一されればほとんど同一だった
・1992-1993の間にトレンドはまた乖離した
・CPSは40%上昇したがIRSは4.9%下がった
・だがIRSのデータが下がったのはこの期間だけだ
・1993-2000の間、IRSは4.1%のペースで上昇した(1980年代の2倍)
・CPS-Pre-TUは1980年代より低い1.5%のペースだった
・2000-2006の間は再びトレンドは収束した
・過去40年の大部分に関して、トレンドは同一だった
・例外は1986-1988、1992-1993、1993-2000の間だけだった

Explaining the differences in trends in the share of the top 1 percent

・この3つの期間に何が起こったのか?
・最初の2つに関してはよく知られたIRSのデータの制約とCPSのデータの制約に関するものだと考えている
・1986-1988に関して、所得の実質的な変化ではなく税制の変化の反映を示していると思う
・1986年の税制の改定は申告所得をSubchapter-C corporationsからSubchapter-S income and wage incomeへと切り替える多大な動機を与えた
・税制の変更は所得の申告のされ方に影響を与え、観測された所得シェアの上昇をもたらした
・Slemrod(1996) and Reynolds (2006)がこの件に関して詳細に報告している
・Feenberg and Poterba (1993)は税制データを用いることの問題点をより一般的に議論している
・Piketty and Saez (2003)はこの可能性を認識していたが、所得シェアの長期のトレンドに関心があるとして詳細に踏み込まなかった(というか無視した)
・1992-1993の変化はCPSのデザインの根本的変化を反映している
・三年間で、統計局は紙ベースのデータ収集からコンピューターによる収集を含む多くの変更を行った
・この変更により特に上位所得層の所得を記録する能力が高まった
・CPSに関して、この変更でこの間の上位1%の40%の所得シェアの上昇を説明できると思う
・IRSではこの期間の上昇ははるかに穏やかだった
・1993–2000はどうか?
・この間に税制の変更があった
・ストックオプションが課税所得として申告が求められるようになった
・この考えによると、上位1%の所得シェアは観察されていたよりも以前から高かったことになる(Piketty-Saez and CPS-Pre-TU seriesで大きな乖離があったことを暗示する)
・さらに、この二つの系列に基づくトレンドは元から同様で、90年代の納税データの急激な上昇は税制の変更の反映ということになる
・その他の説明として、税金を繰り延べできる貯蓄勘定(401k plans, Keogh plans and IRA tax shelters)の使用の急激な増加がある
・分母の所得を小さく見せるので、上位1%の所得シェアの上昇の部分的説明になるかもしれない
・この説は我々が示したp90–p95 and p95–p99の所得シェアの動きとも整合的だ

Income inequality trends using Gini coefficients

・表4にCPS Post-HHに基づくジニ指数とCPS Pre-TUに基づくジニ指数を示す
・所得の定義と所得単位が無関係なら、両者の系列でジニ指数は同様の水準とトレンドを示すはずだ
・実際には、移転前-課税単位のデータを用いるとジニ指数はかなり高くなる
・移転後-世帯所得を用いた場合、ジニ指数の推計は1968の0.35から2006の0.46となる
・移転前-課税所得に切り替えると、1968の0.47から2006の0.59と30~40%高くなる
・結果が変わるのには二つの理由がある
・第一に、課税単位では両親と暮らす成人した子供や家族から支援を受けているが所得を持たない個人を独立していると数える
・その結果、所得を持たない人口の割合が課税単位を用いた場合、世帯を考慮する場合に比べてはるかに高くなる
・計測される所得格差も大きくなる
・第二に、移転所得は低所得層が大部分受け取る
・移転所得を無視すると低所得層の所得を小さく見積もることになる
・これらは上位1%の所得シェアの計測に影響を与える
・世帯所得と課税単位所得の所得格差の違いはジニ指数を用いた方が大きい
・ジニ指数は所得分布全体の所得格差の情報を反映するからだ
・移転所得はジニ指数のような指標に大きな影響がある

Comparing income inequality trends using Gini coefficients and top income shares

・最後に、指数の選択が所得格差の計測に影響を与えるのかどうか調べる
・表2に3つの指数を用いた所得格差の平均年間上昇率を1967年から現在までを7つの期間に区切ったものと、全40年間のものとにわけて掲載する
・2つの所得系列を見ると、40年間で区切ったものは、上位1%の所得シェアはジニ指数よりも速い上昇を見せる
・だが、この上昇は1992年と1993年の集計方法の変更が大きな要因となっている
・7つの期間に分割すると、結果はばらばらになる
・CPS Post-HHを用いた場合、上位1%の所得シェアの上昇率は平均1.6%で、ジニ指数は0.2%となる
・CPS Pre-TUを用い場合はそれぞれ、平均1.5%と0%となる
・この結果はなぜIRSを用いた研究は90年代にも所得格差の上昇を報告し、CPSを用いた研究はそうでなかったのかの説明になる
・所得分布全体の所得格差に関心がある研究者にとって、90年代の所得格差の上昇は80年代に比べて劇的に減少した
・上位所得層の所得シェアに関心がある研究者にとって、上昇が減少したとは言えなかった

Summary and Conclusions

(省略)




一番下の線が単位が世帯で所得の移転を考慮した(ジニ係数などによく用いられる)場合の所得シェア。1992-1993の上昇はデータ収集の方法の変更を反映していると思われる。ここで最も重要なのはPiketty and Saezでは見られる1986から1988の上位1%の所得シェアの大幅な上昇がCPSの内部データではまったくといっていいほど見られないということだ。これはPiketty and Saezにとっては完全に致命的だ。


同様に1992-1993の上昇はデータ収集の変更の反映と思われる。



2012年11月22日木曜日

医療費が個人破産の半数を占めるはエリザベス・ウォーレンの作り話?(後編)

筆者はカナダのシンクタンク所属、カナダ在住。

The Medical Bankruptcy Myth

by Brett J. Skinner

医療に関する議論は個人破産の2/3が医療費支払いか病気による所得の喪失が原因となっているという論争となった研究に影響を受けている。2005版のこの研究?によると個人破産の半分以上が医療費が原因になったという。これらの研究の筆者たち、David Himmelstein, Deborah Thorne, Elizabeth Warren, and Steffie Woolhandlerは医療破産の問題はカナダのような公的保険によって解決できるという。

この研究は政治家からの人気を集めたようだ。オバマ大統領は医療費支払いと個人破産との疑わしいつながりを例に挙げて自らの政策を正当化した。「医療費が30秒につき1件の割合で破産を引き起こしている」と彼は3月に宣言した。「今年の年末までに150万人が家を失うだろう」と彼は述べた。

7月28日の「医療費が個人破産を引き起こしているのか?」と題打たれた司法委員会の聴聞会で医療破産の研究が取り沙汰された。より最近ではUSA Today誌のコラムでNancy PelosiとSteny Hoyerが医療破産を例に挙げて政策を正当化した。

だが医療破産の研究は幾人かの研究者によって否定されている。これにはDavid Dranove and Michael MillensonとAparna Mathurらを含む。医療費の支払いにより多くのアメリカ人が破産に追い込まれているというのは作り話だ。

Dranove and Millensonは2005年版の医療破産の研究を批判的に分析した。彼等はHimmelsteinらの主張に仮に大幅に譲歩したとしても医療費支払いは17%に影響しているに過ぎないと結論した。彼等は司法省のものも含めた他の研究も調べ、破産申請者のうち医療費が破産の一因となったと答えた人でも医療費に関連する債務は全体の債務残高の12-13%を占めるに過ぎないことも発見した。

公的保険が破産を減少させるという考えに対してはアメリカとカナダの破産率を比較することが役に立つ。カナダは公的保険を持つ。Himmelsteinとその共著者のロジックに従えばカナダの破産率はアメリカよりも低いことが予想される。

比較可能な年度に限られるが個人破産率は実際はカナダの方が高い。国民全体に破産申請者が占める割合はアメリカで2006に0.20%、2007に0.27%だった。カナダでは2006、2007ともに0.30%だった。データは政府の公式統計からのもので両国共に同様の定義を用いており時期は2005のアメリカの破産法改正後、2008のリセッション前のものだ。

2005の改正はアメリカの破産法をカナダのものに非常に似通ったものにしたという点で注目に値する。2005の前まではアメリカで破産申請が極めて容易で国際間の比較はほとんど無意味となっていた。さらに2008には住宅ローンのデフォルトが起こった。住宅ローンのデフォルトは個人破産率と相関していると思われる。よってアメリカとカナダの2008の比較は医療に関連しない要因によって影響されているのであまり意味のないものとなる。

公的保険以外で破産率に影響する医療的、社会的、法的な違いを考慮する必要がある。両国共に失業保険がある。失業は両国ともほぼ同程度の頻度で起こっている。2007の失業率はカナダで5.3%、アメリカで4.6%だった。

カナダの人口の1/3しか処方箋薬に対しては公的保険に加入していない。従業員は薬の保険を給付として受け取るが残りの国民(低所得層、高齢者を除く)は現金で支払う。

長期の失業、障害、低所得層への医療のアクセスも両国で同一だ。非営利団体や、地域の医療センター、メディケイド等が提供している。

破産申請者の債務の大部分は医療支出と関連のない部分で成り立っているので医療保険とはほとんど関係がない。

医療費支払いが個人破産に直結する稀な出来事として、どちらにしても公的保険の支払い対象とならないような治療への患者からの要望(高額であったり、最新鋭であったり、または終末期医療)がある。カナダではこれらの治療に対して公的保険が適用されない割合が時と共に高まっている。

実際(彼らと同様の定義を用いた)カナダ政府により実施された調査によると公的保険にも関わらず、医療関連の支払いがカナダの高齢者の破産の主要な要因として挙げられていた。

公的保険がアメリカで個人破産を減少させる根拠はない。アメリカとカナダの比較は破産統計が政治的目的のために利用されたことを強く示唆している。

医療費が個人破産の半数を占めるはエリザベス・ウォーレンの作り話?(前編)

Medical Bankruptcy:Myth Versus Fact

by David Dranove Michael L. Millenson

David Himmelsteinとその共著者はこのケース(医療破産が半数を超える)が増加していると主張している。「医療費が個人破産の原因の半分を占めている」と彼等は書いている。「普通の世帯が困窮に追いやられている」と彼等は主張している。そして公的医療保険の導入を主張する。

メディアや政治家は彼等の発見に関心を持ち彼等の研究をケネディ大統領の言葉を引用しながら説得的だとして賞賛した。不幸なことに彼等の研究を詳細に調べればこの結論が非現実的だという3つの理由が浮かび上がってくる。

第一に医療費が個人破産の原因の半分を占めるという彼等の主張の因果関係を立証できていない。彼等のデータを用いて我々が分析したところ因果関係らしいと思われるものは個人破産の17%だった。のみならず彼等のデータは普通の世帯の生活が脅かされているという彼等の主張も支持していない。個人破産と医療費の関係を調べた40年間のこの分野の研究の蓄積が我々の見方を支持している。これらの研究では半分よりはるかに小さい数字を報告している。Himmelsteinとその共著者が普通のアメリカの世帯だと報告した世帯の平均世帯所得は250万円だが、その水準はむしろ低所得層に近いものだ。

第二に以下の政策的議題に対する回答を彼らは示していない。公的保険は個人破産にどのように影響を及ぼすのか?最大に大きく見積もって、彼等は医療費の支払いが個人破産の17%の要因になっていることを示したがこのことは医療費が最も重大な因果関係であることを意味しない。彼等は因果関係の強さを示していないばかりか、他の要因(失業、教育費、住宅費等)を制御していない。実際Himmelsteinとその共著者が引用した研究では(彼等は述べていないが)健康問題等の事態が起こったとき家計が破産に追い込まれるという主張に対してほとんど支持をしていない。

第三に彼等の主張である公的保険が個人破産を大きく減少させるはミスリーディングだ。彼等はその影響度は保険の範囲に依存していることを認める。我々の分析では彼等の意味するこの文脈での(包括性)ははるかに広範な定義を必要とすることを示す。

Himmelsteinとその共著者は2001に個人破産に分類された1771人の個人を調査した。彼等は同時に債務を持つ332の世帯に質問をしているがこれらの質問は医療破産の件数を計算するのに用いられていない。よって我々は前者に焦点をあてる。

彼等は(3つの節からなる)Exhibit 2に結果を纏めてある。第一の節では以下の特定の理由のうちから1つを回答した世帯の割合を報告している(病気または怪我、家族の誕生または死亡、アルコール、薬物、ギャンブルの問題)。彼等が示したという医療費と破産の間の因果関係を推量できる箇所は調査の中でわずかこれだけしかない。理由として最も頻繫に回答されたものは病気と怪我で回答者の28.3%だった。

第二の節では医療に関連する様々な質問に対して回答した人数を報告している(病気による少なくとも2週間の所得の喪失、前2年の間に医療費の支払いが10万円を超えた等)。筆者等はこれを医療に関連する破産としている。回答者が病気や怪我を破産の原因と主張していないにも関わらずだ。彼らはこのようにして回答者の54.5%が医療破産したと報告している。

彼等の論文が発表されてすぐにNational Review Onlineに批判が表われた。多くの批判は医療破産の定義に集中していた。特に2年間で医療費が10万円以上という定義に対して批判が向けられた。批判者はそれらの人々は支払い能力があったはずだと述べる。Himmelsteinとその共著者は それに対して2つの理由を挙げる。第一にこのグループの平均医療費支払いは110万円を超えていて負担になりうると主張している。だが平均はほんのわずかな外れ値に影響を受けている可能性が高い。Leslie Conwell and Joel Cohenは2002に20%のアメリカ人は医療に32万円消費したと報告している。そして5%が115万円以上消費した。それでも後者の集団が全体の消費の半分を占める。回答者の消費の中央値と分布を知ることは有意義な情報となるだろう。

第二にHimmelsteinとその共著者は回答者の何人かは支払い能力があったことを認める。しかし彼等は医療に関連する債務がなければその他の支払いにお金を費やすことができただろうと主張する。さらに医療に関連する債務の残高は過小評価かもしれないと述べる。クレジットカードで支払われたかもしれないからだ。第一の議論はすべての支出にあてはまりほとんど無意味だ。どのような支出でも破産の原因になりうるからだ。第二の議論はすべての債務は代替可能なので破産の原因を一つの債務形態に限定して特定することは不適当だという事実を単に強めたにすぎない。

低所得世帯の金銭的状況を統計局のデータから示す。年間所得が220~400万円の家計は平均で200万円を住宅に、90万円を食費に、80万円を交通に、25万円を衣服に、45万円を医療に消費する。

この所得水準はHimmelsteinとその共著者の言う平均所得と比較的近い。そして筆者等のいう「普通の世帯」よりも低所得層と普通の世帯の狭間という特徴に近い。年間所得250万円の世帯は中央所得よりも4人世帯の貧困線の水準により近い。

220~400万円の所得範囲にある多くの世帯にとって、(仮に破産したとしたら)破産の前の2年間に医療に費やした数千ドルは債務の一角を占めるに過ぎない。彼等は他に支払わなければならない多くの債務を抱えている。さらにいくらかの医療の支払いに対して前もって準備しておくことは合理的だろう。医療費の支払いはそのタイミングは予想できないだろうがそれが起こるかどうかはある程度予想可能だからだ。

さらに過去との比較は注意を要するとはいえ、1960年代の中頃から続けられている研究は一貫して医療の支払いは債務のマイナーな部分を占めるに過ぎないと結論している。

司法省はCharles Grassley議員からの要望に答えて5203件の個人破産の事例を調査している。調査は2000から2002の間でHimmelsteinとその共著者らと同時期だ。司法省は申請者の90%の医療費の債務残高は50万円以下だったと報告している。医療に関連する債務があると答えた申請者でそれらの債務残高は全体の債務残高のわずか13%を占めるに過ぎなかった。司法省はHimmelsteinとその共著者らの主張に対して「個人破産の50%が医療費に関連しているという主張は公式の文書からは立証されていない」と述べている。

Himmelsteinとその共著者らの方法論に関するより深い問題をはっきりさせなくてはならない。医療費が個人破産と関連していると示すだけでは不十分だ。医療費が破産を起こしているかどうか、そしてそうだとしたらその程度を判別しなければならない。つまり相関から因果へと進まなければならない。そうすることによりHimmelsteinとその共著者らのデータを再分析することができる。

彼等の研究で因果関係を述べた部分はExhibit 2の初めの部分だけに過ぎない。病気と怪我が破産の要因と答えた人でその支払いが破産にどの程度影響したのかを識別しなければならない。

Himmelsteinとその共著者によると回答者の28.3%が病気と怪我が破産の要因であると述べたという。彼等は医療費の支払いがこのグループの60%で要因になったという。2つの数字を掛けることにより(あくまでも彼らの言うことを真に受けるという前提のもとであれば)サンプルの17%が医療費に関連する破産だったというように結論することができる。その17%に対してさえ医療費が破産の最大の要因だったかどうかを判断することはできない。

多くの要因を考慮に入れた過去の研究はHimmelsteinとその共著者とは違った結論を導き出している。以下にその結果をまとめる。

CBOは1994から1998までに75%増加した個人破産申告者を夥しい量の文献を調べて分析した。調査期間中は従業員1人あたりの医療費の増加率は5%以下で、退職者まで含めた増加率は1994に初めて減少した。それにも関わらず破産率が急激に増加したのは医療費以外の要因が影響したことを示唆している。

CBOは破産に影響した多くの要因を挙げている。医療費支払い、離婚、失業による所得の喪失、債務管理の甘さなど。破産を容易にする法律の変更も要因に含まれるかもしれない。CBOは破産に至る要因でどの要素が相対的に重要だったのかを判断するにはまだ多くのことがわかっていないと報告している。

Fay, Hurst, and Whiteの研究はHimmelsteinとその共著者が唯一引用した経済学、ファイナンスの分野の論文だ。しかしそれもほんの一部分だけからに過ぎない。彼等の研究を全体に渡って読むとHimmelsteinとその共著者の結論とは対立する点がいくつも見つかる。個人破産の情報を含む1996からのパネルデータを用いてFayとその共著者は影響した要因を判別するためにプロフィット分析を行った。前年に家長か配偶者が健康問題を抱えていたかどうかもその要因の中に含まれる。債務水準を制御することにより彼等は破産と健康の間には何のつながりもないことを発見した。これは医療費に関連する債務は他の債務同様に一因ではあり得るものの最も重大な要因ではないという考えと整合的だ。彼等は破産は債務の累積に対する反応であって何か特定の一因によるものではないと結論した。

Domowitz and Sartainは1980に破産申請をした827世帯を調べ破産申請をしなかった1832世帯と照合させた。彼等はロジット分析を行って破産に至った特定の要因を識別しようとした。彼等は最初に高額な医療費に関する債務(所得の2%を超過)が破産の確率を引き上げる最大の要因だと述べた。彼等はこの結果に対して2つの考察を加えた。第一に国民のほんのわずかしか高額な医療費に関する債務を抱えていない。第二に雇用の喪失と相関しているかもしれない。この要因が破産に影響しているならば医療費に関する債務の係数には上向きにバイアスが掛かっているかもしれない。債務の元となる多くの要因を考慮に入れた後で彼等は破産の唯一最大の要因はクレジットカードの債務残高だということを発見する。

Himmelsteinとその共著者は以下の論点を暗示的に持ちかける。医療費支払いがどの程度個人破産を引き起こし、公的保険でそれがどの程度減少するのか?彼等の論文が事実を取り違えて非現実的な結論を導き出しているのはこの政策議題に関する部分だ。

彼等はカナダの医療破産率が低いことを要因としてあげる。彼等が挙げた数字の根拠となるものはカナダの個人破産の7.1-14.3%が健康に関連しているというTexas Law Reviewの記事だけだ。多くの研究が否定しているにも関わらず彼等は医療費と破産の間に強い結びつきがあると仮定している。実際両国の急激な破産率の上昇を分析したこの研究ではこの上昇を信用へのアクセスが容易になったことと結論している。

この要因はHimmelsteinの共著者の1人であるElizabeth Warrenが2001のインタビューではっきりと述べている。「今日では消費者が多くの債務を抱えるようになったのでわずかな医療費の支払いでさえ金銭的問題に追いやってしまう」と。このような要因がある中でHimmelsteinとその共著者の1人であるSteffie Woolhandlerが共同出資しているPhysicians for a National Health Planからのプレスリリースは正当化することが難しい。そこにはHimmelsteinとその共著者が公的保険だけがこの問題を解決できることを示したと書かれてある。

Himmelsteinとその共著者は公的保険が自己破産を減少させる程度は保険の範囲に依存していることを認める。彼等はこれ以上詳細に踏み込まないが、2004の肺がんと診断された女性の費用に関する調査が、彼等の言う範囲がどの程度なのかを示している。調査では月額の直接費用の平均値は$597(計算の便宜上1ドル=100円にしてきたが実際のレートは80円なのでここではドル表示にする)で総費用$1,455(労働から離れることによる費用を含む)の41%だった。これは雑多の費用(スピーチセラピー等)や備品(洗浄剤等)に掛かった$134を含む。治療に関連しない直接費用は$131(子供の世話等)で間接費用は$727(患者とその家族の労働から離れた時間等)だった。つまり雑費と治療に関連しない費用が月額支払いの2/3を占める。これらの費用を制限するためには現在のどの公的保険が持つよりもはるかに広い範囲の包括性を必要とするだろう。

2012年11月10日土曜日

公共事業をやると経済が悪化する?

Government Spending and Private Activity

by Valerie A. Ramey

1 Introduction

短期の経済活性化の目的のために政策当局者が政府支出を用いるかどうかを決定する際には次の2つのことが考慮されなければならない。(1)政府支出の増加は民間支出を押し上げる方向に作用するか?(2)政府支出の増加は雇用を増やし失業を減少させるか?第一の点に関して、仮に政府支出の増加が民間部門の支出を押し上げないなら民間の厚生が向上している保証はない。第二の点に関して、政策当局者は雇用の創出も重要だと述べるだろう。理論的にはオークンの法則を用いてGDP乗数を失業の乗数に変換することができる。だがこの法則のパラメータの時間に対する変動の大きさにより産出乗数から雇用または失業の乗数への変換は難しい。よって政府支出が産出に与える影響とともに雇用に与える影響に注意を向けることは意味がある。

ここでは政府支出が民間の消費と失業と雇用に与える影響を調べる。民間支出を(GDP-政府支出)と定義する。structural vector autoregressions(SVARs)を用いてもexpectational vector autoregressions (EVARS)を用いても、サンプルに第二次世界大戦時のデータを加えても朝鮮戦争時のデータを加えても、または除いても、政府支出の増加は民間支出の有意な増加にはつながらないことを示す。実際、大半のケースで有意に下落している。この結果は政府支出乗数が1を大きく下回っていることを示唆する。

ここでの推計は政府支出の増大が税でファイナンスされたケースを多く扱っている。よって債務でファイナンスされた場合に直接当てはまるとは限らないかもしれない。そこで二通りの方法でこの問題に対処する。一つ目はVARを用いて反実仮想のデータを作成する方法で、二つ目はより構造的な操作変数を用いて推計する方法だ。驚くべきことに二つの方法とも限界税率の変化が支出乗数にほとんど影響を与えていないことを示している。

最後の部分で政府支出の失業と雇用に与える影響を調べる。第二次世界大戦時の事例を調べることから始め、次にその他の事例にVARを用いる。政府支出の増加は失業を低下させていたが、その雇用の増加のほとんどすべては政府雇用の増大で民間雇用の増大ではないという驚くべき結果が得られた。

2 Background

2.1 Output Multipliers

支出乗数の研究には大きく分けて2種類ある。第一の種類はGDPの成長率を当期と一期のラグをとった防衛支出(または防衛支出を操作変数に用いた政府支出)で回帰分析するものだ。これらの研究は乗数が1を下回る傾向がある。

第二の種類は月次のデータを用いて推計されたVARだ。これらにはRamey and
Shapiro (1998), Blanchard and Perotti (2002), Mountford and Uhlig (2009), Fisher
and Peters (2010), Auerbach and Gorodnichenko (2011), and Ramey (2011a)が含まれる。

これらの研究のいくつかは政府支出の反応の山をGDPの反応の山と比較することにより乗数を求めている。その他のものは2つのインパルスレスポンスのエリアを比較して求めている。以前の記事で述べたように乗数の推計値の幅はしばしば同一の研究内でも異種の研究間でも広い。あまり述べられていないが興味深い特徴としてこの推計の幅にはあるパターンがある。特にBlanchard-Perotti型のSVARはexpectational VARs (EVARS)よりも低い乗数が求められる傾向にある。この結果は興味深い。なぜならSVARは消費の上昇を示す傾向があるのに対して、EVARは政府支出の上昇に対して消費の下落を示す傾向があるからだ。全体としてほとんどの乗数の推計値は0.5から1.5の間にある。

2.2 Labor Market Effects of Government Spending

最近増えてきた研究には政府支出の労働市場に与える効果に関するものがある。それらの研究の大半は州間の支出の変動、または地域の支出の変動が雇用や所得に与える影響に焦点をあてている。

Ramey (2011b)でまとめたようにそれらの研究は平均で見て一単位の雇用を生み出すのに350万円(1ドル=100円)の政府支出を必要とする。だがその雇用の増加の効果はすぐに消えてなくなることも報告されている。

最近発表された研究は、経済全体でみた政府支出ショックの労働市場変数に与える影響が分析されている。

その推計によると政府支出の増加は失業率と離職率を下げ、欠員率と就職率を上昇させる。だがそれらの推計は不完全でその推計値のほとんどは標準的な有意水準のもとでゼロと差がなかった。

その一方で、Bruckner and Pappa (2010)は政府支出の増加の失業に与える影響をOECD加盟国の月次データを用いて調査した。彼等が標準的なSVARを用いても、符号制約を用いても、Ramey-Shapiroの防衛支出のデータを用いても、政府支出の増加は失業率を上昇させることを発見した。ほとんどのケースで失業率の上昇は5%水準で有意だった。

2.3 The Distinction between Government Purchases and Government Value Added

なぜ産出の乗数と雇用の乗数の間に一対一の対応がないのかを理解するためには民間財に対する政府支出と政府の産出との違いを考慮することが役立つ。

National Income and Product Accounts(以下NIPA)では政府購入Gは民間部門からの財の政府購入と政府の付加価値(政府の雇用者への報酬(軍隊への支払い等のような)と政府資本の消費)とを共に含む。

Finn (1998)は動学的な新古典派モデルを用いてこの問題を調べた。彼女は政府雇用の増加としてのGの増加と民間部門からの財の購入としてのGの増加は民間部門の産出、雇用、投資に対してそれぞれ逆の効果があることを示した。

図1に産出を分割する2通りの方法を示す。上段はどの主体が財を購入したかにもとづいて財とサービスを分割する通常用いられる方法だ。ここでのGは通常のNIPAの分類である「財とサービスの政府購入」を示す。産出の残りは民間部門により購入され消費、投資、純輸出に割り当てられるかのいずれかだ。中段は誰が財とサービスを生産したかにもとづいて経済を分割してある。政府による生産は政府が直接労働者を雇用し資本財を購入した場合に発生する。付加価値はこの部門による生産として加算される。例として教育、治安、防衛、そしてその他の政府の活動が挙げられる。

残りすべての生産は民間部門で行われる。3段目はこの2通りの分割を重ね合わせてある。この段が示すように政府購入Gは政府の付加価値(Y Gov)(政府自身が産出し自身に購入する)と民間部門からの財とサービスの政府購入(GPriv)から成り立つ。軍備増強期間中では政府はより多くの軍人を雇うので政府の生産が増加しさらに民間から財(戦車など)を購入する。従ってGの両部分が増加する。

異なる種類の政府の支出でなぜ効果が異なるのかを理解するために以下の新古典派モデルを考える。まず初めに民間の付加価値に対する生産関数を仮定する。

(1) YPriv = F(NPriv , KPriv)

YPrivは民間の付加価値、NPrivは民間の雇用、KPrivは民間の資本ストックだ。民間部門が利用可能な労働者の人数は以下の労働資源制約により決定される。

(2) NPriv = T - NGov - L

Tは賦存された時間、NGovは政府雇用、Lは余暇だ。1つ目の方法として政府は労働資源制約に従って民間部門から資源を引き出す。2つ目の方法として政府は自身が民間財を購入することにより民間部門から資源を引き出す。この場合では資源制約は民間の産出そのものだ(注 政府は民間が生産する以上のものを購入できない)。

(3) YPriv = C + I + NX +GPriv

GPrivは民間部門からの政府購入だ。NIPAの各分類からのGの総和は次のようになる。

(4) G = GPriv +YGov

YGovは政府の付加価値で政府の資本と政府の雇用を以下のように組み合わせることにより生み出される(注 例えば教師(政府雇用)と学校(政府の資本)が組み合わさって政府の付加価値が生み出されるみたいな)。

(5) YGov = H(NGov , KGov)

労働市場と生産関数に関する妥当な仮定の下で民間と政府の産出の相対価格は同一になり、よってGDPの合計は以下で与えられる。

(6) Y = YPriv +YGov

この種類のモデルの文脈では政府支出の増加は総雇用を増加させる(注 明らかに民間から雇用を奪うケースがあるというのに)。だがその増加の程度はGの増加自体が民間財の購入によって生じた増加がより大きいのか政府の産出と雇用によって生じた増加がより大きいのかに依存している。我々は政府による民間財の購入の場合では民間部門の雇用が増加する(可能性がある)が政府の産出と雇用の場合では民間部門の雇用は減少すると予想する。従って全体の雇用が増加したからといって必ずしも民間部門の雇用が増加したことを意味するのではない。だから民間と政府の雇用を区別することが重要だ。

3 The Effects on Private Spending

大部分の研究では政府支出乗数は産出の山と政府支出の山を比較することにより求められる。またはインパルスレスポンス関数を特定の区間に渡って積分することにより求められる。普通は標準誤差は示されない。だが産出と政府支出の部分に関して誤差範囲が大きいので乗数の誤差範囲も大きいと考えられる。非耐久財消費や固定資本投資などの民間支出の構成部分に関する研究は誤差範囲に関して混み合った結果を示す。これから示すように単純なVAR変数の置換によってより正確に以下の疑問に答えることができる。平均で見て、政府支出の増加は民間の支出を増加させるのか?この疑問に答えるため変数に一つの修正を施した(ただしその他は多くの研究で用いられているものと変わりがない)。ここではGDPではなく民間支出(Y - G)を用いる。

3.1 Econometric Framework

民間支出に政府支出ショックが与える影響を調べるために以下のVARを推計する。

(7) Xt = A(L)Xt-1 + Ut ,

Xtは1人あたり実質政府支出の対数値G、1人あたり民間支出の対数値(Y-G)、平均限界税率、3ヶ月物T-billsの利子率、さらには以下で手短に説明する識別のための鍵となる変数を含むベクトルだ。利子率と税率変数は金融政策と税政策の影響を制御するために用いている。A(L)はラグ演算子の中の多項式だ。ここではすべての変数の4期ラグと2次の時間トレンド項を含む。

いくつかの主要な識別方法を考慮する。それらは以下のようになる。

1.Ramey News EVAR:政府支出の変化が予想されているかもしれないという懸念から。Ramey and Shapiro (1998)は外生的なショックとして防衛支出の大幅な増加につながる軍事衝突をダミー変数として用いている。Ramey (2011a)ではこの考えを拡張しBusiness Week誌などの情報源を用いて軍事衝突によって引き起こされた政府支出の期待割引現在価値の変化の系列を構築している。この系列を前期(前四半期)のGDPで割ることにより"news" seriesを作成した。この系列は行列"X"に含まれる変数の一覧を補足し、ショックはこの系列に対するショックとしてnews seriesを先頭に配置したコレスキー分解を用いて識別される。Perotti (2011)はニュースを組み込んだVARを"Expectational VARs"または"EVARs."と名付けた。

2.Blanchard-Perotti SVAR:Blanchard and Perotti (2002)は政府支出へのショックを総政府支出を先頭に配置した標準的なコレスキー分解によって識別した。VARの中にニュース系列は含まれていない。

3.Perotti SVAR:Perotti (2011)はSVARと私(論文筆者)のEVARはニュース系列を防衛支出、または連邦支出で置き換えれば等価になると主張した。ショックは先頭に配置されたこの変数に対するショックとして識別される(総政府支出もVARの中に含まれている)。私の返答で議論したように(Ramey (2011c))、この方法によって作り出されたインパルスレスポンス関数とオリジナルのBP(Barro Redlick)の方法にはわずかな違いしかない。念のために防衛支出を用いて補足した方法からの結果も示しておく。結果はBlanchard-Perotti SVARとほぼ同一だったのでこの結果はappendixで示す。

4.Fisher-Peters EVAR:Fisher and Peters (2010)は株式のリターンをもとに予想された政府支出の増加を計測する代替的な方法を開発した。彼等は防衛企業の株式の累積超過リターン(その他の株式市場に対する)を防衛支出の予想された増加の指標として用いた。この系列は1958から2008まで利用可能だ。従ってこの特定化は初めのものと同一ではあるがRamey news 変数をFisher-Peters news 変数に置き換えてある点が違う。

3.2 VAR Results

図3に私のニュース変数を用いたEVARの結果を示す。初めのうちの2つの例では政府支出は大幅に増加し6期頃に山となる。ニュース変数に対する「実際の」政府支出の遅延反応は、政府支出の変化は実際にそれが変化する少なくとも数期前には予想されているという私の仮説と整合的だ。1939-2008のサンプルでは民間支出は最初にわずかに増加するがその後ゼロをわずかに下回るまで減少しGDPの0.5%ぐらいで谷となる。1947-2008のサンプルでは民間支出は最初にGDPの0.5%ぐらいまで増加した後、ほんの数期のうちにゼロまで減少する。この結果はRamey (2009b)で述べた予想の効果と整合的だ。その研究で示したようにシンプルな新古典派モデルでは将来の政府支出の増加に関するニュースは政府支出が数期は増加しなくても即時の産出の増加につながる。従って理論的には民間支出は最初に増加しその後減少することが予想される。加えてRamey (2011a)で述べたように朝鮮戦争の影響が第二次世界大戦後のサンプルの中で大きい。耐久消費支出のデータやその当時の報道で騒がれていたように、朝鮮戦争の開始は耐久財の買占めなどの混乱につながった。多くの人が第二次世界大戦時のような配給制が差し迫っていると恐れていたからだ。これは初期の効果が正になるもう一つの経路になりうる。朝鮮戦争後のサンプルでは私のニュース変数のF統計量が低いのでこの期間のサンプルの結果には疑問がつく。それでも念のため結果を示しておく。この期間の誤差範囲はずっと大きい。民間支出は大きく減少するが統計的に有意ではない。

図4にBlanchard-Perotti SVARの結果を示す。EVARとは違い、この場合では政府支出は3つのサンプルすべてで即時に増加する。初めの2つのサンプルで民間支出は政府支出の増加に対して大幅に減少する。この減少は乗数が1を大きく下回ることを意味する。朝鮮戦争後のサンプルでは民間支出はゼロをわずかに下回るがこれも統計的に有意ではない。Appendix Figure A1にPerotti (2011)によって提唱されたSVARの結果がほぼ同一であることを示す。

図5にFisher-Peters type SVARの結果を示す。ここでは政府支出ショックは防衛企業の株式の超過リターンへのショックとして識別されていることを思い出して欲しい。前回までとは違い(前回までは6期で山となり12期から14期の間に元に戻る)今回はより長期間に渡って政府支出が増加する。政府支出は20期たってもわずかしか減少しない。民間支出はゼロ近辺で振動する。だが統計的に有意になるのは負の値が相対的に長期間続いた時だけだった。

従ってSVARの結果とEVARの結果はほぼ同一の回答を示す。政府支出の増加は民間支出を刺激しない。実際、多くの場合でむしろ減少させている。

興味深い点はVARの結果は乗数が時間によって変化している可能性を示していることだ。乗数は政府支出が山をつけた時に減少している。これはGordon and Krenn’s (2010)の政府支出の増加がより穏やかだった時の方が乗数が高かったという結果と整合的だ。

3.3 The Effects of Taxes and Implications for Multipliers

上記の結果はGDPに関する乗数が1以下であることを暗示している。すべての場合で政府支出が民間支出をクラウドアウトしている。だが、政府支出の増加は部分的に税によってファイナンスされている。表6にBarro and Redlick (2011)の平均限界税率のインパルスレスポンスを示す。6つのうち5つの場合で税率は顕著に増加している。税率はRamey News EVARでより増加している。

Romer and Romer (2010)はナラティブアプローチを用いて外生的な税のショックを計測する手法を構築した。彼等はGDP1%に相当する誘導型の税ショックの効果が3年目の終わりまでにGDPの2.5%から3%の減少につながることを示した。彼等の推計は政府支出が潜在的に国債でファイナンスされた場合の方が税でファイナンスされた場合よりも乗数が大きい可能性があることを示唆している。

税の増加が乗数をどれだけ減少させるのかを調べるために2種類の実験を行った。1番目は架空の分析を行うために推計されたVARを用いる。2番目は操作変数を用いる。1番目では、実際に推計されたインパルスレスポンスを、税率が変化しなかったという仮定のもとで得られたものと比較する。つまり税率式の中のすべての係数をゼロとする。それから残りの式から実際に推計された係数と税率式からのゼロの係数を用いて動学的シュミレーションによるインパルスレスポンスを求める。

図7に政府支出と民間の産出を示す。Ramey News EVAR、Blanchard-Perotti SVARともに政府支出、民間の産出でほとんど変化がない。結果がほとんど変化しなかったことは税率の係数はゼロとほとんど変わらなかったことを意味する。

VARは基本的に誘導型の関係式なので結果に対する経済学的な解釈を加えることは難しい。なので2番目の実験では政府支出と税が民間の産出に与える影響を操作変数を用いて個別に推計する。以下の基本となる4半期モデル(年間データを用いたBarro and Redlick (2011)のと構造的に同種の)を特定化する。

(8) ΔStPriv/Yt-1= β0 + β1 ΔGt/Yt-1+ β2Δ4 taxt + β3Newst + εt ,

SPrivは実質民間支出(Y - G)、Yは実質GDP、Gは実質政府支出、taxは税率、NewsはRamey (2011a)から、そしてこの変数は軍事衝突によって引き起こされた政府購入の期待割引現在価値の変化に等しい。残りは誤差項だ。税率の4期変化が用いてあるのはBarro-Redlickの同様の変数が一年に一回しか変化しないからだ。ニュース変数の当期の値を操作変数として加えることが重要だ。私の以前の研究によれば民間主体は実際に支出が起こる前に将来の政府支出に関するニュースに反応を示す。以前の研究では負の資産効果の重要性とその他の潜在的な要因(投資の調整費用と将来の配給制の懸念による消費財の買占め)が投資の前倒しを促す可能性があることを指摘した。

政府支出も税率も経済の状態に影響を受けるのでこれらの財政変数と税率が誤差項と相関すると予想する。従って推計には操作変数法が必要になる。税率に関する自然な方法はRomer and Romer (2010)の外生的な税の変化を記したナラティブアプローチによって構築された変数の系列だ。この変数は年間納税額の変化が財政赤字の懸念によって制定された法律によるのか長期の経済成長を促すために制定された法律によるのかを区別して求められている。従って税制の変化が税率の変化を通してのみ経済に影響を与えているのかが識別のための鍵になる。Romer-Romerの結果は1945-2007までしか利用可能できないので推計には第二次世界大戦のサンプルを除かなければならない。政府支出に対してはニュース変数のラグ値を操作変数として用いる。識別のための仮定は当期のニュース変数の値は独立に民間支出に影響を与える一方で、ニュース変数のラグは当期の政府支出の変化を通してしか経済に影響を与えないというものだ。この仮定は他にも効果を与えるラグ変数がある時には疑問符がつくようになる。よって支出成長率のラグ、政府支出のラグ、税のラグを加えて頑健性を評価する。1947-2007の期間のサンプルを用いて、操作変数のラグを12期まで調べる。Cragg and Donald (1993)の統計量を最大化したのでそれぞれの操作変数に対して4期のラグを用いる。

表1に推計結果を示す。上段は税率がBarro-Redlickの平均限界税率として定義されたケースで下段は税率が当期の税収がGDPに占める割合として定義されたケースだ。1列目は式から税率の変化が除かれた場合の結果を示す。政府支出の変化が民間の産出に与える効果は-0.7で標準誤差は0.26だ。この推計はGDPに対する乗数がわずか0.3であることを意味する。逆に将来の政府支出に関するニュースは当期の民間支出を増加させる。将来の政府支出の期待割引現在価値の1ドルの増加が当期の民間支出を5セント増加させる。この効果は正確に推計されている。高いCragg and Donald (1993)の統計量はweak instrumentsであるという帰無仮説を棄却できることを意味している。

2列目は税率が含められた場合の基本モデルの結果を示している。どちらの税率の特定化に対しても政府支出の係数は、政府支出の1ドルの増加が民間支出を55セント減少させることを示している。ニュース変数は正で有意である一方、税変数は負で有意ではなかった。Cragg and Donald (1993)の統計量は7-8の間で、Stock and Yogo (2005)の操作変数の関連性(適切性)の棄却限界値である15%の水準でweak instrumentsであるという帰無仮説を棄却できることを意味している。よって税の影響を制御することにより政府支出が民間支出に対して与える負の影響は-0.7から-0.55へと0.15減少する。誤差の大きさから考えてこの変化(0.15)はおそらく統計的に有意ではないだろう。

さらに当期のニュース変数の値を説明変数から取り除き代わりにそれを政府支出に対する操作変数として含めた場合の効果についても調べてみた(結果は表に示していない)。Barro-Redlickの税率が用いられた場合、政府支出の係数は-0.64で標準誤差は0.29だった。よって政府支出の負の効果はニュース変数が除外された時にさらに大きくなる。税変数の係数はわずかに正ではあるがゼロと変わりなかった。

表1の3列目に民間支出の伸びのラグを制御した場合の効果を示してある。この変数は統計的に有意ではあるものの政府支出の係数をほんのわずかだけ減少させるにすぎなかった。最後の列に政府支出と税のラグを加えてある。この結果はいくつかの係数に対して不正確な推計となり低いCragg-Donaldの統計量となった。その他の説明は表から外してある。年一回の税率の変化を四半期に置き換えたもの、政府支出の変化を年一回から四半期に置き換えたもの、Barro-Redlickの税率をGDPのラグに占める税収の割合で置き換えたものなど。結果はほとんど変わらなかった。

Ramey (2011b)では債務でファイナンスされた場合の政府支出の増加に対する乗数はおそらく0.8-1.5だろうと述べた。この時に私が下限を0.8に置いたのはRomer and Romer (2010)の結果から、税がGDPに与える影響は大きい、という考えにもとづいていた。ここでの結果はそれと食い違う。VARの推計から反実仮想的に構築された結果は当期の税率は政府支出乗数に対して何の影響も与えていないことを意味している。税率の変化を制御した操作変数による推計は乗数をわずかに0.15から0.2に増加させただけだった。操作変数による推計はGDPに対する政府支出の乗数が0.5であることを意味する。この結果はBarro and Redlick (2011)の結果と非常に近い。

4 The Effects of Government Spending on Unemployment
and Employment

(思いのほか長くなってきたので省略)

一言で言えばすでに述べてある通り、公務員を増やしただけで民間の雇用は増えなかった。

2012年11月4日日曜日

日本の医療費はアメリカの医療費を超えた?

長いので4章まで飛ばして興味を持ったら最初から見るのを推奨する。

The OECD’s Study on Health Status Determinant: Roles of Lifestyle, Environment, Health-Care Resources and Spending Efficiency: An Analysis

by H.E. Frech III

I. Introduction

II. Measuring Health

c. Adjustment for Disease Prevalence

OECDのレポートの筆者達は死亡率は有病率で調整されるべきと述べている。

有病率の高さは医療資源の利用の増加と悪い結果に結びつく。

レポートの中で有病率を調整していないことは見かけの非効率性にバイアスをかける。Kenneth Thorpe, David Howard and Katya Galactionova (2007)らによる最近の研究では最も費用の掛かる病気に対する有病率がアメリカで欧州より高いことを示している。これらの要因のいくらかは肥満やたばこなどの生活習慣(例、肥満、心臓病、呼吸器疾患)であるが、さらに検査の高頻度の使用や病気の初期段階での治療が関係している。

III. Discussion of the OECD Choices of Measuring Health

A. PYLL Explained

Potential years of life lost(PYLL)はある特定の潜在的生存期間を基準とした計測手段だ。基準となる年齢以前の死亡は理想化された世界では起こらなかったであろう喪失年数となる。その名前が示唆するように生命が損失された年数で計測される。基本的には1人あたりや百万人あたりの潜在的喪失年数を計測することができる。

レポートでは基準は70歳に置かれている。70歳以上の生存は無視される。他にも65歳で定義される場合がある。レポートでは10万人あたりのPYLLが使用されている。PYLLは喪失年数を全体に渡って加算することにより計算することが出来る。

このことを単純な例でみるために2400人の人口がいる国を仮定する。1000人が20歳、800人が50歳、600人が80歳だ。年内に5人の人が亡くなった。1人が20歳の集団から、2人が50歳の集団から、3人が80歳の集団から亡くなったとする。この時、PYLLは

(70-20)(1/1,000)(1,000/1,800)(100,000)
+ (70-50)(2/800)(800/1,800)(100,000) = 5,000.

レポートが述べるようにPYLLはLE(Life Expectancy)と比べて死因を特定して調整できるというメリットがある。これにより医療システムと関係のない事件や事故などその他の要因を除外することが出来る。死因が報告されているのでPYLLを用いればこのような拡張が可能だ。さらに医療との係わりについて議論のある要因も除外することができる。加えて病気の種類毎にPYLLを計算して医療システムとその他の要因がPYLLに与える影響を分析することができる。

PYLLはLE同様に乳幼児死亡率による影響を受ける。この影響は病気の種類により異なる。心臓病などに関するPYLLは一般のPYLLに比べて乳幼児の死亡からの影響が小さい。これらの病気による乳幼児の死亡は稀だからだ。呼吸器系の疾患によるPYLLはLE at birthよりも強く影響を受けるかもしれない。これらの疾患が乳幼児に特に多いからだ。OECDのレポートはいくつかの死因をPYLLの計算から排除している。輸送車両による事故、転落死、自殺、事件などだ。だがこのリストで十分か否かははっきりとしていない。

事故や事件の被害者は時間を置いて関連する病気によって死亡するかもしれない。さらに事故や事件の被害者は医療資源をより多く使うかもしれない。これらの要因は考慮されていない。さらに外的要因であるものの病気を介して起こった死亡(肥満、循環器系の疾患、公害、呼吸器系の疾患)も除外されていない。よって調整したPYLLを用いても外的要因の影響を除外できていない。

B. Infant Mortality and External Factors

OECDのレポートは乳幼児死亡率はPYLLの場合LEよりも外的要因による影響を受けにくいと述べている。だが実際には逆だ。乳幼児死亡率は医療の結果として見做すには2つの大きな問題を抱えている。第一にデータの定義の問題と各国の慣行の違いに影響を受ける。例えばアメリカの医師は後に死亡する非常に小さな乳幼児の蘇生を他国より試みる慣行がある。この慣行は乳幼児死亡率を引き上げる。同様に他の国では出産の直前?(出産前)に死亡した乳幼児は死産として分類される慣行がある。特に日本とフランスで顕著だ。アメリカでは生存の可能性の極めて低い乳幼児も生産(せいざん)として記録されることが頻繫にある。フィラデルフィアでの記録を詳細に調べたGibson et. al. (2000)の研究では生存の可能性の低い乳幼児を生産として扱うこの慣行だけで乳幼児死亡率が40%過大評価されていると述べている。同様の慣行がある国の医療システムを非効率に見せてしまう。この違いは定量的にも重要だ。Korbin Liu and Maryln Moon (1992, p. 109)はこの要因を調整することにより調査対象国内でのアメリカの順位を15番目に押し上げ、日本の順位を3番目に押し下げると報告している。

さらに別の問題がある。追加の治療は生産(せいざん)ではあるものの生存確率が低い乳幼児が誕生する確率を引き上げるかもしれない。もしそうなら追加の治療は見掛けの乳幼児死亡率を引き上げてしまう。この追加の治療を行う国の見掛け上の医療費を引き上げ見掛け上の結果を悪くしてしまう。

第二により重要なことに乳幼児死亡率はその他の外的要因(特に母親の生活習慣(肥満、たばこ、飲酒、薬物の使用))に強く影響を受ける。乳幼児死亡率は出生時の体重に強く関係している(出生時の体重自体が生活習慣の影響だ)。遺伝の影響に関しては議論がある。しかし個人レベルでは明らかに生活習慣の影響が大きい。10代での妊娠は低体重の出産の確率を引き上げる。未婚の母親から生まれた乳幼児が死亡する確率は既婚の母親から生まれてくる乳幼児の2倍高い。10代での妊娠による出産の乳幼児の死亡率は1.5-3.5倍高い。アメリカの10代での妊娠は非常に多い(主にアフリカ系アメリカ人が原因で)。カナダの2.8倍、スウェーデン、日本の7倍だ。アメリカの乳幼児の出生時の体重の分布がカナダと同一ならば乳幼児死亡率はカナダより低くなる。乳幼児死亡率とは離れてもこの要因は医療費を直接引き上げる(低体重の乳幼児への医療は費用が掛かるので)。

乳幼児死亡率は平均寿命の計算において重要な要因を占めているので医療の生産性を分析するにあたって平均寿命は平均余命よりも問題のある指標であることを示唆する。Martin Neil Baily and Alan Garberはこう述べている。

平均寿命は新生児の死亡率に強く影響を受ける。ある程度は医療の影響を受けるだろうが新生児の死亡率は医療とは直接の関連性がない社会的要因に強く影響されている。平均寿命は医療の生産性を計測する指標としては適していないかもしれない(Baily and Garber 1997, pp. 188-189)。

C. Adjusting the Measure for Non-Health-Care Causes

OECDのレポートでは輸送事故のような医療とは関連のない要因による死亡が推計に混入している可能性について言及されている。その議論はより多くの他の要因についても拡大されなければならない。すでに述べたように不完全ながらもPYLLに対して調整を加える方法が考えられる。LEに対しては医療と関連のない死因を調整する方法が2通りある。どちらもモデルを必要とするので判断の必要性と議論を呼ぶ。これについては3章で議論する。最初に部分的ではあるが簡単な方法から議論する。

2. Birthweight-Specific Infant Mortality

すでに述べたように出生時の体重は生活習慣の影響を強く受ける。そして乳幼児死亡率に強く影響を与える。出生時の体重を揃えることにより外的要因の影響を除外することができる。この効果は非常に大きい。出産時の体重に関連した乳幼児の死亡率はカナダよりアメリカの方が低かった。これは2国の乳幼児死亡率の違いのすべてを出生時の体重で説明が可能なことを示している。より多くの国に対象を拡大したLiu and Moon (1992, p. 115)の研究ではアメリカとその他の国の乳幼児死亡率の違いのほとんどを出生時の体重の分布の違いで説明できることを示した。

3. Life Expectancy and Non-Health-Care Causes of Death

a. Adjusting the Life Expectancy Variable

LEは標準化されたLEに拡張することができる。標準化されたLEは外的要因を除外したLEだ。実際の水準ではなく外的要因により引き起こされた死亡が平均的だったらと仮定した場合のLEだ。アメリカの場合は外的要因が平均だと仮定した場合の期待LEとなる。この方法のより一般化された手法がOhstfeldt and Schnider (2006, pp. 5-33)により試みられた。単に外的要因を標準化するのみでなく1人あたりGDPも標準化している。

Ohstfeldt and Schniderは1人あたりGDP、輸送や転落による事故、殺人、自殺等を考慮している。1980-1999までのOECDのデータを用いて各国のLEの違いの79%を説明した。その推計は標準化LEを作成するのに用いられる。その残差(各国の実際のLEとモデルによるLEとの差)は各国の過小評価、過大評価を示している。この残差は期待LEに加えられる。その結果は各国の外的要因(と1人あたりGDP)が平均水準であった場合の期待LEとなる。この期待LEはすべての独立変数をその平均値に設定した場合のモデルによる予想値だ。結果は標準化されたLEとなる。これにより外的要因を除外できる。

OECDのレポートと比較するならば次の段階はこの標準化したLEを用いて生産関数を推計することになる。Ostfeld and Schneiderはここでは替わりにあまり一般的でない手法を用いている。彼等はこの期間の平均LEを、元のデータと標準化したデータとで比較している。違いは大きい。元のLEではアメリカのLEは75.3だった。フランスは76.6、日本は78.7、スウェーデンは77.7だった。標準化したLEではアメリカは76.9、フランスと日本は76.0、スウェーデンは76.1だった。アメリカがこの基準ではトップだった。この分析では外傷による死亡を調整してあるが生活習慣などの要因は調整していない。元の調整を加えていないLEの差はこれらの外的要因に強く影響を受けていることが示唆される(注 このOhstfeldt and Schniderの研究に対してOECDから反論が寄せられている)。

IV. Specification of the Panel Data Regressions

1. Health Care Resources

a. Total Spending

OECDのレポートの中で医療に費やされた資源を計測する方法として2通り用いられている。総支出はそれぞれの部門毎の総和として示されている。これは治療の種類(薬に対する支出やその他の支出、または政府と民間等)によって生産性が異なる場合には問題がある。総支出に対する係数はそれぞれの部門の加重平均和として推計される。

おそらく、もっとも重要なことは医療支出は医療PPPレートではなく一般のPPPレートによって共通通貨に変換されていることだ。医療支出とは医療に投入された実質の資源の量を意味することを想起する必要がある。適切でない為替レートを用いることにより医療支出を正しく計測することができなくなってしまう。医療価格がアメリカで高いのでこの誤計測はシステム的なものになる。

よく用いられるものとして3つの為替レートがある。市場レート、経済全般に対するPPPレート、医療に特化したPPPレートだ。市場レートはここでの目的には明らかに問題がある。このレートは金融取引とインフレ期待に強く影響を受ける。このレートは変動が大きく実質的に用いられた資源を表現するのに明らかに適していない。例えば2001年の1月1日のドル/ユーロレートは0.95だった。7年後の2008年の1月1日では1.47になっている。55%の上昇だ。だから仮にユーロ圏の医療支出が域内通貨でみて変化しないと仮定するならば、ドルでみて55%上昇したようにみえるだろう(注 時々見掛けるアメリカでは盲腸が100万円は素人がこれを地でやっている)。この点をIan Castles and David Hendersonが説明している。

特定の2国の市場レートは両国の価格差を適切に表していない。よって適切な比較結果を生み出さない。価格効果を取り除くことによってのみ、そして各国のGDPを共通の価格で評価することによってのみ有効な評価を生み出すことができる(Castles and Henderson, 2005, p. 9)。

PPPレートは基準となる通貨一単位の購買力にもとづいている。フランスで0.85ユーロで購入できたものがアメリカで1.00ドルかかったとする。フランスのユーロでの支出に1.18を掛ける(1/0.85)ことによりアメリカでの対応する実質資源に変換することができる。これを経済全体に渡って行ったものが(GDP)PPPレートだ。さらに産業特有(医療、製薬)のPPPレートを定義することができる。OECDのレポートや他の資料でよく見掛けるようなGDPPPPレートを用いるのはGDPPPPレートと医療PPPレートが比例的な時にのみ正しい。つまりその他の財と医療の相対価格が一定という条件が国際間に渡って満たされている時にのみGDPPPPレートの使用が正当化されるだろう。おそらく国際的に取引されたり標準化されている財で構成される産業ではこの一定の相対価格という条件は近似的に正しいだろう。

だが医療の相対価格は国によって異なる。よって医療PPPレートはGDPPPPレートとは大幅に異なると思われる。表1と図1に1990の医療PPPレート、薬価PPPレート、GDPPPPレート、さらに医療PPPレート、薬価PPPレートとGDPPPPレートとの比率を示す。ここでのPPPレートは1ドルを購入するのに必要な他国通貨の単位量だ。イタリアのGDPPPPレートが1,421というのは1ドルを購入するのに1,421リラを必要とすることを意味する。これらのレートの比率が示すのはGDPPPPレートを用いることにより生じた他国が実質に投入した資源の過小評価の度合いを示している。医療支出に対する平均比率は0.67だ。薬剤支出に対する同様の比率は0.70だった。これらOECD各国で消費されたGDPPPPレートで換算された医療資源は医療PPPレートで換算された医療資源よりも30%ほど低いことがわかる。他国のドル単位での実質資源の推計値を得るためにはGDPPPPレートで換算された医療支出に表にある比率の逆数を掛ける必要がある。その逆数はGDPPPPレートと医療PPPレートとの比率だ。これはレポートの健康の生産に用いられている見掛けの医療資源に大きな影響を与える。

表2と図2に示すように、医療PPPレートの使用はその他のOECD各国の医療の実質資源投入量を大幅に引き上げる。最初はアメリカの支出の50%だったものが78%にまで上昇する。その差は56%ある(28%ポイントの上昇)。興味深いことに医療PPPレートが用いられた場合にはアメリカの支出は最も多いものではなくなる。フランスとノルウェーがアメリカの支出を凌ぐ。



この違いは医療価格がアメリカで高いことを原因としている(注 逆に価格差は3割程度)。GDPPPPレートを用いた表2の数字は医療支出の国際間比較の際によく目にするものだ。欧州内でも、その他様々な指標を用いても実質支出の推計には大きな幅がある。

注35 比率では混乱を招く恐れがある。概念を整理するために以下の例を考える。ある年のイギリスの医療支出が2000ポンドでGDPPPPレートが1.5ドル/ポンドだったとする。ドルでのイギリスの医療支出は、1500ポンド×1.5ドル/ポンド=2250ドルになる。

次に医療価格がイギリスで低いために医療PPPレートが2.0ドル/ポンドだったとする。用いられた資源を反映したイギリスの実質医療支出は、1500ポンド×2.0ドル/ポンド=3000ドルになる。

元のGDPPPPレートの2250ドルに戻って、同様の結果を医療PPPレートとGDPPPPレートとの比率を掛けることにより導くことができる。つまり、2250ドル×(2.0ドル/ポンド)/(1.5ドル/ポンド)=3000ドルになる。

これがテキストと図2で用いた手法だ。

OECDのPPPレートの研究プログラムの中で、Ian Castlesは医療PPPレートとGDPPPPレートのどちらを用いるかにより日本とアメリカの投入された医療資源の推計に大きな差が生じることを示した。GDPPPPレートを用いた場合は1993年のアメリカの支出は日本の支出の224.5%(約2.24倍)になった。医療PPPレートを用いた場合はアメリカの医療支出は日本の支出のわずか86.9%になる。この数字を真に受ければ、この差は医療の相対価格が日本で低いことから生じている。Castlesは価格差が大きいことは尤もらしくないと考え、この結果を医療PPPレートが信頼できるものではないことの証左であると受け取った。日本の見掛けの医療価格は上で分析した他のOECDの各国よりも低い。医療PPPレートが信頼できるものではないという信念は今も昔もOECD Statistics Directorateとレポートの筆者たちの考えだ。だが医療PPPレートに頼らなくても医療価格が国際間で異なることを示す多くの方法がある。以下でそれを示す(H.E. Frech IIIは言及していないが例えばアメリカ、カナダ、イギリスなどはそれぞれ行われた手術の回数などを記録している)。

注39 その他の可能性は日本の医療データは信頼できないというものだ。この懸念から以前の研究では日本のデータは取り除いてある。

Price Controls and Systematic Measurement Errors

b. Physical Measures of Health Care Resources

医療資源を計測するその他の方法としては物質的投入の総量を用いることが考えられる。レポートでは人口1000人あたりの医療労働者の人数の指標を作成している。この指標では看護士を医師の半分として評価している。この指標は医療支出の計測の代替として用いられている。レポートでは重み付けは限定的なものだと述べられているが、この種類の重み付けは客観的なデータから得られたものでMark Pauly (1993)によってなされている。Paulyはより多くの種類の労働者(多くの未熟練、半熟練労働者)を含め、アメリカでの相対賃金を用いて重み付け指標を作成している。よって他の限定された計測方法よりも信頼できるものになっている。さらに数量の違いも重要だ。医師と看護士は合計でアメリカの医療労働者の18.6%を占めるにすぎない。医師が3.4%で看護士が15.2%だ。Paulyの分析は1988のデータにもとづいている。医師のウェイトはその他の労働者の4.83倍とされている。OECDのレポートでは医師のウェイトは看護士の2倍だ。OECDの数字は人口1000人あたりの医療労働者の人数で示されている。この方法よりは労働人口の比率を用いたほうが良い。その他の改善方法は医師にのみ焦点を絞ることだ。

医療に投入される物質的資源を分析することにより興味深い点がいくつか浮かび上がる。第一にアメリカの医療で実際に用いられる資源の量は一般に用いられるGDPPPPレートでの支出とは大幅に食い違うということだ。医療PPPレートを用いた場合と同様に、だがより驚くべきことに、アメリカの医療は特に資源を多く使っているというわけではないことが分かる。例えば最も包括的なPaulyの指標を用いるとアメリカの医療資源の使用は12ヶ国中6番目で平均を下回る。医師と看護士のみのより範囲の狭い指標を用いても14ヶ国中4番目になる。医師のみでは18ヶ国中9番目でまた平均を下回る。アメリカでは相対的に看護師の割合が高くその他の労働者はOECDの平均よりも少ない。よってOECDのレポートはアメリカの医療資源の使用を過大評価している。最も重要なことはアメリカは医療において多くの労働資源を用いているのではないということだ。GDPPPPレートの使用は大いに誤解を招くものだ。そのデータを用いることは大きなバイアスを生み出し不正確な描写となってしまう。

V. Results of the Panel Data Regressions

A. Lifestyle Variables

肥満はよく国民の健康状態の決定要因と見做される。広い意味での生活習慣の代理指標と考えられるからだ。基本的には肥満は寿命を縮める。

レポートが肥満を考慮に入れるべきだと述べていることは正しいかもしれない。さらに肥満の人はより多くの医療資源を消費する傾向にある。Roland Sturm (2002)は肥満は36%医療資源の消費の増加につながり77%薬の消費の増加につながることを示した。Eric Finkelstein, Ian Flebelkorn and Guijin Wang (2003, pp. w3-219, w3-224)はアメリカの医療消費の5.3%は肥満が原因で9.1%は肥満と過体重が原因であることと示唆している。OECDのレポートはこう述べている。

肥満に関するデータは容易に比較可能なものとはなっていない。28の国でデータが集められているがしかし非常に不正確だ。さらにほとんどの国では自己申告である一方、他の国では実際の身長と体重とから計測されている。

同じ箇所でレポートは概念的な問題を挙げる。

より根本的には肥満を国民の健康状態の決定要因と見做すべきか(生産関数の右辺に入れるべきか)健康状態の計測そのものと見做すべきか(生産関数の左辺に入れるべきか)という問題がある。肥満は生活習慣に強く影響されていて医療にあまり関係していないというのははっきりしているように思われる。

VI. The DEA Approach

VII. The Productive Efficiency of Different Health Care Systems

A. Estimates

WHOの関連する仕事がOECDと同様に非難されている。観察できない異質性を医療の非効率性として割り当てている仮定に対してだ。

過去の研究には生活習慣の重要性を示したものがいくつかある。Victor Fuchsは年齢を調整したネバダ州とその隣のユタ州の死亡率を比較した。これらの州は乾燥した気候から医療までほとんど似通っている。それでもネバダ州とユタ州との死亡率の違いは驚くべきものだ。40-49歳の成人では男性で54%女性で69%高い。原因は生活習慣の違いではっきりしている。ユタ州のモルモン教徒は健康な生活を心がけておりアルコールとタバコの消費は少なく離婚率も低い。ネバダ州は逆だった。この2州の健康の違いを2州の医療の違いと見做すことは大きな誤りだろう。

OECDのレポート以外にも医療の効率性を調べた研究はいくつもある。これらの結果はレポートの主張とは完全に異なっている。Or, Wang and Jamisonの推計はレポートの推計と直接比較可能な数字ではない。彼等はレポート同様に各国の異質性を制御するためにダミー変数を用いている。だが彼等はこのダミー変数の係数を医療の効率性を示すものとしては解釈していない。レポートと違い彼等は医療資源投入(ここでは医師/人口比率)の効果が各国において異なることを許容している。彼等はこの変数の係数の違いが医療の効率性を示すものと解釈している。彼等の効率性指標は係数の傾きの違いでOECDのレポートの効率性の違いはダミー変数の違いとなっている。傾きの違いで効率性を推計することはレポートの説明よりも概念的に優れている。外的要因に対してより影響されにくい。それでもOr, Wang and Jamisonの方法はより弱い形でとはいえ同様の批判に対して脆弱だ。生産関数の傾きは交絡要因の影響によっても各国において変化する可能性がある。

Or, Wang and Jamisonの方法はレポートのものと違いがあるので、推計された年数に関して直接比較可能ではない。一方で各国の生産性の順位は比較可能だ。表10は異なる資源投入の指標、異なる統計アプローチ、異なるLEの計測方法に関してアメリカの順位の大幅な変動を示している。

これらはレポートのものと大幅に異なっている。特にアメリカの順位ははるかに高い。Or, Wang and Jamisonの女性の平均寿命の推計ではアメリカの順位は21ヶ国中12番目でイギリス、ノルウェー、スウェーデンより高い。男性では21ヶ国中5番目になっている。順位はそれぞれの計測指標に対して一貫したものとはなっていない。乳幼児死亡率では21ヶ国中9番目になっている。65歳での平均余命では女性で21ヶ国中17番目、男性で21ヶ国中9番目だ。心臓血管系の疾患による死亡を調整すればアメリカの順位はさらに高く女性で21ヶ国中7番目、男性で21ヶ国中1番目になる。

OECDのレポートはPYLLや乳幼児死亡率などのその他の健康指標に関する推計も行っている。PYLLの結果は示されていないが、Or, Wang and Jamisonのデータをもとに心臓病固有のPYLLを示すことができる。これらの推計ではレポートと違ってアメリカが効率的であるという結果になる。女性ではアメリカがOECDで最も効率的だ。これらの結果はレポートの結果と簡単に調和させることができる。Or, Wang and Jamisonの方法は医療資源の投入を医師のみで計測している。だが最も大事なことは上で述べたように各国の異質性を効率性の違いに割り当てていないことだ。さらにOr, Wang and Jamisonの心臓病に関する推計はより詳細なミクロの研究とも整合的だ。この研究ではアメリカの生産性はドイツやイギリスの生産性よりも高いことが示されている(Bailey and Garber, 1997)。

レポートでは、興味深いことにアメリカの自己負担率はOECDの平均よりも低い(13.3% vs 19.3%、自己負担率の高さの順位では28ヶ国23番目、低さの順位では28ヶ国中5番目)。さらになんらかの民間の保険でカバーされている人口の割合はフランス、スイス、オランダの方がアメリカよりも高い。

(以下省略)

VIII. Suggested Improvements

IX. Conclusion

(省略)

(追記)直近の日本の医療費がGDPに占める割合は11%を超えるといわれている。1993のアメリカと日本の支出比が224%だったらしいので現在は145-163%の範囲にあると思われる。同様の計算を当てはめると56-63%の範囲になる(計算違いだったらすみません)。これまた数字を真に受けるならば日本の医療資源投入(つまり医療費)はアメリカの2倍近くになる。

2012年10月27日土曜日

欧州はそもそも皆保険ではない?



(画像はオタワ近郊で診察を求めて列をなす人々)

下は入院患者が実際に治療を受けるまでに要した日数の中央値。
300日越えがざらにあることがわかる(画像をクリックすると恐らく拡大する)。




これをアメリカの保険に加入していないといわれる人と比較してみよう。

Changes in the Incidence and Duration of Periods without Insurance

by David M. Cutler Alexander M. Gelber

National Survey of America’s Families (NSAF)からのデータは1998-1999から2001-2002にかけて保険加入率の分布にわずかな変化しかなかったことを示す。だがこの調査には調査した期間が短いという制約がある(3年)。統計局のSurvey of Income and Program Participation (SIPP)からのデータによると80年代中頃から終盤、90年代の初期の間では保険の未加入期間の中央期間は4~8ヶ月だった。特にこれといった変化はなかった。だがこの調査はより最近のデータを用いては更新されていない。我々は保険の未加入の発生率と期間を1983-1986、2001-2004のデータを用いて調査する。全体の経済状態は2001-2004が良い。しかしどちらもリセッションからの回復期であったためバイアスを生む恐れがある。経済要因の影響を最小化しながら保険の加入と離脱に関するハザードモデルを推計する。さらに年齢と教育水準にもとづいた調査も行う。

Methods

我々はSIPPからのデータを用いる。SIPPとはランダムに抽出された世帯からなる水平的、階層的な調査だ(つまりランダムに世帯を選ぶ→この世帯をある期間にわたって追跡調査する)。参加者のすべてに調査に対する説明を提供している。1983の秋に始まった(つまり1983-1986の調査)SIPPのパネルは1983の10月から1984の1月の間に登録された個人を32ヶ月にわたって追跡している。2001に始まったSIPP(2001-2004の調査)のパネルは2000の10月から2001の1月の間に登録された個人を36ヶ月にわたって追跡している。この調査期間の差を保険未加入期間を求めるハザードモデルを推計することにより修正する。2つの調査の期間を揃えるために、保険の有無について調査する時には2001-2004のSIPPのパネルからは最初の32ヶ月のみを用いる。Current Population SurveyやNSAFよりも調査期間は長い。調査の参加者は年齢、人種や民族グループ、性別、居住地、学歴、労働所得、週あたり労働時間、資本所得、純資産、政府プログラムを受給しているか否かを尋ねられる。4ヶ月毎に回答者は世帯の各員が以前の4ヶ月に保険に加入していたか、加入していたとすればそれはどのような保険かについて回答を求められる。調査の第3期(調査開始から12ヶ月)に15歳以上の回答者は彼等の健康状態を5つの評価点(非常に良い、とても良い、良い、普通、悪い)で報告しなければならない。我々は世帯で最も稼ぎのある人物の教育水準を主な調査の対象として用いる。ここでは所得を用いない。個人の現金所得は医療給付の上昇に対して下落する可能性があるからだ。さらに教育水準は長期の所得の代理になりうる。

サンプルは1983-1986、2001-2004の各調査の開始時に61歳以下であった個人に制限されている。年齢制限は調査期間中にメディケアの受給資格を得る個人をサンプルから除外するためだ。さらに1983-1986の調査から予算の削減のために縮小されたサンプルと軍に入隊して退職支払いを受け取っているサンプルは除外する。最終的に標本サイズは1983-1986の調査で25946人、2001-2004の調査で40282人になった。

Results

表4に保険未加入期間の分布を示す。1983-1986の調査では保険未加入者の59.2%が1年以内に、73.8%が2年以内に保険に加入していた。2001-2004の調査では保険未加入者の61.7%が1年以内に、79.7%が2年以内に保険に加入していた。




Insurance Coverage and Health Status

表3に示すように2つの調査期間の間に健康状態が普通か悪いと回答した個人では保険から離脱する確率が11.2%ポイント上昇している。健康状態が非常に良い、とても良い、良いと答えた個人は3.3%ポイントの上昇だった。だがその両方の集団で保険未加入期間は短くなっている。表4に示すように2つの調査期間の間で健康状態が普通か悪いと回答した個人が1年以内に保険に加入する確率は62.8%から76.4%に上昇している。健康状態が非常に良い、とても良い、良いと回答した個人が1年以内に保険に加入する確率は51.5%から63.8%に上昇していた。


Discussion

(省略)

2012年10月20日土曜日

アメリカの乳幼児死亡率は高くなかった?

Behind International Rankings of Infant Mortality

by Marian F. MacDorman T.J. Mathews

In 2005, the United States ranked 30th in infant mortality.



最新の乳幼児死亡率が利用できる2005の統計ではアメリカの乳幼児死亡率は30番目だった。

1960の12番目から1990に23番目に2004に29番目に2005に30番目になった。2000から2005の間はほとんど変化がない。

2005には22の国が生産児(せいざんじ)1000人あたり5.0人を下回っていた。乳幼児死亡率が低かったのはスカンディナビア諸国と東アジアだった。

Differences in the reporting of live births between countries can have an impact on international comparisons of infant mortality.

アメリカと欧州の19ヶ国のうち14ヶ国ではすべての生産児は生誕時の体重、妊娠期間に関わらず報告される義務がある。妊娠期間の12週目以前に生産児は存在しないのでノルウェーの基準は報告義務がある国と実質的には同じだ。

多くの国に報告義務があるとはいっても、それらの国には出生登録要求への制限があるため乳幼児死亡率の比較に影響を与える恐れがある。特に非常に小さい乳児が出産のすぐ後に死亡したケースが乳幼児死亡の計算から除かれている場合には。さらに正確な妊娠期間がおそらくは常に明らかでないだろうことから報告義務の下限近くでは出生登録が不完全な恐れがある。

国毎の出生登録の顕著な違いに加えて非常に小さい乳幼児の死亡の報告に関する病院間の違いがある。

このような理由により妊娠22週以下の生産と乳幼児死亡はこの調査の以下の分析からは除いてある。

The U.S. infant mortality rate was still higher than for most European countries when births at less than 22 weeks of gestation were excluded.

上記の理由により22週以下の生産を取り除いた場合、アメリカの乳幼児死亡率は6.8から5.8に下がる。



アメリカの乳幼児死亡率はスウェーデンやノルウェーと比べてまだ高いがハンガリー、ポーランド、スロバキアより低くなる。

The United States compares favorably with European countries in infant mortality rates for preterm, but not for term infants.

乳幼児死亡率を二つの主要な部分に分割することが出来る。妊娠期間固有の乳幼児死亡率(任意の妊娠期間での乳幼児の死亡率)と妊娠期間による出生の分布だ。

アメリカと欧州で(というよりどこでも)、乳幼児死亡率は妊娠22-23週で最も高く妊娠期間が長くなるにつれて急激に下落する。22-23週で生まれた乳幼児の大多数は出生後1年以内に死亡する。

24-27週で生まれた乳幼児の死亡率はアメリカの方が欧州より低い。28-31週で生まれた乳幼児ではアメリカの方が数カ国を除いて低い。32-36週でも同様だ。だが37週以上ではアメリカの方が高い。



The percentage of births that were born preterm was much higher in the
United States than in Europe.

2004ではアメリカの出生のうち12.4%が早産だった(妊娠期間22週以下は除いてある)。アイルランドで5.5%、スウェーデンとフランスで6.3%、イングランドとウェールズで7.4%だった。アメリカでは8人のうち1人が早産である一方アイルランドとフィンランドではわずか18人のうち1人が早産だった。



表2の21の国の中でアメリカの早産の割合はイングランドとウェールズより65%高くアイルランド、フィンランド、ギリシャの2倍以上だった。

早産の死亡のリスクは高いために早産の割合が高い国の乳幼児死亡率は高くなる傾向がある。

Much of the high infant mortality rate in the United States is due to the high percentage of preterm births.

2004ではアメリカの乳幼児死亡率は5.8でスウェーデンの3.0の2倍近くだった。

ここではアメリカの妊娠期間固有の乳幼児死亡率をスウェーデンの妊娠期間による出生の分布にあてはめてみた。もしアメリカの妊娠期間による出生の分布がスウェーデンのものと同一であったらアメリカの乳幼児死亡率は5.8から3.9になっていただろう。


追記 早産の割合は黒人の間で高いことがよく知られている(10代での妊娠、出産が多いため)。この要因と事件、事故の要因だけで人種間の平均寿命の差といわれているもののかなりの部分が説明できてしまう。

2012年10月14日日曜日

政府の大きさと貧困率の間に関係はなかった?

以前の記事にも関係する内容なので詳細を知りたい人はそちらへ。

The relationship between alternative measures of social spending and poverty rates

by Koen Caminada Kees Goudswaard

1. Introduction

国毎の貧困率の違いは大きい。この大きさの違いは政府の大きさによって説明されることが一般的だ。多くの文献が社会支出と貧困に関連があると主張している。そして貧困と社会支出の間に強い負の相関があると主張している。

これらの研究の問題点の一つは貧困には多くの要因が影響するかもしれないということだ。これらの要因は社会支出と貧困の間の関係に影響を及ぼすかもしれない。我々は以前の研究において関連のあると思われる人口要因、経済要因等を取り扱った。それでもなお社会支出と貧困の間に強い負の相関がみられた。

これらの研究のさらなる問題点は社会支出をどのように計測すべきかだ。多くの研究は社会支出比率を貧困削減への社会的努力の代理指標として用いている。だが社会支出を国毎の社会的努力の違いとして見做すことには多くの問題がある。OECDは社会給付の受給者が真に利用可能な資源を計測することを目的とした指標を開発している(Adema, 2001)。これには公的プログラムの代替となる民間の社会給付に関する情報を必要とする。さらに税制の違いが支出に与える影響を考慮する必要がある。

この論文では調整を加えた社会支出の指標が用いられてもなお、高い支出比率が低い貧困率に結びつくという馴染みのある主張が成立するのかどうかを調査する。この論文はAdema (2001 and 2010)にもとづいている。最初に我々は貧困率と社会支出/GDPの間の関係性をクロスカントリー分析を用いて調査する。その際、サンプルをEU15とnon-EU15に分割する。次に社会支出比率を税と民間の社会支出の影響を修正して再度分析する。

2. Research design

2.1 Measuring poverty incidence

絶対的貧困率や主観的分析法ではなく相対的貧困率を用いる。多くの論文では貧困線は等価可処分所得の中央値の50%に設定されているが、ここではEUの用いている定義である60%も使用する。注意しておかなければいけないのは研究者の間に特定の貧困の計測法の優劣に関して合意があるわけではないということだ。

表1に28の国の貧困率を示す。このサンプル内の貧困率は11.4%から25.3%の範囲に収まっている(所得中央値の60%の定義で)。だが人口のかなりの割合が50%と60%の閾値の間に分散している。これはなぜ50%の閾値の方が貧困率が大きく低下するのかの理由になる。



貧困率の平均で見て、EU15(16.6%)はnon-EU15(18.5%)よりも低い。

₋ EU15 countries:オーストリア、ベルギー、デンマーク、フィンランド、フランス、ドイツ、ギリシャ、アイルランド、イタリア、ルクセンブルグ、オランダ、ポルトガル、スペイン、スウェーデン、イギリス

₋ Non-EU15 countries:オーストラリア、カナダ、チェコ、ハンガリー、日本、メキシコ、ニュージーランド、ノルウェー、ポーランド、スロベキア、スイス、トルコ、アメリカ

2.3 Measuring social effort

社会支出は単に公的なものだけが含まれてきた。だが貧困削減に対する社会的努力は公的領域のみに限定されていない。民間のプログラムも考慮に入れる必要がある。

加えて、税制も社会的努力に関係する。税が与える影響は主に3つある。国によって現金給付が課税される国とそうでない国がある。前者ではネットの支出はグロスの支出よりも少ない。給付受給者による消費に対する間接課税もまた全体像を誤らせる。間接税が高ければ受給者の実効購買力は低下する。社会的目的のために税制が用いられることがある。税控除は直接支出を代替する。アメリカのEITCが税控除の分かりやすい例だ。

Adema (2001)はnet total social expenditureという指標を開発している。

税を考慮に入れると支出比の平均は下落する。特にノルディック諸国とベネルクス諸国、オーストリアで顕著だ。

2.4 Tests on the linkages between social protection and poverty

本来なら前回のように多変量アプローチを取るのが理想的だ。しかしながらデータの不足により今回は出来ない。ネットの社会支出は限られた期間のデータしかない。一方で過去の研究は社会支出と貧困の関係を調査する限りでは二変量アプローチと多変量アプローチでは結果にあまり違いがないと報告している。

3. Welfare state effort and the alleviation of poverty: an empirical analysis

3.1 Linkages between poverty rates and gross social spending

表2に2007のグロスの社会支出/GDPと2003~2005の貧困率との相関を示す。結果はすでに述べた通りだ。ここではEU15の方がnon-EU15より相関が低いことがわかる。



3.2 The impact of private social expenditure

既存の研究の結果は民間の社会支出を無視することに影響されているのかもしれない。(省略した)前の段落で民間支出の割合が社会支出全体に占める割合が高い(低い)ほど貧困率は高い(低い)と我々は予想した。

表3に民間の社会支出を含めた結果を示す。



結果は顕著に変化した。non-EU15ではグロスの社会支出と貧困率の間に負の相関は見られなかった。調整済み決定係数は0.10から0.11だった。はっきりとした負の相関が見られないことから社会支出の増加が貧困の削減につながるかはっきりとしたことは言えないことになる。対照的にEU15では負の相関が見られた。調整済み決定係数は0.47から0.57だった。これらの国に関しては民間の社会支出は重要であるように思われる。

3.3 The impact of the tax system

次に税の影響を考慮する。表4に修正を加えた社会支出比率を示す。ネットの総社会支出比率と貧困率の間の関係はグロスの総社会支出比率と比べてはるかに弱くなる(調整済み決定係数がすべてのケースで大きく低下する)。税の影響を考慮すればEU15、non-EU15ともに個別では有意でなくなった。すべての国を合わせると有意ではあるけれど税を考慮しない場合に比べてはるかに弱い相関しか見つからなかった。さらに貧困線を60%水準に定義すると有意ではなくなった。



5. Conclusion

税の影響を考慮すれば社会支出比と貧困率の関係は弱くなる。ネットの社会支出がより実態を反映しているので(Adema, 2001)、我々の結果は社会支出比率が高いと貧困率が低いというお馴染みの主張はトーンダウンする必要があることを示している。

2012年10月10日水曜日

アメリカの貧困率はほぼゼロパーセント?

The Material Well-Being of the Poor and the Middle Class Since 1980

by Bruce D. Meyer James X. Sullivan

1. Introduction

アメリカ経済はこの30年間成長を続けている。しかし、低所得層と中所得層の所得が向上していないというセンチメントがある。経済評論家は、職の喪失、賃金の停滞または下落、生活費用の上昇により中間所得層が締め出されていると批評している。

いくつかの世論調査では60%の人が中間所得層の生活水準が良くなっていないと思うと回答している(CBS News 2007)。

注1 だが近年の自分自身の生活水準について尋ねられた時には多くのアメリカ人は彼等の生活水準が年々向上していると回答している(Gallup 2011)。

このセンチメントは政府の統計によってもたらされている。政府の統計によると中央世帯所得は1999から2004に下落している。現在はそこから上昇しているものの未だに1999の水準を下回っている。2009の貧困率は1980より高かった。

この統計は幾つかの理由により正しくない。第一に、所得の定義が狭い。政府の統計からは税や現物移転、さらに申告されていない所得源が無視されている。例えば、政府の統計は限界税率の低下や税控除の拡大等を捉えるのに失敗している。第二に、上方バイアスのある価格指数を用いている。これにより所得の上昇を過小評価している。第三に、経済的豊かさの重要な要素、ようするに消費の動向を把握するのに失敗している。

我々の結果は過去30年にわたって低所得層、中間所得層ともに物質的豊かさの面で大幅な進歩が見られたことを示している。

注3 これは政府の統計が所得の向上を過小評価していることを示した最初の報告ではない。

経済評論家と政策当局者は共に注意しなければならない。彼等の言動は欠陥のある政府の統計にもとづいている。オバマ大統領は2008の選挙中に中央所得が下落しているという政府の統計を何度も引き合いに出した。中間所得層の停滞といわれる現象は移民、貿易、グローバル化、政府の債務、雇用の成長の鈍化、高いインフレーションなど様々な要因が絡んでいるとされた。

(省略)

2. Official Income Measures of Well-Being

政府の所得と貧困に関する統計は一般的に課税前の貨幣所得にもとづいている。

よって、税と給付を加えることによって政府の統計を改善できる。実際、統計局は税と非現金給付を含めた所得と貧困に関する代替指標を発表している。

いくつかの研究は、課税前貨幣所得以外に注目することの重要性を強調している。包括的な貧困調査の研究の中で、National Academy of Sciences (NAS) panelはいくつかの点で指標の変更を推奨している。NASの調査以降、多くの研究で代替指標や政府の統計の改良が提案されてきた(Short et al. 1999; Joint Economic Committee 2004; Dalaker 2005; Besharov 2007; Eberstadt 2008)。

Accounting for Inflation

統計局の調査の中では、価格変化を調整するために、貧困線はConsumer Price Index for All Urban Consumers CPI-Uにより調整される。中央所得はCPI-U-RSを用いて調整される(現行法が過去に用いられていたならばCPIがどのようだったかをモデル化した指数)。

注8 CPI-Uのバイアスを意識して、最近の調査では統計局は中央所得のトレンドを調べる時にCPI-U-RSを用いている。しかし貧困率の調査をする時には用いていない。この節で述べるようにCPI-U-RSはCPI-Uのバイアスのほとんどを修正できていない。

価格指数のバイアスは所得のバイアスにつながる。単年ではわずかなバイアスでも長期間にわたると大きなバイアスを生み出す。例えば年間1%のバイアスは1980から2009の間に中央所得に対して33%の調整を要する。実際我々が最も信頼できると考える根拠によるとこの期間の年間バイアスはもっと大きい。CPI-Uを用いている政府の統計は貧困線の中に毎年1%以上の実質成長率のバイアスを暗に組み込んでいることになる。

バイアスには4つの種類がある。代替バイアス、アウトレットバイアス、品質バイアス、新製品バイアスだ。ボスキン委員会はこれらのバイアスについて最も広範に認められている数字を提供している。それによるとCPI-Uのバイアスは報告書作成時で1.1%、1996以前には1.3%であると報告している。

委員会の声明にも関わらず、CPI-Uの真のバイアスに関して不確実性があることも確かだ。ボスキン委員会への批判もあり、いくつかの研究は、特定の品目と期間においてCPIはインフレーションを過大評価しているということを論じている。にも関わらず委員会の結論は広範な支持を得ている。Hausman (2003)は逆に委員会がバイアスを過小評価していると批判している。委員会自身が推計は保守的でバイアスを過小評価していると認めている。Costa (2001)はCPI-Uは1972から1994の間、インフレーションを毎年1.6%過大評価していると結論している。一方でHamilton (2001)は1972から1981の間に3.0%の上方バイアスがあり1981から1991の間は1.0%の上方バイアスがあったことを報告している。

注9 労働局はCPI-Uに近年いくつかの改良を加えている。Gordon (2006)は、それにも関わらず0.8%のバイアスが残っていると指摘している。

全体として、中央所得は政府の統計が示すよりも上昇していて貧困率の長期トレンドも政府が示すものよりも改善している。我々はCPIのバイアスを修正することを試みる。5節と6節で示すように、このバイアスは所得に対して大きな変更をもたらす。

3. The Merits of Consumption, Income, and Other Measures of Well-Being

所得や消費に対する調査が正確な情報をつかんでいるのかに関して意見が分かれている。大部分の人にとって所得は申告が容易だ。だが所得は消費よりも調査の対象により敏感に反応する。低所得層に関しては所得が消費よりも申告しやすいかは明らかではない。これらの世帯は多くの所得源を持ちながら記録がつかない傾向がある。平均的な母子家庭はその所得の10%を4つの所得源のいずれかから得ている。そして申告された仕事からはわずかしか得ていない。所得は過小申告されているように思われる。そして過小申告の度合いは時とともに増加している。消費にも過小申告がある。だが消費はこれらの世帯では所得を上回っているので消費の過大申告(わずかな根拠しかないが)について懸念すべきと考える。

所得調査の重要質問事項に関する無回答率の高さは所得調査に対する重要な懸念事項だ。勤労所得や投資所得などの所得の要素に関する回答が欠損している場合、ランダムに選ばれる同様の特性を持った調査の回答者から値が割り振られ補完されている。主要な所得調査、貧困調査の情報源となる調査で、近年では課税後所得の半分以上が補完されている。これらの補完率は時とともに上昇していて、消費調査よりもはるかに高い。豊かさや所得格差に関する調査に対してバイアスを生み出す恐れがある。

低所得層では、申告された支出は申告された所得を大きく上回る傾向がある。表1にCurrent Population Survey (CPS)から所得を、Consumer Expenditure Survey (CE)から支出のデータを各パーセンタイル値毎に示す。支出の5パーセンタイル値は所得の5パーセンタイル値を44%上回る。支出の10パーセンタイル値は所得の10パーセンタイル値を8%上回る。これらは分布のパーセンタイル値の比較であって、低所得層の同一の個人に関しての支出と所得の比較ではないことに注意が必要だ。所得分布下位5%の所得と支出を比較すれば支出は平均で所得を9倍上回る(データに誤りがあることの大きな示唆となる)。債務や貯蓄の取り崩しはこれらの乖離の説明とはならない。低所得層で所得が過小申告されていることを強く示唆している。所得からもっと正確に物質的豊かさを反映する他の指標を開発することの必要性を示している。


消費をベースにした過去の研究は所得をベースにしたものと大きく異なっている。Cutler and Katz (1991)は消費格差は所得格差に比べて穏やかにしか上昇していないことを示した。Johnson (2004)は消費の貧困率は70年代に所得の貧困率より上昇した後1995まで安定していることを示した。Krueger and Perri (2006)は消費格差はほとんど上昇していないことを示した。Slesnick (2001)も同様だ。

さらに所得と消費の他に住宅と乗用車の特性も併せて調査する。これらの調査(住宅の部屋の数等)は説明のために価格指数を必要としない。これらも物質的豊かさを測る指標となる。

4. Data and Methods

Accounting for Price Changes and Family Size

物質的豊かさがどう変化したかを捉えるために価格変化をきちんと考慮にいれなければならない。2節で述べたようにCPI-Uには上方バイアスがあるので代替的な指標を用いる。CPI-U-RSはCPIに改良を加えた指標だ。それでもバイアスの大部分は残っている。ここではCPI-U-RSから0.8%ポイント引いたadjusted CPI-U-RSを用いる。これは大きな調整ではあるけれども、バイアスに関する保守的な推計にもとづいていることを念頭に置く必要がある。

5. The Well-Being of the Middle Class

この節ではその結果を示す。住宅や車とともに所得中央値と消費中央値を分析する。これらはすべて中間所得層の物質的豊かさは80年代以降顕著に向上しているという方向性で一致している。だが、そのパターンは少し異なっている。この点については7節で述べる。

表2に2005のドルで表示した3種類の課税前貨幣所得の中央値を示す。初めのものは政府の公表している中央所得だ。政府統計の世帯中央所得は1980から2000まで実質で20%上昇してその後5%下落している。2番目のものは価格指数は同一だが利用可能な資源は世帯レベルでなく家族レベルで定義されている点で異なっている。2番目の指標は1番目のものとほぼ同一のパターンを示すが、その水準は15%高い。


3番目は2番目のものをadjusted CPI-U-RSを用いて計算したものだ。この場合では中央所得は1980から2009まで46%上昇している(CPI-U-RSを用いた場合は17%の上昇)。近年に注目してみると、2000から2007まで中央所得は5%上昇し、次の2年で同程度下落している(つまり2007までだと51%の上昇)。バイアスを除いた価格指数を用いると中央所得は80年代と90年代に大きく上昇し、00年代の初めに上昇した後下落している。

表3に消費中央値のトレンドを示す。消費中央値の水準は所得のそれを下回っている。これは貯蓄や教育、医療に関する支出を除いているためだ。全期間に渡って、消費中央値の変化と所得中央値の変化は対応している。1980から2009までに課税後所得中央値+非現金給付は58%上昇する一方、消費中央値は54%上昇している。しかしそのパターンは年代ごとに異なっている。80年代には所得中央値は実質で23%上昇したが消費中央値は10%しか上昇しなかった。リセッション前の00年代では消費中央値は所得より速く上昇している。全体としてこの30年間所得、消費ともに顕著に上昇してきたことを示している。


注15 所得と消費がadjusted CPI-U-RSを用いると大幅な上昇を示す一方、unadjusted CPI-U-RSを用いたとしても上昇していることを示すことができる。この場合1980から2009までに所得中央値は26%、消費中央値は23%上昇したことになる。

注16 消費中央値の上昇は住宅価値の上昇によるものではない。この期間の住宅を除いた消費中央値は含めたものとほぼ等しい。

6. The Well-Being of the Poor

この節では低所得層の物質的豊かさを示す指標に焦点をあてる。

表4に表2で表示したものと同じ10パーセンタイルの課税前貨幣所得を示す。政府の統計では30年間にわずかな上昇しかしていない。1980から1993まではまったく変化していない。そこから1993から1999にかけて19%上昇しその後下落した。家族人数を調整し、家族レベルで定義した場合では40%高い。加えてそのトレンドも少し異なっている。例えば80年代の初期と00年代の初期に顕著に下落した。CPI-U-RSのバイアスを除いた後では80年代と90年代に大幅な上昇を示した。1980から1999の間30%以上上昇した。だが、最近では10%以上下落する事例があった。


消費でみると低所得層の物質的豊かさがさらに上昇を示していることがわかる。表5でみられるように、1980から2009までに10パーセンタイルの消費は実質で54%上昇した。課税後所得+非現金給付は44%上昇した。消費の変化と所得の変化は対応していない。例えば00年代では消費は18%上昇したが課税後所得+非現金給付は4%しか上昇していない。


次に貧困率をみてみる。ここで貧困率を示すために1980を基準年として異なる計測方法による貧困の計測を等しくさせる貧困線を特定化する必要がある。この特定化により異なる資源(消費、所得)、価格指数による貧困率の違いを比較することができる。等価尺度により調整された貧困率と政府の発表している貧困率とが1980の時点で等しくなるような(13.0%)閾値を見つけ出した。他の年度の貧困線を求めるためにadjusted CPI-U-RSを用いて更新した。

表6と表7に所得と消費の貧困率を示す。比較のために政府の発表している貧困率とCPI-U-RSを用いたものも示す。価格指数のバイアスが貧困率に大きな影響を与えていることがみてとれる。表6が示すようにadjusted CPI-U-RSを用いた課税前貨幣所得の貧困率はこの期間に3%ポイント以上下落している。CPI-U-RSを用いた貧困率は変化がない。そして政府の発表している貧困率(CPI-Uを用いている)は1%ポイント以上上昇している。



税と税控除、現物移転を考慮にいれると貧困率はさらに下落する。表7に示すように税引き後所得+非現金給付の貧困率は課税前所得より3%ポイント下落する。以前に述べたようにこの違いは給付ではなく税からきている。

表7に消費の貧困率を示す。消費の貧困率の変化は主に最も消費能力を反映していると思われる所得の貧困率-課税後所得+非現金給付-の変化と似通っている。だが2000からトレンドははっきりと分かれている。2000から2009までに消費の貧困率は2%ポイント以上下落する一方、課税後所得+非現金給付の貧困率はわずかに上昇した。30年間の間に消費の貧困率が10%ポイント近く下落したことは低所得層の物質的豊かさが大幅に向上したことを示している。

7. Potential Explanations for Changes in Material Well-Being

この節ではこの変化の要因を分析する。例として税と移転支払いの効果について分析する。さらに労働(時間)と家族構成の変化が果たした役割についても分析する。我々の分析は課税政策が大きな影響を与えたことを示唆する。特に税改革が中間所得層と低所得層にいくらかの所得をもたらしたことを議論する。非現金給付はほとんど影響を与えていなかった。同様に人口構成の変化は改善の主要な要因とはなっていないように思われる。逆に経済全体の成長は中間所得層、低所得層の所得、消費の上昇と整合的だった。

5節と6節で示した結果は税と移転政策が中間所得層、低所得層に大きな影響を与えたことを示唆している。5節で述べたように課税前貨幣所得の中央値と課税後所得+非現金給付の中央値はとてもよく似通っている。例外は2000から2004の間で、課税前貨幣所得の中央値が変化しない一方、課税後所得+非現金給付の中央値は3%上昇した(表3)。ここには示していないがこの上昇は税によるもので非現金給付ではないことがわかっている。このように両者が乖離する時期と税に変更があった時期とは一致する。2001に制定されたThe Economic Growth Tax Relief Reconciliation Act (EGTRRA)は新しい10%のブラケットを作ることを含めた税制の変更等を通じて税負担を軽減した。これらの変更のうちいくつかは5年に渡って組み込むように当初は予定されていたけれども2003のthe Jobs and Growth Tax Relief Reconciliation ActによりEGTRRAの実現が早まった。

課税前貨幣所得と課税後所得+非現金給付を比較することにより貧困率に税が与えたと思われる影響を表7に示す。後者の測定も税と非現金給付を含むとはいえ本質的にこの両者の変化の違いは税により説明できる。

1981のthe Economic Recovery Tax Actにより税率が軽減され大多数の人の所得区分がインデクゼーションされるようになった一方で、基礎控除や個人非課税(ともに税率がゼロのブラケットの値を決定する)は1984までインデックスされていなかった。この期間の高めのインフレーションにより、より多くの低所得世帯が課税所得の範囲に流れ込むようになった。結果としてこの期間では税を考慮した貧困率がそうでないものよりも相対的に上昇することになった。この状況は1986のthe Tax Reform Actにより変化する。EITCが拡大された最初の期間だ(加えて個人非課税と基礎控除が増加した期間)。EITCの効果は1990から1996の間により顕著だ。この期間に課税後所得の貧困率は貨幣所得のものよりも1.2%より下落した。

(省略)

この節の分析により税と移転政策の変化、または人口構成の変化が所得と消費に変化を与えたことをみてきたものの、これらの要素はこの期間の物質的豊かさの向上のほんの一部分を説明するものでしかなかった。それにも関わらず中間所得層と低所得層の豊かさの向上は驚くべきことではない。この期間のアメリカ経済は一人あたり実質で60%以上上昇したからだ。

注22 この変化はBEAの一人あたり実質GDPドル連鎖方式にもとづいている。もし一人あたり実質GDPがadjusted CPI-U-RSを用いて計算されればこの期間の上昇は91%になっていただろう。

8. Conclusions and Policy Implications

(省略)