2013年6月28日金曜日

日本の実質利子率は高くなかった?

Was Japan’s Real Interest Rate Really Too High During the 1990s?
The Role of the Zero Interest Rate Bound and Other Factors

by Hiro Ito

1. Introduction

仮に日本の実質利子率が1990年代に相対的に高かったのかまたは十分に低くなかったのならば長引く不況の原因を高い実質利子率に求めることも可能だろう(*絶望的に低い確率だとは思いますが(笑))。だがそのような主張をする前に問題となっているのは相対的な実質利子率の水準であることに注意をしなれけばならない。つまり日本の実質利子率が高いというなら何に対してそしていつそうだったのか?理論上は実質利子率が高いという場合それは均衡利子率に対して高いことを指す。よって実質利子率の振る舞いを調べる場合は均衡水準との相対比とそこへ回帰する速度が重要だ。ここでは日本の1990年台の実質利子率を過去との対比で調べる。節2で説明するECMにより均衡水準へ回帰する速度と短期の事前、事後の実質利子率の振る舞いを分析することが可能になる。

名目利子率がゼロの場合に実質利子率は直接的にインフレ期待またはデフレに影響を受けるようになる。実質利子率はそこでは価格変化の予想のみの関数となるからだ。これは実質利子率の振る舞いにレジームシフトが含まれる可能性を示唆している。さらに実質利子率の振る舞いが価格粘着性の程度に直接的に影響を受けることを意味している。そのような環境の下で価格に下方粘着性があったならば価格水準はあまり低下しないかもしれずデフレ期待も特に発生することはないだろう。従って名目利子率がゼロの環境であっても価格が粘着的ならば実質利子率は上昇しないかもしれない。逆に価格が伸縮的であればデフレ期待が発生して実質利子率が上昇するかもしれない(*その場合にはなぜ不況なのかという疑問が残る)。

2. Model specifications

2.1 Overview

実質利子率の振る舞いが長期で見て定常だと仮定することにより短期の振る舞いが長期的水準へと回帰するその力学を考察することが出来る。さらに合理的期待形成を仮定することにより実質利子率の事前値は短期の均衡水準と等しくなるのではあるがそれが必ずしも長期の長期の均衡経路上であるとは限らない。事後の実質利子率は平均ゼロの予測誤差を加えた事前の実質利子率周辺に表れる。だが事前と事後の実質利子率の長期水準からの乖離は一時的現象でなければならない。より直感的にわかりやすく言うと長期均衡は金融市場と財市場が均衡している場合に発生し短期均衡は金融市場のみが清算している場合に発生する。名目粘着性により財市場は清算するのに幾らかの時間が掛かるかもしれない。それにより短期均衡が長期均衡と乖離することが可能になる。よって財市場に価格の粘着性がなく家計の期待(予想)が正しければ観測される実質利子率は長期の均衡経路から乖離することはない。

2.2 ECM Approach

上記の議論により均衡実質利子率は定常状態の成長率とインフレ率に整合的な経済変数の関数となる。

(1) rt^eq=β'Xt^ss

r^eqは均衡実質利子率でX^ssは定常状態と整合的な変数のベクトルだ。r^eqを直接観測することは出来ないので事後の実質利子率(rt)を用いて以下のようにそれを表現する。

(2) rt=β'X+ωt

合理的期待形成が成立すると仮定しているのでwtは平均ゼロの系列相関のない変数となる。従って式(2)の通常のOLS推計は一致性を満たす。さらにこの回帰分析の適合値は事前の実質利子率に等しくなるだろう。短期に於いて実質利子率を均衡から乖離させるようなショックが発生するが式(1)の長期の関係に回帰するという状況を考える。式(2)は以下のような誤差修正モデルで表現することが出来る。

(3) Δrt=ΣθjΔrt-1+ΣβjΔXt-j-B(rt-1-b'Xt-1)+νt

Xtは経済変数のベクトル、νtは平均ゼロの定常ランダム変数だ。すべての変数を定常かまたはI(1)と仮定すると式(2)と式(3)は互いに等しくなる。さらに長期の均衡が安定であることは0 < B < 2で保証される(Hinkle and Montiel (1999)。回帰速度はB=1の場合に最速でBが1から乖離するにつれて低下する。Bが1を下回る場合には単調に回帰し1を上回る場合には振動する。

この誤差修正モデルは以下のようにrtを再定式化しているに過ぎない。

(4) rt=Σθjrt-j+ΣβjXt-j+νt

式(3)と式(4)を比較することによりB=1-(Σθj)とb=Σβk/Bが成立しなければならない。さらに収束は安定性条件が満たされている場合に発生する。

2.3 Coefficient Instability and Nonstationarity – Preliminary Linear Tests

上記の変形を通して実質利子率の短期と長期の振る舞いを調べることが出来る。だがこの形式の分析が有効なのはrtまたはωtが定常である場合だけだ。多くの実証研究は実質利子率の振る舞いが一定でも定常でもないと報告している。Fama (1975)はアメリカの実質利子率が1953-1971の期間で一定であったと報告したもののMishkin (1981)は1953-1979と1931-1952の期間で強く否定している。Rose (1988)はアメリカと17のOECD加盟国で実質利子率が非定常であったと報告している。

Huizinga and Mishkin (1986a)は単純な多変量モデルを用いて(これ以降はH-M modelと呼ぶ)アメリカの実質利子率の振る舞いに構造変化が含まれていると報告した。彼らはb ˆの安定性を検証し連邦準備が1979の10月と1982の10月に金融調節の手法の変更を発表した月に有意に構造変化が起こったと報告している。

Walsh (1988)はH-Mの結果は名目利子率を説明変数に加えていることでミスリーディングだと指摘している。何故なら係数の不安定性が実質利子率と無関係に単にインフレの方に構造変化が起こっただけだとしても名目利子率の不安定性として捉えられてしまうからだ。彼はH-Mを再推計し1979の構造変化は検出できたが1982のものは検出できなかったと報告している。

H-Mの結果に多少の傷はついたものの構造変化の可能性を考慮に含めることはその後の研究に於いて慣行となっていった。構造変化やレジームシフトの存在は単位根仮説を棄却させるのを難しくさせる傾向があったからだ。Garcia and Perron (1996)は平均と分散のシフトが考慮されれば変数の自己相関は消滅し事前の実質利子率は各レジーム内部で一定であることを報告した。

H-Mモデルを日本の実質利子率に適用してみるとこれにもレジームシフトが含まれていることがわかった。定数項、実質利子率の1、2、3、6、9、12ヶ月のラグ、失業率の2ヶ月のラグ、工業生産成長率の2、3ヶ月のラグ、サプライショックの2ヶ月のラグ、マネーサプライ成長率の3ヶ月のラグを用いて単純な最小二乗法による推計を試みる。表1はこの方法が全サンプル期間に適用するのに適したモデルでないことを示している。結果に自己相関とARCHの影響が見られるからだ。

Appendix 1で示すように全期間を構造変化があったと思われる7つの期間に分割する。各説明変数に関する係数はそれぞれの期間内で変化する。表2は係数の安定性が1979:4を除いて強く棄却されたことを示す。

日本の実質利子率が幾度のレジームシフトを含んでいても驚きではない。金融市場、財市場ともに何度も制度変化を繰り返しているからだ。従って単純なADLの仮定に基づいた誤差修正モデルを適用することは妥当ではない。線形モデルは実質利子率と説明変数間の長期の安定的な関係を発生させることが出来ないからだ。さらに合理的期待の仮定を無効化する系列相関と交絡する恐れがある。上記の事情により我々は日本の実質利子率の振る舞いをBekdache (1999)のモデルを用いて再推計を試みる。

2.4 The ECM Analysis Based on the Time -Varying Model

Bekdache (1999)の多変量モデルはH-Mと同じ変数を用いるが係数が時間によって変化することと分散が2つの状態を取りうることを許容している。よって彼のモデルは以下のように示せる。

(5) rt=Wtβt+εt
    βt=βt-1+νt (transition equation)
    εt~N(0,ht)
    νt~N(0, Q)
    ht=ρ0^2+(ρ1^2-ρ0^2)St, ρ0^2<ρ1^2

Wtは説明変数のベクトル、βtは係数ベクトル、Qは係数の遷移方程式の誤差の分散共分散行列だ。実質利子率はマルコフ過程に基づいて低いか高いかいずれかの状態を取る。

これは日本の実質利子率の振る舞いが不安定であるという上記の結果を踏まえてのものだ。説明変数は前回と同様だ。

この方法の長所はGarciaやHamilton (1988)らの非連続的なレジームシフトでは実質利子率の平均と分散の両方に非連続な変化が起こることを必要とするがこのモデルでは2種類の変化を同時に取り扱うことが出来る。つまり係数の連続的な変化と分散の比連続的な変化だ。よってこのモデルは説明変数の影響の時間的な変化を表現することが可能でそして長期の振る舞いに影響を与える制度的、環境的変化を組み込むことが出来る。さらに以下で見るようにこのモデルは自己相関や分散自己回帰の影響から逃れることが出来る。

上記の議論から式(4)を以下のように変形することが可能だ。

(6) Δrt=ΣθtjΔrt-j+ΣβtjΔXt-j-Bt[rt-1-b't-1Xt-1]+εt

最初の2項は短期の振る舞いを表現していて括弧の中の項は長期の関係を表している。この定式化では均衡利子率は長期均衡式に基づく(rt^eq=bt~'Xt)予測値で観測値である実質利子率はBtの速度で長期の均衡に収束していく。力学の特性はBtが1より上か下かに依存している。1より上の場合は振動を繰り返しながら長期均衡へと収束していく。1より下の場合は単調に収束していく。

単純化のためにモデルを以下のようにスカラー型で示す。

(6)' Δrt=Δβt1rt-1+Δβt2rt-2+Δβt3rt-3+Δβt6rt-6+Δβt9rt-9+Δβt12rt-12+Δγt1μt-2+Δγt2IPGt-2+Δγt3IPGt-3+Δγt4Supplyt-2+Δγt5Moneyt-3-Bt[rt-1-rt-1^eq]+εt

rt^eq=αt/Bt(L)+γt1μt-2/Bt(L)+(γt2+γt3L)IPGt-2/Bt(L)+γt4Supplyt-2/Bt(L)+γt5Moneyt-3/Bt(L)

Bt=Bt(L)=1-βt1L-βt2L^2-βt3L^3-βt6L^6-βt9L^9-βt12L^12で上記の方程式の解はすべて単位根の外にあると想定する。

最後に重要な修正を加える。工業生産成長率の項は長期均衡解から覗かれなければならない。定常状態均衡での非零の成長率は理論と矛盾するからだ。式(6)の2重括弧の中にあるIPGt-2の項をゼロと仮定した場合に式は以下のように簡略化出来る。

(7) rt^eq=αt/Bt(L)+γt1μt-2/Bt(L)+γt4Supplyt-2/Bt(L)+γt5Moneyt-3/Bt(L)

3. Empirical Results and Analysis

3.1 Results with the Time-Varying Parameters/Markov-Switching Model

図3に結果を示す。Kim (1993, 1994)はモデルの特定化を系列相関に対する予測誤差を調べることにより検証できることを示した。予測誤差に対するQ統計量はQ(12) = 15.85、Q(24) = 30.18、Q(36) = 45.58でこれらはすべて自己相関を棄却している。従ってモデルは事後の実質利子率の振る舞いをよく捉えていると言うことが出来る。

図3から係数がすべてサンプル期間中に大きく変化していることが見て取れる。1960年代と1970年代の間では係数は極めて不安定だった。図の垂直線は構造変化の候補点を示している。係数の変化のうちでいくつかのものは候補点の周辺で起こっているように思われる。図4は1978の1月以前には実質利子率は大きな分散の状態に属していてその後は小さな分散の状態に推移したことを示す。分散の大きな状態は分散の小さなものの4倍以上分散が大きい。予測誤差の分散の大きさは図3で示した1960年代と1970年代の係数の変動の大きさと整合的だ。1978以前の変動の大きさはインフレ率の変動の大きさが原因だ。

3.2 Ex Ante and Ex Post Real Interest Rates in the 1990s

図5に事前と事後の実質利子率を示す。


事前の実質利子率は1980年代の後半に下落しているように見える。名目利子率は円の増価とブラックマンデーへの反応として引き下げられていったが1990と1992に再び引き上げられる。1992以降には事前の実質利子率は経済が減速し始めたので再び低下する。だが興味深いことに実質利子率の水準は1980年代のバブル期のものからそれほど大きく異なるわけではない。1999に実施されたゼロ金利政策は事前の実質利子率の低下に貢献したように見える。全体として事前の実質利子率が懸念される限りでは1990年代の実質利子率は過去と対比して相対的に低いまたは少なくとも高すぎることはないように思われる。

図6に1990以降のこのモデルの予測誤差を示す。定義により予測誤差は家計のインフレ率に対する期待誤差に等しい。1992から1998の間に予測誤差は正であったことが示される。これは観測されたインフレ率は予想されたものよりも高かったことを示している。家計はこの期間に低いインフレを予想していたようだ。日本のデフレ状況に関する議論は1990年代の後半に入って活発化したが?インフレ期待の低下は1990年代の前半に既に始まっていたようだ。1998以降になって初めて事前の実質利子率は事後の実質利子率よりも低くなり始める。これは実際のディスインフレまたはデフレは1990年代の終わりになってようやく開始されたことを意味する。

3.3 Dynamics of the Real Interest Rate Process – Time-Varying ECM Analysis

ここではマルコフスイッチングモデルからの結果を用いて均衡実質利子率とその調整速度を計算する。図7に均衡実質利子率と事後の実質利子率を示す。均衡実質利子率は事前の実質利子率と比較してより安定的なように見える。r^eqは1960年代と1970年代に低かったが日本のバブル期(1982-87)とその後(1991-92)には相対的に高かった。1990年代の終わりにはr^eqは最も低い水準を記録した。図8は1980年代と1990年代の均衡実質利子率と事前の実質利子率を、図9は同時期の均衡実質利子率と事前の実質利子率とを比較している。均衡実質利子率からの事前の実質利子率の乖離は事後のものの乖離と比較してそれほど大きくない。




図10に事後の実質利子率と均衡実質利子率との乖離を示す。この図は日本の金融政策当局の実際の政策スタンスを理解するのに役立つ。2つの利子率の差が正の場合では、つまり事後の実質利子率が長期均衡利子率よりも高い場合では、実際の金融政策の効果はより引き締め的であると言うことが出来る。逆に差が負の場合ではより緩和的であることを意味する。引き締め政策は1977-78、1986-87、1999-2001で見られ緩和政策は1976-77、1988-89、1993、1996-1997で見られる。図10に収束速度が時間によって変化している様子を示す。収束速度は第一次オイルショックの後では極めて遅いように見える。この時期の事後の実質利子率は均衡実質利子率よりも低かったので収束速度の遅さと併せて緩和政策が継続されたと言うことが出来る。収束速度は1992以降に再び低下を始め1997に最も低くなる。前回のオイルショックの時期とは異なって今回の収束は振動を伴っていて実質利子率が均衡利子率を上回っていたことを示唆する。

図11と図12は均衡利子率と事後の実質利子率の間の差と均衡利子率と事前の実質利子率との間の差を示す。2つの図の明白な違いは図11が観察されたまたは事後の金融政策のスタンスを示すのに対して図12は均衡実質利子率との対比で家計の予想がどのように変化したかを示す。1980年代の緩和時期、特に1982-1985、1988-90の期間に金融政策は事前、事後の実質利子率ともに緩和的だったように見える。1990以降はこの2つの利子率は一致した振る舞いを見せない。1994と2000を除いて事前の利子率は長期均衡率よりも高く事後の利子率は1999まで長期均衡率よりも低い。事前の実質利子率は短期均衡なので図12の結果は価格が家計の予想していたよりも下方粘着的で実際のインフレ率が予想よりも高かったことを示唆している。これは図6が示すことと整合的だ。従ってデフレ期待が実質利子率を均衡よりも高く導いたとしても観測された実質利子率が高すぎるということにはならない。実際にデフレが始まったのは2000になってからだ。2001以降は事後と事前の実質利子率に関して金融政策は引き締め気味だったように思われる。

実質利子率が均衡から乖離するようなショックが発生した場合にx%まで回帰するのに要した期間を|Bt – 1|t =1 – xを解くことによって計算できる。以前も述べたようにBtは収束速度だ。図13は乖離の95%まで実質利子率が収束するのに要した期間を示している。この図から乖離の期間が1993以降顕著に増加したことは明らかだ。1980年代の平均期間は1.2ヶ月で1990年代のものは2.1ヶ月と約2倍近くになっている。そして1996-99では3.2ヶ月だ。よって1990年代後半以降は実質利子率が均衡から乖離した場合に均衡に回帰するのにより長い期間を要するようになっている。


ここまでの定式化ではモデルの動学的構造の変化と実際の(経済上の)出来事との関連を憶測するだけで構造変化の直接の原因を識別することは出来なかった。これは1990年代のように深刻な事態が次々に発生した時期に特に問題になる。よってレジームシフトと関連があると思われる変数を識別する必要がある。名目利子率の水準も議論の対象だ。いくつかの研究が非負制約の存在により金融政策の有効性が損なわれると報告している。これらの問題を取り扱うためにSmooth Transition Regression(STR)モデルを導入する。

4. Further Analysis on the Real Interest Rate Series in the 1990s Using the
Smooth Transition Regression (STR) Model

4.1 STR Model Specification

STARモデルは取り扱われる変数が2つのレジームの加重平均である時系列モデルだ。レジームシフトが発生する確率は閾値からの遷移変数の相対的位置で決定される。STARモデルを用いると実質利子率の振る舞いは以下のように表現できる。

(8) rt=Φ1'Xt+Φ2'Zt~[1-Gτt-d;γ,c)]+Φ3'Zt~G(τt-d;γ,c)+εt 

Xtは係数がレジームシフトの対象とはなっていない変数の行列でZtはその逆だ。このモデルでは重み付けは各レジームが発生する確率によって決定される(その確率は以下の関数G(τt-d;γ,c)によって決定される)。

(9) G(τt-d;γ,c)=1/1+exp[-γ(τt-d-c)]

この中で特定の閾値cに対する遷移変数の相対的位置が変数がどのレジームにいるのかを決定する。正のパラメータgは遷移がどの程度の頻度で起こるかを示す。式(9)のロジスティックス関数はτt-dに対して単調に増加する。

自己回帰係数はXtに含まれマクロ経済変数はZtに含まれる。さらに前回の分析で示したようにrt-12、Moneyt-3、IPGt-2、IPGt-3は1990年代には無視出来るものになる。これらの変数はここでの分析に含めない。よって説明変数のベクトルはXt = (Const, rt-1, rt-2, rt-3, rt-6, rt-9)とt Z~= (ut-2, Supply t-2)になる。

他のレジームスイッチングモデルとは異なりSTRは様々な検証が可能だ。線形性はLM統計量を用いて簡単に行うことが出来る。そしてこの線形性のテストによりレジームシフトと遷移変数との関係を識別することが可能になる。

例えばいくつかの候補から最も適した遷移変数または最適なラグを線形性の帰無仮説がどれだけ強く棄却出来るかで識別することが出来る。詳細はAppendix 3で述べる。

我々は名目利子率に注目する。日本の金融政策の状況が実質利子率の振る舞いに影響を与えたかに関心があるからだ。名目利子率が遷移変数であったのならばその水準が実質利子率のデータ生成過程に影響を与えただろうからだ。

4.2 Regression Results of the STR models

結果を表3にまとめる。表の中で名目利子率の5ヶ月のラグは最も有意で名目利子率の水準が実質利子率の振る舞いに変化を生じさせていることが示唆される。

線形モデルとSTRモデルの推計結果を表4に示す。非線形STRモデルの方が推計するパラメータの数が多いにも関わらずSSRと残差標準誤差とAICが低いことが分かる。つまり、日本の実質利子率は1990年代に非線形性を示したことになる。列2の結果は名目利子率に関して閾値0.62%でレジームの遷移が起こったことを示唆する。gとcの意義は図12でよりはっきりと見られる。図は1995の5月(名目利子率が0.62%以下に低下した時期)、ゼロ金利政策が実施される3年前にレジームシフトが起こっていたことを示している。この結果は極端に低いゼロではない利子率が実質利子率の振る舞いにレジームシフトを発生させることを示唆している。

頑健性の確認のためにその他の候補となる遷移変数を検証する。候補となる変数は年次と月次のインフレ率、貨幣乗数、金融ショック変数だ。月次と年次のインフレ率は実質利子率がインフレ率の水準に影響を受けるかどうか検出することが出来るかもしれないからだ。貨幣乗数は経済が流動性の罠に陥っている程度を示す。金融ショック変数は貸出の成長率を工業生産の成長率で回帰した場合の予測誤差だ。

非線形性のテスト結果を表3にまとめる。月次のインフレ率の1ヶ月のラグと貨幣乗数の1ヶ月のラグが最も有意になった。流動性の罠と関連が深い変数として注目に値する。対照的に金融ショック変数は有意ではなかった。しかし実際にSTRによる分析を実行してみるとこれらのモデルは有意な結果を生み出さなかった。月次のインフレ率(1ヶ月のラグ)はOLSと比較してSSRまたは残差標準偏差を減少させずAICは増加した。gとcさらにほとんどの係数は有意にならなかった。貨幣乗数はインフレ率と比較してよかったものの名目利子率より明らかに適合性が低かった。

5. Concluding Remarks

(省略)

2013年6月22日土曜日

嘘つき経済学者スティグリッツ「インフレ率は40%以下だったら何の問題もない」Part2

Inflation and Growth: Some Theory and Evidence

by Max Gillman Mark Harris László Mátyás

1. Introduction

Kormendi and McGuire (1985)はインフレが経済成長に与える影響について正の効果Tobin (1965)だとされていたものを負の効果Stockman’s (1981)であるに変えた。彼らは47ヶ国のデータを調べて有意に負の影響があることを発見した。最近の研究はこの結論を強化している。Khan and Senhadji (2000)はある閾値からインフレが経済成長に負の影響を与えることを発見した。インフレ率の閾値は工業国で1%、途上国で11%であるという。Ghosh and Phillips (1998)はIMF加盟国に対して同様の報告をしている。さらに効果は非線形で低いインフレ率での方が強いことも発見している。Judson and Orphanides (1998)も同様に負の効果を発見したがスプライン曲線を導入した際には10%以下のインフレ率で関係が有意でなくなることを報告している。

実証分析の結果を理論モデルに結びつける作業はこれまでほとんど行われて来なかった。TobinとStockmanが示したのは実際には生産の均衡成長率への影響ではなく生産への影響だった。Sidrauski (1967)のmoney-in-the-utilityモデルも成長率に対する一時的な影響を取り扱っているだけだった。Ireland (1994)のAKモデルもそのような一時的な影響をモデル化したに過ぎない。Chari, Jones and Manuelli (1996)はインフレが均衡成長率そのものに与える影響を示したがその程度は僅かなものでしかなかった。対照的にGomme (1993)はLucas (1988)の内生的成長の枠組みで大きな負の影響を示した。だがこれらいずれも計量モデルを用いてその関係性を検証していない。

この研究の貢献は実証分析の結果を理論モデルと強く結びつけていることにある。成長理論では成長率は主として一つの変数、資本の利潤率で決まる。利潤率を低下させる課税は成長率を低下させる。内生的成長理論では成長率は人的資本にも依存するが資本全体の利潤率は均衡成長経路と等しくならなければならない。一方の形態の資本への課税は全体の利潤率を低下させる。そのような内生的成長理論と貨幣分析を組み合わせるとインフレ税もまた資本の利潤率に影響を与えるだろう。インフレ税が財から余暇への代替を促す場合は特にそうだ。

この論文では資本へのリターンを減少させるインフレ率をモデルに組み込む。成長は物的、人的資本へのリターンを反映した要素から説明できる。実質利子率を物的資本へのリターンとしこれを貯蓄率で代替する。各国間での実質利子率に対して変更を迫る変化は(例えば税制の変更などを反映したもの)固定効果を通して説明される。資本所得への課税は直接に成長率を低下させるのに対して労働所得への課税は財から余暇への代替を促し人的資本へのリターンを低下させ成長率を低下させるのでこの効果は重要だ。容易に計測可能な人的資本への課税であるインフレ率は重要な説明変数としてモデルに加えている。ここでのモデルは均衡成長経路に沿った均衡を取り扱っていて均衡成長率への収束を暗黙に前提していることに注意が必要だ。アメリカの生産に対する各国の生産の比率をその移行過程を補足するために説明変数に加えてある。成長率はアメリカの水準を大きく下回るほど高いことが予想される。

さらに2つの要素を説明に加える。時間効果を予期されなかった国際的なインフレ率の変化として加える。インフレ率が(成長率に対して)外生的かも調査の対象になる。マネーサプライの外生的な変化率は直接インフレ率に影響を与えて再配分を引き起こし成長率を低下させるのでこの変数の成長率はインフレ率に対する操作変数として用いることが出来る。ここでの手法は例えばGhosh and Phillips (1998)のようなアドホックな操作変数の扱いとは対照的だ。

その他の説明変数はモデルに加えない。モデルは高いインフレ率よりも低いインフレ率で効果がわずかに強まるといったような非線形なものであることが予想される。そしてこの負の効果はFriedmanの最適な名目利子率であるゼロから始まることが予想される。この関係を各種の手法を用いて調査する。非線形かつ理論に即した形で設定した我々のモデルでは過去の研究に比べてより顕著な負の効果が発見できた。特に低率のインフレから効果は負かつ有意でインフレ率が低いほうがその効果は大きい。例えば0-10%から0-5%にインフレ率が移動する場合に負の係数は2倍になり有意水準も極めて高いままだ。

結果はOPEC地域とAPEC地域で分割している。OPECに対して理論はより強く当てはまる。APECに対しては操作変数を用いた方法でしか有意な結果を得られなかった。それに効果の大きさもOECDよりも低い。金融市場の発達度合いが低く中央銀行の独立性が低いAPECでは負の関係が内生的な過程としてしかも弱くしか表れていないことを示唆している。このAPEC地域でのインフレ過程の内生性は注目に値する。なぜ他の研究者が低いインフレ率の範囲で正の効果を報告したのかを説明する手助けになるかもしれないからだ。APEC地域で0-10%のインフレ率の範囲で結果は正かつ非有意だ。0-5%の範囲で結果は正かつ有意になる。だが操作変数法ではすべての正のインフレ率で負の関係しか見られなかった。よって操作変数を用いないで得られた推計結果は内生性バイアスの存在が強く疑われる。

最後にこの結果はTobin effectの存在を否定するものではなく一般均衡の形で再定式化するものだ。内生的成長かつキャッシュインアドバンス制約の設定ではインフレ税は人的資本へのリターンを低下させ物的資本へのリターンは均衡で下方に調整されなければならない。この調整は投資の増加とすべての部門での資本労働比率の増加を必要とする。この投入要素の再調整は人的、物的資本へのリターンの低下を僅かながら緩和する。よってTobin effectは(インフレ率の増加の結果として)上昇した労働に対する税率の下での資源の効率的な使用を促進する効果として再定式化される。それは労働に対して物的資本の利用の増加と均衡成長率の低下を少しだけ小さくすることを意味する。だがインフレが均衡成長率に与える影響はTobinの外生的成長、外生的貯蓄率のモデルとは対照的にそれでも負だ。我々のモデルはStockman (1981)、Ireland (1994)、Dotsey and Sarte (2000)らの資本のみかつキャッシュインアドバンス制約を課したモデルや貨幣の外生的成長を仮定したAhmed and Rogers (2000)のモデルをTobin-type effectの存在を前提としながらその最終的結果は負の効果であるというように拡張している(*ようするに一歩進んでいる間に二歩下がっているということです)。

2. Endogenous Growth Monetary Framework

代表的家計は規模に対して収穫一定な(CRS)財の部門で労働している。実効労働量は生の労働に人的資本を掛けたものとして定義する。家計はさらに2つの部門に資源を投入する。規模に対して収穫一定の人的資本を生産する部門(資本投資と実効労働を投入要素とする)と(実効労働のみを投入要素とする)収穫逓減型の信用サービス部門がある。家計は効用最大化に関して人的資本に係る4つの制約に直面する。貨幣と物理資本から構成される金融資本のフロー制約、金融資本のストック制約、交換技術の制約だ。信用サービス部門の技術はキャッシュインアドバンス制約の中に組み込まれる。

時点tの財の実質量をctとして余暇に費やされる時間の割合、信用サービスの生産に費やされる時間の割合、財の生産に費やされる時間の割合をxt、lft、lgtとする。財の生産に占める物理資本の割合はsgtとする。物理、人的資本と減耗率をkt、ht、δk、δhとする。資本と実効労働の実質限界生産物を実質利子率rt、実質賃金をwtとで記述する。財、信用サービス、人的資本の生産関数のシフトパラメータをAg、Af、Ahとする。

名目変数は財価格Pt、名目金融資本残高Qt、貨幣残高Mt、貨幣残高の一定割合である政府の現金移転Vtだ。効用関数のパラメータはρ、θ、αで区間(0,1)の技術パラメータはβ、ε、γだ。

2.1 The representative agent problem

財ytの生産を以下の関数で示す。

(1) yt=Ag(sgkt)^(1-β)(lght)^β

α∈(0,1)は財を現金で購入した割合を表す。キャッシュインアドバンス制約は以下になる。

(2) Mt=atPtct

マネーサプライは一定割合ρで政府の現金移転を通して供給される。

(3) Mt+1=Mt+Vt=Mt(1+ρ)

信用によって購入される割合は1-atになる。信用サービスは以下の関数によって生み出される。

(4) (1-at)=Af(lftht/ct)^γ

lftht/ctは実効労働×一単位あたりの消費財だ。式(4)はatに関して解を持ち式(2)に代入できる。これはMcCallum and Goodfriend (1987)のshopping-time economyの特殊形態である技術制約を表す。違いは我々のモデルはbanking timeを表していることだ。

名目金融資本制約は以下になる。

(5) Qt = Mt+Ptkt

名目所得制約は金融資本の変化をゼロとすることにより得られる。これは所得rtPtsgtkt+wtPtlgtht+Vt+dPtktから支出Ptct+δkPtktを引きゼロに等しいとすることと同じだ。

(6) dQt=rtPtsgtkt+wtPtlgtht+Vt+dPtkt-δkPtkt-Ptct

人的資本は規模に対して収穫一定で財の生産に用いられなかった資本、余暇と信用サービスの生産と財の生産に用いられなかった時間によって生み出される。人的資本への投資は以下で与えられる。

(7) dh=Ah(1-xt-lgt-lft)^δht(1-sgt)^(1-δ)kt

代表的家計の最適化問題をAppendixで示す。

2.2 The Effect of Inflation on the Balanced-Growth Path

モデルの主要なトレードオフは財と余暇の間の限界代替率によって与えられる。時間を表す添字を取り除いてその関係は以下のようになる。

(8) αc/xh=w/(1+aR+wlfh/c)

Rは名目利子率を示す。式(8)は限界代替率が余暇のシャドープライスwを財のシャドープライス1+aR+wlfh/cで割ったものに等しいとする。財のシャドープライスは財価格1と現金の平均費用aRと信用の平均費用wlfh/cの合計だ。この関係はRを直接上昇させるインフレ率の上昇が一次のオーダーでxに対して相対的にc/hを低下させることを示す。さらに二次のオーダーで逆方向へ向かう変化がある。インフレ率が上昇した場合にaは下落しwは上昇する。だがGillman and Kejak (2000a)が示したようにRの上昇によりインフレ率の水準はハイパーインフレーション以下に抑えられよってc/hは下落しxは上昇する。

均衡成長経路まわりの均衡は均衡成長率gで与えられる。

(9) g=dc/c=dk/k=dh/h=[r-ρ]/θ

財の生産に用いられる物理資本へのリターンと人的資本の生産に用いられる実効労働へのリターンは等しい。

(10) r=(1-x)Ahβ(shk/lhh)^(1-β)

式(9)と式(10)は余暇xの上昇はrと成長率の下落に強い効果を持つことを暗示している。式(8)と併せてこれらの式はどのようにインフレ率が余暇の増加を通して成長率を低下させるのかを示している。

カリブレーションはこの負の効果が極めて頑健であることを示す。負の効果は広範な範囲のパラメータに対して見られる。他の研究では滅多に用いられない信用部門のパラメータγ∈(0,1)などに対しても全範囲で負の効果が見られる。さらに物理資本のない場合に於いて均衡の存在と一意性を解析的に証明することが出来る。負の効果はある非常に高いインフレ率までのみで見られる。標準的なパラメータの下ではこの値は100-200%の間にあり定常状態のインフレ率としてはどの国も経験することがないであろう水準にある。一般的に言ってそのような高率のインフレになっている国はハイパーインフレーションの領域に入っていると言ってよくここでのモデルが対象とするようなものではない。

2.3 Non-linearity of the Inflation-Growth Effect

負の効果の非線形性はモデルの新たな側面だ。インフレ率がある極めて高い値を超えて上昇した場合に負の効果はゼロになるまで単調に下落しその後は正に変化する。よって効果は名目利子率ゼロでわずかに強くそこから減少していく。

この非線形性の元は(ミクロ基礎を持った)交換技術の使用にある。インフレ率が低い水準にある場合には消費者は主に現金を用いて信用をわずかしか用いない。理論は低いインフレ率では貨幣需要の利子弾力性は極めて低いまたは非弾力的でありインフレ率が上昇するに従って弾力的になると暗示している。非弾力的な貨幣需要の下で消費者は財から余暇へとシフトするが貨幣から信用へのシフトはあまり起こらない。利子弾力性が上昇してくると消費者はここでも財から余暇へとシフトするものの今度は貨幣から信用へのシフトも起こすようになる。次第に信用への代替の経路が余暇への代替の経路を支配するようになりよって余暇の上昇率は逓減し成長率の低下速度も小さくなっていく。これが高いインフレ率で効果が次第に小さくなっていく理由だ。

2.4 Tobin Effect and the Savings Rate

ここでのTobin effectは一般均衡的なものでインフレ率の上昇がw/rと資本労働比率を上昇させる。カリブレーションはインフレが人的資本へのリターンが抑圧されるので資本へのリターンrを低下させることを示す。実質賃金wは消費者がより余暇を選好する結果として上昇する。これは労働から資本への代替を引き起こしTobin-typeの資本集約度の上昇を生み出すがそれでも成長率は全体として低下する。

貯蓄率も投入価格比率w/r、余暇、名目利子率に依存していることが示される。実質利子率rの上昇の効果は貯蓄率を上昇させることにある。この原理を元に我々は実質利子率が成長率に与える効果を貯蓄率を使用して代理にする。これは貯蓄率に影響するその他の効果(例えば実質賃金など)を無視しており貯蓄率を実質利子率の不完全な代理としてしまっている。

3. The Data and Preliminary Analysis

(省略)

πと成長率の相関を表1に示す。有意かつ強い負の関係が確認できる。


その相関は線形の関係を示しただけで非線形の効果に関して何も教えてくれない。図3に各種インフレ率の範囲と平均成長率との関係を示す。ここでも関係は負でインフレ率5%以上でより強まるように見える。

単純な相関は負の効果をはっきりと示したものの重要なのは節2でも述べたように経済成長に影響する他の要因を制御して調べることだ。

4. The Econometric Model

節2で述べた内容を以下の形式として表現することが出来る。

(11) yit=αi+λt+βgg(πit)+βI/yln(Iit/yit)+βy/yln(yUSAt/yit)+uit

yitはi国のt年の年間成長率を示す。bは未知の係数ベクトルだ。Iit/yitは投資がGDPに占める割合を示す。 yUSAt/yitはアメリカとi国の生産の比率でαiは国特有かつ時間不変の影響(例えば物理資本への税率など)を捉える。λtは時間効果だ。uitは撹乱項を示す。投資/貯蓄率と所得水準比は符号が正でインフレ率は符号が負であることが予想される。

5. Robustness and Endogeneity

頑健性の確認をハイパーインフレーションの定義を変更して行う。基準ではインフレ率50%以上をハイパーインフレーションとするが100%や150%も定義として確認する。

インフレーションが成長率に対して外生的であるかの確認を行う。操作変数としてマネーサプライの現在値とラグ値を用いる。マネーサプライはほとんどのモデルで外生的であると仮定されていて重要なことに経済モデルではこれが実際にインフレーションを起こすものとされているので操作変数として適切だ。これはGosh and Phillips (1998)やKhan and Senhadji (2000)のようにアドホックな操作変数群を用いているのとは対照的だ。さらに異なる操作変数群が用いられる場合には結果はそれらに左右されるようになる。追加の操作変数は厳密に外生性を満たしていないかまたはインフレ率に関係がないかもしれないからだ。

6. General Results, Diagnostics and Robustness

(省略)


(OECD加盟国)

(全サンプル)


(APEC加盟国)

7. The Inflation-Growth Effect

OECD加盟国に関して推計方法等に無関係に負の効果がはっきりと確認できる。さらに各インフレ率の範囲でのインフレの効果は少なくとも10%水準で有意だ。操作変数法を用いてもほとんど同一の結果を返すので内生性バイアスは小さいことを示唆している。

この結果はKhan and Sedhaji (2000)の結論と整合的だ。彼らは工業国に関しては1%以上のインフレが負の効果を持つことを発見した。ここでの0-10%の範囲でも負の効果が見られる。さらに0-5%の範囲に関しても極めて有意な負の関係が見られる。

APECが対象では有意水準は下落し非線形の関係も対数型でのみ幾らか見られた。だが標準誤差が大きいので操作変数法を用いていない結果には注意を要する。

例えば図10は低いインフレ率で正の効果で10%以上のインフレ率で負になっていくことを示唆している。だがこうした非線形の特定化は適切であるように思われない。インフレの二乗項のみが有意でその有意水準も低いからだ。物価指数に関して対数型を用いた推計結果も低いインフレ率で正の効果または非線形の負の効果を示した。しかしどの特定化に対してもインフレ変数は有意ではない。一方で操作変数法を用いた場合にはインフレ変数は有意になりさらに期待された非線形の負の関係も見られるようになる。

OECDとAPECの全体を対象にした場合ではインフレ変数の有意水準は低下する。すべてのインフレ率の範囲で結果はすべて有意であるものの係数は絶対値で見て小さくなり有意性も低下する。この結果はサンプルをOECDとAPECで分割することの重要性を示している。OECDに於いて負の効果がより強くより有意だからだ。だが操作変数法の結果が示すように金融市場の発達度合いが一般的に低いAPECでも負の効果が働いていることが示された。

8. Conclusion

(省略)

その結果はインフレが低下した場合に負の効果が表れるだろうことを意味していない。経済活動を低下させる外的ショックがモデルの説明変数(インフレ率)を支配する可能性がある。つまり世界経済が急激な成長率の低下に見舞われていない場合のみにインフレの低下による正の効果が見られるだろうからだ。世界経済が外的ショックに直面していない場合にはインフレ率の低下は高い成長率を生み出すように思われる。そしてその効果は資本と労働に対する限界税率がインフレ率と同時に下げられた場合により強くなると考えられる。

2013年6月16日日曜日

嘘つき経済学者スティグリッツ「インフレ率は40%以下だったら何の問題もない」Part1

Threshold Effects in the Relationship Between Inflation and Growth

by MOHSIN S. KHAN ABDELHAK S. SENHADJI

インフレと成長率の関係が非線形であるかに関しての問題が検証されてきた。つまりある基準を境にインフレ率と成長率の関係に変化が見られるのかだ。そうであるならばその境界線または閾値を推計しなければならない。非線形の関係の可能性を最初に述べたのはFischer (1993)だ。Sarel (1996)は8%のインフレ率で有意に構造変化が見られることを発見した。8%以下ではインフレは成長率に対して影響を与えないかまたはわずかにプラスであるかもしれない。8%以上では強いマイナスの効果が表れたという。閾値の存在を無視すれば結果に大きなバイアスが加わるだろう。Ghosh and Phillips(1998)はSarelよりも大きなサンプルを用いて大幅に低い2.5%という閾値を発見した。さらに彼らはインフレが成長率の最も重要な決定要因の一つであることも発見した。Christoffersen and Doyle(1998)は移行経済に関して閾値を13%と推計した。Bruno and Easterly (1998)はインフレと成長率の負の関係は例えば年次ではなく月次のしかも極端に高いインフレ率のみにおいて見られるという。彼らは全サンプルに関しては相関を発見できなかったが40%以上のインフレ率に関してはマイナスの効果を検出できたという。

この研究では以下の点を重視してインフレと成長率の関係を再調査する。
・統計的に有意な閾値は存在するのか?
・閾値の効果は途上国と先進国で同一なのか?
・上記に挙げた研究が異なる閾値を推計したことを鑑みてこれら閾値の値は統計的に異なるものなのか?
・Bruno-Easterlyの結果はロバストなのか?

I. Data Issues

データは140の国(工業国と途上国を含む)を含み期間は1960-98だ。データはWorld Economic Outlookからで以下の変数を含む。現地通貨建てのGDP成長率、CPIベースのインフレ率、初期の所得水準、GDPに占める投資の割合、人口成長、貿易収支の変化率、貿易収支の標準偏差だ。

図1に実質GDP成長率とインフレ率の対数値との関係を示す。データは全サンプルを5つに分割することで平準化してある。図の下部は5つのサブサンプルの算術平均だ。


図1から低いインフレ率に対して関係がわずかにプラスでインフレ率が上昇していくとマイナスになるのが見て取れる。さらにマイナスの効果は高いインフレ率で幾らか弱まっていてFischer (1993)と整合的だ。

成長率と関連があるのはインフレの水準なのかまたはその対数値なのか?図2の1番目のパネルに全サンプルにおけるインフレ率の分布を示す。分布がかなり歪んでいるのが分かる。回帰分析は極値に強く影響を受ける。Sarel (1996)が示したように対数化により部分的には極値の影響を取り除くことが出来る。非線形モデルに対してGhosh and Phillips (1998)は対数化の当てはまりが最も良いことを示した。さらに対数化から得られる結果は線形モデルのものよりも尤もらしい。線形モデルは加法的インフレショックが低率のインフレ、高率のインフレの経済に同一の影響を与えるのに対して対数モデルは乗法的インフレショックが低率のインフレ、高率のインフレに対して同一の影響を与える。例えば線形モデルではインフレ率の10%の上昇は初期値のインフレ率が10%の経済と100%の経済に同じ影響を与えるが対数モデルではインフレ率の2倍が同じ影響を与える。

II. Model Specification and Estimation

閾値の存在を確かめるため以下のモデルを推計する。

dlog(Yit)=μi+μt+γ1(1-ditπ*){(πit-1)I(πit<1)+[log(πit)-log(π*)]I(πit>1)}+γ2ditπ*{(πit-1)I(πit<1)+[log(πit)-log(π*)]I(πit>1)}+θ'Xit+eit (1)

       {1 if πit>π*
ditπ*={0 if πit<π* i=1,...,N; t=1,...,T

dlog(Yit)は実質GDPの成長率でμiは固定効果、μtは時間効果、πitはCPIベースのインフレ率、π*はインフレ率の閾値、ditπitはダミー変数だ。I(πit≤1)とI(πit >1)は指示関数を表す。Xitは制御変数のベクトルで投資率、人口成長率、初期の1人あたり所得水準、貿易収支の変化率、貿易収支の標準偏差の5年平均を示す。

上記で述べた理由によりインフレ率の対数値が説明変数として適している。しかし負のインフレ率に対しては対数関数は存在しない。さらに対数関数はインフレ率がゼロに近づくとマイナス無限大になってしまう。従ってここではインフレ率が1以下では線形のモデル、1以上では対数値を取る関数を推計する。

f (πit ) = (πit −1)I(πit ≤ 1)+ log(π )I(πit >1) (2)

初項は単にインフレ率の水準に1以上のインフレ率ではゼロになる指示関数を掛けたものだ。第2項はインフレ率の対数値に1未満のインフレ率ではゼロになる指示関数を掛けたものだ。1で関数が連続となるように初項から1を引く。f(πit)は連続して微分が可能だ。結果として関数は負のインフレ率も取り扱うことが出来る。最後にlog(πit)からlog(π*)を引くことにより関数は閾値で連続となる。

Estimation Method

閾値が最初から分かっていればOLSにより推計できる。今回は閾値が不明なため他のパラメータと併せて推計しなければならない。このケースで適した方法はNLLSだろう。π*が非線形かつ非連続の形で回帰式の中に含まれているのでNLLSを推計する通常の方法は適していない。代わりに条件付き最小二乗法と呼ばれる方法で推計を行う。任意のπ*に対してモデルをOLSで推計しπ*の関数としての残差二乗和を作成する。この残差二乗和を最小化するπ*の値がπ*の推計値となる。ベクトルに値を収納することにより式(1)を以下のように簡略化することが可能だ。

dlog(Y) = Xβ + e π = π π (3)

βπ = (μi μt γ1 γ2 θ′)はパラメータベクトルでXは説明変数の行列だ。係数行列βは閾値の影響を示すためにπで指数化してある。S1(π)は閾値をπで固定した残差二乗和を示すものとする。π*の推計値はS1(π)を最小化するものとして選択される。

π*=argmin{S1(π),π=π_,...,π-} (4)

Inference

閾値の効果が統計的に有意なのかどうかを判定することは重要だ。式(1)の中で閾値の効果がないという仮説を検証するためには単に以下の帰無仮説H0: γ1 = γ2を検証するだけでよい。帰無仮説の下では閾値π*は識別されない。よってt検定のような古典的な検定は標準的な分布を持たない。Hansen (1996, 1999)は以下の仮説を検証するためにブートストラップ法を用いることを提案している。

LR0=(S0-S1)/σ^2 (5)

S0はH0: γ1 = γ2の下での残差二乗和でS1はH1: γ1 ≠ γ2の下での残差二乗和、σˆ2は対立仮説の下での残差の分散だ。つまりSとS1は閾値の効果がない場合とある場合の式(1)の残差二乗和だ。LR0の漸近分布は非標準的でサンプルのモーメントに依存する。よって棄却値は集計できない。Hansen (1999)はLR0の分布をブートストラップする方法を示した。

関心のある問題として例えばインフレ率10%の閾値は8%や15%の閾値と有意に異なるのか否かだ。つまり信頼区間の概念を閾値の推計にも一般化できるのか?Chan and Tsay (1998)はここで扱っているようなモデルに関して閾値を含むパラメータの漸近分布は正規分布に従うことを示した。簡潔に言うとΦ = (μi μt γ1 γ2 θ′,π*)を閾値を含むパラメータの集合とする。Chan and Tsay (1998)はΦの推定量Φ^は漸近的に正規分布に近づくことを示した。

Φˆ~N(Φ,U–1VU–1) (6)

U = E(HitH'it)、V = E(e2itHitH'it )、Hit = (–X~it, γ1(1 – ditπ*) + γ2ditπ*)で、X~itは式(1)の右辺のすべての変数のベクトル、NTは観測値の総数だ。UとVの推計は以下で与えられる。

U^=ΣΣH^itH^'it/(NT) and V^=ΣΣe2^itH^itH^'it/(NT) with H^it=(-X~it,γ1^(1-ditπ*)+γ2^ditπ*)

III. Estimation and Inference Results

Test for Existence of Threshold Effects

最初の段階は尤度比LR0を用いて閾値が存在するのかを確認することにある。これは式(1)の推計とπ–からπ–の範囲の残差二乗和を計算する必要がある。残差二乗和を最小化する閾値を選択する。テストは全サンプルと2つの部分サンプル(工業国と途上国)に分割して行う。結果は表1にまとめる。


第2列は閾値を探索した範囲を示す。全サンプルに関してπ– =1%、π–=100%として100の回帰分析を行う。100の残差二乗和の最小値はインフレ率11%で得られる。同じ手順をサブサンプルに対して行うことにより途上国では11%、工業国では1%の閾値が得られた。工業国の閾値は途上国のものよりもずっと低い。表1のLR0の行は尤度比を示している。有意水準はLR0の分布を用いて計算される。閾値がないという帰無仮説は1%有意水準で棄却される。従ってデータは閾値の存在を強く示唆している。

Estimation Results

表2は3つのサンプルに対する式(1)の推計結果を示す。全サンプルに対してすべての係数は予想された符号で1%水準で有意だ。閾値の存在は単にγ1とγ2が等しいとする古典的な検定からは推測できない。閾値がないとの帰無仮説の下ではこの変数に関するt値の分布は非正規だからだ。これが帰無仮説を尤度比LR0(π)の分布を用いて検定する理由だ。だが対立仮説の下では説明変数のt値の分布は通常の形状を保持している。さらにChan and Tsay (1998)はすべての係数の漸近分布は分散共分散行列が式(6)で与えられる多変量正規分布であることを示した。

前回の部分節で我々は閾値の存在を示した。次の疑問はそれらの推計がどれぐらい正確なのかだ。これには閾値近辺での信頼領域の計算を必要とする。閾値の存在は広く受け入れられているがその正確な値に関してはまだ議論の余地がある。以前議論したように既存の研究では幅は2.5%から40%まである。仮に信頼領域が極めて広いものならば閾値の水準に大きな不確実性が存在することになる。興味深いことに信頼区間は極めて狭く閾値が正確に推計されたことを示している。実際3つのサンプル(全サンプル、工業国、途上国)に対する95%信頼区間は[10.66, 11.34]、[0.89, 1.11]、[10.62, 11.38]だ。

なぜ途上国の閾値は工業国のものよりも高いのか疑問に思うかもしれない。それにはすくなくとも2つの理由が考えられる。第一に途上国の多くは長くインフレに苦しめられてきたのでその影響を部分的にでも緩和するシステムを受け入れてきたのかもしれない。そのメカニズムが高いインフレ率を許容することを可能にしているのかもしれない(相対価格がそれほど変化しないから)。第二に通常の課税手段を欠く政府はインフレ税を課しているのかもしれない。途上国と工業国の閾値の違いは課税手段の違いの反映である可能性がある。従って工業国では僅かなインフレ率の上昇が投資、生産性、成長率にマイナスの影響を与えるのに対して通常の課税手段が限られている途上国はインフレに耐性があるのかもしれない。

閾値以下のインフレ率では特に影響が見られない一方で閾値以上のインフレ率では大きなマイナスの影響が見られる。サンプルを工業国と途上国に分割してみると興味深い特徴が表れる。第一に両方のグループで閾値以下ではプラスの影響が見られる。そして閾値以上では(全サンプルと比較して)より強力な負の関係が見られる。予想されたように投資率と人口成長率は成長率に対して正で有意の相関がある。平均でGDP対比5%ポイントの投資率の上昇は実質GDP成長を途上国で0.80%ポイント、工業国で0.53%ポイント上昇させる。成長理論の分野では1人あたりGDPの初期値(ly0)は条件付き収束(所得の低い国と所得の高い国との所得が条件付きで収束していくという理論)のテストとして分析に含められる。すべてのサンプルで収束が見られる。工業国間での収束率は途上国間よりも高い。工業国間での収束がより速いという前回の研究とも整合的だ。

表3の最初の3つのパネルは全サンプル、工業国、途上国に関する回帰分析の結果を示す。3つのパネルはインフレ率の初期値が3%である仮想的な経済でインフレ率が徐々に上昇した場合に成長率への影響がどうなるかを示している。途上国はインフレ率が3%から11%に上昇することにより成長率を0.14%高めることが出来る。この値は過大推計である可能性が非常に高い。インフレ率が3%から11%に上昇する一方で投資率は一定に固定されているためだ。Fischer (1993)が示したようにインフレは投資に対する影響を通して間接的に負で有意の影響を与える。ここではこの間接的な影響が考慮されていない。(間接的な影響を考慮していない)我々の結果でもプラスの影響は急速にマイナスの影響に変化する。例えば3%から40%へのインフレ率の上昇は途上国で1.01%ポイント、工業国で1.66%ポイント成長率を低下させるだろう。

IV. Robustness

(大部分省略)

Sensitivity to High-Inflation Observations

Bruno and Easterly (1998)とEasterly (1996)はインフレと成長率の負の関係は40%以上の高いインフレ率でのみ見られるとした。彼らは40%以上のインフレ率を除けば負の関係は弱まると主張した。彼らの手法は我々のものとは異なる。彼らの分析は回帰分析に基づいておらずインフレ危機の以前、最中、以後の成長率の平均値を比較している(40%以上を危機と定義している)。彼らの仮説を我々の分析の枠組み内で検証するため式(1)を5年平均インフレ率40%以上のデータを除いて再推計してみる。結果を表5に示す。

結果は表2で示した我々の全サンプルのものに非常に近い。実際、インフレ率40%以上を除いた途上国の閾値の推計はそうでないものとほとんど同一だ。

V. Conclusions

(省略)

2013年6月8日土曜日

ケインズの一般理論は間違いだらけだった?

THE GENERAL THEORY OF EMPLOYMENT, INTEREST, AND MONEY AFTER 75 YEARS:THE IMPORTANCE OF BEING IN THE RIGHT PLACE AT THE RIGHT TIME

by Matthew N. Luzzetti Lee E. Ohanian

1 Introduction

GT(GTはThe General Theory of Employment, Interest, and Moneyの略)は大恐慌の最中に出版された。大恐慌は最も壊滅的な経済危機の一つでGTは大恐慌の理解とその対策を提示する意図で書かれたものだ。GTが長期に渡る影響をもたらしたのはKeynesは適切な場所に適切な時期にいたことが要因のように思われる。さらに(重要な)2つの要因が重なっていた。少なくとも暫くの間は経済の状況はGTの予測に従っているように見えた。少なくともアメリカにおいては戦時支出は好況と重なっているように見えた。このことが政府支出の増加が雇用と生産を促進するという見方に支持を与えているように見えた。そして1950年代と1960年代の経済的安定が多くの経済学者にGTの分析が妥当であると考えさせるようになった。第2の要素はGTの出版直後に起こった計量分析の発展だ。そして計量分析の発展がGTに対する方法論的基礎を与えさらに経済的問題を分析する定量的枠組みを提示した。

だがGTに支配的地位を与えていた多くの要因(モデルの構築と定量化を可能にした方法論の発展、実証分析の発展など)がGTがその支配的地位を取って代わられる最終的な要因となった。特にMuthの合理的期待は動学的一般均衡理論と相まってはるかに深い理論的基礎を持った経済学の構築を可能にした。そしてサプライサイドの要因が景気循環に対して重要であるという認識が(フィリップスカーブの崩壊と合わさって)Keynesian Revolutionの終焉を加速した。

2 Some De ning Features of The General Theory

(*間は省略)これらには景気循環は大部分需要要因によって起こるという見方を含む。(以下、内容を列挙すると)需要の変化のある部分はファンダメンタルズの変化によるものではなくanimal spiritsの変化によるものでこれは将来の収益に対する予想に影響を与え次に投資に影響を与える。政府支出の拡大は経済の安定に有用で特に不況からの雇用喪失を防ぐ効果がある。賃金は景気反順応的である。インフレーションと失業率のような指標にはトレードオフの関係がある。生産の3分の2を占める消費は大部分が当期の所得で決定され乗数の元になる。これらの考えが他の経済学者によってKeynesian revolutionの最中に発展していった。

3 The Impact of the General Theory on Economic
Theory and Policymaking

均衡理論に基づく説明では大恐慌の大きさと長さを説明できないと当時は思われた。均衡理論では価格の調整により供給と需要の均衡が回復する。だがこの説明は1920年代または1930年代全般のイギリスの長期のに高失業率やアメリカの1930年代の失業率に一致しているようには思われなかった。

KeynesはPigouの労働市場の分析が大恐慌を説明できないとして自身の結論に飛びついた。Pigouは1933のThe Theory of Un-employmentの中で今日の基準で見て極めて標準的なモデルを展開する。モデルは労働と余暇のトレードオフという特徴を持っていた。これは家計が消費と余暇の限界代替率と労働の限界生産物とが等しくなるように労働量を決定するという条件として今では多くのモデルに組み込まれている。だが恐慌がイギリス(イギリスの恐慌は第一次世界大戦終了後に始まった)とアメリカの両方で長期に渡って続いたので長期的な高失業率と均衡理論とを和解させることは次第に困難になっていった。さらにいくつかの国では高い失業率と実質賃金の上昇(下落ではなく)が重なっており均衡理論の説明から逸脱しているように見えた。GTは恐慌と均衡理論との対立に対する反応として出版されている。Keynesは以下のように記述している。

「これ(Pigouのモデルの形式)は厳格な意味での非自発的失業が存在しないという仮定に依存している。すなわち既存の実質賃金で雇用可能なすべての労働は実際既に雇用されているということだ」

Pigouの考えはその他の商品同様に競争的市場では賃金調整により労働の供給と労働の需要が均衡するだろうというものだ。この点がKeynesが(GTで)強調する点であり(Pigouからの)返答が寄せられなかった点だ。Pigouの均衡理論は長期の恐慌を説明することが可能だっただろうか?

大恐慌を分析する枠組みを提供する他の経済理論が存在しなかったのでKeynesian economics以外に他の選択肢が残されていなかった。さらにアメリカの経済指標は暫くの間はGTの予測と整合的なように見えた。特に第二次世界大戦はGTの分析の妥当性を示しているように思われた。Keynesian modelの中心部分は需要不足が不況と恐慌の背景にあり政府による需要の増加政策は雇用と生産を増加させるというものだ。政府支出が1939にGDPの16%から1944にGDPの48%に上昇し失業率は1939の17.2%から1944の1.2%に下落した。

おそらくGTの寿命を延長させた最大の要因は1940年代に始まった計量分析の発展だろう。この方法論の発展はGTの定性的側面を定量的分析へと発展させるための鍵となった。一般的にマクロ経済学の枠組みが長期に渡って存続するためには抽象的な概念を厳密な定量的分析へと転換させる必要がある。Kydland and Prescott's (1982)のリアルビジネスサイクルモデルがこれほどまでの影響力を持ったのは、容易に利用可能な定量的枠組み、均衡を近似する手法、パラメータの選択、モデルによりシミュレートされた時系列データを実際のデータと比較できるなどの特徴を持っていたからだ。GTにとって1940年代と1950年代の計量分析の発展とはKeynesの考えを定量的枠組みへと落とし込む実験場でありKeynesianの分析用具を発展させる場であった。

GTの影響の大部分は方法論にある。GTの中には方法論的記述は一切無いにも関わらずだ。1940年代の初期に同時方程式モデルの近代的計量分析の基礎が発展をし始めた。これには確率理論を計量分析に組み込んだ1944のTrygve Haavelmoの論文を含む。その数年後にコールズ委員会は後に古典となる計量分析に関する重要な研究書を出版する。この中にはWilliam C. Hood and Tjalling Koopmans (1953)によって編集されたStudies in Econometric Methodが含まれている。この初版には現在でも多大の影響を与えているHerb SimonのCausal Ordering and Identi abilityとTjalling Koopmans and William HoodによるThe Estimation of Simultaneous Linear Economic Relationshipsが含まれていた。1950にKoopmansによって編集された第2版Statistical In-ference in Dynamic Economic ModelsにはWald, Hurwicz, and Haavelmoによる識別に関する議題、Wald, T.W. Anderson, Koopmansによる推定に関する議題、トレンドに関する議題、構造的とは何かに関しての議題が含まれていた。

これらの発展がKeynesian revolutionの継続の中心的要素だった。そしてそれらがGTの考えを定量的に分析可能なものにした。この発展は後に景気循環の分析に用いられる分析道具の元となる。FRBやMITのFranco Modigliani、ペンシルベニアが共同で開発した大規模計量モデルは技術的に非常に詳細なものだった。これらのモデルは数百に及ぶ方程式体系を持ち各々の方程式は経済の各部分の需要と供給の動きを表現していた。これらのモデルは政策当局者内で用いられ上位の経済学部の学位論文のテーマとなっていた。仮に1960年代にPh.Dを取得したマクロ経済学者に学位論文のトピックに関して尋ねる機会があれば彼らは「MPLSモデルのx方程式に関して研究した」と答えるだろう。

これらのモデルが持っていた影響は言い尽くすことが出来ないだろう。ペンシルベニア大学の准教授だったEd Prescottと彼の教え子Thomas Cooleyは慣行となっていた(いる)定数項修正の公式化を目標とした論文を執筆していた。これらのモデルではモデルの予測が疑わしい程に高いと思うか低いと思うかの主観に基づいて定数項を変化させることがしばしばある。Cooley and Prescottによるこれらの貢献はKeynesian macroeconometricsに対する両者の現在の見解からは想像することも出来ないだろう。彼らの貢献は経済学的概念とその概念の定量化との間の相互作用の重要な一例となっている。

大規模計量モデルが政策当局者に大きな影響を与えたのはそれほどの驚きではない。1960年代の時系列データはKeynesian modelの予測と整合的なように見えたしファインチューニング、またはより広範に総需要管理政策により景気循環が克服されたとの空気がありさらに計量モデルは非条件付きの予測からより困難な条件付きの予測へと進歩しつつあった。政策当局者は様々な仮定、例えば税率またはその他の政策変数が変化すればどの程度失業率が変化するかなどの予測を行うことが出来る。先進国の中央銀行で用いられる定量分析はほとんどが大規模計量モデルだった。1960年代を通じて経済が安定的に成長したことがこの流れを支えた。多くの経済学者にはこの安定的成長はかなりの部分が大規模計量モデルの成果であるように思われただろう。

4 The Decline of the Keynesian Model

1970年代の初期にはアメリカとその他の国の時系列データはKeynesian modelと和解させることが困難になり始める。Keynesが大恐慌時に現実の現象を説明できていないと均衡理論に対して行ったのと同様の批判が1970年代にKeynesian modelsに対して向けられるようになった。これらには大規模計量モデルの予測精度に関するものから、サプライサイド要因が景気循環の主要な要因であるとの認識の広まり、Keynesian modelと非整合なフィリップスカーブのシフト、Keynesian modelの理論的基礎に関する批判などが含まれていた。

最初の重大な実証分析からの批判はCharles Nelson(1972)の論文だ。彼は低次の自己回帰和分移動平均(ARIMA)モデルの方が大規模計量モデルよりも予測誤差二乗和が小さいことを示した。これは特に重要だった。何故ならARIMAモデルは過去の系列相関から予測を生み出す以外のことは何も行なっていないからだ。これは純粋に過去のパターンを抽出するだけで経済理論などを一切用いないモデルの方が非常に込み入ったKeynesian modelsよりも予測が正確であったことを意味する。Nelsonの研究とそれに続く一連の研究はKeynesian modelsの予測の信頼性に対して疑念を抱かせることになった。

Keynesian modelはさらなる実証面からの挑戦に晒され始めることになる。実証上の関係がKeynesian modelと矛盾するようになっていったからだ。恐らく最もこれが顕著に表れたのはフィリップスカーブだろう。図1と図2はAtkeson and Ohanian (2001)から引用したもので失業とインフレーションとの関係が顕著に変化したことを示している。図1は1959-1969のCPIの月毎の観測値と失業率の関係を示している。この時期は係数-0.6ぐらいのはっきりとした負の関係を示している。この関係は幾人かの経済学者からインフレにより失業率を低く抑えることが出来る証左として解釈された。だがこの関係は1960年代以降に大きく変化する。


図2は1970-1999の期間にこれらの変数間に何の関係も見られなかったことを示している。何人かの経済学者がNAIRUなどの考えに基づきフィリップスカーブの救出を行おうと試みた。この考えはインフレ率の変化率と失業率の間に何らかの関係があることを期待している。しかし図3と図4が示すようにこれらの変数の間にも何の関係も見られない。Lucas and Sargent (1979)はKeynesがPigouの労働市場の実証分析の失敗に飛びついたのと同じ事を行った。




さらに名目価格と実質産出、実質賃金と実質産出の間の関係にも疑問が提示された。Keynesian modelの(全部ではないにしても)重要な予測は価格の景気順応的な振る舞いだ。Cooley and Ohanian(1991)から一部引用した図5と図6には1930-2010の非トレンド化した実質GNPとGNPデフレータの間の関係を示している。価格は確かに1930年代には景気順応的だ。この傾向は第二次世界大戦まで続きこの期間の相関は約0.57だった。だが第二次世界大戦以降は価格は景気反順応的となり1948-1999で-0.24、1970-2010で-0.53となる。物価指数を変更しても結果は大きく変化しない。1970-2010で0.18だからだ。

図7に1948-2010の循環部分を取り除いた実質賃金と実質GNPを示す。これらのデータにははっきりとした正の関係が見られる。これは経済がトレンドの上にあれば賃金もトレンドの上にあり経済がトレンドの下にあれば賃金もトレンドの下にあることを意味する。この結果はKeynesの景気反順応的な実質賃金という考えと大きく対立する。景気反順応的な実質賃金という考えが初期にTarshis (1939)とDunlop (1938)によって提示されていたことは興味深い。イギリスとアメリカのデータを用いて彼らは名目賃金と実質賃金が順相関していることを発見した。加えてTarshisはアメリカの実質賃金と労働時間に負の関係があることを発見した。


(この図は重要だ。何故なら実質賃金増加→企業利潤減少→投資減少→不況という説明と大きく食い違うからだ)

Tarshisの発見はKeynesian modelと整合的に見えたのだが近年の研究はその期間について異なる結論を導いている。Ohanian(2009)とCole and Ohanian (2004)は政府のカルテル政策が実質賃金の上昇と恐慌の長期化の原因であるとの根拠を提示した。皮肉なことにこの見方によると大恐慌を長期化させたのは需要を回復させようとした積極的な政府の政策にあるということになる。

これは(価格が景気反順応的なことに加えて実質賃金が景気順応的なことと併せて)景気循環の大部分がサプライサイド要因から発生しているかもしれないことを示唆している。サプライサイド要因の重要性を示すため図8にトレンド成分を除去した実質GDPと全要素生産性(TFP)を示す。TFPがトレンドの上にある場合には経済がトレンドの上にあり逆は逆であることから図はTFPが景気順応的であることを示している。TFPが景気順応的でありその変動も大きいことがKydland and PrescottらをRBCモデルへと向かわせた要因の一つだ。


まとめるとこのことはサプライサイド要因が景気循環の決定要因として重要であることを示している。特に80年代、90年代に高まったサプライサイド要因への関心がKeynesian modelへの関心を低下させる要因になった。

経済学者はまたGTの中で重要な役割を果たす消費と投資の基礎について批判的に分析した。GTは消費は現在所得に強く依存するとしている。Keynesian消費関数は以下のたった一つの要素にまで単純化される。

C = C(Y ):

Friedmanの恒常所得理論は消費に関してまったく異なる見方を提示している。彼のモデルは現代的な要素である異時点間の要素、一時的変動の平滑化、消費決定に際しての資産の重要性などの特徴を持つ。彼は消費は大部分が恒常所得または資産によって決定されるという。彼の理論は大きな注目を集めた。Keynesian modelからは説明できないと思われた部分に光を当てたからだ。その部分は特に限界消費性向が横断面では1に近いのに時系列データの一時点では1を大きく下回ることだ(長期の限界消費性向はほぼ1であるのに短期の限界消費性向は1を大きく下回る)。恒常所得理論はこれらの関係と整合的だ。時系列ではフリードマンによると消費にわずかしか影響を与えない一時所得が影響力を持ち回帰係数は下向きにバイアスを持つ。横断面では一時所得は影響力を失い限界消費性向は顕著に高くなる。

投資に関してKeynesはanimal spiritsの重要性を説いていた。GTの読者の多くは投資の量に変化を与えるのは突然で大幅な期待の変化だと解釈した。Keynesはこう書いている。

(省略)

だが投資は将来に関する期待の突然で大幅な変化に本当に影響を受けるのだろうか?この疑問に答えるためにアメリカの歴史データを用いて完全予見の下でのオイラー方程式の残差項を求めた。これはanimal spiritsに対する有益なテストとなる。完全予見の下では将来の全経路を正確に見通した上で投資は行われるからだ。この期待に関する究極の仮定はKeynesianの見方とは大きく異なっている。Keynesianの見方の下では期待の大幅な変化を反映してオイラー方程式の誤差項も大幅に変化するはずだ。さらに恐慌は非常に大きな負の残差となるはずでこの場合では資本の将来収益に関する負の期待を反映することになる。

γct+1/ct=β[rt+1+1-δ]

オイラー方程式の残差は以下になる。

εt+1=γct+1/ct-β[rt+1+1-δ]

まず第二次世界大戦後のデータから調べる。Keynesの見方とは異なり誤差項は小さくそして相関していないように見える。図9に四半期毎の残差項を示す。Keynesは変化がどれぐらい大きくなければならないかの基準を何も示していないがこの図の変化からは定量的に重要な効果を持つと解釈するのは無理があるように思われる。戦後はともかく恐慌の時期はどうか?


図10に恐慌時のオイラー方程式の残差を示す。残差は大きいがしかしその符号は逆向きだ。GTでは投資家の低い収益見通しを反映して残差は負でなければならない。実際には残差は正で投資家は収益に関して楽観視していたことを示している。


5 Equilibrium Macroeconomics

(省略)

6 Conclusion

(省略)