2013年1月9日水曜日

ヨーロッパはアメリカよりも低福祉だった?

Public Transfers to the Poor: Is Europe really more Generous than the United States?

by M. Dolores Collado Iñigo Iturbe-Ormaetxe

1 Introduction

通説では低所得層への所得移転はヨーロッパの方がアメリカよりもはるかに多いということになっている。この研究の目的はこの主張が正しいのかどうかを確認することにある。簡潔に言えば低所得層に対してどちらが寛大であるかを比較したい。

2種類の公的移転を考慮する。第一には現金移転のみで、第二には現物移転を含める。

最初の定義を用いた場合は低所得層1人あたり平均現金移転はアメリカの方がヨーロッパよりわずかに高くなる(21万円と19万円)。現物移転を含めるとこの差はさらに大きくなる。低所得層1人あたり平均移転額はアメリカが52万円、ヨーロッパが35万円になる。こうなる理由はアメリカの現物移転がヨーロッパに比べて低所得層に集中しているからだ。

つまり公的移転の額がアメリカとヨーロッパで大体同じだとしても、その分布はアメリカの方が遥かに累進的だということを意味する。低所得層1人あたりが受け取る移転額はアメリカの方がヨーロッパよりも20%大きい。

2 Aggregate Data

表1の列1に2001年のデータを示す。公的社会支出がGDPに占める割合はアイルランドの13.8%からスウェーデンの29.8%まで幅がある。ヨーロッパの平均値は23.8%だ。対応するアメリカの数字は14.7%なのでヨーロッパの方が62%高い。アイルランドだけがアメリカの数字を下回っている。だがこの結果には2つの欠点がある(注 他にも欠点がある。各国の高齢化の違いを考慮していない点だ)。

第一に上のデータはグロスの社会支出を示している。多くの国では現金移転は課税所得として扱われる。課税前の移転額は実際に受け取る個人へ与える影響を正確に反映していないことを意味する。移転に対する各国の課税の取り扱いの違いは社会支出が可処分所得に転換される程度に異なる影響を与える。例えばオランダではほとんどすべての社会給付は課税所得である一方、ドイツでは給付に対する課税は制限されている。我々が知る限りではネットの社会支出を計算した唯一の研究はAdema and Ladaique (2005)だ。彼等はネットの社会支出をグロスの社会支出-受給者が支払った税額+社会目的のための税控除として定義している。彼等は23のOECD加盟国のネットの社会支出をGDP比として計算している。それらのデータを表1の列2に示す。ヨーロッパのすべての国で政府は控除よりも多くの額を課税により徴収している。これはネットの社会支出はグロスの社会支出よりも常に少ないことを意味する。最大の差はデンマーク、スウェーデン、フィンランド、オーストリアで見られる。例えばデンマークのネットの社会支出が21.8%であるのに対してグロスの社会支出は29.2%だ。平均でデンマーク人の家族はグロスの移転額の4分の3しか受け取っていないことになる。ヨーロッパの12の国のネットの移転の平均は21.8%でグロスの移転は24.0%だ。これは9%の減少を意味する。アメリカはこのパターンに該当しない唯一の例だ。ネットの社会支出はグロスの社会支出よりも多い(ネットは15.9%、グロスは14.7%で8%の増加)。この増加の理由の一つにはEarned Income Tax Credit (EITC)のようなプログラムの存在がある。グロスの移転の代わりにネットの移転で考慮すればアメリカとヨーロッパの社会支出の差はかなり縮小し62%から37%になる。

(注6 Adema and Ladaique (2005)に含まれていないヨーロッパの3つの国が含まれれば差はさらに縮小する。)

第二に仮にA国がB国より社会支出が多かったとしてもこれはA国で低所得層がより保護されていることを意味しない。それを知るには社会支出がどのように分布しているかを調べる必要がある。例えばA国で移転の大部分は中間所得層が受給していてB国で移転の大部分は低所得層が受給している状況を想定する。これは実際にB国の低所得層がより保護されている事例といっていいだろう。ヨーロッパでは多くの公的プログラムは直接的に低所得層をターゲットとしていない。例えば年金給付は過去の負担と強く関連していて多くの国で所得代替率はほぼ一定だ。取り得る手段としては貧困削減を狙いとした移転だけを考慮することが考えられる。だがヨーロッパではそのような移転は移転全体のわずかしか占めないためにこの方法でアメリカとヨーロッパを比較することは困難だ。アメリカでは低所得層をターゲットとした公的プログラムが多くある。それらは福祉プログラムと呼ばれる。実際アメリカでは福祉という単語は公的補助と同義で低所得世帯への基本的援助を提供するプログラムを意味する。これらプログラムの受給資格は純粋に所得により決定される。年金や失業保険のような他のプログラムは福祉プログラムとは見做されない。よって原則的には低所得層を対象とした移転と全体を対象とした移転とに区別することができる。2002年のアメリカの所得制限のある給付の支出はGDPの5%以上だ。

注8 アメリカには低所得層を主な対象とした80以上の政府プログラムがある。これらにはTANF (Temporary Assistance to Needy Families)、Medicaid、SSI (Supplemental Security Income)、Food Stamps、EITC(Earned Income Tax Credit)、Pell Grantsがある。

注9 この表現は完全には正しくない。年金給付は低所得層により多くの給付が与えられるように算定されているからだ。これは年金もある意味で福祉プログラムと見做されうることを意味する。

注10 総額は52兆2200億円(1ドル=100円で計算。さらに数字が古く現在ではさらに増加している可能性がある)に相当する。このうち37兆3200億円が連邦政府の拠出で14兆9000億円が州政府や地方政府の拠出だ。最大のプログラムはメディケイド(25兆8000億円)でSupplemental Security Income(3兆8000億円)、Earned Income Tax Credit(2兆8000億円)、Food Stamps(2兆4000億円)、Low-Income Housing Assistance(1兆8500億円)、Temporary Assistance for Needy Families(1兆3000億円)、Federal Pell Grants(1兆1000億円)だ。

表1の列3に所得制限のある社会支出がGDPに占める割合を示す。ヨーロッパのすべての国でアメリカよりも少ない。割合はルクセンブルグの0.65%からイギリスの4.09%まで様々だ。ヨーロッパの平均は2.7%だ。別の表現にすると社会支出の90%に所得制限がないことになる。社会支出の大部分は直接的に低所得層を対象としていない。だがこれは低所得層が社会支出の最大の受給者ではないということを必ずしも意味しない。

以下に簡単な計算を行う。所得にもとづいて人口を5つに分割する。そして(所得制限のない)社会支出が5等分されていると仮定する。所得制限のある社会支出に関してはすべて低所得層が受給すると仮定する。人口の20%として定義されるヨーロッパの低所得層は2.7%+4.2%(所得制限のない支出の5分の1)=6.9%を受給する。アメリカでは5.0%+1.9%=6.9%を受給する。この計算ではグロスの社会支出を用いた。ネットの社会支出を用いるとヨーロッパは2.7%+3.8%=6.5%、アメリカは5.0%+2.2%=7.2%になる。この試算はかなり粗いものだがマクロのデータが如何に誤解を生むかを示している。より正確な情報を得るにはミクロのデータを用いる必要がある。

3 Micro Data and Methodology

3.1 Public Transfers in Cash

3.2 In-kind Health Transfers

現金移転のみを考慮するならば公的支出のかなりの部分を除外してしまうことになる。大まかにいってOECDの分類の9つのうちの6つが現金移転に対応している。この6つの分類が総支出に占める割合はヨーロッパでは69%、アメリカでは57%だ。現物移転を含めるとヨーロッパでは95%、アメリカでは99%になる。

4 Main Results

列4と列5に低所得層とその他への現金移転の平均値を示す。ここでの低所得層(その他)は貧困線を下回る(上回る)かで判断される。列4と列5の値は国際間で比較できるようにPPPで示してある。ヨーロッパでは低所得層への現金移転はイタリアの10万円からベルギーの37万円まで幅があり平均値は19万円だ。アメリカの低所得層への現金移転は21万円でヨーロッパの平均値を少し上回る。ヨーロッパのうち7つの国がアメリカよりも少なく8つの国がアメリカよりも多い。貧困線よりも上の層への現金移転になるとベルギー、デンマーク、アイルランドを除くすべてのヨーロッパの国で低所得層よりも多くの現金移転を受け取っている。ヨーロッパでは貧困線を上回るすべての個人が平均で低所得層よりも37%多く受け取ることからこの傾向が確認できる。逆にアメリカでは低所得層とその他はほぼ同じ額の現金移転を受け取る。列6に総支出のうち低所得層が受け取った割合をそれぞれの国について示す。列6の値が対応する列3の値を上回れば低所得層が全体として自らの割合よりも多くの移転を受け取ったことを意味する。例えばオーストリアでは貧困率は7.1%だ。仮に総支出がすべてのオーストリア人で等分割されていれば低所得層は総支出の7.1%を受け取る。だが列6にあるようにオーストリアの低所得層は総支出の5.6%しか受け取っていない。

列7-9に現物移転の貨幣価値を加える。結果は大きく変化する。ヨーロッパの低所得層への平均移転額は35万円に増加するが、アメリカの低所得層への平均移転額は52万円にまで増加しヨーロッパよりも46%高くなる。ヨーロッパの15の国のうちベルギーとデンマークだけがアメリカよりも多い。結果が変化した理由はアメリカの現物移転はメディケア、メディケイドなどの存在によりヨーロッパよりもはるかに累進的だからだ。その他の層への移転については結果は逆になる。ヨーロッパでは平均で42万円である一方、アメリカでは39万円になる。

表3と表4に移転額と受給者の所得との関係を示す。この表を作成するために以下の作業を行った。すべての個人を所得にもとづいて分類し人口を5つの集団に分割した。第一階層は所得分布の下位20%が占める。ここでは第一階層を低所得層を表わすものとする。次にそれぞれの階層が受け取る移転の平均値を計算する。この計算を2回繰り返す。表3には現金移転のみを示し表4には現物移転も加える。表3の列1にすべての個人の平均現金移転額を示す。アメリカの平均移転額は21万円でヨーロッパは25万円だ。列2から列6に5つの階層の平均移転額を示す。列7-11に総移転額に対するそれぞれの階層が受け取った移転額の割合を示す。ヨーロッパの9つの国とアメリカで最上位の階層の割合は最下位の階層の割合よりも高かった。ヨーロッパを全体としてアメリカと比較した場合にも同様の結果になった。よって現金移転は各階層で大体同じだと結論できる。

図1に表3と表4から得られた結果を示す。点線は階層毎の平均現金移転額だ。太線は階層毎の現金移転と現物移転の合計額の平均だ。ヨーロッパの場合は全体として現金移転だけの場合とあまり変化がない。すべての所得階層はより多くの移転を受け取る。だがその上昇はそれぞれの階層で大体同じだ。アメリカの場合は現物移転が強く累進的なのを確認できる。アメリカの分布の所得下位20%が寛大に扱われていて所得上位40%がその逆だということをはっきりと観察できる。

5 Discussion

我々は分析をアメリカとヨーロッパの9つの国に絞る。これはこの9つの国がヨーロッパの中で相対的にアメリカと比較可能な集団だからだ。この集団はオーストリア、ベルギー、フィンランド、ドイツ、アイルランド、イタリア、オランダ、スウェーデン、イギリスだ。対象を限定しても主要な結論は変わらない。現金移転は20万円で、対応するアメリカの数字は21万円だ。EU-15では19万円だ。

現物移転を加えても先程の結果とほとんど変わらないがその差はわずかに縮小する。EU-9の現物移転も含む平均移転額は36万円で、アメリカの平均移転額は52万円なのでまだアメリカの方が42%高い。低所得層以外も分析に加えるとEU-9の平均移転額は少し減少することが分かった。平均現金移転額はEU-9で25万円、EU-15で26万円、アメリカで21万円だった。低所得層以外の総移転額はEU-6(注 おそらくEU-9の誤字と思われる)で42万円、EU-15で43万円、アメリカで39万円だった。

6 Conclusions

(省略)

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