2017年6月1日木曜日

経済学者の質が急速に低下している?(もしくは最初から高くなかった?)Part4

Roosevelt Instituteというカルト教団のようなシンクタンクが存在している。そこに在籍しているMarshall Steinbaumという人がどうして経済学者たちはピケティを酷評するのかという擁護論を展開している。ピケティの本に対する批判を幾つか取り上げた後で(と言ってもピケティの格差拡大論自体に対する強烈な批判などはすべて無視しているが)、大衆に人気がある彼を批判するなと主張している。

もう少し分かりやすく説明すると、ピケティが取り上げたr>gの話などを取り扱っているもしくは関心を持っている経済学者を探してみたが誰一人見つからず、最初からピケティの本など存在していなかったようだと嘆いている。そして大衆に人気のあるピケティの主張を無視することは経済学者たちは自分たちとは隔絶された世界に住んでいるとの印象を大衆に与えてしまうとして警鐘を鳴らしている。

前置きはこのぐらいにして、彼は自分の主張に対するサポートとして幾つかの論文を紹介している。そのいずれもピケティを引用していないから彼が無視されていることの証拠だと主張しているがそのうちの幾つかは非負制約とジョブレス・リカバリーとの関係を調べたものであったり金融政策が所得分布に与える影響を調べたものであったりとピケティを引用しないのがむしろごく当たり前といえる内容となっている。

結局、彼が紹介していたものでピケティの主張(r>g)に直接関係があるといえるのは大まかに言って4つの論文だけだった(Orszag&Furmanなどはここでは取り敢えず無視する)。Karabarbounis and Neimanの論文が2つとBarkaiの論文が1つだ(他のは似たような内容だったので特に取り上げる必要はないように思われる)。

初めはKarabarbounis and Neiman(以下ではKNと省略する)を紹介する。資本と労働の分配率は一定だと結論されていたが1980年以降は労働分配率が低下トレンドにあると彼らは主張している。内容を紹介する前に多くの経済学者たちが(つなぎ合わせてみると互いに整合性の取れない)ばらばらのことを主張しているのでそれらの整理も兼ねて事前に知っておいたほうがいいと思われることを説明する。

・サマーズという経済学者が、資本財の価格が低下しているために経済が長期停滞状態にあると言い始めた(きちんと見ているわけではないので正確に何を言っていたのか把握しているわけではない)。これは例えば今までならば工場の建設などに1億円ぐらい掛かっていたのが現在では7000万円ぐらいで済むようになったことを意味する。悪いことがないどころか良いことにしか思われないがケインズ派には変な人が多いのか彼らはこれを需要不足(絶対額で見た投資が減少したため)だと無茶苦茶な解釈をしている。まさかサマーズがそんな基本的な見落としをするはずがないと思われているせいか現在でもその点があまり批判されていない。

・生産には生産要素の投入を必要とする。生産要素には大まかに資本(工場や機械のようなもの)と労働が存在しこれらを用いることによって生産物が生み出される。生産に用いられたそれぞれの割合に応じてその生産物を販売した際に得られる所得が分配される。経済全体で見た場合、資本に対して相対的に労働が余っている場合では労働が生産に用いられるが次第に労働が不足し始めると賃金が上昇を始めるので資本に対する優位性が消滅しいずれかの時点で資本に対する分配率と労働に対する分配率が一定の値に収まると理論では考えられていた。

・実際に労働分配率を調べてみると一つの国の間で一定であるばかりか多くの国の間である程度一定(大きな違いはない)であることが示された。労働組合などはほとんど影響を与えていなかった。このせいでマルクス主義者を含む多くの左翼が主張の根拠を失った。

・資本は資本家(富裕層)の取り分、労働は労働者(低所得者)の取り分だと思われているせいか資本分配率が上昇(労働分配率が低下)すると格差が拡大する、もしくは格差の拡大には資本分配率の上昇が必然的に伴うと勘違いされているが、所得上位1%の所得シェア上昇の要因としてピケティが挙げていたのは労働所得であって資本所得ではない(と言ってもころころと主張を翻すのでまったく信用に値しない)。

・完全競争の下では長期において超過の利潤はゼロになる(どの生産者においても利潤は等しくなる)とされている。これが不完全競争(独占的競争)だと生産者は自分たちが生産している財をある程度独占的に販売できるようになるため、一定の超過利潤が生まれると説明されている(マークアップ)。一定のというところがポイントで生産者は好きなだけいくらでも販売価格を引き上げられるという訳ではない。例えばパソコンを生産している業者であれば外部からの参入からはある程度守られているが、お互いの業者同士では競争しているため自分だけが価格を引き上げれば販売シェアを落とすことになる。

・要するに(マクロ)経済学では費用に上乗せされるマークアップ率は一定のために利潤はある程度無視できると考えられていた(景気循環の問題を考えるのでなければ)。上でも説明しているように生産要素は資本と労働しかないために(税などの細かい例外を除けば)所得はすべて資本と労働に分配されると考えられていた。ところがbarkaiという経済学者が資本にも労働にも属さない利潤に分配されるシェアが無視できないほど大きくなっていると主張し始めた(要するに共産党がいつも騒いでいる企業の内部留保がどうこうとかいう話と似たようなもの)。

・彼の主張で興味深いのは(もし彼が正しいのであれば)労働分配率だけではなく資本分配率も大体同じ大きさで低下しているという点だ(労働分配率が約7%、資本分配率も約7%で利潤分配率はその合計の14%の増加)。要するに裕福な資本家が労働者を搾取しているという話ではなく労働者も資本家もともに取り分を減らして(実体のない)企業だけが(無駄に?)お金を溜め込んでいるという構図だ。その原因は企業が以前より利益を上げるようになったからというよりも企業から投資家に支払われる投資に対する報酬が大きく低下したせいだと彼は主張している。ここからは所得格差が拡大しているのかしていないのか何も言うことは出来ない(barkaiも所得格差の話にはほとんど触れていない)。

・これが何を意味しているのか判断が難しい。それにこの後で紹介するKNのもう一つの論文の内容とも密接に関わっている。barkaiとKNの1番目の論文とは対立する部分が多く見られるがKNの2番目の論文はbarkaiに対する部分的な回答にもなっている。

・本来お金を貯め込むべきではない(というのは単なる誤解だが)企業がお金を貯め込んでいるせいで効率的な資源配分が妨げられ、産出が8%低下しているとbarkaiのモデルでは予想されている。

・barkaiは自分の主張を補強するために簡単な実証分析も行っている。例えば1990年から2015年の労働分配率の変化率を非説明変数としてそれぞれの産業毎の1990年から2015年までの市場占有度(上で説明したマークアップの代理変数)の変化率でもって回帰分析を行っている。そして市場占有度と労働分配率の間には負の相関が見られると主張している。

次にNKの1番目の論文を見ていく。barkaiとNKでは後者の方が説得力が高いと思われる。barkaiはアメリカのデータだけを用いているのに対してKNは60ヶ国に近い国のデータを用いているためだ。それらがほとんど1つの要因で同じ時期に似たような動きを示し始めたというのであれば説得力が高いのは言うまでもない(説得力が相対的に高いと言うだけで両方とも間違っているという可能性は十分に考えられる。そもそも労働分配率は低下していないと主張する論文もある)。

・KNによると1980年頃からアメリカだけではなく世界中の多くの国で労働分配率が低下トレンドにある(Marshallはこのことを都合よく無視している)。その原因は主に資本財価格の(消費財価格に対する相対的な)低下が考えられるという(というよりデータに見られるような労働分配率と資本財価格の正の相関は資本と労働の代替の弾力性が1以上でなければ説明できないというのが彼らの本当の主旨だが)。

・労働分配率の低下が他の要因、マークアップ率の上昇であれば(barkaiの言っているように)労働分配率と資本分配率が同率で低下しているはずだがデータを見れば明白に異なっている。またマークアップ率の上昇であれば利潤シェアの上昇が見られるはずだがrotemberg&woodford(1995)ではシェアがゼロ、その後の調べでも5%を超えるものはないというようにこれまでの結果と食い違う。

・また、資本財価格が大きく低下している国で労働分配率が大きく低下している傾向にあり少ししか低下していない国では労働分配率もあまり低下してない(所得格差が大きく拡大しているはずのイギリスやアメリカではわずかしか低下していない。イギリスに至ってはむしろ労働分配率が上昇している。逆に労働分配率を大きく低下させたのは所得格差があまり拡大していないと云われていたはずの国々)。

・これも重要なことだがこの変化は例えば労働分配率が低い特定の産業(例えば想像しやすいように金融業とすると)がシェアを増加させたから起こったというのではない。この変化は産業間のシェアの増減ではなく広範な産業内で見られる。それも新興国で特に大きく低下しているのでグローバリズムとも関係がない。

・彼らのモデルによるシュミレーションによると資本財価格の低下が労働分配率の低下のほぼ半分を説明する。そしてマークアップ率の上昇が原因である場合は穏やかな産出の減少、資本財価格の低下が原因である場合には(当然のことながら)産出の大幅な増加を伴うと結論している。



(世界同時的な資本財価格の低下がレーガン大統領やネオ・リベラル政策のせいだと主張する愚かな人たちの図)

次はKNの2番目の論文「The Global Rise of Corporate Saving」を見ていく。今回は紹介する内容があまりないので手短に済ませる。

・時価総額世界最大のアップルは付加価値の20%から30%を現在でも安定的に投資に回している。だがアップルのフローの貯蓄は1980年代や1990年代では20%から30%だったのが現在では60%にまで上昇している。

・貯蓄は家計部門から企業部門へとシフトしている。世界の企業の貯蓄は1980年には世界のGDPの10%ぐらいだったのが現在では15%ほどにまで上昇している。この変化は特定の産業で起こっているというものではなく多くの産業で広範に見られる。それにより企業部門は資本の借り手ではなく資本の貸し手に立場を変えた(要するに、愚かな人たちが主張しているのとは異なり企業部門が資本の貸し手になるというのはそれほどありえないということでもなく不況の原因でもない)。

・税や利払い費は一定で配当は利益の増加に併せては増加していないので企業の貯蓄が増加することになった。重要な事に、貯蓄の増加トレンドは企業の規模や企業の年齢とはあまり関係がなかった(要するに、大企業とかのせいではない)。

・さらに彼らは(よく非難の槍玉に挙げられる)多国籍企業(定義の説明はあったがここでは省略する)がこのトレンドの原因を生み出しているのかどうかを調べているが、多国籍企業の利益は各国間で打ち消し合うので見た目ほどは企業の貯蓄に影響を与えていない。さらに、他の企業に比べて多国籍企業の貯蓄が多いように見えるのは利益率が高いためで税や配当とはあまり関係がない。そして総付加価値に占める多国籍企業の割合はずっと前から安定したままなので、最近の企業貯蓄の上昇トレンドには影響を与えていない(要するに、ウォールストリートとかグローバル企業とかのせいではない)。


(企業が貸し手から借り手になったとしても政府が借り手になる必要はない。このように家計の貯蓄率が減少するだけだから。むしろこれ以外の影響、例えば少子高齢化の影響で貯蓄率が減少どころかマイナスに陥っている日本の場合、政府が財政赤字を増やすと資本の取り崩しが起きる)


(労働分配率の時もそうだったが、経済学者が格差は拡大していないと必死に言い続けていた国ほど企業の貯蓄は増加していて格差が拡大していると必死に言い続けていた国ほど企業の貯蓄は増加していないの図)

要するに、Marshall Steinbaumが自説の根拠として挙げていた論文のほとんどが彼の主張をサポートしていない。

IMFのブログで関連する記事が書かれていたのでついでに紹介する。driver of declining labor share of incomeという記事にこのようなグラフが掲載されていた。


各国の労働分配率の平均値からの乖離とジニ係数の平均値からの乖離とを散布図にしているものだが、確かに1%水準で有意となってはいるが決定係数が0.08しかない。要するにグラフを見ても大体の察しはつくように、労働分配率の平均値からの変動はジニ係数で表される所得格差の平均値からの変動の8%しか説明していないことになる。むしろジニ係数の上昇(下落)は労働分配率の下落(上昇)とはあまり関係がないと言う方が適切な気さえする。Blanchard体制になってからのIMFはイデオロギーを優先し狂い始めたと指摘されているが、こんなところにもその影響が現れているのかもしれない。

0 件のコメント:

コメントを投稿