2013年8月29日木曜日

スウェーデン(とその他北欧諸国)の資産格差は実は大きい?

I. Introduction

資産分布の変動に関する理論で有名なものにクズネッツの仮説がある。だがその理論が妥当かどうか評価するための長期のデータが不足していた。この研究の貢献は1873-2006のスウェーデンの資産格差の変化を示すことにある。財産税や資産税に関するデータをともに用いることによりこれまでの研究よりも頑健であると信じる。

農業から工業へと経済が変化したことに加えてスウェーデンの事例を調べることには他にも幾つかの興味深い点がある。第一に20世紀の間にスウェーデンは福祉国家になった。第二にスウェーデンの資産格差の変化をフランス(Piketty et al., 2006)、スイス(Dell et al., 2007)、アメリカ(Kopczuk and Saez, 2004)と比較することは重要だ。これらの国が経験した資産格差の大幅な減少を起こしたとされる主要な要因をスウェーデンは経験していないからだ。

分析から幾つかの点が浮かび上がる。まず1873-2006の期間は3つに分類することが出来る。第一に農業経済の中でも資産格差は大きくそれは工業化の初期段階に於いてもあまり変化がなかった。資産上位1%の資産は僅かに増加したものの工業化の初期段階に於いて資産格差が拡大するとの主張に対する根拠は得られなかった。第二に1910から1980年代の初期まで資産格差は縮小した。この期間の始め頃に幾つかの制度上の変化が見られた。1907にすべての男性に選挙権が与えられ1921に全員に拡大された。1903に所得に累進課税が導入され1911に資産に拡大された。だがこれらの変化は初期の資産格差の縮小に貢献していないように思われる。この時の資産格差の縮小は資産上位1%からそれを除く資産上位10%に対して資産が拡散した時期として特徴づけられる。それに対して1950までの展開は相対的に高所得ではあるものの以前は資産を持っていなかった集団による資産の蓄積による。所得税と資産税が申告されているので所得の異なる集団の資産シェアを計算することが出来る。それにより所得上位というわけではないものの高所得集団の資産シェアが20世紀前半に上昇していることを発見した。1950以降の資産格差の縮小は異なる形態を見せ始める。より広範な人口で主に住宅を中心として資産が増加したからだ。1950から1980には資産上位の資産シェアは一定の割合を保つようになる。全体としてこの変化はクズネッツの仮説と整合的だ。

最後に、1980年代の初期に資産シェアの水平化は終わりを迎えた。だが資産税に基づく政府の公式の推計によると資産格差は歴史的に見て低い水準にあり過去数十年で僅かに上昇しただけということになっている。と同時にそれらの推計が近年の資産格差の上昇を過小評価していると信じる理由がある。1985以降資本に対する制限が取り除かれた。株式の形態で保有されている金融資産の価値が実質で年率20%で上昇した。多くのスウェーデン人が高率の資産税、相続税を避けるために外国に移住したり外国に資産を移したという夥しい証拠がある。政府の国際収支と投資収支の統計を用いて未説明の家計の金融資産の規模を推計しそれを資産格差の推計に与える影響を把握するのに用いる。推計に関しての不確実性を考慮するためその他の情報源も用いさらに外国資産の規模と分布、収益率に関して異なる仮定の下での推計を試みる。我々の主要な発見は政府の公式統計は近年の資産格差の拡大を極めて大幅に過小評価しており我々は資本が国際化したために測定がより困難になった資産格差の拡大の新たな局面に突入したのかもしれない。

注6 居住地や市民権まで国際化した国の資産(または所得)格差を計測するのに多くの概念的問題があることを我々の分析は示している。

II. Measurement Issues and Data

Measurement Issues

我々が用いる資産の概念は純資産または純市場資産で実物資産、金融資産の市場価値の合計から債務を引いて人的資産を除いたものだ。この定義はこの分野の研究で標準として用いられている。スウェーデンの場合では純資産は財産税と資産税の対象となるものを考慮している。純資産に含められていないものに年金資産がある。年金は過去に存在しない状態から個人の資産の一部を占めるようになった。この理由により拡張した資産格差のトレンドを新たに推計する。

資産格差の定義は人口のある一定割合によって保有される資産のシェアだ。つまり資産上位5%または資産上位1%が保有する資産が総資産に占める割合を意味する。過去のデータを用いるにあたって全人口の総資産をどのように測るかという問題に直面する。資産税のデータは通常資産税の対象となる資産上位5%の世帯しか含んでいない。よって資産格差を推計するに際して全人口の総資産の推計が行われた年に分析を限定しなければならない。この調査は過去の国勢調査と数種の公式調査で行われた。だが資産上位の情報はあるが総資産に関する情報に欠ける年度が多く残った。

The Data

資産税と財産税のデータは幾つも問題があるがこれらしか長期の資産格差の研究をするに際して利用可能なものがない。資産税と財産税のデータをお互いに比較すること自体もトレンドをより深く理解する上で興味深い。これらに加えて家計が保有する外国資産の推計も用いる。スウェーデンの高率の資産税と資本移動の自由化の結果として外国に保有する資産の残高は膨大なものになった。さらにスウェーデンの超富裕層の資産に関して調べた雑誌の推計を用いて同族経営企業(納税申告のデータに現れない)の潜在的影響を評価した。

遺産に関するデータ。遺産のデータは資産分布を調べる標準的な情報源だ。死亡時が遺産の分割と課税のために個人の資産と債務が公になる唯一の場合であることがしばしばある。任意の年度に死亡する個人は同姓、同年齢の生存者の集団からランダムに選ばれると仮定することにより、異なる年齢層に属する個々の資産を年齢層別の死亡率で重み付けした死亡乗数(性別や社会的地位を制御することもある)を掛けて死亡者間の資産の分布を生存者の資産の分布に変換することが出来る。

スウェーデンのデータは有病者の集団分布の形で得られる。1873-1877から開始されていて計130年分の記録がある。1908の記録に関してだけ死亡乗数で調整した遺産の分布のデータを持っている。各遺産に有病者の年齢に基いて年齢調整した死亡率の逆数を掛けたデータが記載されている年度だ。これにより有病者の資産シェアに加えて生存者の資産シェアを計算することが可能になる。これら2つの分布が大きく異なるのかはオープン・クエスチョンだ。期間の重複する資産税に基づく分布と比較した結果から判断すれば長期の資産格差のトレンドに関してその効果は僅かなように思われる。その他の問題は外れ値の影響を受けやすいことだ。連続年のデータを用いることが出来るので外れ値に影響を受けるリスクは小さくなる。

資産税に関するデータ。先程と比べて資産税のデータはより直接的だ。資産税の納税申告のデータはその扱いやすさからスウェーデンの資産格差の研究で頻繁に用いられる。だがこのデータには幾つもの問題がある。第一に全人口のうちで僅かしか資産税を払っていない。だから総資産を推計する際に問題がある。第二に耐久消費財が極めて不完全にしか記録されていない。よって総資産を大きく過小評価する。第三に年金資産が含まれていない。これは家計が年金を自由に扱えるのではなく将来のキャッシュ・フローに対する請求権だからだ。これが一番の問題かもしれない。第四に税で評価した個人資産の価値と市場価値との歪みは時間とともに変化する。1980年代以前には規制で縛られていたスウェーデンの経済の市場価値は税評価とあまり変わらなかった。だが1980以降は市場価値は劇的に上昇した。

1975以降のデータが相対的に最も信頼出来るとはいえ問題がないわけではない。第一に持ち家の市場価値は評価するのが非常に困難だ。第二に同族企業のデータは完全に除外されている。第三にHINK/HEKデータベースは所得分布を分析するために構築されたもので資産分布を分析するためではない。考えられる結果としてキャピタル・ゲインを資産の代理として用いることにより高所得者を過剰にサンプリングする恐れがある。これが問題なのかどうかは定かではない。

1975以前のデータに関して1920、1930、1935、1945、1951のセンサスのものと1966から1970に特別に調査されたものを用いる。

家計が外国に保有している資産に関するデータ。1989にスウェーデンは資本制限を排除し資本移動を自由化したが資産と相続に関する税は高率に据え置いた。これにより富裕層が課税回避のために資産を海外に移すこと、国内の資産格差が大幅に過小評価されること、が容易に発生する状況になった。この研究では国内の資産と海外に保有する資産とを合わせた分析方法を導入する。家計が海外に保有する資産には超富裕層のスウェーデン人で資産だけでなく自身も海外に居住している事例も含めなければならない。だが彼らはスウェーデンで生活も居住もしていないので国内の課税の対象にはならないという問題が残る。

ここでの海外に保有する資産の計算方法はリクスバンクとスウェーデン統計局のものと同じだ。基本的にはバランスシートの項目の残差から推計する。国際収支の場合では貯蓄部門(経常収支と資本収支の内部の)は各年度の資金の動き(投資収支の内部の)と等しくなければならない。これは1980年代の後半ぐらいまでは成り立っていた。それ以降は誤差脱漏と呼ばれる残差は年とともにマイナス幅を拡大し未説明の資本の流出が拡大していることの証左となっている。その流出の3分の1ぐらいは実際の流出ではなく会計や評価に伴う誤差と思われる。よって誤差脱漏の65%を家計が海外に保有する資産の推計として用いる。投資収支の場合では残差は国民勘定の貯蓄(可処分所得と民間消費と民間投資の和との差)と投資収支の貯蓄(銀行預金の総額、証券投資、現金など)とを比較することにより求める。

次にスウェーデン人の誰が海外に資産を保有しているのかを判断しなくてはならない。この集団は非常に裕福であるはずだ。租税回避地にある外国銀行とのコネクションを確立する費用は無視出来る額ではないし資産税率も累進的であるためだ。分析を通して外国資産の推計値を資産最上位世帯(4万から5万世帯)に割り当てる。この数字はこれらを専門に扱うスウェーデン統計局とリスクバンクの職員と議論して求めたものだ。仮に問題があるとすれば資産上位は1980年代と1990年代初期(インターネット出現前)で僅かに過大かもしれずそれ以降は逆に僅かに過小であるかもしれない。さらに家計が保有する外国資産を分母の総資産にも加える。

雑誌による超富裕層の資産の推計。課税当局は同族経営の企業を所有する個人の資産を評価するのに大きな問題を抱えている。よってこれらの家計は極めて僅かかまたは資産税をまったく払っていない。これら資産に関する客観的情報が存在していなかったので数ヶ国のジャーナリストで主観的評価法による超富裕層の資産の推計が試みられた。そのリストの例はアメリカのForbes 400やイギリスのSunday Times Rich Listに見られる。主観的な評価に基づくのでそれらの数字を扱うには注意を要する。注意を持って扱えばこれらのリストから他にはない情報を得ることが出来る。実際これらは以前の研究でも用いられている。

我々はスウェーデンのビジネス誌(*誌名は省略)に掲載されている1983から2006までのリストのデータを用いる。これらを取り扱うに際して情報を2つの集団に分割した。スウェーデンに居住していて同族企業に関係しているスウェーデンの世帯(政府の統計には含まれていない)と海外に住んでいるスウェーデンの世帯だ。

引退世帯の資産に関するデータ。年金資産と社会保障資産は引退時の重要な所得源となる。このため研究者は時々引退時の資産の推計を試みてきた。概念的には引退資産を個人資産に含めることには問題がないわけではない。一方では個人の貯蓄行動に大きな影響を与えるがもう一方で個人は年金資産を自由に扱うことは出来ない。これは財産権の基本的側面の一つを侵害する。よって分析は別個に行う。

引退資産とその分布を計測する際に幾つもの問題がある。第一にこの資産の一部は集計的な形式でしか把握することが出来ない。第二に将来の年金に対する現在の請求権の計算には平均寿命、市場リターンなどに関して幾つもの過程をしなければならない。第三に公的年金、民間年金に積立部分と未積立部分がある。そのうちの一部は他と比べて容易に観察、測定が可能なので系統誤差を生み出す恐れがある。第四に年金の分布特性は一様でなくさらに測定するのが困難だ。

III. Wealth Concentration, 1873–2006

Long-run Trends

図1に1873-2006の資産最上位の資産シェアの展開を示す。この図によると資産格差は1945まで高い水準で安定していて1930年代にほんの僅かだけ低下している。この時期が左翼の支配の始まりであったことを考慮するとこの展開はそれと一致する。


だがよく指摘されているように資産上位の展開を見ているだけでは重要な側面を幾つか見落としてしまう。図2に資産上位1%、資産上位10%-1%、残りの人口を示したものだ。1870年代と1900年代の間では資産上位1%のシェアは僅かに拡大していてその他の人口は縮小している。1910年代以降から1980まで資産上位1%の資産シェアは3%のペースで低下している。1950まではこの水平化は資産上位内で起こっていて図1を見ているだけでは大きな変化が起こっていないという印象を持ってしまう。1910から1950の期間ではP90-99の資産シェアは1.5%のペースで上昇しているが資産上位1%の資産シェアは同率で低下している。下位9分位が保有する資産のほとんどは持ち家で増加は第二次世界大戦後に主に上昇し1950以降は資産上位のシェアを奪うような形で推移している。1980あたりから水平化は停止し資産上位のシェアは僅かに上昇したように思われる。


1870–1910: Wealth Concentration during the Industrial Take-off

(省略)

1910–1980: Wealth Equalization and the Rise of “Popular Wealth”

(省略)

1980–2006: Globalization and Higher Concentration

1980あたりから長年続いた資産格差の縮小は停止する。スウェーデンの資産格差を研究した多くが1980年代の初期が最も資産格差が小さくその後は穏やかに上昇したと報告している。1980以降の資産シェアの変動は資産価格の動きと一致しているように思われる。多くのスウェーデン人は家を持つので住宅価値の上昇は資産格差を低下させる。一方で株式価格の上昇は株式を保有しているのが資産上位に集中しているので資産上位の資産シェアを上昇させる。しかも政府の資産上位の資産シェアの推計は1980から2000の期間の年率20%以上にも及ぶストックホルム株式市場の劇的な上昇を捉えているとは思われない。

スウェーデンの資産分布に起こった潜在的に最も重要な変化の幾つかが税の統計(または調査)で捉えられていないのには主に2つの理由が考えられる。第一に過去数十年で海外に保有する資産が急激に増加した。第二にこの期間に非公開同族経営の企業の価値が上昇した(税の統計では把握されない)。これらの要因が潜在的に与える影響を我々は調べた。表2にその結果を示す。1989以前は誤差脱漏は基本的にゼロだった。その後増加を始めて2006にはその当時のドル価値(*を1ドル=100円として計算)で6兆6000億円になっている。投資収支の未説明の貯蓄も大幅な流出を示している。だがそれは1980年代初期から起こっていてこれは国内の観測できない資産の増加を反映しているのかもしれない。


図4に政府の推計に家計が外国に保有する資産と同族経営の超富裕層が保有する資産を加えた場合の影響を示す。この調整により1980頃を境として大きなトレンドの変化が発生する。資産上位の資産シェアは20%ぐらいから2000年代の初期には30%にまで上昇する。この増加はスウェーデンの1989の自由化と一致しその後も表2に示した数字と一致して増加している。さらにこれらのデータは外国に保有する資産に発生する利子を含めていないことに注意する必要がある。つまり解釈に注意が必要な推計であることを意味する。さらにこの推計と基本的にトレンドに変化が見られない政府の納税申告に基づく推計との間の歪みが大きく鳴り続けていることも記す必要がある。


外国に保有する資産が資産格差の推計に与える影響の大きさは必ずしも限定されているというわけではないにしてもスウェーデン(そして潜在的にその他の北欧諸国)で特に大きくなる現象だと思われる。資産に対する高い税率、1980年代初期に始まった金融資産(*株式価格の上昇)の大幅な増加、海外に資産を移して課税を回避するのに掛かる費用の低さの組み合わせで観察されるパターンを説明するのに十分だと思われる。同様のことをアメリカのデータに行った場合では(つまり外国に保有する資産を加える、同族経営企業の超富裕層の資産を加える)資産格差の推計にほとんど影響を与えなかった。

注47 これらの項目を追加すると2004のアメリカの資産上位の資産シェアは33.4%から34.6%に上昇してその上昇率は3%だ。スウェーデンの場合は50%上昇する。計算はSurvey of Consumer Financesに基いている。誤差脱漏の累積の80%を加えてさらに利子率はゼロと仮定している。次にForbes 400の上位400人の国内資産とさらに海外に保有していると思われる彼らの資産の1.2%を加えて計算した。

基本となる分析では家計が海外に保有している資産と同族経営企業の資産が大きな影響を与えることを示した。だが既に述べたようにこれまでの分析は利用可能な推計の一部を利用しただけでさらに海外に保有する資産の利子率に関して極端な仮定をしている。この章ではこれらの制約を外してみる。

図7にその結果を示す。結果は1980以降のスウェーデンの資産格差に与える影響の大きさを再確認している。だがその影響の度合いは大きく異なる。例えば未調整の資産シェアは2002で18.4%だがスウェーデンに居住している同族経営企業の超富裕層の資産を加えると23.9になる。全体として海外に保有する資産と同族企業の資産が与える影響は大きく海外に住んでいる市民をどのように見るかが資産格差の計測に非常に大きな影響を持つことを示している。


(一番下の線が今までの推計でW=国内純資産、BP=国際収支、FA=投資収支、I=利子率5%、DSR=国内の超富裕層、SR=国内、海外居住を含めた超富裕層の略。一番上の2つの線は国際収支と投資収支に計上されている家計が海外に保有する資産に5%の利子が付く場合でそこにさらに国内、海外に住む超富裕層の資産を加えた場合の資産上位の資産シェアを示している)

V. International Comparison

(省略)

VI. Concluding Remarks

(省略)

2013年8月9日金曜日

アメリカのCEOの給与は他の国と比べて高くない?

とりあえず最初にグラフを載せておきます。
画像はクリックすると拡大します。



Are US CEOs Paid More?New International Evidence

by Nuno Fernandes Miguel A. Ferreira Pedro Matos Kevin J. Murphy

(省略)

役員報酬の研究で定型化された事実として最も広範に受け入れられているものの一つにアメリカのCEOは他国のCEOより多く報酬を受け取っているというものがある。Towers Perrin (2006)によるとアメリカのCEOは他国のCEOの2倍を報酬として受け取っている。このことはアメリカのCEOの給与が超過していることの根拠として解釈される。

CEOの給与の差は広く受け入れられていたもののその程度と決定要因を実証的に調べることは役員報酬に関する情報開示の姿勢の違いにより困難だった。アメリカのCEOの報酬プレミアムの研究はほとんどが少ないサンプルによる比較かコンサルタント会社によって提供された全国の推計値だった。例外はアメリカと1995から情報開示が義務付けられているイギリスの会社との比較だ。Conyon and Murphy (2000)は産業、会社の規模、その他諸々の特性を制御した後にアメリカのCEOはの給与がイギリスのCEOの2倍であることを示した。Conyon, Core and Guay (2011)はこの差が2003に40%まで縮小していることを示しさらにポートフォリオリスクを調整した後では消滅することを示した。

我々の研究は最近拡大された情報開示のルールによるデータを用いて14ヶ国のCEOの給与の国際的比較を行なっている。サンプルは1648のアメリカの企業と1615の他国の企業でそれぞれの国の株式市場の時価総額の90%を占めている。

(省略)

通説は間違っている。我々はアメリカの報酬プレミアムは経済的に穏当であることを発見した。2006のアメリカのCEOの給与は外国のCEOより平均で26%多いが学会の研究で主張されていた100%や200%よりもはるかに小さい。この結論を得るに至って我々は通常の企業特有の属性(産業分類、企業の規模、株価のボラティリティとパフォーマンス、成長機会など)だけでなくさらに2つの要素(株式の所有形態、企業役員構成)を制御している。他国の企業と比較してアメリカの企業は機関投資家が株式を保有する比率が高く多くの独立した取締役会を設置している。これらの要素は高い給与と株式付与型報酬の増加と関連している。加えてアメリカ企業の株式保有はインサイダー(同族株主による株式の大量保有のような)によって所有されている傾向が小さい。この要素は給与の低さと株式付与型報酬の比率の低さと関連している。機関投資家は給与と株式パフォーマンスを結びつける監視メカニズムを必要とするが株式の大量保有者を抱える企業はインセンティブ型給与に頼る必要が小さい。さらに内部者の株式保有比率に応じてその執行役は主に給与からではなく自身の持分から報酬を受け取り経営の動機とすることが出来る。CEOの属性(年齢、任期、学歴、経験など)も考慮してみたがこれらは国際的な給与の差をほとんど説明できなかった。

さらにアメリカのCEOはストックとオプションの形で報酬を得る割合が高いことも発見した。リスク回避的なCEOはリスクの見返りにプレミアムを要求する。アメリカの26%のプレミアムはリスク回避的かつ非リスク分散型のポートフォリオを持つCEOとして適切な推定ではない。給与体系のリスクをヘッジ出来ずそして直接的、間接的にリスク分散型でないポートフォリオを保有することを強制させられるからだ。そこでリスク調整後のCEOの給与を2通りの方法で推定した。リスク調整によりプレミアムは減少したがすべて消滅したわけではない。さらにこれに先ほどの所有形態と企業役員構成を制御するとプレミアムは消滅した。

最後に機関投資家と企業役員構成が何らかの除外変数の代理である可能性を考慮した。結果は固定効果を加えても頑健だった。企業の属性の時間変化がCEOの給与と企業のガバナンスの関係を変化させている場合には固定効果モデルではこの問題を完全には修正できないという問題が残った。

全体としてここでの結果はアメリカのCEOの給与が他国を超過しているという研究とは整合的でない。第一にアメリカの給与プレミアムは産業、所有形態、企業役員構成、CEOの属性を制御した後では穏当であることを示した。第二に給与の構成の違いを考慮しないことは誤った結論を導くことを示した。実際に、先程述べた給与水準と関連がある属性は株式付与型報酬とも関連する属性でもある。第三にCEOの給与水準と株式付与型報酬は優れた監視と企業統治の代理指標として頻繁に用いられる機関投資家による株式保有と独立取締役会と正の相関を示す。仮にアメリカの企業統治が悪ければアメリカのCEOの給与は安全な基本給の割合が高く業績連動型の割合が低いと予想できるだろう。第四にCEOの給与プレミアムは国際的に多様化した取締役会や機関投資家によって要請された報酬体系の違いを反映していることを示唆している。外国とアメリカの機関投資家による株式の保有は彼らが投資するアメリカ国外の企業の株式付与型報酬の使用やCEOの給与水準と結びついていることを発見した。最後にCEOの給与水準の国際間の収束は企業の所有形態の収束と資本市場の国際化によって説明できるように思われる。

1. Background and Data Sources

1.1 The US pay premium: What we thought we knew

1930年代からアメリカが詳細な情報公開をしていたのに対してその他の国の大部分はよくて経営陣の現金報酬の総額を報告していたに過ぎない。個別のデータもなければ株式やオプションに関する情報も僅かしかなかった。

実際、我々が知っていたと思っていたことの大半はTowers PerrinのWorldwide Total Remuneration reportsに基づいていた。これらの国際間の比較はデータに基づいているのではなくコンサルタント会社の推計に基づいていた。それらは各国のコンサルタントに送られた回答書を基に推計されていた。産業と企業規模は荒くではあるが制御されていたもののこれらの調査を用いて所有形態や企業役員構成などのその他の要素を制御することは不可能だった。

情報公開に関する状況は過去10年で変化した。経営陣の給与の情報公開は2000にアイルランドと南アフリカで導入され2004にオーストラリアで導入された。2003の5月にEU委員会はEU内の企業に詳細な情報を公開するように推奨しEU加盟国はそれを承認した。2006までには6つのEU加盟国(ベルギー、フランス、ドイツ、イタリア、オランダ、スウェーデン)は情報公開を義務付けた。EU域内ではないもののノルウェーもEU型の情報公開を受け入れスイスも同様の動きを見せた。

1.2 Data sources

完全な報酬のデータがない企業とWorldscopeデータベースと照合することが出来ない企業はサンプルから除いた。アメリカの企業に対してCUSIPコードを非アメリカの企業に対してSEDOLまたはISINコードを用いてサンプルをWorldscopeのデータと照合して最後に企業名を手作業で確認した。最後にイギリスの小企業を過剰にサンプリングすることの影響を低下させるため分2005の売上が100億円を超えた企業に分析を制限した。表1に示すように最終的なサンプルはアメリカのCEOが1648人、アメリカ以外のCEOが1615人となった。サンプルはWorldscopeがカバーするアメリカ企業の時価総額の90%、アメリカ以外の企業の時価総額の83%を占める。

表1には主要な結果をまとめてある。貨幣価値はその年に最も近い時期の為替レートを用いてドル(以降、1ドル=100円として計算)に換算した。この結果は2006のPPPレートを用いたり各国の平均的な労働者の賃金との相対比に変更しても影響を受けない。表1に示すようにアメリカのCEOの給与の平均値と中央値(5.5億円、3.3億円)は非アメリカ企業のCEOのもの(2.8億円、1.6億円)の2倍だった。アメリカで基本給は給与の28%を占めるがその他の国の平均は46%だった。同様に株式付与型報酬の割合はアメリカで39%を占めた。その他の国の平均は22%だった。給与の水準と構成の違いはすべて統計的に有意だった。

2. The Level and Structure of Pay for US and Non-US CEOs

2.1 The US pay premium

この結果は産業、企業規模を制御していない。この2つに加えて4種の制御変数を加える。企業の所有形態、企業役員構成、CEOの属性、さらに個々の企業の特徴を示す変数(レバレッジ比、Tobin’s Q、株式リターンのボラティリティ)だ。

表2に結果をまとめる。企業規模に両者に有意な差はなかった。アメリカの企業の方がレバレッジ比が低く株価のボラティリティとTobin’s Qが高かった。さらに内部者による株式保有の割合が低く機関投資家の保有割合は高かった。取締役員の数は弱冠少なくより独立している傾向があった。CEOの属性はアメリカの方が年齢が高く経験が豊富で教育水準が高く外部ではなく内部昇進の割合が高かった。


表3に以下の回帰の結果を示す。

Log (Total Payi) = α + β1 (US dummy) + β2 (Firm characteristicsi)
+ β3 (Industry dummies) + εi (1)

鍵となる変数は“US dummy,”だ。回帰式は12の産業の固定効果を含む。

注7 CEOの給与の分布が歪んでいる可能性を考慮している。さらに外れ値の存在に対して頑健な中央値を用いても結果は影響を受けなかった。

表3の行1に産業と前年の売上だけを制御した式(1)の推定結果を示す。CEOの給与と企業規模には理論上では強い関連がある。Rosen (1981)とRosen (1982)は経営能力の限界生産物は企業規模と共に上昇すると議論した。最も優秀な経営者が最も大きい企業に務めるのが最適になるようにだ。均衡賃金は能力に対して凸になる。Gabaix and Landier (2008)はRosenのモデルを拡張してCEOの均衡賃金が企業規模だけでなく関連する市場に存在するすべての企業の規模の分布に影響を受けることを示した。平均的な企業が大きくなると優秀な経営者を獲得する競争が発生し報酬を引き上げるためだ。

表3の列1にあるように企業規模の弾力性は0.406で他の研究とも整合的だ。US dummyの弾力性は0.582で産業と企業規模を制御した後のアメリカのCEOの給与は79%高い。

表3の列2にレバレッジ比、Tobin’s Q、株式リターンのボラティリティ、株式リターンを含めた結果を示す。

CEOの給与はレバレッジ、Tobin’s Q、株式リターンと正の相関を株式リターンのボラティリティと負の相関を示した。US dummyの係数は0.629で給与プレミアムは88%であったことを示す。従って給与プレミアムは資本構成の違い、成長機会、業績、ボラティリティによっては説明できないことを示唆している。

表3の列3に企業の所有形態を制御した結果を示す。既に述べたようにアメリカ以外の企業では企業内部者が株式の相当部分を保有している。同族経営の形態や政府支配の企業の割合が相対的に高いためだ。2つの理由からCEOの給与と内部保有には負の関係があると予想している。第一に内部保有者とCEOが重複する場合では執行役は給与からではなく自身の持分から報酬を受け取り経営の動機とすることが出来る。第二に内部保有者が大口株主である場合では彼らはインセンティブ型の報酬がなくても経営者の活動を監視し指揮することが出来る。

表3の列3に示すようにCEOの給与は内部保有と負の相関を示し機関投資家の保有と正の相関を示す。内部保有、機関投資家による保有が10%上昇するとCEOの給与が8%下落、4%上昇する。列5と列6の結果と合わせて株式付与型報酬の比率は内部保有が増えると減少し機関投資家による保有が増えると増える。この結果は内部保有と株式付与型報酬に代替関係があり機関投資家は業績に対して高い報酬を払うという解釈と整合的だ。所有形態を制御するとUS dummyの係数は0.268にまで減少する。これは給与プレミアムは88%から31%にまで減少することを意味している。

内部保有と機関投資家の保有が給与水準に対して決定要因となっているが列2と列3の給与プレミアムの減少の大部分は機関投資家の保有で説明できることを示唆している。列2に内部保有の変数だけを加えるとUS dummyの係数は0.629から0.495に減少するが(給与プレミアムは88%から64%に減少)機関投資家の保有だけを加えた場合では係数は0.629から0.330に減少する(給与プレミアムは88%から39%に減少)。

表3の列4に企業役員構成の変数を加える。この変数の理論上の効果ははっきりしない。列4に示すようにCEOの給与は独立取締役会の比率と役員人数とに正の相関がある。企業規模と所有形態に加えて企業役員構成を制御するとUS dummyの係数は0.230に減少し給与プレミアムは26%になった。企業役員構成だけを加えた場合には給与プレミアムは88%から66%になった。

2.2 The US equity pay premium

CEOの給与水準の決定要因の一つとしてリスクが有る。以前に述べたようにCEOはリスクのある報酬体系に対してそれに応じたプレミアムを求める。表3の列5と列6には以下の回帰式の2006の結果を示してある。

Equity Payi/Total Payi = α + β1 (US dummy) + β2 (Firm characteristicsi) + β3 (Industry dummies) + εi (2)

“Equity Pay”は株とオプションの付与日での価値を示し企業属性は列4と同じだ。

表3の列5には産業と企業規模だけを制御した結果を示してある。ここでの株式給与プレミアム(*先程までと違うので注意)は22%だ。これは表1の17%より少し大きい。そこでは株式付与型報酬はアメリカ企業とそれ以外で全体の39%と22%を占めていた。だが表3の列6にあるように企業規模、所有形態、企業役員構成を制御した後では株式給与プレミアムは有意でなくなり6%にまで減少する。さらに列6が示すように高い給与と関連する企業属性は株式付与型報酬と関連する属性でもある。CEOの給与水準とインセンティブ型報酬は共に機関投資家の保有さらに独立取締役会と正の相関を示し内部保有と負の相関を示す。

表3の列7と列8には給与を株式の部分とストック・オプションの部分に分解した結果を示している。株式の使用に関しては有意な差がなくストック・オプションに関しては有意な差があった。

表4の列2にはCEOの属性を制御した結果を示している。年齢の高いCEOは株式やストック・オプションの形式で受け取る割合が低く学歴の高いCEOは株式付与型の割合が高かった。他の属性はいずれも有意ではなかった。

2.3 Risk-adjusted CEO pay

企業規模、所有形態、企業役員構成を制御した後では給与プレミアムはかなり縮小するとはいえそれでもまだプレミアムは存在している。リスク回避的なCEOはリスク・プレミアムを要求するので給与プレミアムはこの反映である可能性がある。実際、Conyon, et al. (2011)はアメリカとイギリスの給与プレミアムはリスクを調整すると大部分消滅することを示している。

このことに関しては広範な合意があるもののリスク・プレミアムを計測する方法にはそれがない。Lambert, Larcker and Verrecchia (1991)、Hall and Murphy (2002)は方法の一例を提案した。この方法を我々のデータに適用することによりリスク調整後のCEOの給与を得ることが出来る。

その他の実験的方法としてConyon, et al. (2011)は非分散型ポートフォリオを直接的、間接的に保有することを強制されたCEOが要求するであろうリスク・プレミアムを計測している。リスク・プレミアムはリスクのない現金報酬と制約のないポートフォリオを保有することとの差として定義される。リスク調整済み給与は総報酬から先に求めたリスク・プレミアムを引いて得られる。

これら2つの方法の差は基本給を受け取りその他の形態の報酬を受け取らないCEOに顕著に表れる。Hall and Murphy (2002)の方法ではCEOのリスク調整済み給与は単に(未調整の)基本給だ。Conyon, et al. (2011)の方法ではCEOのリスク調整済み給与は基本給から非分散型ポートフォリオを保有することによるリスク・プレミアムを引いたものだ。

これら2つの方法のどちらが適切なのかはCEOがどのように会社の株式とオプションを取得するかに依存する。雇用の条件としてCEOが会社の株式を購入するのに自己資金を要求される場合を想定する。この場合には会社は競争的給与体系に加えてリスク・プレミアムを払う必要があるだろう。その他の極端な場合としてCEOのオプション残高が他の部分の報酬の削減を伴わない寛大な賞与の結果であると想定する。この場合には非分散型ポートフォリオを保有するからといってCEOがリスク・プレミアムを得られると考える理由はない。

2.3.1 Hall-Murphy risk adjustment

表5のパネルAに結果を示す。企業規模、所有形態、企業役員構成を制御した後で給与プレミアムは27%から有意でない14%(相対的リスク回避度 rra = 2)、10%(相対的リスク回避度 rra = 3)に低下する。表5の列3と列5に示すようにリスク・プレミアムを調整して所有形態、企業役員構成を制御しない場合では55%と46%と給与プレミアムはかなり残る。

図2のパネルAにHall and Murphy (2002)の方法に従った仮想的なCEOの給与の分布を示す。アメリカのCEOの給与は2.1億円でその他の国の平均である1.46億円よりも高い。図2のパネルBに企業規模、所有形態、企業役員構成を制御した後のリスク調整済みの給与水準を示す。アメリカのCEOの給与水準はイギリス、オーストラリアよりも有意に低くカナダ、イタリア、スイスと有意な差がなかった。

2.3.2 Conyon-Core-Guay risk adjustment

給与プレミアムは列2で30%、列4と列6で有意でない18%、0%だった。

3. The Internationalization (and Americanization) of CEO Pay

4. Time Trends in the US CEO Pay Premium, 2003 –2008

この章ではアメリカとその他の国の2003から2008に掛けての給与の収束に関して調べる。表8のパネルAに産業と企業規模だけを制御した年度毎のプレミアムを示す。2006の給与プレミアムは79%で表3の列1と同じだ。給与プレミアムは2003から2008に掛けて減少していて特に2005以降の減少が顕著だった。

表8のパネルBに企業規模、所有形態、企業役員構成を制御した後での年度毎の結果を示す。2006の給与プレミアムは26%で表3の列4と同一だ。結果はすべての年度でパネルAよりも低いのでこれまでの結果を確認できた。加えて2007、2008では給与プレミアムは有意でなくなる(2%と14%)。これは2006以降に給与水準に有意な差がなかったことを示している。同様に2006と2007では株式付与型報酬の比率に関して有意な差がなくなっていた。これらはCEOの給与水準が収束したことを示す。


CEOの給与の決定要因を分析した結果、機関投資家の保有が収束の要因であるように思われる。他の国の機関投資家の保有比率はこの期間に18%から34%に上昇した。外国人投資家の保有がこの上昇の主な要因で6%から15%以上に上昇した。その他の企業属性や取締役会の属性は目立った変化を見せなかった。給与水準の2003以降の収束は株式の所有形態の収束と資本市場の国際化と関連しているように思われる。

5. Ownership, Governance, and CEO Pay

これまでの結果は所有形態、企業統治変数が何らかの代理変数であったり給与と関連がある除外変数と相関している可能性を排除できない。

5.1 Why Shareholder-Centric Governance Might Lead to Higher CEO Pay

機関投資家と独立した取締役会は株主による強固な監視と良い企業統治の代理変数として用いられてきた。この株主寄りの企業統治が給与の高さと関連するのは直感に反するかもしれないがこれは合理的であり効率的でもある。

第一に機関投資家と独立した取締役会はCEOの給与と業績を強く結びつける。リスク回避的なCEOはリスク・プレミアムを要求するが表5に示すようにリスクを調整しても給与と機関投資家の保有との正の相関は完全には消滅しなかった。

第二に機関投資家と独立した取締役会は業績に関連した解任のリスクを高めリスク・プレミアムが追加される。業績の悪化後のCEOの解任される確率は独立した取締役会の比率とともに上昇する。23ヶ国の企業に関して調べたAggarwal, et al. (2011)はCEOの業績に関連する交代率は機関投資家が保有する株式の比率とともに上昇することを示した。

さらにAggarwal, et al. (2011)は機関投資家の保有と株主寄りの企業統治の属性の間に正の関連があることを示し機関投資家の保有の変化はその後の企業統治の変化をもたらすと結論した。これらの結果は機関投資家の保有比率が高い企業のCEOは業績を挙げることが求められ“quiet life”を送ることは少なくなることを示す。従って機関投資家の保有はそうでない場合と比べCEOに何らかの行動を取ることを迫る。CEOは自然とこの行動に対する見返りとして報酬を求める。

5.2 Do Omitted Variables Explain Both Pay and Shareholder-Centric Governance?

5.2.1 Shareholder-Centric Governance as a Proxy for US Firms

表1に示すようにアメリカとその他の国で所有形態、企業統治に関して有意な差がある。従ってこれまでの結果はこれらの変数とUS dummy変数との間の高い相関を反映していてこれらの変数とCEOの給与との間の相関を示しているのではない可能性がある。

2章4節でアメリカとその他の国のCEOの給与水準と給与構成の決定要因の違いを調べた。表6の列1と列2を比較することにより機関投資家と給与、株式付与型報酬の間の関係がアメリカとその他の国の両方に見られることを発見した。CEOの給与と株式付与型報酬の比率はアメリカ企業で正の相関が見られたがその他の国では見られなかった。全体として給与水準と給与構成の決定要因に関して幾つかの違いがあるもののこの研究の結果は所有形態、企業統治変数とUS dummy変数との相関の反映ではないことを示しているように思われる。

5.2.2 Panel regressions with firm fixed effects

表3、5、6、7の結果はこれまでの仮説と整合的であるがこの結果は何らかの除外変数の存在とも整合的だ。それらの特徴が企業、産業、国に固有のものであり時間によって変化しない範囲で固定効果を用いてそれを制御することが出来る。

表9に固定効果がある場合とない場合の最小二乗法による係数の推定結果を示す。列1と列3に期間は2003から2008でUS dummyを除いて時間効果を含めた場合の式(1)と式(2)の係数の推定結果を示す。そしてCEOの給与と株式付与型報酬の比率は機関投資家と独立した取締役会の比率が高い企業で高く内部保有比率の高い企業で低いことを発見した。列2と列4に今度は固定効果を含めた結果を示す。CEOの給与は機関投資家の保有と取締役会の独立性とともに上昇し内部保有比率とともに減少することを発見した。株式付与型報酬の比率の上昇は機関投資家の保有比率と正の相関を示し内部保有比率と負の相関を示した。そして企業役員構成とは弱い関係を示した。時間によって変動し所有形態、企業役員構成、CEOの給与と相関する除外変数の存在は排除できなかったものの所有形態、企業役員構成の変数は除外変数の代理ではないことを示唆している。

5.2.3 CEO Pay and the Rise of Professional Executives

時間可変の除外変数の候補として“professional executives”のその他の国での重要性の高まりが挙げられる。

1990年代の初期はアメリカで複雑な経営形態が発生し始めてオーナー経営者が経営する同族企業に取って代わることが多々あった時期だった。経営の専門家が企業の資産を管理するために雇われた。企業の所有者と雇われた経営者の間の利害の不一致が“agency problem”だ。Murphy (2012)が調べたようにこの問題を緩和しようと様々な手段が講じられた。高い報酬はアメリカの優秀な学生を引き寄せMBAの魅力を高めることになった。報酬に占める株式の相対的比重の上昇は株主活動の活発化と機関投資家の重要性が増したことによりもたらされた。

その他の国の企業は創業者一族による支配が続いていたもののここにも経営の専門化の波は押し寄せていた。表2のパネルDは2006にその他の国の企業のCEOは外部から雇われる比率がアメリカの比率よりも高かったことを示す。加えて企業の所有形態も機関投資家の占める比率が増していった。機関投資家の保有比率と経営の専門化の時期が重なっているのでこの要因が除外変数の潜在的候補になり得る。

6. Conclusion

2013年7月30日火曜日

Defending the One Percent

by N. Gregory Mankiw

(省略)

この展開は政治が直面する問題の一つになっている。2,3の数字がこの議題の程度を示している。所得上位の所得に関して現在利用可能なものはPiketty and Saez(2003, with updates)ぐらいしかなくこの数字でさえ論争の対象になっている(税制の変化に影響を受ける、報酬の受け取り方や申告方法の変化に影響を受けるなど)。彼らの数字によると所得上位1%のキャピタルゲインを除く所得シェアは1973の7.7%から2010の17.4%になっている。さらに所得上位0.01%(年間所得5.9億円)の所得シェアは同じ期間に0.5%から3.3%になっている。

所得格差の扱いには経済学だけでなく政治哲学の領域も含まれる。経済学者は所得格差の要因に関して限られた知識しか持っていないだけでなく政策対応に関して限られた能力しか持ち合わせていないことを認めなければならない。政策対応に関して議論している経済学者は素人政治哲学者の役割を演じている(このエッセーで私も同じことをしている)。それはある意味避けられないことかもしれない。

Is Inequality Inefficient?

よく見られる主張は所得格差がパイを減少させているという意味で非効率だというものだ。所得上位1%の追加の1ドルの所得がその他の層の所得を2ドル減少させているならばそれを修正すべき社会的問題として見るだろう。所得上位1%の所得の増加がレントシーキングによるものと仮定する。政府が特定の財に独占を許可したり便宜を計ったり貿易の制限を加えるとする。そのような政策は所得格差の拡大と非効率に繋がるだろう。ほとんどの経済学者はそれを問題と見做すだろう。私もそうする。

Joseph Stiglitz (2012)の本はレントシーキングが主要な要因であると読者を説得することに多くのページを費やしている。このエッセーは書評の場ではないが私は説得されなかったと報告しておく。彼の語りは体系的な証拠ではなく特定の逸話に依存している。1970年代よりも現在の方がレントシーキングが活発であると信じる理由はない。

私はClaudia Goldin and Lawrence Katz (2008)の本の方に共感を覚えた。彼らは技術変化が技能労働の需要を継続的に高めたと議論している。この力は技能労働者とその他の労働者の賃金差を拡大させる傾向がある。この需要の変化は1950年代や1960年代がそうであったように技能労働者の供給をそれよりも増加させることにより打ち消すことが出来る。この場合では賃金差は上昇するとは限らず実際そうなったように低下することさえある。だが1970年代のように教育水準の上昇速度が低下した場合に技能労働者への需要の増加は所得格差を上昇させる要因になり得る。従って所得格差の話は政治やレントシーキングではなく供給と需要に関係してくることになる。

彼らは全体の所得に関して議論していて所得上位1%を特に扱っている訳ではない。だが同様の力が働いていると推測することは可能だ。所得上位1%の所得シェアはU字型のパターンを示している。技能労働者とその他の労働者の賃金差も同様のU字型のパターンを示している。所得格差の全体の変化が政治過程におけるレントシーキングではなく技術と教育の相互作用によって変動しているのならば両者が一致することはそれ程なさそうに思われる。むしろ技術の変化が数十年前には出来なかった方法で高額の所得を要求することを可能にしたように思われる。 Erik Brynjolfsson and Andrew McAfee (2011)はこの考えを彼らの本で押し進めている。彼らは「デジタル技術により、起業家、CEO、スター、財務管理者はその能力を世界市場へと拡大することが可能となり昔には考えられなかった報酬を受け取ることが可能になった」と述べている。

Equality of Opportunity as a Desideratum

(省略)

この議論はそう簡単には決着しない。世代間の所得の移転には機会の格差以外の多くの要因が影響を与えるからだ。親と子供は遺伝子を共有している。このことは機会が完全に平等であっても親子間の所得の相関は残ることになる。IQは遺伝に関係する部分が大きい。IQの高い親はIQの高い子供を持つ可能性が高くそれは平均で見て所得に反映される。もちろんIQは才能の一面でしかない。だが自己抑制、集中力、社交性なども同様に遺伝に関係する部分がある。

これは我々が遺伝子が決定する世界に住んでいることを意味しているのではないし実際違う。だが経済的な結果に遺伝がまったく関係していないと考えるのは誤っているだろう。Benjamin et al. (2012)によると「双子の研究は測定誤差の影響を修正すると経済的な結果と選好には健康状態や個人的性格と同程度に遺伝が関係しているように思われる」と報告している。同様に養子について研究したSacerdote (2007)は「教育水準と所得は経済学に於いて集中的に研究されているがこれらは家庭環境の違いに最も影響を受けない変数だ」と書いている(彼は家庭環境が強い影響を示すのは飲酒などの社会変数だと報告している)。これは親子間の所得の相関を機会の格差と解釈するのは尤もらしくないことを示唆している。Sacerdoteは世帯所得の分散の33%は遺伝によって説明できると推定していて11%が家庭環境によって説明できると推定している。残りの56%は家庭に関係のない環境要因を含んでいる。この11%が近似的に正しいのであれば我々は機会の均等の定義からそれ程離れているのではないことを示唆する。つまり正しい家庭に育てられることは人生の手助けになるがだが家庭環境は遺伝や家庭以外の環境要因に比べて経済的結果の変動の僅かの部分を占めるに留まる。

社会が機会の均等から離れるのであれば注意を所得分布の右側ではなく左側に移した方がいい。貧困には様々な要因が絡んでおりその家庭の子供は適切な人的資本に対する投資を受けられない。対照的に所得上位1%の家庭の子供に与えられる教育の機会は私が見たところでは普通の家庭の子どもと大きく変わらない。私の考えは個人的な経験によって形成されたものだ。私はごく普通の家庭で育った。私の両親はどちらも大学に通っていない。私自身の子供はより所得が高くより教育水準の高い家庭で育っている。けれども私の子供が私が同い年で受けたよりもよりよい教育を受けているようには思われない。

所得格差に関する懸念は非効率性や機会の格差に関する懸念に根ざしたものではないと結論したいと思う。所得格差が政策の対象になるとしたらそれ自体が問題と見做されるからに違いない。

The Big Tradeoff

1975の本の中でArthur Okunは公平性と効率性の大きなトレードオフに関して書いている。我々は課税や高所得者から低所得者への所得の移転を用いることが出来るがそのシステムは「穴の開いたバケツ」だという。お金の何割かは失われる。この穴は我々の再分配の意思を完全に妨げるものではないが我々は効率性も懸念しているためこの流出は経済資源を完全に平等化するのを妨げるだろう。

この議題を扱う正式な形式はMirrlees (1971)によって提示された。標準的なマーリーズモデルでは家計は消費Cから効用を労働Lから不効用を受け取る。家計の違いはそれぞれの生産性Wだけだ。

各個人の消費はWLになるだろう。生産性の高い個人は高い消費と効用、低い限界効用を持つだろう。

社会の効用を最大化する社会計画者として政府が導入される。社会計画者は生産性が高く限界効用が低い個人から生産性が低く限界効用の高い個人へと経済資源を移動させようとする。だがこれは達成するのが難しい。政府は生産性Wを観察することが出来ないと仮定しているからだ。その代わりに所得WL(生産性と努力の積)だけを観察することが出来る。所得を再分配しすぎれば生産性の高い個人はまるで自分たちの生産性が低いかのように振舞い始めるだろう。よって政策当局者はファーストベストの均等分布の結果ではなくセカンドベストの誘引両立解へと追い込まれることになるだろう。

この形式が採用されるならば議論は鍵となるパラメータに関してのものに変化する。最適な所得移転額は労働意欲がインセンティブに反応するその程度に関わってくる。完全に非弾力的であればバケツからは流出が起こらず社会計画者は均等分布を達成できる。弾力性が低くても近い結果になる。だが労働意欲がインセンティブに大きく反応すればバケツはザルと化し社会計画者は少量またはゼロの移転を図るべきになる。よって経済学者の議論は労働供給の弾力性に集中することになる。

この功利主義の前提を受け入れたとしてもそこから発生する特定の定量的結果を疑うべき理由がある。研究者がマーリーズモデルを実装する際にすべての個人は同一の選好を持つと通常仮定している。人々は生産性のみが異なる。理論を示すためだけならばその仮定でも構わない。しかし実際には間違いだろう。所得は人々が消費、余暇、職業属性に関して異なる選好を持つために異なる。選好の違いを考慮すれば所得の再分配の根拠は弱まる(Lockwood and Weinzierl 2012)。例えば多くの経済学の教授は民間のエコノミスト、ソフトウェアエンジニア、企業弁護士など高所得のキャリアを選択できたはずだ。現金ではなく個人的、知的自由を報酬として選択したのは人生設計の結果であって生得の生産性の反映ではないはずだ。逆の選択をした人物は所得からより多くの効用を受け取るからその選択をしたのだろう。功利主義の社会計画者はインセンティブを無視してそのような個人により多くの所得を配分しようとするだろう。

マーリーズモデルの他の問題点は税の取り扱いが単純すぎることだ。経済学をきちんと学習している生徒であれば財やサービスが課税されれば買い手と売り手が負担を分け合うと知っている。マーリーズモデルでは個人の労働所得が課税されればサービスの売り手のみが不利益を被る。本質的に労働サービスに対する需要は無限に弾力的であると仮定されている。より現実的な仮定では課税の負担はそれらサービスの買い手により広範に拡散するだろう(そして恐らく補完的な投入要素の売り手にも)。この現実的な設定では課税政策は再分配の道具としての機能を低下させるだろう。

困難でより深い疑問は政府の政策が功利主義の社会計画者という性質に基いていると見られるかどうかだろう。つまりオークンとマーリーズは経済学者にこの議題を考えるにあたって正しい出発点を与えたのか?このモデルを出発点から疑う適切な理由があると思う。

The Uneasy Case for Utilitarianism

経済学者にとっては功利主義の方法論はとても自然なものだろう。功利主義者と経済学者は流れを共有している。ジョン・スチュワート・ミルのような初期の功利主義者は経済学者であった。さらに功利主義者は個人の意思決定に関する経済学者のモデルを社会の水準にまで拡張したように思われる。功利主義者の政治哲学を受け入れれば社会を運営することは制約付きの最適化問題になるだろう。その自然なアピールにも関わらず(少なくとも経済学者にとっては)功利主義の方法論には問題がある。

古典的な問題の一つは効用の個人間の比較可能性だ。個人の効用関数を個人が行った選択から推量することは出来る。だがこの顕示選好の観点からは効用は本質的に可測なものではなく効用を個人間で比較することは不可能だ。神経科学の発展によりいつかは幸福の量を測れるようになるかもしれない。現在ではある個人の追加の消費が他の個人よりもより多くの効用をもたらすかを判断する科学的方法はない。

より深刻な問題は分析の地形的範囲だ。分析は国のレベルで行われる。だが功利主義にはそのような制限を示唆するものは本質的にない。最も大きな所得格差は国と国の間で見られる。税と移転がフロリダのパームビーチからミシガンのデトロイトへと向かうのであればアメリカとヨーロッパからサハラ地域のアフリカへと資源を移す同様の国際的システムがあってもいいのではないか?多くの経済学者は国際援助の増額に賛成するだろう。だが私の知る限りでは豊かな国に対して個人に対して課せられるような高率の税率を課そうという提案を見たことがない。国際レベルへ功利主義を適用するのを躊躇するのであれば国内レベルに於いても適用を停止させるべきだ。

2010の論文でMatthew Weinzierlと私は功利主義に対して慎重になるその他の理由を強調した。そこではタグの使用を推奨した。Akerlof (1978)が指摘したように社会計画者が生産性と相関する個人の特性を観察することが出来れば最適な税制は個人の税負担を決定するに際して所得に加えてその情報を活用するものになるはずだ。税制が所得ではなく固定的な個人の特性に基づくようになればなるほどインセンティブの阻害は小さくなりうる。我々はそのようなタグの一つとして身長を示した。身長と賃金の相関は十分に強く身長に対する最適課税は大きくなる。同様に功利主義に基づけば個人の税負担は人種、性別、その他多くの外生的特性の関数になるはずだ。もちろん多くの人は身長に対する税に賛成しないだろうし我々も真剣に提案しているのではない。人種に対する税に至ってはより多くの人が反対するだろう。だがこれらの意味は簡単に無視することは出来ない。理論のうちで気に入った部分の結論だけを取り出し残りを無視するのであれば理論を間違って使っていることになる。多くの人が反対する政策を功利主義が取るのであればそれは恐らくきちんとした基礎の上に成り立っていないからだろう。

最後に功利主義のモデルが本当に我々のモラルに適合しているのかを考えてみる必要がある。それに際して功利主義の社会計画者がファーストベストと見做す結果から考えてみよう。マーリーズモデルとは異なり社会計画者は直接生産性を観察できると仮定する。計画者はインセンティブを気に掛けることなく生産性に基いて税と移転を設定できるだろう。最適な政策は個人間の消費の限界効用を均等化させる。効用関数が消費と余暇に関して加法分離的ならばこれはすべての個人が同量を消費することを意味する。だが生産性が他よりも高い個人がいるので余暇を均等化させることは最適ではない。代わりに社会計画者は生産性の高い個人により働くことを要請するだろう。功利主義のファーストベストの配分ではより生産性の高い個人はより働き他人と同量を消費することになる。社会の全効用を最大化する配分の下では生産性の低い個人が生産性の高い個人よりもより多くの効用を得ることになる。

これは本当に望ましい結果なのか?真の功利主義者ならばそうだと言うだろう。この結果は私は望ましいものだと思わないし多くの人も望ましいと言わないと思う。子供でさえも能力は報われるべきだと直感的に感じている(Kanngiesser and Warneken 2012)。そして子供達はそうでない場合のインセンティブの阻害だけを問題にしているのではないと思う。

私が正しいのであれば伝統的な功利主義から大きく離れた最適課税と移転のモデルを必要としている。

Listening to the Left

(省略)

第一は税制が逆進的だという主張だ。有名なものでは2008の大統領選挙戦でヒラリー・クリントンの資金提供者であったウォーレン・バフェットの主張だ。自分自身を例に挙げて自分の前年の税率が17.7%で彼の秘書の税率は30%であったと言う。オバマ大統領はバフェット・ルールを提案した。

だがバフェットの計算に疑念を抱く正当な理由がある。彼の秘書が本当に中間所得者で税率が30%であるのならば給与税を所得税に加えている。だがバフェットの税率は彼の所得の大部分が配当とキャピタルゲインでさらに彼の計算は資本所得が法人の段階で既に課税されているということを忘れている。全体像を明らかにするには労働所得に対する税だけでなく資本所得に対する税も考慮する必要がある。

Congressional Budget Office (2012)は連邦税の税負担の分布を計算しバフェットの話とは全く異なる結果を示している。20009には人口の第五分位は所得の1.0%しか連邦税を払っていなかった。第三分位は11.1%で第一分位は23.2%だった。所得上位1%は28.9%を連邦政府に支払っていた。幾人かの納税者は積極的に税を最小化しようとしているかもしれない。だがCBOが示したようにそのようなケースは例外だ。一般的なルールとして現在の税制は極めて累進的だ。

第二は高い所得が社会への貢献に見合っていないという主張だ。競争的な労働市場では個人の賃金は限界生産性に等しくなる。だが現実はここから乖離する可能性がある。例えば個人の高い所得はレントシーキングの結果である場合もあるだろう。結果は非効率になる。スティーブ・ジョブスがアイポッドやピクサーを生んで所得を得ても人々の反感を買うことはない。銀行のベイルアウトは反感を買うだろう。

所得上位1%の所得が生産性の反映であるかが鍵となる。残念ながらこの質問には簡単には答えることが出来ない。私のこれまで読んだ所では高額所得者の大部分は経済に対する貢献を反映したものでシステムを悪用したり市場の失敗や政治過程から利益を得たのではない。CEOの例を見てみよう。CEOは高額の報酬を得ていてその給与は時間とともに増加している(*実際には減少している)。この現象に対してコメントするものは取締役がその仕事をしていないためだと示唆している。株主の利益を代弁するのではなく取締役はCEOに対して友好的で会社に対する貢献以上に給与を支払っているという。この議論は非公開企業の行動を説明するのに失敗している。このような場合にはプリンシパル・エージェント問題に直面することはないはずだ。だが非公開企業のCEOも高額の報酬を得ている。Kaplan (2012)は過去30年間で非公開企業の経営者の給与は公開企業のそれを上回っていたことを示している。Conqvist and Fahlenbrach (2012)は公開企業が非公開になる場合にCEOの給与は減少するのではなく増加していたことを示している。これらの研究を元にするとCEOの給与の最も自然な説明は良いCEOの価値は高いということだろう(この結論はGabaix and Landier, 2008の提示したモデルと整合的だ)。

第三に高額所得者は物的、法的、社会的インフラストラクチャから利益を得ているのでそれを支えるべきだという主張だ。オバマ大統領は「あなたが成功したのであれば手助けをしてくれた人がいたはずだ。あなたは人生のどこかで素晴らしい教師に出会ったはずだ。誰かがあなたが成功することを可能にした素晴らしいアメリカのシステムを構築する手助けをしたはずだ。誰かが道路や橋に投資したはずだ。あなたが事業を経営しているのであれば(自分で始めたのでなければ)誰かがそれを可能にしたはずだ。インターネットは勝手に生まれ出てきたのではない。政府の研究がすべての企業が利用できるように作ったのだ。我々が成功したのであれば個人の努力だけではなく協力し合ったからだ」と演説している(*政府の研究×→軍事研究○、さらに他の国の政府×→アメリカ政府だけ○、政府の支出は研究開発とインフラ投資×→その他の比重が圧倒的)。

伝統的なパブリック・ファイナンスの用語で言えばオバマ大統領は支払い能力原則から離れて受益原則に焦点を移していると思われる。すなわち、高額所得者への高率の税率は彼らの消費の限界効用が低いので正当化されるのではない。むしろ高率の税率は政府が提供した財やサービスによって彼らは財産を築くことが出来たのでそれらの財やサービスの代価を支払う責任があるというものだ(マフィアよりも厚かましい)。

これには政府のインフラの価値の大きさを知ることが問題になってくる。平均の価値は大きいだろう。だがその他の投入と同様に政府のインフラも限界の価値で判断する必要がある。既に指摘したように所得上位1%は所得の1/4以上を連邦税として1/3を州税と地方税を含めて払っている。

さらに問題になってくるのは政府支出でシェアを拡大しているのは財やサービスの購入ではなく移転支払いということだ。政府の支出がGDPに占める割合として増加しているのはより多くまたはより良い道路や法制度や教育を提供しているからではない。そうではなく政府はその力をピーターから課税してポールに支払うために用いている。政府サービスの便益の議論はこのことをあやふやにすべきではない。

まとめると、左翼の議論は原則としては有効となり得るものの実践としては疑わしい。現在の税制が逆進的であったり、所得上位1%の所得が経済への貢献に見合っていなかったり、高額所得者が政府サービスを彼らの納める税金より超過に消費しているのであれば最高税率の引き上げの妥当性も高まってくるかもしれない。だがそれらの前提条件が成立していると信じる説得的な理由はない。

The Need for an Alternative Philosophical Framework

思考実験として無知のベールがある(Rawls, 1971)。個人は自身が幸運であるかそうでないか才能があるかそうでないか豊かであるかそうでないかといった知識を持たずに個人が生まれる前の仮想的な時間の中で社会的地位が決定される。リスク回避的な個人は幸福でない環境に生まれる可能性に対して保険を購入したいと思うだろう。政府の所得移転は人々が自発的に契約する社会保険の施行となるだろう。

この論理をさらに推し進めることが出来る。この状況では人々は豊かであるかそうでないかよりもより懸念することがある。人々は健康状態も懸念するだろう。例として腎臓を考える。多くの人は2つの健康な腎臓を持っている。そのうちの一つはなくても支障がない。低い確率ではあるものの2つの腎臓が機能しなくなってしまう病気に掛かる人がいる。原初の状態にいる個人は少なくとも一つの腎臓が機能することを保証する保険を契約するだろう。すなわち、彼が幸福であればドナーとなるリスクが有り彼が幸福でないならば移植を受けることが出来る保証を得られる。よって所得の移転を正当化しようとする同様の論理が政府が強制する腎臓の提供にも当てはまることになる。

疑いもなくそのような政策が真剣に検討されれば多くの人は反対するだろう。人間は自分の臓器を所有する権利を持っていると人々は議論するだろう。そして無知のベールによる思考実験はその権利を侵害するものではないと議論するだろう。そうであるならばそしてそうなると私は考えているがこの思考実験の意義はより一般的な意味で損なわれるだろう。原初の状態に結ばれた仮想的な社会保険が自身の臓器を持つ権利に取って代わらないのであればなぜ自身の労働の成果には取って代わるというのだろうか?

代替的な視点としてMankiw (2010)で“just deserts”と名付けたものがある。この観点によると人々は自身の貢献に正確に一致する報酬を受け取る。外部性や公共財がなければ競争均衡で人々は自身の限界生産物に等しい価値を受け取り政府はこの結果を変える必要はない。政府の役割はこの基準から乖離した場合に発生してくる。ピグ-課税と補助金は外部性を修正するのに必要とされ得るし累進所得課税は公共財の受給原則から正当化され得る。低所得者への所得移転も公共財と見做され得るので同様に役割がある。

この観点はオークンやマーリーズを含めて長く経済学者に影響を与えてきた功利主義の観点から劇的に離れることになる。だがまったく新しいというわけではない。Knut Wicksell (1896, translated 1958)やErik Lindahl (1919, translated 1958)によって示唆された“just taxation”の100年ぐらいの伝統がある。より重要なことにこの観点は我々の直感とも整合的だと信じている。実際、今まで見てきた左翼の議論は功利主義よりもこの観点との方が融和させやすい。私が左翼の議論に反対するのは彼らの議論の性質にあるのではなく彼らの結論の元となった根拠の方にある。

その人が持っている政治哲学は最適政策に関わる経済についての疑問に影響を与える。功利主義の観点からは以下のような疑問が発生してくる。消費の限界効用はどの程度の速さで減少するのか?生産性の分布はどうなっているか?課税は労働意欲にどのぐらいの影響を与えるか?“just deserts”の観点は代わりに他の疑問に焦点を当てる。所得上位1%の所得は生産性を反映したものなのか?公共財の便益はどのように分布しているのか?これらの疑問に対して私自身推量したしこのエッセーを通してそれを示唆してきた。だがそれが試験的なものであったことは認める。これらは将来の研究が答えてくれるかもしれない。

両者の違いを強調するために最高税率の問題を考えてみる。フランスのオランド大統領が提案したような75%になぜ我々は上げないのか?または1950年代のアメリカの91%に我々は上げることはないのか?功利主義であれば負のインセンティブ効果が大きすぎるからだと答えるだろう。“just deserts”の観点からはそのような懲罰的な税率はインセンティブ効果を無視したとしても間違っていると答える。この観点からは誰かの所得の大部分を政府の力を用いて奪うことは仮に大衆に支持されていたとしても不公正になる。

2013年7月18日木曜日

デフレは大恐慌と関係無かった?

The International Great Depression:Deflation, Productivity and the Stock Market

by Harold L. Cole Lee E. Ohanian Ron Leung

1 Introduction

最近になってようやく動学的確率的一般均衡モデルが大恐慌の研究に用いられるようになってきた。しかしそれらの研究は一般的に1つの国を対象としていてしかも調べられたのもほんの数ヶ国でしかない。この研究ではDSGEモデルを恐慌の国際的側面を分析するための方法として用いる。特に1930から1933の17ヶ国の生産と価格の変化を調べる。貨幣ショックをモデルに加えるのは国際的恐慌の説明としてデフレの要因を示唆する文献があるからだ。生産性ショックをモデルに加えるのは恐慌について調べたDSGEモデルはこのショックに着目していて恐慌の理解にこれが重要だと結論しているからだ。この研究では多くの国を分析に加えるとともに(生産の変化と価格の変化を考慮することにより)生産性ショックと貨幣ショックをモデルに組み込む。

生産と価格の変化がどのぐらい貨幣ショックで説明できるのかそして生産性ショックで説明できるのかをモデルを用いて評価する。これら2つのショックの相対的重要性は完全にオープンクエスチョンだ。貨幣ショックは単一の国を対象としたDSGEモデルでは除かれているし多国間の分析にDSGEモデルはまだ用いられていないからだ。よってこれら2つのショックの重要性を調べることはこの出来事を理解するための自然な一歩となる。

この研究の主要な分析結果は生産性ショックが17ヶ国の生産の変化の大部分を説明し貨幣ショックは価格変化のほぼすべてを説明するというものだ。さらに生産性ショックの源泉を調べた。そして生産性ショックの源泉の最有力候補は金融ショックで生産性と実質株価の間には極めて高い相関があることを発見した。その他の説明、例えば生産設備稼働率、労働力の保蔵、貨幣、為替レートはデータと整合的でなかった。

2章では産出、デフレ、生産性、実質賃金の間の関係性などをまとめる。その主要な特徴は生産性は産出と強く結びついているがデフレと産出との間には極めて弱い関係しかないということだ。

3章ではモデルを説明する。モデルはLucas (1972)の情報の不完全性による貨幣の非中立性という特徴を備えている。貨幣の非中立性が取りうる値には幅がある。そしてこの変動する非中立性パラメータが定量分析と結果の頑健性を評価するにあたって中心的な役割を果たす。さらに我々のモデルは貨幣錯覚という概念を資本をもった一般均衡モデルに簡単に組み込む方法を提示する。ルーカスの貨幣の非中立性はDSGEの文献の中では除かれていた。

4章では定量化の方法について議論する。データに制約があるので新しい手法を必要とする。ショックに関してTFPを潜在変数として扱う。これはいくつかの国に於いて資本ストックまたは労働に関するデータが得られなかったからだ。さらに貨幣ショックを潜在変数として扱う。特にモデルが1929-33の各国の生産と物価のデータをきちんと再現するように貨幣と生産性ショックを構築する。それからその分析の実証的妥当性をモデルの変数と現実のデータを比較することにより評価する。生産性と貨幣ショックで産出と価格の変動をどの程度説明できるか評価する。

5章ではモデル変数と実際の変数を比較して両者に緊密な関係があることを示す。モデルは生産性の変化、貨幣の変化、消費の変化、労働の変化の70-90%を説明する。6章では分解の結果を示し頑健性をモデルに基づく産出の分解を統計に基づく産出の分解とを比較し両者がほとんど同一であることによって示す。

生産性の重要性に関して7章ではこのショックに関する様々な仮説を検証する。特に金融ショックまたは貿易ショックを含むいくつかのモデルは確率的な成長モデルに生産性ショックを与えたものと観測上等価だ。この可能性を排除するため生産性ショックが金融または貿易に関する変数(デフレ、名目利子率、実質利子率、実質為替レート、貨幣集計量、銀行危機の指標、実質株式価値など)で説明できるか検証する。実質株価は生産性ショックを説明できる唯一の変数だ。株式市場が生産性を説明できる部分は73%で貨幣ショックで価格の変化を説明できる部分は94%だった。

8章ではこの結果を他の研究と比較する。9章はまとめだ。

2 Data Summary and Its Implications for Modeling

初めに単一要素(単一のショック)モデルがデフレと産出の両方を説明できるのかまたは多変数要素のモデルが必要なのかを評価する。これはモデルに含めるショックの数を選ぶ必要があるために重要だ。

この評価をするために対数線形に於いて単一要素モデルはデフレと産出が(1)高い相関を示す、そして(2)同一の大きさを持つ個別の要素を持つ、という性質を利用する。この点をはっきりと見るために単一要素モデルの最もシンプルな型を以下に示す。

yit = x~t + χ it
πit= η( x~t + χ it),

χは個々の要素でηは正規化係数だ。(*注意、ここに注3が入る)初めに産出とデフレを国固有の部分に分解する。

注3 このシンプルなモデルは2つのランダム変数が同一の確率過程を持ちそれらの相関が1で共通部分と個別部分がまったく同じ大きさを持つと仮定している。もちろんこれは観測誤差を含めれば成立しない。

yit = y~t + εit
πit = π~t + εit

次にその相関と共通部分、個別部分の相対的大きさを以下の性質が成立しているかどうかを評価するために計算する。

corr(y,π) >> 0,Σεit^2/Σyit^2~Σεit^2/Σπit^2,Σy~t^2/Σyit^2~Σπ~t^2/Σπit^2.

表1に結果を示す。まず1930-33のデータは単一要素モデルを支持しない。産出とデフレとの相関は低いか負だった。産出の変動の方がデフレよりも相対的に規模が大きかった。表2はこの分析をデフレと産出の累積変化に拡張している。産出とデフレの累積変化の関係は表1と似ている。産出と価格は無相関(相関は-0.01)で産出の個別部分(55%)はデフレの個別部分(18%)よりもはるかに大きい。これは多くの国が同じ程度の規模のデフレを経験したが産出の変化は大きく異なっていたことを示す。

デフレには共通する要素が背景にあり産出には国別の要素が背景にあることを示している。さらにこの結果はデフレが産出に対して僅かな説明力しか持たないことを示唆している。それは両者の相関が低いからだけではなくyとπの間で個別部分がまったく異なるからだ。

これを説明するためにデフレが産出に影響を与える数種のビジネスサイクルモデルを近似できる同じく数種の回帰式を実行する。すべての場合でデフレの説明力は低かった。

DSGEモデルの産出変化を(ⅰ)資本を抽象化(ⅱ)デフレが唯一のショック(yt=απt)、の場合で調べる。これをOLSで推定する。デフレは産出変化の23%を説明する。第二の回帰式は価格変化の遅延効果を考慮するためデフレのラグを加える。この追加により説明力は23%から29%に上昇する。デフレのラグ値が影響を持たない理由は現在値が影響を持たない理由と同じだ。デフレのラグ値も産出とほとんど相関がなく産出よりもはるかに大きな共通部分を持つ(*説明不足だったかもしれませんが共通部分とは対象17ヶ国に共通する部分というぐらいの意味で個別部分とは各国で固有の部分という意味です。つまりデフレは17ヶ国に広範に見られるが不況だったかどうかは各国で全く異なるということです)。

注5 この式でのデフレの説明力は上限だ。αの大きさに何の理論的制約を課していないしデフレに対する操作変数を用いていないからだ。

注6 1期以上の価格変化のラグ値は含めない。多くの国で価格水準は1927と1928さらに1929でほぼ同一だからだ。デフレは1929以降から始まっている。

次に上記の回帰式に除外変数の簡単な代理として定数項を加えて結果が変化するかを見る。それからデフレに対して各国固有の係数を持つことが出来るように変更した3番目の回帰式によりデフレの説明力が上昇するかを見る。そして各国固有の定数項を持つyit=αi+βiπit+εitのパラメータを推定する。デフレの係数は有意でなかった。まとめると産出はデフレよりもはるかに大きな個別部分を持ちデフレよりもはるかに小さな共通部分を持つ。そしてデフレの現在値またはラグ値ともに産出の変化をほとんど説明できない。

注7 さらに現在値とラグ値を加えた4番目の回帰式を推定した。ここでもデフレの係数は有意でなかった。

実質賃金と産出の関係は新たな視野を与えてくれる。表3に実質賃金と産出の相関を示す。1933まで相関は正で0.28から0.48の間を推移していて1936の初頭になって初めて負になった。対照的にデフレ-粘着賃金仮説では実質賃金と産出に負の相関があることを示唆する。まとめると産出とデフレを合わせて説明するには多変数モデルを必要とする(*またもや説明不足だったかもしれませんが単一変数モデルとはインフレ率だけを説明変数に加えることをここでは意味していて多変数モデルとはここでは特に金融市場に関する変数を説明変数に加えることを意味しています)。さらにここでの結果は産出を変動させた要素は大きな個別部分を持ち実質賃金と産出の相関が正なので労働需要をシフトさせるものであったことを示唆している。

ここでは産出と実質賃金の関係を過去の研究(Bernanke and Carey 1996、Eichengreen and Sachs 1985)と比較する。詳細はappendixで示しここには結果だけをまとめる。2つの違いがある。第一の違いは調査期間だ(*省略)。第二の違いは測定に含まれる変数だ。過去の研究は産出に対して工業生産を用いGNPデフレータに対して卸売価格指数を用いている。過去の研究は工業生産と卸売価格指数でデフレートした名目賃金指数の間に正の関係を報告している。これは実質GNPとGNPデフレータでデフレートした名目賃金との間に正の相関を示した我々の結果と対照的だ。

我々はこの違いの源泉を調べた。そしてそれは主に調査期間の違いであることを発見した。appendixの表A2に1930-37の卸売価格指数、消費者価格指数でデフレートした賃金と工業生産との相関を調べる。これらの変数間の相関は実質GNPとGNPデフレータでデフレートした賃金との相関とにほぼ等しい。例えば1930と1931の相関はすべて正で1936と1937の相関は負だ。測定の違いに関してappendixでなぜGNPデフレータまたはCPIがWPIよりも優れているのか詳細に議論している。

ここでは生産性と産出との間の関係を評価し2つの変数が似通っていることを発見した。図1は1930-33の産出と生産性の対数変化を示す。5つの国に対してTFPを2つの国に対して労働生産性のデータを入手できた。大きな不況を経験した国は生産性が大きく低下し比較的穏やかな不況を経験した国は生産性が大きくは低下していない。2つの変数の相関は0.90だ。

これらのデータは生産性が産出の変動を説明する主要な要素である可能性を示唆している。実質賃金と産出の間の正の関係もこの見方を後押ししている。この正の相関の説明には労働需要をシフトさせる要因が必要でありそして生産性ショックがこの条件を満たす。

以下の章では生産性ショックと貨幣ショックを持つモデルを組みデフレと産出の両方を説明できるかを見る。モデルは粘着賃金を通した非中立的な貨幣ショックという特徴を持つ。生産性ショックが相対的に重要と前もって予想されているのでここでは生産性ショックを純粋に外生的な過程として扱う標準的なRBCモデルを超えて分析を拡張する。他には我々は生産性ショックをその他の経済的要因の結果として解釈する。金融または国際貿易を特徴を加えた幾つかのモデルは生産性ショックを持つ一部門成長モデルと観測上等価だ。よって生産性ショックが金融、国債貿易変数と関係があるのかどうかを検証する。

3 The Model

モデルを組むにあたってLucas (1972)の不完全情報を用いた粘着賃金を導入する。家計は完全な情報なしに労働供給を行う。家計は労働供給量を選択する際に名目賃金は知っているが価格水準に関しての情報は知らない。よって家計は労働供給の選択に際して信号抽出問題に直面する。モデルはルーカス型の貨幣錯覚の特徴の一部をDSGEに組み込む。ただし計算が困難なためルーカスの島のような構造は省いてある。ルーカスの島構造を省いてあるので定式化はシンプルだ。

注10 Chari, Kehoe, and McGrattan (2006)、 Cole and Ohanian (2002)、その他は大恐慌の説明に関してモデルは生産性ウェッジと労働ウェッジを持つ必要があることを示した。我々のモデルは両方のウェッジを生み出すことが出来る。さらにモデルはCole and Ohanian (2004)、Ohanian (2006)のカルテルの形成による実質賃金の高止まりを考慮に入れていないにも関わらず単純な粘着賃金の経路を通してこのメカニズムを捉えることが出来る。

我々のモデルは定性的には先決賃金モデルと同一だ。だが我々のモデルは粘着賃金に関して情報の理論に基づく基礎を提示し標準的な先決賃金モデルに対してより良い定量的分析を可能にする。先決賃金モデルでは貨幣の非中立性の影響が大きすぎるためだ。標準的な先決賃金モデルは貨幣ショックだけでもほとんどすべての国に対して実際に観察されたよりもはるかに大きな恐慌を生み出してしまう。これは標準的な粘着賃金モデルはデフレの影響を打ち消すには、さらに大恐慌時の産出の変化を説明するには非常に大きな正の生産性ショックを必要とすることを意味する(この議論は4章で詳述する)。

従ってモデルは小さい貨幣の非中立性を必要とする。我々の貨幣錯覚モデルはこの要求を満たしさらに貨幣の非中立性の程度はルーカスのモデルの範囲に収まっている。これが重要なのは分析に際して定量的に妥当と思われる非中立性の値を選択することが可能になり(要因)分解の結果が異なる非中立性の値に対して敏感であるかどうか評価することが出来るからだ。

注11 先決賃金モデルの貨幣の非中立性の大きさを減少させることが出来る。賃金が固定されている期間を短縮するまたは賃金の一定割合だけが固定されている他部門モデルを構築することによりだ。だがどちらの方法も困難だ。第一の方法は年次のデータしか利用可能でないので困難だ。第二の方法は明示的な他部門モデルを組み部門に関する多数の問題を扱わなければならないので困難だ。我々の貨幣錯覚モデルはどちらの方法よりも簡単でさらに粘着賃金に関してより深い理論的基礎を与えてくれる。

紙面の節約のためモデルの主要部分を示す。現金財、信用財、余暇に対して同一の選好を持つ多数の家計がいる。人口を1に正規化する。選好は以下で与えられる。

EΣβ^t{log([αc1t^σ+(1-α)c2t^σ]^1/σ)+φlog(1-nt)}, (1)

c1は現金財、c2は信用財、1-nは余暇を示す。家計は式(1)を資産制約、キャッシュインアドバンス制約の下で最大化する。

mt + wtnt + rtkt + (Tt - 1)Mt > mt+1 + pt [c1t + c2t + kt+1 - (1 - δ)kt],
ptc1t > mt + (Tt - 1)Mt,

名目資産は初期保有の現金mt、労働所得wtnt、資本所得rtktの政府からの一括現金移転(Tt-1)Mtの和だ。家計はmt+1に現金を持ち越し現金財、信用財を購入しそして(pt[c1t + c2t + kt+1 - (1-δ)kt])だけ投資する。産出は以下で与えられる。

Yt = ZtKt^θNt^1-θ,

Zは1次の対数正規自己回帰過程に従う技術ショックだ。

Zt = e^zt , ^zt =ρz ^zt-1 +εzt, εzt~N(0,ρz^2)

資源制約は以下で与えられる。

C1t + C2t + Xt < Yt:

資本の蓄積は以下で与えられる。

Kt+1 = (1 - δ)Kt + Xt:

金融政策は貨幣の成長率の外生的変化として与えられる。貨幣残高は1次の対数正規自己回帰過程に従う。

Tt =τ e^τ t ; where ^ τt =ρτ^τ t-1 + ε t; ετ t~N(0;ρτ^2 ):

よって期初の貨幣残高の変化は(Tt-1)Mtに等しい。そして期初の総貨幣残高はMt+1=TtMtになる。

ここでは情報(の更新)と取引のタイミングを示す。経済の状態をSt = (Kt; ^zt-1;^ τt-1; εt^z;ε t^τ)で定義する。ショックのラグ値とイノベーションは別個に加えられる。家計は労働供給量を(εt^z;ε t^τ)を観察する前に決定するからだ。2つのサブ期間がある。初めのサブ期間では自分の状態(kt;mt)を知っている家計はSt = (Kt;^ τt-1; ^zt-1)で記述される状態ベクトルの部分集合と名目賃金を知っている。家計は貨幣供給または技術進歩の実現値を知らない一方で…rmはすべての状態ベクトルを知っている。労働市場が開き、家計と…企業は労働供給の選択をする。家計は状態ベクトルのすべてを知ることなしに労働供給を選択する。

次のサブ期間では完全な状態(St)が明らかになり家計は政府から貨幣の移転を受け取り労働者は資本を…企業へ貸し生産が実現し家計は現金消費財、信用消費財、投資財を獲得する。企業の最大化問題は以下で与えられる。

maxptZt(Kt)^θ(Nt)^1-θ-wtNt - rtKt:

再帰表現を得るため資本の運動方程式をH(St)で記述する。そしてt期のすべての名目変数をMt-1Tt-1で割る。これは正規化された期初の総貨幣残高は1であることを意味する(mt = 1)。この変形は期間tに家計が保有することを選択する貨幣の量( ~mt+1)と期間t+1の期初に家計が保有する貨幣の量(mt+1)に以下の関係を生み出す。

mt+1 = ~mt+1/Tt:

これは貨幣残高が時間に対して一定であることを意味しこの一定の残高をMと記述する。下の家計の予算制約式で~mt+1にTtmt+1を代入してこの遷移式を用いる。

代表的家計は2段階の最大化問題を解く。ベルマン方程式は以下で与えられる。

V (mt; kt;St;wt) =maxE(St;wt){maxlog([αc1t^σ + (1 - α)c2t^σ]^1/σ) + φlog(1 - nt) + βE(St)V(mt+1; kt+1;St+1;wt+1)}

以下の制約の下で

mt + wtnt + rtkt + (Tt - 1)M > mt+1Tt + pt [kt+1 - (1 - δ)kt + c1t + c2t]
mt + (Tt - 1)M > ptc1t

最初の段階の最大化では家計は与えられたStと名目賃金の下で労働供給を選択する。よって家計は技術ショックと貨幣ショックを情報集合( St;wt)から最適に予測する。家計の労働選択は以下を満たす。

-φ/(1-nt)+wtE{λt|wt,St}=0

家計は余暇の限界効用を名目資産の期待限界効用と等しくさせる。この期待式を標準的なシグナル抽出法を用いて解く。紙面の節約のため均衡の定義はCole, Ohanian, and Leung (2005)に載せてある。

3.1 The Nonneutrality of Money and Imperfect Information

ここでは貨幣の非中立性が情報の不完全性によりどのように発生するのかを見る。この結果はLucas (1972)の系譜を引き継いだもので価格の部分集合からショックの値を推測するシグナル抽出問題がそうだ。分かりやすさ重視するためi.i.d.の貨幣ショックを考慮する。鍵となる式は家計の労働-余暇の一階の条件だ。

対数線形化したこの条件は以下の関係を与える。

^wt-^ntN/1-N=-E{^λt|^wt,st}; (2)

小文字は定常状態の値を示しその他の変数は均衡からの乖離を示す。不完全情報の下で家計は名目賃金( ^ wt)と状態変数(st = (^kt; ^zt-1; ^ τt-1))の条件の下で名目資産(^λt)の限界値を予測し労働供給の選択をする。^ λtの対数線形式は以下で与えられる。

^λt = Dλk*^kt + Dλz*^zt-1 + Dλτ*^τ t-1 + Dλε^z*εt^z + Dλε^τ*εt^τ;

Dλjは状態変数jの係数だ。同様に賃金の対数線形式は以下で与えられる。

^wt = Dwk*^kt + Dwz*^zt-1 + Dwτ*^τ t-1 + Dwε^z*εt^z + Dwε^τ*εt^τ :

与えられたstと^ wtの下で労働者は以下の予測を

^λt - E{^λ|st}=Dλε^z*εt^z+Dλε^τ*εt^τ

以下を観察することにより行う。

^wt-E{^wt|st}=Dwε^z*εt^z+Dwε^τ*εt^τ:

このシグナル抽出問題の解は以下で与えられる。

E{^λ|^wt,st}-E{^λt|st}=η[^wt-E{^wt|st}] ;

ηはシグナル抽出パラメータだ。この式を書き換えると以下の関係式になる。

E{(Dλε^z*εt^z+Dλε^τ*εt^τ)|(Dwε^z*εt^z+Dwε^τ*εt^τ)}=η(Dwε^z*εt^z+Dwε^τ*εt^τ) :

^λtの最適予測は以下で与えられる。

E{^λt|^wt,st}=[Dλk,Dλz,Dλτ,ηDwεz,ηDwετ]*st; (3)

パラメータ ηは以下で与えられる。

η=Dλε^zDwε^σεz^2+Dλε^τDwε^τσετ^2/(Dwε^z)^2σεz^2+(Dwε^τ)^2σετ^2 : (4)

パラメータ はイノベーションの分散と線形係数に依存している。このパラメータは0(非中立性の最大値)と-1(非中立性の最小値)の間にある。貨幣ショックの分散が0の場合に0だ。これは対数効用関数の下では生産性ショックは名目資産の限界価値に対して何の影響も与えないのでDλε^z = 0となるからだ。生産性ショックの分散が0の場合に-1だ。これはこの場合には貨幣ショックは名目賃金を一対一に上昇させて名目資産の限界価値を一対一に減少させるからだ(Dwε^τ = 1;; and Dλε^z = -1)。

負の貨幣ショックが物価水準を最終的に10%低下させる場合を考える。これは労働市場が清算されるためには名目賃金が即時に低下しなければいけないことを意味する。仮にη = -1 (σz = 0)ならば貨幣は中立で名目賃金もまた10%低下しこれは労働者の^λtの予測を10%上昇させる。その結果実質変数には何の変化もない。次に同一のショックでη = 0 (στ = 0)の場合を考える。名目賃金が市場を清算するために低下しなければならないのは同じだがこの場合では家計は名目賃金の低下は負の貨幣ショックではなく完全に負の実質ショックが原因だと受け取る。この実質賃金の低下の錯覚は家計の労働供給を減少させる。その結果として均衡名目賃金の下落は価格水準の下落以下となり雇用と産出が減少する。

先決賃金モデルよりもこのモデルの非中立性が小さいのは名目賃金がショックに対して部分的にしか反応しないからでその反応の大きさは非中立性パラメータが決定する。先決賃金モデルの類型は以下で与えられる。

^wt - ^ntN/1-N= -E{^λt|st}:

先決賃金モデルが我々のモデルと異なるのは家計は制限付きの状態ベクトルstのみで名目資産の限界価値を予測する点だ。定性的には2つのモデルで負の貨幣ショックは同方向に働くことを意味する。

4 Quantitative Methodology

この章では(1)ショックを識別し(2)ショックと結果の妥当性を評価し(3)産出変化と価格変化を(生産性ショックと貨幣ショックによる)直交成分に分解する手続きを述べる。この手続を詳細に述べるのは過去のDSGEモデルで用いられた形跡がないのと任意の対数線形化モデルに簡単に応用可能だからだ。1930年代のデータが不足していることを考えればこの手続は大恐慌の研究に特に有用と思われる。

4.1 Identifying Productivity and Monetary Shocks

データの不足により17ヶ国のうち5ヶ国でしかTFPの時系列を構築できないため生産性ショックを識別する標準的な方法を用いることが出来ない。貨幣ショックの識別はそれが潜在変数であり推定するための正規の方法が存在しないために困難だ。従って2つのショックを識別する新しい手続きを必要とする。この方法は生産性ショックと貨幣ショックを両方とも潜在変数として扱いモデルの生み出した産出と価格水準のデータが各国と各年に於いて現実のデータと一致するようにショックの値を求める。

産出と価格水準を一致させるのはこの2つが大恐慌研究の中心を占めているからだ。そしてそれにはこれらの変数の変化を貨幣成分と生産性成分に分解する必要がある。次の章で生産性ショックと貨幣ショックを実際のデータと比較する。

4.2 Model Evaluation Procedures

(省略)

4.2.1 Evaluating the Shocks

生産性に関してデータが利用可能な国に対してモデルと現実の生産性を比較する。TFPは5ヶ国で利用可能で労働生産性は13ヶ国で利用可能だ。貨幣残高に関してモデルと現実の貨幣残高の意味のある比較をするためには貨幣需要ショックを調整する必要がある。モデルには貨幣需要ショックが含まれていないが現実のデータにはそれがあったという痕跡があるからだ。貨幣需要ショックをモデルに加えないのは産出と価格を生産性と貨幣の成分に分解するという目的に関してはそれが重要でないからだ。この点に関してCole and Ohanian (2001)は均衡価格の変化の条件の下で貨幣需要ショックの影響と貨幣供給ショックの影響は同じであることを示した。言い換えるとこのモデルで重要なのは価格水準の変化であってそれが貨幣需要ショックで引き起こされたか貨幣供給ショックで引き起こされたかは問題ではないということだ。我々はデフレ率を現実のデータと正確に一致させてあるので分解結果は貨幣需要ショックを含めても不変であることを意味する。Appendixでこの結果について議論する。

従ってモデルの貨幣と現実の貨幣を次のように比較する。第一に現実のデータから貨幣需要ショックを以下の貨幣需要関係を用いて推定する。

^mdt = mt - pt - yt - αit;

mは貨幣残高の対数、yは実質GNPの対数、pは価格水準の対数、 は利子半弾力性、iは名目利子率だ。モデルが実証的に妥当な貨幣残高の動きを生み出すならばモデルにより示唆される貨幣需要ショック(現実の貨幣残高とモデルの貨幣残高との差(mt - ^mt))は現実のデータから推定された貨幣需要ショック( ^mdt)とほぼ同一でなければならない。従ってモデルの貨幣残高と現実の貨幣残高との差を現実のデータの貨幣需要ショックと比較する。

4.2.2 Evaluating the Endogenous Variables

2つのショックの実証的妥当性を評価するに際して幾つかの内生変数(消費、労働、実質賃金)の時系列をモデルのものと現実のデータのものとで比較する。我々の知り得る限りでは数種の変数の比較を多数の国に対して実行するのは過去のDSGEの研究ではなかったはずだ。

4.3 Decomposition Procedure

産出と価格を各ショックに分解するためイノベーションの確率過程を記述する。生産性ショックと貨幣ショックは共通部分と個別部分の和だ。

εzit = μit + μzit;
ετit =γμit + μτ it:

μ itは共通部分でμzitとμτitは個別部分だ。共通部分は生産性ショックに一単位あたりの効果を持つように正規化する。パラメータは共通部分が貨幣ショックに与える影響の大きさを支配する。

両方の部分とも平均ゼロのガウス分布だ。共通部分の分散は2で直交部分の分散はσμz^2とσμτ^2だ。共通部分はショックが母数と相関している可能性を許容している。

注14 これは例えば生産性ショックが金本位性を維持するための貨幣変化を引き起こしてしまうといったような制度的なものであるかもしれない。ここではそのような相関(が見られたとして)に対する解釈は行わない。

平均がゼロのショックに関して各ショックの影響の最大値と最小値の範囲を求めることは簡単だ。しかし恐慌期のショックの平均がゼロでないということは前もって分かっている。この平均の問題を以下のように扱う。生産性ショックの産出に対する影響の下限を得るため初めにεzit - ~εzをετit - ~ετに射影することにより推計する。この射影から平均と共に残差(^uzit)を取る。

それから^uzitをモデルに送りこの部分のみから産出のデータ(yz^p;it)を得る。次に^uzitによる産出の残差平方和を求める。

Ry,z^2 = 1-ΣΣ(yz,it^p-yit)^2/ΣΣyit^2; (5)

yitは1929の水準からの産出の乖離だ。ここまでの方法の類推から生産性ショックの価格変化に対する影響の下限(Rp,z^2)を同様に得る。対称的な手続きで貨幣ショックが産出と価格変化に与える影響の下限(Ry,τ^2とRp,τ^2)を得る。

最後にこの方法の詳細について2つ述べる。1つはショックの影響の和に関してでもう1つは個々のショックの影響に関してだ。ショックの和に関して、ショックが平均でゼロならばRy,z^2+Ry,τ^2=<1でショックが無相関の場合にのみ1と等しくなる。しかしショックが平均でゼロでないならばこの不等式は成立しないかもしれない。我々はこの厄介な問題をサンプリングの問題として扱う。

個々のショックが内生変数に与える影響は負になることがありうる。これは式(5)にショックの変数に対する影響が正であることを保証する制約が存在していないからだ。これは1つのショック単独の影響が内生変数を逆の方向に変化させる場合に発生する。例えば負の生産性ショック単独ではデフレではなくインフレを生み出す可能性があるだろう。これらの問題を8章で詳細に扱う。

4.4 Parameter Values

表4にパラメータの値を示す。割引率は0.95、生産関数の労働シェアが2/3、減耗率が年率7%だ。選好パラメータをモデルの定常状態が現実のデータの貨幣需要の利子半弾力性-0.08と貨幣乗数3.2と一致するように選ぶ。余暇のパラメータを定常状態で家計が時間を1/3労働に費やすように選ぶ。

技術ショックの自己回帰係数を0.8とする。貨幣成長率の自己回帰係数はゼロだ。これは金本位制時代の値と一致する。このパラメータに関して-0.5から0.5の範囲で感度分析を試みて結果が変わらないのを確認した。

Lucas (1972)が述べるように貨幣供給と技術ショックの分散の相対的規模が貨幣ショックの産出に対する影響の大きさを決定する。我々はそれを非中立性パラメータと名付ける。我々の基本的手法は非中立性パラメータの全範囲(-1から0まで)の結果を調べるものだ。だが中央値である-0.5が分析の中心だ。さらに1930-33の生産性ショックと貨幣ショックの分散を計算して を識別する。そして-0.9が得られた。この値を の固定値として参照する。

表5に価格水準を10%低下させる収縮的な貨幣ショックの影響を示す。非中立性の最大値では労働供給が13%低下する。非中立性の中央値では労働供給が9%低下する。固定値では2.6%低下する。

注16 先決賃金モデルの結果を比較のために示すと10%の予期されないデフレに対して雇用は30%低下する。

5 Model Evaluation

モデルとショックの妥当性を評価するため様々な比較を行う。モデルと現実のデータの一致性を見るため以下の統計量を作成する。

conformity = Σ(x-xij^d)^2/Σ(xij^p)^2 ,

xpi;jは変数xのモデルからの値でxdi;jは現実のデータからの値だ。この統計量はモデルによって説明できる1929からの変数の%変化を示せる。定数項がなければR2に等しい。表6に結果をまとめる。

データの不足により幾つかの場合では比較が出来ない。例えば現実のデータから得た労働生産性とモデルから得られたTFPを比較するとする。このような場合に対象が同一の動きをすると考えてはならない。両者は似たような動きを示すと考えるべきだ。この場合に対してモデルと現実の変数の相関を計算できるだろう。我々の知り得る限りではこの種の方法が大恐慌の分析または景気循環の分析に用いられたことはない。

初めにTFPの妥当性を評価する。カナダ、フランス、ドイツ、イギリス、アメリカのTFPのデータを入手できた。モデルは1929から1933のこれら5ヶ国のTFPの変化の86%を説明することが出来た。図2にこの結果を示す。現実の生産性とモデルの生産性に強く体系的な関係性が見られる。

次に広範な生産性の評価をする。だが以前述べたようにデータがあるのは工業の労働生産性だけでこれをモデルが生み出した経済全体の生産性と比較しなければならない。上で述べたようにTFPと工業労働生産性の相関を計算する。1929からは11ヶ国の工業労働生産性を1930からは14ヶ国の工業労働生産性のデータを入手できた。

ベンチマークを作成するため(循環部分を除いた)アメリカの工業労働生産性と(循環部分を除いた)アメリカのTFPとの相関を計算し0.72の値を得た。1930年代の測定誤差は戦後のアメリカのものよりも大きいと思われるし各国間の構造の違いがあると思われるのでこの値は上限と見做すべきだ。11ヶ国と14ヶ国の相関は0.58と0.57だった。これらの比較の結果からモデルの生産性の変化は大恐慌期の生産性の変化と似通っていると結論する。

次にモデルの貨幣残高と現実の貨幣残高を比較する。モデルに貨幣需要ショックが含まれていないことを思い出して欲しい。分解の結果は貨幣需要ショックの存在に対して不変だからだ。だがモデルの貨幣残高と現実の貨幣残高を比較するには貨幣需要のシフトを考慮する必要がある。よって以下を用いてモデルの貨幣需要ショックと現実の貨幣需要ショックを比較する。

εit^D = mit - pit - yit + 0.08iit;

mitはM1の対数変化でiitは名目利子率の1929からの相対変化だ。

モデルの扱う貨幣と現実の貨幣の間には幾つかの違いがあるのでモデルの貨幣需要ショックと現実のデータから推定されたものとの相関を用いて比較する。図3は現実のデータの貨幣需要ショックとモデルの誤差項に関係があることを示している。モデルとデータの相関は0.76だ。

次にモデルの内生変数とそれに対応するデータとを比較する。内生変数として労働、消費、賃金を選ぶ。モデルは7ヶ国の雇用の変化の77%を説明する。例えばアメリカの1929から1930-33の雇用の変化は-6、-14、-25、-20%だ(平均で-16.3%)。モデルは-8%、-15%、-22%、-20%(平均で-16.2%)。

モデルは8ヶ国の消費の変化の69%を説明する。オーストラリアの消費(生産の低下の2、3倍以上の低下)が例外的な動きを見せたにも関わらず高い同調性を示している。オーストラリアを除くと割合は69%から78%に上昇する。

この結果はモデルが供給を生産要素と生産性、需要を消費、投資、政府支出(多くの国で極めて小さい)に妥当な範囲で配分していることを示している。

消費の比較はショックの持続性に関する仮定の検定になるのでさらに有用だ。恒常所得仮説は消費の下落の大きさがショックの持続性に依存すると示唆する。持続的なショックは一時的なものに比べて大きな消費の変化を生み出す可能性がある。データ(耐久消費財を含む)の平均的な消費の減少は6%でモデルは4%だ。投資の一形態である耐久財の消費を修正するとこの2%の差は減少するだろう。

次にモデルの賃金と現実の賃金を比較する。この比較は他の変数に比べて幾つかの重要な測定の問題を含むためより込み入っている。これらには(1)労働者の季節性の構成変化、(2)モデルの賃金率は経済全体であるのに対して現実の賃金率は工業部門限定であること、(3)工業部門の規模と構成が各国間で違う問題、(4)賃金の調査方法が各国間で違う問題、(5)データの記述誤差が幾つかの国で大きいかもしれないことが含まれる。5つのうち最初の2つには幾らかの調整を加えることが出来るが他のものには出来ない。従って他の変数に比べて賃金の比較はあまり有用ではない。

表7にモデルから得られた賃金を示す。表には2つの比較を載せてある。1つはモデルの賃金と現実の賃金でもう1つは産出-賃金間の関係をモデルと現実のデータとで比較したものだ。どちらも労働者の構成比を調整した賃金で比較している。

構成比を調整したモデルの実質賃金は1933を除いて毎年上昇している。現実のデータと比べてその上昇は大きくないという違いがある。モデルの賃金が工業の賃金を下回っているというのは予想の範囲内だ。工業賃金は全体の賃金よりも高く上昇する傾向があるからだ。例えばアメリカの農家の賃金は大恐慌期に大きく下落した。この部分を調整するとモデルの経済全体の賃金と現実の賃金の差は表7が示すよりも恐らく小さいだろう。

モデルと現実の賃金の相関に関してアメリカの戦後の両者の相関をベンチマークとしてこれを解釈する。これらの相関を0.48から0.8の間にあると計測した。表8に大恐慌期の4年間の相関が0.59から0.72の範囲にあったことを示す。戦後のものと比較してあまり変わらない。これら賃金の比較から分かったことで重要なのはモデルに負の生産性ショックを含めても予想されたような実質賃金の低下は生み出されないということだ。穏やかな非中立の貨幣ショックと組み合わさることにより現実の賃金と似た動きが発生する。

表7にモデルの賃金と現実の産出の相関と現実の賃金と現実の産出の相関との比較を示す。この比較は極めて重要だ。何故なら単一ショックモデル(貨幣ショックであろうと生産性ショックであろうと)は産出-賃金間に見られる相関を説明できないというよく知られた事情があるからだ。特に貨幣ショック+粘着賃金モデルは産出と実質賃金に-1の相関を生み出し生産性ショック+RBCモデルはほぼ1の相関を生み出す。対称的にこのモデルは4年間のうち3年間でデータと整合的な実質賃金と産出の間の相関を生み出す。唯一乖離が見られるのは1933で現実の相関はモデルの相関を下回っている。だがこの結果は予想されたもので多くの国で政府の労働政策が始まった年でもある。これら政策の採択はほぼ定義により賃金-産出間の相関を下げる。

モデルの生産性、貨幣、消費、労働、賃金と現実のデータとの一致は非常に驚くべきものだ。事前の推定なしにこのように簡素な共通パラメータモデルがうまく機能しているからだ。特に各国間の産出変化の大きな異質性と各国間の発展段階の違いは明らかに共通パラメータモデルに困難を課すだろうからだ。

表6に非中立性パラメータを変化させた場合の結果を示す。-0.25から-0.75の範囲で結果に大きな変化はない。この範囲外では一致性は低下した。完全に中立のモデルでは労働の変化の46%(低い非中立性の範囲では76%)だけしか説明できない。このパラメータの最大値ではTFPの77%(同様に90%)だけしか説明できない。非中立性の値を大きくすればさらに一致性が低下するのか?これを見るために先決賃金モデルの一致性を評価する。モデルの一致性は大幅に低下した。労働変化の26%、TFP変化の34%がモデルで説明できた。

これらの結果はデータを説明するためには穏やかな範囲の非中立性が必要なことを示している。モデルの貨幣ショックは現実のデフレを説明するためには極めて大きい必要がある。これには非中立性の値が非常に大きいことを必要とする。大きな非中立性の値は貨幣ショックの分散が非常に小さいという条件を必要とするからだ。

ここまでの結果からこのモデルを分析の次の段階に用いる妥当性が示唆された。よって2つのショックの相対的重要性を評価するため産出と価格の変化を生産性(供給ショック)と貨幣(需要ショック)の直交成分に分解する。

6 The Relative Contributions of the Shocks

表8に結果を示す。最初の2つの行は貨幣ショックだけまたは生産性ショックだけで説明できる産出変化と価格変化の割合を示す。次の2つの行は貨幣ショックの無相関部分だけまたは生産性ショックの無相関部分だけで説明できる割合を示す。主要な結果は(i)生産性は産出変化を説明するにあたって2倍重要、(ii)貨幣ショックは価格の説明にあたって最も重要、(iii)生産性ショックと貨幣ショックには弱い相関が見られるだけということだ。

以前説明したように平均ゼロのショックは両者の影響の下限の和が1以上になる。生産性の影響の下限を足して1になるように正規化すると表の第4行は生産性ショックの産出への影響の下限が75%(非中立性が低い)から51%(非中立性が最大値)であることを示す。従って産出変化の2/3が保守的に見て生産性によるものになる。さらに表は価格変化のほとんどすべてが貨幣ショックで説明できることを示す。

ここでの結果は2章で示した結果と整合的だ。デフレと産出の変化を説明するには2つのショックが必要で産出に関して個別部分、デフレに関して共通部分を持つ。表9はこの条件を満たしていることを示す。各国固有の生産性ショックの変動割合は60%以上で同様に各国固有の貨幣ショックの変動割合は40%を下回っている。

さらにこのモデルに基づく産出の分解は統計に基づく産出の分解と完全に整合的だ。特に生産性ショックだけから産出を計算し回帰式(1)の残差項と比較した。この両者はほとんど同一で97%一致した。

分解結果がすべての国に共通の非中立性の値という仮定に対して左右されるか検証した。産出の大きく低下した5つの国に対して大きい値を産出のあまり低下しなかった国に対して低い値を割り当てることでこの仮定を緩めた。デフレの規模は両方とも同程度であったのでこの特定化により説明力が高まる可能性がある。だが分解結果はあまり変わらなかった。生産性ショックが産出に与える影響は72%から66%に低下しただけだった。

この結果は驚くべきことではない。デフレは係数の変動を許した回帰分析の中で既に有意ではなかったからだ。次の章では生産性がどの変数と関連を持つのかを調べる。

7 Understanding the Productivity Shocks

(省略)

7.1 A Framework for Testing Hypotheses about Productivity

生産性ショックの動因となるものが何であるかについてはあまり研究が進められていない。生産性ショックに関して3つの仮説を提示する。第一は生産性ショックはその他のショックと合わさった単なる結果に過ぎないというものだ。第一の仮説の意義は資本稼働率/収穫逓増を考慮に入れるまたは生産性ショック以外のショックを考慮に入れれば基本的な成長モデルで大恐慌を理解できるというものだ。第二の仮説は生産性ショックは投入と産出の効率性を端的に表しているというものだ。その過程を理解出来れば基本的な成長モデルで大恐慌を理解できる。

第三の仮説は成長モデルで生産性ショックはより複雑な成長モデルに含まれる他のショックと観察上等価または他のショックの結果だというよく知られた事情を利用する。特に国際貿易へのショックまたは金融ショックは生産性ショックを持つ基本的な成長モデルに転換できる。

これらの仮説を検証するにはショックの源泉を理解する必要がある。我々の方法は生産性ショックがマクロ経済変数によって統計的に説明できるかを判断するものだ。生産性ショックが金融変数によって説明出来るならば金融ショックを含むモデルが更なる調査の対象となるだろう。生産性ショックのイノベーションをマクロ経済変数で回帰する(εzit = Xitβ)ことにより分析する。zitは生産性ショックのイノベーションでXitはマクロ経済変数のベクトルだ。

これは恐らくDSGEでは初の分析になる。金融変数(名目利子率、事後の実質利子率、Bernanke-James (1990)の銀行危機指数、実質株式指数)と貨幣変数(デフレ、M0、M1、M1-M0)と国際貿易変数(実質為替レート)を用意する。回帰式は以下の形式とする。

εzit = γxit + μit:

7.2 Accounting for Productivity with Macroeconomic Variables

表10にt値を示す。結果を述べると実質株式指数が生産性ショックと関連する唯一の変数だった。乖離の二乗和の40%を説明し両者の相関は0.70だ。

他の変数とはほとんど関連が見られない。デフレは丁度1%しか説明できない。M1は23%を説明するがこれはM1の内生的部分(M1-M0)とマネタリー・ベースとM1の内生的部分との共分散によってもたらされている。名目利子率、実質利子率、実質為替レートともに重要ではない。銀行危機指数は19%を説明する。

この結果は(デフレ、為替レートを含む)第一の仮説(資本稼働率、労働保蔵、収穫逓増などによる投入要素の誤計測)の妥当性に疑問を投げかける。

比較のために表に戦後のアメリカのデータから同一の回帰式により推定した一致性の指標を示す。最も重要な違いは株式指数で恐慌期には40%だったものが戦後のデータでの説明力はわずか5%だった。

さらに株式指数以外の変数が重要であるかを調べる。デフレ、M1、名目利子率、銀行危機指数が株式指数以上に説明力を高めるかどうかを検証したが結果はそうではなかった。これら変数を合わせた説明力を調べたが株式指数単独よりも大幅に低かった。

さらに固定効果モデルを用いて株式指数が生産性の変動を説明できるか検証した。固定効果モデルは国特有の要素を制御することが出来るからだ。そしてこれが重要であることが分かった。株式指数は1%水準で有意で株式市場は各国間の生産性変化の違いを単に示しているのではなく各国内の生産性変化を説明できることが分かった。

次に株式指数のラグと生産性との関係を見てみる。これは生産性ショックが予測可能で株式指数が予期された不況に反応しているかどうかを理解するのに役立つ。大恐慌は一時的で予見可能でないショックの連続だという解釈が一般的であるのでこれを調べることには意味がある。さらにこの解釈はこのモデルの持続的で予見可能なショックという仮定と対立する。この分析は株式指数の同時内生的部分を取り除いた後でも両者に有意な関係があるのかを評価するのに役立つ。

そして株式指数のラグ値が生産性ショックのイノベーションの32%を説明することが分かった。株式指数のラグ値は生産性ショックの水準の50%を説明することも分かった(ちなみに戦後のデータでは丁度1%だった)。

7.3 Understanding the Change in the Stock-Productivity Rela-
tionship

この戦後と恐慌期の違いの源泉は何か?ここではそれを調べ違いはすべて生産性ショックの大きさの違いであることを示す。

第一に株式指数の対数変化を生産性変化(z)とその他の要素の変化(n)に分解する。

s = γz + n = γ(ρz-1 + εz) + n:

始めに株式指数-生産性の関係の変化が予想されていたことを示す。この点を見るために生産性ショックの分散、株式市場の分散、その他の要素の分散の相対比を示す。

まず変数を で正規化する。戦後のR^2が0.5なので以下のようになる。

R^2 = σεz^2/σz^2=0.05

nとzは直交すると仮定してσz^2はσεz^2の2.8倍大きい( = 0:8)ことからR^2を書き換えることが出来る。

R^2 = σεz^2/σn^2 + σz^2

これは生産性の分散とその他の要素の分散に以下の関係があることを示唆している。

σn^2 = {1/0.05 - 2.8}σεz^2 = 17.2σεz^2:

大恐慌期には生産性のイノベーションの標準偏差は0.006から0.037にまで上昇した。これは分散が38倍上昇したことになる。σn^2はσεz^2と比例的なままであると仮定すると1930-33からの生産性で株式市場を回帰した結果から得られたR^2が平均で0.48になる(これは実際の観測値である0.40に近い)。よって生産性と株式指数の強い関係は恐慌期の生産性ショックの増大が要因だ。

7.4 The Contribution of the Stock Market Component of TFP to
the Depression

生産性ショックと株式市場との関連はコーポレート・ファイナンスの分野ではよく知られている。特にこの分野は財務危機の影響に関してかなりの量のミクロ経済学の証拠を蓄積している。財務危機の影響とは債務の支払いが困難になっている企業の株価や利益、生産性に与える影響を指す。この分野の貢献によると財務危機は株価、利益、生産性に大きな負の影響を与える。ファイナンスの分野では財務危機と企業の業績との関連をモデル化する試みが幾つも行われてきた。

そこから株式市場/金融ショックから生産性への関連を特定化するモデルを大恐慌の分析の用途に構築できることを示唆される。そのモデルで大恐慌を説明可能なのか?モデルの定量性を評価するため既存のモデルで簡素な分析を行う。生産性を2つの外生的部分、株式に関連する部分と残差に分解する。

εzt = φ st + μt
~εzt = φ st;

εztはTFPのイノベーションでstは1929の水準からの株式価格の乖離でμtは株式指数と直交する生産性のイノベーションだ。1930-33の期間に対して生産性のイノベーションと15ヶ国の株式指数のデータからOLSを用いてφを推定する。次に~εztとεztをモデルに送り込み式(5)を用いて産出と価格変化の説明できる割合を調べる。

モデルは産出変化の71%、価格変化の93%を説明できた。この結果は大恐慌の理解にこの方向性が有益であることを示している。

8 A Comparison with the Literature

これまでの結果を他のDSGEの研究と比較する。ここで分析した国の多くは他の研究では取り扱われておらず既存の分析は単一のショックに分析を限定していてさらにモデルの予測した貨幣、生産性、消費、労働、賃金、価格とデータの一致を比較するなどといったことは行なっていない。これらの点を念頭に置いてもここでの結果はCole and Ohanian’s (1999)、Chari, Kehoe, and McGrattan’s (2006)、Amaral and McGee’s (2002)、Fisher and Hornstein’s (2002)、Perri and Quadrini’s (2002)と整合的だ。

貨幣ショック+粘着賃金が産出に対して幾らかの役割を果たしたという結果はFisher and Hornsteinのドイツに関する分析、Perri and Quadriniのイタリアに関する分析、Christiano, Massimo, and Motto (2003)のアメリカに関する分析、Bordo, Erceg, and Evans (2000)のアメリカに関する非常に興味深い分析(ただし定性的に)と整合的だ。定量的には粘着賃金はBEEよりもはるかに小さい役割しか果たしていない。これはBEEが先決賃金モデルに貨幣ショックだけしか加えていないからだ。BEEはCKMの結果と不整合だ。CKMは大恐慌の説明に大きな労働ウェッジと生産性ウェッジが必要なことを示した。BEEまたはいかなる粘着賃金モデルも現実のデータでは見られない大きな労働の下落と大きな労働生産性の上昇を生み出してしまう。例えばBEEと同種の先決賃金モデルは1932に39%の労働の下落を示すが現実の下落は25%で50%以上の誤差を生んでしまう。さらにモデルの労働生産性は10%上昇したが1932の現実のデータでは5%の下落だった。

BEEに生産性ウェッジを導入することは可能だ。だが粘着賃金モデルに生産性ウェッジを導入すれば現実のデータと少なくとも3つの点で矛盾をきたす。(ⅰ)生産性ショックは実証的にデフレと直交的だ。(ⅱ)実質賃金は産出と正の相関をしている。(ⅲ)デフレは産出変化をわずかしか説明できない。

過去の研究は先述した拡張的分析を行なっていないのでその点に関して比較することは出来ない。少なくとも我々のものではモデルの変数と現実のデータとの乖離は比較可能で幾つかの場合では戦後に見られた乖離よりも小さい。

9 Summary and Conclusion

2013年7月8日月曜日

大恐慌はFRBの金融引締めによって引き起こされたのではない?

Did Monetary Forces Cause the Great Depression?
A Bayesian VAR Analysis for the U.S. Economy

by Albrecht Ritschl Ulrich Woitek

1 Introduction

Friedman and Schwartz (1963)以降、大恐慌は金融政策の引き締めと関連付けられるようになった。1928の中頃から1929の8月まで株式市場の高騰に対して連邦準備は金利の引き上げで対応し貨幣成長率を鈍化させていった。連邦準備が一連の銀行の倒産を不健全な金融構造の是正に必要と判断したために金融政策はこの期間引き締め気味であった。ニューディール政策が発表されるまでは金融政策はその状態を維持し続けていた。

貨幣要因による説明にはいくつかの変種がある。極端なものでは初期の不況とその後の恐慌ともに金融引締めによって発生したと主張している。より穏やかなものでは初期の不況に貨幣以外のその他の要因も影響したかもしれないとして金融政策はその不況を悪化させたという。その説明は銀行危機の役割を強調するBernanke (1983, 1995)らとも整合的だ。

金融政策に関する近年の研究は家計が金融政策の潜在的な変更を認識した場合にそれが政策効果に与える影響に関して焦点を当てている。Leeper et al. (1996)はベイズ流の更新技法を用いてレジーム・チェンジの影響を調べている。Sims and Zha (1998)は2つのレジームで構成されるDGEモデルをカリブレートし政策変更と家計の信念の変化との相互作用を評価している。Sims and Zha (1998)はVARモデルのパラメータの不安定性は政策レジームの変化を反映している可能性が高いと議論している。

我々はこの研究の流れに沿って再帰的な推定方法と予測手法を採用する。これはレジームシフトと家計の信念に影響を与える構造変化に焦点を当てることに役立つ。この分析の枠組みでは当時の家計が利用可能であったすべての情報を集めることが出来ない。この不足を経済と金融の集計量を吟味することで代わりとする。仮に金融政策へのショックが大きな影響を持つのであれば金融政策変数を情報集合に加えることにより産出の予測精度を向上させることが出来るはずだ。

この方法は定常性とスモールサンプルの問題を克服するのにも役立つ。構造変化の存在の下で時系列をモデル化する適切な方法に関して計量経済学の中で懸念が広がっていた。データが利用可能な期間の短さとも合わさって大恐慌期の時系列分析を困難なものにしていた。このような事情の中ではベイズ分析は特に魅力的に思われる。特定の時系列トレンドを仮定することを避ける事が出来るのに加えて定常状態の学習を可能にし単位根過程とトレンド定常時系列との区別を可能にするからだ。

アメリカ経済のパフォーマンスの予測に加えて再帰的な形でインパルス応答関数を得る。異なる変数に対するショックは相互に相関しているかもしれないのでそれらを互いに分離するには先験的な判断を必要とする。これは撹乱項の分散共分散行列に適切な直交化の手続きを通して識別制約を課すことと等しい。

この時期のアメリカ経済が大きく揺れ動いたことを考慮してシステムの時間依存的な性質に焦点を置く。Temin (1989)が述べたように大恐慌の経験自体が期待に構造変化をもたらし金融政策レジームを変化させたかもしれない。そのようなレジーム変化の正確な理論的性質は現在でもパズルとなっている。よって我々はインパルス応答関数も含めてすべての変数の時間依存性を考慮する。アメリカ経済に関する情報を更新することは必然的に貨幣ショックに対する動学的応答についての情報を更新することを意味する。

2 The Basic Model Setup

Sims (e.g. 1980)によって確立されたVARモデルに沿って貨幣と所得の間の因果関係を変数間のリード-ラグ関係を考慮に入れつつ誘導形で推計する。

xt=c+ΣAjXt-j+ut,  ut~N(0,H). (1)

xtは同じベクトルのラグに回帰されるt期の変数のベクトルでパラメータ行列Ajはj期のラグ変数に対する係数の値を含んでいる。Hは撹乱項の分散共分散行列だ。

金融政策の評価にあたって含まれるべき変数に関しては広範な合意がある。我々は様々な波及経路を考慮できる2つの定式化を採用した。貨幣の量に注目するより伝統的な経路を説明するために貨幣、産出、一般価格指数、卸売価格指数、当座預金残高を変数に加えている。金利に関係する波及経路も確認するために貨幣集計量を公定歩合と短期市場金利で置き換えたものも用いる。

結果を最大限一般化出来るようにDoan et al. (1984)の方法に従う。さらに行列Ajの係数が時間依存性を持つことを可能にした。連結されたパラメータ行列の各列に対して以下の一階の自己回帰過程を仮定する。

at=(1-π8)a~+π8at-1+νt, νt~N(0,Q). (2)

π8は重み付けパラメータでa~はatの長期の値だ。撹乱項νtはオリジナルのVARの撹乱項μtと相関がないと仮定する。式(2)と式(1)の中で対応する部分とを合わせて線形の動学体系として定義する。式(1)は観測方程式、式(2)は遷移方程式、atは状態ベクトルを表わす。aの推定はat|t-1の条件付き予測の問題に変換される。撹乱項に対する正規性と独立性の仮定の下でyt|t-1とat|t-1は結合正規分布でatの計算はカルマンフィルタを用いて行われる。

体系に関する事前の情報や事前の信念は様々な段階に含まれるかもしれない。それらには各時系列はランダム・ウォークであるという研究者の事前の信念を表すLittermanのpriorがある。

注3 詳細に関してはappendixを参照すること。ここではパラメータの値としてDoan et al. (1984)によって提案されたものを採用した。Uhlig 1994が示したように事前情報の変化は結果にほとんど影響しない。

この方法は時間によって変化する予測、インパルス応答、予測誤差分解の計算を可能にする。再帰的アルゴリズムのすべての段階で観測方程式の分散共分散行列Htの更新をDoan et al. (1984)の方法に従って元に戻す。インパルス応答関数と分散分解は直交化された誤差項から得られる。このアルゴリズムによりインパルス応答関数の波及効果と予測誤差分散の要素の構造変化を追跡することが可能になる。

3 Forecasting the Depression from Monetary Shocks

仮に貨幣ショックが決定的に大恐慌の原因になったのであれば貨幣変数を加える事によりこの時期のデータをうまく再現することが出来るはずだ。VARモデルを用いた際でさえも(Dominguez et al., 1988; Klug and White, 1997)非貨幣的要因は1929の不況を予測するのに継続的に失敗している。我々は前章で議論した標準的な貨幣の波及経路の定式化に焦点を絞る。この章全体を通して議論の対象とするのはサンプル外の予測だ。次の章ではインパルス応答関数の分析に戻る。

Friedman and Schwartz (1963)以降、1927以降の金融引締めがアメリカ経済を不況に引きずり込んだと主張されてきた。連銀は株式市場の高騰に幾度にわたる金利の引き上げで対応した。我々は連銀の金利政策または貨幣供給政策が有効であったかに関しては不可知の立場を取りこれらの要素を独立に分析する。

信用危機と金融への波及経路の研究はBernanke (1983)、Bernanke/Gertler (199x)により行われてきた。金融政策は銀行部門に課せられた制約を通して経済の実物面に影響を与えたかもしれない。金融への制約を説明に加えるためにSims and Zha (1998)の方法に従いさらに倒産した銀行の預金残高を信用危機の指標として含める。

金融政策が大恐慌の重大な原因となったかを調べるため各モデルに対して2つの予測を実行する。第一に1929の9月までのすべての情報をモデルに含めこのモデルに1930の後半までの産出を予測させる。この予測はモデルの1929の9月までの内生的動学が1930のアメリカ経済にどのように影響したかの手掛かりを与えてくれる。そして1928の後半から金融引締めが発生しているのでまた実行を繰り返す。前回と違い今度は1928の8月の情報を含めずに1930の後半までの2年間に渡って予測を行う。この第二の予測は1928の後半以降にショックが発生しなかったと仮定した場合のモデルの内生的動学についての手掛かりを与えてくれる。

図1の最初の2つのグラフは2つの予測の間に差がほとんどなかったことを示している。どちらの場合も恐慌は起こらなかっただろうとモデルは予測している。1929の9月からの予測は1930の初期に小さな不況が起こるだろうと予測している。だが実際に起こった恐慌は予測できていない。1927から予測を開始した場合では不況も起こらなければ1928の中頃と1929の中頃にあった好況もなかったことになっている。

この結果は説明変数の選択や定式化の変更に対して頑健だ。この結果を覆そうと数々の修正と定式化を検証してみたが結果は変わらなかった。基幹となる定式化に銀行準備を加えたがBernanke (1983)が示唆したような金融政策の銀行部門を通した間接的な効果に関する証拠はほとんど得られなかった。大恐慌への突入が金融政策当局者を不意打ちしたということに関しては我々はあまり疑問を持っていない。初期の不況が貨幣以外の要因からもたらされたように思われるというのが我々の主張だ。

大恐慌が伝播していく時期に於いても金融政策が僅かな影響しか与えていないことを我々は発見した。上記の計算を1930の後半まで繰り返すとモデルは回復を予想しているのが見て取れる(図1の最後のグラフ)。極めて短い期間に於いてのみモデルは産出の低下を正確に予想することが出来る。図2に3ヶ月から6ヶ月先の連鎖予測の結果を描写する。このモデルは月次の間隔で情報が更新される。恐慌時の下落に対して更なる産出の低下を予想している3ヶ月先の予測はよく機能しているように見える。1931の後半からの恐慌の第二局面に対して短期の予測は初期の下落期に比べて一般的に悪い結果を示す(*わかりにくいがようするに第二の不況を予想できていなかったということ)。対照的に6ヶ月先の予測の信頼区間は下落期に於いて既に悪く回復が訪れていないと示唆している。データを直接調べる分析者であればその時期の大部分に於いて経済の転換点がやってきていると(*誤って)結論していただろう。

これは専門家、助言者、連邦準備自体が恐慌時に於いて間違い続けたというよく報告された観察結果と整合的だ。我々は彼らの仕事ぶりを非難するかもしれない。しかし金融政策だけを見るのでは彼らよりうまくやることは出来ないだろう。

4 The Quantitative Impact of Monetary Policy

ここでは大恐慌期の金融政策の効果に焦点を絞る。貨幣ショックが恐慌の転換点に於いて大して説明を果たさなかったとは言え貨幣がまったく効果を持たなかったと結論するのは間違いだろう。この疑問を調べるために係数行列Ajにより式(1)を通して伝播される金融政策のイノベーションの波及効果を調べる。

1922から1935の期間全体を1つのレジームとして扱いこの全期間からの情報を用いてインパルス応答を得ることは疑問の残る方法だろう。政策ルールか政策に対する大衆の期待のどちらかが1929以降に変化したとすれば金融政策の効果として得られた結果は信頼出来ないものになるだろう。

我々は再帰的な係数の更新アルゴリズムをレジーム・チェンジを探索する手段と見做している。インパルス応答と予測誤差に対する説明力が時間不変であれば政策ではなくより根本的なレジーム・チェンジが要因であると結論を下せるだろう。つまり大恐慌の貨幣的解釈ではきちんと捉えられていないディープパラメータの変動が要因であることを示唆している。

経済歴史家による研究は実際に期待の潜在的役割を強調している。Temin (1989)は同時代人や後の学者による大恐慌期の資料を評価し大衆の期待の大幅な変化が大恐慌期の重大な転換点で起こったと結論している。

この問題に対する答えはそれらレジーム・チェンジを非確率的なトレンド部分を通して考慮するものだろう。我々の再帰的方法はそのようなシフトを内生的に発見する。レジームに関するベイズ学習の結果として容易に解釈可能だ。時間に対するパラメータの変化はインパルス応答関数の時間依存性に変換できる。時間が進むに連れてそして新しい観測値が情報集合に加わるに連れて条件付き予測に関する情報もまた同様に変化する。これをインパルス応答関数を月次の頻度で更新することにより実装する。初期状態からの収束に時間が掛かるので1927からの結果だけを解釈することにする。

図3はM1として定義される貨幣へのショックに対するインパルス応答の展開を示している。グラフを読みやすくするために特定の期間に限ってインパルス応答を表示してある(3、3、12ヶ月)。

初めに貨幣へのショックに対する自身の反応から見る。グラフから見て取れるように1929の株式市場の暴落は構造変化を引き起こしている。貨幣は少なくともある程度内生的だ。卸売価格と消費者価格のインパルス応答を見ると恐慌が起こる前の2年間、それらの反応は予想されるものと逆の符号を示している。これはSims (1992)が述べた価格パズルと呼ばれるものの一種だ。価格は最初は貨幣ショックに対して予想されるものとは逆方向に向かう傾向がある。貨幣に対する産出の反応も正で驚くほど安定している。

恐慌の到来はパラメータの動学的構造に極めて大きな影響を与えている。2つの価格指数は今では貨幣の動きに対して強い正の反応を示している。つまり貨幣と価格は共に下落している。同じ事が産出にも当てはまる。恐慌が深まるに連れて産出は貨幣の動きに対してより敏感になっている。仮にM1の代わりにハイパワード・マネーで同様の結果が得られたならば大恐慌の拡散期に金融政策の重要性が増大したというTemin (1989)の説明への根拠になると議論したくなるだろう。だがハイパワード・マネーを用いてでは同様の結果を再現できなかったのでそのような解釈には注意を要する。大恐慌の第二局面での貨幣の重要性の増大が貨幣需要の内生的部分によって生み出された人工的なものなのかを判断するにはさらなる研究を必要とする。

Bernanke and Blinder (1992)によって提案された金融政策の需要的側面を考慮するため貨幣を公定歩合で置き換えた定式化を採用する。結果を図4に示す。ここでも例えば1926以前の結果は初期収束に影響を受けているかもしれない。その後の反応はまたも価格パズルを示す。公定歩合の引き上げに対する価格の初期反応は正だ。大恐慌期にこのパズルはより深刻になっていくように見える。価格は12ヶ月経った後でも公定歩合と同じ方向に動く。金利政策は景気反順応的ではないにしても価格の安定化に対しては明らかに有効でない。

1931の後半までは金利政策は銀行準備に対しては望まれた効果を発揮しているように思われる。株式市場の高騰時には縮小し不況期には拡大するといった具合にだ。しかし1929の株式市場の暴落以降には不規則な動きが見られる。1929の後半と1930の前半の金利の引き下げはそれまでとは違い銀行の行動に影響を与えることに失敗している。1928後半の金利の引き上げも非借入準備に対して通常よりも強い効果を与えているが総準備には効果を与えていない。さらに株式市場の高騰期に於いて産出の金利の変動に対する反応は顕著に下落している。株式市場の暴落時には金利政策は有効性を相当程度損なっていた。1930の間に於いてのみ修正が見られる。多くの伝聞と異なりその年の金利の引き下げは産出に対して正の効果を発揮した。

図4で特に目立つのは1931の後半に起こった構造変化だ。ヨーロッパの銀行危機とイギリスの金本位制からの離脱への対応として連邦準備は公定歩合を何度か引き上げた。グラフの中のどのインパルス応答関数もこのレジーム・チェンジに対して反応している。1931以降の混乱した状態での金融政策の指揮は難しい課題だったに違いない。この恐慌の第二局面では関連する名目変数はあらゆる種類のパズル的動きを見せる。金利政策の実質効果は減少途中にあったように思われる。

まとめると連邦準備の金利政策の効果は大恐慌が始まる前とその初期段階に於いて通常の範囲内にあり1929以降の産出の低下を説明するには小さすぎるように思われる。金利の変化は1930の穏やかな不況とその後の穏やかな好況を作り出す要因にはなったかもしれない。さらに価格パズルを考慮すると株式市場の暴落以前の金利の引き上げがその後の大不況の引き金になったと考えることはほとんど出来ないと思われる。データは1931後半以降に不況の第二局面があったことをはっきりと示している。この期間は安定性が著しく欠如した時期でもある。以前にあった規則性が消滅したので政策に利用可能な金利と価格と産出に関する安定的な関係は残されていなかった。

5 Credit Channels of Monetary Policy Transmission

前章で示した根拠は金融政策の波及経路に関して不完全な説明しか与えない。銀行部門の流動性への効果が部分的にしか含まれていないからだ。信用危機に関する研究は信用制約のドミノ効果を通して銀行危機が追加の効果をもたらすかもしれないと示唆している。前章で述べた総準備と非借入準備だけを加えたのでは効果を十分に捉えられていない可能性がある。

1930の12月からアメリカの銀行部門は幾度かの危機を経験し1933のバンク・ホリデーでその最高点に達した。Fried-man/Schwartzは連邦準備が十分な流動性を供給するのに失敗し金融危機をより深刻化させたと指摘している。

この章ではSims and Zha (1998)の方法に従い流動性危機の潜在的効果を計測する。Bernanke (1993)が述べたように信用危機が金融政策に追加の波及経路をもたらしたかを議論する。これは大恐慌の発生ではなくその深刻化を説明するのに役立つ。

図5は再帰的インパルス応答関数と上記の金融政策の金利モデルの分散分解を示したものだ。ここでは銀行部門の非借入準備を倒産した銀行の預金残高に置き換えている。コレツキー分解の変数の配置を含めてその他の仮定はすべて同一だ。

6 "Real" Alternatives: Forecasting the Depression from Leading Indicators of Real Business Activity

この章では投資活動の先行指数に基づくモデルを提示する。Temin (1976)は住宅建築の急減が恐慌へとつながったと示唆している。新規住宅着工件数を見ることによりこの確認を行う。このデータと設備投資の先行指数(鉄の生産、機械出荷など)と合わせて製造業の産出を予測する。従って方程式には製造業の生産、住宅着工件数、鋼板の生産、鉄塊の生産、機械出荷、金属製品の価格を含む。

3章で述べたように我々は1929の10月の株式市場の暴落以前の産出の予測の精度に関心がある。そして基本的な方法論に変更を加えない。結果を図6に示す。1929の9月の情報集合に基づいた36ヶ月先の予測は実際に起こった下落のほぼ半分を既に予測している。貨幣と金融部門を取り除き実物指数のみに焦点を絞れば株式市場の暴落以前に恐慌ははっきりとデータに表れている。

さらにこれらのデータに金融部門と貨幣のデータを加えてみると意外な結果になった。金融変数をVARに加えた途端にその予測能力は急激に減少した。1929のアメリカ経済に差し迫った不況に関する情報があったとしたらそれは実物経済の活動だっただろう。金融、貨幣変数を加えることはこのことを覆い隠してしまう。さらに実物変数を3つか4つにまで削減して予測能力が低下するかを確認してみた。図6の主要な結果は住宅着工件数と機械出荷だけを含めたとしても未だ成立する。

実物経済がどの時点で下落の兆候を見せ始めたかを理解するためにモデルを1929の3月と1929の6月で停止させてみる。図6の下段にその結果を示す。1929の3月に既に実物データは不況の兆候を示している。これは株式市場が暴落するほぼ1年半前のことだ。

もちろんこれは従来からの大恐慌の説明と矛盾する訳ではない。実物経済の転換が1929の中頃に起こったということは経済史のほぼすべての教科書に記述されている。強調しておきたいことは実物経済の下落は通常の不況よりも明白に大きかったということだ。実物データは1929に既に急激な下落を予測している。これはなぜ通常の不況が恐慌へと変化したのかについてその他の説明を十中八九必要としないことを示唆している。

7 Conclusion

(省略)

Lucas (1976)の批判に基いて大恐慌期のパラメータの不安定性について考慮した。この関係性がアメリカ経済のディープパラメータであったのならばそれらは時間不変でレジームの変化に対して内生的であってはならない。このパラメータの不安定性と実物指数の予測精度が明らかに優れていることから我々は大恐慌の貨幣的解釈に対して極めて懐疑的だ。

2013年6月28日金曜日

日本の実質利子率は高くなかった?

Was Japan’s Real Interest Rate Really Too High During the 1990s?
The Role of the Zero Interest Rate Bound and Other Factors

by Hiro Ito

1. Introduction

仮に日本の実質利子率が1990年代に相対的に高かったのかまたは十分に低くなかったのならば長引く不況の原因を高い実質利子率に求めることも可能だろう(*絶望的に低い確率だとは思いますが(笑))。だがそのような主張をする前に問題となっているのは相対的な実質利子率の水準であることに注意をしなれけばならない。つまり日本の実質利子率が高いというなら何に対してそしていつそうだったのか?理論上は実質利子率が高いという場合それは均衡利子率に対して高いことを指す。よって実質利子率の振る舞いを調べる場合は均衡水準との相対比とそこへ回帰する速度が重要だ。ここでは日本の1990年台の実質利子率を過去との対比で調べる。節2で説明するECMにより均衡水準へ回帰する速度と短期の事前、事後の実質利子率の振る舞いを分析することが可能になる。

名目利子率がゼロの場合に実質利子率は直接的にインフレ期待またはデフレに影響を受けるようになる。実質利子率はそこでは価格変化の予想のみの関数となるからだ。これは実質利子率の振る舞いにレジームシフトが含まれる可能性を示唆している。さらに実質利子率の振る舞いが価格粘着性の程度に直接的に影響を受けることを意味している。そのような環境の下で価格に下方粘着性があったならば価格水準はあまり低下しないかもしれずデフレ期待も特に発生することはないだろう。従って名目利子率がゼロの環境であっても価格が粘着的ならば実質利子率は上昇しないかもしれない。逆に価格が伸縮的であればデフレ期待が発生して実質利子率が上昇するかもしれない(*その場合にはなぜ不況なのかという疑問が残る)。

2. Model specifications

2.1 Overview

実質利子率の振る舞いが長期で見て定常だと仮定することにより短期の振る舞いが長期的水準へと回帰するその力学を考察することが出来る。さらに合理的期待形成を仮定することにより実質利子率の事前値は短期の均衡水準と等しくなるのではあるがそれが必ずしも長期の長期の均衡経路上であるとは限らない。事後の実質利子率は平均ゼロの予測誤差を加えた事前の実質利子率周辺に表れる。だが事前と事後の実質利子率の長期水準からの乖離は一時的現象でなければならない。より直感的にわかりやすく言うと長期均衡は金融市場と財市場が均衡している場合に発生し短期均衡は金融市場のみが清算している場合に発生する。名目粘着性により財市場は清算するのに幾らかの時間が掛かるかもしれない。それにより短期均衡が長期均衡と乖離することが可能になる。よって財市場に価格の粘着性がなく家計の期待(予想)が正しければ観測される実質利子率は長期の均衡経路から乖離することはない。

2.2 ECM Approach

上記の議論により均衡実質利子率は定常状態の成長率とインフレ率に整合的な経済変数の関数となる。

(1) rt^eq=β'Xt^ss

r^eqは均衡実質利子率でX^ssは定常状態と整合的な変数のベクトルだ。r^eqを直接観測することは出来ないので事後の実質利子率(rt)を用いて以下のようにそれを表現する。

(2) rt=β'X+ωt

合理的期待形成が成立すると仮定しているのでwtは平均ゼロの系列相関のない変数となる。従って式(2)の通常のOLS推計は一致性を満たす。さらにこの回帰分析の適合値は事前の実質利子率に等しくなるだろう。短期に於いて実質利子率を均衡から乖離させるようなショックが発生するが式(1)の長期の関係に回帰するという状況を考える。式(2)は以下のような誤差修正モデルで表現することが出来る。

(3) Δrt=ΣθjΔrt-1+ΣβjΔXt-j-B(rt-1-b'Xt-1)+νt

Xtは経済変数のベクトル、νtは平均ゼロの定常ランダム変数だ。すべての変数を定常かまたはI(1)と仮定すると式(2)と式(3)は互いに等しくなる。さらに長期の均衡が安定であることは0 < B < 2で保証される(Hinkle and Montiel (1999)。回帰速度はB=1の場合に最速でBが1から乖離するにつれて低下する。Bが1を下回る場合には単調に回帰し1を上回る場合には振動する。

この誤差修正モデルは以下のようにrtを再定式化しているに過ぎない。

(4) rt=Σθjrt-j+ΣβjXt-j+νt

式(3)と式(4)を比較することによりB=1-(Σθj)とb=Σβk/Bが成立しなければならない。さらに収束は安定性条件が満たされている場合に発生する。

2.3 Coefficient Instability and Nonstationarity – Preliminary Linear Tests

上記の変形を通して実質利子率の短期と長期の振る舞いを調べることが出来る。だがこの形式の分析が有効なのはrtまたはωtが定常である場合だけだ。多くの実証研究は実質利子率の振る舞いが一定でも定常でもないと報告している。Fama (1975)はアメリカの実質利子率が1953-1971の期間で一定であったと報告したもののMishkin (1981)は1953-1979と1931-1952の期間で強く否定している。Rose (1988)はアメリカと17のOECD加盟国で実質利子率が非定常であったと報告している。

Huizinga and Mishkin (1986a)は単純な多変量モデルを用いて(これ以降はH-M modelと呼ぶ)アメリカの実質利子率の振る舞いに構造変化が含まれていると報告した。彼らはb ˆの安定性を検証し連邦準備が1979の10月と1982の10月に金融調節の手法の変更を発表した月に有意に構造変化が起こったと報告している。

Walsh (1988)はH-Mの結果は名目利子率を説明変数に加えていることでミスリーディングだと指摘している。何故なら係数の不安定性が実質利子率と無関係に単にインフレの方に構造変化が起こっただけだとしても名目利子率の不安定性として捉えられてしまうからだ。彼はH-Mを再推計し1979の構造変化は検出できたが1982のものは検出できなかったと報告している。

H-Mの結果に多少の傷はついたものの構造変化の可能性を考慮に含めることはその後の研究に於いて慣行となっていった。構造変化やレジームシフトの存在は単位根仮説を棄却させるのを難しくさせる傾向があったからだ。Garcia and Perron (1996)は平均と分散のシフトが考慮されれば変数の自己相関は消滅し事前の実質利子率は各レジーム内部で一定であることを報告した。

H-Mモデルを日本の実質利子率に適用してみるとこれにもレジームシフトが含まれていることがわかった。定数項、実質利子率の1、2、3、6、9、12ヶ月のラグ、失業率の2ヶ月のラグ、工業生産成長率の2、3ヶ月のラグ、サプライショックの2ヶ月のラグ、マネーサプライ成長率の3ヶ月のラグを用いて単純な最小二乗法による推計を試みる。表1はこの方法が全サンプル期間に適用するのに適したモデルでないことを示している。結果に自己相関とARCHの影響が見られるからだ。

Appendix 1で示すように全期間を構造変化があったと思われる7つの期間に分割する。各説明変数に関する係数はそれぞれの期間内で変化する。表2は係数の安定性が1979:4を除いて強く棄却されたことを示す。

日本の実質利子率が幾度のレジームシフトを含んでいても驚きではない。金融市場、財市場ともに何度も制度変化を繰り返しているからだ。従って単純なADLの仮定に基づいた誤差修正モデルを適用することは妥当ではない。線形モデルは実質利子率と説明変数間の長期の安定的な関係を発生させることが出来ないからだ。さらに合理的期待の仮定を無効化する系列相関と交絡する恐れがある。上記の事情により我々は日本の実質利子率の振る舞いをBekdache (1999)のモデルを用いて再推計を試みる。

2.4 The ECM Analysis Based on the Time -Varying Model

Bekdache (1999)の多変量モデルはH-Mと同じ変数を用いるが係数が時間によって変化することと分散が2つの状態を取りうることを許容している。よって彼のモデルは以下のように示せる。

(5) rt=Wtβt+εt
    βt=βt-1+νt (transition equation)
    εt~N(0,ht)
    νt~N(0, Q)
    ht=ρ0^2+(ρ1^2-ρ0^2)St, ρ0^2<ρ1^2

Wtは説明変数のベクトル、βtは係数ベクトル、Qは係数の遷移方程式の誤差の分散共分散行列だ。実質利子率はマルコフ過程に基づいて低いか高いかいずれかの状態を取る。

これは日本の実質利子率の振る舞いが不安定であるという上記の結果を踏まえてのものだ。説明変数は前回と同様だ。

この方法の長所はGarciaやHamilton (1988)らの非連続的なレジームシフトでは実質利子率の平均と分散の両方に非連続な変化が起こることを必要とするがこのモデルでは2種類の変化を同時に取り扱うことが出来る。つまり係数の連続的な変化と分散の比連続的な変化だ。よってこのモデルは説明変数の影響の時間的な変化を表現することが可能でそして長期の振る舞いに影響を与える制度的、環境的変化を組み込むことが出来る。さらに以下で見るようにこのモデルは自己相関や分散自己回帰の影響から逃れることが出来る。

上記の議論から式(4)を以下のように変形することが可能だ。

(6) Δrt=ΣθtjΔrt-j+ΣβtjΔXt-j-Bt[rt-1-b't-1Xt-1]+εt

最初の2項は短期の振る舞いを表現していて括弧の中の項は長期の関係を表している。この定式化では均衡利子率は長期均衡式に基づく(rt^eq=bt~'Xt)予測値で観測値である実質利子率はBtの速度で長期の均衡に収束していく。力学の特性はBtが1より上か下かに依存している。1より上の場合は振動を繰り返しながら長期均衡へと収束していく。1より下の場合は単調に収束していく。

単純化のためにモデルを以下のようにスカラー型で示す。

(6)' Δrt=Δβt1rt-1+Δβt2rt-2+Δβt3rt-3+Δβt6rt-6+Δβt9rt-9+Δβt12rt-12+Δγt1μt-2+Δγt2IPGt-2+Δγt3IPGt-3+Δγt4Supplyt-2+Δγt5Moneyt-3-Bt[rt-1-rt-1^eq]+εt

rt^eq=αt/Bt(L)+γt1μt-2/Bt(L)+(γt2+γt3L)IPGt-2/Bt(L)+γt4Supplyt-2/Bt(L)+γt5Moneyt-3/Bt(L)

Bt=Bt(L)=1-βt1L-βt2L^2-βt3L^3-βt6L^6-βt9L^9-βt12L^12で上記の方程式の解はすべて単位根の外にあると想定する。

最後に重要な修正を加える。工業生産成長率の項は長期均衡解から覗かれなければならない。定常状態均衡での非零の成長率は理論と矛盾するからだ。式(6)の2重括弧の中にあるIPGt-2の項をゼロと仮定した場合に式は以下のように簡略化出来る。

(7) rt^eq=αt/Bt(L)+γt1μt-2/Bt(L)+γt4Supplyt-2/Bt(L)+γt5Moneyt-3/Bt(L)

3. Empirical Results and Analysis

3.1 Results with the Time-Varying Parameters/Markov-Switching Model

図3に結果を示す。Kim (1993, 1994)はモデルの特定化を系列相関に対する予測誤差を調べることにより検証できることを示した。予測誤差に対するQ統計量はQ(12) = 15.85、Q(24) = 30.18、Q(36) = 45.58でこれらはすべて自己相関を棄却している。従ってモデルは事後の実質利子率の振る舞いをよく捉えていると言うことが出来る。

図3から係数がすべてサンプル期間中に大きく変化していることが見て取れる。1960年代と1970年代の間では係数は極めて不安定だった。図の垂直線は構造変化の候補点を示している。係数の変化のうちでいくつかのものは候補点の周辺で起こっているように思われる。図4は1978の1月以前には実質利子率は大きな分散の状態に属していてその後は小さな分散の状態に推移したことを示す。分散の大きな状態は分散の小さなものの4倍以上分散が大きい。予測誤差の分散の大きさは図3で示した1960年代と1970年代の係数の変動の大きさと整合的だ。1978以前の変動の大きさはインフレ率の変動の大きさが原因だ。

3.2 Ex Ante and Ex Post Real Interest Rates in the 1990s

図5に事前と事後の実質利子率を示す。


事前の実質利子率は1980年代の後半に下落しているように見える。名目利子率は円の増価とブラックマンデーへの反応として引き下げられていったが1990と1992に再び引き上げられる。1992以降には事前の実質利子率は経済が減速し始めたので再び低下する。だが興味深いことに実質利子率の水準は1980年代のバブル期のものからそれほど大きく異なるわけではない。1999に実施されたゼロ金利政策は事前の実質利子率の低下に貢献したように見える。全体として事前の実質利子率が懸念される限りでは1990年代の実質利子率は過去と対比して相対的に低いまたは少なくとも高すぎることはないように思われる。

図6に1990以降のこのモデルの予測誤差を示す。定義により予測誤差は家計のインフレ率に対する期待誤差に等しい。1992から1998の間に予測誤差は正であったことが示される。これは観測されたインフレ率は予想されたものよりも高かったことを示している。家計はこの期間に低いインフレを予想していたようだ。日本のデフレ状況に関する議論は1990年代の後半に入って活発化したが?インフレ期待の低下は1990年代の前半に既に始まっていたようだ。1998以降になって初めて事前の実質利子率は事後の実質利子率よりも低くなり始める。これは実際のディスインフレまたはデフレは1990年代の終わりになってようやく開始されたことを意味する。

3.3 Dynamics of the Real Interest Rate Process – Time-Varying ECM Analysis

ここではマルコフスイッチングモデルからの結果を用いて均衡実質利子率とその調整速度を計算する。図7に均衡実質利子率と事後の実質利子率を示す。均衡実質利子率は事前の実質利子率と比較してより安定的なように見える。r^eqは1960年代と1970年代に低かったが日本のバブル期(1982-87)とその後(1991-92)には相対的に高かった。1990年代の終わりにはr^eqは最も低い水準を記録した。図8は1980年代と1990年代の均衡実質利子率と事前の実質利子率を、図9は同時期の均衡実質利子率と事前の実質利子率とを比較している。均衡実質利子率からの事前の実質利子率の乖離は事後のものの乖離と比較してそれほど大きくない。




図10に事後の実質利子率と均衡実質利子率との乖離を示す。この図は日本の金融政策当局の実際の政策スタンスを理解するのに役立つ。2つの利子率の差が正の場合では、つまり事後の実質利子率が長期均衡利子率よりも高い場合では、実際の金融政策の効果はより引き締め的であると言うことが出来る。逆に差が負の場合ではより緩和的であることを意味する。引き締め政策は1977-78、1986-87、1999-2001で見られ緩和政策は1976-77、1988-89、1993、1996-1997で見られる。図10に収束速度が時間によって変化している様子を示す。収束速度は第一次オイルショックの後では極めて遅いように見える。この時期の事後の実質利子率は均衡実質利子率よりも低かったので収束速度の遅さと併せて緩和政策が継続されたと言うことが出来る。収束速度は1992以降に再び低下を始め1997に最も低くなる。前回のオイルショックの時期とは異なって今回の収束は振動を伴っていて実質利子率が均衡利子率を上回っていたことを示唆する。

図11と図12は均衡利子率と事後の実質利子率の間の差と均衡利子率と事前の実質利子率との間の差を示す。2つの図の明白な違いは図11が観察されたまたは事後の金融政策のスタンスを示すのに対して図12は均衡実質利子率との対比で家計の予想がどのように変化したかを示す。1980年代の緩和時期、特に1982-1985、1988-90の期間に金融政策は事前、事後の実質利子率ともに緩和的だったように見える。1990以降はこの2つの利子率は一致した振る舞いを見せない。1994と2000を除いて事前の利子率は長期均衡率よりも高く事後の利子率は1999まで長期均衡率よりも低い。事前の実質利子率は短期均衡なので図12の結果は価格が家計の予想していたよりも下方粘着的で実際のインフレ率が予想よりも高かったことを示唆している。これは図6が示すことと整合的だ。従ってデフレ期待が実質利子率を均衡よりも高く導いたとしても観測された実質利子率が高すぎるということにはならない。実際にデフレが始まったのは2000になってからだ。2001以降は事後と事前の実質利子率に関して金融政策は引き締め気味だったように思われる。

実質利子率が均衡から乖離するようなショックが発生した場合にx%まで回帰するのに要した期間を|Bt – 1|t =1 – xを解くことによって計算できる。以前も述べたようにBtは収束速度だ。図13は乖離の95%まで実質利子率が収束するのに要した期間を示している。この図から乖離の期間が1993以降顕著に増加したことは明らかだ。1980年代の平均期間は1.2ヶ月で1990年代のものは2.1ヶ月と約2倍近くになっている。そして1996-99では3.2ヶ月だ。よって1990年代後半以降は実質利子率が均衡から乖離した場合に均衡に回帰するのにより長い期間を要するようになっている。


ここまでの定式化ではモデルの動学的構造の変化と実際の(経済上の)出来事との関連を憶測するだけで構造変化の直接の原因を識別することは出来なかった。これは1990年代のように深刻な事態が次々に発生した時期に特に問題になる。よってレジームシフトと関連があると思われる変数を識別する必要がある。名目利子率の水準も議論の対象だ。いくつかの研究が非負制約の存在により金融政策の有効性が損なわれると報告している。これらの問題を取り扱うためにSmooth Transition Regression(STR)モデルを導入する。

4. Further Analysis on the Real Interest Rate Series in the 1990s Using the
Smooth Transition Regression (STR) Model

4.1 STR Model Specification

STARモデルは取り扱われる変数が2つのレジームの加重平均である時系列モデルだ。レジームシフトが発生する確率は閾値からの遷移変数の相対的位置で決定される。STARモデルを用いると実質利子率の振る舞いは以下のように表現できる。

(8) rt=Φ1'Xt+Φ2'Zt~[1-Gτt-d;γ,c)]+Φ3'Zt~G(τt-d;γ,c)+εt 

Xtは係数がレジームシフトの対象とはなっていない変数の行列でZtはその逆だ。このモデルでは重み付けは各レジームが発生する確率によって決定される(その確率は以下の関数G(τt-d;γ,c)によって決定される)。

(9) G(τt-d;γ,c)=1/1+exp[-γ(τt-d-c)]

この中で特定の閾値cに対する遷移変数の相対的位置が変数がどのレジームにいるのかを決定する。正のパラメータgは遷移がどの程度の頻度で起こるかを示す。式(9)のロジスティックス関数はτt-dに対して単調に増加する。

自己回帰係数はXtに含まれマクロ経済変数はZtに含まれる。さらに前回の分析で示したようにrt-12、Moneyt-3、IPGt-2、IPGt-3は1990年代には無視出来るものになる。これらの変数はここでの分析に含めない。よって説明変数のベクトルはXt = (Const, rt-1, rt-2, rt-3, rt-6, rt-9)とt Z~= (ut-2, Supply t-2)になる。

他のレジームスイッチングモデルとは異なりSTRは様々な検証が可能だ。線形性はLM統計量を用いて簡単に行うことが出来る。そしてこの線形性のテストによりレジームシフトと遷移変数との関係を識別することが可能になる。

例えばいくつかの候補から最も適した遷移変数または最適なラグを線形性の帰無仮説がどれだけ強く棄却出来るかで識別することが出来る。詳細はAppendix 3で述べる。

我々は名目利子率に注目する。日本の金融政策の状況が実質利子率の振る舞いに影響を与えたかに関心があるからだ。名目利子率が遷移変数であったのならばその水準が実質利子率のデータ生成過程に影響を与えただろうからだ。

4.2 Regression Results of the STR models

結果を表3にまとめる。表の中で名目利子率の5ヶ月のラグは最も有意で名目利子率の水準が実質利子率の振る舞いに変化を生じさせていることが示唆される。

線形モデルとSTRモデルの推計結果を表4に示す。非線形STRモデルの方が推計するパラメータの数が多いにも関わらずSSRと残差標準誤差とAICが低いことが分かる。つまり、日本の実質利子率は1990年代に非線形性を示したことになる。列2の結果は名目利子率に関して閾値0.62%でレジームの遷移が起こったことを示唆する。gとcの意義は図12でよりはっきりと見られる。図は1995の5月(名目利子率が0.62%以下に低下した時期)、ゼロ金利政策が実施される3年前にレジームシフトが起こっていたことを示している。この結果は極端に低いゼロではない利子率が実質利子率の振る舞いにレジームシフトを発生させることを示唆している。

頑健性の確認のためにその他の候補となる遷移変数を検証する。候補となる変数は年次と月次のインフレ率、貨幣乗数、金融ショック変数だ。月次と年次のインフレ率は実質利子率がインフレ率の水準に影響を受けるかどうか検出することが出来るかもしれないからだ。貨幣乗数は経済が流動性の罠に陥っている程度を示す。金融ショック変数は貸出の成長率を工業生産の成長率で回帰した場合の予測誤差だ。

非線形性のテスト結果を表3にまとめる。月次のインフレ率の1ヶ月のラグと貨幣乗数の1ヶ月のラグが最も有意になった。流動性の罠と関連が深い変数として注目に値する。対照的に金融ショック変数は有意ではなかった。しかし実際にSTRによる分析を実行してみるとこれらのモデルは有意な結果を生み出さなかった。月次のインフレ率(1ヶ月のラグ)はOLSと比較してSSRまたは残差標準偏差を減少させずAICは増加した。gとcさらにほとんどの係数は有意にならなかった。貨幣乗数はインフレ率と比較してよかったものの名目利子率より明らかに適合性が低かった。

5. Concluding Remarks

(省略)

2013年6月22日土曜日

嘘つき経済学者スティグリッツ「インフレ率は40%以下だったら何の問題もない」Part2

Inflation and Growth: Some Theory and Evidence

by Max Gillman Mark Harris László Mátyás

1. Introduction

Kormendi and McGuire (1985)はインフレが経済成長に与える影響について正の効果Tobin (1965)だとされていたものを負の効果Stockman’s (1981)であるに変えた。彼らは47ヶ国のデータを調べて有意に負の影響があることを発見した。最近の研究はこの結論を強化している。Khan and Senhadji (2000)はある閾値からインフレが経済成長に負の影響を与えることを発見した。インフレ率の閾値は工業国で1%、途上国で11%であるという。Ghosh and Phillips (1998)はIMF加盟国に対して同様の報告をしている。さらに効果は非線形で低いインフレ率での方が強いことも発見している。Judson and Orphanides (1998)も同様に負の効果を発見したがスプライン曲線を導入した際には10%以下のインフレ率で関係が有意でなくなることを報告している。

実証分析の結果を理論モデルに結びつける作業はこれまでほとんど行われて来なかった。TobinとStockmanが示したのは実際には生産の均衡成長率への影響ではなく生産への影響だった。Sidrauski (1967)のmoney-in-the-utilityモデルも成長率に対する一時的な影響を取り扱っているだけだった。Ireland (1994)のAKモデルもそのような一時的な影響をモデル化したに過ぎない。Chari, Jones and Manuelli (1996)はインフレが均衡成長率そのものに与える影響を示したがその程度は僅かなものでしかなかった。対照的にGomme (1993)はLucas (1988)の内生的成長の枠組みで大きな負の影響を示した。だがこれらいずれも計量モデルを用いてその関係性を検証していない。

この研究の貢献は実証分析の結果を理論モデルと強く結びつけていることにある。成長理論では成長率は主として一つの変数、資本の利潤率で決まる。利潤率を低下させる課税は成長率を低下させる。内生的成長理論では成長率は人的資本にも依存するが資本全体の利潤率は均衡成長経路と等しくならなければならない。一方の形態の資本への課税は全体の利潤率を低下させる。そのような内生的成長理論と貨幣分析を組み合わせるとインフレ税もまた資本の利潤率に影響を与えるだろう。インフレ税が財から余暇への代替を促す場合は特にそうだ。

この論文では資本へのリターンを減少させるインフレ率をモデルに組み込む。成長は物的、人的資本へのリターンを反映した要素から説明できる。実質利子率を物的資本へのリターンとしこれを貯蓄率で代替する。各国間での実質利子率に対して変更を迫る変化は(例えば税制の変更などを反映したもの)固定効果を通して説明される。資本所得への課税は直接に成長率を低下させるのに対して労働所得への課税は財から余暇への代替を促し人的資本へのリターンを低下させ成長率を低下させるのでこの効果は重要だ。容易に計測可能な人的資本への課税であるインフレ率は重要な説明変数としてモデルに加えている。ここでのモデルは均衡成長経路に沿った均衡を取り扱っていて均衡成長率への収束を暗黙に前提していることに注意が必要だ。アメリカの生産に対する各国の生産の比率をその移行過程を補足するために説明変数に加えてある。成長率はアメリカの水準を大きく下回るほど高いことが予想される。

さらに2つの要素を説明に加える。時間効果を予期されなかった国際的なインフレ率の変化として加える。インフレ率が(成長率に対して)外生的かも調査の対象になる。マネーサプライの外生的な変化率は直接インフレ率に影響を与えて再配分を引き起こし成長率を低下させるのでこの変数の成長率はインフレ率に対する操作変数として用いることが出来る。ここでの手法は例えばGhosh and Phillips (1998)のようなアドホックな操作変数の扱いとは対照的だ。

その他の説明変数はモデルに加えない。モデルは高いインフレ率よりも低いインフレ率で効果がわずかに強まるといったような非線形なものであることが予想される。そしてこの負の効果はFriedmanの最適な名目利子率であるゼロから始まることが予想される。この関係を各種の手法を用いて調査する。非線形かつ理論に即した形で設定した我々のモデルでは過去の研究に比べてより顕著な負の効果が発見できた。特に低率のインフレから効果は負かつ有意でインフレ率が低いほうがその効果は大きい。例えば0-10%から0-5%にインフレ率が移動する場合に負の係数は2倍になり有意水準も極めて高いままだ。

結果はOPEC地域とAPEC地域で分割している。OPECに対して理論はより強く当てはまる。APECに対しては操作変数を用いた方法でしか有意な結果を得られなかった。それに効果の大きさもOECDよりも低い。金融市場の発達度合いが低く中央銀行の独立性が低いAPECでは負の関係が内生的な過程としてしかも弱くしか表れていないことを示唆している。このAPEC地域でのインフレ過程の内生性は注目に値する。なぜ他の研究者が低いインフレ率の範囲で正の効果を報告したのかを説明する手助けになるかもしれないからだ。APEC地域で0-10%のインフレ率の範囲で結果は正かつ非有意だ。0-5%の範囲で結果は正かつ有意になる。だが操作変数法ではすべての正のインフレ率で負の関係しか見られなかった。よって操作変数を用いないで得られた推計結果は内生性バイアスの存在が強く疑われる。

最後にこの結果はTobin effectの存在を否定するものではなく一般均衡の形で再定式化するものだ。内生的成長かつキャッシュインアドバンス制約の設定ではインフレ税は人的資本へのリターンを低下させ物的資本へのリターンは均衡で下方に調整されなければならない。この調整は投資の増加とすべての部門での資本労働比率の増加を必要とする。この投入要素の再調整は人的、物的資本へのリターンの低下を僅かながら緩和する。よってTobin effectは(インフレ率の増加の結果として)上昇した労働に対する税率の下での資源の効率的な使用を促進する効果として再定式化される。それは労働に対して物的資本の利用の増加と均衡成長率の低下を少しだけ小さくすることを意味する。だがインフレが均衡成長率に与える影響はTobinの外生的成長、外生的貯蓄率のモデルとは対照的にそれでも負だ。我々のモデルはStockman (1981)、Ireland (1994)、Dotsey and Sarte (2000)らの資本のみかつキャッシュインアドバンス制約を課したモデルや貨幣の外生的成長を仮定したAhmed and Rogers (2000)のモデルをTobin-type effectの存在を前提としながらその最終的結果は負の効果であるというように拡張している(*ようするに一歩進んでいる間に二歩下がっているということです)。

2. Endogenous Growth Monetary Framework

代表的家計は規模に対して収穫一定な(CRS)財の部門で労働している。実効労働量は生の労働に人的資本を掛けたものとして定義する。家計はさらに2つの部門に資源を投入する。規模に対して収穫一定の人的資本を生産する部門(資本投資と実効労働を投入要素とする)と(実効労働のみを投入要素とする)収穫逓減型の信用サービス部門がある。家計は効用最大化に関して人的資本に係る4つの制約に直面する。貨幣と物理資本から構成される金融資本のフロー制約、金融資本のストック制約、交換技術の制約だ。信用サービス部門の技術はキャッシュインアドバンス制約の中に組み込まれる。

時点tの財の実質量をctとして余暇に費やされる時間の割合、信用サービスの生産に費やされる時間の割合、財の生産に費やされる時間の割合をxt、lft、lgtとする。財の生産に占める物理資本の割合はsgtとする。物理、人的資本と減耗率をkt、ht、δk、δhとする。資本と実効労働の実質限界生産物を実質利子率rt、実質賃金をwtとで記述する。財、信用サービス、人的資本の生産関数のシフトパラメータをAg、Af、Ahとする。

名目変数は財価格Pt、名目金融資本残高Qt、貨幣残高Mt、貨幣残高の一定割合である政府の現金移転Vtだ。効用関数のパラメータはρ、θ、αで区間(0,1)の技術パラメータはβ、ε、γだ。

2.1 The representative agent problem

財ytの生産を以下の関数で示す。

(1) yt=Ag(sgkt)^(1-β)(lght)^β

α∈(0,1)は財を現金で購入した割合を表す。キャッシュインアドバンス制約は以下になる。

(2) Mt=atPtct

マネーサプライは一定割合ρで政府の現金移転を通して供給される。

(3) Mt+1=Mt+Vt=Mt(1+ρ)

信用によって購入される割合は1-atになる。信用サービスは以下の関数によって生み出される。

(4) (1-at)=Af(lftht/ct)^γ

lftht/ctは実効労働×一単位あたりの消費財だ。式(4)はatに関して解を持ち式(2)に代入できる。これはMcCallum and Goodfriend (1987)のshopping-time economyの特殊形態である技術制約を表す。違いは我々のモデルはbanking timeを表していることだ。

名目金融資本制約は以下になる。

(5) Qt = Mt+Ptkt

名目所得制約は金融資本の変化をゼロとすることにより得られる。これは所得rtPtsgtkt+wtPtlgtht+Vt+dPtktから支出Ptct+δkPtktを引きゼロに等しいとすることと同じだ。

(6) dQt=rtPtsgtkt+wtPtlgtht+Vt+dPtkt-δkPtkt-Ptct

人的資本は規模に対して収穫一定で財の生産に用いられなかった資本、余暇と信用サービスの生産と財の生産に用いられなかった時間によって生み出される。人的資本への投資は以下で与えられる。

(7) dh=Ah(1-xt-lgt-lft)^δht(1-sgt)^(1-δ)kt

代表的家計の最適化問題をAppendixで示す。

2.2 The Effect of Inflation on the Balanced-Growth Path

モデルの主要なトレードオフは財と余暇の間の限界代替率によって与えられる。時間を表す添字を取り除いてその関係は以下のようになる。

(8) αc/xh=w/(1+aR+wlfh/c)

Rは名目利子率を示す。式(8)は限界代替率が余暇のシャドープライスwを財のシャドープライス1+aR+wlfh/cで割ったものに等しいとする。財のシャドープライスは財価格1と現金の平均費用aRと信用の平均費用wlfh/cの合計だ。この関係はRを直接上昇させるインフレ率の上昇が一次のオーダーでxに対して相対的にc/hを低下させることを示す。さらに二次のオーダーで逆方向へ向かう変化がある。インフレ率が上昇した場合にaは下落しwは上昇する。だがGillman and Kejak (2000a)が示したようにRの上昇によりインフレ率の水準はハイパーインフレーション以下に抑えられよってc/hは下落しxは上昇する。

均衡成長経路まわりの均衡は均衡成長率gで与えられる。

(9) g=dc/c=dk/k=dh/h=[r-ρ]/θ

財の生産に用いられる物理資本へのリターンと人的資本の生産に用いられる実効労働へのリターンは等しい。

(10) r=(1-x)Ahβ(shk/lhh)^(1-β)

式(9)と式(10)は余暇xの上昇はrと成長率の下落に強い効果を持つことを暗示している。式(8)と併せてこれらの式はどのようにインフレ率が余暇の増加を通して成長率を低下させるのかを示している。

カリブレーションはこの負の効果が極めて頑健であることを示す。負の効果は広範な範囲のパラメータに対して見られる。他の研究では滅多に用いられない信用部門のパラメータγ∈(0,1)などに対しても全範囲で負の効果が見られる。さらに物理資本のない場合に於いて均衡の存在と一意性を解析的に証明することが出来る。負の効果はある非常に高いインフレ率までのみで見られる。標準的なパラメータの下ではこの値は100-200%の間にあり定常状態のインフレ率としてはどの国も経験することがないであろう水準にある。一般的に言ってそのような高率のインフレになっている国はハイパーインフレーションの領域に入っていると言ってよくここでのモデルが対象とするようなものではない。

2.3 Non-linearity of the Inflation-Growth Effect

負の効果の非線形性はモデルの新たな側面だ。インフレ率がある極めて高い値を超えて上昇した場合に負の効果はゼロになるまで単調に下落しその後は正に変化する。よって効果は名目利子率ゼロでわずかに強くそこから減少していく。

この非線形性の元は(ミクロ基礎を持った)交換技術の使用にある。インフレ率が低い水準にある場合には消費者は主に現金を用いて信用をわずかしか用いない。理論は低いインフレ率では貨幣需要の利子弾力性は極めて低いまたは非弾力的でありインフレ率が上昇するに従って弾力的になると暗示している。非弾力的な貨幣需要の下で消費者は財から余暇へとシフトするが貨幣から信用へのシフトはあまり起こらない。利子弾力性が上昇してくると消費者はここでも財から余暇へとシフトするものの今度は貨幣から信用へのシフトも起こすようになる。次第に信用への代替の経路が余暇への代替の経路を支配するようになりよって余暇の上昇率は逓減し成長率の低下速度も小さくなっていく。これが高いインフレ率で効果が次第に小さくなっていく理由だ。

2.4 Tobin Effect and the Savings Rate

ここでのTobin effectは一般均衡的なものでインフレ率の上昇がw/rと資本労働比率を上昇させる。カリブレーションはインフレが人的資本へのリターンが抑圧されるので資本へのリターンrを低下させることを示す。実質賃金wは消費者がより余暇を選好する結果として上昇する。これは労働から資本への代替を引き起こしTobin-typeの資本集約度の上昇を生み出すがそれでも成長率は全体として低下する。

貯蓄率も投入価格比率w/r、余暇、名目利子率に依存していることが示される。実質利子率rの上昇の効果は貯蓄率を上昇させることにある。この原理を元に我々は実質利子率が成長率に与える効果を貯蓄率を使用して代理にする。これは貯蓄率に影響するその他の効果(例えば実質賃金など)を無視しており貯蓄率を実質利子率の不完全な代理としてしまっている。

3. The Data and Preliminary Analysis

(省略)

πと成長率の相関を表1に示す。有意かつ強い負の関係が確認できる。


その相関は線形の関係を示しただけで非線形の効果に関して何も教えてくれない。図3に各種インフレ率の範囲と平均成長率との関係を示す。ここでも関係は負でインフレ率5%以上でより強まるように見える。

単純な相関は負の効果をはっきりと示したものの重要なのは節2でも述べたように経済成長に影響する他の要因を制御して調べることだ。

4. The Econometric Model

節2で述べた内容を以下の形式として表現することが出来る。

(11) yit=αi+λt+βgg(πit)+βI/yln(Iit/yit)+βy/yln(yUSAt/yit)+uit

yitはi国のt年の年間成長率を示す。bは未知の係数ベクトルだ。Iit/yitは投資がGDPに占める割合を示す。 yUSAt/yitはアメリカとi国の生産の比率でαiは国特有かつ時間不変の影響(例えば物理資本への税率など)を捉える。λtは時間効果だ。uitは撹乱項を示す。投資/貯蓄率と所得水準比は符号が正でインフレ率は符号が負であることが予想される。

5. Robustness and Endogeneity

頑健性の確認をハイパーインフレーションの定義を変更して行う。基準ではインフレ率50%以上をハイパーインフレーションとするが100%や150%も定義として確認する。

インフレーションが成長率に対して外生的であるかの確認を行う。操作変数としてマネーサプライの現在値とラグ値を用いる。マネーサプライはほとんどのモデルで外生的であると仮定されていて重要なことに経済モデルではこれが実際にインフレーションを起こすものとされているので操作変数として適切だ。これはGosh and Phillips (1998)やKhan and Senhadji (2000)のようにアドホックな操作変数群を用いているのとは対照的だ。さらに異なる操作変数群が用いられる場合には結果はそれらに左右されるようになる。追加の操作変数は厳密に外生性を満たしていないかまたはインフレ率に関係がないかもしれないからだ。

6. General Results, Diagnostics and Robustness

(省略)


(OECD加盟国)

(全サンプル)


(APEC加盟国)

7. The Inflation-Growth Effect

OECD加盟国に関して推計方法等に無関係に負の効果がはっきりと確認できる。さらに各インフレ率の範囲でのインフレの効果は少なくとも10%水準で有意だ。操作変数法を用いてもほとんど同一の結果を返すので内生性バイアスは小さいことを示唆している。

この結果はKhan and Sedhaji (2000)の結論と整合的だ。彼らは工業国に関しては1%以上のインフレが負の効果を持つことを発見した。ここでの0-10%の範囲でも負の効果が見られる。さらに0-5%の範囲に関しても極めて有意な負の関係が見られる。

APECが対象では有意水準は下落し非線形の関係も対数型でのみ幾らか見られた。だが標準誤差が大きいので操作変数法を用いていない結果には注意を要する。

例えば図10は低いインフレ率で正の効果で10%以上のインフレ率で負になっていくことを示唆している。だがこうした非線形の特定化は適切であるように思われない。インフレの二乗項のみが有意でその有意水準も低いからだ。物価指数に関して対数型を用いた推計結果も低いインフレ率で正の効果または非線形の負の効果を示した。しかしどの特定化に対してもインフレ変数は有意ではない。一方で操作変数法を用いた場合にはインフレ変数は有意になりさらに期待された非線形の負の関係も見られるようになる。

OECDとAPECの全体を対象にした場合ではインフレ変数の有意水準は低下する。すべてのインフレ率の範囲で結果はすべて有意であるものの係数は絶対値で見て小さくなり有意性も低下する。この結果はサンプルをOECDとAPECで分割することの重要性を示している。OECDに於いて負の効果がより強くより有意だからだ。だが操作変数法の結果が示すように金融市場の発達度合いが一般的に低いAPECでも負の効果が働いていることが示された。

8. Conclusion

(省略)

その結果はインフレが低下した場合に負の効果が表れるだろうことを意味していない。経済活動を低下させる外的ショックがモデルの説明変数(インフレ率)を支配する可能性がある。つまり世界経済が急激な成長率の低下に見舞われていない場合のみにインフレの低下による正の効果が見られるだろうからだ。世界経済が外的ショックに直面していない場合にはインフレ率の低下は高い成長率を生み出すように思われる。そしてその効果は資本と労働に対する限界税率がインフレ率と同時に下げられた場合により強くなると考えられる。