2015年1月5日月曜日

Ex-CIA Directors: Interrogations Saved Lives

by former CIA Directors George J. Tenet, Porter J. Goss and Michael V. Hayden (a retired Air Force general), and former CIA Deputy Directors John E. McLaughlin, Albert M. Calland (a retired Navy vice admiral) and Stephen R. Kappes 

(*当時の)民主党上院多数派のみによって作成された上院諜報活動特別委員会のCIAのテロリストに対する拘留と尋問に関する報告書はバランスを欠いている上に不誠実なものだ。委員会は誤りの散りばめられた一方的な報告書を作成しCIAに対して党派的な攻撃を仕掛けている。

CIAがこれらの事件にどのように対処してきたのかを調査することは重要な意義を持つ。我々がすべてを完璧に対処してきたと言うつもりはない。我々が直面した緊急かつ危機的だった状況を考慮すればなおさらだ。我々のプログラムの中でも、起こってはならないことが起きてしまった事例はあった。しかしそれを認識した時には、我々はそのような事例をCIAの監察官または司法省へと報告し修正するよう行動に務めた。

国家とCIAはよりバランスのとれた報告書からは利益を得ることが出来るだろう。この委員会の報告書はその基準を満たしたものではない。そこからは何も得ることが出来ない。

我々の見解はCIAと上院諜報活動特別委員会の共和党員によって支持されている。両者とも民主党多数派の報告書に強く反論している。どちらの批判も明瞭で事実に基づいており報告書の主張に疑問を投げ掛けている。

委員会の報告書はどこが間違っているのか?

第一に、CIAのプログラムが有効でなかったという主張だ。尋問は取り敢えず以下の3つの点で極めて重要だった。プログラムは、

・アルカイダ幹部の捕縛につながった。それにより彼らを戦場から退かせることが出来た。

・多くのテロ計画を中断させテロ攻撃を未然に防いだ。そして多くのアメリカ人とその同盟国の生命を救った。

・我々にアルカイダに関する膨大な知識を与えてくれた。そしてアルカイダを攻撃し、活動を阻害し、組織を解体させる最適な方法を教えてくれた。

この尋問の重要性を示す有力な例がアルカイダ幹部のAbu Zubaydahと、KSMとして知られる9/11の首謀者の一人であるKhalid Sheikh Muhammedから得られた情報だ。我々はこのプログラムが無ければこの二人から情報を得ることが出来なかっただろうと確信している。

まずZubaydahから得られた情報によりKSMの仲間と9/11後のテロ計画者Ramzi Bin al-Shibhの捕縛につながった。そしてZubaydahとal-Shibhから得られら情報からKSMへとつながる有力な手がかりを得られた。さらにKSMから、2002に200人以上が殺害されたインドネシアのバリ爆破事件の犯人でアルカイダの東アジア支部のリーダーであるRiduan Isamuddinをたどることが出来た。

これらのアルカイダ幹部の排除は多くの人命を救った。何故なら彼らのテロ計画を終わらせたからだ。KSMだけでも、彼を捕獲した時には、複数のテロ計画を実行中だった。

ここにプログラムがテロ計画をどのように阻止したかの好例がある。我々はKSMに誰がHambaliの計画を引き継ぐかを尋ねた。KSMはHambaliの兄弟Rusman Gunawanだと答えた。それから我々はGunawanを発見し、彼から得た情報から、航空機を再び使ってビルを爆破する9/11型のテロ攻撃をアメリカの西海岸に仕掛けるために彼が集めていた南アジア支部の17人のメンバーの捕獲につながった。もしその攻撃が行われていたならば、9/11の悪夢が再び繰り返されていただろう。

従順になってからは、Abu ZubaydahとKSMはアルカイダに関しての貴重な情報源となった。我々は情報を得るために何度も彼らと接触した。2004の9/11 Commission Reportの1700の注釈の4分の1以上と、2007のNational Intelligence Estimate on al Qaedaの多くの部分はテロ容疑者、特にZubaydahとKSMからもたらされている。

上院諜報活動特別委員会の民主党多数派はさらにbin Ladenの捕獲がプログラムからもたらされた情報によるのではないと主張している。間違いだ。尋問の対象であった者であれそうでなかった者であれ、拘留の対象となった者から得られた情報がbin Ladenの捕獲に決定的な役割を果たしたことに疑いはない。プログラムが無ければ、CIAはbin Ladenへとつながる人物を絞ることは出来なかっただろう。

特に、尋問の最中に得られたある情報がその人物に関しての我々の興味を引いた。尋問の対象だったある拘留者がその人物に関して最も詳細な情報を与えてくれたからだ。それにKSMとAbu Faraj al-Libiはその人物に関しては嘘を言っていた。両者がその他の重要な質問に関しては正直に答えていた時にもだ。他の拘留者はその人物をKSMとAbu Farajに結びつけていただけに、彼らの偽りは重大な意味を持っていた。

重要なのはこういうことだ。プログラムはCIAと軍がbin Ladenを捕獲するのに決定的な役割を果たしたということだ。

レポートの第二の重大な問題点は尋問の方法が司法省に認められた範囲を頻繁に逸脱していたという主張だ。その主張も間違っている。

2009にEric Holder司法長官はJohn Durham検察官に尋問プログラムの調査を命じている。彼は許可されていない尋問がCIAによって如何なる形でも行われていないかどうか、行われているとすればその方法が刑法の規定に抵触するのかどうかを調査した。Eric Holder司法長官はDurham検察官がCIAが関わった101人の尋問と拘留の事例すべてを調査したと報告している。調査は2012の夏に終了した。その調査は専門的かつ網羅的なもので、起訴が可能な行為は行われていなかったと結論した。

第三に、CIAが司法省、ホワイトハウス、議会、そして国民を欺いたという報告書の主張も完全に誤りだ。その主張の論理の元となっている考えは尋問が有効であったといわれてはならないというもので、その考えは事実と異なっている。

第四に、委員会多数派はプログラムを理解するのに重要なものを置き去りにしている。そのプログラムが実行されるに至った背景だ。

プログラムは3000人が殺害された後に作成されたものだ。その時の状況とはCIAが

・アルカイダがアメリカに第二のテロ攻撃を仕掛けるつもりだという証拠を掴んでいた時で、

・bin Ladenがパキスタンの核兵器専門家と密かに接触を持ち核兵器を保有しようとしていたという一定の情報を掴んでいた時で、

・核兵器がニューヨーク市へ密かに持ち込まれているという報告書を受け取っていた時で、

・アルカイダがアンスラックスを製造しようとしていたという確固とした証拠を掴んでいた時だ

この状況の中で、時間は決定的に重要だった。そしてCIAは9/11のような攻撃を決して起こさせてはならないという強い責任感を感じていた。我々は無実の市民を殺害するのにまったく躊躇を覚えないような残虐な殺人者たちに対して"relationship building"が機能しないと感じていた。拘留者たちはアルカイダの訓練場にいた時に高度な反尋問トレーニングを受けていた。さらに、攻撃を妨害し市民の命を救うことが出来る情報を彼らが持っていたことも明白だった。

上院諜報活動特別委員会の報告書はこの背景を無視している。

委員会は、CIAがプログラムの実行に際して単独で動いたのではないということも隠そうとしている。プログラムの過程すべてにおいて、CIAは国家安全保障担当大統領補佐官、その副官、大統領顧問、そして司法省と緊密な連絡を取り合っている。

大統領はプログラムを承認した。司法長官は合法と認めた。

CIAは調整のために司法長官に4度会いに行き、彼はプログラムが政策、法律、国際法と整合的であることを確認するために2度差止めた。CIAは上級政策策定者に少なくとも4回、プログラムの指導と再確認を求めた。

我々は彼らの政策、司法判断に従った。我々は誰一人として欺いていない。

CIAは権力の乱用の訴えがあれば、上院の任命した監察官と司法省に必ず報告している。CIAは約20の事例を司法省に報告し、そして司法省はそのうちのわずか1件を(この1件は正規の尋問とは関係がない)起訴に値すると判断した。そしてその人物は懲役を受けた。

CIAは30回ほど議会に説明を行った。初期には説明会は少数の人数に制限されていた。説明会では詳細にグラフ付きで説明を行い、承認から反対なしまでの反応を得た。説明会では何一つ隠すことなくすべてを報告した。

その時の議会の考えは現在とはまったく異なっているようだ。2003のKSMの捕獲後の説明会では、新たなテロ計画に関してKSMが知っていることを聞き出すためにCIAが極めて積極的になることを委員会のメンバーは求めた。ある議員は「あなた方は自分たちがしなければならないことに関して、すべての権限を持っているのか?」と強い調子で尋ねた。

2006の9月にCIAからの強い要請を受けて、政府は委員会と役員全員に説明会を行うことを決定した。この一環として、CIAは委員会の多数派と少数派、議会と行政府との間で一致した見解を作成することが出来るとの期待を持って、監視委員会とともに詳細な記録の作成に入った。だが委員会はこの機会を逃した。彼らは見解の一致に至ることが出来なかった。行政府は一人残され委員会はただ報告を受けるだけとなった。

委員会はどうしてここまで誤りだらけの報告書を作成するに至ったのか?驚くべきことにこの報告書を作成した職員はプログラムの作成と実行に関わった我々のうち誰一人にもインタビューしていない。このような報告書が作成される際には極めて異例のことだ。

このことに関する主張が、CIAの職員が司法庁の調査の下にありそれ故インタビューを行えなかったとのことだが馬鹿げている。そこで挙げられている調査とは2011と2012には既に終了しているもので、さらにその調査も数人の職員に限定して行われたものだ。その調査は決して我々6人の元CIA長官や責任者に行われたものではないし、ここにいる全員がその報告書に一次情報の真実を付け加えることが出来る。しかも説明が示唆するところでは委員会の職員は少なくとも一人のGuantanamo Bayのテロリストの代理人の話を真に受けたようだ。

我々は委員会のメンバーや職員が自分たちの意見と整合的でない情報を扱うリスクを取りたくなかったのだと結論せざるを得ない。それがこの報告書がこれだけ出鱈目になってしまった理由の一つだ。報告書が作成される過程で何が行われていたのかは明白だ。職員は初めからこの報告書が予め決められた結論に達するように情報を選んでいた。プログラムがテロリストを妨害するのに役だったかどうかの問題に関しては特にだ。それから職員のメンバーは自身にとって都合のいい情報だけを選び自分たちだけの意見を全面的に押し出した報告書を作成したのだ。

諜報活動の専門家からはこれは諜報活動の政治化と呼ばれる。

委員会多数派の報告書の不正確さ、それにプログラムに対する市民が持った誤った理解と同じくらい嘆かわしいことに、以下が考えられる(*省略)。

CIAが当時直面したジレンマを理解することは重要だ。CIAは後になってから判断に疑問を付ける人が出てくるだろうことは当然分かっていた。だが我々は第二のテロ攻撃を阻止することが出来る情報を得ることの方がより重要であると考えていた。

1998から2001の間に、アルカイダは東アフリカのアメリカ大使館を2度にわたって爆破した。イエメンに駐留していたアメリカの軍艦を爆破した。そしてアメリカ本土をも攻撃した。それ以降、13年に渡ってアメリカ本土への攻撃は行われていない。CIAのカウンターテロリズム政策とプログラムがその成功に貢献している。

以下アメリカ人の怒りの声

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民主党はCIAとアメリカを破壊するためにこの機会を利用しようとしている。そしてアメリカだけでなく文明の敵を支援している。オバマ政権の下で、民主党は非憲法的で極悪非道で不愉快な社会の寄生虫から国内に寄生する国家の敵にまで進化?した(断っておくが、私は共和党員ではない)。もし私に権力があれば民主党員全員を逮捕し、彼らの電話記録、電子メール、パソコンファイル、紙のファイルなどをすべて調べ、彼らがIRSを政治的武器に用いていた証拠を発見し、反逆罪に問い、イスラム原理主義者とIRSの被害者で構成された陪審員による裁判にかけ、全員に有罪判決を下すだろう。

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人類はイスラムカルトとの戦いの最中にある。イスラムカルトが毎日行っていることといえば…:あらゆる種類の思考と言論の弾圧、身体を破壊する拷問、誘拐、身代金要求、集団レイプ、首切り、女性の奴隷売買、殺人、無差別爆破テロだ。この集団は国連も、国際条約も、戦争や捕虜や人権などの扱いに関する規約なども完全に無視している。

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