2016年7月10日日曜日

経済学者はどうしてこうもレベルが低いのか?

自著の宣伝のためか、何故か所得格差が拡大したということにしたがるテイラー・コーエンによる意味不明な論文の紹介記事。そしてその論文はスコット・ウィンシップによってすでに批判されていることの紹介。

Growth of income and welfare in the U.S, 1979-2011

Tyler Cowen

John Komlosによるこの新しいNBERからのペーパーは本当に興味深く、私の自著「average is over」で題材にした中間層の消滅という現象をよく表している。

「我々はCBOの課税後、移転後のデータを用いてアメリカの各所得階層毎の実質所得の成長率を推計した。これに退職時に発生する所得の現在価値だけを含め、CBOの所得の推計には含まれている「労働者によって負担される法人税」などのように現在の購買力や効用を増加させないものは除外して改善を加えた。高いインフレ率を示すCPIと低いインフレ率を示すPCEの2つを価格指数に用いた。主な発見は中間層の「消滅」という一語で表すことが出来る。この推計によると、中間層を示す第二階層と第三階層の所得は年率0.1%から0.7%の間で増加していた。すなわち、ほとんどゼロと区別が出来ない。その弱弱しい増加でさえも大規模な所得の移転によって達成されている。対照的に、所得上位1%の所得は年率3.4%から3.9%の間と天文学的な増加だった。従って、所得上位1%の第一階層に対する所得比は1979の21から2011の51へと増加した。だが最も所得が低い層に対して他に所得比を増加させた所得階層は存在しない。奇妙なことに、所得分布の96%タイルから99%タイルを占める層であっても所得が最も低い層に対する所得比を8.1から11.3にしか増加させていない。それから限界効用が逓減するとの仮定の下で効用の増加率の計算を行った。関数を対数効用型と仮定すると中間層の効用の増加率は0.01%から0.7%の間となりほとんどゼロと区別がつかない。相互依存的効用関数の下では第五階層の効用だけが有意な増加を示す一方で第一階層から第四階層までの効用は無視できるか負でさえもあった」。

How Not To 'Improve' Income Trend Estimates

Scott Winship

John Komlosという名前のドイツの経済学者による新しいペーパーがあり、彼はCBOの所得の推計を「改善」させると「所得上位1%を除いて多くのアメリカ人の所得は1世代前の親の所得をほとんど上回ることなく、相対所得という観点から見るとほとんどすべての人が悪くなっている」と主張した。間違い、間違い、間違いだ。

彼がどのような操作をしたのかすべてがはっきりと分かっているというわけではないが、彼はCBOの最新のスプレッドシートを使用して操作をしたと示唆している。私はそのスプレッドシートを何度も何度も使用している。だから彼の主張は間違いだという警告が私の中に鳴り響いた。私は20分程で再び推計を行い、いつも通りの結果が返ってくるのを確認したのだった。要するに、ほとんどのアメリカ人の所得は大きく増加しているという結果だ。彼の「ハイ・エンド」の推計は私のものとそれほど変わるわけではない。だが彼は「ハイ・エンド」を「ロー・エンド」として用いるべきだ。彼のロー・エンドの推計は所得を非常に低く見積もってしまうとしてとっくの昔に放棄された手法に大きく依存しているためだ。そして彼がその手法を用いているという事実だけが中間層が消滅しているという黙示録的な主張を彼にさせている原因となっている。

第一に、彼が行ったという「改善」とやらを確認してみよう。CBOは法人税によって労働者と投資家から徴収される額を所得として含めている。その一部は労働者に他の一部は投資家に割り当てられている。彼はそれを差し引いている。残された所得から法人税も差し引いているのかは定かではない。家計の所得から法人所得税を差し引きながらもそれを課税によって徴収された所得として認識していないのであれば、彼はこの形態の所得を実質的に2回差し引いていることになる。一度目はそれを所得として含めないことにより、二度目はそれを税として除外してしまうことにより。

第二に、彼は雇用主の社会保障負担分(給与税)からの所得を現在価値へと変換している。この所得は労働者が退職するまで支出することは出来ないとの理由で。だが人々は自分が負担したよりも多くの給付を受け取る傾向にあるので、割り引かれるべき将来所得は現在の雇用主の社会保障負担分よりも大きい。遥かに良い方法は退職者の所得を民間の年金、公的年金、メディケアから計算して生活費の上昇を調整するためにそれをデフレートすることだろう。何故かと言うと最初に稼いだ所得は貯蓄されそれに時間価値が加わるためだ。要するに、調整するのであればバックエンドですべきであってフロントエンドですべきではない。

彼の社会保障税の取り扱いにはそれよりも大きな問題が存在する。彼が(雇用主と従業員から)所得から社会保障税を全額差し引いて、同時に税として徴収される所得を除外しているのであれば、ここでの問題は彼の法人所得税の取り扱いの問題と似たものになる。

これら最初の2つの「改善」はそれほど大きな問題では無いことが明らかになる。彼がした3番めの「改善」の方がより問題だ。彼は民間と政府の医療保険を所得から取り除いている。民間の医療保険を所得から除外することは問題ないと彼は語っている。私にはその理由はよく分からない。メディケイドとメディケアが無視できる理由として、その給付が時間によって「それほどは」増加していないからだと彼は主張している。

これは大胆な主張だ。何故生活費の調整が質の改善とは関係のない医療価格の上昇を説明することに失敗するのかという疑問に答えなければならない。価格指数が正しく機能しているのであれば保険部分の所得の増加を真の改善を反映した部分へと選り分けることが出来るだろう。さらに、何故彼はBEAやBLSのエコノミストが価格指数には強い上方バイアスがある(逆に、「所得」には強い下方バイアスがある)と結論しているのを間違いだと考えるのか説明する必要がある。

彼は4番目の「改善」として価格指数に「CPI-U」と「PCE」を用いた結果を用いている。これも改善でも何でもない。大きな誤りだ。

PCEは商務省のBEAという部署で作成されている。私の記事の読者は価格指数としてPCEを用いることの正当性が極めて強いということを知っているだろう。その理由は「消費の代替」を考慮に入れているためだ。物の値段が上昇すると消費者は他の物を購入してスイッチすることが出来る。その結果として、消費者が経験する効用の損失は他の物が購入できない場合に比べると同程度の大きさとはならないだろう。

BLSが作成しているCPI-Uは代替バイアスを1999にまでしか遡って調整していない。それ以前の推計の試みはまったく行われていない。それに1999以降の修正でさえも部分的なものでしかない。CPI-Uはガーラアップルの値段が高騰した時に消費者がレッドデリシャスアップルを選択するようになるということは考慮に入れることが出来る。だがりんごが高騰した時に消費者がオレンジを選択するようになるということは考慮することが出来ない。

Komlosは1999以降の改善はそのままに1978まで遡って改善を加えた第三の価格指数「CPI-U-RS」を用いることが出来たはずだ。これはCPI-Uよりも遥かに良い。これがこの分野を専門にしている経済学者がCPI-UではなくCPI-U-RSを用いる理由だ。主だった政府の統計機関は1980年代後半から1990年代初期にはCPI-Uからこちらに切り替えている。

要するに、KomlosはCPI-Uを用いるべきではない。彼はこの問題自体を知らなかったように思われる。彼は代替バイアスに言及していないどころか、我々はどの価格指数が優れているのかを判断することが出来ないとまで議論しているからだ。どの観点から見ても、国勢局やBLSがCPI-Uを用いているという彼の主張は間違っている。国勢局は所得の分析にCPI-U-RSを用いているしBLSはCPI-U-RSとさらに第四の価格指数である連鎖CPIを好んでいる。

この連鎖CPIの存在は重要だ。代替を完全に考慮する試みとしてBLSが作成した指数だからだ。不幸なことに、連鎖CPIは1999までしか遡ることが出来ない。だがこの指数はCPI-U-RSやCPI-UよりもPCEをより良く捉えている。PCEに対するCPI-Uの他の優位点のような議論は連鎖CPIがBLSによって作成された最も洗練された指数でPCEをよく近似していることを考えればほとんど無意味だ。実際、ここまで紹介してきた価格指数のいずれもインフレを過大に見積もっていることが知られている。これはPCEを用いても所得の増加率を保守的に評価していることを意味する。CPI-UではなくPCEを用いたものが「最も低い推計」と考えられるべきだ(CPI-Uでは「低すぎる」)。

彼は第五階層の平均的な家計の所得が1979から2011の期間に18%から39%増加したと報告している(そもそもゼロと変わらないとか言っていなかったか?)。中間層は7%から26%だとも報告していた。医療保険を除外して私が計算した時も第五階層の所得の増加は35%で中間層の増加は19%だった。

どちらも彼の推計の範囲内にあるので、法人税と社会保障税の取り扱いはその結果にそれほど影響を与えていないように思われる。CPI-Uを用いると所得の増加率は大きく低下する。だがそれは完全に捨て去られるべきだ。

彼がしているような推計は民間、公的を問わず医療保険に価値をまったく割り当てていない。それは正しいとは思われない。保険に加入していてもいなくても少しも関係ないということになる。ここで和解の提案がある。CBOが医療保険の給付に割り当てている値の半分を所得に加えることを提案する。そうすることにより第五階層の所得は42%(75万円)、中間層の所得は27%(139万円)増加することになる。これらは彼の「最も高い推計」を超えている。

これらの推計は人口の高齢化の影響を受ける。彼は使用していないが、CBOのスプレッドシートには非高齢者と高齢者とを分割することを可能にするテーブルがある。非高齢者の第五階層では所得が36%(72万円)、中間層では30%(158万円)増加している。高齢者では第五階層の所得は24%(36万円)、中間層の所得は30%(129万円)増加している。

彼は所得の変化を年率の成長率で表現している。そのために彼は年率0.7%の成長率を「苦難に喘ぐ中間層という一般的な印象を強化した」と解釈してしまった。「苦難に喘ぐ」というのは、彼自身の推計によると、97万円以上豊かになっているグループを形容するには面白い表現だ。だが私の推計が示唆するところでは、中間層の実質所得の増加は120万円を優に超えている。

最後に、現在の大人が彼らの親よりも豊かになっているかという問題設定は現在の平均的世帯が過去の平均的世帯よりも豊かかという問題設定とはまったく異なる。中央値のトレンドから所得の上方流動性を憶測するのは大失敗へのレシピだ。個人を追跡調査したデータを用いて2005に40代前半だった大人の世帯所得の中央値は彼らが子供だった頃の彼らの親の所得よりも39%高いことを私は過去に発見している。これはCBOが示した所得中央値の変化と極めて整合的だ。

それはそれらの大人が経験した所得中央値の変化が(彼らの親と比べて)39%の増加だったということを意味しない。一部の大人は所得が(親と比べて)上方に変化しただろうし他の人々は(親よりも)所得が低下しただろう。だが所得の低い層で少しでも世代間の所得が増加すれば所得の高い層で世代間の所得が大きく増加した場合よりも割合としては大きく上昇する。親の所得がわずか50万円だとしても子供の所得が100万円であれば親の所得の2倍になる。逆に親の所得が4000万円だったとすれば子供の所得が5000万円だとしても上昇はわずか25%に抑えられてしまう。現在の大人が実際に経験した親の所得に対する相対的変化の中央値は93%の増加だった。

従って、現在の大人は親と比べてほとんど所得が増加していないのではなく極めて豊かになっている。この所得の上方への流動性はオイルショック以降ほとんどの先進国の成長率が低下した環境下であったにも関わらず起こっている。だが中間層の所得を大幅に上昇させるには十分だった。これ以外の結論は証拠によってはサポートされていない。

John Komlos Responds To 'How Not to Improve Income Trend Estimates'

Scott Winship

私が先週批判したワーキングペーパーの筆者であるJohn Komlosは反論をしたいと申し出てきた。彼は私が掲載すると約束したので以下の文章をメールで送ってきた。私は彼の文章を一切編集していない。彼が私の批判に答えたことに感謝したいと思う。私の最初のコラムとそれに対する彼の反論、それに対する私の再反論をまとめている(括弧の中はWinshipが触れなかったことを補足)。

私のワーキングペーパーを注意深く読んでくれたことに感謝している。あなたのコメントによりこの論文に改良を加えることが出来るだろう。だが明らかに我々の間には対立が存在する。

4段落目:雇用主の社会保障税を割り引くこと:多くの人は支払った額よりも多くの給付が受け取れるとは思っていないことは言うまでもなく、少しでも給付を受けられるとは思っていない。そのことは、Pew Research Center, 2014. “Millenials in Adulthood. Chapter 2: Generations and Issues.” http://www.pewsocialtrends.org/2014/03/07/chapter-2-generations-and-issues/ accessed March 31, 2016.として私の論文の中で引用されている。「現在の若年世代の半分は彼らが退職する頃に少しも年金を受け取れないだろうと考えている(中略)残りの38%は給付が削減されるだろうと考えている」。これらの額はさらに割り引かれるべきだ。会計上の価値ほどには人々の現在の効用を高めていないからだ。私が述べているように、「これは雇用主の社会保障負担分は従業員の福祉(効用)を割引額によって示唆されるその僅かな額ほどにも改善させていないことを意味している」(ドイツの年金の方がアメリカよりも少ないということも知らない)。少なくともこの点には同意すべきだと思われる。将来の所得を割り引くことは経済学では標準的な手法だからだ(問題は、所得格差の話をするのだと思っていたら何故か効用ベースの話にすり替わっていること)。

退職所得をフロントエンドではなくバックエンドで調整すべきだという指摘:私は2011の所得に対して計算を行った。現在雇用主が負担している支払いに対して現在の20歳が45年後にいくら受け取るのか私には分からない。従って、それをどのように行えばよいのか分からない。いずれにせよこの割引がバックエンドでの調整をほとんど無意味なものとするだろう。適当に見積もったところによると、雇用主による1ドルの負担は所得分布の第二階層の被雇用者に対して10セントの現在価値、第三階層の被雇用者に対して14セントの現在価値に相当する。さらなる調査が必要だろう。

6段落目:「雇用主の医療保険の負担分」は(割合で見て)ほとんど変化していない。よってこれを除外しても成長率(変化率)には影響を与えない。メディケアの支払いは増加しているが、これは大部分が人口の高齢化によるものと考えている。これらの推計を年齢で調整できるようになるまでは、メディケアとメディケイドを所得から除外しておいた方が適切だと思われる。

それに加えて、メディケアやメディケイドの数字は私にとってはあまり意味を成さない。ここに2011のドルで見たCBOの推計がある。

第二分位や第三分位が所得の低い第一分位よりもメディケイドの給付を多く受け取っているということは私には理解できない。メディケイドにはミーンズテストがある。第二分位と第三分位は1979まで遡ってみても第一分位より給付を多く受け取っているということはない(受給資格を満たしていないので)。第三分位の平均所得は552万円だ。彼らは受給資格を満たしていなかっただろうと私は考える。

それに所得上位1%までがメディケイドを受給しているというのはありえるのだろうか?

それに加えて、どうして第二、第三分位の人々のメディケアの給付が最大で第一分位の人々が最小だと言うのか?年齢による影響のようなものを想定しているのか?

さらに、これらの金額の増加は信じられない程に大きなものだ。年齢が関係ないのは明白だ。第二分位の人々はX線撮影や他の治療を1979と比較して4倍受けている。メディケアの増分を以下に示す。ここではメディケアの支払いの増分を過去からの倍率で示している。

実際にどのようなことが起こっているのか私には分からない(一気にネタレベルに突入した)。だが数字の誤りが強く示唆される。

7段落目:BEAが医療価格指数を正確に推計出来ているとはあまり思われない。BEAのエコノミストはインフレ率に関する判断を誤っていると私は信じている。彼らは不透明なヘドニック法を用いている。よって、どのような意味を持つのか知ることが非常に困難だ。操作?不正?の余地が多くあるように思われる。例えば、BEAは1979年に4万8000円したテレビは現在では2600円の価値だとしている。それは私には馬鹿げているように思われる(1979年のテレビが未だに5万円で売れると考える方が遥かに非現実的では?)。現在のテレビの費用の残りは質の向上に割り当てられている。それを、2000年以降所得が低下している消費者に言ってみるといい。テレビの写りが良くなっているのだから悪く考えることはないのだと。ヘドニック法は消費者が両方のタイプの生産物を選択できる場合にのみに正確に行うことが出来る。だが古いテレビは購入することが出来ない。従って、私はヘドニック法が正確に行われているとは思わない。言い換えると、消費者は新しい商品を購入するように強制もしくは迫られている。そのような場合には、ヘドニック法の使用の根拠となっている仮定は現実には成立しておらず、ヘドニック回帰はそれらの機能に対する消費者の支払い意欲を正確には反映していないかもしれない(むしろ正確に反映していると考えている経済学者の方が少数派で、ほとんどの人はヘドニック法の後でもインフレは過大に評価されていると考えていると思う)

ここから分かることは、価格指数がどれほど完全からは程遠いかということだ(そのような理由で格差の拡大という捏造を受け入れろと言われる国民はたまったものではない)。私はそのことにエッセイの中で幾つか触れている。価格指数は田舎に住んでいる人々のことを考慮していない。そして最も重要な事に、価格指数は所得階層毎には利用することが出来ない。これは所得格差の分析を不正確なものにする。実際、所得階層毎の価格指数を用いることなしには所得分布を正確に推計することははっきり言って出来ない(所得階層毎の価格指数を用いると格差の拡大と云われていたものはきれいさっぱり消えてなくなることを示したBroda&Romalisを参照)。さらに、価格指数を計算する際の医療の重み付けが2つの指数で大きく異なる。これは問題だ。医療はCPIでは6.1%の比重を占めるに過ぎないがPCEでは20.3%を占める。この違いはPCEには家計による支払いだけではなく保険会社による支払いも含まれるためだ。そして医療価格指数にもヘドニック法が用いられていて、それがどれぐらい正確なのかは誰にも分からない(医療費の増加を100兆円ぐらい過大に評価しているという推計があったような)。

8段落目:CPIは重要だ。CPIはPCEより正確だと考える。PCEには卸売価格と(家計所得から直接支払われるのではない)家計の代理で行われる支払いが含まれているためだ。PCEで使用される重み付けは支出ベースではない。

9段落目:代替効果がそこまで重要だとは思わない。医療や大学の費用などのような出費の大きなものには代替となるものがそれほどないからだ。交通にも同じことが言える。自動車の価格が上昇した時、それを代替することは難しい。

代替効果を無視すべきだと言っているのではない。それが最も重要な問題だとは思わないだけだ。むしろPCEが支出ベースの重み付けを使用していないことの方が大きな問題であるように思われる。ヘドニック法ももう一つの大きな問題だ。よってそれを信用することは出来ない。

10段落目:私が調べた限り価格弾力性の数字は非常に低いことを示唆している。例えば、食料などは-0.05の範囲だ。りんごの代わりにオレンジを選ぶ消費者の意欲は小さいに違いないと考える。

11段落目:CPI-U-RSの存在を教えてくれて感謝している。それには気が付かなかった。サンフランシスコ連銀のFREDデータベースにはそれが含まれていなかった。だからそれを使用して成長率の再計算を行い以下のような結果が得られた。

その違いは年率で0.15%だった。前の分析に大きな変更を迫るものではない。率直に言うと、CPI-U-RSに関して説明されていたものは説得的には思われなかった。BLSが持ち家のレンタル価格指数をどうして使用しているのか理解することが出来ない。「1983に、CPI-Uの住宅を構成する部分が住宅を購入する費用からフロー・オブ・サービスのアプローチに変更された時に大きな改善が導入された。レンタル価格との等価性が1978から1982にCPI-U-RSに組み込まれた」と記されている。住宅の所有者が支払った金額の方がそのような帰属的アプローチよりも良い指標だと考える。率直に言って、それらの帰属的な方法は信用出来ない。すまないが、私はそのような方法を強く支持していない。

12段落目:国勢局は特定の目的のためにはCPI-Uを使用している。「CPI-Uはインフレに対して貧困線を調整するために使用される」と記されている。

13段落目:連鎖CPIが1999までしか遡れないのであれば、私の目的には使用することが出来ない。私は価格指数がインフレを過大評価しているとは思わない。ヘドニック法を使用していることにより、むしろ過小評価していると考えている。BLSは1979のテレビは現在では2600円の価値しかないと言っている。質の改善によってここまで価格が下がったのだそうだ。問題は、古いテレビは現在購入できないということにある。ヘドニック回帰は両方の商品が購入することが出来ると仮定している。そうしてこそ初めて価値を知ることが出来る。私は2005年頃に母のためにテレビを購入した。確か8万円ぐらいだったと思う。10年後に私が購入したテレビは同じ価格帯だった。ピクセル数も増えたしチャンネル数も増えた。だがそのテレビからは私の母が得た以上の満足感を私は得ることが出来なかった。だがそのテレビの価格は劇的に下落したとその価格指数では評価されるだろう(それは誤解とBLSはすでに回答している)。

それに、完全に新しい製品やサービスがどのように扱われているのかも私には分からない。ケーブルTV、インターネット、携帯電話などは1979年にはどのような価値があるとされていたのか?現在ではインターネットや携帯電話なしには職探しをすることは難しい。これらは低所得者や中間層より所得が少し下の層が社会の規範についていくのを難しくしている。それが人々が苦しんでいて債務に走る理由だ(実際には債務比率は減少)。そのような効果がインフレ率に反映されているというということには強い疑いを抱いている。

15段落目:上の数字によるとCPI-UはCPI-U-RSよりも0.15%低い。

16段落目:医療保険は割合としてはこの期間に増加していない。労働所得の3.1%から4.3%だ。将来には不確実性があるので割り引かれなければならないが。どれぐらい割り引けばよいのかは分からない。さらなる調査が必要だろう。

メディケアとメディケイドの数字は私には信用できるものとは思われない。これに関してもさらなる調査が必要だろう。

17段落目:これらの数字には割り引いたものではなく「雇用主の社会保障負担分」の全額が含まれている。「投資家と労働者が負担した法人税」も含まれている。被雇用者が給与明細の中でこれらを目にすることはない。問題があると私が思っているメディケアとメディケイドの数字もここには含まれている。そしてPCEを使用した。

18段落目:最も高い推計は第二分位で57.6万円、だが第一分位では54.0万円だった。

だが低い方は第二分位でゼロ、第三分位で14.4万円だった。これは年間で4500円の増加だ。このように小さな変化を感じ取れる人が多くいるとは思えない。

その上、ドルの価値はそれほど重要な問題ではない。効用の観点から見てこれらの数字がどのような意味を持つのかを把握するためには数字を効用関数に落とし込まなければならない。そして効用の増加はほとんどない。「第二、第三分位の効用の増加率は(所得で見た場合よりも)さらにゼロに近づく(0.01%から0.20%)」。

すべての推計が効用の低下を示すというより悲観的な結果を示した相対的所得効用関数の方も考慮すべきだ。CPIを使用するかPCEを使用するかはこれには関係がない。これは決定的だ。何故ならこの結果はこの国に蔓延する不満に適合するからだ(90%以上のアメリカ人が再び生まれ変わるのだったらアメリカがいいと答えている)。ここでのポイントは誰かの効用を社会的に標準と見做されるものとの関係で測ることで、そしてその標準は中間層の所得の増加率を大幅に上回る形で上昇していっている。

19段落目:中間層の所得の増加は私の推計では14.4万円から96万円の間だ。上で述べたような理由により100万円以上の増加というのは考えられない。その増加というのもほとんどすべてが政府からの移転による(この主張もとっくに否定されている)。

あなたが言うように中間層が豊かになっているのであれば、世論調査にそれほど不満が現れたりはしないだろう。これほど多くの自殺もなければ(アメリカの自殺率は先進国で低い方)、これほどの囚人(ドイツの方が犯罪者の割合が高い)も政治に不満を抱く投票者もいないだろう(不法移民やテロを起こす可能性のあるイスラム教徒に懸念を抱くと政治に不満があると見做す論理の方が意味不明。それだったらヨーロッパは不満だらけだ)。あなたの楽観的な見方はこの国で起こっていることとは整合性が取れない(頭がおかしい)。

20段落目:興味深い研究のように聞こえる。だがそのページは現在フォーブスでは見ることが出来ない。

21段落目:以下の例を考えてみよう。所得が480万円の人がいるとしてその人の親の所得は32年前には360万円だったとしよう。だが現在のメディアンは600万円だ。この人は親よりも所得が高いことに喜ぶべきなのだろうか、それともメディアンを大きく下回っていることに不安を感じるべきなのだろうか?(メディアンが増加していないのではなかったのか?)もしくは、工場が閉鎖されたのでそして金融危機の前には所得が540万円あったのでこの人はサラリーのカットを受け入れなければならないのだろうか?(最早まったく意味が分からない)この人は親よりも所得が高いことを喜ぶべきなのだろうか、それとも最近給料がカットされたことを悲しむべきなのだろうか?

それに加えて、その人の親世代は働き手が1人で家族を養っている割合が高かった。今では働き手が2人が標準的となっている(ドイツでは違うとでも言うのか?もしくは女性の社会進出は他の国では肯定的に捉えられるのにアメリカの時だけは格差拡大の揺るぎない証拠みたいな論調になるのか?)。だがその当時の家計は現在よりも2倍貯蓄することが出来たしクレジットカードの債務もなかった(貯蓄率の統計には深刻な欠陥がある)。現在では、クレジットカードの債務は家計あたり75万円ある(住宅ローンを含むローンが一般的ではなかったというだけの話)。それに加えて、働き手が2人になったことによりそれに関わる追加の費用、子育て費用であったり旅行費であったり服代であったりが余計に掛かる。

最後に:政府移転は実際には将来世代から現在世代への所得の移転にすぎないということにもっと心を配るべきだ。だがそれはこれらの計算からは除外されている。だが、債務の増大は多くの人々を不安にさせる。よって政府債務の一部は効用から差し引かれるべきだ。それにはさらなる調査が必要になるだろうが。

Final Word On How Not To Improve Income Trend Estimates

Scott Winship

彼のワーキングペーパーに対する私からの批判への彼の反論を週末にこのウェブサイト上で掲載した。私からの批判に彼が対応してくれたことには感謝している。だがこの議論から離れる前にそれに再び批判を加えたいと思う。驚くべきことではないが、私には彼からの反論は説得的なものには思われなかった。アメリカ人の所得は過去同様に大幅に増加していることは明らかだと私は考えている。

税の取り扱いを間違えているという私からの批判に対して彼は同意しなかった。だが私は彼が間違っていると確信している。この説明は細々としているのでもし興味がなければ「医療給付を所得から除外することに対する彼の正当化への批判」の段落まで飛ばしてもらっても構わない。

彼は労働者と投資家が負担した法人税は所得から差し引いたと語った。「(CBOのスプレッドシートの表6にある)列Dの市場所得にはこれら税の数字が含まれている」と記している。よって、彼は「所得から一度しか引いていない」と主張している。だが彼は課税後の所得のトレンドを見ているので、実際はこの所得を二度引いていることになる。

CBOのスプレッドシートの表6では所得階層は課税前の所得によって定義されている。それは市場所得(列D)と移転(列E)との合計で構成されている。彼が語っているように、市場所得は法人税を所得に含んでいる。その理由として法人税は(法人税がない場合と比較して)労働者と投資家を貧しくするからだということが挙げられている。これは課税前の所得を把握する方法としてはあまり良いものとは言えない。だがCBOの課税後の所得の推計がこの広い定義の所得から法人所得税を差し引くことによって求められているので彼のやり方は問題となる。

別の方法で説明してみよう。課税前所得は法人税の負担(列Mと列Q)プラス他の市場所得(列Iから列L、列P、列Rから列T)プラス移転(列W-AA)と等しい。要するに、課税前所得=C+OM+Tとなる。課税後所得はこれから法人税(列AF)と他の税(列AD、列AE、列AG)を引くことにより得られる。すなわち、税はC+OTとして考えられる。その場合では、課税後所得=C+OM+T-(C+OT)=OM+T-OTとなる。

彼がしたことはCを二度差し引くことだ。彼はCが課税前所得に含まれないようにと欲した。よって彼はナイーブにもそれを課税後所得から差し引いてしまった。そしてOM+T-OT-Cを「改善された」課税後所得として計算した。だがそれはC+OM+T-(C+OT)-C、もしくはC-C-C+OM+T-OTと等しい。彼がCを再び差し引いた時にはそれはすでに課税後所得の推計から差し引かれていたため、「C」は二度差し引かれていることが分かる。

似たような問題が彼の雇用主の社会保障負担分の取り扱いでも起こっている。給与税(社会保障負担分)として所得から徴税されていなければ本来労働者が受け取るはずだった所得をここでは彼は差し引いてしまっている。だが給与税が所得から控除されている時には彼は給与税を差し引いていない。課税前所得が雇用主の社会保障負担分プラス労働者の社会保障負担分プラス他の市場所得プラス移転(E+W+OM+T)、税が雇用主の社会保障負担分プラス労働者の社会保障負担分プラス他の税(E+W+OT)であれば、課税後所得はE+W+OM+T-(E+W+OT)=OM+T-OTとなる。このように計算するのではなく、彼は代わりにE+W(1/r)+OM+T-E-W-OT=W(1/r-1)+OM+T-OTとして計算している。これでは少なすぎる。

彼は雇用主の社会保障負担分を整合的に取り扱っていない。CBOがそれを賃金と給与所得もしくはビジネス所得から区別していないために出来なかった。だからといって雇用主の社会保障負担分を異なって取り扱って良いわけではない。雇用主であれ労働者であれ給与税は所得から徴収されるので、課税後所得のトレンドを調べるのであれば割引を行う必要はない。所得として計上されているすべての税は税として差し引かれることになるので、最終的にはOM+T-OTとなる。

今では、雇用主の社会保障負担分を課税前所得としてどのように扱うかが問題だ。割り引く必要がある理由として彼が挙げているのは、例えばこの所得を1ドルとするとその1ドルは退職まで手を付けることが出来ないので現在は1ドルの価値を持っていないからだとしている。だがこの1ドルは労働者が貯蓄するはずだった1ドルを打ち消すかもしれない。それによりその労働者は1ドル支出することが可能になる。CBOが割り引きを行っていないのはこれが理由だろう。

彼は1ドルの給与税の削減が貯蓄を生み出す可能性は民間貯蓄よりも遥かに小さいと恐らく反論するだろう。その場合には、雇用主の社会保障負担分として受け取られた1ドルを民間貯蓄の予想リターンと給与税からの貯蓄の予想リターンとの差で割り引くのが適切と思うだろう。

彼はそのようなことは行っていないし給与税からの予想リターンを推計することは困難だ。彼は現在の若年世代が年金とメディケアを受け取ることが出来ないとはまったく言っていない。現在の若年世代は年金を受け取れるか疑問に思っているという世論調査を引用しているだけだ。ミレニアム世代の考えが正しいと信じる理由はまったくないし、彼らがどのように勘違いをしていても給与税は年金だけではなくメディケアや失業保険の資金源にもなっている。

よって彼が「改善」と称しているものは単なる憶測以上のものではないし、繰り返しになるがこの所得は課税後所得には現れないのでそもそも割り引きを行う必要がまったくない。その議論全体が誤解によるものだ。

医療給付を所得から除外することを彼が正当化している部分に移ろう。メディケアの給付を除外することを、彼は「メディケアの支払いは(中略)大部分が人口の高齢化により増加している」と「信じている」からだとしている。

ここでも彼はCBOの推計を憶測によって「改善」させている。人口の高齢化によってメディケアの受給者が増えるというのは事実だろう。働き手が少なくなるのと同じように。だからといって賃金も除外するべきなのだろうか?もっと建設的な話に戻すと、彼は年齢の影響を所得から取り除くことを示唆している。もちろんそれが私が高齢者と非高齢者の推計を別々に分けて見せた理由だ。その改善には彼は興味を示さなかったようだ。

彼はCBOのメディケアとメディケイドの所得推計が、第二、第三分位が(所得の低い)第一分位よりも受給を受けていること、所得上位1%までもがメディケイドを受給していることをCBOが示しているのを見て「信用出来ない」としている。これらの推計が恐らくは問題ないのには幾つかの理由がある。

この問題の一部はCBOが所得分位をメディケイドとメディケアの給付を含む包括的な課税前所得で定義していることにある。彼は所得分位をそれらを除外したもので考えているのは明らかだ。CBOのスプレッドシートの表7は表6とよく似た方法で推計を行っている。唯一の違いは所得分位を課税前、移転前で定義してあることだ。これによると、メディケイドを第一分位は平均で55万円、第二分位は33万円、第三分位は15万円受給している。

表7と表6のこの違いは簡単に説明できる。メディケイドが所得に加えられると(課税前、移転前の所得で見て)第一分位から第二分位へと、そしてメディケイドを受給しなかった人から第二分位から第一分位へと移動する人が発生するためだ。

同じことがメディケアにも言える。課税前、移転前で所得分位を定義すると第一分位は78万円、第二分位は45万円、第三分位は34万円受給している。

他の問題はこれらの所得分位が(子供がいる、いない、世帯主が高齢者、非高齢者などを含む)すべての世帯で定義されていることだ。第一分位には高齢者が数多くいてそのため子供がいない世帯も多い。それらの世帯は子供がいる世帯とくらべてメディケイドの給付を受ける割合が遥かに小さいだろう。スプレッドシートの表16は第一分位で子供がいる世帯はどの分位かに関係なく子供のいない高齢者、非高齢者世帯よりも遥かに多くの給付を受け取っていることを示している。同様に、第一分位の高齢者世帯はどの所得分位かに関係なく非高齢者よりも多くの給付を受け取っている。

所得が多い世帯がどうしてメディケイドの給付を受け取っているのかは、これはCBOがSOIの納税申告のデータをCPSの家計とマッチさせる統計的手法に問題があることを反映している可能性もある。だがメディケイドの受給資格を満たすために資産を取り崩している世帯がいる可能性も存在する。

一つの例として、障害を抱える子供がいる所得上位1%の家計はメディケイドの受給資格を満たすところまで貯蓄を取り崩しかもしれない。その家計はその年度を裕福な状態でスタートさせたかもしれないが最後には貧しくなっている。その他のシナリオとして、メディケイドの長期療養ケアを受けるために貯蓄を取り崩している高齢者がいる家計が貯蓄を取り崩したり資産を売却したりしている間に所得上位1%になるかもしれない。

どちらにしてもこれらはすべてポイントを外している。第五分位もしくは所得上位1%からメディケイドのこの少額の給付を取り除きたいのであれば、それ以外の世帯の所得のトレンドにはほとんど影響を与えないだろうからだ。

彼はメディケイドとメディケアの拡大ぶりが信じられないとも語っている。だがその結論に至るまでの彼の論理はひどいものだ。第二分位のメディケアの給付の増加が1979から2011の期間までに340%だったことを受けて、「所得の第二分位が1979よりも治療を4倍受けているということは考えられない」と彼は記している。

もちろん、第二分位の人々が同じ治療を昔よりも4倍受けているというわけではない。まず第一に、メディケアの受給者は増えている。よって人口の高齢化はメディケアからの所得を医療の利用率に変化がなかったとしても増加させるだろう。第二に、医療保険一般の傾向を反映してメディケアは昔よりも給付の範囲を遥かに拡大させている。第三に、これらすべての要因に加えて人々は医療の利用率を増加させたのかもしれない(4倍というわけではないだろうが)。

National Health Expenditureのデータは1980から2011の期間にメディケアの支出が6.1倍増加したことを示している。CBOのデータもメディケアの給付からの所得がこの期間に6.7倍増加したことを示している。ここには少しも矛盾がない。CBOの推計はメディケアのトレンドと完全に整合的だ。

生活費の調整に話を移すと、彼はBEAのエコノミストがPCEでさえもインフレ(医療価格のインフレも含む)を過大に評価していると結論していることを拒否している。彼はPCEの消費バスケット内の数百の商品のうちのたった一つ、テレビの価格変化を引用してPCEが行っていることはすべてが「数多くの不正操作」に過ぎないと結論している。1979年では4万8000円だったテレビが現在では2600円の価値だということを受けて、「2000年以降所得が低下している消費者にそう言うといい」と語っている。

だがより包括的なCBOのデータや他のデータによると、所得は2000年以降低下などしていない。彼は自分の分析を外部からの実証的に間違っている主張によって正当化しようとしている。

彼はPCEやCPI-U-RSよりもCPI-Uを好む幾つかの理由を挙げて自分の主張を正当化しようとする。彼の挙げている理由はポイントを外している。他のところで私が説明しているように、BLSによって算出されている最も洗練された価格指数はPCEをかなり良く近似していて彼の挙げている不満とは関わりを持たない。

彼は政府のエコノミストや統計機関が数十年に渡ってCPI-Uの問題点を指摘し続けて得た結論を拒絶しているということを読者は知るべきだ。彼らの結論を信じないと彼は単に述べているに過ぎない。これは建設的な議論の仕方とはとても言えないだろう。

彼はCPI-Uが貧困線を更新するのに用いられていると言っているが、それは1969年に旧「予算局」によって決められた政治的決定で実証に基づくものではない。CBO、BLS、国勢局、Fed、これらすべてが研究目的のためにはCPI-U以外の価格指数を用いている。それも20年以上も前から。

彼はPCEでさえも所得の増加率を過小に評価しているという私の主張に答えようとしていない。私は価格指数の専門家たちと話し合ってこの結論に達している。ヘドニック法などのようなものに対する直感的な考えさえあれば、彼らの議論に向き合う必要などないと彼は考えているようだ。だから彼はとうの昔に否定されたCPI-Uに基づいて最も低い推計を引用し続けている。

彼はむしろ私に効用の変化に関する彼の議論に向き合うように要求している。だが効用のトレンド(時間変化)を推計することは所得よりも遥かに疑いの余地が大きい。効用の水準と分布を推計することはモデルの仮定に強く依存する。例えば、彼は所得の相対的分布が効用にも影響すると仮定している。彼のモデルでは所得の水準ではなく所得の集中度が効用を低下させる。

そのような仮定もある程度までは許容の範囲内にあるのかもしれない。だが相対的所得が絶対的所得と比較してどの程度影響を与えるのかは定かではない。それにこの手の議論は経済学にとっては有益でない方向へと我々を導くだろう。実証的な問題と規範的な問題とを混同させることになるだろう。

私の効用の水準は所得の集中によって影響を受けるかもしれない。だがそれは権利に関する私の意識にも影響を受けるかもしれない。もし近隣の住民が私に対して援助をするべきと私が考えていれば、それも効用の水準に考慮しなければならないのだろうか?アメリカの中間層がこれまで通り豊かで世界的に見ると所得上位1%を優に上回っているとしても、豊かなことに慣れてもっと豊かになりたいと思っているためにその不満を考慮に入れることは適切なのだろうか?

もちろん生活水準に関する不満の程度というのは実証上の問題で、不満が拡大しているという彼の主張の裏付けとなるものを何一つ提示していない。

自殺率は1999年以降僅かに上昇している。だが経済がその理由であればこれよりももっと大きな変動を目にするだろうしアフリカ系アメリカ人の自殺率は白人よりももっと高いはずだろう(実際は白人よりも低い)。

囚人の人数は犯罪のトレンドに非常に良く一致している。犯罪のトレンドは経済のトレンドとはほとんど一致を示さない。

彼はこれらの主張を補強するデータを一つも示したことがない。彼は自分の主張を思い込みによって正当化しようとしているように見える。

彼は不満が拡大しているという主張に対しても証拠を示したことがない。実際、消費者指数は過去35年間と変わらず高い水準にある(1990年代後半の好況期を除いて)。(見掛け上は高そうに見える)経済を不安に挙げる人の割合は飛行機事故や犯罪もしくはテロの被害に遭うという確率的に極めて低いイベントに対して不安を挙げる人の割合とあまり変わらないことを調査は示している。この手の反応をそのような文脈なしに解釈することは困難だ。

それに加えて、世論調査への反応は他の人々は自分自身よりも悪いと一貫して示す傾向があることが知られている。このような現象は経済に限られるのではなく、一般的に「自分は良い、他の人々は悪いと思いたがる症候群」として皮肉られている。

例えば、ある3月の世論調査は自分たちの子供は自分たちよりも豊かになると58%の人が回答して33%が貧しくなると回答していたことを示した。だがその世論調査が質問の内容を「大部分の子供たち」は「自分たちよりも豊かになると思うか貧しくなると思うか」に切り替えたところ、奇妙なことに43%が豊かになると回答した一方で48%が貧しくなると回答した。これを納得できる形で解釈しようとすれば、人々は自分自身の生活に関する情報は相対的に持っているが他人の生活を判断する際には過度に悲観的な情報源に依存している(Komlosの論文のような情報源)ということだろう。

その世論調査では、72%のアメリカ人が自分たちは親よりも豊かになったと回答していて20%が貧しくなったと回答しただけだった。私が彼への批判として最初に示した分析の中にあったように、人々は自分たちが親よりも豊かになっていると感じていることは間違っていない。現在の大人は親が同じ年齢だった頃よりも93%豊かになっている(所得がほぼ2倍になっている)。私がかつて働いていたPew Economic Mobility Projectは現在の大人の67%から84%が親よりも所得が高くなっていることを発見した。

この点に関して、彼はこの所得の増加は働き手が2人になったことが主な原因だと反論してくるかもしれない。これは生活が苦しくなったことを反映していると彼は信じているようだ。

だがかつては働き手が1人でも達成できていた生活水準を現在では「働き手が2人掛かるようになった」という議論を支持する証拠はない。男性の賃金はそれほどは増加していなくても少なくとも低下はしていない。労働時間が最も増加したのは教育水準の高い男性と結婚した女性だ。労働時間は既婚の男性では減少しているが単身の男性では減少していないことは、既婚の男性は第二の働き手から得られる所得に反応して労働時間を短縮させている可能性を示唆している(夫の賃金が低下したために働かざるを得なくなったのではなく)。

さらに、女性の労働参加率の上昇は1940年代に始まっている。女性の労働意欲は高まっていて、それが世界中で女性の教育水準が高まった一方で結婚や出産が先延ばしもしくは減少、そして出生率が低下している理由だ。

彼は共働き世帯の所得から仕事に関連する費用を差し引きたいと考えている。Elizabeth Warrenがロー・スクールの教授だった頃に経済に関するひどい議論をしていたように(この話題はまた別の場所で)。だがこの議論を真に受けるのであれば、女性が仕事から得る精神的な満足感も「所得」として加えなければならない。女性が仕事をして、ネットで見て、仕事に関連する費用のために家計にまったく所得を加えていないのであれば、その女性はお金以外の利益のために働いているに違いないからだ。

彼はクレジットカードの債務を自分の主張の正当化に用いようとしている。彼が持ち出してきた75万円という数字の根拠は示されていないが。Survey of Consumer Financesによると、クレジットカードの債務がある家計に限定するとその債務は平均で57万円だ。だがこれにはクレジットカードの債務がない家計が含まれていない。これは平均で見ると家計の債務が22万円であることを意味する。

多額の債務を抱えた少数の家計が平均を大きく引き上げる。それが中間層の所得を語る時に彼や私たちが中央値を用いる理由だ。クレジットカードの債務がある家計でも平均ではなく中央値で見ればその債務は23万円だ。38%の家計しかクレジットカードの債務を抱えていないので、すべての家計の債務の中央値は…ゼロだ。

彼の最後の誤解を正そう。彼は中間層の所得の増加はすべて政府からの移転によると主張している。それは退職者と非退職者を足し合わせたことによる完全なる錯覚だ。人口が高齢化すると、年金とメディケアが中間層の所得に占める割合が大きくなる。他の場所で私はこの問題に関して言及している。

最後に、彼や他の人が私の挙げた数字を見て100万円や150万円以上の所得の増加が「停滞」や中間層の困窮化を意味すると主張するのであれば、そうすればいい。数字の解釈は人によって異なりうる。だが彼らが出来ないことは彼らの間違った数字を正しいと主張することだ。それを行うにはCBOのように注意深く推計された統計を「改善」させるのではなく悪化させる曲解を必要とする。

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