2016年5月23日月曜日

クルーグマンはグラフの読み方が分からないのか?

How Margaret Thatcher turned around Great Britain, in one chart

James Pethokoukis

「私の仕事はイギリスの社会主義化を止めることだ」- マーガレット・サッチャー

先日死去したイギリスの元首相はそれ以上の仕事をしたようだ。鉄の女と呼ばれた彼女は数十年にも渡って実施されイギリスをヨーロッパの病人へと変えた社会主義政策を転換させた。そしてその過程で、彼女はアメリカの自由主義革命にも影響を与えることになった。彼女は民営化、税率の引き下げ、労組の解体を行った。スコット・サムナーが記しているように、「イギリスの経済は他のヨーロッパの国々に対して数十年間も後れを取っていた。成長率はヨーロッパの大抵の国よりも低かった。サッチャーの改革は世界の中でも最も包括的なもののうちの一つだった」。

イギリスとフランスの一人あたりGDPの推移の比較をしてみよう。1979年にイギリスは市場を重視するようになったが、フランスはそうでもなかった。イギリスはフランスよりも10%貧しかったのが最終的には10%豊かになっている。


以下、寄せられたコメント。

Dolph Santorine April 8th, 2013

機能する経済政策を実行に移すには強力なリーダーシップが必要とされる。20%の相対的なGDPの改善というのはケインズ派も社会主義者も(恥を知っていれば)一度でも達成したことがあるとは言えないものだ。彼女の成功によりアメリカにおいてケインズ派を含む社会主義者たちの主張を論破することがより容易になった。欲を言えば、彼女への追悼が社会主義的政策は機能しないということを現政権に分からせてくれればいいのだが。

FactsB4Fiction April 8th, 2013

そのチャートは逆のことを示している。サッチャーが1990年に退位した時、そのギャップは少し拡大している。イギリスとフランスとの差は間違いなく埋まっていない。イギリスはブレア首相の最初の任期後と債務による公的支出の拡大だったため保守派から現在では「持続不可能だった」と凄まじい嘲笑を浴びているブラウン首相の時になって初めてフランスを上回った。現在の差は再び縮小しようとしており、そして為替レートの変動の範囲内に十分にある。

Is Paul Krugman seriously not going to give Thatcherism credit for the UK turnaround?

James Pethokoukis

Paul Krugmanによる何と奇妙なサッチャー評だろうか。

1)彼は1970年代のイギリスは「大きな経済的問題」を抱えていた国だったと認めている。

2)彼は「大転換」があったことも認めている。

3)だが彼は「イギリス経済の大きな改善は1990年代の中頃まではデータに表れていない。これほどまで実現が遅れた改善に対して彼女のおかげだと言えるのだろうか?」とサッチャーの経済政策によるものだということは一向に認めようとはしない。

イギリスの経済とフランスの経済を再び比べてみよう。1961年にはイギリスの一人あたり実質GDPはフランスの104%だった。1978年までにはこれがフランスの81%にまで低下してしまう。


(*このグラフを見てクルーグマンに賛同する自称経済学者中村亮)

何という衰退だろう。

そしてイギリスが自由市場経済を重視しようと決断した1979年の5月にサッチャーが登場した。フランスはそのままだった。

上のチャートが示すように、イギリスはほとんどその直後にフランスに対する失地を回復していった。1990年までにはイギリスの経済はフランスの87%だった。それから(サッチャー首相の政策をほとんど受け継いだ)保守派の政権による7年間が続き、イギリスの経済はフランスの94%にまで迫ることになった。だがここにKrugmanの結論がある。

「サッチャーによる政策(税率の引き下げ、労働規制などなど)が経済をよりフレキシブルにしそれによりブレア首相の下での好況が可能になったという可能性も考えられはするのだろう。だがそこには恐ろしいまでの長いラグがある」。

トニー・ブレアは1997年の5月までは首相になっていない!その頃までにはすでにイギリスはフランスに対する衰退分のほとんどを取り返していた。

最後の段落が示しているように、Krugmanは1970年代のイギリスは重税と過剰な規制と労組によって苦しめられていたということを本当は知っているのではないかと思う。サッチャー主義が完全な対策というわけではないにしても必要だったということもだ。だが現在の極めて党派主義的な世界では、そのようなことを認めてしまえば彼のリベラル派としてのブランドが地に落ちてしまうのだろう(しかもレーガノミクスが成功だったと暗に認めてしまうことになる)。彼とニューヨークタイムズのリベラル派の読者にとっては不幸なことだった。

以下、寄せられたコメント。

FactsB4Fiction April 9th, 2013

あなたが示したチャート自体がブレア/ブラウン政権時代に巨額の財政支出を行った後になって初めてイギリスがフランスを上回ったということを示している。

C H Ingoldby April 9th, 2013

そのグラフは保守派の自由主義政策の下でイギリスとフランスの間にあった大きな差がフランスが相対的に衰退しイギリスが相対的に繁栄したために縮小し始めたことを示している。

それ以前に、君は20年以上に及ぶ優れた経済的パフォーマンスはすべて無視して2つのラインが交差したただ一点のみで評価しろというのか?そのような主張は馬鹿げているように思われる。

SeattleSam April 9th, 2013

Krugmanは結論した。もしサッチャーがイギリス経済を救ったと主張する人が現れたら、何故その救済は実現するのにそれ程時間が掛かったのかとその人に尋ねるべきだと。

彼は同じ問い掛けをフランクリン・ルーズベルトに行ったことが一度でもあるのだろうか?

Ron April 9th, 2013

1)何かこのグラフには私の目には映らないように出来ているものでもあるというのか?Krugmanには1981年直後から始まり1988年まで継続した上昇が見えていないのか?

2)この比率の上昇のどれぐらいがイギリスの改善によるものでどれぐらいがフランスの衰退によるものなのか?イギリスが実際には改善しておらずフランスが衰退したことによってこの比率が上昇したという可能性もあると思う。

Shawn April 9th, 2013

Krugmanはとっくの昔にまともに取り合ってもらえる地点を通り過ぎた。彼はケインズ経済学に疑問を呈する経済学者たちには少しの敬意も示さなかった。彼の言うところでは、それらの経済学者たちは無能で、腐敗しており、精神病であるとまで云われていた。

それがまったくの逆だということは(これを見れば)どんな愚か者にでももう理解できるようになったのではないか?

Counterfactual: What would have happened to the UK economy without Thatcher?

James Pethokoukis

サッチャリズムを好もうともそうでなかろうとも、誠実さを欠片でも持っていると主張するのであれば、イギリスが1960年代や1970年代のひどい衰退から立ち直ったということを認めなければならないだろう。このチャートは無視することが出来ない。


だが左翼はこれがサッチャリズムのおかげだと認めることをひどく嫌っている。以前の記事に記したように、Paul Krugmanは「サッチャーがイギリスの経済をよりフレキシブルにし、それによりブレア政権の下での好況が可能になったという可能性もあるかもしれない」とだけしか認めていない。単に「可能性があるかもしれない」と認めただけだ。

サッチャー首相は自由市場の代わりとなるものは存在しないとよく言っていた。確かに、まともなものはないだろう。だが1979年頃には政治的に代替となるものは存在した。労働党だ(現在では旧労働党と呼ばれる)。

ではサッチャーと保守派政党が1979年の選挙で敗れていればどうなっていたか?労働党の1979年のマニフェストを見てみよう。そこにはこう記されている。「我らの道がより良き道」と。(イギリスが衰退していることは誰の目にも明らかであったにも関わらず)左翼はこれまで通りの政策しか提案していなかったことがよく示されている(というより、むしろそれが目的だから)。強力な労組、政府による産業の国有化、懲罰的な課税。北海油田から少しばかりの支援を受けた社会民主主義によって扇動されるケインズ主義。マニフェストの内容を見てみよう。

「産業に対する我々の戦略は労働組合や企業の経営部門との国家的なパートナーシップを通じて富と雇用を生み出すことにある。保守党は雇用を生み出すために、上昇し続ける価格を抑えるために、産業を近代化するためには政府が主導しなければならないということを認めないだろう。彼らは19世紀の自由市場の時代に戻るためにイギリス国民の未来を喜んで賭けに差し出すだろう。彼らは自動車時代におけるファーシング通貨のように危険なほど時代遅れだ」。

そもそもとしてイギリスを衰退させてきた労働党の取るような政策が市場重視の保守派政権の下で起こった悲劇の転換と同種のものを起こすことが出来ただろうか?あり得ない。

悲劇がさらに数年間続いた後で旧労働党からより市場重視の新労働党への転換が恐らくは発生したかもしれない。だがブレアの労働党の方針転換を可能にしたのはサッチャーの成功だった。レーガン大統領の成功がビル・クリントンと新しい民主党を生み出したのと同じように。

もしくはアメリカの1980年代の成功がイギリスを刺激し1990年頃には自由市場による改革を結局は促したかもしれない。だがその頃にはイギリスの衰退は今よりも遥かにひどいものになっただろう。1979年のイギリスの一人あたり実質GDPはアメリカの64%だった。イギリスの成長率が上昇していなければ1990年までに限定してさえもこの比率が実際の数字である68%ではなく50%になっていただろう(現在は73%)。もしそうなっていればイギリスは最早先進国ではなく(現在でもとても先進国とは呼べないというのに)第三世界に遥かに近くなっていただろう。

その意味では、他に選択肢は存在していなかった。

FactsB4Fiction April 9th, 2013

自身のグラフがイギリスとフランスがGDPで見て大体同じぐらいの水準になっているということを未だに無視している。イギリスにはサッチャーがいてフランスにはいなかったというのに。そしてイギリスは新しい労働党の下でのみ初めてフランスに追いついている。それにここでは為替変動が無視されている。

Greg April 9th, 2013

例えば、一人が1億円を持っていたとする。もう一人は1万円からスタートしたとしよう。億万長者の方は1億円をすべて貯得していた。もう一人は働いて1万円を1億円にまで増やした。だが両者は同じ水準なので、もう一人の労働の方は全く評価に値しないとでも言うのだろうか?

FactsB4Fiction April 9th, 2013

ヒトラーによって占領されたフランスが、1945年から1960年までの開放による15年間でかなりの部分回復を見せたとしてもイギリスに対して「億万長者」になったと言うのか?

Greg April 9th, 2013

私が言ったことを正しく言い直さなければならないとすれば、君が言っていることは単なる藁人形に過ぎないということが理解できるだろう。

私が言っていることは、君が展開している主張の前提(同じ水準に達したこと以外は重要ではない)の愚かしさに関してだ。私のコメントはイギリス/フランスと直接的に関わっているのではない。君のコメントは君が思っているのとは異なり核心を突いたものでも何でもないと単に述べているだけに過ぎない。

FactsB4Fiction April 9th, 2013

私の主張はそのグラフが記事の反対のことを示しているということだと言っている。フランスはサッチャーに代表されるような自由主義政策を取ってこなかった。だがイギリスとは同程度のGDPを達成している。ブレア/ブラウンが初めてイギリスをフランスよりも上位にしている。フィクションの前の事実だ。これはイギリスとフランスの話でそれがこの記事のすべてだ。フィクションの億万長者の話ではない。だというのに君は「イギリス/フランスと直接的に関わっているのではない」とコメントしている。どうして理解できないのか?

Greg April 9th, 2013

「どうして理解できないのか」だって?

それは君の論理があまりにも愚かすぎるからだ。間違った前提からは正しい結論に辿り着くことは出来ないだろう。

それに君が思っている「事実」というものは甚だしい単純化によって構成されているに過ぎない。ここに実際の事実がある。

・1960年にはフランスとイギリスのGDPは大体同じだった
・1960年から1980年の期間にイギリスのGDPはフランスに対して大きな落ち込みを見せた
・1980年から2005年の期間にイギリスの改善率はフランスを大きく上回った
・それによって2000年にフランスとイギリスのGDPは再び同じぐらいの水準になった

比較すると君が事実と認識していることは、
・1960年には両国のGDPはほとんど同じ
・2000年にも両国のGDPはほとんど同じ
これだけ

「サッチャーがいなかったフランスがどうしてイギリスと同じGDPの水準なのか?この筆者の中心的な主張に対する補強とは到底言えない」

君が無視している事実を無視しなければいいだけの話だ。

FactsB4Fiction April 9th, 2013

私の主張はこのグラフが甚だしく単純化されていて筆者の意図とは反対のことを示していると言っている。

・開始時点でフランスとイギリスは同地点にいた
・最終地点でもフランスとイギリスは同地点にいた

フランスは国家による統制が続けられたままだった。イギリスはサッチャーの下で国家による統制が廃棄された。それにも関わらずフランスの方が上位にいた。イギリスは国家による統制に回帰したブラウンの労働党の下で初めてフランスに追いついた。社会主義のフランスがイギリスの上を行っていた。サッチャーのイギリスはフランスに一度も追いつかなかった。労働党のイギリスがそれを行った。だがそれを維持することは出来ない。

イギリスもフランスもどちらも同じぐらい酷いことになると言うことは出来るだろう。だがそのチャートは将来のことは何も示してはいない。少なくともそのグラフ上では、フランスはサッチャーと逆の政策を取りながらもイギリスと同程度のGDPであり続けた。

どうしてイギリスを(自身のデータによると)自由市場を拒絶しながらも遥かに上回ったフランスと比較するのか?

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