Walter Russell Mead
ミアシャイマーとウォルトはイスラエル・ロビーとアメリカの外交政策との関係に関して「事実を明らかにしてより議論を深めることが目的で」本を執筆したと主張している。不幸なことに、そのようなことは起こらなかった。イスラエル・ロビーは開放的になるよりもむしろ閉鎖的になるだろう。アメリカの新しい中東政策の発展を促すというよりもむしろそれを遅らせるだろう。アメリカだけではなく世界中の議論を混乱させるだろう。反ユダヤ主義を正当化する目的で用いられる一方で。これらはすべて筆者たちの主張した意図とはまったく異なる結果を生む。
彼らがあまり注目されない重要な議題に焦点を当てたことを称える人もいるだろう。アメリカの中東政策は未だによく理解されていない議題だ。親イスラエル団体、PAC、個人が重要な役割を果たしていて、彼らが政治家やジャーナリストに影響を与えているかもしれない。中東政策の重要性を考えれば、これらの要因は調べる価値がある。その過程でイスラエル・ロビーが重要ではなかったことが判明しても、彼らが議論を始めるきっかけを作ったことは大きいだろう。
この本の問題はほとんど初めの部分から始まりしかも根が深い。例えば14ページ目では、「アメリカはイスラエルに膨大な物質的支援、外交的援助を提供してきた。イスラエル・ロビーがその支援の理由だ。そして批判もされずほとんど無条件の援助はアメリカの国益とは反する」と主張している。最初の文節にある「膨大な」支援という表現は最後の文節にある「批判もされずほとんど無条件の」援助という表現とほとんど同義かのように扱われている。「膨大な」は「批判もされずほとんど無条件の」とは同じでは決してない。だが彼らは同じであるかのように扱う。彼らは自分たちの主張が明晰で厳密な論理に従っていると主張しているが、実際は彼らの方法論は曖昧でレトリックだらけだ。この不幸な結婚(厳密な政治分析であるという振りをする態度とくだけた意見欄で見られる基準との)は彼らの主張の信頼性を大きく損ねている。
彼らは「イスラエル・ロビー」をはっきりとした形で定義することに失敗している。そのロビーが権力を発揮する方法に対する説明は、その権力を獲得するに至った経緯に対する説明も、まったくもって整合的ではない。彼らが証拠として提示したもので証明されたものはない。地政学の分野を見ても、中東問題の複雑さに対する彼らの取り扱いは彼らの議論が必要とする国益の定義に当てはまらない、または彼らの提唱する政策の優位性を示すことに失敗している。
この本の問題は定義から始まる。「イスラエル・ロビー」とは「個人と組織とを結びつける緩い連合を意味するショートカットのための単語」でそれは「アメリカの外交政策を親イスラエル的にする」ように働きかけていると彼らは主張する。そのロビーには(彼らも理解しているように)AIPAC(American Israel Public Affairs Committee)やCUFI(Christians United For Israel)のようなそれなりに活動のある組織からIsrael Policy Forum、Tikkun Community、Americans for Peace Nowなどのようなハト派の団体まで含まれる。これらすべての団体はイスラエルは守られるべきだという点で一致し実際それら団体のグループや個人は様々な活動を行っているだろう。だが彼らはイスラエルにとって最も良い政策は何かという点に関しては厳しく対立している。
ミアシャイマーとウォルトはそれらのロビー団体は陰謀論的でもないし反愛国的でもないとはっきりと宣言する。彼らは、それら団体に所属する人の圧倒的大多数はイスラエルにとって良いことはアメリカにとっても良いこと、またはアメリカにとって良いことはイスラエルにとっても良いことだと心から信じているとはっきりと認める。さらに、イスラエル政府への支持は時間とともに低下している。そして、ロビーを構成する個々の多くの団体はイスラエルの政策に様々な側面で対立している。
ここで疑問が浮上してくる。もしAIPACからAmericans for Peace Nowまでのすべての個人がイスラエル・ロビーの一部なのだとすれば、そのロビーが支持する政治的議題とは一体何だろうか?そして、もしアメリカの政策がそれぞれの団体のそれぞれの政策議題と相容れないものだとすればイスラエル・ロビー全体としての影響とは一体どのようにして把握すればよいのだろうか?
このような定義からは建設的な議論は何も生まれない。不幸なことに、彼らのアメリカの政治システムに関する説明も同じぐらいに曖昧だ。イスラエル・ロビーは民主党、共和党の外交政策を形成するときに同じ方法を用いるのか異なる方法を用いるのか?イスラエルの労働党政権とリクード政権とではイスラエル・ロビーとの関係性は異なるのか?イスラエル・ロビーが活動しやすくなるイスラエルとアメリカの政治的条件の組み合わせとは何か?逆に最も困難となる政治的環境とは?彼らはこれらの疑問にまったく答えることが出来ない。
本の中で、彼らは驚くほどの政治的無知を披露する。彼らはAIPACやその他の団体の資金集めの手紙や演説などをこれらの団体の影響力の説得的な証拠だと主張する。これらの活動は親イスラエルの団体に特有のものでもなんでもない。それらはアメリカの利益団体であればほとんどすべてが行っていることだ。ミアシャイマーとウォルトはこの手の証拠をとても好んでいるようで、この本の内容のかなりの部分はイスラエル・ロビーと呼ばれる団体による押し売りや勧誘の文句で占められている。彼らはそのような文章の引用がロビーの重要性を示す論争の余地のない証拠だと本気で考えているように見える。ロビイストが自分たちの口で語っているのだから、それが証拠だとでも言わんばかりに。あまり自分の頭で考えない読者であれば説得されたかもしれない。知恵に溢れたワシントンの住人であればロビイストの自尊に満ちた声明が現実とかけ離れているということをよく知っているだろう。
ミアシャイマーとウォルトは選挙活動のための資金集めがイスラエル・ロビーの力の重要な源だと主張する。だが彼らの分析はむしろそれとは逆の印象を与える。ヒラリー・クリントン議員、彼らは彼女が親イスラエルのPACから2006の再選挙の時に300万円の資金を受け取ったと興奮気味に報告している。実際、この数字はCenter for Responsive Politicsが「親イスラエル」団体からの選挙資金と呼ぶところの金額を大きく下回っている。その団体によると、彼女が2006の再選挙の時に受け取った資金は3280万円に相当するというのだ。この数字は印象的に見えるかもしれない。だが、それでも彼女が再選挙の時に集めた資金総額の1%以下に過ぎない。「親イスラエル」団体からの3280万円に対して、彼女は印刷・出版業界から5000万円以上を受け取った。医療業界から8000万円を受け取った。女性の権利を訴える団体と個人から1億円を受け取った。不動産業界からは2億円、弁護士と弁護士事務所からは4億円以上を受け取った。「親イスラエル」団体からの資金がすべて彼女の対立相手に向かったとしても、彼女の選挙キャンペーンには何らの影響も与えなかっただろう。
これらは選挙における親イスラエル団体の役割を調べるべきではないとか、僅か1%以下の資金ではあるがタイミングよく戦略的に用いられ影響を幾らかの影響を与えた可能性を完全なまでに否定するという訳ではない。だがミアシャイマーとウォルトは「親イスラエル」団体が限定的とはいえ役割を果たしたであろうという議題に関する僅かのリストですら提示できていない。
国際関係の専門家であるから当然ではあるが、この本ではアメリカの国内政治よりも中東の地政学の方をより専門的に扱っている。ミアシャイマーとウォルトはアメリカとイスラエルの利害は冷戦時代に重なっていたことを認める。幾らか異なる理由から、アメリカとイスラエルはともにこの地域からソビエトを追い出したいと願っていた。だがこの戦略的同盟は1989以降大きく弱められることになったと彼らは主張する。彼らは、それ以降のアメリカとイスラエルとの深い関係は時とともに異例なものになっていると主張する。2つの国の国益は離れていっていると彼らは信じている。このような理由により、両国の関係が共通の戦略的利害や価値観ではなく、イスラエル・ロビーの力によって動かされているに違いないと彼らは主張する。
ミアシャイマーとウォルトはアメリカ・イスラエル同盟のアメリカに対する重要性もまた恐ろしく過小評価している。もしイスラエルがアメリカの政策が自身に対して敵対的な方向へとシフトしたと思えば、イスラエルには他の国からの支援も模索する選択肢がある。中東におけるイスラエルの圧倒的な軍事力とアメリカとの共同の武器開発や情報機関からの情報の提供を考えれば、中国、ロシア、インドはアラブ諸国からの反応など無視してイスラエルとの同盟を模索するだろう。イスラエルは以前にも同盟相手を変更している。イスラエルは1948~49の戦争をフランスと手を組んだソビエトからの武器によって勝利している。1956にはイギリスとそしてフランスは1967には最も重要な同盟相手だと考えられていた。この潜在的なシフトがアメリカの主な懸念材料だ。第二次世界大戦以降、アメリカの中東における目的の一つはこの地に他の勢力が戦略的基盤を築くことを阻止することだった。他の大国とイスラエルとの同盟(世界で最も重要で危険である地域での支配的軍事力)はアメリカの外交政策に深刻な問題を生み出し中東和平を前進させるアメリカの能力を大幅に損ねることになるだろう。イスラエルとの関係を維持しながらその費用を管理することが中東における真の課題だ。
ON THE JEWISH QUESTION
彼らはすでに反ユダヤ主義者として非難されるようになった。これからはさらに非難されることだろう。一つだけはっきりとさせておきたい。それらの非難はやりすぎだ。彼らは非常にはっきりと自分たちは反ユダヤ主義者ではないと語っている。そしてこの本の中にはそれを否定する材料はない。
彼らが受けることになった非難は容易に避けることが出来た彼ら自身の判断ミスと表現の誤りが招いた結果だ。彼らが少しでも注意深くあれば有意義な議論が出来ただろう。
彼らは反ユダヤ主義者がいつも行っていることをしてしまった。彼らはユダヤ人の力を誇張しすぎた。彼らは自分たちを反ユダヤ主義者たちから切り離そうと努力はしているが、最終的に描かれた絵はいつもの醜い反ユダヤ主義者のものと代り映えがなかった。ユダヤ人がイラク戦の脚本を書き、両方の政党を操り、メディアを乗っ取り、真実を告げようとしている勇気ある少数の教授や政治家に罰を与えている、陰鬱になるほどよく耳にする話だ。何人かの読者はこの馬鹿話にあまりにもうんざりしているのでミアシャイマーとウォルトがわざとやっていると結論したことだろう。実際のところは、ミアシャイマーとウォルトは親イスラエル的な活動とアメリカの政策との関係を間違って理解している。間違うこと自体は犯罪ではないし、ユダヤ人に関して間違うことはその人を必ずしも反ユダヤ主義者にするわけではない。だが不手際なレトリックや時折の不適切な用語の使い方が彼らを擁護することを難しくしている。
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