2015年8月12日水曜日

ヨーロッパはアメリカと比較すると最貧困に位置する?Part2

EU VERSUS USA

Fredrik Bergström & Robert Gidehag

PREFACE

仮にEUがアメリカの州だったとすれば、EUは最も豊かな州に属するだろうか?最も貧しい州に属するだろうか?

1990年代の初めであればこのような質問をする必要はなかった。ヨーロッパの経済的未来には楽観が広がっていた。生産性の成長率は何十年間も他の国に比べて高く、そしてその成長は貿易障壁の撤廃と単一市場の誕生により大きく加速するだろうと予測されていた。組織としてのEUは成長と経済の自由化をもたらすはずのものだった、または疑いなくそのように見られていた。言い換えると、EUは加盟国の政治家が望んでいたが達成するのに失敗したことを可能にするはずだった。経済をより開放的にすること、競争を高めること、自由化を阻害する政治的圧力を抑制することなどだ。

今日ではEUに対する見方またはその未来の見通しは劇的に変化している。1990年代の経済成長は多くの人が望んだような結果にはならなかった。アイルランドなど極少数の国は比較的良い成績を残した。だが全体では、EUは他の国に大きく引き離されることになった。生産性成長率は減少し、1990年代の中頃にはEUはアメリカに大敗することになった。生産性の収束の過程(1970年代以降、頻繁に語られてきた)は、再び拡散の過程になった。

EUが経済の改革に果たすはずの役割、位置付けもまた変化した。経済改革と経済成長に焦点を絞るのではなく、EUは他の政治的目的に力を注ぐようになった。EUは最早ヨーロッパの経済の解放者ではなくなった、またはそのように見られなくなった。EUは改革の役割を果たすこともなく、必要とされているがそれぞれの国の政治的事情が原因で達成するのが不可能となっている政策のためのてこの役割を果たすこともなかった。

ヨーロッパの経済的停滞を打破することは可能だろうか?不可能ではないだろう。だが極めて起こりそうもないように思われる。EUの加盟国はリスボン条約の中で、比較的広範囲に及ぶ改革協議に同意した(他の国ではともかく、現代のヨーロッパにとってはという意味ではそれは広範囲だ)。だが、協議は推進力を欠いている。真に改革の必要性に目覚めたものではない。さらに悪いことに、ほとんどのヨーロッパの政治家と世論形成者はEU加盟国の経済のパフォーマンスが悪いことをまったく自覚していないように思われるし、成長率の僅かの低下であっても(他の国と比較した)厚生に影響を与えることを理解していないように思われる。

ヨーロッパとアメリカの成長率と厚生の差をこの研究で扱ったのはそういう背景があるためだ。あまりに多くの政治家と政策当局者そして有権者が現実から目を背けている。一方では彼らはアメリカよりも大幅に低い成長率を受け入れている。また一方では彼らはアメリカ人と同じ豊かさや福祉を要求してもいる。言うまでもないがそれは無理なことだ。だが真の政治的問題は多くの人にとって低い生活水準とは相対的なものだということにある。それは他人との比較によって為されるが絶対的な基準で見られることは滅多にない。人々は中古のフォルクスワーゲンの後部座席よりも新車のメルセデス・ベンツの後部座席で悲しむだろう。

この研究は大きな称賛を浴び反響を呼んだ「Sweden versus the US」という本が基になっている。この研究はヨーロッパの成長と厚生に関して重要な視座を提示している。見所は特にEU加盟国とアメリカの州との比較だ。人々を動揺させるその結果は協議の最重要議題とすべきだ。

1. INTRODUCTION

このレポートはヨーロッパ各国の一人あたりGDPがアメリカのほとんどの州の一人あたりGDPよりも低いという事実に関するものだ。フランス、イタリア、ドイツの一人あたりGDPが5つを除いたすべてのアメリカの州よりも低いということはシラクやシュレーダーやベルルスコーニが知りたくないことだろう。また、Göran Perssonは仮にスウェーデンがアメリカの州だとすれば最も貧しい州の首相ということになるのか?これは事実なのか?妥当なのか?と問い掛けている。もちろん事実でもあるし妥当でもある。アメリカのGDPはヨーロッパよりもはるかに高くアメリカの経済は最近数十年間にヨーロッパの経済よりも速く成長してきた。アメリカの不況期(1~2%の成長率)は例えばドイツにとっては好況を意味する。ヨーロッパにはフランスのエッフェル塔、ローマのコロシアム、ドイツの高速道路、スウェーデンの福祉などがあるかもしれない。だがそれらは過去に達成されたものだ。現在ではヨーロッパは経済的困難に直面している。人口構造などによってもたらされる経済的困難はヨーロッパの競争力、社会保障などに深刻なダメージを与えるだろう。

アメリカのように発展していないヨーロッパというのはヨーロッパ市民にとっての問題である。経済が発展していないということは資源が有効に生み出されていないことを意味する。資源は生活水準を高めることに用いられる。経済成長によって高められるのは民間の購買力だけではない。公的部門も同様だ。成長率の高い経済の方が低い経済よりも課税ベースが速く拡大するからだ。

(省略)

2. EUROPE VERSUS USA

この章は公式の統計を用いてヨーロッパがアメリカにどれほど後れを取っているかを示すことを意図している。

これらの統計が具体的な形で編集されたり提示されることは滅多にない。残念なことではあるが、アメリカとヨーロッパの所得の差がどれほどあるのかという知識は経済学者のほんの一部などに限られている。これらの知識を多くの人に知ってもらうことが重要だ。そうなってこそ初めてEUの市民は政治家に圧力を掛けることができる。

まずはGDPとは何かという所から始めよう。GDPは国家の年間の総産出の価値を示すフローの変数だ。

比較をする前にGDPを比較する際の幾つかの問題点に触れておく必要がある。GDPには幾つかの問題点がある。第一に、GDPには市場で取引された生産しか含まれない。それ故、地下経済の産出や家庭内での産出などは記録されない。潜在的にこのことは大きな問題になり得る。幾つかの研究が地下経済の大きさを示唆している。

その他の問題点もある。効率的な市場経済では生産は国民の選好に反応する。だが市場の機能不全や政治的な干渉が原因で生産が部分的に「間違った」方向に向かうことが起こり得る。これは厚生の損失を意味する。例えば育児給付はこのサービスの過剰消費を生じさせる。

最近よく聞かれるようになったのは、GDPが物質面しか捉えておらず例えば余暇や環境の価値などを評価していないという意見だ。仮に人々が2倍の強度で働くように促されればGDPは上昇するだろう。だがこれは必ずしも幸福や厚生が増加したことを意味しない。環境を破壊するような生産過程はその環境の費用を考慮することなくGDPを上昇させることが起こり得る。平等もGDPが評価していない「無形の」ものの一つだ。圧倒的大多数の経済学者は平等と経済成長の間にトレードオフがあることに賛成するだろう。仮に平等自体に価値があるという仮定の下では急速なGDP成長は唯一の目的ではなくなる。そこには目的の対立がありその和解は価値判断の問題となる。最近ではGDP以外の他の側面を測ることを目的とした様々な指標に関する議論がある。それらの指標は例えば平等などを厚生の基準として考慮している。それらの指標が抱える明白な問題点はそれらが変数の選択と重み付けに極めて敏感であるということだ。言い換えるとそれらの指標は極めて裁量的だ。例えばスウェーデンではこの手の指標は厚生の面でブルガリアがアメリカよりも高いという左翼の活動家によるプロパガンダに用いられた。そのような方法と指標は明らかに馬鹿げたものだ。

このような状況の中でGDPはマクロの水準で見た豊かさの最良の指標であり続けている。さらにGDPをどのように計測するかまたはGDPに何が含まれるべきかに関して国際的な協力体制が今日では整っている。そして、事実として物質的資源が人々が無形のと呼びたがる厚生の前提条件なのだ。GDPの水準が(裁量的な要素を考慮に入れようと試みていたり開発されている)その他の指標よりもはるかに優れた指標だろう。国家間の移住の流れを研究していれば人々はその他の指標で上位に位置する国ではなく(一人あたりGDPで見た)貧しい国から豊かな国へと移動する傾向があるという感想を抱かざるを得ないはずだ。

2.1 The USA is richer than Europe

ヨーロッパとアメリカの間には経済的繁栄に大きな差がある。一人あたりGDPは明らかにアメリカの方が高い。


見て取れるようにアメリカはすべてのヨーロッパの国の遥か上を行っている。次点はスイスだが比較的極端な事例でスイスが受け入れる巨額の外国資本を考えればヨーロッパにとってミスリーディングな事例だ。そのスイスであってもアメリカとスイスの一人あたりGDPの間には17%の差がある。その次に位置するのはGDPで真ん中に位置する幾つかの国だ。そのすべてがアメリカに遥かに後れを取っている。

2.2 The odds are, Europe will be a long time catching up with the USA

真の差は図表2:2と図表2:3で示されるものよりも大きい。その差があまりに大きすぎるので仮にヨーロッパの国々が突然速く成長し始めたとしてもアメリカに追い付くには長い時間が掛かるだろう。

この種の差は短期の景気変動に影響されやすいものではない。ヨーロッパの国々がアメリカに追い付くには遥かに長い時間が掛かるだろう。

図表2:2はユーロスタットによるヨーロッパの国々の一人あたりGDPの2005年での予測を示している。アメリカのGDP水準が2つあるのは、一つは2000年での実際のGDPでもう一つは1995年から2000年の成長率を基にした2005年のGDPの予測だ。


よって、「USA」のコラムは仮にアメリカの成長率がゼロと仮定した場合の2000年のアメリカの経済だ。あまりに極端な仮定だがここでは問題としない。恐らくアメリカの成長率がゼロと仮定した場合でもヨーロッパの国々はアメリカ経済に強く依存しているのでその事自体がヨーロッパの国々の成長率を低下させるだろう。「USA 2」のコラムはアメリカが1995年から2000年と同率で成長するというシナリオを示している。興味深いのはアメリカがまったく成長をしないという仮定の下でも2005年にアメリカに追い付くのはアイルランドだけということだ。その他のヨーロッパの国々が5年間成長したとしてもまったく成長をしないという仮定の下でのアメリカに追い付くことはない。

アメリカが1995年から2000年と同率で成長するというシナリオの下ではその差はさらに大きくなる。アメリカとヨーロッパの国々の平均との差は2000年から2005年の間に32%から39%へと拡大する。言い換えると図表2:2はアメリカとヨーロッパの国々の間に非常に大きな差があるという事実を明白にしている。そしてその差は拡大する一方となっている。

さらなる予測を図表2:3で示してある。図表2:2と同様にここでもアメリカの経済が2000年の水準で一定と仮定されている。加えてユーロスタットのヨーロッパの国々の2005年のGDPの予測が2000年から2005年の成長率を計算するのに用いられている。ヨーロッパの国々がこの率で成長するという仮定のもとでアメリカの経済に追い付くのに何年掛かるかを計算することができる。


(イタリアやスウェーデンはアメリカより文字通り20年以上遅れている。ドイツでさえアメリカの15年遅れ)

最初のほうで見たようにアイルランドが2005年にアメリカに追い付く唯一の国だ。その他ではスイスとイギリスだけが成長しないという前提でのアメリカに2010年の前に追い付く国だ。ヨーロッパの7つの国は追い付くのに2015年までまたはそれ以上掛かる。例えばスウェーデンは2022年まで追い付かない。繰り返しになるがアメリカとヨーロッパの差は非常に大きくあまりに大きすぎるのでほとんどのヨーロッパの国々は成長しないという仮定の下でのアメリカに追い付くのに15年以上掛かる。

アメリカとヨーロッパの間にこれだけの差がついたのは差がある程度の期間に渡って蓄積されてきたのが原因だ。アメリカはヨーロッパよりも毎年速く成長してきた。アメリカ経済の成功は短期の景気変動などではなく年間の成長率の高さのおかげだ。

極めて単純なことだがアメリカはヨーロッパが持っていない何かの政策(またはというよりむしろ政策の不在)によって成功している。図表2:4にアメリカとヨーロッパの中で最も豊かな6つの国の1970年の一人あたりGDPを示している。この期間の成長率を計算し1970年を基準年として指標を作成した。

図表が示しているようにこの集団の中でもアメリカが1970年でも最良だ。元々かなり貧しかった国の中にはアメリカよりも速く成長した国もある。だがそれらの国は元から貧しかったので従ってキャッチアップ効果の影響を強く受けた。ヨーロッパがアメリカに対抗することができないので2つの大陸の差は開く一方となっている。

2.3 Many European countries have lower per capita GDP than the majority of states in the USA

アメリカ全体とヨーロッパの国々との比較ももちろん興味深いがだがアメリカは完全な大陸だということを思い出すことが重要だ。繁栄度、成長率、状況の大きく異なる多くの地域が含まれている。従ってアメリカの州とヨーロッパの国々との比較によって分析をさらに深めることができる。その比較はヨーロッパにとっては陰鬱なものとなるだろう。

図表2:5は2001年の一人あたりGDPでアメリカのすべての州とヨーロッパの国々を並べている。


(クリックすると拡大)

この図表が示すようにアメリカの州に対抗できるヨーロッパの国はルクセンブルグただ一国しかない。ルクセンブルグの成功は外国資本の多額の流入に求められる。その他のヨーロッパの国々は最下位に属している。ヨーロッパの大部分の国々とアメリカの州との間には100%以上の非常に大きな差がある。例えばコネチカット州はフランスやイギリスなどのヨーロッパの大国の2倍以上の豊かさを誇る。ヨーロッパより貧しいのはわずか4つの州でしかない。補足ではヨーロッパの国の内部での異なる地域とアメリカの州との比較も示している。

2.4 High incomes coupled with low taxes mean high private consumption in the USA

GDPの比較も重要だが民間消費もまた重要な厚生の指標だ。基本的にはこれが実際に消費できるものを決定するからだ。新車を購入できる率、食料、外食に出掛ける回数、充実した余暇を過ごせる率などだ。新製品へのアクセスは今日ではかつてないほど重要になっている。例えばコンピューターやインターネットへのアクセスなどだ。

図表2:6は民間消費を示している。一人あたりGDPが高ければ所得も高いし民間消費も高い可能性がある。だが民間消費の国際的比較には所得の比較と同様の問題が発生する。政府の規模は課税を通して民間消費の範囲に影響するだろうし同時に政府の規模は公的部門を通して(課税の重くない国では)民間消費として記録されるものの一部を提供するかもしれない。この問題を回避する簡単な方法はない。だが民間消費を比較する際には念頭に置いておく必要がある。


一人あたり民間消費もアメリカの方がヨーロッパより遥かに高い。アメリカの民間消費はあのルクセンブルグより29%高い。ルクセンブルグはヨーロッパで民間消費が最も高い国だ。EU15の平均と比較すると消費の差は非常に大きい。アメリカでは平均的な個人は(1ドル=100円として)97万円より多く消費している。その差は77%だ。言い換えると平均的なアメリカ人は平均的なEU市民より2倍近く多く消費をしている。これはGDPが高いことと課税政策が要因だ。控除を考慮すればこの大きな差は幾らか縮まるかもしれない。だがそれでもアメリカの消費はヨーロッパを遥かに上回るだろう。

2.5 Retail consumption is higher in the USA

一人あたりGDPの高さと加えて低い税率によってアメリカ人は高い消費を可能としている。民間消費のかなりの部分は小売に支出される。表2:1はアメリカとスウェーデンの小売売上高を示している。結果は既に述べたものと同じだ。アメリカ人はスウェーデン人よりも30000クローナ多く消費している。アメリカ人の方がスウェーデン人よりもより良い商品とより多くの種類の商品を購入できる機会に遥かに恵まれていることを考えれば致命的な差だ。


高い水準の小売消費はアメリカ人がヨーロッパ人よりもより多くの「機会」を持つことを意味する。Cox and Alm (1999)はアメリカの世帯がヨーロッパよりも遥かに多くの家庭用電化製品、テレビ、コンピューター、電話、車などを持っていることを示した。これも先程示した結果と整合的だ。


アメリカとヨーロッパの経済には明らかに非常に大きな差が存在する。高い成長率が長い期間に渡って続いたのでアメリカはかけ離れて世界で最も豊かな地域となった。何世紀にも渡ってヨーロッパは世界で最も繁栄した地域だった。何百年か前にはアメリカ大陸の大部分はほとんど無人だった。今日ではアメリカはヨーロッパを完全に上回り他に並び立つものがない世界経済の中心となっている。ほとんどのアメリカ人の生活水準はヨーロッパ人の大半が辿り着くことができない水準にある。アメリカの豊かな地域はヨーロッパの2倍以上の豊かさがある。これが何を意味するのかを理解する必要がある。これらの地域で平均的なアメリカ人は平均的なヨーロッパ人が手にするものの2倍のものを手に入れることができる。このことは成長を刺激する政策の重要性を示唆している。

3. GDP AND ECONOMIC PROSPERITY – ANY CONNECTION?

先程までに見てきたように一人あたりGDPは抽象的な概念だ。そしてこのレポートの目的の一つは何故GDPの水準と生活水準の高さが結び付くのかを他の方法でも示すことにある。この章ではアメリカの州を詳細に見ていく。州毎の違いが大きいおかげでGDPの水準とより抽象的でない他の経済的繁栄を示す指標との結び付きを調べることができる。例えば賃金の高い州はGDPの水準も高く世帯所得も高くて低所得世帯の割合も低いのか?この種の指標を調べることによりGDPに実感を持たせることができる。ヨーロッパの国々はこの分析には含まれていない。国際間で比較を行うためには異なる所得の尺度は注意深く調べられなければならないからだ。この調査はスウェーデンに対しては行っている。この種の比較からの結論はヨーロッパの条件に合わせて直接変換することが可能だ。この章ではアメリカの低所得者の生活水準を示した指標も詳細に調べる。アメリカの経済の水準は非常に高いかもしれないが多くの人は非常に貧しいという意見を聞くことがあるからだ。だが以下で見ていくように貧困の概念は相対的なものでアメリカでいうところの貧困とは驚くほど高い生活水準を指すからだ。

3.1 Good economic development helps to improve wages

単純に言うと経済を発展させるには2つの方法がある。より多く働くかとより効率的に働くかだ。どちらの要因も賃金を上昇させる。多くの人は如何に多くを多数のアメリカ人が稼いでいるかそしてアメリカに移住すれば如何に多くを稼げるようになるかを繰り返し聞かされてきたことと思う。例えばアメリカに移住した技術者は給料が倍になるといわれている。そして高い給料は多くの研究者がアメリカの大学に向かう理由の一つだ。本の終章での結論からも分かるようにアメリカ人はより多く稼ぐだけでなくヨーロッパ人よりもより多く働く。給料の高さに加えて長い労働時間によって賃金はさらに上昇する。図表3:1は一人あたりGDPと州の平均賃金との間の結び付きを示している。見て分かるように両者には強い結び付きがある。言い換えると効率的で拡大している経済では賃金は高くそして経済の拡大に伴って上昇すると結論することができる。

アメリカの年間賃金のデータには賃金の第一分位と第三分位に関する情報が含まれている。図表3:2は一人あたりGDPとそれら2つの賃金階層の間との結び付きが示されている。はっきりと分かるように結び付きは強固なものだ。一人あたりGDPが高ければ賃金も高い。これは低所得者にも高額所得者にも当てはまる。

3.2 High wages mean high household incomes

一人あたりGDPと賃金の水準に強固な結び付きがあるのであれば一人あたりGDPと世帯所得との間にもあるはずだ。図表3:3はその関係を示している。

一人あたりGDPと世帯中央所得との間には強固な結び付きがある。図表3:3はGDPの水準が世帯所得に影響を与えていることを示唆している。経済の発展は所得の増加に結び付く。仮にヨーロッパの国々の所得をこの図表の中にプロットすればそのほとんどは最も下に属するだろう。

3.3 Good economic development leads to fewer low-income households

経済の発展とともに低所得者の割合も減少すると予想される。これが成り立つかどうかは所得の分布によってもある程度影響を受けるが極端に分布が偏るのではない限り経済が発展すれば低所得者の数も減少する。図表3:4は一人あたりGDPとアメリカの各州の所得が250万円以下の世帯の割合を示している。この図表にはスウェーデンの世帯とアメリカ全体も含まれている。スウェーデンが含まれているのはヨーロッパの国々とアメリカの州(または全体)とが比較しやすくなるからだ。


この図表は一人あたりGDPと所得が250万円以下の世帯の割合にはっきりとした負の関係があることを示している。一人あたりGDPが低ければ低所得者の割合も高い。言い換えると一人あたりGDPと世帯所得の間には強固な結び付きがある。

3.4 It is better being poor in a rich country than in a poor one

貧困とは極めて相対的な概念だ。例えば前の章で見たようにスウェーデンの世帯の40%はアメリカでは低所得者に分類される。他の貧しいヨーロッパの国々ではより多くの世帯がアメリカの基準では低所得者と分類されるだろう。言い換えると豊かな経済では貧しいと見做されている人々が国際的な観点では豊かということはあり得ないことではない。アメリカの貧しい人々というメディアによるイメージによると彼らは住居が不安定で薬物中毒を抱えており社会から隔絶されているということになっている。そのような人々は確かにアメリカにいるだろう。だがそしてこれは重要な「だが」なのだがそのような人々はヨーロッパにもまたいる。そして他にもアメリカの貧しい人々のイメージというものがある。すなわちそれら貧しいと見做されている人々の大多数の生活水準は相対的に高いというものだ。例は以下で示される。

まず予備知識としてアメリカの低所得者の割合は時間とともに減少している。表3:1にそれを示す。例えば1959年にはアメリカ人の22%が貧困線を下回っていた。今日では12%となっている。アメリカの黒人人口においても低所得者の割合は低下している。一方でヒスパニック系の低所得者の割合は1972年からあまり変わっていない。


アメリカでいうところの貧しいとはどういったことを指すのか?大規模な生活水準調査が定期的にアメリカで行われている。その調査によるとアメリカの低所得者の生活水準は驚くほど高いことを示している。表3:2にそれを示す。彼らの大部分は家を持ち1台か2台以上の車を持っている。家庭用電化製品の普及度も比較的高い。1台か2台以上のテレビにビデオまたはDVD付きだ。物質的豊かさは高くそして多くのヨーロッパの人々が貧困と考える生活とはかけ離れている。言い換えると経済発展により貧しい人達でさえもが相対的に豊かになる。極めて単純なことだが貧しい国で貧しいよりも豊かな国で貧しい方が良い。


(2004年と書かれているが実際にはデータはそれよりかなり古い)

その他にも住宅面積を比較する方法がある。表3:2にそれを示す。ヨーロッパの住宅面積の平均は1000平方フィートを下回る。アメリカの世帯平均は1800平方フィートで低所得世帯の平均は1200平方フィートだ。世帯人数を調整するとアメリカの低所得世帯の方がヨーロッパの平均的な世帯よりも住宅面積が広いことが分かる。平均的なアメリカの世帯の住宅面積はヨーロッパよりも80%広い。ヨーロッパ人はアメリカ人から見て狭い家に住んでいることになる。

4. WHY EUROPE LAGS BEHIND – A QUALIFIED GUESS

どのような観点から見ても、ヨーロッパの経済の発展は過去30年間低迷している。何故だろうか?

成長の源泉を理解することは長い間経済学の関心であり続けた。アダム・スミスは自由貿易と同様に分業と特化の重要性を指摘している。また彼は所有権とインセンティブの重要性を強調している。幾人かの研究者は資本の形成と労働の重要性を指摘しまた他の研究者は労働と資本の量だけでなくその質それにそれがどのように用いられるかが重要だと指摘している。例えば人的資本の重要性が強調されている。より最近の制度の研究は所有権と制度的な条件というアダム・スミスの考えに回帰している。この後者の制度の研究は成長を促進または破壊する政策の役割も強調している。

4.1 High taxes are not without their problems

政策が成長に与える影響に関して考える際には、ヨーロッパとアメリカで特に大きく異なる一つの要素に目を向けざるを得なくなる。経済に対する政治の関与、税や公的部門の規模などだ。経済学者は課税と成長との間に関係があることの証明可能性に同意しないかもしれない。そしてその強さに対する懸念に関してもだ。だが、ヨーロッパがアメリカとまったく異なる道を選んだことそして同時にアメリカ経済がヨーロッパよりも遥かに速く成長したという事実を否定することは出来ない。我々はこれが偶然ではないと考える経済学者の集団に属する。その逆にそこには強い結び付きがある。

注6 そうはいってもこの分野の圧倒的大多数の研究は課税と経済成長の間に負の関係があることを示している。一般的な結び付きを発見することは難しいと議論している研究者の多くもこの原因を主に測定の問題に求めている。課税の圧力は多くの事柄が含まれる一般的な測度だ。例えば課税の圧力がまったく同じだとしてもその影響がまったく異なる事例があるかもしれない。仮に(サンプルに)途上国が含まれているならば課税圧力の高まりと成長の加速という偽の関係性が現れるかもしれない。経済が成長する時には税によってファイナンスされるサービスの需要が高まることが見られるからだ。

これは税の負担が重くなり公的部門が大きくなれば政治的な意思決定者と官僚の力が増すためだ。その結果として民間部門は縮小を余儀なくされる。重い税負担は労働と起業に対するインセンティブを阻害する。公的部門が大きくなるほど国民は公的移転に依存するようになり経済が競争する余地は狭まる。前章で懸念したようにこれは経済成長に負の影響を与える。税の負担と公的部門の大きさは経済が市場部門に属するのか直接的または間接的に政治的意思決定の支配下に属するのかを示す指標だ。

アメリカの経済がヨーロッパとどのように異なるのかを示す。課税圧力は公的部門の規模を把握するための指標だ。すべての税収が含まれGDP比として示してある。図表4:1に1999年の状態を示す。その状態はそれ以降あまり変化していない。

見て取れるようにアメリカの税負担が最も軽くスカンディナビア諸国の税負担が最も重い。アメリカとそれらの国の間には非常に大きな差がある。だがアメリカの税負担は他のヨーロッパの国々よりも顕著に軽い。その差は12%ほどだ。アメリカとヨーロッパは公的部門の拡大という観点から見た場合、非常に異なる経路を歩んできたことが分かる。

このことは1970年以降の税負担の変化を調べることによりより明確になる。図表4:2は1970年から1999年の期間に税負担がどのように変化したかを示している。

イギリスの税負担は軽減している。アメリカとアイルランドの税負担はほとんど変化していない。アメリカの税負担は30年間で1.5%増加したかどうかだ。多くの人が知っているようにヨーロッパは異なる道を歩んだ。公的部門の規模は過去30年間で拡大した。

公的部門の拡大により民間部門は政治的意思決定により依存するようになった。教育からのリターン、労働と福祉に依存した場合の所得の違い、起業や事業を起こす確率などすべてが政治的決定に大きく歪められるようになった。これがアメリカと比較した場合のヨーロッパの現状だ。

4.2 High tax wedges give the wrong incentives

税をマクロの水準以外で分析することも重要だ。ヨーロッパの重い税負担と福祉は大きな負の影響と税の歪みを生み出している。図表4:3はサービスの購入者が支払ったお金がサービスの提供者に実際に渡った割合を示している。ここでもヨーロッパとアメリカの間には大きな違いがある。ここでの計算にはすべての税が含まれている。売り手の所得には社会保障費が含まれていて売り手の財布に最終的に入ったお金はすべての税が支払われた後の純所得だ。

税の歪みは少なくとも9つのヨーロッパの国々で非常に大きいことが分かる。最も大きい国では、売り手は購入によって生み出された所得の25%だけしか得ることができない。税の歪みが80%を超えている国が幾つもある。このような課税システムでは資源が誤って用いられる結果に自然となる。ここでもアメリカは例外だ。すべての税を考慮した後でも売り手は購入によって生み出された所得の50%を得ることができる。従ってアメリカの税負担は軽いばかりではなくその税の歪みも小さい。

大きな税の歪みは重い税負担の望まざる結果だ。それは負の影響を持たない税や福祉システムを構築することが原理的に非常に困難なことによる。

4.3 Equalisation policy and a large public sector also have their problems

重い税負担は福祉システムをファイナンスするために用いられる。基本的な目的が受け入れられるものであったとしてもそこには欠陥がある。マクロの水準で良い結果を生み出す個人の行動に対するインセンティブは毀損される。良い行動は報われずに悪い行動は罰せられないという単純な理由によってだ。さらなる平等化により効率的な行動と非効率な行動との違いがより小さくなるだろう。ヨーロッパにおいて成長にとって好ましい行動を選ぶためのインセンティブが十分でないというのが我々の考えだ。これはスウェーデン以外にも当てはまる。

非競争的な部門で行われる生産に関しても問題がある。公的部門における流動性の欠如もまた非効率的な資源の使用に貢献している。民間部門では多くの企業が毎年生み出される。それらの多くは成長しその他のものは市場のシェアを失い非常に多くが倒産する。起業も倒産も聞かれることのない公的部門ではこのような流動性が欠如している。

4.4 The Americans work on the job, while the Europeans work at their leisure

アメリカの方が豊かな理由として挙げられるその他の要因はアメリカ人がより働くというものだ。この仮説によると、ヨーロッパの貧しさはヨーロッパ人自身が選んだものなので悪い政策とはそれほど関わりがないということになる。この仮説から見ると、ヨーロッパの貧しさは余暇を選んだ自らの選択ということになる。労働投入の違いが真の問題となるには2つの条件が満たされなければならない。

簡潔にその条件を述べる。

ヨーロッパの国々の市場部門での労働時間が短いというのは事実だ。表4:1にLS比(労働供給比率)と呼ばれるものを示す。LS比は正規部門(市場部門)での実際の労働時間と16歳から64歳のすべての個人がフルタイムで働いたとした場合の労働時間との比率だ(休日などは除外している)。1は全員がフルタイムで働いていることを示しゼロは誰も働いていないことを示す。

アメリカのLS比は74%で例えばスウェーデンのLS比は66%だ。他のヨーロッパの国々との差はさらに大きい。従って、平均的なアメリカ人は市場部門でより働いている。

労働時間として記録されていない時間のすべてが余暇ではないというのはよく知られている。賃金が支払われ記録される労働以外にも、計測するのがより困難な家庭内での仕事がある。だが最近になって大規模なインタビューと質問による調査が行われた。スウェーデンでの調査によると非正規部門での仕事(深夜の副業と家庭内での仕事の合計)は市場部門の仕事を上回っている。先程示した税の歪みを考えれば、家庭内での仕事と深夜の副業がアメリカよりもヨーロッパで頻繁に行われていると推測しても妥当だ。そこからさらに推測を広げてみると恐らくアメリカ人はヨーロッパ人と比べてより特化した形で働いているのだろう。生産性と成長にとってはもちろん良いことだ。

ヨーロッパの国々の市場部門での労働時間が短いのは個人の選択であってインセンティブの問題ではないのか?それを信じるのは非常に困難だ。第一に仕事が記録されていないというのは余暇や休息を意味するのではない。むしろ家庭で仕事が行われているのだろう。第二にヨーロッパでの税の歪みは非常に大きく仕事に対する報酬は非常に少ない。事実としてインセンティブが真に大事なものだというのが経済理論の基本概念だ。ミクロ経済学の全体がこの仮説に基いている。何故この理論をヨーロッパに当てはめるべきではないなどというのか?

(以下省略)

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