2015年8月12日水曜日

経済学者は所得上位1%のシェアが上昇することと格差が拡大することとは同じことだと勘違いをしていた?Part3

Income Data is a Poor Measure of Inequality

Alan Cole

Key Findings

・IRSの所得データは税を集めるために議会の指示の下によって収集されている。それは所得の分布を測るなどの他の目的には適していないことを意味する。

・平均的な納税者の所得は年齢によって劇的に変化する。18歳から25歳までの平均納税申告額は(1ドル=100円として)150万円だが55歳から64歳までの平均納税申告額は800万円を超える。

・特に大学の学生が、低所得層の大多数を占める。

・所得は地域によって顕著に異なる。田舎の州が貧しいかのようによく語られているが間違いだ。

・資本所得の大部分(特に課税が免除された中間所得層の退職口座など)は所得のデータには含まれていない。それによりデータがひどく歪められ実際よりも人々が貧しいかのようにデータ上では見えてしまう。

・Thomas Pikettyの所得格差のデータは1900兆円の年金資産を無視している。これも中間所得層の資産に加わる。

Introduction

内国歳入庁(IRS)は個々の納税者の所得のデータを収集している。納税額は所得によって変化するからだ。IRSはこのデータの一部を研究のために公開している。だが、このデータは本来使用すべきではない目的に頻繁に用いられている。納税者の間で所得がどのように分布しているのかを知りたいと思うことは妥当なことだ。だが研究者は所得のデータ、特に納税の目的のために収集された所得のデータの限界に関して無頓着過ぎる。

所得分布の研究に用いられるデータには主に2つある。IRS Statistics of IncomeまたはU.S. Census American Community Surveyだ。例えば、統計局は以下の表1のような世帯所得のデータを公開している。

IRSは世帯ではなく納税単位で似たようなデータを公開している。これらはどちらも有用でそれぞれの強みを持つ。IRSのデータはサンプルが多く当たり前のことだが課税所得に限定してという意味では非常に頑健だ。統計局のデータは相対的にサンプルが少なく所得の源泉に関してIRSのデータほど詳細ではないが世帯調査が持つ他の特性に関してより詳細だ。

どちらのデータにもそれぞれの使用方法があるもののどちらのデータも生活水準の格差を調べるのに適していない。これはIRSや統計局の職員の責任というわけではなくデータ自身の性質による。1年間の所得というのは生活水準を示す指標としては単純に言ってほとんど適していない。

これは部分的には文脈の欠如(1年間の所得で生活水準が決まる人はほとんどいない)と部分的には所得の測り方自体の問題が挙げられる。所得が唯一のものという訳では全然ない。所得分位とジニ係数の見掛けの正確性が文脈とデータにある問題から目を遠ざけさせている。結果として研究者は人々の生活をよく理解しているという間違った印象を持ってしまう。

所得のデータが抱える問題の一つはそれが人々の生涯におけるわずか1年の所得を明らかにしているに過ぎないということだ。他の問題は地域間の価格水準(特に賃料など)が異なることにより所得のデータは人々の生活水準を測る指標として適していないということにある。所得のデータが抱える(ここでの最後の)問題はそれが納税の目的のために収集されたもので研究の目的のために収集されたものではないということにある。(課税の対象ではない)多くの種類の所得はそもそもまったく数えられておらずそうでない場合でも経済の実態を反映しない方法で数えられている。

Income Varies Dramatically Over Life Cycles

所得のデータはほとんど決まって年間の単位で公開されている。これはIRSにとっては大きな意味を持つ。IRSは1年間の単位で税を収集することが義務付けられている。そして彼らは人々が1年前に稼いだ所得に基いて税を収集している。

これによりIRSの所得のデータの有用性は損なわれる。人々は貯蓄、貯蓄の取り崩し、借入などにより年度を超えて支出を変えることが出来る。人々は長期に渡って計画を立てる。1年の所得のデータからは人々の生涯に関することはほとんど分からない。

(一般的に)所得は年齢に関して逆U字型の分布を示す(earnings-age profileとして知られている)。

年齢によって分類すれば(上記の図1)このデータは妥当に見える。所得は多くのアメリカ人がまだ学校に通っている26歳以下では低い。その後、彼らが貯蓄を蓄積し経験を積むので所得は年齢とともに上昇する。最後に、彼らが引退を始めるので所得は下がり始める。その年齢に対して平均的な所得を稼いでいるアメリカ人は生涯を通して5つのすべての所得分位を経験することが知られている。

わずか1年の所得のデータではこのことをまったく把握することが出来ない。実質的に年配と若い人を比べているのと変わらなくなってしまう。所得が160万円の21歳と所得が800万円の56歳との間には大きな所得の格差がある。これら2人の所得を合計して分割すれば所得の6分の5は56歳が握っていることになる。だがここから持つものと持たざるものなどといった話を引き出すのは間違いだ。完全に平均的な個人によって結果が変わってしまう社会格差の指標というのは非現実的だ。平均的な個人が格差の指標を動かしてしまうということは定義によりあってはならない。

同一の納税者を何年にも渡って追い続ける水平調査(時系列調査)は単年度のスナップショットとはまったく異なる姿を見せる。ある年度に所得の低かった個人の大多数は年齢とともに所得が上昇する。2010にTax FoundationのRobert Carrollは1999から2007のIRSのデータを調べた。1999に一番低い所得分位にいた納税者のうちで57.5%は2007までにはすでに高い所得分位に位置していた(7年で)。言い換えると、幾人かの納税者は所得が低いままであったものの大多数はそうではない。

人々を年齢によって比較した場合や納税者を長期に渡って調べた場合に得られる姿は個人的な経験とも一致するものだ。アメリカ人は年齢とともにキャリアを構築しスキルを獲得し最良の方法を理解する。このことにより1年単位で所得を測った場合見掛け上高い所得格差が生まれることになるが長期の流動性も高くなることになる。

例えば、外科医達の納税データを見たとしよう。そこには非常に大きな格差があることに気が付くだろう。20代では外科医はメディカル・スクールにいて所得も非常に少ない。彼らが研修医になると普通の所得を得るようになる。最も稼ぐ年齢になると彼らは4000万円以上を稼ぐことが可能になる。外科医達の所得格差は非常に大きい。

Incomes are Lowest in College Towns

若い人一般、特に学生の存在により所得のデータは特定の目的に対してほとんど使い物にならなくなる。例えば、アメリカで最も貧しい場所が知りたいと思ったとしよう。世帯所得を調べるのが最良の方法だと考えるかもしれない。だがそれによって得られるのは「貧困」という言葉からイメージされるものとはまったく異なる奇妙な結果だろう。何故ならば多くの人が考えるのとは逆にアメリカで最も所得が低い地域とはカレッジ・タウンだからだ。

この表もその影響を過小評価している。この表の基になっているAmerican Community Surveyからは寮にいる学生が除外されている。言い換えると、学生があまりにも強くデータを歪めてしまっているので寮外の学生だけが世帯所得の支配的な決定要因となっている。統計局自身もこの問題を調べ親類と一緒に暮らしていない寮外の学生の51.8%が貧困層と数えられていたことを発見した。アパートで暮らしている学生もお金を欲しているかもしれないが彼らを福祉の受給対象と見做すことが適切だというのは極めて疑わしい。

この問題は無視できるものでは決して無い。アメリカの学生の数は巨大でしかも急速に増加している。アメリカでは2000万人以上の学生が大学に通っている。

学生の数が増加しているので(上記の図2)所得のデータに与える影響も極めて大きくなっている。現在の納税者の数は約1億4000万人だ。そしてその多くを学生が占めている。彼らはIRSのデータでは低所得と見做されるだろう。

学生の増加は所得のデータを大きく歪めるものの若いアメリカ人にとっては良いことだ。教育からのリターンは大きい。統計局は修士号を持つ世帯主がいる世帯の中央所得は805万円であることを示した。博士号を持つ世帯主がいる世帯の中央所得は1169万円で専門職の学位を持つ世帯主がいる世帯の中央所得は1295万円とさらに高い。

修士号がいる世帯は所得の第四分位に属するだろう。博士号がいるまたは専門職の学位がいる世帯は所得の第五分位に属するだろう。だが彼らは最も低い所得分位で時を過ごしている。

経済学者、研究者、ジャーナリストらは低所得を機会の欠如の印としばしば見做すことがある。逆説的だが、所得が最も低い所で機会は最も大きい。

America’s Substantial Disparities in Cost of Living

経済学者は名目のデータと実質のデータに関してよく語る。彼らは名目のデータをインフレで調整する。名目賃金が上昇していたとしても価格も同じように上昇していれば人々はまったく豊かになっていないことになる。実質賃金は一定のままだ。

同じような調整が地域間でも為される。物価水準は地域によって異なる。この違いを調整したものは価格水準等価と呼ばれる。4月に、U.S. Bureau of Economic Analysis(以下、BEA)はregional price parities(RPP)を初めて発表した。これによりアメリカの地域間の価格水準の違いを研究することが可能になった。

アメリカでRPPが最も高い場所を聞いても驚く人はあまりいないだろう。それらは西海岸のベイエリア周辺と東海岸のニューヨーク市に分布している。例えば、San Francisco-Oakland-Fremont Metropolitan Statistical AreaのRPPは123.5だ。BEAが調べた財のバスケットに対して、サンフランシスコ地域はアメリカの他の地域よりも23.5%価格が高いことを意味する。

これにより他の方法では解くことが難しかった幾つかのパズルが解決する。オークランドはアメリカの他のどの地域よりも経済的な困難を抱えた場所だと知られていた。だがオークランドの世帯中央所得は516万円で全米平均の530万円とそれほど異なる訳ではない。だがオークランドの所得をRPPでデフレートすれば418万円となり全米平均を大きく下回ることになる。名目所得に単純な調整を加えた後にはオークランドに関して知られていたことが意味を持つようになった。

価格等価による調整は州の水準での幾つかのパズルを解く手助けとなる。州間の人口移動を調べた一連の研究でTax Foundationの経済学者Lyman Stoneは人々が名目所得の高い地域に移動しているのではなく価格調整した所得が高い地域に移動していることを発見した。言い換えると、高い賃料は本当に不快で人々は何処に住むかを選ぶ時にそのことを考慮に入れる。

このことは州に関して他にもパズルとされていた問題を解く手助けになる。それは田舎の低所得の州が頻繁に再分配政策に反対票を投じるというものだ。一見した所、自分達の利益に反しているように見える。2004に政治分析家のThomas Frankはベストセラーとなった「What’s the Matter with Kansas?」という本を書いた。彼はこの本の中で(名目所得が全米平均を一貫して下回っている)自分の住んでいる州に関してこの現象を説明しようと試みた。その本では文化的な要因に触れているのみだったが。

RPPによって調整された所得は(相互に排他的というわけではないものの)それとは異なる説明を与えてくれる。カンザス州は例えばニューヨークなどと比べて名目所得が低いもののその生活費もまた低い。BEAのワーキング・ペーパーによるとカンザス州はRPPで調整した所得では上位に来ている(図3)。

これはカンザス州が必然的にニューヨーク州よりも住むのに良い場所だということを言っているのではない。それぞれの州は経済的な短所と長所を持っている。またより良い生活水準のためにニューヨーク州からカンザス州へ移動すべきだと言っているのでもない。ある人はハドソン川のマンハッタンが良いと言うだろうし、またある人はカンザス川のマンハッタンが良いと言うだろう。それは政府や経済学者(または社会学者や政治学者など)が口を出していい問題ではない。自分達の事情をよく知っている個々人によって為されるべき判断だ。

それでは、カンザス州にとって大事なこととは何か?何故貧しい州ではないかのように投票するのか?恐らく幾つかの理由があるのだろう。そもそも特に貧しくなかったというのがそのうちの一つだ。Leawood市やLenexa市をざっと眺めてみればこのことが証明されるだろう。名目所得のデータを眺めているのではそれが分からない。

Inconsistent or Absent Measurement of Non-Wage Income

所得のデータの最大の問題はそもそもそれが所得の指標としてすら正しく機能していないことにある。この理由は単純だ。IRSは所得の正確な申告を求める唯一の政府機関だ。だが課税されない所得もあるしそもそもIRSに申告されない所得もある。

問題は実現された時にしか把握されることがないキャピタル・ゲインから始まる。このことは実際には資本所得が何年にも渡って生じたものにも関わらずデータ上では資本所得が急上昇したかのように現れる。仮に25歳で(から)株式に投資するとして65歳で現金化するとすれば40年間で蓄積されたキャピタル・ゲインはすべて65歳で数えられるだろう。

この問題はSコーポレーションの株式に関しても同様に起こる。仮にあなたが中小企業の事業主だったとすればあなたの会社の株式価値の増加はあなたが株を売却するまでは(資本)所得として記録されない。

このキャピタル・ゲインの定義はIRSの目的には良く適っている。IRSは人々のすべての資産の価値を毎年評価することは現実的に言ってやりたくないだろう。IRSからすれば利益が実現した時にのみ課税するほうが遥かに楽だ。

だがこのキャピタル・ゲインの定義は人々に非常に混乱した(そして実際にはそうではないのに不平等な)印象を与える。この分布の偏りは上で説明したようなライフサイクル効果と同様に水平調査で強く表れる。Robert Carrollの所得流動性の研究は9年間追跡したサンプルを調べ富裕層(ここでは、課税所得が1億円を少なくとも1年以上上回った個人を富裕層として定義)の50%はわずか1年しか富裕層ではないことを明らかにした。大多数の富裕層にとって、これはキャピタル・ゲインの定義の問題が作り出した人工的なものだ。富裕層の地位の変動性はキャピタル・ゲインが除外されれば大きく低下する。彼は、「富裕層は納税者の中で極めて一時的な状態を意味する集団で、キャピタル・ゲインが少なくともその理由の一つと思われる」と結論している。

わずか1年だけの所得のデータを見ているのではそういった重要な情報は失われる。ある人は1億円を1年で稼いだかのように見えるだろう。実際には何十年も掛けてその利益を積み重ねてきたかもしれないのにだ。同時に、ある人は大きな未実現のキャピタル・ゲインを持っていたとしても慎ましやかな生活をしているように見えるだろう。

言い換えると、教育が所得分布の下位に巨大な歪みを生み出すのと同様にキャピタル・ゲインの実現益は所得分布の上位に巨大な歪みを生み出す。

中間所得層にはそうした歪みがないという訳ではない。そしてその歪みは小さなものでは決してない。

アメリカの中間所得層はIRSには申告されることのない巨額のキャピタル・ゲインを保有している。持ち家の資本所得は大部分が税を控除されている。持ち家の帰属家賃の面でも課税最低額の面でもだ。持ち家の資本ストックは2020兆円を占める。これはアメリカ人に住み続けられる住宅と潜在的なキャピタル・ゲインをもたらしている。

同様に課税が控除されているのが中間所得層の退職口座だ。アメリカの世帯は1980兆円の年金資産を持っている。401(k)口座や伝統的なIRA口座、雇用主提供プラン、公的年金や企業年金、どれをとってもIRSに誰かの所得だと一度も数えられたことがない。例えば2013では年金ファンドは1890兆円の資産を保有している。この資産はすべて誰かが稼いだものだ。そのお金の一円たりとも個々人の納税申告書には記載されていない。

2006にCato Instituteの研究員Alan ReynoldsはThomas PikettyとEmmanuel Saezが編集した所得格差のデータをこのような理由から(*も)批判した。「最近では、中間所得層の投資所得の大部分が401(k)、IRA、529大学貯蓄プランに発生している。それ故納税申告書のデータには記載されていない」。Piketty and Saezはまるで問題の大きさに気が付いていないかのようにのんきに答えた。「401(k)の小さな点に関しても概念的に誤解されている。年金所得は退職後に引き出されるときに納税申告書に記載される。従って年金ファンドのリターンは我々の所得データの中に暗示的に含まれている」。

Piketty and Saezの返答は一部のアメリカ人にしか当てはまっていない。実際に退職年齢に達した高齢者だ。大多数のアメリカ人にも彼らが退職のために投資した巨額のお金にも当てはまっていない。約2000兆円もの資産を「小さな点」と無視するPikettyの態度は馬鹿げたものと言わざるを得ない。

資本所得にまつわるこれらの問題を調整するとまったく異なる姿が浮かび上がる。昨年、Philip Armour, Richard Burkhauser, and Jeff LarrimoreはAmerican Economic Reviewに実現した資本所得ではなく発生した資本所得を所得分位毎に帰属させた論文を発表した。発生した資本所得という正しい定義を用いて彼らはそのような定義を用いれば所得格差が劇的に低下することを明らかにした。さらにこの定義では所得分位間の所得の成長率は1989以降等しい。

所得格差の変化は所得を何と考えるかに大きく依存している。IRSのデータに基づく指標(課税の控除されている退職口座などを除外している)は401(k)などのように実際には中間所得層を豊かにしている課税控除なのに逆説的に中間所得層を実際より遥かに貧しく見せてしまうという歪んだ構図を必然的に生み出してしまう。

Conclusion

IRSの所得データは税を集める目的で収集されている。それは個々人の厚生全体を測ることを目的としていない。他に優れたデータが存在しないのである研究者はIRSのデータをそのような方向で用いる誘惑に駆られているようだ。

それは間違いだ。所得のデータには巨大な交絡要因が存在する。小さな技術的問題ではなくとても単純で人々の生活水準の測定に深く関連する大きな問題だ。人々は年齢とともにスキルを積み重ねる。人々は大学に行く。人々は何処の賃料が高く何処の賃料が安いかを考える。人々は退職に備えて退職口座に貯蓄する。

所得のデータは人々の生活に於けるありとあらゆる決定によって歪められていないのであれば信頼できる社会的格差の指標となり得るだろう。文脈を離れた所得のデータはあまりにも馬鹿げた結論に我々を導いてしまうためそれを用いて人々を所得に従って分類しようとする試みはすべて失敗に終わってしまうだろう。特定の一部の市場取引は貧しいのか豊かなのかを判定するのに十分ではない。

アメリカは累進的な税制を持っている。その根拠とされているのが所得が低い人は所得が高い人よりもお金を必要としているという考えだ。全体的には、それは正しいかもしれない。だがそれは想像されているよりも遥かに正しさの度合いが少ない。そしてそれはIRSのデータが厚生の間違った代替指標でしかないアメリカ人にとっては特に正しくない。

税の死荷重が存在するため、再分配による損失は重大な意味を持つ。限界税率は労働、貯蓄、投資を避けさせる。仮にお金が貧しい人に与えられるのだとすればそれはそれで一つのお金の使い道だろう。だが所得データの限界により結果として社会的に意味のない再分配が行われるようになる。論理的な人であればカリフォルニア州のオークランドが例えばウィスコンシン州のグリーンベイよりも遥かに所得が高いとは言わないだろう。それにも関わらずオークランドは遥かに重い税の負担を担っている。論理的な人であれば建設労働者がビジネス・スクールの学生よりも明らかに恵まれているとは言わないだろう。それにも関わらず累進的な所得税と払い戻しのある税額控除から利益を得るのは前者を犠牲とした後者の方だ。不合理なデータを用いれば不合理な結果が得られるだけだろう。

連邦政府の一機関として、IRSは税を集めるというその意図した目的に沿ってのみ力を発揮する。納税申告書を用いるのでは容易に判断することのできない社会的指標を作成するのにはまったく向いていない。社会的な格差と戦う努力は正しく定義された目的と正しい知識を持った機関によって行われるのが最も適しているだろう。

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