2016年12月25日日曜日

EVANGELICAL LEFT TARGETS ISRAEL

Mark Tooley

アンチイスラエル活動家はアメリカの福音主義者(教会ではなく聖書を重視するルター派の人々。これを左翼たちが悪意を持って聖書に書かれていることがすべてだというキリスト教原理主義とわざと曲解している)をアメリカのイスラエル支持の鍵だと見做している。それが彼らがパレスチナ人への連帯というメッセージとともに福音主義者をターゲットとしている理由だ。「With God on Our Side」という今月放送された新しいフィルムは親イスラエル派へ反論しパレスチナの側へと転向するように説得を呼び掛けている。

「イスラエルへ旅行する時には、幾つかの場所には危険すぎるので立ち寄らないようにと注意を受けるだろう」とナレーターはフィルムの冒頭で語りかけてくる。「だがそれは観光客を都合の悪い場所に立ち寄らせないためのレトリックだ」。

そのフィルムの目的は(制作者も語っているように)アメリカのキリスト教徒を安全な観光地から離れさせ(彼らが真実を学ぶと仮定されている)パレスチナのコミニティへと迷い込ませることにある。

福音主義者のTony Campoloはこのフィルムを「示唆的で」、「啓蒙的で」、「素晴らしい」と称賛した。Brian McLarenは「とうとう!キリスト教のシオニズムの教えが実践され、もっと重要なことにそれが中東の人たちに与える真の意義が示された」と表現した。World Visionの副代表Steven Haasは「パレスチナ人とユダヤ人の対立に対する明確な評価の一つで、アメリカのキリスト教教会は現在の対立が抱えるその複雑さにほとんど気が付かないでいた」とコメントした。

中東からの声と称するものがフィルムでひっきりなしに流された。

「パレスチナ人のキリスト教徒はこの土地で数世紀も暮らしてきた。突然、彼らは君たちはイエスの復活の妨げだと言うキリスト教の集団と出会った。そして君たちはユダヤ人のディアスポラのために土地を明け渡さなければならないと云われた」。

もちろん、これはこのフィルムがこうであって欲しいと願う親イスラエルの福音主義者の単純なステレオタイプだ。アメリカの福音主義者はイスラエルでのユダヤ人の存在がキリストの復活には必要不可欠だという血に飢えた、アポカリプス的な夢を実現させるためだけにイスラエルを支持しているという筋書きが嘘であっては困る人たちが大量に存在しているためだ。それはさておき、このフィルムは福音主義者たちに(アポカリプス的な夢とは)別の道を模索するようにと静かに訴えかけてくる。

「友愛と慈愛、正義と平和を求めた道が存在する」とナレーターは静かに語り掛ける。「もしくは私たち以外の誰かを排除するために建てられたベルリンの壁の前例が待っている」(ちなみに壁を建設したのは共産主義側)。従って、事態は(複雑に考えろと言っていた割には)非常にシンプルだ。アパルトヘイト的なユダヤ人を支持するのか、抑圧されたパレスチナの味方になるのか?もちろん、パレスチナの抑圧はイスラエルのせいというだけではなくアメリカのせいということにされている。

「私たちはイスラエルの国内政策を黙認し、難民問題を生み出しました」とフィルムでは説明されている。「どうしてキリスト教教会にとってこれが擁護出来るのでしょうか?どうして(どのような力が働いて)私たちは彼らの苦しみを見逃すことになったのでしょうか?」と中東の声を自称するナレーションは加える。「キリスト教のシオニストの(アポカリプス的な)神学を受け入れることは、集団としての自殺行為にコミットしているようなものです」。

このフィルムの(特に若年世代に向けた)メッセージは明らかだ。年寄りの宗教右派が愚鈍にも黙示録的な終末思想に取り憑かれて親イスラエル寄りの政策を私たちに取らせた、それにより無実のパレスチナ人たちが苦しんだというメッセージだ。より思慮に富み、より友愛的な福音主義者であればそれを拒絶しキリスト教徒の友愛を最も必要とするパレスチナ人の味方をするだろうというメッセージだ。

宗教左派が広めようとしている新しい神学もすべての親イスラエル派の福音主義者が持っていると宣伝されてきた神学に負けず劣らず(逆の方向に)政治的に古くから利用されてきたものだ。基本的に、福音左派は年寄りの宗教左派が持っていた中東に関する考えを踏襲しているに過ぎない。ようするに、パレスチナ人は抑圧された第三世界の被害者でイスラエルとアメリカは帝国主義者だという考えだ。「ツアーリストが先導する」道を離れてパレスチナ人のコミュニティを訪ねようというメッセージは1980年代のニカラグアの社会主義実験の際に年寄りの宗教左派によって頻繁に唱えられていたフレーズを思い起こさせる。例えば「そこに出かけて直接自分の目で見なければ真実はわからない」と、現在言っていることとまったく同じことを彼らは当時にも言っていた。極めつけは、「真実は、私たちの政府やアメリカで既得権を持つ人々があなたに伝えようとしていることとは非常にかけ離れている」といういつもの決め台詞だ。

パレスチナに招かれた人は(25年前にニカラグアの共産主義者たちに心酔し招かれた人たちがそうであったように)デルフォイの宣託を受けるとされる。真実に目覚め、西側の植民地主義の偽りの霧から心が解放されると云われている。「私はキリスト教の家庭で育てられました。(中略)そして私たちはいつもイスラエルを支持するように云われてきました。イスラエルは聖書のイスラエルと同義だったのです」とこのフィルムの制作者のPorter Speakmanは説明する。だが啓蒙の時に学んだように「キリスト教徒として、(アポカリプス的な)神学が人権抑圧の道具として利用されてきたのです。この状況を受け入れてはいけません」。彼のフィルムに対する反論は予め想定済みで、「これは、多くの人にとって他人には聞かれたくない考えなのです」。

このフィルムのインタビュワーで反イスラエルのイギリスのジャーナリストBen White、イギリス教会の司祭でイランに宛てたメッセージが公開されて恥をかいた反イスラエル本の筆者Stephen Sizer、シカゴ郊外の福音主義のWheaton大学の教授で親イスラエル派の福音主義者を執拗に付け回していたGary Burge、パレスチナの開放を売り込んでいるベツレヘム聖書大学のSalim Munayerなどがこのフィルムの制作に関わっている。

「パレスチナのことを話題にすると反ユダヤ主義など、色々な形で非難される」とWhiteは語っている。「土地を巡って争っている彼らにそれは正当な主張ではないというのは冷たいことです」と語った。

Munayerは福音主義者がどのように見られているかに関する懸念を示した。「中東の人たちに福音主義者がどのように受け取られているかを懸念する必要があります」と彼は語った。「私たちは戦争の側に立っている。裕福になることを好み貧しい人のことを気に掛けない。自分たちの利益のためだけに行動している。権力の側につき平和のために行動しない」と。彼は、どうして福音主義者はイスラム教徒を「憎むのか」とイスラム教徒によく尋ねられることがあると語った。「どうしてキリスト教徒は私たちを家から追い出し、正しくそして正義の側に立たないのか」と尋ねてくるという。Munayerはそのイスラム教徒たちに平和のためにどのような利益を差し出すつもりなのかと一度でも尋ねてみたことがあるのだろうか?

福音主義救済機関の前代表Tom Getmanは、「このフィルムはキリスト教徒のシオニストが進歩的なキリスト教徒やユダヤ教徒の説得的な声を受けて目覚めるという希望を示している」と熱狂している。さらに、『イスラエルへの支持は「正しいのか間違っているのか」が世界のキリスト教の帝国での論争の出発点だったがそれ自体が実際にはイスラエルの生存を危機に晒している」とも語った。

このフィルムはイスラエルに対してアメリカにもっと圧力を掛けるように要求している。その最終目的は一体どのようなものか?ハマスのようなイスラム過激派、もしくは世俗主義のファタハが支配する不安定な1967年の国境線に基づくパレスチナ国家の建設か?もしくは無制限の「帰還権」を要求するパレスチナ人によるイスラエルの民主主義の完全な破壊、イスラエルの崩壊か?現在のパレスチナ人の支配の下で、パレスチナ人のキリスト教徒に一体どれだけの居住区が与えられているか知っていて、輝かしく新しいイスラムによって支配されたパレスチナ国家の下で彼らがどのように扱われるか一度でも考えたことがあるのか?

福音左派はこれらの疑問には答えることを積極的に避け、代わりに空想上の福音主義者とアメリカの帝国主義者を非難することを好む。そして新しく開放された「パレスチナ」がキリスト教徒に対して友好的だというファンタジーが大好きだ。幸いなことに、ほとんどの福音主義者はこのフィルムに説得されないままでいる。「神は私たちとともにある」という魅力的なタイトルにも関わらず。

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