2016年12月9日金曜日

The 1964 “Made in Brazil” coup and US contingency support-plan if the plot stalled

CIAは、1964年にブラジルで起こったクーデターに対するアメリカ政府の関与について「サニタイズドされた(秘密にするべき部分が削除されたという意味)」文書を公開した。これはブラジル人にとって悪いニュースだった。アメリカが民主的に選ばれたブラジルの政府を転覆させたというよく聞かされる主張とは異なり、自分たちの民主主義を破壊した責任のほとんどはブラジル人にあることをこの文書は示しているからだ。ブラジルの軍部が非常に手際よくクーデターを実行したためにアメリカはすることがほとんどなかった。この文書(オースティンにあるリンドン・ジョンソン大統領図書館で見られる)には、クーデター時のブラジル軍の動きと軍隊の内部政治のことが主に記されている。この文書よりずっと前に国防総省より公開されていた文書は1964年4月の「Operation Brother Sam」の詳細だけを記していて、ブラジルの大統領Joao Goulartを転覆させようとするアメリカ政府の陰謀と左翼世界では語られた。もちろん、当然の懸念に対応するためにアメリカ政府は行動を行った。ブラジルの子供が学校で習うように、ワシントンは「想定外の危機が発生した時にタスクを指導、実行することによりこの地域でのアメリカのプレゼンスを確保するために」この海域に空母を送った。当時のペンタゴンは秘密の電報でミッションのことを婉曲的に語っている。暴徒の鎮圧のために250丁のショットガンがブラジルの警察に送られた。そのことをブラジルの学生は知らないかもしれない。燃料タンクもまたブラジル国境沿いのウルグアイの海岸に送られた。そして催涙ガスを含む110トンの備品が緊急空輸のために準備されていた。このどれ一つをとってみても緊急時には普通に行われていることだ。だがそのようなことはブラジルの学校では教えられないだろう。

また、必要になった時にはサンパウロにアメリカの海軍を上陸させるというバックアッププランもワシントンでは議論されていなかった。ワシントンで議論されていた予想もつかない緊急事態への対応策とは、「補給ラインを防衛するためにアメリカ軍が送られるかもしれない、駐留アメリカ軍、物流サポート基地を保護するために部隊が派遣される可能性がある」というものだった。

左翼の大統領が支配したリオデジャネイロを空爆するというプランももちろんなかった。だが(もし必要で、それもジョンソン大統領の許可があればという前提で)超緊急時に空爆を行うという計画が話し合われることもあった。その主な目標はサンパウロだった。当時の諜報活動によると、サンパウロはブラジル軍の支援のための物流基地をアメリカ軍に提供するだろうと云われていた。

事前の計画のどれ一つも実際には必要なかった。クーデター初日のアメリカ大使からの電報には(クーデターの指導者)ブラジルの将軍Humberto Castelo Brancoの言葉が伝えられていて、「私たちの支援は必要ないと彼は語っている」とはっきりと断言している。その次の日に、U.S. Joint Chiefs of Staffのメモは状況を以下のようにまとめている。「武器や弾薬はマクガイア空軍基地に保管されたままとなっている。アメリカ大使が入港命令もしくはアメリカ海軍によるデモンストレーションの必要性が完全になくなったと語るまでは念のため海軍特殊部隊は南大西洋に向かい続ける」。

新しいCIAの文書はその同じ日に行われたPresident GoulartとGeneral Amaury Kruel(これまでのところ一度も反乱軍に対する支持を変えなかった唯一の勢力であるSecond Brazilian Armyの司令官)との会談の様子をほぼリアルタイムで詳しく伝えている。大統領は、「彼からの支援をこれからも保持したいと語った」とCIAの文書は記している。だがKruelは大統領が今も続けている政治同盟についての譲歩を求めた。「大統領は、政治同盟に少しでも変更を加える前にまずはGeneral Worker’s Commandの指導者たちに相談しなければならないと答えた。この時点でKruelは会談を切り上げ、そして個人的友情や司令官としての立場以上に大統領を支援しようという気持ちはなくなったと語ってこの場を去っている」。そしてこれがクーデターの始まりもしくは終わりとなった。彼は軍隊を引き連れて反乱軍のキャンプに向かった。大統領は国外逃亡し二度と戻らなかった。国務長官のDean Ruskはリオデジャネイロにいるアメリカ大使に電報を打った。「ブラジル軍を補助するための限定的な任務に向かっていた海軍特殊部隊は任務を中断し戻っていった。私たちは元の目的はずっと秘密にしておくつもりだ」。もちろん、そのようなことは行われなかった。

ブラジル中央銀行の新しい総裁とペトロブラスの社長が指名された。新しい大臣も指名された。イデオローグに代わって実務主義者が代わりを務めるだろうとCIAは語っている。アメリカと同盟国によるブラジルに対する債権の放棄計画が実行された。「金融秩序の回復は長期的な発展には必要不可欠で、それは不可能ではない」とクーデターの2日後にCIAはホワイトハウスに語った。「それ以外にも、ブラジル北東部の衰退や農業改革などの慢性的な問題に新しい政府は取り組まなければならない」とも語った。その数日後に、警察部隊は国内の大手新聞社を閉鎖させた後、ニューヨーク・タイムズのブラジル支社を閉鎖させた。国務長官のRuskは、新政府はどこまでやる気なのかと懸念していた。「ニューヨーク・タイムズの代表が今日、内密に電話を掛けてきた」と彼はアメリカ大使に向けた電報で語っている。「彼は政府がリオデジャネイロの支部に押しかけてきたこと、ファイルを接収していったこと、特派員に対して検閲が敷かれようとしていることなども懸念していた。さらには、逮捕者が続出していること、協力を拒めば議会が閉鎖されるのではという噂が立っていることにも懸念が寄せられた。このような展開はブラジルのイメージを悪化させ将来のためにはならない」と付け加えられている。同日の異なるメモには、Ruskは大使に宛てて、「どの政府が選ばれようとも少なくともその政府の正当性を維持するために出来る限りのことをするべきだと考える」と書かれている。一方でCIAは、「軍部の指導者たちは譲歩の姿勢を一向に見せない。議会や政府、国家の職員から共産主義者を排除することで一致団結している」と報告している。CIAはこれまた正確に、「新しい政府をブラジル人が支持するのはほぼ間違いないだろう」と報告している。

これからの見通しとしてCIAはホワイトハウスに以下のように語っている。「新政府は非常に大きな社会的、経済的問題に対する解決策を探すようにとの強烈な圧力の下に曝されるだろう。この方面において建設的な努力が試みられる見通しは顕著に増加している。だが現在権力を握っている軍部の多数派は急激な変革ではなく穏当な改革の方を恐らく好むのではないかと思われる」。

「中道派」の歴史学者はこのクーデターを、現在のブラジルの経済的成長の礎になったと議論するだろう。だが逃亡先のアルゼンチンで亡くなったGoulartは彼のやり方の方がブラジルをより速く発展させたと主張しただろう。だがこの新しいCIAの文書で最も興味深いのはCIAの情報源は誰だったのかということかもしれない。

今回の情報開示の真の価値は、海兵隊がどこに上陸したかなどとは異なる意味で歴史的なものであるかもしれない。最近ブラジルは経済規模でイギリスを上回った。ブラジリアは世界的な都市として浮上することになったが、未だに「Operation Brother Sam」の犠牲になったというおとぎ話が繰り返されている。ブラジル人にとって歴史認識を正す時が訪れたのかもしれない。

まとめると、アメリカから予備の備品が送られていたとはいえ、このクーデターはほとんどが「メイド・イン・ブラジル」だった。

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