2016年12月25日日曜日

国際法的にパレスチナはイスラエルの領土?

Crimea, International Law, and the West Bank

EUGENE KONTOROVICH

ケリー長官は外交上の2つの大きな問題であるロシアのクリミア侵攻とヨルダン川西岸へのイスラエルの実効支配を解決するため奔走して回った。だが彼は自身が世界の歴史の皮肉に直面しているということにまったく気が付いていないように見える。これはどちらもまったく同一の国際法上の原則を適用すべき事例だ。事実、アメリカがこれらの原則を一貫して適用することが出来ずにいることが中東問題を長年に渡って解決できない原因であり、ロシアの侵攻への口火を切らせた原因でもある。

どうしてクリミアが過去にウクライナ領でありそして現在もそうであるのか、その根拠となる法的原則がイスラエルのヨルダン川西岸におけるプレゼンスをも保証する。

より分かりやすい事例から始めよう。ロシアの強硬な主張にも関わらず、国際社会はクリミアがウクライナ領であると認めている。国連総会は3月27日に100対11でクリミアをウクライナ領だと認めた。ロシアはウクライナの国境線を自由に書き換えることは出来ない。

だが外交政策の多くのリアリスト(地政学の学派の一部)が指摘しているように、そもそもどうしてクリミアがウクライナに属さなければならないのかはそれほど自明のことではない。人口の大多数は民族的に言語的に宗教的にロシア人に属する。住人の大部分は恐らくキエフではなくモスクワの支配を好むだろう(急遽行われた最近の国民投票が示すような90%以上というような数字ではないだろうが)。領土はロシアに接し歴史的にはロシアの一部だった。

ではどうしてクリミアはウクライナ領なのか?その答えはNikita Khrushchevの気まぐれだ。1954年に中央委員会の初代長官はクリミアをソビエトから切り離し(当時はソビエト連邦の一員である)ウクライナへと併合させた。彼はそのことをクリミアの住民に相談せずに事を進めた。どうせ誰もがクレムリンによって支配されるのだから大した問題ではなかった。その時以降から、ソビエト内部の公式の国境線にはクリミアがウクライナに含まれることになった。

よってウクライナがクリミアを自国の領土だと主張する根拠のすべては亡くなった長官の気まぐれということになる。だが国際法ではそれこそが重要だ。新しい国が古い国から生まれた時や植民地支配から独立した時には、最後の公式の国際線上の国境が新しい国境と認められる。このドクトリンはuti possidetis iuris(ウティ・ポシデティスの原則、国は法の下に領土を保有する)原則として知られる。この原則は世界中の新しい国の国境に適用され国際司法裁判所による国際法の基本原則として認識されてきた。一つの国から複数の国が誕生した時でさえ、丁度USSRからロシアとウクライナが誕生したように、内部行政機関による以前の決定が新しい国際線上の国境線となる。

驚くことに、この原則は古い国境線が植民地によるものであっても、もしくは非民主的に課せられたものであっても完全に適用される。そうでなければ新しく誕生した国の国境線はすべてが領土紛争の対象となるだろう。そして国境線を巡る近隣諸国との終わりのない争いが繰り広げられるに違いない。それが国際法が、植民によるものでさえも、最後の公式の国境線を恒久的なものとして定めた理由だ。それ以降の武力侵略はそれを覆すことは出来ない。ロシアのクリミア攻撃への反応が示すように。

では、この原則をイスラエルに適用してみよう。

第一次世界大戦時のオスマントルコの崩壊により、中東に多くの国が誕生することになった。オスマントルコの核はトルコという新しい国となり、そのトルコがオスマントルコの領土の所有権すべてを放棄した(イスラエルだけではなく、イラク、シリア、レバノン、ヨルダンへと)。イギリスとフランスは征服したオスマントルコの領土の一部を自らの領土とするのではなく生まれたばかりの国際連盟を通してそれらの領地を「委任統治領」とした。ヨーロッパの国々はそれらの委任統治領を新しい国々として独立させようと働き掛けた。国際連盟は、「以前はオスマントルコに属していた」領土の委任統治を根拠付ける国連規約に従ってそれを実行した。

1922年に、国連はユダヤ人の国家的郷土を定めた新しい「国」を承認した。これが委任統治領パレスチナだった。委任統治の規約によって、ヨルダン川東にトランスヨルダン(現在ではヨルダンと呼ばれている)を建国するためにパレスチナはヨルダン川で分割された(パレスチナ委任統治領は本当はもっと広大だったが、イスラエルはヨルダン川を境界にそれを放棄することを了承した)。それ以降は、委任統治領パレスチナの国際上の境界線はヨルダン川から西側を指すようになった。国際連盟の委任統治領パレスチナはイスラエルの国境に法的根拠を与えているのみならずヨルダンの国境にも、というよりもヨルダンの全存在にも法的根拠を与えている。

イスラエルは委任統治領パレスチナに建国された。従ってウティ・ポシデティスの原則により、イスラエルは委任統治領の国境線を受け継いでいる。唯一の論点は、その国境線を法的に修正するような出来事が1920年代以降に起こったかどうかだ。

この原則を適用しないことを正当化する理由として3つの出来事が頻繁に引き合いに出される。第一は、国連決議181として知られる1947年の国連の分割提案だ。第二は、1949年のグリーンラインへとつながった1948年から1949年のアラブ諸国によるユダヤ国家の建設を阻止しようという試みだ。第三は、6日間戦争でイスラエルが再び占領した領土に対する国連の対応だ。

The Partition Proposal

国連決議181は、多くの人が誤解しているのとは異なりユダヤ国家を「生み出して」などいない。ユダヤ国家の建国は25年前に国際連盟によってすでに、そして後のイスラエルの独立宣言と独立戦争によって行われている。国際連合はイスラエルが生き残るための手助けを一切行っていない。

国連決議181はパレスチナ委任統治領を7つに分割することを提案している。イスラエルはこれを受け入れアラブはこれを拒絶した。国連総会決議は委任統治領の国境線を何一つ変えていない。国連総会は世界の政策決定者ではないからだ。国連総会は何らかの制約を課すような法的能力を持っていない。ましてや国境線を書き換えるような権限など保有していない。

実際、決議自体が総会はその勧告を強制的に実行に移す権限を持たないことを認めている。もし国連総会がウクライナを分割するようにと決議したとしても、それは同様に効力を持たないだろう。1947年の決議は和解のための提案であって、もし両者によって受け入れられれば制約とはなるだろうが、それ自体は何の強制力も持たない。

イスラエルは「パレスチナにイスラエルと呼ばれるユダヤ国家を建国することを宣言する」との文書によって1948年の5月14日に独立を宣言した。ウティ・ポシデティスの原則によって、その新しい国家の国境線は委任統治領パレスチナのものとなる。イスラエルは即座にすべての近隣諸国によって攻め込まれ、領土の大部分がそれらの国々によって占領された。だが現在のようにロシアがウクライナに武力行使をして占領したのとまったく同じように、エジプトとヨルダンによる19年間の支配もその国境線にまったく変化を加えない。もしヨルダンのイスラエル領土の占領が国境線を書き換えるというのであれば、ロシアの20年以上に及ぶトランスドストニアの支配はモルドバの国境線を書き換えるはずだしトルコの40年に及ぶキプロスの占領は同国の国境線を書き換えるはずだ。

The Green Line

イスラエルは1949年に近隣諸国と休戦協定を結んだ。これらは無論平和協定ではない。それらは一時的な戦闘の停止に対する合意だ。1949年の所謂「グリーンライン」はイスラエル兵とアラブ兵が超えてはならないという境界を単に定めただけだ。国家の国境線を定めるものでも何でもないので、委任統治領の国境線は完全に保存されている。イスラエルが結んだ休戦協定にはすべてにこれが反映されている。イスラエルとヨルダンとの休戦協定を例に見てみよう。「この協定の規定はパレスチナ問題の最終的平和的な解決を目指す本協定の両当事者の如何なる権利、主張、立場を侵害してはならない。この協定の規定は軍事に関してのみ限定的に適用されるものとする」。その他の規定も両当事者は委任統治領の国境線をパレスチナの唯一の国際上の国境線だと認めるとはっきりと言及している。唯一の論争は最終的に誰がそれをコントロールするかということだ。

よってグリーンラインを策定したまさにその文書が、これはイスラエル兵とアラブ兵を隔てるための一時的な休戦ラインであって国境線を定めるものではないとはっきりと語っている。6日間戦争の間にフセイン国王が休戦ライン周辺で攻撃を仕掛けてきた後、そしてイスラエルがヨルダンの占領軍を追い出した時にそのような境界線の必要性は完全に終わりを告げた。

オバマやケリー長官、それにあまりにも多くの人たちがこのグリーンラインを指して「1967年の国境線」という言葉を用いるが(実際に国境線だと勘違いして、撤退しろと要求している)、それは国境線ではないし1967年に作られてもいない。事実、イギリスを例外としてその19年間の占領時に委任統治領に対するヨルダンの領有権を認めた国はない。ヨルダンとエジプトが1979年と1994年にイスラエルと和平協定を結んだ時に、両国は委任統治領の国境線をイスラエルの現在の国際上の国境線とはっきりと明言している。この時の事例は、それが生きていることをはっきりと示している。

Resolution 242

国連の安全保障理事会は6日間戦争に対して安保理決議242を下した。これがその後の安保理の行動の指針となっている。実際の文書を見て見る前に、1947年の国連総会の場合と同様に、安保理もすでに存在している国境線を書き換える力はないということを知っておく必要がある。安保理は特定の「拘束」を課す権限を保有しているが、国際的平和が破られた場合に経済的、軍事的手段で対応することに限られている。国連加盟国の国境線を書き換えるようなことは出来ない。

それよりも重要度は落ちるが国連安保理の慣行では国連憲章の第7条を根拠として決議に拘束力をもたせる場合には文書化されたソースにはっきりと言及することが求められている。この時の決議にそのような参照がないことは、安保理が決議は推奨以上のものではないということを理解していたことを示している。

決議242は「最近の衝突で占領した土地からのイスラエル軍の撤退」を求めていることはよく知られている。起草者は、占領したすべての領土からイスラエルは撤退するようにとの要求を退けるために言葉を注意深く選び、そして撤退の規模は将来の外交に委ねるとしている。決議242の条文は「すべての」領土から撤退することを求めたであろう他のバージョンに対する牽制としてイギリス人によって起草された。

最近の衝突でという部分は占領した土地という部分に先行していない(掛かっていない)とクレームをつける人たちが大量に現れた(恐らくは英文を見ないと意味がわからないと思うが)。だがアラブ-イスラエル間の他の多くの議論と同じように、そのような議論はイスラエルだけを異世界の法で解釈してしまうという問題が発生する。実際、安保理がすべての領土からの完全撤退を求める場合に領土という単語の使い方が標準的であったのかどうかを見ることは極めて簡単だ。私は軍事撤退を要求する16の他の決議を調べた。そのうちの4つは1967年より前のものだ。完全撤退の要求は「withdraw from the whole territory(すべての領土からの撤退)」とか「the territory(その領土)」といった具合にはっきりと明文化されている。その際には、武力衝突が起こる前の領土を記した特定の文書が必ずと言っていいほど参照されている。決議242の条文は安保理の歴史としては異端だ。だが条文の起草の歴史や条文の意図とは整合的だ。従って決議242が完全撤退を求めているというのは決議の読み違えであるだけではなく他の重要な16の決議をも意味の通らないものにしてしまう。

「戦争によって得た領土は承認し難い」という決議の序文を根拠にイスラエルにグリーンラインまでの撤退を決議は強制しているという人までいるが、それもまた実に奇妙な主張だ。その次の段落にも「イスラエルのものと認識されている国境線」への撤退と記されている。1949年の休戦協定ラインはどのような法的意味で見ても「イスラエルのものと認められている国境線」ではない。

まとめると、国連憲章に従って行動する国際連盟(連合)は委任統治領パレスチナの領土を1922年に確定した。他の委任統治領の領土が現在の中東諸国の国境線となったのとまったく同じように。1947年の分割決議提案を見ても分かるように、国連総会はその領土を変更させるような権限を持たない。1948年から1949年のアラブによる武力侵攻も、それ以降の国際社会の解釈もイスラエルの領土に対して一切の法的影響力を持たない。

国際社会の感情はイスラエルに対して極めて攻撃的だというのは事実だ。だが国際法は人気投票ではない。もしそうであれば、イスラエルはとっくの昔に地球上から消滅していただろう。

これらのいずれもパレスチナ国家の建設を妨げるものではない。そのような議論は完全に外交的、人口的配慮に従って進められている。仮に、委任統治領はイスラエルに広大な領土を与えすぎているという考えを受け入れたとしても、1948年から1949年のアラブの武力侵略により実効支配が成立したとか国境線となったというのは以ての外だ。いずれにしてもパレスチナ国家の建設というのはイスラエルとパレスチナ双方の同意によってのみ行うことが出来るしそうするべきだ。

もし(ヨルダン川から地中海までのどこかに)パレスチナのアラブ人の国があるはずなので(曖昧な概念ではあるが)国際法上の民族自決の原則が該当するはずだと考える人がいたとしても、uti possidetisの原則はそれでもなお重要性を持つ。

新しい国家が誕生した時には、その国境線は内部の行政組織が最後に決定したものに従うと定めていたことを思い出す必要がある。委任統治家でパレスチナは6つの行政区に分割されていた。これをどう組み合わせても1949年の休戦協定ラインに似通ったものにさえならない(例えばガザ地区はNegevという行政区に組み込まれていた。一方で、現在ではヨルダン川西岸と呼ばれている地域は3つの異なる行政区に属していた)。1993年のオスロ合意では3つの管理区画が想定されていた(エリアA、エリアB、エリアCと呼ばれる)。そのうち2つはパレスチナ人の権限が及ぶ区画で1つはユダヤ人の権限が及ぶ区画だった。そのラインの方が、不連続でそもそも違法なエジプトとヨルダンによる占領によるラインよりも国際法上の意味を持つことは言うまでもない。

国際社会は、恐らくはアラブ人を恐れて、イスラエルのこととなるとこの原則を都合よく忘れてしまったのだと思われる。プーチンがウクライナに対して取った行動はそのような原則の不一致の危険性をよく表している。国際社会が一度この原則の例外を認めだすと終わりのない戦争への扉を自ら開いてしまうことになる。国際的に確立された委任領の領界が新しい国を守らないというのであれば、全体主義の独裁者が国境線を書き換えようとするのをどうやって阻止したらいいのだろうか?

ロシアがクリミアを素早く占領してしまったこと、この記事を書いている間にも東ウクライナにじわじわと侵攻していることはイスラエルがパレスチナと結ぶであろう条約に関して大きな政治的教訓を残している。ロシアのウクライナ解体作業を見ていると、和平条約が結ばれた時にパレスチナ国家がイスラエルをどのように解体しに掛かるか目に浮かぶようだ。

ヨルダン川西岸とガザにパレスチナ国家を建設した場合にイスラエルが受け取るメリットの一つは、イスラエルの国境線が国際的に認められるだろうという曖昧なものだった。彼らは、その場合の国境線は狭くなるだろうが国際的には正当だと認められるはずだと宣伝してきた。他の国は大使館を西エルサレムに移すだろう。イスラエルは「世界地図に現れる」ようになるだろうとTzipi Livniはかつて語った。この取引によって受け取るはずの利益は、まさか21世紀にもなって国境線が容易に書き換えられることはないだろうという甘い思い込みが保証してくれるはずだった。

クリミアは、ケリー長官が語った所の「19世紀の振る舞い」が現在でもまったく有効であることを証明した。そして国際社会はそれらを止めるためには何もしないだろう。ロシアがウクライナを占領したそのやり方を参考にしてみよう。

第一に、ロシアは20年ぐらい待って時間を稼いだ。もちろん、新しく要求をしだす前にパレスチナとの取引がたったそれだけの時間しか続かないのであれば、それだけを見てもその取引はイスラエルにとって壊滅的なバーゲンだったということが証明されるだろう。第二に、ロシアは民族が重なって暮らしている地域に狙いを定めた。それらの地域に対して、ヒトラーの戦略のように暴動と抗議を誘発させてそれからウクライナの対応に抗議した。

これがはっきり言えばイスラエルが最も恐れてきたことだ。和平条約のユーフォリアが過ぎ去った後で、いまでは国家の力を存分に振るえるようになったパレスチナはGalilee TriangleやNegevに住むアラブ人たちに反旗を翻すように唆すだろう。言うまでもなくパレスチナ人は一度にそれらの領土を奪おうとはしないだろう。ロシアが現在東ウクライナで行っているようにイスラエルを不安定化させ始めるだろう。

イスラエルがその不安定化を食い止めようとすると、ユダヤ人には非ユダヤ人を治める権利などないとか様々な難癖が始まるだろう。それからロシアの主張(ソビエト連邦の復活)と比較すれば多くの人が不思議とマシだと錯覚してしまう様々な正当化が始まるだろう(アラブ連邦の復活など)。それらの主張/スローガン(アラブは一つ、カリフ制の復活、再び大アラブを復活させようなど)はイスラエルに住むアラブ人を駆り立てるには十分だろう。そのような状況で、国際法上完全に正統だったイスラエルの国境線に対して半世紀以上の間嘘をつき続けてきた国際社会がイスラエルを守ろうとするだろうか?

国際法を理解している人間であればクリミアがウクライナの一部であることに誰も疑問を挟まない。クリミアの住人の考えがどうであろうともだ。そのような疑問を投げかけて議論を蒸し返し火遊びをしようと企むことは世界中の国境線を再び書き換える事態につながるだろう。これまで見てきたように、ウクライナの主張を正当化するのと同じ原則がイスラエルの主張も正当化する。

イスラエルは国際社会がユダヤ国家の正当な権利を守ろうとしないことをそれほど重視するべきではない。ウクライナ危機がこの原則の限界を示したためだ。ウクライナには、イスラエルが得られないような国際社会からの支持があったかもしれない。だがウクライナ危機はいざ行動ということになると、法の正統性や過去の約束ではなく自分たちの都合で動くことを国際社会は示した。1948年の時と同じように、イスラエルは自らを頼りとするしかないだろう。

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